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最近の金融経済情勢と金融資本市場の改革について

平成9年4月14日・きさらぎ会における日本銀行総裁講演

1.はじめに

 本日は、きさらぎ会の講演会にお招きいただき、こうして各界でご活躍の皆様方にお話しする機会が得られたことを、たいへん光栄に存ずる。折角の機会であるので、はじめに、最近の金融経済情勢や金融システム問題について述べた後、このところ、「日本版ビッグバン」構想を機に議論の活発化してきている、わが国金融資本市場の改革問題について、私どもの基本的な考え方などをお話ししたい。

 金融資本市場は一国の経済を支える基本的なインフラであり、これが効率的、安定的に機能しなければ、長い目でみて、その国の経済発展を制約しかねないものである。わが国の場合には、このところ金融資本市場の国際競争力が低下しているとみられ、市場の改革は早期に取組むべき重要な課題となっている。しかし、その一方で、改革のスピードや副作用を巡っては、様々な議論も出てきている。本日は、そうした議論も踏まえながら、市場改革の原点に立ち返って、「なぜ今わが国で、市場改革が必要とされているか」、「改革を進めていくに当って基本的な視点とすべきものは何か」といった点について、申し述べることとしたい。

2.最近の金融経済情勢

景気回復力の評価

 それではまず、少し長い目でみて、日本経済が自律的な景気回復軌道への移行という課題をどこまで達成しつつあるのか、といったところから話を始めることとしたい。

 経済企画庁の景気基準日付によれば、今回の景気回復期は93年10月にスタートしたことになっており、現在で、ほぼ3年半が経過したことになる。しかし、この間、日本経済の足取りは決して順調なものではなかった。多くの方々にとって、景気回復という実感はなかなか得られない状態が続いてきたのではないかと思う。

 実際、経済成長率は、93年以後も1%内外の低いレベルがしばらく続いたし、一昨年には、一時、デフレスパイラルが懸念されるような情勢となった。このように回復の足取りがたいへん鈍かった背景としては、日本経済が、いくつかの構造調整圧力、つまりバブル経済の後始末であるとか、新たな国際経済環境への対応といった困難な課題に直面し、これをこなしながら回復の道を探らなければならなかったという事情が挙げられる。

 しかし、昨年以降は、実体経済活動に関していえば、ようやく、景気回復の姿がはっきりしてきたといってよい。

 昨年のGDPの動きをみると、当初は、政府支出主導の色彩が濃厚であったが、期を追ってその寄与は小さくなった。その一方で、輸出から輸入を差し引いた純輸出の減少幅が縮小するなかで、設備投資や個人消費などの国内民間需要は安定的な伸びが維持された。この結果、昨年第4四半期のGDPは、1年前の同時期に比べ2.9%の伸びとなったが、そのうち、公共事業の寄与はむしろマイナスとなっており、そのほとんどが国内民需の増加で達成された姿となっている。

 もちろん、景気の自律回復力という観点から問題となるのは、こうした国内民需の回復が、持続性を持ったものかどうか、という点である。たとえば、設備投資の回復は通信分野における一時的な増加を主因としているのではないか、あるいは、住宅投資や個人消費の伸びは、消費税率引上げ前の駆け込み要因がかなり寄与しているのではないか、といった疑問がよく聞かれる。

 この点については、本年度の経済を展望する上で、多角的に点検すべき課題であるが、ここでは、需要、生産、所得の前向きの循環メカニズムが、昨年後半から、徐々に働き出しているということを指摘しておきたい。

 すなわち、昨年前半は、需要の増加が、輸入の増加や在庫調整に吸収されて、なかなか明確に生産活動に結び付かなかった。しかし、後半になると、円高修正に伴い外需が下げ止まったほか、在庫調整が進んだため、需要の増加が生産の増加に素直に結び付きうる状態となった。実際、企業の生産活動は、昨年上期は、1年前に比べ1%弱の伸びにとどまっていたが、下期には4.4%と、需要と整合的な伸びにまで改善した。このように、昨年後半には、生産の増加が企業収益の増加を介して、設備投資活動や雇用活動の回復に結び付き始めたように窺われ、この点は、国内民需の回復力を展望する上で、心強い材料である。

 もっとも、経済の各部門によって、この力の働きは、まだ一様ではない。先般私どもが発表した3月短観調査でも、企業収益が設備投資に結び付くメカニズムは比較的しっかりしているが、これに比べて、収益の増加が雇用・所得を通じて消費の増加に結び付くメカニズムは幾分弱めである。また、設備投資の中でも、大企業が増加傾向を維持しているのに対し、中小企業の回復は力強さを伴うまでには至っていない。

 このように、なお留保条件は少なくないが、これまで申し述べたような成長率の動きとその内容、あるいは、その背後にあるメカニズムなどからみて、私どもとしては、昨年秋以降、「景気回復力の底固さは次第に増してきている」と判断してきているわけである。

当面の景気・物価展望と金融政策運営

 そこで、当面の景気動向に対する着目点は、昨年度から引き継いだ民需の自律回復力がさらに強まることにより、財政面からのマイナスの影響をこなして、経済の回復傾向が確実なものとなるかどうか、ということである。

 金融資本市場の動きからみる限り、目下のところ、この点に関する市場参加者の懸念は小さくないようである。すなわち、長期金利は昨年秋以降低下を続け、最近では、2.1%台という史上最低の水準で推移している。株価も年初に下落した後、上伸力に乏しい展開となっている。また、私どもの3月短観の調査結果でも、売上げ、収益などの事業計画が比較的しっかりしている一方で、企業の業況判断は、先行き6月までを展望すると、一進一退の状態となっている。

 このように人々の先行きに対するコンフィデンスがなかなかしっかりしてこない背景には、様々な要因があると考えられる。たとえば、金融機関等の不良資産問題とその経済に対する影響が改めて着目されているといったこともあろう。しかし、当面の景気展開との関連では、やはり、財政面からのマイナスの影響に対する懸念が大きい、ということではないかと思う。

 この問題については、まだ、私どもとしても確たる材料を得ているわけではなく、点検を続けていくつもりであるが、以下のように、単純に悲観論にくみすべきでない根拠はいくつかあるように思われる。

 まず、公共事業の圧縮については、新年度に入ってから大きく削減されるわけではなく、すでに、昨年後半から徐々に減少してきているという点を認識しておく必要があろう。先程述べたとおり、そうしたもとでも、外需の好転にも支えられ、国内民需は拡大を続けている。

 一方、消費税率引上げの影響については、いわゆる駆け込みとその反動という短期的な側面と、もう少し長い目でみた消費者行動への影響という側面がある。

 まず、前者については、最近の景気指標の好転の一部、たとえば、乗用車販売や百貨店売上げの増加などにはある程度駆け込み需要が含まれていたと考えられる。従って、今月以降、その反動が多少なりとも生じることは避けられないであろう。ただし、景気の自律回復力という観点からより重要なことは、消費税率引上げが、家計の購買力の低下を通じて、消費者行動にどの程度基調的な影響を与えるかということである。その影響の出方は、消費者マインドの状況や所得環境に大きく左右されるものであり、この点、最近、雇用や所得を巡る環境が、緩やかとはいえ改善してきていることは、好ましい材料といえる。

 以上、財政の影響を考える際のポイントを、いくつか述べたが、いずれにせよ、これから夏場にかけては、財政面からの様々な影響がもっとも強く出てくる時期に当たるため、景気の一時的な減速は避けがたいとみられる。しかし、私どもとしては、これまで申し述べてきたように景気循環メカニズムが強まりつつあることからみて、景気回復の流れ自体は、今後とも持続して行く可能性が高いとみている。ただ、この辺りについては、実際の経済指標や消費者行動に即して、情勢の展開を注意深く見守っていくつもりである。

 次に、最近の物価動向をみると、昨年末以降、国内需給の改善や輸入物価の上昇を背景に、下げ止まり傾向が明確になってきている。当面、原油価格の反落などからみて、輸入面からの物価押し上げ圧力がさらに高まるといった地合ではないが、為替円安の影響なども含め、物価動向については今後とも丹念にみて参りたいと考えている。

 この関連で、最近の為替相場の動向について触れておくと、私どもとしては、引続き、「為替レートは経済のファンダメンタルズを反映すべきであり、過度の変動は望ましくない」というG7合意の考え方を基本としている。立場上、特定の相場水準についてコメントすることは差し控えるが、ごく最近の相場の動きはやや急ピッチの展開となっており、引続き、その動向を注視していく考えである。

 なお、この4月からの消費税率引上げにより、その製品価格への転嫁分だけ、物価指数は上昇することになる。ただ、金融政策の運営にあたり、こうした一回限りの物価指数の変化を問題にすることは適当でない。大事なことは、これが便乗値上げやインフレ予想の台頭につながり、税率引上げの直接の影響を越えて、物価上昇がもたらされていることはないか、ということであり、こうした観点から、物価情勢やその背後にある国内需給、消費者マインド等を注意深く点検して参りたい。

 以上のような、景気・物価両面での留意点を踏まえつつ、当面の金融政策運営に当たっては、引続き景気回復の基盤をよりしっかりとすることに重点を置いて、情勢の展開を注意深く見守っていくことが適当と考えている。

3.金融システム問題

 次に金融システムの問題について、申し述べたい。

 年度末から新年度入りにかけて、一部の銀行で、不良債権の前倒し償却やこれに伴う決算修正方針が相次いで公表された。また、4月1日には、日本債券信用銀行の抜本的経営再建策、および北海道拓殖銀行と北海道銀行の合併による経営効率化構想が発表された。こうした一連の動きは、わが国の金融機関が不良債権問題の早期克服に引続き積極的に取組みながら、同時に、後ほど述べる金融資本市場の改革に自ら積極的に適応していこうという姿勢を示唆するものといってよい。

 そこで、次に、日本債券信用銀行と北海道拓殖銀行のケースが、わが国金融システムや不良債権問題を考えていく上で、どのような意味合いをもつのか、考えてみたい。

 まず、今回両行が思い切った対策を採るに至った背景について整理してみたい。この数年間、都市銀行と長期信用銀行、さらに信託銀行を含めた、いわゆる上位業態と呼ばれるグループは、全体としては不良債権の処理がかなり進んできた。実際、ほとんどの先ではこれまで積極的な引当てや償却を行ってきた結果、もう1、2年もすれば、不良債権の処理を完了できる目途がはっきりとついている。

 そうしたなかにあって、この2行については、体力に比べて不良債権の額が大きいため、処理のペースが遅れ気味であった。もちろん、ある程度の年数をかければ不良債権処理を進めることは可能と考えられていた。しかし、金融資本市場が大きく変わろうとしている現在、不良債権問題の克服に時間を要する金融機関は、変革の波を乗切っていく上で、大きな制約を受けることになる。年初来、こうした観点から、金融機関に対する内外の市場参加者の目は厳しさを増していった。こうしたなかで、この2行は、市場から向けられた厳しい見方を払拭できるだけの十分な経営再建方針を、自らの責任において示すことが求められることとなったわけである。

 このうち、日本債券信用銀行の経営再建策は、徹底したリストラの実施と不良債権の抜本処理および資本増強策を内容とするものである。資本増強策については、資本面や業務面で関係の深い民間金融機関から協力を得ることとなっているが、それだけでは不足する資本については、「新金融安定化基金」が優先株を引受けることにより提供する予定である。このための資金は、「新金融安定化基金」に日銀が拠出している資金が充当されることとなっており、その意味で同行の経営再建策は公的関与を伴うものということができる。私どもとしては、日本債券信用銀行は債務超過ではなく、再建が十分可能である一方、経営問題について抜本的対応がとられないまま再建が先送りされ、市場における信認の維持や回復が図られないといった状況が続くことになれば、金融システム全体にとってもマイナスであると判断した。また、「新金融安定化基金」の目的が「わが国金融システムの安定化及び内外からの信頼確保に資すること」である点も踏まえ、日本債券信用銀行の資本増強のために、同基金を活用することが適当と判断したわけである。

 一方、北海道拓殖銀行については、地元北海道銀行と合併し、北海道に確固たる営業基盤を有しつつ、広域的な営業展開を行う、いわゆる「スーパー・リージョナル・バンク」を目指す方針が発表された。同時に合併を通じて財務体質の強化、顧客サービスの向上、地域経済の活性化に寄与していくとの経営方針も明らかにされた。

 以上述べてきたように、両行の問題解決へ向けたアプローチは、公的関与を伴うかどうかといった点で異なる側面を持つものであるが、次の点では共通している。

 まず第1に、双方の銀行とも業務、人員、店舗に関して、わが国の大手銀行としては前例のないほどの大規模なリストラを行う点である。80年代の後半から90年代の初頭にかけて、経営問題に直面した幾つかの米国の商業銀行は、大胆なリストラに踏切ったが、今回の両行のリストラ策はそれにも比肩し得る踏込んだ内容のものであると思う。

 第2に、両行とも今後海外業務から撤退する予定にある点である。また、日本債券信用銀行については、その後米国バンカーストラストとの業務提携方針を発表している。こうした点は、従来の邦銀大手銀行の経営方針からすると、大きな方向転換であるし、今後の経営再建策の円滑な遂行にも大きく寄与するものと評価したい。

 今回の2つのケースの共通点から浮彫りになるのは、金融機関が、新たな金融環境に対し積極的に適応していくための自己変革を遂げていこうとしている点である。後ほど触れるように、現在、わが国の金融システムは21世紀に向けた大きな変革の途上にある。こうした中で、これらのケースに表われているのは、どのような分野に自らの特性を見出し、顧客サービスの充実に努めていくのか、といったことを、従来の発想に捕われることなく、真剣に見つめ直していこうとする経営陣の姿勢であると受け止めている。

 また、不良債権処理といった観点からも、今回の対応が持つ意味合いは大きいように思う。日本債券信用銀行については、これで他の大手行と比べても概ね遜色ないところまで不良債権の処理が進むことになる。また、北海道拓殖銀行については、店舗の整理統合や重複投資の回避など合併による合理化効果が極めて大きいため、合併する双方の銀行がそれぞれ個別に行うよりも、格段に早く不良債権の処理が進むことが期待される。

 以上のような点からみて、今回発表された2つの対応策は、日本の金融システムに対する不透明感を払拭し、内外からの信認確保に大きく寄与するものと考えられる。同時に、わが国金融資本市場の抜本的改革に向けての金融機関自身による対応という観点からも、意義深いものと考えている。

4.金融資本市場の改革

市場改革の必要性

 そこで、本日の後半のテーマである、わが国の金融資本市場の改革問題に話を進めることとしたい。ご存知のとおり、橋本総理が提唱された「日本版ビッグバン構想」については、現在、関係する審議会を中心に具体策の検討が進められている段階にある。そこで、私からはむしろ、幾つかの基本的な問題、つまり、「なぜ、今、金融資本市場や金融システムの改革が求められているのか」、「改革を進めるに当たっては、どのような視点をもって臨むことが重要か」といった点について、日頃考えているところを申し述べたい。

 まず、改革の必要性という点から始めたい。現在は、世界的な規模で金融の技術革新が進展し、様々な金融商品や取引が次々に開発されている。ところがその一方で、このところ、わが国の金融資本市場は、むしろ国際競争力を低下させてきているように窺われる。これが改革が必要な最大の理由である。仮にこのまま競争力を引上げる努力を怠れば、金融資本市場の空洞化は避けられず、ひいては、わが国経済の健全な発展を制約しかねないとさえいってもよい。

 確かに80年代以降、わが国においても、預貯金金利の自由化や業態別子会社方式による銀行、証券の相互参入など、金融分野での自由化が段階的に進められてきた。しかし現時点で改めて、ニューヨーク市場やロンドン市場と比べてみると、多様な金融商品・金融サービスの開発力という面では、むしろ水をあけられてきたといわざるを得ない。これには、ここ数年、わが国金融機関がバブル崩壊の後始末に追われ、不良資産の処理にエネルギーの多くを注がざるをえなかったという事情も影響している。しかしそれと同時に、金融を取巻く環境が急速に変化するもとで、わが国のこれまでの金融資本市場、金融システムの枠組みが、新しい金融サービスの開発、導入を難しくさせている面があることもかなり影響しているように思う。

 国際的な観点からみた金融市場の変貌という点で、近年のもっとも顕著な変化は、情報通信技術の発達を背景とする、金融革新の急速な進展である。「デリバティブズ」や「証券化」と呼ばれる新しい金融技術により、従来の金融商品—— すなわち貸出や債券など——に付随するリスク、たとえば信用リスクや金利リスク、為替リスクなどを個別に取り出して、これらを単体のものとして取引したり、あるいはこれらを組み直して、新しいリスクの組合わせをつくることが可能になってきた。そうした金融技術を使って取引されるリスク自体は、もともと従来の金融商品に含まれていたものであり、その意味で、まったく目新しいものというわけではない。しかし、「資金のやりとり」を伴うことなく、単独でリスクを取引できるようになったことで、金融機関の提供するサービスの幅、スコープは格段に拡がってきた。

 たとえば、従来の金融サービスは、企業や家計の資金フロー、すなわち資金の運用、調達に着目した側面が強かった。これに対して、最近の金融サービスでは、企業などが保有している資産・負債の全体についてリスク分析を行い、そのリスクをヘッジしたり、新たなリスクをテイクするという機能がより重視されるようになっている。このため、個々の顧客の財務状況に応じて、きめ細かいサービスの提供が可能になっていることもひとつの特徴である。企業や家計の立場からいえば、金融機関からのアドバイスを活用しながら、いわば、オーダーメイドで、ポートフォリオの効率的な管理が一層柔軟に行えるようになってきたといってもよい。「デリバティブズ」や「証券化」という言葉だけからは、家計とは無縁のものとみられが ちである。しかし、実際には、年金や投信など機関投資家の運用資産の充実を通じて、あるいは、自ら直接アクセスできる商品の増加を通じて、家計にとっても、資産・負債管理を効率的に行うための機会が増えているということができよう。

 また、金融革新の進展と並行して、情報通信技術の発達は、金融の国際化の流れをさらに強める働きをしている。今や世界中の企業や機関投資家が、国境を超えて資本の移動を繰返すだけでなく、より有利なリスクコントロール手段を求めて、日々、世界各地の金融市場にアクセスしている。技術的な側面からだけいえば、コンピュータネットワークを活用すれば、中小企業でも直接海外の投資家から資金を募ることができるし、個人であっても海外の金融機関と直接取引することが可能になってきている。

 このように、企業や家計の潜在的なニーズを掘り起こしながら、多様な金融サービスを提供しうるようになってきたことは、金融サービス業が成長産業として再び活性化する基盤が整いつつあることを意味している。海外諸国が自国の金融市場の改革を競って進めてきたのは、まさしく、そうした成長力の高い産業として金融サービス業を位置付けているからにほかならない。80年代半ばに英国がビッグバンを実施したのも、米国市場に流出していた金融・資本取引をロンドン市場に呼び戻すことによって、金融サービス業を英国経済のリーディング産業として、再び強化する狙いがあったように思う。

 そしてわが国においても、内外の資金フローの変化とともに、多様な金融サービスの開発、導入がますます重要な課題となっている。家計部門では、個人資産の蓄積が進む一方で、将来の高齢化に備えて、資産の多様化、リスク分散のニーズを一段と強めている。企業部門でも、たとえば成長分野をリードするベンチャー企業の出現と、それへの円滑な資金供給ルートの確保が大いに期待されている。

 問題は、こうした企業や家計の多様なニーズに十分応えうるだけの金融サービス、金融商品を、わが国金融資本市場が生み出していく力があるかどうかである。

 たとえば、これまでのわが国金融システムは、金融業務を細かく区分し、それぞれの業務を専門の金融業態に委ね、他の業態からの参入を禁じることを基本的な枠組みとしてきた。こうした制度的な棲み分けは、戦後復興期から高度成長期において、重点産業への資金供給という目的のためには有効に機能したという見方が少なくない。しかし、最近のように金融サービスのスコープが急速に拡大し、利用者のニーズが多様化するもとでは、このように細かく業務分野を区分しておくことが適当かどうか、疑問とされるようになってきた。むしろ、これが、効率的な金融サービスの提供や新しい金融技術の取り込みを難しくさせていないか、市場の競争を制約していないか、といった点について、ひとつひとつ検討を行う必要がでてきているように思う。

 また、金融制度の問題に限らないが、法制、税制、会計制度などの制度的な枠組みについても、新しい時代の金融サービス業に相応しいものかどうか、点検を進めていくことが重要である。

 もし、これらの制度面からの改善努力を怠れば、市場参加者の厳しい選別により、国内居住者間の取引が、海外の市場に「場」を移してしまう可能性も否定できない。これはよくいわれる「資金の流出」ではなく、いわば「取引の流出」である。金融市場は、一国の経済活動を支える基礎的なインフラというべきものであり、こうした市場の空洞化は是非とも避けなければならない。

市場改革の基本的な視点

 以上申し述べたように、市場改革の問題は、単に規制の緩和や撤廃という次元からのみ捉えるのではなく、「国際競争力のある市場づくり」、「内外の利用者にとって魅力ある市場づくり」という観点に立って、対応を図っていくことが必要である。その際、海外各国が自国市場の競争力を高め、内外の金融・資本取引を積極的に取り込む努力を続けていることも念頭に置かなければならない。たとえば、金融制度に関しては、現在も各国の間でかなりの相違があるが、いずれの国も効率的な制度のあり方を求めて、今でも見直しの動きを続けている。つまり、ニューヨーク市場やロンドン市場の現在の姿を参考とするだけでは、改革が実現する時点では再び他国の市場に遅れをとっているかもしれない。時代を一歩でも二歩でも先取りして、わが国市場の再構築を図ることが何よりも大事ということである。

 その際、座標軸とすべき考え方は、民間による創意工夫の力を十分に活用していくこと、言い換えれば、市場原理を最大限活用することである。ニューヨーク市場やロンドン市場の発展の原動力となってきたのも、まさしく、マーケットメカニズムの生み出すイノベーションの力である。そしてそのためには、「自己責任原則の貫徹」と「市場規律の確立」を基軸に据えながら、既存の規制について、できる限り緩和、撤廃の方向で見直しを進めていくことが重要となる。大切なことは、国民に対して、金融サービスに関連する様々な選択肢が用意され、そのなかから、効率的で多様なニーズに見合ったものが選ばれていく仕組みをつくることである。そうした仕組みは、競争を通じたイノベーションの力によって金融システムの効率化を促すだけでなく、市場が本来有しているチェック機能を通じて、金融システムの安定性の向上にも資するものと考えている。

 そこで、こうした座標軸を踏まえて、改めてこれまでのわが国金融・資本市場を振返ってみると、たとえばコマーシャルペーパーや証券化商品といった新しい金融商品を導入しようとするときには、その都度、まず、それが証券取引法上の「有価証券」に該当するかどうかを巡って激しい論争が起こり、その上で何らかの解決が図られてきたのが実情である。これは、「有価証券」か否かを定めることが、そのまま、その金融商品を取扱う業態——つまり証券か銀行かなど——を決めることにつながるためといってよいが、この結果、新しい金融商品が実際に導入されるまでに、ある程度時間がかかってきたことは否めない。

 また、従来、機関投資家の投資対象や有価証券の発行企業に一定の条件を設け、資本市場で取引される有価証券をあらかじめリスクの少ないと考えられるものに限定してきたのも、わが国の市場のひとつの特徴である。投信や年金の株式投資に関する制限や、一昨年末で撤廃された社債の適債基準がこれに当たる。しかし、このような仕組みは、「価格メカニズムを通じた事業リスクの効率的な移転」という資本市場の基本的な機能を制約し、結果的に資本市場の間口を狭める方向で作用してきたように窺われる。

 このように、わが国金融資本市場でこうした仕組みが採られてきた背後には、まず、金融商品と担い手を一体のものとして規定し、その上で、担い手に対する規制、監督を通じて顧客保護を実現しようとする考え方があったように思われる。しかし仮にこうした状態が続くとすると、新しい金融商品の導入が迅速には進まず、資本市場の機能も必ずしも十分に活用できないまま、わが国市場の国際競争力を一層低下させてしまうことになりかねない。また、担い手に対して、あらかじめその行動を厳しく制約するような規制が続くと、金融機関の創意工夫の余地を狭め、ひいてはそのための意欲を後退させることにもなりかねない。もちろん、実際には、これまでもある程度柔軟な対応を図ることによって、市場機能を極力阻害しないよう配慮されてきたが、今後、わが国市場の競争力を一層向上させていくためには、民間による創意工夫の余地ができるだけ拡がるよう、既存の規制は思い切った緩和、撤廃を行うことが不可欠である。

 その上で、自己責任原則と市場規律を確立し、マーケットメカニズムを十分に機能させるための前提として、市場全体に共通に適用されるルールを整備していくことが必要となる。その場合の市場ルールとは、概念的には、概ね次のような2つの類型に整理されるのではないかと思う。

 第1は、銀行や証券、保険、投資信託など、金融サービス業一般として、顧客と取引を行う際に守るべきルールである。顧客の知識や経験に応じて、不足のないよう商品のリスクを説明することや、顧客財産を厳密に分別して管理することなどが、これに当たる。第2は、ディスクロージャー、すなわち情報開示に関するルールと不公正な取引を禁じるルールである。投資家保護の基本は、投資家が合理的な投資判断を行うための情報開示にあり、そのうえで投資家はみずからの判断にすべて責任を負うことになる。どのような商品を投資家保護のもとに置くかについての整理も行いつつ、ディスクロージャーの徹底を図ることが重要である。

 もちろん、このほかに、決済業務の担い手である銀行には、経営の健全性等に関する規制が残ることになる。これは、銀行がいったん破綻をきたすと、システミックリスクが表面化し、金融システムを不安定化させるおそれがあるからである。ただ、その一方で、たとえば経営の健全性等に関する規制があまりに厳しすぎる場合には、逆に、他の金融業態との間で銀行が過度に不利な立場に立たされるといったことも想定されないわけではない。こうした点に配慮して、最近では、銀行に対する規制についても、極力、銀行自身の自己努力を尊重する仕組みを取り入れる方向で見直す努力が続けられている。

 これらのルールや規制は、金融機関の行動をことこまかに制約していくものではない。むしろ、最低限の枠組みを定めた上で、金融機関の自由な行動を保証するためのものである。そのもとで、不要となった規制の緩和、撤廃を徹底的に行なえば、金融機関の間の活発な競争が促され、ひいては、内外の利用者に対する金融サービスの質の向上が実現することになるはずである。

わが国金融資本市場の将来の姿

 以上、市場改革に当って、私どもが重要と考える論点についてお話ししてきたが、このほか、市場の将来の姿に関していくつか質問をうけることも少なくないので、最後に、これらの点について私どもの考えを申し述べておきたい。

 まず、英国のビッグバンの経験などを踏まえて、「市場改革が実行されると、国内の金融機関が海外勢に買収されてしまうことにならないか」との質問をうけることがある。こうした事態がわが国でも起こるのかどうか、あるいは、それがどの程度の規模で生じうるものかについては、予測することはたいへん難しい。しかし、金融サービスの供給主体が誰であるかを問う前に、やはり何よりも重要なことは、国民に多様な金融サービスが効率的に供給され、国民経済の発展の基盤となる金融市場が確立されることではないかと思う。仮に規制によって国内の金融機関を保護しようとしても、そこに競争力が伴っていなければ、保護に伴うコストは国民の間で負担せざるをえない。このことは、国内企業の対外競争力を低下させ、ひいては、わが国経済の発展を制約する要因となりかねない。

 英国の事例をみても、ビッグバン以降、ロンドン市場は規模を再び拡大し、グローバルマーケットとしての地位を一段と確立してきた。この間、確かに様々な資本が英国の金融機関に投入されてきたが、それもロンドン市場が新しい金融技術を生み出す力を有しているからにほかならず、その後の市場の活力向上が英国経済の発展に寄与してきたことも明らかなように思う。

 結局、金融機関は、厳しい競争のもとで自らの体質を強化し競争力を高めていくほかに選択肢はないように思われる。私としては、金融機関がみずからの改革努力を通じて、一層高い競争力を身に付けていくことを強く期待しているし、また、そうしたバイタリティーは決して失われていないものと確信している。

 また、「自由化が進展すると、多くの中堅・中小金融機関は、大手に業務基盤を奪われてしまうのではないか」との懸念を聞くことがある。しかし、欧米の事例をみると、最近の金融環境のもとで、金融機関の専門性や独自性はむしろ高まる傾向にあるように窺われる。もちろん金融機関のなかには、トータルな金融サービスの提供を目指す先がでてこようが、結局、金融機関が市場の厳しい競争に打ち勝つためには、規模の大小や業務多角化の有無というよりは、どれだけ競争力のある分野を開拓し、その依って立つ基盤を確保できるかにかかっているといってよい。私どもとしては、個々の金融機関がそうした得意分野でのノウハウを磨きながら、質の高い金融サービスの提供に努めていくことを強く期待している。このように、 市場の改革が、金融機関の間の競争を一層激しいものとすることは事実であるが、そのことがそのまま中堅・中小金融機関の基盤を損なうといったものではまったくないと考えている。

おわりに

 以上、金融資本市場の改革について述べてきたが、この問題には、これまで述べてきた規制の緩和・撤廃や法制、税制、会計制度等の整備のほかにも、様々な分野での課題がある。公的金融のあり方の見直しもそのひとつであるし、規制・監督のあり方も重要な検討課題である。また、日本銀行法の改正問題も、わが国金融資本市場、金融システム改革の一環として捉えられるべきものと考えている。

 日本銀行法については、皆様ご存知のとおり、昨年来、中央銀行研究会、金融制度調査会の精力的なご審議を経て、先月半ば、その全文を改正する法律案が国会に提出された。今回の改正案は、「独立性の確保」と「透明性の向上」の二つを基本的な指針として、新しい中央銀行制度の確立を目指すものである。その背後には、これまで述べてきたような、わが国金融市場を取巻くグローバルな環境変化のもとで、金融政策の有効性、機動性をさらに高めていくためには、日本銀行の依って立つ法制面等についても新しい時代の中央銀行にふさわしいものとしていくことが不可欠との認識がある。

 私どもとしては、国会でのご審議を得て、早期に法改正が実現することを強く期待するとともに、私ども自身も一層の自己改革に努め、今後の政策運営や業務運営に万全を期していく覚悟である。

 引続き皆様方からのご理解、ご協力をお願いして、私からの話を終えることとしたい。

 ご清聴に感謝する。

以上