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「日銀探訪」第30回:金融市場局総務課長 藤田研二

中銀間のネットワーク、危機克服に貢献=金融市場局総務課(1)〔日銀探訪〕(2015年3月30日掲載)

金融市場局総務課長の写真

グローバル化が進み24時間休みなく動き続ける市場に、日銀の最前線で対峙(たいじ)しているのが、今回取り上げる金融市場局だ。同局の業務としてすぐ思い浮かぶのは、金融政策の実施手段である金融調節と、為替相場の安定を図るための為替介入だろう。しかし、内外の金融市場動向の調査・分析や、市場機能の高度化・取引効率化を進めるためのインフラ整備も、同局が担う重要な責務となっている。藤田研二総務課長は「内外の金融市場の結び付きが強まり、グローバルな金融危機も経験して、局が取り組むべき課題は増えている」と指摘する一方で、「市場を活動の場とし、調べ、整える仕事の楽しさは、現在も昔も変わらない」と話す。

総務課は、局の総務機能を担うほか、金融市場全般の調査・分析、「国際資金取引統計」など銀行の国際的な活動を捉える統計の作成を、主に手掛けている。

グローバル化が進んだ現在、地球上のどこか1カ所で起こった市場の混乱は、瞬く間に世界全体に波及する。このため、各国中央銀行の金融調節や市場分析の担当者たちは、情報交換を密に行い、危機への対応力を高めようとしている。金融市場をめぐる国際会議への対応も、総務課の重要な仕事の一つだ。前回の金融危機時に、日米欧の主要中銀が協調して、市場安定化のための緊急対応策を実施した際にも、この中銀間のネットワークが役立ったという。藤田総務課長のインタビューを、3回にわたって配信する。

「金融市場局は1998年4月に発足した。2000年に、国際局から為替介入のフロント事務や外為市場に関するモニタリング業務が移管された一方で、04年には預貸金統計作成とその分析機能を考査局(現在の金融機構局)に移すなどの組織改編を経て、今の姿となった。局の人員数は約120人で、総務課、市場調節課、市場企画課、為替課の4課から成る」

「内外の金融市場の結び付きがより一層強まる中、局の四つの課のいずれにおいても、海外とやりとりする機会は増えている。当課でも、金融市場の分析に関する国際会議に課員が出席したり、国際会議に出席する幹部のサポートをしたりすることが、重要な仕事の一つだ。会議は、案件ごとに開催されるリサーチ・コンファレンスのようなものもあるが、常設のものとしては、いずれも国際決済銀行(BIS)に設置されている市場委員会とグローバル金融システム委員会(CGFS)がある」

「市場委は、金融調節や市場分析の第一線にいる、さまざまな国の中銀幹部が集まり、最近の市場動向に関わる話題を議論する場。おおむね2カ月に1度、対面会合が開かれるが、グローバル市場に大きなインパクトを与えるイベントが起きた場合などは、電話会議で意見交換がなされることもしばしばある。現在は、当局の局長がメンバーになっている。前回の金融危機時に、主要国中銀が協調して市場へのドル資金供給の枠組みをつくった際には、同委で築かれたネットワークが役に立った。またCGFSは、市場の機能を高め、将来的なリスクの種を減らすためになし得ることを議論する場だ。現在起きている事象に加えて、市場の構造面の特徴や変化が取引にどのような影響を与えるのかといった点にも力点を置きつつ、意見交換している。こちらには国際担当理事が出席する」

「いずれの委員会でも、時間をかけて議論すべき課題が出てくると、調査・分析を行う検討部会が設置される。例えば最近では、CGFSの下に『マーケットメーキングと自己勘定取引』に関する検討部会が設けられ、金融危機の経験やその後に導入された規制、電子ブローキングの発達といった技術面の進化が、債券市場における取引仲介行動にどのような変化をもたらしたかを分析した」「検討部会には課員がメンバーとして参加し、海外中銀やBISのスタッフと共に、分析のための理論的考察や実証研究を行ったり、各国のケーススタディーを提供し合ったり、ときには意見を戦わせたりしながら、リポートを作成する。国際規制などの政策決定の舞台ではないが、そこで出されるメッセージは政策的な含意を持つだけに、わが国の市場の状況から見て納得のいくものとなるよう、主張すべきは主張していく必要がある」

ヒアリング通じ市場の真の姿に迫る=金融市場局総務課(2)〔日銀探訪〕(2015年3月31日掲載)

日銀金融政策決定会合では、事務方がその時々の実体経済や物価の状況に加え、金融市況についても報告する。政策判断のよりどころとなるこの報告に向けて、市場の動向を常に観察し、分析を続けているのが金融市場局総務課だ。債券、株式、為替といった市場の値動きの背景を探って、先行きのメーンシナリオはどういう方向を向いており、どのようなリスクシナリオがあり得るのかを見極めるのが任務だ。

分析作業は 1)市場のさまざまなデータのチェック 2)市場参加者へのヒアリング 3)計量的な手法を用いた実証分析—という三つのアプローチを組み合わせて実施している。中でも、市場参加者に市場動向の解釈や先行きの注目点などについて聞く「マーケット・インテリジェンス活動」は、市場分析の重要なツールだという。藤田研二総務課長は「多くの市場参加者とネットワークを築き、幅広く情報を得ていくことで、市場の真の姿に近づけるはずだ」と強調する。大量に資産を買い入れる現在の金融政策は市場に与える影響がこれまで以上に大きいため、ヒアリング対象を銀行、証券に加え、保険会社や投資信託、ヘッジファンドなどにまで広げているという。

「市場分析の狙いとしては、以下のことがある。まず、市場の値動きの背景を理解することで、日銀の金融政策の波及について手掛かりが得られる。これまでに採用した政策の波及だけでなく、先行きの政策運営に対する市場の予想を知ることも重要だ。市場参加者が、内外経済や物価情勢についてどのような見通しを持っているかも知りたい。また日銀は、市場機能を高めるためのインフラ整備に向けた努力を行っているが、そもそも現在どのように機能しているかについて分析する必要がある。金融市場でマクロ的な金融システムのリスクの芽を見つけるのも、とても大切な任務だ」

「実際の分析作業は、三つのアプローチを組み合わせて行う。一つ目は、価格や取引ボリューム、取引主体など、市場のさまざまなデータのチェック。二つ目は、市場参加者へのヒアリングを通じて、市場の動きの背景にある投資家の経済見通しや戦略、心理を把握する、われわれが『マーケット・インテリジェンス』と呼ぶ活動。三つ目は、計量的分析などを用いて、データ分析やヒアリングで得た仮説を検証していくことだ」

「マーケット・インテリジェンス活動が重要な理由としては、まずデータが欠けているものや、データが間に合わないものを補える点が挙げられる。主体別の取引動向やポジションのようなデータは全市場に存在しているわけではないし、あっても公表までにタイムラグがある。次に、市場の心理や期待を知ること。強い経済指標や景気刺激的な政策などのニュースが報じられても、事前に織り込んでいた内容に届かなければ、ベア方向に反応する場合もある。イベントに対する市場の反応を正確に読み取るには、市場が抱いている事前の予想を知らなければならない。最後に、取引の背後にあるロジックによって、市場動向の解釈や先行き見通しも変わってくる。例えば、日本の金融機関が円を担保にドルを借り入れる『円投ドル転』取引のコストが上昇しているときに、その理由が日本の金融機関の信用力に対する懸念なのか、それとも海外で金融規制が強化されたためなのかによって、含意は異なる」「わが国の株価とドル円相場の相関関係を例に、市場分析の仕方を説明する。二つの市場が連動する背景としては 1)為替が円安に振れれば輸出企業の業績が良くなるから株価が上昇する 2)リスク資産である株価が買われる場面では、相対的に安全資産とされる円を売り建てる投資家が多いため円安になる—といった可能性が考えられる。市場参加者からのヒアリング情報や統計的な因果関係の検証に加え、主体別の株式売買動向など価格以外のデータも用いて、どちらの仮説がより当てはまるかを探っていく」

統計が映し出す銀行の国際資金取引の実態=金融市場局総務課(3)〔日銀探訪〕(2015年4月1日掲載)

リーマン・ショック以降、金融機関のグローバルな活動の実態を正確に把握しようという動きが強まり、各国の金融当局は連携しながら、各種統計の整備・拡充に努めている。金融市場局総務課も「国際資金取引統計」「国際与信統計」「デリバティブ取引に関する定例市場報告」など、銀行の国際的な活動を捉える統計の作成に携わっている。これらはいずれも、国際決済銀行(BIS)がガイドラインを定め、各国の数字を取りまとめて世界ベースの統計として発表しているものだ。

多様な金融商品や取引が対象となる上、部門別に区分して報告する必要があるため、銀行からは例えば「政府系金融機関は、銀行、公的部門のいずれに該当するのか」といった質問が、次々と寄せられるという。藤田研二総務課長は「ときには既存のガイドラインだけでは答えられず、BISや他の中央銀行を巻き込んで対応を検討することもある」と、作成の苦労を語る。

「総務課が管轄する統計は、BISが定めるガイドラインに基づいて、わが国の金融機関から報告を受けて作成し、集計結果をBISに送っている。BISは、統計作成に参加している各国分を集計した上で、全世界ベースのものを公表する。当課も、集計した日本分を独自に公表している」

「このうち国際資金取引統計は、銀行の所在地に着目し、日本に所在する銀行が有している非居住者向けの債権・債務を計上する。このため、邦銀の国内拠点から海外拠点に向けた貸し出しは、クロスボーダーの債権として計上される。これを、取引相手国別、また各国内においては銀行、非銀行別に分けて計上している点が特徴だ。一方、国際与信統計は、日本に本店を置く銀行の連結ベースの海外向け与信残高を公的部門、銀行部門、民間その他部門の別に集計したもの。これらの二つの統計を分析すると、例えば邦銀の米銀向け債務が増加する一方で、アジアの銀行向け債権や現地与信が増えていることが分かる。これは、邦銀が米国で調達した外貨をアジアの支店に移し、そこで貸し出しを行うビジネスが見られていることと符合する」

「BISは、この二つの統計を一段と充実させる計画だ。具体的には、取引相手について、銀行、非銀行だけでなく、ファンドや証券会社、ノンバンクなどの『非銀行金融機関』の区分も新設することや、銀行の本支店間取引に関するデータの充実などが主な内容。報告先の金融機関にも多大な協力をいただきながら、新しいフォーマットでの公表に向けて作業を進めている」「当課の仕事をしていく上では、『好奇心を持つ』『シャイにならない』が重要と考えている。市場動向の分析にせよ、クロスボーダーの銀行活動の把握にせよ、王道的なアプローチがあるわけではない。ちょっとしたデータの動きや、相手先の一言を心に留め、掘り下げていく好奇心が大事な武器になる。また、常に一つの正解がある世界ではないので、突拍子もないと思われるものも含め、いろいろな意見や仮説を出していくことが有用だ。特に当課は、比較的若い担当者の多い部署でもあるので、シャイにならず、どんどん自分の意見を周囲や上司に伝えてほしいと促している。柔軟な発想を持った課員が育つような環境づくりにも心掛けている」

(出所)時事通信社「MAIN」および「金融財政ビジネス」
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