このページの本文へ移動

「日銀探訪」第33回:金融市場局市場調節課長 鈴木公一郎

量的・質的緩和下で激増するオペの事務=金融市場局市場調節課(1)〔日銀探訪〕(2015年7月6日掲載)

金融市場局市場調節課長の写真

日銀の金融市場局市場調節課は、金融政策決定会合で決められる金融政策の実行部隊だ。量的・質的金融緩和政策の下で大量に国債などの金融資産を買い入れるようになった現在、同課がどのような金融市場調節を実施するかは、これまで以上に市場やマスコミなどの注目を集めるようになった。しかし鈴木公一郎課長(5月26日のインタビュー当時)は「実際は、あまり目立たない地道な業務がかなりのウエートを占めている」と話す。今回のインタビューでは、この「地道な業務」の現場を紹介する。

課員の総勢は約35人。鈴木課長は「量的・質的金融緩和の導入後、オペの回数が大きく増加し、現場の繁忙度は増している」と話す。特にオペのオファーが集中する午前中は、分刻みのスケジュールで業務をこなさなければならないという。鈴木課長のインタビューを3回にわたって配信する。

「課は、金融市場のモニタリングと金融市場調節の立案を担当する『市場調節グループ』、日本銀行金融ネットワークシステム(日銀ネット)などを用いたオペのフロント実務や資金需給予測を担う『調節業務グループ』、オペや担保の制度設計を行う『オペレーション企画グループ』の3グループで構成されている。情報管理を徹底するため、執務室は金融市場局の中でもさらに内壁で仕切られており、日中は、たとえ金融市場局の職員であっても、オペに関係する者以外は入室できない」

「日々の市場調節の様子を紹介したい。早朝に、市場モニタリングの担当者が、前夜の海外市場の動きやニュース、公表された経済指標などを確認するところから、一日が始まる。これらの情報を踏まえ、市場参加者に朝方のヒアリングを行い、市場の様子を整理する。同じころ、オペのオファーの事務を担う調節業務グループは、日銀ネット端末などオペに関するシステムの起動や、当日の当座預金残高見込みの公表準備などを進める」

「金融市場の動向や当日の資金需給見通しなどの情報を基に、その日のオペの計画を固める。その後、調節業務グループのオペ事務担当チームが、金融機関にオペをオファーするための日銀ネット設定や、ホームページや通信社を通じた公表などの作業にとりかかる。オペは、種類によってオファーや応札締め切りの時刻が定められており、一連の作業はタイトな時間の中で進められる。複数のオペが並走、連続することも珍しくない」

「具体例として、国庫短期証券買い入れと4本の国債買い入れに加え、金融機関の申し込みを受けて日銀が国債を貸し出す国債補完供給もあった5月11日を取り上げる。午前10時10分に国庫短期証券と国債の買い入れオファーを日銀ネットで行うとともに、オファー情報をホームページや通信社を通じて公表する。これらの作業は、調節業務グループの3人が一組で行う。オファーが済むと、市場モニタリングの担当者が市場の動きをチェックする。午前11時すぎに、金融機関から国債補完供給の利用申し込みがあった。別の3人のチームが申し込み内容を確認の上、日銀ネットでオファーの準備を行う。この作業は、国債などの買い入れオペの落札処理に向けた準備作業と並走するため、担当者間の連携が重要だ。午前11時20分に、国庫短期証券買い入れへの応札が締め切られ、落札処理の作業をして、約10分後に日銀ネットを通じてオペ結果を金融機関に通知する。また、ホームページや通信社を通じても結果を公表する。続いて、午前11時40分に国債買い入れへの応札が締め切られ、同様に落札処理と公表を行う。午前11時50分に国債補完供給のオファーを行い、午後0時15分に応札を締め切り、午後0時半ごろには結果の通知および公表を行う」

「午前中の慌ただしい雰囲気は、午後に入ると幾分和らぐ。市場モニタリングの担当者は午前のオペの結果について『落札レートがどうしてここまで低くなったのか』『国債買い入れの落札がいくつかの銘柄に集中した背景には何があるのか』といった分析を進める。また、午後のヒアリングの結果も踏まえ、後場や翌日以降の市場の動きの留意点を整理する。一方、調節業務グループは、午後にオペが予定されている場合はその作業を行う」「量的・質的金融緩和導入後、オペの回数は大きく増加した。導入前の2012年度の約460本に対し、導入後の14年度は約700本と、ほぼ1.5倍になった。しかも、短期の資金供給手段である共通担保資金供給オペから、事務的な負担がより大きい国債買い入れなどの資産買い入れオペにシフトしたため、オペ回数の増加以上に繁忙度は増したと言える。厳しい時間制約がある中、オペ事務を正確かつ迅速に実施するため、現在の政策の下で現場では、一段と緊張感を持って取り組んでいる」

政策の枠組みに応じ資金需給予測の力点変化=金融市場局市場調節課(2)〔日銀探訪〕(2015年7月7日掲載)

日銀が短期金融市場の資金動向を予測する上で、従来の短期金利誘導の枠組みの下で重視されていた準備預金や銀行券の動きの重要度は、「マネタリーベースが、年間約80兆円に相当するペースで増加するよう金融市場調節を行う」とする現行の量的・質的金融緩和政策の下では、相対的に低下した。代わりに重要になってきたのが、オペで買い入れる国庫短期証券や国債の償還までの期間の予測だ。金融市場局市場調節課の鈴木公一郎課長(5月26日のインタビュー当時)は「買い入れた国庫短期証券や国債の償還がいつ来るかによって、マネタリーベースの見通しが変化するため、(それと表と裏の関係にある)先行きのオペの必要金額も変わってくる」と説明する。そこで、オペでどのような銘柄の応札が増えそうかシミュレーションを行い、予測の精度向上に努めているという。

「市場調節課は、金融市場調節方針に沿った市場調節を実施するために、業務局統括課の力も借りながら『資金需給予測』を行っている。これは、年金の支払い、税、保険の納付といった金融機関と政府との間の財政資金の受け払いや、海外投資家の円資産への投資動向、銀行券の動きなどから、日銀当座預金の残高の推移を、日次、月次などさまざまなタイムスパンで予測するものだ。現在は、調節業務グループのスタッフ数人が、専任でこの予測を担っている。長い伝統を持つ資金需給予測だが、政策の枠組みや金融市場の変化に応じて、力点が変わってきた」「オペ運営に当たっては、日々の金融市場の動きを追うことに加え、より長いスパンで市場動向を見極め、分析することも重要だ。例えば、国際金融規制が市場取引に与える影響、日銀の国債買い入れが債券の価格形成に及ぼす変化、マイナス金利の下での海外投資家の動向など、従来なかったテーマが浮上している。こうした分析は、市場モニタリングを担当するスタッフが、日々の動きのウオッチと並行して行う。その成果のいくつかは、金融市場調節の年度報告でも紹介している」

オペ運営支える地道な業務の積み重ね=金融市場局市場調節課(3)〔日銀探訪〕(2015年7月8日掲載)

量的・質的金融緩和の導入で金融市場調節の現場が忙しさを増す中、限られた人数で限られた時間内に正確に事務をこなすために不可欠なのが、インフラ整備や制度設計といった業務だ。金融市場局市場調節課の鈴木公一郎課長(5月26日のインタビュー当時)は「オペ増加に伴い、やや長いスパンで腰を据えて行う業務の重要性は一層増していると感じる」と話す。市場の注目を集める毎日のオペ運営は、こういった地道な業務の積み重ねによって支えられている。

「市場調節課が担当する業務としては、やや長いタイムスパンで行う市場の分析、システムの整備や制度の構築・見直しなども大きなウエートを占める。これらの仕事は、日々のオペに比べると注目されることが少ないが、その積み重ねこそが市場調節運営を支えている。オペの種類の増加や巨額の資産買い入れに伴って新たな状況に直面する機会が増えるにつれて、このような腰を据えた検討や作業の重要性は一層増していると感じる」

「インフラ整備に関する最近の大きな成果は、2014年11月に実現したコマーシャルペーパー(CP)や社債の買い入れ事務のシステム化だ。金融機関からの応札手続きをファクスからオンラインのシステムに切り替え、落札処理を自動化したことにより、オペに参加する金融機関にとっても、事務や時間の大幅な効率化につながった。現在は、10月に全面稼働開始を控えた新日銀ネットのうち、市場調節に関わるシステムへの対応が、大きな案件となっている。これらのインフラ整備は、日常のオペ事務の合間に進めなくてはならないものも多い。オペ回数の増加に伴って、日々のオペ事務に要する時間も増えているのが悩ましいところだが、市場調節の対応力、機動力を確保するために、おろそかにはできない投資だ」

「オペや担保などに関わる制度を企画するのも当課の仕事の大きな柱の一つ。金融政策決定会合で新たなオペや担保の導入などが決まると、制度の全体像を設計する企画局、バックオフィス事務を担う業務局、システム情報局などの関係部署と連携しながら、フロント部署としての実務対応を精力的に検討する。最近では、1月の決定会合で、日銀の当座預金取引先でない系統金融機関がそれぞれの系統中央機関を通じて貸出支援基金を利用できる枠組みの導入が決まり、具体的な事務フローや細則を整備したところだ」

「既存の制度についても、市場環境の変化や市場参加者の意見も踏まえつつ、時代の流れに対応していく必要がある。例えば、債権の発生や帰属が電子的な記録により定まる新たな債権形態である『電子記録債権』の利用が広まり、13年10月の決定会合でその適格担保化が決まった。これを具体化するために、市場関係者と実務の調整を行い、14年に適格担保として受け入れができるよう、事務フローなどを整えた」

「日銀は市場調節に関して、長い年月の間に培われた知見と多様な手段を持つ。しかし、金融市場は止まることなく変貌している上、現在は量的・質的金融緩和という、伝統的枠組みとは大きく異なる政策を採用している。市場環境の変化などを踏まえ、市場調節に関する知識や技術を一段とブラッシュアップする必要がある」 「未経験の領域で業務を行うに当たっては、目先の実務に追われて金融市場の大きな流れや変化を見落とさないように、広い視野と強い好奇心を保つことが重要だ。その意味で、経済分析、法律、金融機関のモニタリング、システム開発などさまざまなバックグラウンドを持つ人材がそろっていることは、この課の強みだと考えている。多様な視点を交えた議論によってこそ、新たに直面する課題への適切な対応が導き出されていくと思う」

(出所)時事通信社「MAIN」および「金融財政ビジネス」
Copyright (C) Jiji Press, Ltd. All rights reserved.
本情報の知的財産権その他一切の権利は、時事通信社に帰属します。
本情報の無断複製、転載等を禁止します。