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「日銀探訪」第10回:調査統計局物価統計課長 亀田制作

調査回収率9割、量より質を追求=調査統計局物価統計課(1)〔日銀探訪〕(2013年2月13日掲載)

調査統計局物価統計課長の写真

日銀調査統計局には、統計作成部署が2課ある。今回の「日銀探訪」は、そのうちの物価統計課を取り上げる。作成しているのは、企業物価指数、企業向けサービス価格指数、これらのデータを組み替えた製造業部門別投入・産出物価指数の三つの物価統計。商品やサービスの価格を調べて集計するだけと言えばシンプルだが、売れ筋となる商品の変化に合わせて調べる価格も随時変更するなどの加工が必要なため、作成方法は複雑だ。

課の人員数は約40人。物価統計運営と価格調査の2グループは統計の作成と公表を、物価統計改定グループは国の定める統計基準に合わせて5年に一度の統計改定を、それぞれ主に手掛けている。実際に価格調査を行うのは約20人で、調査対象の価格は商品とサービスを合わせて約1万2000あるので、単純平均で一人当たり毎月600の価格を調べている。亀田制作課長は「限られた日数の中で相当な事務量をこなさなければならず、担当者には正確性と迅速性の両方が求められる」と説明する。米国などに比べると少人数で作成しており、サンプル数が限定される中で物価の実態を正確に反映できるように「量より質」(亀田課長)を追求しているという。亀田課長のインタビューを3回にわたって配信する。

「企業物価指数は、企業間で取引される商品の価格を調査する統計で、1897年創設の東京卸売物価指数以来の長い歴史と伝統を持っており、人間の年齢で言うと現在は116歳とギネス級。創設は日清戦争の後で、インフレが社会問題になっていたため、景気と物価の情勢を正しく把握したいという問題意識から生まれた統計と聞く。少し前までは卸売物価指数(WPI)という名前だったので、今でもそちらの方がなじみ深いという方もたくさんいる。昔は主に卸売価格を調査していたが、メーカーの出荷価格の重要性が高まり、調査の中心がそちらに移ったため、2002年に名称を変えた」

「一方、企業向けサービス価格指数は、80年代の日本経済のサービス化の流れに対応して、91年に公表を開始した。人間で言えばまだ20代、企業物価指数に比べると大変若い統計で、まだ発展途上と考えている」

「全国の企業と連絡を取って価格調査を行うのは物価統計課の約20人のスタッフで、業種ごとに担当が分かれている。調査方法は、あらかじめ指定してある商品・サービスのその時々の価格を調査票に記入していただくだけの非常にシンプルな形で、原則郵便で送り返していただいている。ただし、価格の動きの背景を知りたいときや、代表的な商品で間違いないかどうかの確認などは、先方と直接電話か電子メールでやりとりさせていただくし、新しくお願いに伺うときや大きな相談事の際には訪問するので、企業との接触の機会は多い。多くの企業の理解と協力があって初めて作成できている統計だ」「組織形態が違うので厳密な比較はできないが、米国で同様の統計を作成している労働統計局には、専任スタッフだけで日銀物価統計課の倍以上、他の統計との兼務も合わせると6倍以上いると聞く。調査価格数も、米国の方がはるかに多い。一方、回収率は日本の方が圧倒的に高い。日本で確報が出るのは2カ月後だが、ここでの回収率は約9割に達する。米国は『大数の法則』にのっとり、調査価格の数が多ければ、一つ一つの価格や取引の内容に強くこだわったり、回収率を100%に近づけたりしなくても、全体では質のいい物価統計になるという考え方だ。これに対してわれわれは、人員が限られている中では、調査価格の代表性や価格動向の正確さをしっかりチェックして、緻密な物価統計をつくるべきだと考えている」

米国製ボルトの輸入企業探せ、価格開拓に汗=調査統計局物価統計課(2)〔日銀探訪〕(2013年2月14日掲載)

消費者の移り変わる嗜好(しこう)に素早く対応しようと努める企業は、次々と新しい商品を考案し、発売する。つい先日まで売れ筋だった商品はすぐに過去のものとなり、小売店の店頭にはさまざまな新商品が並ぶ。物価の調査は、こういった世の中の動きを追い掛ける仕事でもある。新しく調査対象に加える価格を探し出すことを、物価統計課では「価格開拓」と呼んでいる。亀田制作課長は「カタログに載っているような価格ではなく、実際の取引の価格を教えていただくのが原則だ」と指摘。企業にとっては機密情報であることが多いだけに、情報の管理と公表には細心の注意を払っていると説明する。

「物価統計作成の仕事は、産業ごとにどこが代表的な企業で、その企業の主力商品やサービスは何かを選び出すところから始まる。そのために、官庁や業界の統計、シンクタンクのリポート、マスコミ報道をチェックするほか、必要があれば企業を直接訪問して実態を伺うなど、いろいろな手段を使って情報を集めている。調査担当者には、数字に対する厳密性だけではなく、企業と対話する能力や、その業界についての専門知識も求められる」

「価格開拓は、商品や産業によっては難題になることがある。具体例を挙げると、貿易統計を見て米国製の鉄製のボルトやナットがかなり輸入されていることが分かったので、価格指数に取り込む方針を立てた。だが、自動車には鉄製はあまり使わないと聞き、おそらく飛行機用だと見当を付けた。代表的な航空機メーカーに伺ったが、輸入企業は見つからず、暗礁に乗り上げた形となった。そのとき課のある者が貿易統計の港別の内訳を見て、主要な空港に入着していることに気付いた。そこで、製造用ではなく空港の整備用ではないかと推測し、航空会社に伺ったところ、その通りだと判明したことがある」

「国内企業物価の『金型・同部品』という品目の拡充を図ったが、同業界の各社は生き残りを懸けて海外勢とし烈な競争をしている。統計調査への協力を求めに行っても、リストラ中で対応できないとのお答えが多く、こちらも当然のことと受け止めざるを得なかった。ただそういう中でも、担当者が丁寧に統計の意義やこちらの情報管理体制などを説明したところ、自分たちが頑張っている姿を統計に正しく映し出してもらうのも必要だということで、協力していただいた先が少なからずあった。こちらも士気が上がったし、大事なデータを預かっているとの認識を新たにし、いい意味での緊張感も生まれた」

「寡占が進んでいる業界などでは、価格を外に出しにくいと説明される企業も多い。ただ、日銀の物価指数は必ず複数のサンプルを取り、それを基準年=100と比較した指数の形で公表するので、1企業の生の価格が統計に直接出てくることはない。われわれは、原則として複数の企業からサンプル価格三つ以上を入手できることを、公表の条件にしている。したがって、例えば2社から三つの価格を聞いているときに、1社から調査辞退の申し出を受けたり、合併や倒産があったりした場合には、別の企業に協力をお願いするために伺う。それでも原則を満たさなくなるレアケースでは、全体の総平均を出す際には該当の企業の価格データを引き続き使うものの、個別の品目単位では公表しない、統計用語で『X公表』と呼ぶ仕組みも用意している」「調査対象は実際の取引価格が原則だが、難しいのは家電業界や食品業界のように販売奨励金の調整があるケース。こちらは、販売後に奨励金の調整があればさかのぼって指数を改定したいので、販売奨励金調整後の価格を調査させてほしいと粘り強くお願いしている。企業にとって機密性が特に強い分野ではあるが、一部ではご協力を得て調整後の価格を入手できている。具体的には、DVDやブルーレイの録画再生装置などだ。実際、販売奨励金を調整するかしないかによって価格動向はかなり異なる」

ガラケーからスマホへ、流行に機敏に対応=調査統計局物価統計課(3)〔日銀探訪〕(2013年2月15日掲載)

日銀は、物価統計の調査対象に新たに加える品目の価格開拓を、主に5年に一度の基準改定の際に行う一方、既存の品目の対象となっている商品についても、売れ筋の移り変わりなどに応じて調査価格の入れ替えを随時実施している。例えば携帯電話機では、スマートフォン(多機能携帯電話)の利用者増加に合わせて、スマホの調査価格数を増やしている。亀田制作物価統計課長は「大きな変化を早めにつかんで見直しを行っている」と話す。

「基準年を変更したり、指数の中での各品目のウエートを変えたりする大がかりな見直しを基準改定と言うが、その際に市場規模が増大した品目の新設や、逆に規模が大幅に縮小した品目の廃止も行う。一方で、同じ品目の中でどのような価格を調査するかは随時見直している。例えば携帯電話機は、従来型のいわゆるガラパゴス携帯(ガラケー)からスマホに販売の主力が切り替わっている。国内企業物価指数の品目の『携帯電話機』も、中身が昔ながらの携帯だけだと最近の価格動向を追えていないことになるため、価格調査ではスマホの割合を高めている。物価統計課ではこれを『銘柄変更』と呼んでおり、価格調査を何年も続け、いろいろな業種を受け持って、経験がかなり豊富になった中堅やベテラン層の中から選ばれた『指数管理者』と呼ばれる者が、そうした複雑な作業の適切性を監督している」

「基準改定のうち、価格開拓は価格調査グループと物価統計改定グループのスタッフが一緒に行う。一方、どのようなデータを用いてどのように品目のウエートを計算するかや、日本標準産業分類などを使いながらどの商品をどの品目に入れるかなどを決める作業は、改定グループの専門職が行う。工業統計調査や産業連関表などの分類と、われわれの物価統計の分類の整合性は、統計ユーザーにとっては重要な情報なので、そういう専門知識も活用しながら、品目を設定してウエートを計算する。価格開拓したデータを新基準のシステムに入れて指数につくり上げるシステム運用担当のチームもある。基準改定は5年に一度の作業だが、三つの物価指数を持っており、一つの指数の改定作業に2年弱から2年半くらいかかるので、作業をしていないときはほとんどない」

「官庁統計や業界統計など公表されているものや、市販されている有料の商用データも価格調査に利用しており、データの質が物価統計への採用に適しているかを確認した上で、基準改定のたびに拡充している。外部の統計やデータを活用すると、調査価格数を増やせるし、調査協力企業の負担軽減も図ることができる」

「統計の改定作業は、その道一筋のスタッフがどうしても必要で、専門職を多く充てている。サービス価格指数は、経済協力開発機構(OECD)と欧州連合(EU)統計局が共同で作成方法に関する世界標準を作り直しているが、この国際会議に改定グループの専門職スタッフが参加して、日本のやり方を世界標準に一部反映させようと努めている」

「課員には、専門性だけでなく、高いコミュニケーション能力も求めている。経済の実態をよく表した統計をつくるには、広い知識や視野に加え、一般企業との対話や交渉も必要だ。また、統計は作るだけでなく使っていただいて初めて価値が生まれるので、いろいろなタイプの利用者に、統計の目的や使途を分かりやすい言葉で説明することも不可欠。もう一つは、あいまいさとうまく付き合うことだ。統計は、ある一定の約束事で経済の一側面を切り出す作業で、そこに付加価値があるのだが、一方で現実の経済は非常に複雑で膨大で、変化し続けている。統計をつくるときに、約束事や法則にとらわれ過ぎると、経済構造の変化や企業行動の変貌をタイムリーに追えなくなる。現実のあいまいさという、難しいものを上手にハンドリングすることが、良い統計をつくる秘訣(ひけつ)と感じる」次回は、2月下旬をめどに経済統計課を取り上げる。

(出所)時事通信社「MAIN」および「金融財政ビジネス」
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