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最近の金融経済情勢と金融システムを巡る諸問題について

平成8年4月3日・経済倶楽部における日本銀行総裁講演

1.はじめに

 本日は、経済倶楽部にお招き頂き、各界でご活躍の皆様方にお話し申し上げる機会が得られ、大変光栄に存ずる。

 私は、一昨年の12月に日本銀行総裁に就任して以来、このような形で講演を行う場合には、なるべく特定のテーマに焦点を絞ってお話しすることとしてきた。しかし、本日は少し趣向を変えて、日頃、経済界や一般の方々からしばしば尋ねられる疑問や質問を念頭に置いて、それらに一つ一つお答えする形でお話を進めてみたいと考えている。

 ご承知のとおり、現在、日本経済は、景気回復と金融システムの信認回復という二つの課題を抱えている。そのいずれも、先行きの展望は何とか見え始めているが、な→不確かな面が大きいという、大変微妙で、また、それだけに重要な局面にある。

 従って、私どもに寄せられる疑問も多岐に亘っているが、あらかじめ、本日の論点を大きくまとめれば次の3点、すなわち、第1に現在の景気情勢と金融政策運営に関する問題、第2に当面の金融システム問題、第3に今後の金融機関監督のあり方、となろう。

 ややオムニバス風の話になるが、日本経済を含め、世界経済全体が「市場経済化」の時代を迎えている中で、(1)日本銀行が市場をどのように重視しているのか、(2)市場が本来有している機能をどのように活かそうとしているのか、といったことを汲み取って頂ければ幸いである。これが、本日のそれぞれの話を結ぶ共通のテーマである。

 それでは、まず、最近の金融経済情勢と金融政策運営について述べることとしたい。

2.最近の金融経済情勢と金融政策運営

景気の現状と先行き見通し

 景気の現状については、「緩やかながら、回復しつつある」と判断している。需要面の動向をみると、公共投資や住宅投資がかなりの増加を続けているほか、個人消費や設備投資も緩やかな回復傾向にある。こうした需要動向を反映して、生産も、多少のフレはあるが総じて増加基調にあり、在庫の状況も、一部素材業種にはなお在庫の過剰感が残っているが、全体としてみれば調整が進んでいるようである。

 しかし、昨年の日本経済は、何とか始まった回復の動きが足踏み状態に陥ってしまったという経緯を辿っただけに、内外から、「今回は本当に大丈夫なのか、回復が途切れるリスクはどの程度か」と問われることが少なくない。

 実際、これまでのところ、回復の主力は、公共投資や、金利に敏感な住宅投資であり、金融・財政面からの政策効果に後押しされている部分が大きい。従って、今後、回復のモメンタムが、設備投資、個人消費などの民間需要にうまくバトンタッチされていくかどうか、ということが、大変重要なポイントである。この点、私どもは、幾つかの材料からみて、景気が腰折れするリスクは、昨年と比べ、かなり小さくなっているのではないか、と考えている。

 第1に、企業収益の水準が徐々に高まってきており、しかも、リストラ等の企業努力の結果、収益体質が強化されている。

 景気回復が自律的で、より拡がりを持ったものとなっていくためには、生産や雇用、そして投資活動など、様々な面で、企業行動の積極化が鍵となるが、その基盤となるのは企業収益である。

 そこで、製造業大企業の売上高経常利益率をみると、平成5年度に2%台にまで低下したが、──これは、第1次オイルショック以来の低い水準であるが──、その後、ゆっくりと回復している。この3月で終わった昨年度下期の利益率は、4%近い水準に達した模様である。この経常利益率4%という水準は、過去の回復局面に当てはめてみると、景気回復が始まってほぼ1年程度経過し、回復の力が相当しっかりし始める頃の状態に相当する。逆にいえば、今回は、そうした状態に達するまでに、景気が大底を打ってから3年近くも要したことになる訳で、このこと自体、バブル崩壊後の景気後退の深さや、その間の構造調整圧力の大きさを端的に物語っている。

 いずれにしても、企業収益が低い水準にとどまっていると、企業活動は、外部からのショックに対してどうしても脆弱となるし、そのため投資行動も慎重なものとなりがちである。昨年、景気回復が途切れてしまった理由も、円高の進行などがその契機となった面はあるにしても、基本的には、「企業収益の水準からみて、回復の段階が若過ぎたため」と理解することができよう。

 最近の企業収益動向をみると、先程述べた製造業大企業だけでなく、非製造業や中小企業も含め改善してきており、このことは、今後の回復の持続性を裏付ける一つの心強い材料とみてよいように思う。

 第2に、一昨年から昨年にかけて懸念された物価下落の悪循環──つまり、物価低下が所得の圧迫を通じて経済活動を圧迫し、これがさらなる物価低下に繋がるという「デフレ・スパイラル」のリスクが、かなりの程度、小さくなっている。

 物価指標の動きをみると、消費者物価は、昨年央に前年比マイナスとなったが、秋口以降は若干ながら、プラスに転じている。卸売物価も、依然として前年を下回っているが、そのマイナス幅の拡大には歯止めがかかっている。また、何よりも、只今述べたような企業収益の回復や、賃金を巡る環境が──本年の春闘でも窺えるように──改善していること自体、デフレの悪循環が喰い止められている証拠といえよう。

 もちろん、わが国が、なお大幅な内外価格差を抱えている状況等からみて、物価低下圧力は根強く残る可能性がある。しかし、競争の激化や新しい技術の活用を通じて生産性が向上し、その結果、物価が低下するのであれば、それは、むしろ、国民生活をより豊かにし、新たな経済発展をもたらす契機となり得るものである。最近のパソコンなどを中心とする消費需要の回復や、新しい流通業の展開などは、まさしくそうした事例といえよう。

 そして第3に、円高是正の定着である。現在でも、その時々の思惑で為替相場が振れることはあるが、米国におけるインフレ圧力の減退や、わが国の経常黒字の縮小傾向などが、円高圧力を緩和する方向に働いている。

当面の留意点と金融政策運営

 このように、日本経済が持続的な回復経路に移行する条件は、昨年よりも整ってきているように思われる。

 とはいえ、先行きの景気の展開については、まだまだ気になる材料も多い。このところやや減速傾向にある世界経済の帰趨やその影響、マネーサプライの伸びが依然低いこと、なかなか底が見えない地価動向など、念頭に置いておくべきポイントは幾つかあるが、その中でも重要なことは、設備投資の回復テンポや拡がり度合を見極めることであろう。

 私どもの短観などのアンケート調査でみると、大企業の設備投資は昨年度に引続き、本年度も小幅ながら増加する計画となっているが、中小企業の方は、昨年度減少の後、本年度も減少の計画となっている。もちろん、例年この時点では、まだ投資計画を固めていない企業が多く、数字が低く出る傾向があるので、この点は割り引いてみる必要がある。また、今後も企業収益の改善傾向が続けば、設備投資には好影響を与えよう。こうした要因がどの程度働くのか、という点も含め、設備投資の回復の拡がり度合やその強さについて、現段階で結論を出すことは時期尚早であるように思う。

 いずれにせよ、これから企業は新年度の事業計画を固めていく訳で、その意味でも、現在は、民間需要がリードする自律的な景気回復への橋渡しができるかどうか、極めて重要な時期である。従って、金融政策の運営に当たっては、当面、景気回復の基盤を万全なものとすることに重点を置きつつ、情勢の展開を注意深く見守っていくことが適当と考えている。(市場金利の変動に関する基本的な理解)

 ところで、最近の金融市場の動きをみると、昨年末以降、長期市場金利は徐々に上昇してきている。さらに、本年に入って、2月から3月初めにかけては、短期金利も比較的大きな変動を示した。そこで、私どもが、こうした市場金利の変動をどう捉えているか、という点をご説明し、関連する幾つかの質問にお答えしておきたい。

 はじめに、この間の市場金利の動きをざっと振り返ってみると、国債の指標銘柄でみた長期金利は、昨年9月の金融緩和措置以降、しばらくは 2.7%程度で推移していたが、年末頃から徐々に上昇し始め、最近では、 3.1%前後で推移している。一方、短期市場金利は、2月中旬頃から、金利上昇圧力が加わり、例えば、ユーロ円3ヶ月物の金利は、0.3 %ほど上昇した。しかし、3月初めに私どもが発表した短観調査結果が、強気化していた市場の期待と比べれば、回復の緩やかさを示唆する結果となったことなどから、短期金利は再び低下し、現在は、ほぼ2月中旬頃の上昇前の水準に戻っている。

 このような金利変動が発生すると、どうしても、市場金利の攪乱的な動きを問題視したり、市場の不安定性を強調する意見が多くなりがちである。

 この点に関して言えば、私自身は、全く逆の印象を持っている。それは、「市場はやはり、様々な情報を消化しながら、経済の動きと整合的な落着き処をうまく探っている」ということである。

 ここ数ヶ月の市場の動きを解釈すれば、昨年末以降のゆっくりとした長期金利の上昇は、着実に経済の実勢が好転していることを反映している。2月の短期金利のやや大きなフレについても、市場での見方が、その時々の要人の発言や経済指標の意味合いなどを十分消化した上で、結局のところ、「現在の景気判断としては、回復とはいえ、そのテンポは緩やかなものにとどまっているし、当面、その公算が大きい」との結論に落着いた、ということであろう。

 このような市場金利の動向に関連して、「景気回復を先取りして市場金利が上昇すると、足元の景気に悪影響を及ぼすのではないか」という質問を受けることがある。

 確かに、市場では、先行き景気回復の期待が高まると、それだけで金利が上昇しはじめることが少なくない。しかし、景気回復期待が高まるということは、企業経営の観点からみれば、先行きの事業の採算性が高まること、つまり、先行きの予想収益率が上昇することを意味する。企業家が、新しい事業展開なり新規の設備投資を行う場合の基準としては、「改善された予想収益率がその時々の市場金利と比べて、十分に高いかどうか」が基本になるはずである。従って、景気回復期待が高まるにつれて金利が上昇すること自体は、いわば自然なことであるし、その程度が企業の予想収益率の回復と整合的である限りは、それが、直ちに企業行動の制約要因になることはなく、景気回復と金利上昇が併存することとなる。これは通常の景気回復局面で観察されることである。

 また、最近では、「日本の金利が上昇すると、国際的な金利上昇に波及し、世界経済に悪影響を及ぼしかねないのではないか」との懸念も聞くことがある。確かに、 金融市場の国際的連関が強まっている下では、実質金利を中心に、一国の金利上昇が他国に伝播するということは起こり得る。ただ、日本の金利上昇が景気拡大を反映したものであれば、わが国の景気拡大は、輸入の増加を通じて世界の需要の増加を促すこととなる。従って、日本の景気回復による金利上昇が、何がしか国際的に伝播することはあっても、それが直ちに、世界景気の足を引っ張る要因になるという見方はやや短絡的である。さもなければ、例えば、密接な経済関係をもっている国同士で、互いに、相手国の景気回復が始まると、金利上昇が波及して、自国にとって却ってマイナスとなる、という奇妙な結論になってしまうからである。

 もちろん、いずれの場合でも大事なことは、金利形成が、実体経済の動向やそれを反映した人々の先行き期待と整合的かどうかという点である。確かに、市場金利の変動は、時として、様々な理由でオーバーシュートする。しかし、その一方で、この2、3月の金利変動の結果が示しているとおり、市場は、そうした変動をこなしながら、ある期間をとってみれば、然るべき落着き処を探っている。これらのことを十分念頭に置いて、この先の金利形成が、その時々の人々の先行き期待と整合的かどうか、企業の収益見通しや成長期待などを慎重に点検して、判断していかねばならないと思う。

 先程も申し上げたとおり、私どもとしては、金融政策運営面で、回復の基盤を万全とするという姿勢で臨んでおり、そうした政策姿勢を前提に、市場金利がどのようなメッセージを送り返してくるのか、注意深く市場動向を見守っていく積りである。

3.金融システム問題

当面の金融システムの課題

 さて、次に、当面の金融システム問題について話を進めることとしたい。

 焦点の住専問題に関しては、国会では、住専処理のための財政支出を含む本年度予算案や関連法案を巡って、審議が再開されている。

 これまで審議が難航してきた背景としては、何といっても、住専処理に対する財政資金の投入について、国民の疑問が十分に払拭しきれていない、ということが挙げられよう。確かに、住専問題は、過去の様々な経緯を引きずっている上、関係者の利害関係も極めて複雑である。従って、この問題の処理策について国民の十分な理解を得るために、どうしても、ある程度の時間がかかることは無理からぬ面があるように思う。

 しかし、そうは言っても、現在の住専処理案は、関係者の真剣な議論の末ようやくまとまったものである。また、かねて申し述べてきたとおり、人々の大切な預金の元本を守りながら、不良債権処理を進め、金融システムを建て直していくためには、財政資金の投入はやはり避けて通れないものである。

 しかも、この先、住専問題だけでなく、不良債権問題の解決に必要な包括的な枠組みを整備するための法案が、国会に上程される予定となっている。これらの法案の中には、預金保険制度の改正や破綻金融機関の処理の迅速化、あるいは、問題金融機関の経営の早期是正を図っていくために必要な法的措置など、大変重要な内容が含まれている。

 従って、私どもとしては、ここで多少時間がかかることはやむを得ないとしても、是非、国会での審議が精力的に続けられ、住専問題だけでなく、不良債権問題全体への対応について、国民の理解が得られることにより、本年度予算案と関連法案が円滑に成立するよう強く期待している。

 ただ、この問題に何らかの決着がついたとしても、不良債権問題を解決し、日本の金融システムに対する内外の信認を取り戻すためには、まだ、多くの課題が控えている。破綻金融機関処理のための包括的な枠組みを、できるだけ早く実際に機能させることはもちろん重要である。

 一方で、個別金融機関としては、不良債権の処理をさらに加速させる必要がある。この3月期の主要行の決算処理方針をみる限り、この面では、かなりの進展が期待できるように思う。今回の場合、決算処理に当っては、住専問題の決着が完全にはついていないだけに、対応に工夫を要する面があるであろう。しかし、そうした中にあって、主要行では、住専以外の不良債権も含め、思い切った償却を行う模様である。大幅な赤字決算を見込む先が少なくないのも、その反映であり、私どもとしては、こうした金融機関の償却姿勢は高く評価されるべきものと考えている。内外の債権者や投資家も、このような金融機関の意図が反映された決算の姿を、できるだけ冷静に受け止めるよう願っている。

 また、金融機関としては、不良債権の処理を進めることと併せ、日本経済の回復・発展を十分サポートしていけるような金融機能を発揮できるよう、前向きの努力が求められている。そのためには、不採算部門の縮小、コストの削減、さらには比較優位分野への重点シフト等、積極的なリストラを含め、将来に向けての経営戦略を明らかにしていくことが必要である。このことは、自己資本充実のための外部資金の導入に当っても、重要な課題である。そこで、関連する話題として、金融機関の自己資本の充実策の一つである増資を巡る問題に若干触れておきたい。

増資を巡る諸問題

 私どもは、昨年来、不良債権の発生により傷ついた自己資本の復元を図っていく上で、資本市場の機能を活用していくことが不可欠な要素であることを、折りに触れて述べてきた。

 この点に関する最近の進展は、これまで株式市場の不振に配慮して時価発行増資に課せられていた種々の制約が、ガイドラインの撤廃という形で取り払われる運びとなったことである。こうした時価発行増資の事実上の自由化は、自己資本の増強が喫緊の課題となっている金融機関だけでなく、一般の企業にとっても、経営の選択肢が拡がることを意味する。これまでの市場関係者のご努力を高く評価したいと思う。

 ところで、この点に関連し、しばしば、「日本銀行は、資本市場の活用を主張しているが、時価発行増資の自由化は、増資ラッシュや需給の悪化を通じて、株価下落圧力を増大させるのではないか。これは、景気回復にとっても、不良債権処理を進める上でも好ましくないのではないか」といった質問を受けることがある。

 しかし、私は、そこで懸念されているようなケースは、むしろ、株式市場がその本来の機能を発揮していない時に起きるのではないか、と考えている。

 改めて申し上げるまでもないが、株価の上昇や下落は、基本的には、その企業の業績に関する先行き見通し如何にかかっている。従って、増資の際に、株価がどう反応するかも、調達された資金の使われ方、つまり、増資後の収益計画が投資家を満足させるものかどうか、ということにかかっている。言い換えれば、株価を左右するものは、増資そのものでなく、企業の経営計画である。この点で、先に申し上げたリストラを含む経営戦略をどのように策定し、ディスクローズしていくかが重要な意味を持つ訳である。増資に先立って発表される経営計画が投資家を満足させるものであれば、株価は下がらないし、仮に、それが投資家を満足させないものであれば、その時の株価が直ちに反応し、増資計画そのものの見直しを迫るはずである。その場合には、リストラ計画やそのディスクロージャーの仕方を見直す必要があるかもしれないし、劣後ローンを加味する、といった工夫も必要となろう。

 もちろん、現実の株式市場が、常に、このような機能を完全に果たしている訳ではない。ただ、そうであるからといって、発行体や投資家の行動を制限するという方法は、決して前向きの解決にならないように思う。市場の機能発揮に懸念があれば、それに対する解決策は、むしろ、ディスクロージャーの充実や、市場インフラの整備など、市場機能を活かす方法で対処していくことが本筋である。

 現在、この面での市場関係者の検討はまさに、今申し上げたような方向に向かっていると聞いている。金融機関のサイドでも、内外の投資家や預金者からの信認を取り戻していく上で、思い切ったリストラを含む、明快な経営計画を提示していって頂きたいと思う。

4.金融機関監督のあり方と日本銀行の役割

金融システム監視の重要性

 以上申し上げてきたように、現在、当面の不良債権問題に対処しつつ、一方で金融システムの再建・強化に向けての検討が各方面で活発化してきている訳であるが、同時に金融機関監督や金融行政のあり方、という問題も議論の対象となってきている。そこで、後半の時間を使って、この点についてお話しすることとしたい。

 日本の金融機関監督は、行政面では、大蔵省や農林省などの関係省庁、地方自治体などによって担われているが、日本銀行も、定期的に行っている金融機関考査や日常のモニタリングを通じて、金融機関の市場行動や経営状況の把握に努めている。

 その基本的な考え方については、先般、別の講演で詳しく申し述べる機会があった。要約すれば、私どもの考査・モニタリング機能は、(1)「通貨価値の安定」と「金融システムの安定」という日本銀行の使命を達成する上で必要不可欠の機能であり、また、(2)日本銀行の政策や業務の運営と一体となって行われている、ということである。

 そこで、本日はもう少し広い観点から、そもそも、現在、金融機関監督に求められている方向性はどのようなものか、その中で、中央銀行の位置付けをどう考えるのかといった、基本的な問題に立ち返って、私どもの考え方を申し述べることとしたい。

 まず申し上げたいことは、日本経済全般に亘って、市場経済が本来有している活力−つまり、競争を通じたイノベーションの力を活かしていく、という考え方が、将来に向けた制度設計や経済運営の理念となるべきである、という点である。現在進められている規制緩和などの構造政策も、同じような理念に基づくものである。

 この考え方は、金融の分野にも同様に当てはまるものである。競争を通じたイノベーションの力は、欧米での金融サービスの発達が端的に示しているように、金融業自体の発展を促すだけでなく、国民の経済活動をバックアップする金融機能の効率を高めていく上で不可欠なことである。

 ただ、その一方で、金融業のネットワークである金融システムは、一般産業と異なる性格を持っている、という点に留意しておく必要がある。それは、一言でいえば、システミックリスクが存在する、という問題であるが、金融システムのどこかに綻びが発生すると、システム全体を揺るがしかねない大きな問題となるリスクを有している、ということである。

 これは、第1に、国民経済のあらゆる経済活動の決済が、金融機関間の決済に集約され、このため、金融機関同士が、極めて複雑な資金の貸し借りや決済のネットワークで結ばれていること、第2に、資金の貸借と決済のネットワークも、またネットワークを構成している個々の金融機関も、「信用」という、多分に心理的な要因で支えられていること、などに由来している。

 金融システムは、借手と貸手の間の資金仲介ということだけでなく、決済システムの提供という点からも、一国の経済活動を支える重要なインフラである。これがいったん破壊されると、預金や日々の資金決済に対する信認が失われ、国民生活の隅々まで甚大な影響が及ぶことになる。

 従って、金融システムにおいては、市場の持つダイナミズムを引出していくという要請と、システムの安定性を確保するという要請の双方をどう調和させるか、という視点が、常に求められている、といえよう。これは大変難しい問題であり、その両者の望ましいバランスのとり方については、一国経済のおかれた状況やそれまでの歴史的な経緯によって、自ずと異なる姿が考えられる。

 例えば、日本の戦後混乱期から復興期にかけては、金融機関の資金仲介機能をまず建て直し、それを、経済復興という政策目的にも利用する、ということが、何よりも優先されるべき課題であった。また、その後も預金保険制度が未整備であったり、金融機関の業務や金融商品が今ほど複雑でなかった状況の下では、個別金融機関に対する規制や指導を通じて、金融機関の行動を制限し、その経営の安定性確保を優先することが必要であったし、また、実際に有効であった。

 しかし、時代は大きく変わっている。今や、金利自由化は完了し、業態間の垣根も次第に低くなりつつある。日本の金融市場は、市場参加者の多様化、資金量の増大、金利メカニズムの浸透といった点で、十分成熟しつつある。金融分野における国際的な競争の激化、金融サービスに対するニーズの多様化、金融ハイテク商品の発達ということも、大きな環境変化である。こうした下で金融機関のビジネスチャンスが拡大する一方で、それに伴うビジネスリスクも高まってきているといえよう。

 こうした中で、これまでのように、金融機関の行動を外から制限するようなやり方を続けていくと、次のような問題が表面化する惧れがあるように思う。

 その第1は、競争を通じるイノベーションの力が十分に発揮されないため、国際競争力を備えた、強く効率的な金融業への発展が制約され、ひいては、多様化している企業や個人の金融ニーズに応え得ない惧れがある、ということである。

 現に、金融における技術革新は、未だに、そのほとんどが欧米の産物であり、わが国の産業界が、世界に誇る様々な技術革新を産んできたことと比べると、見劣りすることは否定できないように思われる。

 第2に、金融機関行動が複雑・多様化する中で、そのすべてを規制することができない以上、安定性確保を意図した様々な規制や制約の存在が、かえって経営のリスクを高めかねない、という問題がある。例えば、規制の対象とならない分野で行過ぎた行動を招くとか、全体としてのリスクの分散・ヘッジを阻害する、といったことである。

 因みに、バブル期における行過ぎた金融機関の貸出行動については、しばしば、自由化の過渡期における問題が表面化したものと評されることがあるが、これも、只今申し述べた問題と無関係ではない。実は、日本銀行が、かつて行っていた、窓口指導という、金融機関の貸出行動を直接指導する制度を撤廃したのも、こうした問題意識に基づくものであった。

 このような点を念頭において、今後の金融機関監督のあり方を考えてみると、

 第1に、金融機関の行動については、個別の規制や指導でもって是正を図るのではなく、基本的には市場メカニズムを信頼して、 それぞれの自己責任に委ねること、

 第2に、金融システムの安定性確保に関しては、個別金融機関の動向とともに、システム全体の運行を注意深く見守りながら、問題が発生し、その波及が懸念される場合には、それを喰い止めるために必要な対応をとること、となるように思う。

言い換えれば、個別金融機関に対する規制や監督よりは、金融システム全体の運行を監視していくことがより重要となっている、といえよう。

 私どもは、これまでも折りに触れ、今後の金融行政に求められる役割に関する基本的な考え方を述べてきた。要約すれば、第1に、金融機関の健全性確保のため最低限必要な透明性の高いルールを作ること、第2に、そのルールの順守状況を監視すること、そして第3に、必要があれば、個別金融機関に対し早期に是正措置を講ずること、などであるが、これも、只今申し上げたような視点を踏まえたものである。

中央銀行の役割

 それでは、このような新しい金融機関監督のあり方の中で、中央銀行はどのような役割を果たしていくべきであろうか。

 ご承知のとおり、日本銀行は、「通貨価値の安定」と「金融システムの安定」という二つの使命を有している。そのうち、「金融システムの安定」に関しては、(1)金融システムの中核をなす、決済システムの円滑な運行を確保すること、(2)「最後の貸し手」機能を活用して、いざという場合には信用不安の発生を未然に喰い止めること、を通じて、その責務を果たすことが期待されている。

 このような中央銀行の役割の背後にある基本的な考え方は、市場メカニズムを信頼しながら、個別の規制や指導に過度に頼ることなく、金融システムの安定を図っていく、というものである。これは、先程述べたような、「金融システム監視のあり方」と軌を一にするものといえよう。

 海外の例をみても、どの中央銀行も「金融システムの監視」に関しては、何らかの形で重要な役割を担っている。これも、中央銀行の目的や業務が、金融システムの監視機能と深く結びついているからに他ならない。

 例えば、米国では、通貨監督庁(OCC)や預金保険公社(FDIC)、州政府と並んで、中央銀行である連邦準備制度(FRB)が、金融機関検査や監督制度の一翼を担っている。また、英国では、イングランド銀行が直接、この任に携わっている。

 一方、ドイツやフランスの例をみると、ドイツでは連邦銀行監督局、フランスでは銀行委員会という、独立した行政機関が金融機関監督を担当している。しかし、前者でも、銀行監督局と並んで、ブンデスバンクへの監査書類の提出が法定されており、実質的に中央銀行が大きな役割を担っている。また、フランスでは、銀行委員会の委員長はフランス銀行総裁であり、その事務局はフランス銀行に置かれている。

 このように、いずれの国においても金融システム全体の運行を監視し、その安定を確保していく上で、中央銀行の果たしている役割は大きなものがある。それだけに中央銀行にとっては、金融システムの監視機能を不断に高めていく努力が欠かせない、と考えている。

 そこで、この面で近年私どもが重視してきている点を具体的に申し上げてみたい。

 まず第1に、金融機関の市場行動やリスクの所在を的確に把握していく上では、伝統的な貸出業務のみならず、デリバティブズなど新しい金融取引にも対応できるよう、「考査・モニタリング技術を高度化していく」ことが、ますます重要になっている、ということである。こうした状況に鑑み、日本銀行では、行内に新しい金融技術をフォローし、そのリスクの特性を研究するグループ──フィナンシャル・エンジニアリング・チーム──を組成し、新たな考査・モニタリング手法の開発やリスク分析をバックアップする体制を整えている。この面では、各国中央銀行との協力も既に開始している。

 第2に、今後は、「金融機関のリスク管理体制自体のチェックや監視」が重要となってくる、ということである。前述したとおり、考査・モニタリング技術を高度化させていくことは、金融システムのリスクを監視していく上で、不可欠の前提であるが、それだけでは十分でない。むしろ、最近のように、金融取引が拡大し複雑化してくると、当局が個別の取引に関わるリスクを直接チェックするよりも、金融機関の内部管理体制の充実を促していくことを通じて、リスク管理を強化するという方法が、有効性を増してきているといえよう。

 そして、第3に、金融機関が国際的に業務展開しクロス・ボーダーの金融取引が活発化している中では、「国際的なレベルでの金融システムの監視」が不可欠になっている、ということである。一昨年のメキシコ通貨危機における各国金融当局の対応が、その一つの例であるが、自国の金融システムの安定を確保するためには、BIS(主要国中央銀行で構成される国際決済銀行)などにおける、「リスク管理に関する国際協調」の重要性が一段と増大している。

5.終わりに

 さて、以上、金融システムの監視という概念を説明し、その中での中央銀行の役割に関しても、海外の例も交えながらお話ししてきたが、今後の金融機関監督のあり方などと関連して、日銀法の改正問題についても、意見を求められることが大変多くなっている。この問題については、私も折りに触れて述べてきたので、若干重複するが、最後に、この点に関する私どもの考え方を申し述べておきたい。

 ご承知の方も多いと思うが、現在の日銀法は、昭和17年の戦時体制下で制定されたものである。このため、その表現等が現状にそぐわないものとなっているし、政府に広範な監督権限を付与しているのも、統制色の強かった法律制定当時の雰囲気を反映したものといえる。

 ただ、金利政策についていえば、昭和24年の法律改正により政策委員会制度が導入され、日銀の専管事項と定められている。また、決済システムの運営や、考査・モニタリングなどを通じた金融システム安定のために、現実に日本銀行が果たしている様々な役割も、具体的に明定されていないとはいえ、法律にある「信用制度の保持育成」という責務に即したものとして理解され、運営されている。

 こうした意味で、現在の日銀法は様々な問題があるとはいえ、これまで、日本銀行の使命遂行に支障を来さないように、各方面の理解を得ながら、大変注意深く運営されてきたといって良いように思う。金融政策の独立性についていえば、総裁就任以来、 この1年半の私の経験からしても、日本銀行自身の責任と判断で政策運営を行ってきた、ということをはっきりと申し上げておきたい。

 しかし、今後、経済の市場化や金融の国際化がさらに進展していくことを考えれば、中央銀行に対する信認を維持しながら適切な政策運営を確保していく上で、現在の法律では、先程申し上げたような性格を持っているが故に、必ずしも十分には対応できない可能性がある。

 従って、現在の日本銀行法は、経済・金融の変化に即して、また、他国の中央銀行法と比べて遜色のないよう、見直すことが必要と考えている。

 ただ、その場合、日本銀行法は、わが国の通貨・金融の基本法ともいうべきもので、長きに亘り経済に対して大きな影響を及ぼすものであるので、幅広い観点から国民各層の間で十分に議論を尽くすことが前提である。この点について大方の賛同が得られ、中央銀行のあり方について議論が行われるのであれば、私どもとしてもそれに積極的に貢献していく用意がある。

 日本銀行としては、そうした建設的な議論が深まることを希望している、ということを申し上げて、本日の私の話を終えることとしたい。

以上