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金融革新、金融市場のグローバル化と金融政策運営

平成8年10月11日・読売国際経済懇話会における日本銀行総裁講演

1.はじめに

本日は、読売国際経済懇話会にお招き頂き、誠に光栄に存ずる。与えられた時間を用いて、本日は、まず、最近の金融経済情勢や金融政策運営についてお話しする。そしてそのあとで、世界的に急激な勢いで進展する金融技術革新の波と、これを契機とする金融市場のグローバル化に関して説明し、そのもとでの金融政策運営の在り方といった点について、申し述べることとしたい。全体を通じて、私どもの政策運営の基本となる考え方について、皆様方のご理解を賜ることができれば幸いである。

2.最近の金融経済情勢と金融政策運営の考え方

最近の金融経済情勢

まず、国内の経済情勢であるが、私どもでは、「景気は緩やかな回復を続けている」と判断している。すなわち、国内最終需要面では、公共投資や住宅投資がこれまでのところ高水準を続けている。また設備投資も、私どもの8月短観では、全産業・全規模ベースでみて、5年振りに前年を上回る計画となっている。個人消費も、天候要因や食中毒などの影響により、月々の振れはあるものの、総じて緩やかな回復を続けている。

このような設備投資や個人消費の回復の背景には、(1)企業の売上げや収益が、業種や企業規模の裾野を拡げながら、増収・増益傾向を続けていること、また、(2)こうした収益の改善を背景に、企業の設備投資、雇用に対する態度も、このところ好転の方向にあること、などが挙げられる。すなわち、企業活動の回復が設備投資や個人消費の増加に繋がるという、景気の自律的な回復メカニズムは、着実に働いているといってよい。

しかしその一方で、生産の増加テンポは、これまでのところ、均してみればゆっくりとしたものとなっている。また、企業の業況感も、8月短観では、改善のテンポが全体としてやや一服気味となった。

こうした背景の1つは、一部業種で在庫調整の動きが続いていることである。とくに、半導体では、昨年後半以降、東アジア各地のメーカーが増産に踏切ったこともあって、世界的な需給悪化が生じ、過剰在庫が発生した。鉄鋼や紙パといった素材業種の一部でも、昨年末時点での需要見積りが幾分過大であったことなどを背景に、結果的に高めの在庫水準を抱え、その調整が行われてきた。景気の回復テンポを緩やかなものとしているもう1つの背景は、輸出から輸入を差引いたネット輸出がかなりのペースで減少してきたことである。これには、のちほど述べるように、東アジア経済の供給力の増大につれて、消費財や資本財の一部品目について、国内品から輸入品への代替が進んでいることも寄与している。

もっとも、これらの要因について最近の動きをみると、在庫調整は、鉄鋼では、これまでの減産の効果から、相応の進捗がみられており、これに伴って一部品目の商品市況も回復している。また、ネット輸出も、昨年来の円高修正の効果がここにきて輸出、輸入両面に徐々に現われてきており、減少テンポが鈍化する兆しがみられ始めている。従って、こうした面からの景気下押し圧力は、先行き次第に減衰していく可能性が高いとみていてよいように思う。

もちろん、その一方で、これまで高水準を続けてきた公共投資は、今年度下期には、徐々に減少していくことが見込まれている。これらのことを考え合わせると、今後、景気が自律的な回復軌道へしっかりと移行するためには、先程述べた、設備投資と個人消費を軸とする好ましい循環のメカニズムが、さらに力を増していくことが重要である。

当面の金融政策運営

従って、私どもとしては、当面の金融政策運営に当っては、これまで同様、景気回復の基盤をよりしっかりしたものとすることに重点を置いて、情勢の展開を注意深く見守っていくことが適当と考えている。

金融緩和の効果について

振返ってみると、私どもは、91年7月の公定歩合引下げを端緒として、その後一貫して金融の緩和を進めてきた。とくに、昨年の9月には、公定歩合を史上最低水準の0.5%まで引下げるとともに、あわせて短期市場金利の一段の低下を促した。こうした措置は、当時、物価の過度の下落が、経済全体に悪影響を及ぼす惧れが出てきたことに対処して、これを未然に防止し、企業のコンフィデンスを強化するとともに、それらを通じて経済を自律的な回復軌道に復帰させることを狙いとしたものである。そして、その後1年余りに亘り、私どもは、この短期金利水準を維持し、この間、景気は、再び緩やかな回復過程に戻ってきたわけである。

その一方で、このように低金利が長く続くことに対しては、ご質問やご批判を頂戴することもある。そこで次に、そうした疑問──とくに、低金利の家計に及ぼす影響に関する疑問──にお答えすることとしたいが、その前に、まず、これまでの金融緩和がどのような経路を通じて、景気に対して効果を及ぼしてきたかを整理しておきたい。

第1の金融緩和効果波及の経路は、投資採算の改善を通じて、投資需要を直接喚起する道筋である。たとえば企業の設備投資は、ストック循環的な要因のほかに、投資採算の動向、すなわち、投資を行うことによって将来見込まれる収益の水準と支払金利との比較考量によって、決められる面も大きい。この点、企業の投資採算をみると、金利水準の大幅な低下により、このところ企業の期待収益率は支払金利をかなり上回る状態まで改善しているとみられ、これが設備投資の回復を支えてきた。また、住宅投資面でも、住宅ローン金利の低下を通じて、家計の住宅購入意欲を高めてきた。新設住宅着工戸数をみると、昨年夏頃の年率130万戸台をボトムに、最近では、約160万戸の高水準に達しており、この面でも金利低下の直接的な効果が発揮されたといってよい。

政策効果波及の第2の経路は、資産価格の下支えを通じて、企業や家計の投資・消費マインドを支えていく道筋である。株式や土地などの資産価格は、理論的には、資産の活用により将来得られる総収益を、金利で割引いて現在価値に引直したものである。従って、金利の低下は、現在価値、すなわち資産価格をその分引上げる効果をもつことになる。

もちろん、現実には、収益の見通し自体が日々刻々変化するため、そう単純ではないが、たとえば、株価は、昨年7月をボトムに、これまでに約5割方上昇している。他方、地価は、バブル崩壊後の調整局面がなお続き、商業地を中心に依然軟化傾向にあるが、このところのオフィス入居率の上昇や、賃貸料の下落テンポ鈍化にみられるように、地価を巡る環境にも幾分、変化の兆しが窺われ始めている。このように金融緩和の結果として資産価格が下支えられたことが、企業や家計のマインドの萎縮をくいとめ、ひいては投資活動や消費活動を促すという効果も持ったものと考えられる。

第3の経路は、金利支払コストの軽減を通じて、企業部門の収益を改善し、企業の投資意欲を強化するとともに、雇用の安定を確保する道筋である。最近の企業収益の動向をみると、大企業・製造業は、3年連続の増益計画となっており、これを過去の景気循環局面に当てはめてみると、その利益率は、回復の力が相当しっかりした段階での水準に相当している。また、業況の改善が立遅れ気味であった大企業・非製造業や中堅・中小企業にあっても、今年度の収益は着実に回復する計画となっている。

こうした収益の改善には、もちろん、これまでの企業自身による厳しい合理化努力が強く反映されているが、それと同時に、金利の低下に伴う支払コストの負担軽減も少なからず寄与している。そして、そうした企業収益の改善と景気全般の緩やかな回復を背景に、雇用情勢も、このところ改善の方向にある。ところで、この第3の経路──すなわち、金利所得の変動を通じる経路──に関連しては、反面、「家計部門の利益が損なわれているのではないか」との質問をしばしば頂戴する。確かに、この間、家計部門のネットの利子収入は減少をみているが、しかし、私どもの狙いは、あくまでも、只今申し述べたような様々な経路を通じて、金融緩和の効果を幅広く浸透させ、景気の自律的な回復を実現することによって、国民各層に広くそのメリットを行き亘らせることにある。つまり、企業活動の活性化を通じて、経済活動全体を元気なものとすることができれば、そのことによって家計部門にも、雇用の増加や給与所得の増加などのかたちで、広く成果が及ぶ筈である。

そこで、家計部門の所得動向をみてみると、金融緩和開始後の5年間で、金利収入・金利支払はともに減少し、これらの収支尻であるネット利子収入は、確かに、約8兆円減少している。しかしその反面で、家計の給与所得は、この間に約40兆円増加している。このように、家計部門全体としてみれば、この5年間に相応の所得増加がもたらされた計算になる。もちろん現実は、このようなデータから推し測れるほど単純なものではなく、実際には、様々な家計が存在している。とくに金利所得に多くを依存している家計にとっては、たいへん厳しい状況であることに変わりがなく、そのことを考えると、私としても、たいへん心が痛む。

ただ、家計部門を全体としてみれば、金融緩和の成果は、所得の増加を通じて、着実に及んでいるということである。最近、個人消費が緩やかな回復傾向を示しているのも、そうした家計所得の増加に裏打ちされたものである。皆様方には、金融緩和が景気の回復を通じて、家計も含めた国民各層にメリットをもたらす経路について、是非ご理解を賜りたいと思う。

このように、私どもでは、あくまでもマクロ政策としての観点を基軸に据えて、その時々の経済情勢に応じて、金融政策運営を行うことが適当であると考えている。そして、現在のわが国経済は、自律的な回復軌道へしっかりと移行するうえで、大事な局面にある。従って、私どもとしては、先程申し上げたような政策運営スタンス、すなわち、景気回復の基盤をよりしっかりとすることに重点を置いて、政策運営を行っているところである。

3.金融革新、金融市場のグローバル化と金融政策運営

経済のグローバル化と規制緩和の重要性

次に、本日の講演テーマである、金融技術革新、金融市場のグローバル化や金融政策運営について、お話しすることとするが、そうした技術革新やグローバル化の動きは、実体経済と金融の両面で相互に影響し合いながら進行している。そこで、まず実体経済面の展開からご説明したい。

最近の世界経済の特色の1つは、急速に発展を遂げている、いわゆる新興経済国(エマージング・エコノミー)と、先進国経済との関係緊密化を軸として、経済グローバル化の流れが一層加速していることである。そうしたもとで、わが国の経済も、貿易、直接投資の両面にわたり、急速に発展している東アジア経済との結び付きを一段と強めて、グローバル化のなかにしっかりと組み込まれている。

そして、この間のもう1つの特色は、単に各国経済間の競争が激化しているだけでなく、高度の水平分業が成立してきている点である。たとえば、わが国における東アジア諸国との間の貿易動向をみると、近年、輸出面では、資本集約的な資本財や生産財──すなわち、電子部品や事務用機器等──が急拡大する一方、輸入面では、労働集約的な消費財──すなわち家電製品や衣料品等──が大幅に増加しており、そこには新たな国際分業の進行が映し出されている。

また、異なる産業間での分業が進んでいるだけでなく、同一の産業内にあっても、各中間製品ごと、あるいは製造工程ごとに国境を越えた分業体制が進行している点も重要である。その典型的な事例は、ほかならぬ情報関連機器の分野である。この分野にあっては、現在、(1)東アジア地域がパネル、キーボードや半導体の、(2)また、わが国が半導体や液晶部品の、(3)そして米国がコンピュータのソフトウェアや演算装置の主たる製造基地となって、世界的な製品供給体制を作りあげている。近年のわが国の貿易構造をみると、輸出・輸入の両面で電子機器や電子部品が高いシェアを占めるに至っているが、これもこうした高度の国際分業を反映したものである。

このように、経済のグローバル化が急進展しているのは、いうまでもなく、新興経済国の工業力が、自国内での産業基盤の整備や先進国からの技術移転を背景に、急激に伸長してきたことによるところが大きいが、それと同時に、情報処理や通信面での技術の飛躍的な進歩に負う面も小さくない。これらの技術進歩のおかげで、企業は、製造のそれぞれの工程、あるいは在庫保管や販売の拠点を、国境を越えて配置し、最適に管理することが容易となってきた。

つまり、経済のグローバル化とは、技術革新の進展や国際的な競争の高まりを背景に、国や地域を越えた、より一層の資源の最適配分を実現し、経済の効率性を高めていくプロセスということができる。そして、このような意味での経済のグローバル化は、現在も急ピッチで進展を続けており、世界経済全体のさらなる発展に寄与しているわけである。

一方、このようなグローバル化の潮流は、わが国経済に対しては、新たな国際分業体制への適応を迫るという意味で、産業構造の調整圧力としても働いてきた。

世界的に競争が激化するなかで、個々の企業は、品質の維持・向上に配慮しながら、生産拠点として、もっとも有利な立地を世界中に追い求めていくことになる。わが国製造業の一部が、東アジア経済の工業化の進展を眺めて、現地生産シフトを強めてきたのも、まさしく、そうした生き残りをかけた企業としての経営努力にほかならない。

また、海外との厳しい競争に晒される製品やサービスの範囲が拡がるにつれて、国内には内外価格差是正の力が一層強く働いてきた。いわゆる「価格革命」と呼ばれる現象がこれに当るが、こうした現象は、製造業の分野だけにとどまらず、これまで公的規制や様々な国内の市場慣行に守られていた非製造業の分野にも及んできている。

このような構造調整圧力は、当面の景気回復を制約する方向に働いたことは否めないが、世界経済が新しい段階に入っている以上、避けようのないものであり、また、これを契機に産業構造の再編が進めば、日本経済の効率化や新たな成長につながるものである。従って、こうした構造調整を決してとどめることなく、むしろ、これを積極的に推進し、産業構造の高度化を実現していくことが大切である。そのためには、構造調整のプロセスが円滑に進むように、適切な金融財政政策によって安定的なマクロ経済環境を維持する一方で、思い切った規制の撤廃・緩和によって、民間経済の持つ潜在的な力を十分に引出していくことが重要である。

最近わが国では、移動体通信分野での急速な市場拡大や、小売業での設備投資の増加がみられているが、これらは、通信事業や小売業分野での規制緩和によってもたらされたものである。経済グローバル化という新しい環境のもとで、わが国経済にとって実効ある規制の撤廃・緩和が一段と重要な課題となっていることを、改めて強調しておきたい。

金融革新の意義と金融市場のグローバル化

以上、実体経済面でのグローバル化の流れをお話ししてきた。一方、金融面でも、こうした実体経済の変化に強く推進されながら、さらに、それ以上のスピードで、金融市場のグローバル化が実現しつつある。そして、その背後では、やはり、情報処理や通信技術の急速な進歩が大きな原動力として働いている。改めて考えてみれば、金融業とは、決済面で、資金や証券などの決済にかかわるデータをやり取りして、帳簿上の処理を行う業務である。あるいは、金融にかかわるリスクとリターン、すなわち信用力や価格の変動から生じるリスクとリターンに関して、情報を収集・分析して、仲介したり、引受けたりする業務である。このように、金融業は、もともと高度の情報処理を基盤にしており、従ってコンピュータ化やネットワーク化の恩恵をもっとも受け易い分野ということができる。

たとえば、資金決済面では、大口決済の電子化はよく知られているところであるが、小口決済の分野にも、このところ電子化の波が及んでいる。皆様方も、電子マネーの実験などの話は、最近よく耳にされることと思う。こうした決済面での新たな展開は、通信ネットワークやコンピュータ技術の発達を抜きに語ることはできない。

また、金融市場では、近年、デリバティブや証券化と呼ばれる、新しい金融取引が急速に普及している。これらは、コンピュータの進歩により統計的なリスクの分析や管理が容易になったことを背景として、開発が進んできたものである。

この点について、もう少し詳しく述べてみると、先物、オプションなどのデリバティブ取引は、貸出や債券、株式などの従来の金融商品とは違って、金融商品の特性のうち、信用リスクや金利リスク、価格変動リスク等を、個別に取出して単体のものとして取扱う商品である。あるいは、これらを改めて組み直して、様々な利用者ニーズに対応しようとする商品である。たとえば、金利先物は、もともとの資金調達先の信用リスクを切離したうえで、金利の変動のみに着目して行う取引である。逆に、クレジット・デリバティブと呼ばれる取引は、金利リスクなどを排除して、資金調達者の信用力の変動のみに着目して行う取引である。

こうした新たな金融取引は、一般的には、非常に複雑なものであり、取扱いが難しいものと認識されていることが多いが、このように考えれば、実は、取引の1つ1つが金融の純粋な機能に特化している分、あるいは、ニーズに応じて機能が組み直されている分、投資家や企業にとっては、リスクテイクなり、リスクヘッジなり、それぞれの目的に応じて利用し易い商品形態になっているということができる。また、デリバティブは、標準化することも容易な取引であるだけに、多様な市場参加者が利用できるというメリットがある。このため、実際、各国通貨の先物やオプション、あるいは金利スワップなどの取引は、今や国境を越えて、世界のいたるところで24時間取引されている。

このように、新しい金融商品の発達は、市場への参加者を増加させることによって市場の流動性を高め、それと同時に、異なる商品間の裁定を容易にすることで、金融市場全体の効率性の向上に寄与している。そして、このような動きは、各国金融市場のつながりを一層強め、世界的な金融市場の一体化を加速させているわけである。

実際、BISが実施した調査によれば、全世界におけるデリバティブの店頭取引残高は、現在では、想定元本ベースで約48兆ドルに達している。また本邦金融市場も、そのうち世界の約6分の1を占めるに至っており、グローバル化の連関のなかにしっかりと組み込まれた姿となっている。これらの金融取引の台頭が世の中ではっきりと認識されてきたのが、十数年ほど前であったことを考えれば、この間の普及のスピードは、加速度的であったといってよいように思う。

このように、金融革新の進展は市場の効率性を高める働きをしており、従って、今後、金融市場のさらなる発展のためには、そうした金融商品が自由に開発され、取引される環境を整備することが不可欠となる。デリバティブ取引といえば、どうしても過去にあった巨額の損失発生事故を想起しがちであるが、これはあくまで個別のリスク管理の問題であって、基本的には、機動的かつ効率的なリスクヘッジ手段を多様な参加者に多様なかたちで提供してきたことを忘れてはならない。要は、個々の参加者が適切なリスク管理のもとで取引を行っていくことが重要であり、新商品の開発や取引の発展を阻害することがあってはならないということである。

この点について、わが国の金融市場をみると、先程申し述べたように、確かに、新しい金融取引の出来高は、すでにかなりの規模に達している。しかしながら、たとえば、店頭取引は、金利や為替関連に偏った増加を示しており、未だ多様性を欠いている。また証券化関連商品は、ようやく取引が増え始めたばかりの段階にあり、今後の発展のためには、さらに様々な制度的な整備を続けていくことが必要である。

また、先程述べたように、新しい金融取引は、預金や貸出、株式、債券、保険などの従来の金融商品とは異なって、金融を構成する個々の機能、リスクの種類に着目して行う性格のものである。このことを踏まえれば、金融市場を一層効率的かつ安定的に機能させていくためには、──従来の市場や業態の区分とは異なる視点も含めて、──どのような金融制度上の枠組みが適当かといった点も、今後検討していくべき課題であろう。

グローバル化のもとでの金融政策運営

それでは、こうした金融革新と、それに伴う金融市場のグローバル化の進展は、金融政策の運営上、どのようなインプリケーションをもつのであろうか。次にこの点について若干述べてみたいが、まず、グローバル化のもとでの政策運営上の目的や政策の有効性といったことに関連して、私どもが最近頻繁に頂くご質問に対する考え方といったものを紹介することから、始めてみたい。第1に、「金利の為替相場に対する影響の度合いやスピードが格段に高まっているのであるから、中央銀行は従来よりも為替相場の安定に配慮するため、国際的な金利協調政策を行うべきではないか」といった質問をうけることが少なくない。

この点についての私どもの考え方は、これまでも折りに触れお話ししているが、繰返して申し上げれば、為替の変動は、物価や景気に大きな影響を及ぼすものであるが、金融政策は、そうした影響も含めた国内経済情勢全体の動向に対応しながら、物価の安定を目的として適切に運営していくべきものということである。

変動相場制移行後の経験を踏まえると、為替の安定を過度に重視した金融政策の運営を行うと、結果的に国内物価安定の基盤を損ない、経済を不安定化させる惧れが強い。そして、ある国の経済が不安定化すれば、これはひいては世界経済そのものに悪影響を及ぼすことになる。わが国のように、経済の規模が大きくなるほど、その影響度合いは強まることになる。従って、金融政策は、あくまで物価の安定を目的とし、それを通じて持続的な経済成長を達成することを追求すべきである。このようにして各国経済の安定が実現すれば、自ずから為替相場も、各国のファンダメンタルズを反映した安定的なものとなる、という筋道で考えていくべきものであろう。こうした考え方は、今やG7など先進各国共通の理解となっているといってよい。

金融市場のグローバル化に関連して、私どもがしばしば頂戴する第2の質問は、「金融市場のグローバル化のもとで、一国の金利の変動が、他国の金利に波及し易くなるので、各国の中央銀行が独自に金融政策を行うことが難しくなっているのではないか、あるいは、他国の金利の変動から国内の金利が撹乱的な影響を受けるのではないか」というものである。

この点に関していえば、まず、短期金利については、各国の中央銀行は期間の短い金利であればあるほど、他国の金利変動の影響を受けることなく、独自に金利誘導を行うことが可能である。短期金利は、経済の先行きや為替相場の短期変動についての予測よりも、中央銀行の調節のスタンスによる影響を強く受けるからである。この結果、内外の短期金利には格差が発生するが、これは基本的に為替市場の直先スプレッドの変動によって吸収されることになる。この意味で金融政策の自由度が失われることはない。

一方、長期金利については、金融市場間の裁定取引が活発化するにつれて、長い目でみれば、各国の実質長期金利は同じ水準に向かう傾向を持つものと考えられる。ただ、これには、為替相場が各国のインフレ格差を反映して形成されるとの前提が必要となるが、その前提自体が、あくまで長期に亘って、はじめて成立するものであるため、そうした実質長期金利の動きも、長い目でみて、ようやく成立しうる話である。

これに対し、短期的には、為替相場は、その時々の各国の景気情勢や金利情勢をはじめ、様々な要因によって変動するものである。この結果、各国の長期金利は、短期的には、為替相場を挟んで、かなりの程度独自の動きを示すこととなる。しかも、その際の各国の長期金利は、基本的に、それぞれの国の経済情勢や政策金利の先行き予想を反映した動きとなっている。つまり、一国の長期金利の変動がその他の国の長期金利に影響を及ぼす度合いはかなり限られているということができる。

このように、金融市場のグローバル化が進展している状況であっても、金融政策の自由度がそれによって制約されるといったことはないし、また、他国の長期金利の動向が国内金利に及ぼす影響も、それ程大きくないと考えてよいように思う。

以上が最近よく頂くご質問に対する私どもの考え方であるが、このように述べると、金融市場のグローバル化のもとにあっても、金融政策の運営は、従来と何ら変わらないかのように受け止められるかもしれない。確かに、只今述べたことは、私どもが目指す金融政策運営の目的といったものは常に一貫して変わるところがないし、政策運営上の自由度や有効性が金利の国際的な連関といった側面から制約される懸念は小さいということである。しかし、金融市場のグローバル化の進展に伴い、一国の金融市場だけをとっても市場参加者が国境を越えて拡がり、またその結果、市場規模が巨大化し、その効率化も進展している。このことを踏まえれば、市場の安定性を確保しつつ、金融政策の効果の速やかな浸透を図るため、中央銀行が配慮しなければならない点は着実に変化、拡大している。

そうした変化を促す原動力は、市場参加者の将来の「予想」が金利・価格形成のうえでますます大きな役割を果たすようになっていることである。また、それと並行して世界のどこかで起こった1つの出来事が、市場の「予想」の変化をもたらし、これが世界中の市場参加者の行動によって直ちに価格の調整を引起こすようになってきたことである。とくにデリバティブ取引の普及により、金融市場では、経済のあらゆる事柄に対して「一歩先を読んで」反応する傾向が、従来以上に強まっている。このことを経済政策の運営に即して考えてみると、政策の変更を行った場合、その直接的な効果はもちろんのこと、市場は、その後の政策展開までをも予想したうえで反応することとなる。

従って、このような新しい環境のもとでは、市場から政策運営に対する信認が確保される限り、政策の効果を瞬時に市場の隅々まで浸透させうるというメリットがある。しかしながら、それとは逆に、もし万一、市場が日頃から政策運営に対して信認を置いていないような場合には、いかにその時点での政策運営が誤っていないとしても、市場は将来政策が再び誤った方向へ導かれると予想し、足許でも政策当局が期待した方向には反応しない、といった事態も考えられる。これが「市場の反乱」と呼ばれる事態である。

つまり、一国の経済政策は、常に世界中の市場参加者によって評価されており、当然、金融政策もそうした市場の評価を常時意識しておく必要がある。そして、このような状況のもとで、金融政策の有効性を高めるために重要なことは、中央銀行が物価安定という金融政策の課題に十分対処できることについて、市場からの信認を確保するということである。

そこで、次に、私ども中央銀行が、市場からの信認を確保していくため、日頃、どのようなことを心掛けているかといった点について簡単に述べ、ご理解を賜りたいと思う。

まず、信認確保の前提となるのは、いうまでもなく、正確な情勢判断のもとで物価の安定に向けて常に的確な金融政策運営を行っていくことである。この点について若干敷衍すると、先進各国では、90年代に入り、それまでに比べて物価が総じて落着いた推移を辿ってきた。そして、その背景として、アジア・中南米諸国や旧社会主義経済圏からの低価格品の輸入の増加が指摘されることがある。極端な場合には、こうした世界経済の構造変化によって、先進国にとっては、インフレという病はなくなったといわれることもあるようである。

確かに、こうした海外からの低価格品の流入は、先進国の物価環境に好ましい影響を与えているものと思われる。しかし、これによって低下するのは、あくまで関係する財・サービスの値段であり、必ずしも物価全体の安定を保証するものではない。たとえば、もし景気が過熱し、国内需給の逼迫がもたらされるようなことがあれば、海外からの低価格品の流入があったとしても、国内物価全般には、上昇圧力がかかることになる。

結局のところ、物価は、やや長い目でみて、やはりマクロ的な経済情勢、つまり経済全体の需給やインフレ期待の動向、あるいはマネーの供給量によって決まってくるものであり、そのコントロールには、金融政策の運営が重要な役割を果たしている。

たとえば、米国の場合にも、80年代後半以降、新興経済国から低価格の中間財輸入が増大してきた。しかし、その後の物価全般の落着きは、やはり、米国連銀が国内景気の拡大に伴う物価上昇圧力の高まりを未然に防止するため、早目早目の政策対応を続け、インフレ心理の抑制に成功してきたことが、基本的な背景となっていると考えられる。また欧州諸国でも、マーストリヒト条約上の基準達成に向けて、財政規律を回復することと並んで、インフレに対して厳しい金融政策スタンスを維持してきたことが、物価の落着きに寄与してきた。私どもとしても、金融政策の運営に当っては、引続き、物価安定の確保──こ れは、国内物価をインフレにもデフレにもしないことを意味するが、──を目的として、今後とも政策に誤りなきを期していく考えである。

信認を確保するための、もう1つの取組みは、政策運営上の「アカウンタビリティ」の向上、すなわち、景気情勢の判断や政策運営の考え方を「きちんと説明する責任」を果たしていくことである。この点に関しては、私どもはこれまでも、記者会見、講演等の機会を通じて、詳しく説明するよう努めてきたところであるし、昨年からは、市場調節方針を思い切って変更する場合には、その旨を発表文にしてアナウンスし、その背景となる考え方や当面の方針を明確にする方法を採用してきた。また本年からは政策委員会の月報や年報を充実し、委員会における決定事項の内容や考え方を詳しく掲載している。さらに細かいことではあるが、日々の金融調節に関する情報を、通信メディアを経由して即時に公表したり、政策変更時の公表文や短観等のデータ類を情報端末にも掲示し、広い範囲からのアクセスが可能となるよう努めてきた。

もちろん、私どもとしても、これで十分と考えているわけではない。政策決定の透明性を一層高め、アカウンタビリティを向上させるためには、どのような方法がありうるのか、今後とも検討を続けていく考えである。

以上が私どもの取組みであるが、市場からの信認を確保していくためには、こうした努力と同時に、金融政策の決定のプロセスと責任が内外の市場参加者の眼からも明確になっていることも重要である。内外の金融・資本市場が、わが国の金融政策を巡る様々な発言を情報としてこなしていく過程では、時に、私どもの意図するところとは無関係に、そうした情報に反応するとか、あるいは、私どもの意図が正確には伝わらないといったケースも見受けられる。金融政策の決定に関する中央銀行の独立性が、制度的にも明確になることによって、市場の変化に対して真に機動的な対応が可能になるし、政策運営に対する信認が高まり、その結果、政策効果の浸透も一層速まることになろう。

わが国でも、現在、中央銀行研究会の場で日本銀行法の問題が検討されているが、中央銀行の独立性の今日的意味合いは只今申し上げたようなところにあるものと、私どもでは考えている。

4.おわりに

以上、金融グローバル化の背景と、そのもとでの金融政策運営について色々申し上げてきた。

中央銀行にとっての課題という点について、最後にもう1度要約してみれば、第1に、金融グローバル化のもとでも、金融政策の目的は、「物価の安定」で、一貫して変わるところがない、第2に、その一方で、市場の安定を確保しつつ政策効果の浸透を速めるには、中央銀行に対する信認の確保が一段と重要となっている、第3に、そのために、私ども自身として一層の努力を払っていくと同時に、制度的にも中央銀行の独立性が明確であることが望ましい、第4に、こうした新しい金融環境の変化に応じて、金融市場の整備にも一層努めていく、といった点である。

また、このほかにも、金融市場のグローバル化のもとで、中央銀行にとっては、金融システムの安定に関する国際的な協力体制の整備といった課題があるが、本日はそれに立入るだけの時間的余裕がないので、指摘するにとどめさせて頂きたい。

私ども日本銀行は、これまで申し上げてきたような様々な面からの努力を、今後とも一層積み重ねていく所存である。改めて本席をお借りして、皆様方のご理解とご協力をお願い申し上げる次第である。

ご清聴に感謝申し上げる。

以上