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中央銀行の役割について

平成8年6月14日・日本記者クラブにおける日本銀行総裁講演

1.はじめに

 本日は、日本記者クラブにお招きいただき、誠に光栄に存ずる。

 与えられた時間を使って、まず最近の経済情勢と金融政策運営の考え方などについて述べることとするが、後半は、中央銀行制度を巡る幾つかの論点──例えば、中央銀行とはどういう組織なのか、現代民主主義の中でどのように位置付けられるものなのか、といった点について、改めてご説明してみたいと思う。昨今、日銀法の改正問題が大きな関心を呼んでいるが、そうした議論の前提として、中央銀行のあり方について皆様方のご理解を賜ることができれば幸いである。

2.最近の金融経済情勢と金融政策運営について

国内経済情勢

 まず、国内の経済情勢であるが、私どもの現時点での判断は、「景気は緩やかに回復している」というものである。

 その具体的な内容や判断材料については、つい一昨日も、記者会見で皆様の同僚方からの厳しいご質問にお答えしたばかりなので、詳しくは触れないが、最近の需要や生産の動向、私どもの5月短観の調査結果などから見て、「緩やかな回復傾向」という、現在のわが国経済に対する見方については、大方のご賛同をいただけるのではないかと思う。

 問題は、今後、そうした回復の動きに一層の力強さと拡がりが加わり、自律的な景気回復への足取りが真に確実なものとなっていくかどうかということである。そこで、こうした観点に立ち、当面の景気の着目点を整理しておきたい。

 景気が、民間需要主導のもと自律的に回復していくというメカニズムには、まとめてみれば、次の2つの経路が考えられる。

 第1は、企業の生産・収益の改善が、民間設備投資の回復の強さと裾野を拡げていく経路である。

 そこで企業収益の状況をみると、まず、大企業製造業では、本年度も3年連続の増益となる見込みである。また、収益水準自体もかなり高まってきており、本年度の売上高経常利益率は4%を超える見込みにある。過去の景気循環局面に当てはめてみると、これは、景気回復が始まっておおよそ1年程度が経過し、回復の力が相当しっかりした段階での収益水準に相当する。逆にいえば、今回の回復局面では、そこに至るまでに、2年半以上を要した訳であり、このことは、バブルの後遺症の後始末や、新しい国際経済環境の下での産業再編圧力など、今回の景気回復がいかに困難な課題を伴ったものであるか、ということを示唆しているともいえよう。

 そして、このような困難は、非製造業や中小企業に対してより厳しく作用してきたといってよい。実際、これらに属する企業の業績改善テンポは、これまで、製造業大企業に比べてかなり立ち遅れてきた。しかし、このところ、景気回復の波は、そうした非製造業や中小企業にもようやく浸透し始めている。この点は、例えば、非製造業大企業で本年度の増益を見込む業種が、建設業を除く全ての業種に拡がってきていること、中小企業でも、なお水準は低いとはいえ、増益幅の拡大が見込まれていることなどに表われている。

 このように、企業業績の回復が裾野を拡げつつある動きは、設備投資活動にも端的に反映されてきている。大企業では、製造業・非製造業ともに、昨年度を上回る設備投資が計画されており、また、中小企業の設備投資にも徐々に動意がみられ始めている。

 自律的回復に向けての第2のメカニズムは、こうした企業活動の回復が、雇用者所得の増大を通じて、家計の消費活動や住宅投資を活発にしていく経路である。

 この点については、これまでのところ、企業がなお過剰雇用を抱え、人件費の削減を含めたリストラを進めているといった、ここ数年来の基調に大きな変化がある訳ではない。このため、企業の設備投資を通ずるルートに比べれば、こちらの経路はより限定的なものに止まっているように窺われる。

 ただ、そうはいっても、昨年来の動きを大きく捉えれば、景気の回復に伴って、雇用情勢もさすがに大底は脱し、ごくゆっくりとではあるが、改善傾向にあるといってよいように思う。マクロの雇用指標は総じてみれば改善の方向にあるし、短観などで見た企業の雇用態度も徐々にほぐれてきている。消費者のマインドが一頃に比べれば明るくなっていることや、住宅投資が高水準を続けていることは、このような雇用環境の変化も反映しているものと考えられる。

 以上、景気の自律的回復の経路という観点から、現状を整理してみた。要するに、企業活動の改善が、設備投資や個人消費の増加につながるメカニズムはそれなりに働き出しているし、徐々に業種や企業規模別の拡がりも伴い始めている。そうした点では、景気の自律的な回復に向けて、明るい材料が次第に増えつつあるといってよいように思う。しかし、これまでのところ、先にも触れたような種々の制約要因を抱えて、景気回復のテンポは、総じて緩やかなものに止まっている、というのが現状ではないかと思う。また、この先、対外黒字の大幅な縮小、つまり外需の減少傾向の帰趨とその影響、これまで景気の牽引役のひとつであった半導体の需給悪化の影響、財政支出の動向など、なお十分な見極めを要する材料もある。

金融政策運営について

 そうした意味で、現在は、これまでの緩やかな回復が、今後、自律的な回復にしっかりとつながっていくのかどうか、たいへん大事な局面にある。それだけに、私どもとしては、当面の金融政策運営に当たっては、これまで同様、景気回復の基盤をよりしっかりすることに重点をおいて、情勢の展開を注意深くみてまいりたいと考えている。

 そこで、こうした金融政策運営のなかで、私どもが市場金利の動向をどのように捉えているかについて、一言申し述べておきたい。

 私どもがただいま申し述べたような政策スタンスを維持するなかで、長めの市場金利は、本年に入ってやや大きく変動している。因みに、残存期間のもっとも長い国債でみた長期金利は、昨年秋に2.8%まで低下した後、本年の2月には3.5%まで上昇した。その後、3.1%まで低下したが、先週の短観の発表後は若干上昇し、現在は、3.2%程度で推移している。

 このような長期金利の変動が起きるたびに、それを巡って様々な議論が惹き起こされがちであるが、私どもが長期金利の動きを観察する際に特に留意しているのは、次のような点である。

 第1に、市場は、多様な売買が交錯するなかで、常に様々な情報を消化しながら、落ち着き処を探っているものである。従って、市場動向を観察する場合は、短期的な変動、つまり情報消化の過程で発生せざるを得ない変動にとらわれ過ぎることなく、そうした変動を均して、やや長い目でみた動きに着目する必要がある。

 第2に、それでは、長期市場金利の落ち着き処はどこか、言い換えれば、長期金利は何を反映して形成されるのかといえば、将来の収益率なり成長率の動向、すなわち、経済の先行きに関する市場参加者の見方であろう。さらにつけ加えれば、そうした経済動向を背景にした、私どもの金融政策スタンスに対する「読み」ということになろう。

 私どもは、昨年秋以来、短期金融市場における調節面で、できるだけ安定的な市場地合いが形成されるように努め、また、その下で、なるべく自然な金利形成がなされるよう配慮してきた。そうした意味で、昨年来の緩やかな長期金利の上昇は、まさに「緩やかな景気回復」という市場参加者の見方を主軸に、市場が様々な情報を消化してきた過程と解釈できるように思う。

 私が、こうした長期金利の見方を申し上げると、時として、マスコミやマーケットで随分と深読みされてしまうのだが、私の意図は、あくまで、マーケットにおいて、経済の実態に応じた冷静で自然な金利形成が図られるよう努めていきたいということ、また、その下で得られる情報を、私どもの情勢分析に十分役立てていきたいということである。私どもと市場をつなぐ重要な接点のひとつである皆様方には、是非、こうした考え方をご理解いただきたいと思う。

金融システム問題

 以上、国内経済情勢と金融政策運営についての私どもの考え方を申し述べてきたが、景気回復と並んで、わが国経済の喫緊の課題は、日本の金融システムに対する内外の信認を回復すること、そして、金融面から経済活動を支援する力を強化することである。

 ご存じの通り、住専処理法案を含む金融関連法案が、先般、衆議院で可決され、現在、参議院で審議されている。今回の法案には、住専処理だけでなく、預金保険機構の機能強化や、問題金融機関に対する早期是正措置の導入など、不良債権全体の早期処理を促すための包括的な枠組みを整備する法案も含まれており、金融システムの健全性を回復していくうえで、大変重要なものである。

 ただ、そうした仕組みが整った後も、金融システム問題解決のために取り組まなければならない課題は依然多い。個別の金融機関の立場からは不良債権の早期処理に加えて、傷ついた自己資本の復元、ディスクロージャーの充実、経営のリストラの推進など、内外からの信認を高めるために一層の真剣な努力が求められることになる。また、私どもとしては、金融機関がそうした努力を重ねていく過程で、資金繰り等に問題が生じれば、中央銀行として必要な措置を講じ、システム全体の安定を守る積りであるが、同時に、金融機関には、より一層の厳しい努力を促していきたいと考えている。

 また、こうした個別金融機関の努力に加え、金融行政も含む金融システム全体の再構築ということも、大事な課題である。昨今、日銀法の改正問題が関心を集めているのも、こうした問題意識を背景にするものといえよう。

3.中央銀行制度を巡る論点

 そこで、本日の後半のテーマに進むこととしたい。ご承知のとおり、昨日、与党のプロジェクトチームが金融行政改革に関する報告書を発表した。その中で、改革の重要な柱のひとつとして日銀法改正の問題が採り上げられ、また、その基本的な論点も提示されている。

 私どもとしても、この問題に対する関心の高まりを受けて、中央銀行制度に関する基本的な考え方を様々な機会を捉えてご説明し、ご理解を賜るよう努力してきた積りである。しかし、こうした説明をする度に思うことであるが、中央銀行制度については、多くの方が分かりにくいとお感じになる共通の問題が幾つか存在するように思う。

 そこで本日は、そうしたテーマを取り上げて、私どもの考え方をできるだけ丁寧にご説明し、皆様のご理解をいただきたいと考えている。

 論点は3つである。まず第1に、中央銀行の業務はどういう性格のもので、その基本的な役割は何か、第2に、政府と中央銀行の関係をどう考えるのか──言い換えれば、いわゆる中央銀行の独立性とはどういうことなのか、第3に、この問題とも関係するが、民主主義の下で中央銀行制度をどう位置付けるのか、という問題である。

 これらは、中央銀行制度を議論するうえで、いわば基礎となるものであるが、私は、日銀法の改正問題を具体的に検討するうえでは、まず、これらの点につき、広く理解が共有されることが前提となると考えている。

 この点に関連し、最近、欧米において、中央銀行を巡る議論が大変活発となり、実際に、幾つかの国で法改正や制度の改善が行われているので、それらを簡単にご紹介しておきたい。

 欧米で、中央銀行を巡る議論が活発となった背景には、3つほどの事情が挙げられる。第1に、欧州統合を目指した動きの一環として、欧州における統一的な中央銀行を設立する必要があったこと、第2に、旧計画経済諸国が市場経済に移行する際、金融システムの中核として近代的な中央銀行の設立が重要な課題とされたこと、第3に、70年代のいわゆるスタグフレーション、80年代のバブルの経験を踏まえ、──因みに、バブルは決して日本だけで起きたものではなく、世界的な広がりをもった現象であったが、──通貨価値の安定という中央銀行の目標の重要性が改めて再認識されたことである。

 こうした中で、先程触れたような中央銀行の基礎論といった部分についても、真剣な議論が行われた。その成果のひとつが、マーストリヒト条約に盛り込まれた欧州中央銀行法案であり、それに基づく、フランスやイタリアにおける中央銀行法改正の動きである。欧州中央銀行は、物価の安定を目的とし、EC政府からの高い独立性を付与された組織であるが、それが、政治的な合意を経て、制度として確立してきた過程自身は、わが国にとって参考になるものである。本日は、その内容まで立ち入る余裕はないが、ここで、強調したいことは、このような合意ができるまでに、中央銀行のあり方について、真剣で建設的な議論が行われたこと、そうした中で、あるべき中央銀行の姿について、基本的な合意が成立した、ということである。

中央銀行の役割

 それでは、第1の、中央銀行の役割というテーマからお話を始めたい。

 しばしば、日本銀行の役割として、発券銀行、銀行の銀行、政府の銀行という3つが挙げられるが、このうち、中央銀行業務の基本はどれかといえば、やはり、発券銀行としての役割、つまり、お札などのお金を発行するという機能であろう、と思う。

 この点は、中央銀行という組織や制度が、歴史的にどのような経緯で確立してきたか、ということを振り返ってみると、わかりやすい。

 中央銀行には、日本銀行のように、政府により設立されたものと、イングランド銀行のように、長い歴史的過程を経て、民間銀行のひとつが中央銀行業務を行うようになったケースとがある。しかし、どちらの場合でも、中央銀行の設立は、通貨制度を安定させるうえで、お金の発行という機能をひとつの機関に集中し、その管理に当たらせることが必要になったという事情を背景としている。

 例えば、わが国の事情をみると、明治初期には、政府だけでなく民間銀行もお金を発行し、しかも、江戸時代以来の多種多様なお金が流通していた。このように通貨制度は混乱を極めていたし、お金の価値の下落、つまりインフレーションも激しくなっていた。こうした状況を収拾し、お金の発行を一元的に管理し、安定的な通貨制度を作ること、また、それを通じて経済発展の基礎を作ること、これが、日本銀行が設立された背景である。

 このように、中央銀行の固有の仕事は、お金の発行と管理ということであり、これは、「人々が安心してお金を使うことができるようにすることである」といってもよい。

 そのための条件は2つある。まず、お金の価値が安定していることであり、これは、言い換えれば、「物価の安定」である。もうひとつは、お金の流通や、それを使った取引の仕組み──つまり、決済システムや金融システムが安定的に、また効率的に働くことである。

 従って、中央銀行の使命も、この2つの目的を達成することを通じて、通貨の健全性を維持し、経済の安定成長や国民生活の向上のための基盤を整えることといえよう。

 日本銀行も、このために、様々な業務を行っている。

 まず、通貨価値の安定、つまり物価の安定を図るために、お金の量やその価格である金利をコントロールすることが、金融政策である。この点については、ご説明するまでもないであろう。

 これだけでなく、お金の使い勝手を良くし、企業や家計の日々の取引や決済が安心して行われるように努めることも、重要な業務のひとつである。

 例えば、お金が、日本全国津々浦々で、人々の取引の必要性に応じて、円滑に供給されるように日々準備することや、それを常にきれいなものにするように品質管理を行うことが挙げられる。これらは大変地味な仕事であるが、お金に対する基本的な信頼感を守るためには、大事な業務である。

 また、家計や企業の日々の取引の決済の多くは、振替とか送金といった形で、銀行を通じて行われる。それでは、銀行同士の取引の決済はどのように行われるかというと、民間銀行が日本銀行に預けている預金の振替で行われる。従って、日本銀行には、日本中のあらゆる取引の決済が、集約されることになる。実際、日銀の口座を通じて決済される金額は、一日当り300兆円以上にものぼっている。年間の日本の国民総生産の約7割に相当する金額が、毎日毎日、日本銀行の預金口座を通じてやり取りされている訳である。

 このため、日本銀行は、このようなお金のやり取りがうまくいくよう様々な工夫を凝らし、決済の仕組みの改善に努力している。例えば、「日銀ネット」と呼んでいる日銀を通じた銀行間の決済システムは、電子的な決済のネットワークであるが、このような決済システムの効率化、高度化も日銀がかねて取組んできた成果である。

 これまでは、お金という言葉を、現金という意味で使ってきたが、現代のお金、つまり通貨は、決して、日本銀行の発行する現金だけではない。先程も触れたように、個人の公共料金の支払いや、企業間の決済は、むしろ、銀行預金の振替で行われる。つまり、銀行預金も、現金といつでも同じ価値で交換されることを前提にして、お金として機能している訳である。

 これらは、現金通貨と区別して、預金通貨と呼んでいるが、金額的には、こちらの方がはるかに大きい。現在、日本におけるお金の量、つまりマネーサプライをみる場合、M2+CDという指標でみているが、全体の残高が550兆円ほどある中で、500兆円以上は預金通貨であり、現金通貨は40兆円程度にすぎない。

 こうした仕組みは、今申し上げたように、「銀行預金がいつでも現金に換えられる」ということを人々が信用することで成立している。つまり、現代の通貨制度は、「中央銀行の発行する現金に対する信認」と、「民間銀行が発行する預金通貨に対する信認」の2つの信認から成立しているともいえる。

 従って、こうした通貨制度全体がうまく機能するためには、金融システム全体が安定的に機能する必要がある。預金通貨は民間銀行の負債であるから、それに対する信認を確保するうえでは、まず、銀行自身の自己責任原則に基づく健全経営が基本となる。これに加えて、預金者保護を通じて金融システムの安定を守るため、預金保険機構などのいわゆるセーフティ・ネットの仕組みも用意されている。さらに、万が一、金融システムの一角に問題が生じ、それがシステム全体に及びそうな場合は──つまり、信用不安の連鎖などが想定されるような際には、中央銀行が必要な資金を融通し、システム全体が壊れて国民生活に深刻な影響が及ばないようにすることになる。これが中央銀行の「最後の貸手」と呼ばれる機能である。

 このような「最後の貸手」機能を円滑にまた迅速に発揮するためには、個々の金融機関経営の健全性に加え、金融システム全体として過度なリスクの集中が起きていないかどうか、あるいは金融機関取引の連鎖が円滑に決済されつつあるか、といったことを日頃から把握しておかなければならない。また、金融政策運営という観点からも、私どもの政策変更が、金融機関の市場行動にどのような影響を与え、どのように波及していくか、ということを把握し、予測することはきわめて重要である。

 このように、金融機関経営を把握する機能、これには、定期的に金融機関を訪問して行う金融機関考査と日常のモニタリング活動があるが、これらも、中央銀行がその目的を達成するうえで大事な仕事である。

 以上、日本銀行の多岐にわたる業務の一端をご紹介した。これらが、物価の安定と金融システムの安定という、中央銀行の2つの目的に密接に結び付いていること、そして、2つの目的といっても、それは、つまるところ、通貨の適切な管理というひとつの目的に集約されることがおわかり頂けるのではないかと思う。

中央銀行と政府との関係

 それでは次に、主要国で、このような通貨の管理という仕事を、中央銀行に任せる仕組みをとっているのはなぜか、ということについてご説明したい。

 結論を先取りしていえば、それは、「通貨を管理する仕事──金融政策の運営といってもよいが──は、短期的にみると、使おうと思えばいろいろな目的に使うことができる。しかし、使い方を誤れば、後になって必ず大きな弊害を招く」、といった事情に由来している。

 例えば過去において、各国で、政府による安上がりな財源の調達とか、為替レートの無理な調整などの目的で、通貨供給量の安易な拡大や、金利の行き過ぎた引下げが行われたことは度々ある。その結果、物価の安定が損なわれ、経済の大きな変動がもたらされるとか、財政節度が失われるなど、結局、国民生活が犠牲となった例は数多い。

 いわば、こうした過去の歴史的経験が、「通貨価値の安定という責務をはっきりとさせたうえで、この責務をその時々の短期的な利害から距離を置いた中央銀行に任せること、そして、その中立的かつ専門的な判断を尊重すること」、という考え方を定着させた、といってよい。

 このように、中央銀行に独立性を与えるひとつの根拠は、通貨価値の安定という目標の性質、つまり、国民生活や経済活動の基盤を整えるために、短期的な利害から離れて達成される必要があるという要請に由来するものであるが、これを、現代の国家組織という観点からみれば、権力のチェック・アンド・バランスのためのひとつの工夫であるということもできる。

 現代国家の基本的な枠組は、「民主主義」と「権力の分立」の2つである。こうした基本的な仕組みは、大統領制であれ、議院内閣制であれ同様であり、どのような権力分立、つまりチェック・アンド・バランスの仕組みを作るかについては、国会ひいては国民の判断ということになる。このようなチェック・アンド・バランスの考え方を採り入れた制度は、よく知られているような立法・行政・司法の三権分立だけではない。例えば、議会における二院制の採用や、行政における独立行政委員会の設置など、現代の国家制度においては、様々なところに組み込まれている。実は、「中央銀行に独立性を付与する」、あるいは「独立した中央銀行を持つ」、ということは、このような考え方に沿うものであり、応用ともいえる。

 欧米の先進国をみても、大統領制を採っている国だけでなく、議院内閣制をとる諸外国──これは、内閣が経済政策全般の責任を議会に負っている国であるが──、例えば、ドイツ、イタリア、スペイン等でも、議会の判断により、中央銀行の独立性・中立性が認められている。

 もちろん、そのうえで、主要先進国では、金融政策と他の経済政策との調整をどう確保するか、という課題についても、工夫を凝らしている。

 それは、適切に運営された金融政策と、その他の経済政策が大きく衝突し、それぞれがばらばらの方向を向くことは想定し難いことを前提にして、(1)まずは、チェック・アンド・バランスの機能を活かし、政府と中央銀行が、それぞれ責務の達成のため、最善の努力を払うこと、(2)そのうえで、どうしても必要な場合のために、政府と中央銀行の政策調整のための仕組みを整備しておくこと、という二段構えの方法である。後者の仕組みについていえば、欧州等における最近の例をみると、政府が中央銀行の政策決定機関に動議を提案できるとか、出席して意見を述べることができる、といった制度が採用されている国が多いようである。

民主主義と中央銀行

 以上、中央銀行の独立性を与える意味について説明してきたが、もちろん、中央銀行の独立性といっても、現代の議会制民主主義の枠組みから離れて、勝手に金融政策運営が行われるということにはならない。

 冒頭にご紹介したような最近の中央銀行を巡る国際的な議論では、中央銀行の独立性を高めると同時に、国会に対する報告などを通じて、中央銀行に対する国民的監視を強めることが必要とされている。この点は、中央銀行のあり方を巡る基本的な了解事項のひとつである。

 これを一言でいえば、「独立性」と「アカウンタビリティ」を一体のものして捉える、という考え方である。このアカウンタビリティという言葉は、私ども日本人にはたいへん馴染みが薄いので、少し詳しくご説明してみたい。

 アカウンタビリティという言葉の和訳を辞書で探してみると、たいてい「責任」と訳してあるが、これだけではこの言葉の真の意味は十分捉えきれないように思う。

 因みに、この言葉は、アカウント、つまり、「お金を勘定する」とか「説明する」ということに由来している。つまり、アカウンタビリティとは、あえて翻訳すれば、単なる責任ということに止まらず、「きちんと説明する責任」つまり「説明責任」ということになるのではないかと思う。

 残念ながら、日本語にはこれに対応する言葉がない。このことは、わが国において、対応する概念も広く意識されていなかったことの現われといえるかもしれないが、これは中央銀行の独立性を語る際に欠かせないものである。

 そもそも、金融政策の効果は、非常に複雑なルートを通じて、しかも、結果が判明するには相当の時間、場合によっては数年の時間がかかる。だからこそ、長い目でみた政策運営が必要とされる訳であるが、このことは、同時に、金融政策の政策責任という議論を難しいものとするひとつの原因にもなっている。

 そこで、金融政策を運営するうえで常に配慮しなければならないこととして、その時々の政策運営の内容や目的、基本的な考え方などをきちんと説明し、後から振り返って、政策の考え方や狙いを検証し、反省すべきは反省できるようにしておく、という方法が選択されるようになっている訳である。

 このことは、中央銀行に対して、金融政策運営を適切に、責任をもって、しかもわかりやすく行わせるよう促すための仕組みといってもよい。しかも、このような対応により、「政府や議会」と中央銀行の間で、経済情勢やお互いの政策運営について相互理解が進むとなれば、それは、国家の経済政策全体に関してより高い次元で整合性を図ることにも資するであろう。

 中央銀行の独立性を高めると、中央銀行が「糸の切れた凧」のようになってしまうのではないかと懸念されることがある。しかし、このような仕組みを採用すれば、中央銀行は糸の切れた凧にならずに、その時々の短期的な利害、あるいは外圧にとらわれない適切な金融政策運営が可能になる、というのが、現代における、中央銀行制度の基本的な考え方である。主要先進国でも、こうした方法で、中央銀行の独立性と民主主義を調和させようとしている例が多い。

 また、私ども日本銀行も、これまで、政策運営のアカウンタビリティを向上させていくうえで、様々な努力を重ねてきた積りである。例えば、昨年以降、ひとつの試みとして、市場調節方針を思い切って変更する場合には、その旨を発表文にしてアナウンスし、その背景となる考え方や当面の市場金利誘導方針を明確にする方法を採用している。また、公定歩合変更に際しても、発表文において、日本銀行の情勢判断や政策変更の考え方を従来以上に詳しく説明するよう努めている。さらに、今年から、政策委員会月報や政策委員会年報の内容を充実し、委員会における決定事項の内容や考え方を詳しく掲載し始めた。

 もちろん、私どもとしても、これで十分と考えている訳ではない。政策決定の透明性を一層高め、アカウンタビリティを向上させるためには、どのような方法があり得るのか、今後とも検討を続けていく方針である。

4.終わりに

 以上、最近の欧米における議論も参考にしながら、中央銀行のあり方に関する基本的な考え方を述べた。その軸となるのは、現代民主主義の下で、いかに中央銀行制度をうまく位置付け、中央銀行が本来の責務を適切に果たせるような仕組みを作るか、という点である。

 与党のプロジェクトチームの報告書によれば、日銀法改正問題については、今後、政府において、透明かつ公正な検討の場が設けられることとなっている。従って、この問題に関する具体的な検討はこれからである。その際には、本日述べたような中央銀行制度の基本的な考え方が広く共有され、それに立脚した議論を展開していくことが求められている。

 私どもとしては、そうした検討の場が設定されれば、そこでの議論に積極的に貢献して参る積りであるし、皆様方からも、是非、建設的なご意見を賜りたいと思う。

 ご清聴に感謝する。

以上