ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 記者会見 1998年 > 総裁定例記者会見要旨 ( 7月21日)

総裁定例記者会見要旨 (7月21日)

1998年 7月22日
日本銀行

—— 平成10年 7月21日(火)
午後 3時から約35分間

【問】

今日発表された「金融経済月報」では、景気に対する見方が一段と厳しくなったように見受けられるが、日銀の景気の現状認識および先行きの見通し、当面の金融政策運営スタンス如何。

【答】

本日公表した「金融経済月報」の中で書いてあるとおり、私どもの見方としては、「わが国の経済情勢は全般に悪化している」というふうに判断している。

すなわち、最近では、中小企業を中心とする設備投資の急速な減少や雇用・所得環境の大幅な悪化が目立ってきている。また、生産・所得・支出を巡る循環がマイナス方向に働いている。この間、物価はどうかと言うと、消費者物価は、実勢でみて、僅かながら前年水準を割り込んでいる。また、金融面でも、銀行貸出が低迷を続けることで、マネーサプライの伸び率も鈍化傾向にあるということが言える。

以上が日本経済に対する現状判断であるが、先行きについてみると、総合経済対策に盛り込まれた公共事業の追加、特別減税実施の効果が今後次第に現れてくる。これによって景気のさらなる悪化は歯止めがかかるのではないかというふうに見込んでいる。

しかし、経済活動の水準が既にかなり低下していることを考えると、直ちに自律的な軌道回復に移っていくというふうにみるのも難しいように思う。ポイントとしては、(1)先般策定された金融システム建て直しのための諸施策や税制改正を巡る議論が今後どのように進められていくか、(2)それらが企業や家計のコンフィデンスをどの程度回復させ、好影響を与え、民間経済の自律回復力というものをいかに強化していくか、というようなことにかかっているように思われる。最近の株価や長期金利の動きをみても、これらに対して、市場が一定の期待をもって注目しているということは現れているように思う。

先週16日の金融政策決定会合では、こうした経済情勢に対する認識、政策手段の効果、副作用など、様々な点について十分な討議を行った上で、当面の金融政策運営について、これまでの緩和基調を維持することを決定した。私どもとしては、現在の経済が厳しい状況にあることを踏まえて、今後ともその展開を見極めていく考えである。

金融・経済の現状についての見方は以上のとおりであり、先般の金融政策決定会合での決定も今申し上げたようなところから、これまでと同様に現状を維持して緩めの政策を進めていくということは変っていない。

【問】

金融政策に関して、最近「量的な緩和」や「インフレ・ターゲティング導入」を検討すべきではないかという議論が一部で出ているが、これらの手法についての見解如何。

【答】

「調整インフレ論」とか、「量的緩和論」とか、あるいは「インフレ・ターゲット論」とか、色々な言葉が使われているけれども、新しい日銀法では、金融政策運営の理念ということで、物価の安定を図ることを通じて、国民経済の健全な発展に資することが、非常に明確に書かれている訳である。

この場合、物価の安定というのは、インフレでもデフレでもない状態のことであり、私どもとしては、そういう状態を一貫して目指していきたいというふうに考えている。その意味で、「局面によっては、ある程度インフレにすることを目標にする方がよい」といった議論に与することはできないと思う。「調整インフレ論」というのが、そうした内容を意味するのであれば、私どもとしてはこれをとることはできないということである。併せて、同時に「デフレを望むものではない」ということも、この際はっきり申しておかなければならないと思う。

現下の問題で、需給ギャップが大きいこともあり、これを縮小するために、総需要を増加させていく必要があるということは、従来から変わりはない訳である。金利の引下げ余地が既にかなり小さくなっている現状で考えると、総需要を増加させるためには、やはり財政政策による直接的な需要レベルの引上げ、また金融システム対策や税制改革などで、民間のコンフィデンスをいかにして回復し強化していくかという政策が、中心的な役割を担うものと考えている。

この点、政府による総合経済対策の効果がこれから出てくる段階にあると思うし、「金融再生トータルプラン」が取り纏められ、さらには「恒久的な税制改革」を巡る論議も高まってきているので、私どもとしては、当面、これらの効果の出方に注目して参りたいと思う。

【問】

主要19行に対する緊急検査・考査に関して、日本銀行としてはこれからどのようなスケジュールで、また金融監督庁とどういった連携をとっていくのか。一方、検査・考査の後にさらに金融再編が進むのではないかという見方もあるが、それについての見解如何。

【答】

主要19行に対する集中的な検査・考査について、この前の席でも申し上げたが、その後、金融監督庁と日本銀行が連携しつつ今後順次実施していくことが決まっている。その具体的な内容について、申し上げるのは差し控えさせて頂きたいと思う。

また、その後については、金融監督庁では、「検査結果を踏まえて、自己資本比率に応じた措置区分に従って、早期是正措置の発動を含めて、厳正に対処する方針」というふうに聞いている。日本銀行としても、必要に応じて中央銀行の立場から、適切な対応を講じて参る所存である。

なお、金融再編ということについては、これは、あくまで個々の金融機関の経営判断に基づいて、進めるべきものであると考えている。今回の住友信託銀行と日本長期信用銀行の合併構想にもみられるように、所謂「日本版ビッグ・バン」の本格実施や、金融機関を取り巻く環境が大きく変わってきているという変化の中で、経営の効率化とか金融サービスの多様化を図る観点から、今後とも、こういう状況がさらに進んでいくことを考えると、この辺のところは、今後の市場の動きを注意深くみていく必要があるというふうに思っている。

【問】

自民党の総裁選を目前に控え、新政権に対して総裁としてはどのようなことを期待しているか。

【答】

政治情勢に関しては、私の立場からコメントすることは適当でないと思うので、差し控えたいと思う。

どなたが新政権を担われるとしても、日本経済の現状を踏まえると、かねてから私が申し上げているように、一つは「金融システムの建て直し」、もう一つは「景気の回復」、この二つのことは相互に関連し合っていることであり、新政権にとって、──どういう政権ができるにしても──、これが最優先の課題になるのではないかというふうに思っている。

従って、私としては、新政権が早期に固まって、一刻も早くそうした課題の克服にリーダーシップを発揮して頂けるよう期待したいと思うし、──国会で論議が行われることであろうが──、金融・経済の現状をみるとこの際あまり時間をかけることなく、——少し古い言葉かもしれないが——、「挙国一致」で今の危機を乗り越えていかないと、アジア全体あるいは世界経済全体にも悪影響を及ぼしていくことを惧れる次第である。

【問】

今は財政政策の出番である旨発言したように思うが、ということは、金利政策ではもうこれ以上下げても効かないという判断があるのか。

【答】

それはそういうことを言っている訳ではない。勿論、金融政策が動かせる余地というのはかなり狭くなっていることは確かであるが、よく言われるデフレ・スパイラルということに関し、現在の経済情勢の中で、生産・所得・支出を巡る循環がマイナス方向に働いているし、物価の軟化テンポも緩やかなものではあるが続いているが、先行き政府による過去最大規模の総合経済対策の効果が本格化してくるので、景気悪化の拡大は、これによって歯止めがかかってくるであろう。従って、デフレ・スパイラルに陥るということは、取り敢えず回避されるというふうに考えている。

金融政策については、今の緩和基調の政策をこのまま続けていくことでよいのではないかというふうに思っている。

【問】

今回の「金融経済月報」では、総合経済対策があったとしても、「速やかに景気が自律的な回復に繋がっていくとは考えにくい」旨の少し踏み込んだ表現を行っているが、民間のシンクタンクなどでは、総合経済対策が打ち出された当初から、「先々厳しいのではないか」という見方をしていた。この点について、日銀の判断が遅れたとは考えていないか。

【答】

その辺——民間シンクタンクのこと——は、私もよくわからない——民間にも色々とお考えがあったと思う。私どもがここにきて強く申し上げるのは、物価の動向とか、あるいは特に不良資産についての金融システムの不安感がかなりurgentというか緊急なものになってきているということである。昨年11月にも同じような事態があった。その時に皆、かなりびっくりして、これは大変だという感じになったと思う。その後、政府の方でも、30兆円の資金の準備をしたり、あるいは「トータルプラン」の議論を緊急に進めて、大体の方向が決まってきたといったようなことがある。そういう事態が進んできたので、そういう意味では、これからが、これらの政策を適時適切に打ち出していく時期であるというふうに考えている。

ご質問の日本銀行の判断が甘かったのではないかというご批判に対して、あるいは見方が甘かったということがあるかもしれないが、情勢が11月以降急速に変わったということについては、私どもも——私がこちらに来る前のことであるが——金融システムをここで建て直さなければ大変だという感じをその時から持ち始めたということが事実ではなかったのかと思う。

あのような事態をそれ以前に何故予想できなかったのかということについては、やはり1930年当時以来初めての新しい事態の展開であったということで、多少甘くみていたということがあったかもしれないというふうに思うが、これは急いで対応が打たれているので、ここで先延ばしをしたり、手遅れにならないように、むしろ今こそとるべき手をとることである。

今まで金融機関は護送船団方式で比較的緩やかな経営を行い、大蔵省あるいは当局の保護を受けながら進んできた。しかしビッグ・バンと同時に、「バブル弾け」に伴う大量の不良資産を7年間もあまり落とさないでむしろ少しずつ重みが増えていくような形でここまで置いてきたことに対して反省し、ここで何とか直していかないと大変なことになるという自覚が、私どもはもとよりのこと、一般の方々、あるいは政治家や政府当局にとっても、ここにきて強く出てきたということは言えようかと思う。

【問】

実体経済について先程説明があったが、実際に金融システムの強化策をすぐに行っていくとなると、貸出がさらに減ったり、信用収縮が強まったり、金融面から景気をさらに悪化させることにならないか。そういう場合には、日銀は何を考えるのか——どういう手があるか。

【答】

景気対策と金融政策については、不良資産の対処というものが早く決められ、進んでいくことが一番大切なことだと思う。それまでの間、財政——この間の16兆円の景気対策——とか、あるいは金融の動きをみながら、私どもの方でも十分手を打っていきたいというふうに思っている。

方向として、非常にこれから考えていかなくてはいけないのは、間接金融から直接金融にもっとウェイトが切り替わっていって然るべきだということである。具体的に言えば、例えば、CPとか、あるいは社債とかいうものを拡げていくことが重要である。そういうもの(CPなど)をどんどん、——少しよいものを——買入れて、資金を供給していくとか、あるいはビッグ・バンに備えて、先般来言っている国債、あるいはCP、政府短期証券などの市場を流動化して造っていくといったようなことを行っていくことがこれからの流れではないかというふうに思っている。

日々の金融の調節については、金融市場局において市場をみながら、適時適切な調節が行われていることはご承知のとおりのことであり、公定歩合を若干下回るところでオーバー・ナイトの無担保物のコールの金利が比較的安定して、推移していると思う。これらも、金融市場局の日々の調節が功を奏しているというふうに考えている。

【問】

先般の金融政策決定会合では、3回連続して全員一致ではない形での結論になったが、その時の議論としてはどのようなものが出たか。

【答】

議論の詳しい内容は、8月に公表致す議事要旨に譲ることにするが、これまでの金融緩和基調を維持して、経済活動を下支えしていくべきとの意見のほかに、コール・レートの誘導目標を、先程「公定歩合を若干下回るという線で」と言っているところを、「誘導目標をもう少し小幅に引下げてはどうか」といったような意見はあった。討議を経て、今回の金融政策決定会合では現状維持——これまでと同様の方針——が賛成多数で決定されたということだけ申し上げておく。

【問】

預金準備率引下げ等の「量的金融緩和」についての見解如何。

【答】

「量的緩和論」あるいは「インフレ・ターゲット論」について、これまで政策委員の間で勉強して参っているし、金融政策決定会合の場でも議論が出ている。ただ、現時点では、これらを採用するとの判断には至っていない訳であるが、この問題について基本的な考え方を整理した上で、説明することとしたい。

まず——少し長くなるかもしれないが——、金融の緩和が実体経済へ波及するメカニズムは、金利の低下が、企業収益や投資採算、資産価格というものへの好影響を通じて、経済活動全般の活発化に繋がっていくという筋道が中心となる。その過程においては、企業の資金調達など金融活動も活発化して、マネーサプライなども増加するということになる。

このように、金融緩和を行っていくと、金利の低下とマネーサプライ等の量的金融指標の増加が同時に生じてくることとなる。従って、「量を増やす」政策と「金利を下げる」政策とは、量と金利のいずれに着目した政策を行うかという点に違いがあるだけであって、経済活動へ波及するメカニズムについて、全く異なる波及メカニズムを前提にするというものではない。これまで行ってきた「金利の引下げ」も「量の拡大」を期待したものであった訳であるし、仮に今後「量の拡大」を目指す場合にも、その前提として、現在の金利水準が一段と低下していくということが想定される。

以上を踏まえて、量的ターゲティングあるいはインフレ・ターゲティングといった一部で主張されている議論は、中央銀行が金融の量的指標や一定の物価上昇率に中期的にコミットすると、人々の将来の物価見通しに対して、より強い効果を与え得るのではないかという見方があることによっているのではないかと思う。

この点については、(1)現在のように金利の低下余地が乏しいもとで、そうしたアナウンスメント効果を果たして期待できるのかどうか、また、(2)具体的にどのような目標値を設定するのかといった点などが、まだ議論、検討すべきポイントとして残っている。また、(3)そもそも現在の経済情勢が政策変更を必要とするものなのかどうか、(4)これらのターゲティングをとる場合に、いずれにしても、当面短期金利の低下を伴うことになる訳であるが、そうした手段をとることが現状において適当なのかどうかといったような点が、まずもって議論の対象となる訳である。

今回の金融政策決定会合では、そうしたターゲティングに関する意見だけではなく、コールレートの誘導目標の引下げなども含めて、広く意見が出され、討議の結果、賛成多数で現状維持が決定されたということを申し上げておく。

以上