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年頭所感

(「金融」97年新年号掲載分)

はじめに

 日本経済は、ここ数年、バブル経済の後遺症を克服しつつ、新たな時代にふさわしい経済構造を構築するという、たいへん重い課題に直面して参りました。昨年も、各方面でこうした課題への厳しい取り組みが続きましたが、それと同時に、幾つかの側面で重要な前進がみられ、将来につながる成果があがり始めた年でもあったように思います。

 まず、景気の回復という課題については、デフレ・スパイラルさえ懸念された一昨年とは異なり、景気は緩やかな回復歩調を辿ってきました。この間、アジア諸国との競争激化など新しい国際環境に対する企業の適応も、着実に進んでいるように窺われます。また、いわゆる金融関連6法の成立やこれを受けた住専問題の処理など、金融システム問題の解決に向けても大きな進展がみられました。

 さらに、昨年は、中央銀行制度の改革に関する取り組みが動き出した年でもありました。総理のもとに設けられた中央銀行研究会で、50年振りの日銀法改正の基本的な指針が示されました。これを受けて、現在、法改正に向けての具体的な検討が進められています。また、金融機関の検査・監督体制の見直しや、橋本総理が提唱された「日本版ビッグバン」構想など、金融市場・金融行政全般の抜本的な改革に関する建設的な議論も盛んに行われています。

 視野を海外に拡げてみますと、ここ数年、世界経済は大きな変革期を迎えております。アジア諸国や旧計画経済圏の市場経済圏への参入、技術革新を梃子とする金融市場の国際的な連関の緊密化など、変化の潮流は多岐にわたっていますが、あえて要約してみれば、「市場化」と「グローバリゼーション」という2つの大きな方向性が浮かび上がってくるように思います。

 このような世界経済の動きの中で、わが国経済が新たな発展を遂げていくためには、真に市場原理が貫徹され、競争が促進されるよう、経済構造を抜本的に見直していく必要があります。また、そうした取り組みは、企業活動の活性化を通じて、インフレなき持続的成長経路への移行を確実なものとするうえでも、好ましい効果を及ぼすものであります。私が、これまで機会あるごとに、「規制緩和などの構造政策の実施が伴ってこそ、金融緩和の効果が十分に発揮されるものと考える」と申し上げてきたのも、こうした趣旨であります。

 以上を踏まえると、本年は、昨年始まった前向きの動きをさらに進め、日本経済の「改革実行の年」にしなければならないと思います。以下、このような基本認識に立って、経済・金融面の幾つかの問題につき申し述べたいと思います。

国内経済の動向

 まず、国内の経済情勢についてでありますが、景気は緩やかな回復を続けており、そうしたもとで、景気回復力の底固さが次第に増してきているように窺われます。

 最終需要面をみると、公共投資の伸びはさすがに頭打ちとなってきていますが、住宅投資は引続き高水準を維持しています。設備投資も、増収・増益基調の持続のもとで回復傾向を続けています。また、個人消費は、昨年夏場には、天候不順などの影響からやや足踏み気味の動きとなりましたが、秋口以降は、自動車などの耐久消費財を中心に、緩やかな伸びを取り戻しました。さらに、これまで景気回復の足を引張ってきたネット輸出は、一昨年来の円高修正の効果から、昨年後半以降は、それまでの減少傾向に歯止めがかかっています。

 こうした最終需要の動向に加えて、鉄鋼など一部素材業種における在庫調整の進捗もあって、生産は昨年前半の横這い圏内の動きを脱して、最近では、むしろ増加テンポを速めているように窺われます。

 この間、物価面では、円高修正の影響で輸入物価が上昇をみたものの、国内物価はこれまでのところ、それを吸収して落着いた基調で推移しています。

先行きの景気動向と金融政策運営

 経済の現状に関する私どもの認識は、以上申し述べたとおりですが、かねて申し上げてきたように、現在のわが国経済には、景気の回復を促す循環的な力と、景気の加速を制約する構造的な力とが同時に作用しています。従って、本年の経済情勢を考える上でも、この2つの力がどう展開していくかを見極めることが大切です。

 このうち、わが国経済が直面する構造調整の圧力、すなわち産業構造再編やバランスシート調整の圧力には、引続き根強いものがあります。景気の回復が続いているにもかかわらず、「緩やかな」という形容詞がなかなかとれないのも、こうしたことによる面が大きいように思います。しかし、そうはいっても、長期に亘るリストラ努力や最近の収益改善のもとで、企業の適応はそれなりに着実に進んでいます。産業構造の転換という面をみても、移動体通信をはじめとして、新たなリーディング産業が育つ兆しがみられています。従って、構造調整の圧力は今後もある程度続くことを覚悟する必要はありますが、企業の対応が進むにつれて、その影響は次第に減衰していくと考えていてよいように思われます。

 他方、景気の回復を促す力についてみると、昨年前半までの景気の回復は、政策面からの後押しが大きく寄与しました。しかし、その後は、政策効果の浸透などにつれて、企業収益が改善し、それに応じて設備投資態度や雇用態度が前向きになるという動きも、徐々に拡がってきました。この間、資本ストックの調整が相当進捗していることと併せ考えると、回復を促す循環的な力は、ゆっくりと、しかし着実に働いてきているものと受け止めています。

 今後、財政再建への取り組みを通じて、財政面からの景気支持力は低下していくことが予想されていますが、そのもとでも、日本経済が全体として持続的な景気の回復を続けていくためには、このような民間需要の自律的な回復力が鍵となることは申すまでもありません。

 最近の動きからみて、今後、民間需要を軸とする循環メカニズムがさらに強まることは十分期待できますが、この点はなお見極めが必要でしょう。

 私どもとしては、日本経済のインフレなき持続的成長経路への移行を確実なものとするために、以上のような点を踏まえ、情勢の展開を注意深く見守りつつ、本年も適切な金融政策運営に努めて参る所存です。

 また、こうした課題を達成する上では、マクロ政策だけでなく、規制緩和をはじめとする構造政策を併せて実施することが不可欠です。これまでも情報通信分野の規制緩和や大店法緩和が、移動体通信の設備投資急増や小売業における新規出店の積極化を通じ、景気回復に大きく貢献してきました。今後とも、この面での政府の強力なリーダーシップを期待したいと考えております。

金融システム問題

 金融システム面では、不良債権問題を早期に克服するとともに、21世紀に向けて効率的で安定的かつ活力のあるシステムを構築することが一層重要な課題となっております。

 不良債権問題への取り組みという面では、昨年は大きな進展をみました。6月には、いわゆる金融関連6法が国会で成立し、それらに盛り込まれた諸措置により、不良債権の早期処理を促すとともに、万一の金融機関破綻といった事態にも迅速に対処するための枠組みが整備されました。また、その下で、住専問題という、極めて多数の利害が複雑に絡み合い、それ故に解決の難しかった問題も、最終処理に向かって動き出しました。

 金融機関自身の不良債権問題に対する取り組み姿勢も一段と積極化しています。平成8年3月期決算、および9月期中間決算では、多くの金融機関が償却や引当を積極的に行い、これにより今後処理を要する不良債権の残高は着実な減少をみております。

 このように、金融機関の不良債権問題への対応は、着実に進展していますが、なお、多くの残された問題があります。例えば、昨年は、巨額の負債を抱えたノンバンクの倒産事例が幾つかみられましたが、そうした住専以外のノンバンク問題への対応も、不良債権問題の最終的な解決を図るに当たっては、避けて通ることの出来ない課題です。金融機関においては、こうしたノンバンク向け債権を含め、不良債権処理を早期に完了することが何よりも重要です。このほかにも、不良債権処理の過程で減少をみている自己資本の復元といった問題や、リストラの推進、さらには経営の抜本的見直しなど、今後とも真剣に取り組まなければならない課題は依然少なくありません。

 日本銀行としても、こうした不良債権問題の克服の過程で、金融システム全体の安定維持の観点からどうしても必要がある場合には、これまでと同様、中央銀行として、取るべき措置を躊躇なく講じていく方針です。その場合においても、日本銀行が金融機関の破綻処理に関連して資金供与を行う際には、これまでも繰り返し表明してきている幾つかの条件ないし原則を満たしていることが前提であることはいうまでもありません。すなわち、1.システミック・リスク顕現化の惧れがあること、2.日本銀行の資金供与が処理方策上不可欠であること、3.モラル・ハザード防止の観点から関係者の責任が十分に求められること、4.日本銀行の財務の健全性に十分配慮したものであること、であります。

 以上のような不良債権問題への対応とともに、健全で強固な金融システムの再構築に向けての前向きな取り組み努力も重要な課題です。この点についても、昨年来、既に幾つかの成果がみられているところです。例えば、金融機関のトレーディング勘定への時価会計導入が決定されたほか、金融機関においても、不良債権の開示範囲の拡大や、マーケットリスクに関する創意工夫をこらしたディスクロージャーが始まっています。

 また、決済システム面でも、市場関係者のご努力により、国債のローリング決済が実現したほか、一般債決済システムの改善や外為円決済システムへの新たなリスク管理策導入の動きなど大きな前進がみられました。さらに、日本銀行では、先般、日銀当座預金決済におけるシステミック・リスクを削減するため、日銀ネットの「時点決済」を廃止し「即時決済」のみを利用可能とすること、すなわち日銀ネットの「RTGS化」が必要と判断し、関係者の方々と協議しつつ、その実現に向けて努力していくこととしたところです。

 また、昨年11月には、橋本総理が2001年までの実現を目標とする包括的な金融システム改革案、いわゆる「日本版ビッグバン」構想を指示されました。同構想では、「市場の改革」と「金融機関の不良債権処理」の2つが、直ちに取り組むべき課題として位置付けられ、さらに「Free」(市場原理が働く自由な市場に)、「Fair」(透明で信頼できる市場に)、「Global」(国際的で時代を先取りする市場に)の3つの原則が、市場改革の基本理念として掲げられています。これらの原則は、金融・経済の市場化・グローバル化が一段と進展するもとで、我が国金融市場、金融システムを効率的かつ柔軟なものへと再構築していくに当たって、基本理念とすべきものです。また、改革に含まれる具体的な検討項目は、各種規制の撤廃を始めとして、法制度、会計制度、金融税制、監督体制など多岐にわたっています。既に昨年末には外国為替等審議会・法制特別部会が為銀制度の廃止等抜本的な外国為替業務の自由化の方針を打出すなど、具体的な改革に向けての努力が始まっています。

 このような構造改革は、一時的には様々な苦痛を伴うものですが、21世紀の日本経済が活力を保っていくためには、避けて通れない取り組みであると考えています。今後、この構想に掲げられた3つの基本原則に則って、早期に具体策がまとめられ、速やかに実施に移されることが期待されるところです。日本銀行としても、中央銀行としての立場から、様々な場や機会を捉えて、その実現に積極的に貢献して参りたいと考えています。

日銀法改正問題

 次に、日本銀行法の改正問題について申し述べます。

 日銀法の改正は、新しい時代に向けて、我が国の金融システムを再構築していくうえでの重要な課題の一つとして位置づけられます。現在の日銀法は、昭和17年に制定されたものであり、戦時体制下の立法であることを色濃く反映した規定が随所にみられます。昭和24年に政策委員会制度を設けるための法改正が行われましたが、法律の条文の大半は、戦時立法のまま残されました。このため、市場化・国際化の進展といった、その後の内外の金融・経済情勢の変化に対応して、中央銀行のあり方を見直す必要性が高まっておりました。こうした状況を背景に、昨年7月、内閣総理大臣の下に「中央銀行研究会」が設けられ、中央銀行制度のあり方に関し、公平中立な立場から、検討が行われることとなりました。この研究会では、7月末の初回会合以降、精力的に審議が進められ、11月12日に、報告書が取りまとめられました。

 「中央銀行制度の改革」と題するこの研究会の報告書は、21世紀の金融システムの中核として相応しい中央銀行のあり方に関して基本的な指針を示すとともに、日銀法改正を始めとする中央銀行関連諸制度の今後の改革の方向性も明らかにしており、日本銀行としても、これを重く受け止めるべきものと考えております。

 報告書は、「開かれた独立性を求めて」というその副題からも明らかなように、「独立性」と「透明性」という2つの視点を、報告の基本に据えています。報告書の内容を具体的にみますと、まず、日本銀行の目的・運営理念として、「物価の安定」と「金融システムの安定」の2つが掲げられています。その上で、日本銀行の金融政策運営については、「物価の安定を図ることを通じて、国民経済の健全な発展に資することを基本とすべき」とされており、大変意義深いことです。

 さらに、研究会の報告書では、「インフレ的な経済運営を求める外部からの圧力を排し、物価安定を達成するためには、中央銀行に独立性を付与する必要がある」との考え方に立ち、「金融政策の分野において、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会を強化した上で、この政策委員会が最終的な判断を行うこととすべきである」旨が明記されています。また、こうした日本銀行の独立性を強化するための措置として、政府による業務命令権や役員の解任権を廃止するとの考え方が示されています。併せて、そうした独立性の強化と表裏の関係として、政策決定過程の透明性を確保することにより、アカウンタビリティ、すなわち説明責任を果たしていくことが重要であると指摘しています。

 以上が中央銀行研究会報告書の大きな枠組みですが、日本銀行が独立した中央銀行として、国民やマーケットから高い信頼を得ていくためには、こうした制度面の整備にとどまることなく、日本銀行自身が、適切な政策・業務運営に向けて不断の努力を重ねていく必要があることはいうまでもありません。そうした観点から、日本銀行では、政策・業務運営のあり方について、幾つかの点で見直しを行うことを決め、本年春頃までを一つの目途として、作業の取りまとめを行うこととしております。

 その第1は、公定歩合や金融調節の運営など、金融政策の基本方針を決定する政策委員会の会合について、その開催を定例化することです。こうした定例化の目的は、政策決定のタイミングを巡る市場の無用の混乱を防止することにありますが、他方で政策変更の機動性を損なわないといった面にも配慮する必要があり、開催頻度などの具体策について、今後検討を進めていきたいと考えています。

 第2に、そうした定例化された金融政策決定会合については、政策決定過程の透明性を高める観点から、議事要旨の公開を行っていくこととし、その詳細について、今後具体的に検討していく方針です。

 第3は、金融機関に対する考査についてです。研究会の報告書では、業務内容の明確化の観点から、法律上の根拠規定を設けることが望ましいとされました。日本銀行の考査は、金融システムの安定や金融政策の適切な運営という、中央銀行固有の役割を果たしていくうえで必要不可欠の機能です。考査は、金融機関の協力を前提として行うものであり、法定化によっても基本的性格は何ら変わるものではありませんが、日本銀行としては、考査の内容について、金融市場の高度化、複雑化に十分対応していけるよう、改めて検討を深めていく方針です。

 第4に、本行の決済サービスの提供のあり方についてです。わが国の決済システムに内包するリスクの削減に一層努めることとし、既述のとおり、日本銀行当座預金の決済に関するいわゆるRTGS化について、市場関係者との協議を開始したところです。

 第5に、日本銀行自身の業務・組織運営の効率化・合理化についても、一層の努力や工夫を重ねていく考えです。

 また、政策決定過程の透明性向上という点にも関連して、マーケットからの信認を確保していくためには、タイムリーに情報提供を行っていくことが求められています。こうした観点を踏まえ、日本銀行では、昨年11月に、インターネット上にホームページを開設しました。幸い開始当初より好評を得て、これまでに多くの方からご利用頂いております。今後とも、情報通信技術の発達を踏まえて、情報の受信・発信両面での工夫を続けていく方針です。

 日銀法については、現在、金融制度調査会の場で、法改正のための具体的な検討作業が進められていますが、その際、中央銀行研究会報告書で示された「独立性」と「透明性」という2つの視点は、十分尊重されるものと考えています。

 日銀法は、わが国通貨・金融の基本法ともいうべきものであり、金融・経済の市場化、グローバル化が進展する状況の下で、そうした新しい時代の中央銀行に相応しい法律へ改正することができれば、きわめて意義深いことであると考えております。法改正に向けての検討作業が今後とも円滑に進められることを期待するとともに、私どもとしてもこれに積極的に貢献していく所存です。

むすびにかえて

 21世紀の到来まであと4年を残すのみとなりました。新たな世紀を迎える前に、環境の変化を前向きに捉え、これまでの制度や慣行について抜本的な改革を進めようとする最近の動きは、高く評価できるものです。経済社会のグローバル化が進展する中で、わが国が21世紀も強い国際競争力と魅力ある市場をもつ重要な国であり続けるためには、グローバルスタンダードに見合った経済構造の構築に向けて、所要の改革を早期かつ大胆に実行に移すことが不可欠の条件です。私どもとしましても、インフレなき持続的な経済成長の実現に向けてのたゆまぬ努力を続けることを通じ、日本経済の構造改革の実現を支援して参りたいと考えております。

以上