このページの本文へ移動

「日銀探訪」第19回:金融機構局考査運営課長 辺見京一

考査は真剣勝負、1回ごとにチーム編成=金融機構局考査運営課(1)〔日銀探訪〕(2014年5月7日掲載)

金融機構局考査運営課長の写真

金融機関にとって、日銀と最も密接に関わる機会の一つが考査だろう。考査は、金融庁による検査と同様、金融機関の業務運営や経営の健全性を検証する目的で行われる立ち入り調査だ。しかし、行政権限に基づいて行われる金融庁検査と異なり、考査は金融機関との契約に基づいて実施され、罰則を伴わない点が大きな特色となっている。強制力を持たない中で、どうやって経営改善要請に応じてもらうのか。考査部隊を統括する考査運営課の辺見京一課長は「こちらのルールを一方的に押し付けるのではなく、金融機関の土俵の上で物を考え、相手の立場に立った改善提案を行うことが大切だ」と話す。

考査契約を結んでいる金融機関が約500先なのに対し、考査に出動する部隊の陣容は総勢100人強。大手金融機関には20人強、地域金融機関には8人程度のチームで出向くのが一般的だ。考査先の特性などに応じたチーム構成とするとともに、毎回新鮮な気持ちで考査に取り組ませることも意識して、チームは1回ごとに編成し直しているという。辺見課長のインタビューを3回にわたって配信する。

「考査は、日銀が信用秩序の維持を目的とした最後の貸し手としての業務や、資金決済の円滑化に資するための業務を適切に運営する観点から、取引先の経営実態や業務運営の状況を把握し、節度ある健全な経営がなされるよう、必要に応じて要請や助言を行うために実施している。日銀法で、考査先との間で考査契約を結ぶことが規定されている。日銀と当座預金取引を行うには、この考査契約の締結が条件の一つとなっていることから、考査先と当預取引先はほぼ一致しており、現在は約500先の金融機関と契約を結んでいる」

「金融機関の経営の在り方が変化・多様化する中で、考査もそれに的確に対応していく必要がある。考査先が金融持ち株会社の子会社である場合、その持ち株会社ともあらかじめ立ち入り調査契約を結ぶ。この調査は、考査と異なり、持ち株会社が金融子会社を含めてグループ全体をどうリスク管理しているかなどをチェックするのであって、持ち株会社自体の経営を細かく調べるわけではない。具体的には、持ち株会社が子会社にどのような指示を出しているか、どのような報告を受け、どのように管理しているかなどを聞きに行く。また、金融機関の子会社や業務委託先にも立ち入り調査に伺うことがある。複数の地域金融機関が共同でシステムを運営する例が増えているが、そうしたシステムの運行管理を行う業務委託先などが、具体的な調査先として挙げられる」

「考査に出向くフロント部隊の陣容は総勢100人強。この中には、課に属さない上席考査役と考査役、大手金融機関などの考査を一緒に行う考査企画課の課員も含まれる。このほか、資料やパソコンなどの機材の管理といった事務を行うバック部門が20人弱。このうち考査運営課の課員は、フロントとバックの両部門を合わせて80人強だ。考査に出動する職員を考査員と呼ぶが、考査出動100回以上の超ベテランから、入行5年未満の若手まで、さまざまなキャリアの人材がいて、最近は女性も活躍している」 「考査の立ち入り期間は、通常であればおおむね13営業日程度。チームは、上席考査役か考査役をヘッドに、地域金融機関であれば8人程度、大手金融機関であれば二十数人程度で構成する。1人当たり年に7回程度、考査に出動する。チームは1回ごとに編成し直す。考査先の特性や規模などに対応したチーム編成を行うとともに、毎回毎回、新鮮な気持ちで、真剣勝負で臨んでもらいたいという考えからだ」

考査先の納得感なくして改善なし=金融機構局考査運営課(2)〔日銀探訪〕(2014年5月8日掲載)

日銀考査の立ち入り調査は通常は2~3週間程度で、この間は考査員が金融機関の本店や支店に出向いて役職員と面談したり、書類の精査をしたりすることになる。しかし、考査作業自体はこれ以前から始まっている。考査員は、事前に日ごろのヒアリングに基づく情報や金融機関から提出された資料などを分析し、ポイントを絞り込んで立ち入り調査に臨む。立ち入り調査後は、対象金融機関の問題点や課題を整理し、局内での討議を経た上で、考査結果を相手方に伝え、課題への取り組みを促す。

考査運営課の辺見京一課長は、考査員が心掛けるべきなのは、単なるあら探しではなく「金融機関との議論を通じて、相手の気付かなかったことに気付き、相手も納得するような形で改善を促す」ことだと指摘する。立ち入り調査は、精神的にも肉体的にもタフさが要求される仕事だが、考査の意義を前向きにとらえて取り組めば、得られる充実感も大きいと話す。

「支店の管轄先の金融機関であっても、考査は金融機構局で実施する。立ち入り調査先は北海道から沖縄まで全国に及ぶ。海外支店の臨店調査を実施することもある。立ち入り調査は、考査員1人当たり年7回程度。準備に18営業日程度、立ち入り調査に13営業日程度かかるほか、年末年始、ゴールデンウイーク、お盆など、立ち入りを避ける時期もあるため、現実問題として年7回という回数を大きく変えるのは難しい状況だ」

「考査運営課には、貸し出しなどの信用リスクの状況と管理体制を調べる信用リスク考査グループ、有価証券の保有状況や流動性の状況と管理体制を調べる市場・流動性リスク考査グループ、収益力や経営体力と管理体制を調べる経営・収益関連考査グループ、営業店や本部の事務集中部署、システム、コンプライアンスの状況と管理体制を調べるオペレーショナルリスク考査グループの四つがある。考査先ごとに、各グループから考査員を選び、一つの考査チームを構成する。課にはこのほか、考査先の選定や考査員の指名、資料や機材の管理などの事務を担当する考査運営グループがある」

「考査先について、保有するリスクが顕在化した場合に金融システムに及ぼす影響度合いと、経営体力の余裕度合いの二つの視点で総合評価し、それに応じて考査の頻度や立ち入り調査日数、調査範囲、要員数などを変える。約500先の調査対象に対して、考査に行けるのは年100先程度なので、こうしたリスクベース考査と呼ぶ方法でメリハリを付けている。また、考査の形態には、調査対象を特定分野に限定しない通常考査と、特定の分野に限定して、少人数かつ短期間で重点的に調査するターゲット考査がある」

「考査の進行は、大まかに事前準備、立ち入り調査、事後整理の三つに分けられる。考査作業は、予定先に申し込みを行い、承諾を得た時点から始まる。考査チームは、日銀内で金融機関に常日頃ヒアリング調査をしているオフサイト部署からの情報に加え、考査先から事前に提出してもらった資料も分析し、調査ポイントを絞り込む。これにより、考査を円滑・効率的に進めることが可能となり、相手先の負担軽減にもつながる。立ち入り調査初日は、考査チームのメンバー全員が本店に伺い、相手の経営陣や各部署の部長から、経営の概要について聞く。二日目以降は、資産査定や担当者との面談、関係書類の閲覧などを実施。必要に応じて営業店などの臨店調査も行う。最終日の前営業日には、調査で課題が見つかれば、分野ごとに担当役員と意見交換する。最終日は、考査チームのヘッドと対象金融機関のトップが、最終面談を行う。考査チームは立ち入り調査後、考査先の問題点や課題を整理し、局内討議を経て、考査の最終結果である『所見』を作成。チームヘッドが改めて考査先を訪問し、所見を伝えた上で、必要に応じて課題への取り組みを促す。チームはそこで解散し、フォローアップはオフサイト部署が引き継ぐ」 「金融機関との議論を通じて、相手の気付かなかった問題点にこちらが気付き、その改善を図れたときには達成感がある。考査には強制力はないので、相手の立場に立った提案ができないと改善につながらない。日銀と考査先との関係を長い目で見て良くしていくための改善要請だ」

金融機関の経営、すべては現場に=金融機構局考査運営課(3)〔日銀探訪〕(2014年5月9日掲載)

日銀考査は、昭和初期から続く、歴史の古い業務だ。当時から現在までの間に、金融機関の経営は大きく変化・高度化し、それに対応して考査手法も変わってきた。しかし、立ち入り調査が考査業務の根幹を占めている事情は変わらない。これについて考査運営課の辺見京一課長は「経営管理もリスク管理もすべては現場にあり、紙の上で物事を考えているだけでは把握できないところがある」と指摘。現場に実際に出向くことの大切さを強調する。

「金融機関側の負担軽減に向けた取り組みとしては、考査先からの資料の事前提出について、専用線によるオンラインシステムを利用してもらっている。これにより、提出・搬送の負担が大きく軽減できた上、機密性確保も強化された。さらに、提出資料の見直しを毎年度行っているほか、システムの通信速度などの機能向上にも取り組んでいる。ITも活用しながら、考査先の負担をできる限り減らす努力を不断に続けていくことが大切と考えている」

「考査の透明性確保と運営改善に向けた施策として、考査先名や実施時期などを毎年度公表しているほか、考査チームと見解が異なる場合には考査終了後に相手からの意見を受け付けている。また、考査運営に関するアンケートも実施し、考査先からの回答などは、次回以降の考査運営で参考にさせていただいている」

「まだ若かったころ、地方の信用金庫の営業店に臨店調査に出向いたことがある。この支店には、信金側から調査に来てほしいと要請があった。店舗の人員は5人で、昼の休憩や電話対応などが重なると、店頭にほとんど職員がいない状態となることがあった。支店長からは『この店は恒常的に赤字だが、地域に他の金融機関の店舗がないため、閉じることができない。一方で防犯上、人員もこれ以上削れない。日銀は赤字店舗をなくすべきだと言うが、まず実態を見てほしい』と話があった。現場を実際に見ることができて、とても勉強になった」

「考査員に対しては、次の3点を求めている。まず、銀行実務に対する基本的な知識・ノウハウが何よりも大切だということ。第二に、金融機関を取り巻く環境が大きく変化している中、金融機関の行動も変わり続けているので、考査員は普段からアンテナを高くして、こうした情勢を十分理解し、先進的な知見の取り込みを欠かさないこと。また、地域金融機関は各地の歴史・社会情勢の中、それぞれが成り立ちのストーリーを持ち、独自の存在価値を発揮している。地方に出かけたときはそういう背景を知ることを心掛け、各金融機関の状況の理解に役立ててほしい」 「考査実務が信頼を失わないためには、情報管理の徹底は不可避の課題だ。現在も、機密性の高い資料を相当のコストを掛けて厳密に管理しているが、こうした体制は継続していく必要がある」

(出所)時事通信社「MAIN」および「金融財政ビジネス」
Copyright (C) Jiji Press, Ltd. All rights reserved.
本情報の知的財産権その他一切の権利は、時事通信社に帰属します。
本情報の無断複製、転載等を禁止します。