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「日銀探訪」第15回:金融研究所制度基盤研究課長 鈴木淳人

法制度から暗号まで幅広い守備範囲=金研・制度基盤研究課(1)〔日銀探訪〕(2013年9月4日掲載)

金融研究所制度基盤研究課長の写真

電子マネー、債権流動化、金融機関の預かり資産、時価会計、暗号、偽造キャッシュカード。金融研究所(金研)の制度基盤研究課が取り上げてきた研究テーマを並べると、実に多様で、中には一見「なぜ日銀が研究しているのか」と思えるようなものもある。同課は、金融取引をめぐって新たに生じてきた法律問題について学者などと協力しながら研究しているほか、金融サービスの国際標準化を進める国際標準化機構(ISO)の委員会の国内事務局なども務めている。鈴木淳人課長は「課の最大の特徴は守備範囲が広い点」と説明する。

同課の人員は20人で、うち3人は外部から採用した任期付きの職員。主要な中央銀行で、法制度や会計、情報セキュリティーなどについて研究する専任の課を持っているところは、日銀以外にはないという。同課があることで、金融取引の多様化、複雑化に対応した研究がしやすくなっているようだ。

鈴木課長のインタビューを3回にわたって配信する。

「制度基盤研究というと堅く聞こえるが、簡単に言うと金融のインフラについて幅広く研究している部署ということだ。課は4グループで構成されている。まず法制度研究グループについて説明すると、最大の活動は法律問題研究会の運営。これは、金融取引をめぐる法律問題の中から金研で行うのにふさわしいものとして選んだテーマごとに設置する研究会で、法律学者や経済学者、弁護士などにも参加していただき、研究結果を報告書の形でまとめている。一方、金融取引に関する法的な不確実性をできるだけ減らしていこうという目的で、金融実務を担当している弁護士や法律学者が自発的に集まって1998年に設立した民間の金融法委員会というものがあり、当課は企画局企画調整課と共管で事務局を務めている」

「会計研究グループは、国際財務報告基準(IFRS)の動向や、日本の会計制度への影響などについて研究している。個人や外部委託の研究発表の場を兼ね、各参加者がそれぞれ報告を行ったり全体討論を行ったりするワークショップを、年1回開催している。今年3月に開いたワークショップでは、IFRSが求める時価会計制度を導入した場合、企業の資金調達や公的規制などにどういう影響が出るかをテーマに話し合った」

「情報技術研究グループは、新しい情報セキュリティー技術の研究などを通じ、金融機関に対して情報セキュリティーの重要性を訴え、対応措置について啓蒙(けいもう)していくのが主な業務。年1回、金融機関や情報ベンダー、研究者を集めてシンポジウムを開いている。情報技術標準化グループは、国際標準化活動を行う非政府組織であるISOが金融サービスの国際標準化を進めるために設けた委員会の日本における事務局を務めている」「海外の中央銀行も、日銀の金研と似た組織を持っているところは多いが、法制度や会計、情報セキュリティーなどに関しては、実務部署の職員たちが、自分たちが実際に直面した問題を取り上げて論文にまとめているケースが目立つ。日銀のように専任で研究している課があるのは珍しいと思う。こういう組織体制にしたのは、経済やファイナンスといった他の研究との相乗効果を期待したためだ。実際、破産法や会社法などは金融と近いところがあるので、そういう分野では経済ファイナンス研究課と協力し合い、お互いの知識をそれぞれの研究の中で生かしている」

金融預かり資産、倒産後の扱い明確に=金研・制度基盤研究課(2)〔日銀探訪〕(2013年9月5日掲載)

金融取引では、資産を他人に預ける機会が意外と多い。具体的な例を挙げると、預金者は金融機関にお金を預けているし、以前は株式を売買する際に証券会社に株券を預けてもいた。ただ、預けた先が倒産した場合、これらの資産は確実に返ってくるのだろうか。これは、日銀金融研究所の制度基盤研究課が最近テーマとして取り上げた法律問題の一つだ。同課の法制度研究グループは、現在実際に起きているか、これから起きる可能性があると予想される具体的な問題を取り上げ、研究を行っている。鈴木淳人課長は「基礎研究の部署ではあるが、実務に近い研究が中心」と説明する。

「法制度研究グループの中には、個人名での論文執筆を中心に活動する者もいるが、法律学者や経済学者、弁護士と金研の研究員により構成される法律問題研究会での活動を中心とする者もいる。法制度を研究する際には、米、英、独、仏など他国の制度状況を必ず調べる必要があり、こうした比較に膨大な作業を要する。そのため、個人単独よりは、外国法に詳しい人たちなども含めたチームで研究する方が効率がよく、より良い結果を得やすいためだ。研究は、現実に起きたことをきっかけとして、将来的に発生しそうな問題を検討するパターンが多い」

「法律問題研究会は、5月に『顧客保護の観点からの預かり資産をめぐる法制度のあり方』という報告書を発表した。この研究のきっかけは、米リーマン・ブラザーズ証券の破綻時に、同証券の英国法人が顧客から預かっていた資産が、預けた人に戻らなかったり、戻るまでに時間がかかったりする問題が発生したことだ。そこで日本でも、預ける側と預かった側がどういう権利・義務を有しているのか、中でも預かった会社が倒産した場合、預けた人はどうなるのかを、法律面で整理する必要があるという問題意識が生じてきた」

「検証の結果、いくつか疑問なことが出てきた。例えば、証券を売買する際、海外では売った人から買った人に権利が直接移るため、売買を仲介する証券会社が倒れても問題は発生しない。しかし日本では、売買の過程で証券会社の所有になる瞬間があり、その瞬間に証券会社が破綻すると、証券が持ち主に戻らなくなる恐れがあることが分かった」

「預かり資産に関し、日本では1990年代の金融危機後、業法の改正などにより対応が行われてきており、実際には今すぐにも法律改正が必要というわけではない。しかし、諸外国の例も考慮した上で本来あるべき姿を考え、これから法律改正などをする際にはどのように変えていくべきか提言したのがこの報告書だ」「また法制度研究グループは、金融法委員会の事務局も務めている。この委員会は、現在の金融制度の下で生じている法律問題について、金融実務に携わる弁護士や法律学者が具体的な解決方法を提言する目的で設立された。日銀は、裏方として活動をサポートする立場だ。同委員会の具体的な提言としては、『コミットメントライン(融資枠)契約』に関するものが挙げられる。以前、同契約の手数料は利息に当たるとの見解があり、その場合は利息制限法や出資法が定める制限利率を超え、違法となる恐れがあった。そこで金融法委員会が同手数料を適法とする法制度整備の必要性を指摘し、最終的に議員立法の形で法的な有効性が認められた経緯がある」

暗号や偽造カードの最新動向を調査=金研・制度基盤研究課(3)〔日銀探訪〕(2013年9月6日掲載)

日銀金融研究所の制度基盤研究課が研究対象にしているテーマで、意外なものの一つが暗号だ。ただ鈴木淳人課長は「金融取引では暗号は極めて一般的に使われている」と説明する。例えば、現金自動預払機(ATM)やインターネットバンキングなどの利用者が打ち込んだ情報は、第三者に傍受されないように暗号化され、銀行のコンピューターに送られる。さらに、暗号は情報を秘匿するためだけでなく、本人認証にも使われるという。ある一人の人物にしかできない方法で暗号化された情報が送られてくれば、その情報の送り手が誰かを特定できるためだ。制度基盤研究課は、金融取引に不可欠となった暗号の安全性などに関わる最新動向を調査・研究し、金融機関などへの啓蒙(けいもう)に努めている。

「日銀が暗号研究で金融業界に貢献した例を一つ挙げると、業界で『2010年問題』と呼ばれていた課題への対応があった。その頃、米政府が使う暗号の選定を行っている同国の国立標準技術研究所が、当時主流だったいくつかの暗号について、コンピューターの性能向上や暗号解読技術の進展に伴い、今後も十分安全とは言い切れなくなってきたので、11年以降は米連邦政府機関のシステムでは使用しないとの方針を打ち出した。日本の金融機関もよく使っていた暗号だったため、われわれは大きな影響が出かねないと判断し、かなり早い段階からシンポジウムなどの機会をとらえて『できるだけ早期により安全な暗号に切り替えるべきだ』と訴えた。幸い、多くの金融機関では、より安全な暗号への移行の検討に早期に取り組むことができ、特に問題は発生していない」

「キャッシュカードの偽造は、04~05年ごろに社会問題化した。当時、ゴルフのプレー中にキャッシュカードの磁気情報を盗み取って偽造カードを作成し、後日預金を不正に引き出すという事件があった。キャッシュカードは元の場所に戻されていたため、被害者は現金が引き出されるまで気づかなかった。その頃のキャッシュカードは、口座番号などの情報が入った磁気テープが貼ってあるだけだったので、簡単に情報を読み取ってコピーできたほか、暗証番号も容易に推測できるものを設定している人が多かった。われわれはこの問題についても早くから警鐘を鳴らし、損害が広がらないようにキャッシュカードのICカード化などの安全対策を進めるべきだとして、金融機関に対応を促した」

「制度基盤研究課は、国際標準化機構(ISO)が金融サービスの国際標準化を進めるために設けた委員会の国内事務局も引き受けている。ここでの活動の成果を一つ紹介する。ISOでは、各国の通貨について、アルファベット3文字を用いた、いわゆる通貨コードを定めている。日本円のJPY、米ドルのUSDなどで、これは一般にもよく知られていると思う。実はこれ以外にも、国名コードとして用いられる3桁の数字も、通貨コードとして利用できることが定められており、さまざまな金融取引の場で使われている。具体的には、日本円は392、米ドルは840などだ。この3桁の数字のコードのうち、900~999は貴金属や主要通貨の翌日渡し取引、通貨バスケットなどに割り振られているが、これら特殊な通貨コードへの需要が増えており、番号が枯渇しかねない状況となっている。そこである国が、コードを従来の3桁から4桁に変更しようと提案してきた。しかし、クレジットカードの取引や、海外のATM、外貨両替機には3桁の数字コードが使われており、コードを4桁に変更すればすべての機械を入れ替えなければならなくなる。当初、この問題点に気づいていなかったようだが、日銀や日本のクレジットカード会社の指摘により、最終的には001~899の国名コードのうち使われていないものを、それら特殊な通貨コードに割り当てるべく、調整を進めることになった」

「課の運営で心がけているのは、対外的な情報発信を丁寧に、きっちりと行っていこうということだ。また、幅広い分野でさまざまな研究を行っているメリットを生かすため、課の内外との情報の交換・共有を進めるように指示している」次回は9月下旬をめどに、歴史研究課を取り上げる。

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