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金融政策運営の新しい枠組みについて

平成9年6月27日・読売国際経済懇話会における日本銀行総裁講演

1.はじめに

 皆様ご存知のとおり、さる6月11日に、国会で、新しい日本銀行法が可決・成立し、来年4月から施行されることとなりました。

 現在の日本銀行法は、戦時中に定められたものです。これを、その後の大きな金融経済環境の変化に即して、また、将来の変化に耐えうるように改正することは、日本銀行の永年にわたる願いでありました。また、このことは、グローバルスタンダードを踏まえて、日本の金融システム全体を再構築していくうえでも、不可欠な条件であったといえます。

 今回、「独立性」と「透明性」という2つの理念を軸とした法改正が実現したことは、日本銀行115年の歴史だけでなく、わが国の金融システム改革という観点からも、特筆すべき出来事であります。

 日本銀行法はわが国の金融・経済に関する基本法ともいうべき重要な法律ですが、振り返ってみると、昨年春に議論が具体化し始めてから、約1年の間で、この重要な法改正が実現したことになります。これは、橋本総理、三塚大蔵大臣をはじめとする政府の方々や、国会議員の方々、中央銀行研究会・金融制度調査会の委員の方々等々、極めて多くの方々のご理解・ご努力の賜物であります。また、本日ご列席の皆様を始め、広く経済界や国民の皆様から、厳しいご批判も含め、私どもに対する激励・応援を多く頂戴いたしました。本席を借りて、厚く御礼を申し上げます。

 もちろん、日本銀行の改革は、今回の法改正のみで達成されるものではありません。私ども日本銀行自身が、国民に対し重大な責任を負っていることを自覚し、適切な政策・業務運営に向けて不断の努力を重ねていくことが何よりも重要と受け止めています。私どもとしては、今回の法改正の趣旨を踏まえ、政策運営面での透明性の向上、業務運営面での一層の効率化など、幅広く自己改革を進めていく考えであります。

 そこで、本日は、最近の金融経済情勢や当面の金融政策運営について述べた後、新法のもとで金融政策運営の枠組みがどのようなものになるのか、私どもがどのような政策運営を図ろうとしているのか、といったことをご説明し、皆様方のご理解を賜りたいと考えています。

2.最近の金融経済情勢と当面の金融政策運営

最近の景気・物価情勢と金融政策運営

 それでは、まず、最近の国内経済情勢から始めたいと思います。

 現在は、個人消費や住宅投資に、消費税率引上げ前の駆込みの反動がみられており、財政面からの下押し圧力がもっとも強く現れる局面にあります。しかし、生産の底固い動きや、企業収益・家計所得の改善傾向などからみて、基調的には、景気は、全体として緩やかな回復基調を続けていると判断しています。一昨日私どもが公表した6月短観の調査結果も、こうした見方をほぼ裏付けるものになりました。

 問題は、先行きについても、これまで着実に強まってきた経済の好ましい循環の力が維持されるかどうか、その結果、財政面からの影響をこなして、景気の自律回復力が高まっていくかどうかということです。そこで、その柱となる設備投資、個人消費の先行きについて、短観調査結果なども踏まえて整理してみると、次のようなことがいえるように思います。

 まず、企業の売上げ・収益や設備投資などの事業計画をみると、中小企業、特に非製造業では、回復テンポは依然緩やかなものにとどまっています。しかし、全体としては、輸出や情報関連の需要好調も支えとなって、主要企業を中心に増収増益基調が維持されており、設備投資計画も上方修正されています。こうした動きが続けば、今後、回復の動きが、中小企業にもさらに波及していくことが期待されます。

 一方、個人消費を巡る環境をみると、雇用や所得は緩やかながら着実に改善しており、この夏のボーナスも堅調な伸びが見込まれています。消費税率引上げや特別減税廃止の影響が、個人消費にある程度及ぶことは避けられませんが、こうした所得環境の改善傾向を踏まえると、消費の回復基調それ自体が崩れる可能性は小さいように思います。

 このように、民間需要を巡る前向きの循環メカニズムは引続きしっかりと働いています。従って、私どもとしては、足許の需要の減速は一時的なものにとどまり、この先、景気は回復傾向を持続していく可能性が高いとみておりますが、この点に関しては、実際の消費者行動や企業活動に即して見極めていくことが必要であると考えています。

 この間、物価面では、消費税率引上げの影響を除いた実勢でみると、4、5月とも、ほぼ横ばい圏内の動きとなっています。物価動向については引続き丹念にみて参るつもりですが、最近の円高や原油価格の落着きなどを踏まえると、当面は安定的に推移するとみられます。

 以上のような景気・物価両面の情勢を踏まえ、当面の金融政策運営に当たっては、引続き、景気回復の基盤をよりしっかりとすることに重点をおいて、情勢の展開を注意深く見守っていくことが適当と考えております。

金融緩和政策の考え方

 さて、私どもは、景気回復の基盤整備という観点から、金融緩和政策を続けてきていますが、こうした政策運営について、いくつかの角度から、疑問や批判を頂戴することが少なくありません。そこで、次に、そうした問題をとり上げて、日本銀行の考え方を述べることとしたいと思います。

 第1に、公定歩合を0.5%にまで引下げた95年に比べて景気が回復しているにもかかわらず、当時からの金融緩和スタンスを維持しているのはなぜか、という疑問です。

 確かに、一昨年と比べると、デフレスパイラル懸念は後退し、経済活動も相当の改善をみております。しかし、私どもが思いきった緩和措置を講じた狙いは、デフレスパイラルをくい止め、人々の先行きに対するコンフィデンスを強化し、これらを通じて、経済を自律的な回復軌道に移行させることにあります。

 ご承知のとおり、日本経済は、バブル崩壊の後遺症の克服や、産業構造の変革などの中長期的な課題に直面しており、これらをこなしながら回復の道を探るという厳しい道を歩んできました。さらに、昨年後半以降は、財政再建に向けて、公共投資の抑制や消費税率の引上げなどが実施されてきています。こうした環境のもとで、経済がインフレなき持続的成長経路に移行するためには、これまで育ててきた民間部門の自律回復力が、引続き強まっていく必要があります。現在は、こうした観点に立って、情勢の展開を十分見極めるべき段階にあるというのが、私どもの考え方です。

 第2に、所得分配の観点から、現在の低金利は一般国民に犠牲を強いているのではないか、という批判です。確かに、金利所得に多くを依存している家計にとって、現在が大変厳しい状況にあることは、私どもも十分承知しているつもりです。

 しかし、給与であれ、金利であれ、あるいは年金であれ、様々な所得は、つまるところ、経済活動から産み出される全体のパイから分配されるものです。パイそのものが大きくならなければ、これらの所得の元手も出てこないのです。例えば、経済活動が十分元気にならないうちに、政策金利を引き上げ、それが経済にマイナスの影響を与えると、長めの市場金利はかえって低下してしまうでしょう。そうなると、結局、長短合わせた平均的な預貯金金利がどうなるか、一概にはいえません。このように、金利が全体として上昇するような場合には、経済活動の水準が相応に引き上がっていることが前提となっているはずです。この点を是非ともご理解いただきたいと思います。

 第3に、低金利が、国内資金の海外流出を加速させるのではないかという懸念があります。

 この問題を検討する上では、かつての固定相場制と現在の変動相場制とでは、内外金利差と資本移動の関係が異なってくるということを踏まえる必要があります。

 固定相場制のもとでは、為替の変動リスクというものがありませんから、資金は、それこそ金利が高い国にどんどん流れていってしまいます。だからこそ、当時は、厳格な資本移動規制が必要だったのです。

 しかし、変動相場制のもとでは、必ずしもそうはなりません。年間数%程度の内外金利差でもうけようとしても、その利益は、為替レートが少し動けば、直ちに消え去ってしまいます。例えば、仮に、海外の金利が上昇するかたちで内外金利差が拡大したとしましょう。当初は、確かに、これに着目した資金流出が起きて、為替レートは外国通貨高・自国通貨安に向かうかもしれません。しかし、これがある程度進むと、いずれ、その外国通貨は反転して下落するのではないかという見方が発生します。その段階では、もはや、外貨投資の妙味は大きく減少しているはずです。要するに、為替リスクという要素を加味した場合、予想される外貨投資の収益率が国内投資を大きく上回るような状態は、長続きしないと考えられます。

 このように、変動相場制のもとでは、為替レートの変動により、一方的な資本移動に歯止めがかかる仕組みが働いています。例えば、ここ数年間、日米の長期金利格差は、ほぼ2〜4%程度で、しかも拡大方向で推移してきました。この間、外債などへの投資が増加していることは事実ですが、だからといって、日本の国内資金が枯渇してしまうとか、国内金利が高止まるというような現象は起きていません。

 現代のように、グローバルな資金移動が活発になると、このような変動相場制のメカニズムは、かえって速やかに働くようになります。つまり、市場の調整スピードが高まるのです。むしろ、危険なのは、インフレや景気後退などにより、国内経済運営に対する市場の信認が低下して、資本逃避が起きるような事態です。こうしたことを防ぐためにも、わが国で現在必要なことは、景気回復の基盤を整え、インフレなき持続的成長経路を確実なものにすることです。

 なお、この関連で、低金利に加え、外為法の改正により、資金流出が加速されるのではないかとの議論も聞かれます。私どもとしても、外為法改正が市場動向などに与える影響は、注意深くみていく考えです。ただ、只今ご説明したとおり、内外金利差だけを理由に、攪乱的な資金流出が加速するといった事態を心配する必要は大きくないと考えています。むしろ問題となりうるのは、「資金の流出」というよりも、「取引の流出」が生じないかということです。何らかの理由で海外市場の方が使い勝手がよいと判断されると、国内居住者同士の金融資本取引——例えば、国内企業や家計の間の証券売買——であっても、これが、海外で行われる可能性があります。この場合、資金が流出するわけではありませんが、取引の場やそれを巡るビジネスチャンスが海外に出てしまうということになります。こうしたことがどんどん進めば、国内金融市場の空洞化にもつながりかねません。外為法の改正に合わせて、ビッグバンを速やかに進め、国内金融市場や金融サービスの使い勝手をよくしておく必要があるのは、まさしくこのためです。

3.金融政策運営の新しい枠組み

 さて、以上、いろいろと申し述べましたが、要約すれば、金融政策は、日本経済をインフレなき持続的成長経路に移行させることを念頭に置いて運営しているということです。

 このことは、現在の日銀法のもとでも、かねてより、私どもが金融政策の目的と考えてきたところですが、今回の法改正で、より明確に定められることになりました。また、この目的を達成するために、様々な制度改正が講ぜられました。そこで、来年4月から施行される新しい日銀法のもとで金融政策の枠組みがどのようなものとなるのか、また、私どもがこの新しい制度をどのように活用しようとしているのか、以下、金融政策の目的、手段、運営方法という3つの角度から、現時点での私どもの考え方をご説明したいと思います。

(1)金融政策の目的

物価の安定

 まず、金融政策の目的から始めたいと思います。

 新法では、金融政策の目的は、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」と定められました。このうち、国民経済の健全な発展というのは、いわば、全ての経済政策の共通の目標です。金融政策は「物価の安定」ということを通じて、この究極の目標の達成に資するということですから、その直接の目的が何かといえば、「物価の安定」ということになります。物価の安定は、金融システムの安定と並んで、皆さんが使っているおカネが本来の機能を円滑に果たすための前提条件です。中央銀行の役割は、おカネを発行し管理することですから、物価の安定という目的も、この中央銀行本来の機能に根拠を持つものです。

 ただ、一口に物価の安定と言っても、その具体的な内容となると、  なかなか難しい問題です。物価指標には、消費者物価や卸売物価、あるいはGDPデフレータなど様々なものがありますが、それぞれ、対象の範囲や、統計が発表されるタイミングなど、何らかの制約があります。最近では、物価指標には、無視できない計測上のバイアスがあるのではないか、という研究も盛んに行われています。また、仮に、完全な物価指標が得られたとしても、具体的に何%くらいの上昇率であれば許容範囲かということについても、様々な見方があるでしょう。

 このように、物価安定の中身を具体的に示すことはなかなか難しい問題であります。私どもとしては、それぞれの物価指数の捉え方なども含め、引き続き研究を深めて参りたいと思っていますが、物価の安定が経済活動にとってどのような意味を持つかという観点から考えてみると、その内容をもう少しはっきりさせることができます。

 物価、つまり一般物価とは、個別の値段を集合した平均値であり、個別のモノやサービスの値段が相対的に上がったり下がったしていることを測るための尺度のようなものです。従って、これが大きく変動するようでは、企業や家計が効率的に投資活動や消費活動を行なっていく前提条件が崩れることになります。

 例えば、インフレがちの経済では、自社製品の価格が上がったとしても、これが将来の収益増加をもたらすものなのか、あるいは単に物価全般の上昇であって、賃金や原材料コストの上昇によって相殺されてしまうものなのか、はっきりしません。こうした経済では、長い目で見ると、企業の投資活動は慎重なものとならざるを得ません。また、インフレに対する不安があると、人々の生活も結局のところ萎縮してしまいます。95年当時の日本経済を例に引くまでもなく、同じことは、デフレについてもいえます。

 このように考えると、物価安定の内容が浮かび上がってきます。それは、「企業や家計が、先行きの消費や投資などの計画をたてる際に、将来に向けて物価がどんどん上がるとか、あるいは逆にどんどん下がるといった不安を感じないような状態を維持すること」です。

物価の安定と景気等との関係

 もっとも、物価安定の内容をこう考えたとしても、なお、いくつかの疑問がもたれると思います。それは、こうした物価安定と、他の大事な目標や経済変数との関係ということです。例えば、物価が安定しさえすれば、景気や経済成長はどうでもよいのか、物価と為替レートや資産価格との関係はどうなっているのか、といった点です。

 まず、物価と景気の関係ですが、確かに、短期的には、ある程度の物価上昇を許容すれば、より高い経済成長が実現するようにみえます。しかし、実は、こうした効果は一時的なものに終わるということが、近年、理論的にも実証的にも、明らかにされています。

 こうしたことを繰り返すと、場合によっては、高インフレだけ残って、景気は再び低迷する、いわゆるスタグフレーションという厄介な状況になりかねないのです。これが、1970年代から80年代にかけて欧米先進国が悩まされた経済の病でありました。この結果、現在では、物価の安定こそが、持続的な経済成長の前提であるという理解が浸透しています。

 それでは、為替レートや資産価格は、金融政策の運営上どのように位置付けられるでしょうか。これらは、金融政策を運営していく上で、十分目配りしていくべき大事な要素です。ただ、その安定を金融政策の直接の目的とすると、かえって、国内経済の安定を損なうおそれがあります。例えば、地価は、本来、土地の生産性や将来の収益期待の変化を織り込みながら、その需給を調整する機能を持っています。為替レートは、長い目で見れば、関係国の物価上昇率の格差に応じて、つまり、購買力平価の変化に沿って、市場の力で調整されていくものです。このように一定の役割や機能を持って市場で調整されていくべきものを、マクロ経済政策で無理やりコントロールしようとすると、経済の他の部門にひずみを起こすおそれが大きいのです。

 もちろん、為替レートや資産価格の変動は、経済に様々な影響を与えます。資産価格の大きな変動が、経済活動の変調や経済主体の行き過ぎた期待形成などを示唆している可能性が高いということは、バブル時代の貴重な教訓でもあります。従って、金融政策の運営に当たっては、資産価格や為替レートを厳格にコントロールしようとすることは適切ではありませんが、それらの動向については十分目を配りながら、物価の安定という目的を達成するように努めることが基本になります。

(2)金融政策の手段

法律の改正点

 次に、金融政策の手段について申し述べます。

 しばしば、経済学の教科書などでは、金融政策の手段として、公定歩合操作、公開市場操作、準備率操作の3つが挙げられています。日本銀行のもつ政策手段もこの3つであり、このこと自体は、新しい日銀法でも変わりはありません。ただ、現行法と比べ、次のような制度改正が行われました。

 まず、現行法では、公開市場操作の基本方針、言い換えれば、市場金利の誘導方針について、明文の規定がありません。これに対して、新法では、「手形又は債券の売買その他の方法による金融市場調節の方針」として、市場金利誘導方針が、はっきりと政策委員会の決定事項とされました。

 第2に、準備率操作については、現行法では、大蔵大臣の認可事項となっていますが、新法では、この認可制度が廃止されました。

 このように、中央銀行の3つの政策手段が、名実ともに、政策委員会の決定事項として明確化されたわけです。

 このうち、準備率操作に関しては、公開市場操作の手段が充実するにつれ、変更する頻度は減ってきています。そこで、以下、公定歩合操作と市場金利誘導という二つの手段をどのように使っていくのか、という点に焦点を当てて、これまでの歴史的経緯や、私どもの考え方を詳しくご説明したいと思います。

公定歩合操作と市場金利誘導の関係

 わが国では、金融政策といえば公定歩合の変更という時代が長く続いてきました。この背景としては、金融市場が未成熟であったこと、また、そうしたもとで、預金金利や貸出金利が公定歩合に連動する慣行が形成されていたこと、などの事情が挙げられます。

 しかし、1980年代以降、徐々に情勢は変化して参りました。国債の大量発行やCDやCPなどの新商品の導入を契機に、金融市場が質・量ともに発達してきました。資金の需給を反映して金利が自由に変動し、こうした市場金利を介して金融政策の効果が浸透しうる環境が整ってきたのです。

 このような金融市場の環境変化を踏まえて、私どもも、金融政策運営面で様々な工夫を凝らしてきました。例えば、手形や債券の売買に際して、日本銀行がレートを示す指し値方式から、より透明な入札方式に移行するとか、オペレーションの連絡から資金決済までの期間を短縮して、機動性を高めるといった努力を重ねてきました。また、91年には、窓口指導という、金融機関の貸出増加額を日本銀行が直接指導する方法を廃止し、金利機能を活用して金融機関行動に影響を与える環境を整えました。

 さらに、94年には、預金金利の自由化が完了しました。これは、預金金利や貸出金利の変更を直接促すという公定歩合の役割がなくなり、その分、市場金利誘導の重要性が高まることを意味します。

 このため、95年3月31日には、市場金利誘導を公定歩合と並ぶ独立した政策手段と位置付けて、新しい仕組みを導入しました。すなわち、市場調節方針について、政策委員会で了承を得た上で、明確に対外公表文の形でアナウンスする方法です。その際、私どもが操作目標としているオーバーナイト物コールレートについて、ある程度明確な誘導方針、具体的にいえば、「平均的にみて、公定歩合水準をやや下回って推移することを想定している」というような方針を示すことにしました。

 このような方法は、米国では既に定着していますが、95年3月当時、わが国では初めての試みでした。加えて、その前日、たまたまドイツで公定歩合の引下げが行われたこともあって、市場が一時的に消化不良となった感は否めません。しかし、その後、只今申し上げたような市場金利誘導の考え方は、徐々に理解され、わが国でも定着するようになったものと受け止めています。実際、同年7月7日に再び市場金利引下げ措置を実施した際には、特に混乱はみられず、市場にも素直に浸透しました。

 今回の法改正で、市場金利誘導方針が政策委員会の決定事項とされたのも、まさに、これまでの一連の流れを受けて、市場メカニズム重視の考え方をさらに進めたものであるということができます。

 それでは、公定歩合操作という手法は、この市場化の時代に、どのように位置付けられるのでしょうか。公定歩合操作と市場金利誘導の関係については、海外の中央銀行でも様々な考え方があり、一概にこうあるべきという結論を出すことは難しいように思います。

 ただ、海外の例をみましても、金融・経済の市場化や金利自由化が進んでも、公定歩合の変更は引続き大事な役割を果たしてきているように窺われます。それは、金融政策の変更を、国民の各層にまで、わかりやすく伝えるという機能です。市場化が進めば進むほど、金融政策の有効性を維持するためには、中央銀行の景気に対する見方や政策運営の考え方に対する理解と信認を得ていくことが必要になります。この点、公定歩合の持つわかりやすさ、言い換えればアナウンスメント効果は、市場メカニズムを活かした政策運営を行っていく上でも、貴重な機能といえます。

 市場金利誘導と公定歩合操作は、どちらかが先行するのか、といった質問を受けることもありますが、これも、常にどちらかがどちらかに追随するというものではありません。市場金利誘導を何回か重ねた後に公定歩合を変更する場合もあれば、まず公定歩合の変更で強い政策意図を示した後、市場金利を誘導していく場合もあるでしょう。

 以上申し述べた意味で、今後とも、公定歩合操作と市場金利誘導の双方を有効に活用していくことが必要と考えています。

(3)金融政策の運営方法

政策委員会の機能強化

 次に、こうした金融政策がどのようなプロセスで決定されることになるのか、金融政策の運営方法をお話ししたいと思います。

 新法では、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の機能を強化するために、大きな制度改正が行われました。

 まず、委員の構成が大きく変わります。現在の政策委員会は、日本銀行総裁、任命委員4名、大蔵省と経済企画庁を代表する、議決権を持たない官庁委員2名の7名から構成されています。これに対して、新しい政策委員会は、総裁、副総裁2名、審議委員6名の9名から構成されます。

 改正点を要約しますと、第1に、官庁委員という制度が廃止されます。第2に、現在の任命委員は、選出される分野が、大都市の銀行、地方の銀行、商工業、農業と特定されていますが、新しい審議委員は、「経済又は金融に関して高い識見を有する者その他の学識経験のある者」から、分野を限定せずに広く人材を募ることになります。第3に、政策決定と業務執行の有機的なつながりを確保するために、執行部を兼任する人数を1名から3名に増やすとともに、これが過半数にならないように、審議委員6名というバランスが採用されました。

 このほか、現行法では、ややあいまいな部分が残っている政策委員会の権限も明確なものになりました。先ほど申し上げたように、金融政策の3つの手段が明確に政策委員会の決定事項とされたことは、その一例です。

 もちろん、これらの制度改正に加え、私どもとしても、政策委員会の機能が十分に発揮できるよう、最大限の努力を行っていくつもりです。

 例えば、現在、日本銀行には、定款で定められた役員集会という制度があります。これは、総裁、副総裁、理事から構成されており、あくまで、業務執行上の重要事項を審議したり、執行部として政策委員会に諮るべき事項を検討する場です。意思決定を行う機関ではありません。しかし、この制度があるために、日本銀行には意思決定機関が2つあるのではないか、といった批判を招く面があったことは否めません。私どもは、新法のもとでは、そのような誤解を招くようなかたちでの役員集会は、制度として廃止するつもりです。

 従って、金融政策に関する事項については、これまでのように、政策委員会に諮るべき内容を、ある程度役員集会で整理した上で、正式に委員会で検討するという手続きもなくなります。金融経済情勢に関する判断から政策決定まで、金融政策に関する一連の手順は、すべて、政策委員会で完結することになるわけです。

金融政策を審議する会議の定例化

 このように政策委員会の機能を強化した上で、金融政策を審議する政策委員会の開催を定例化し、その議事録・議事要旨を公表するという仕組みが新たに導入されます。

 金融政策を審議する会議を定例化する主な狙いは、一言でいえば、市場の安定化ということです。

 現在、政策委員会は毎週火曜日と金曜日に開催しています。しかも、臨時政策委員会開催の可能性も含めれば、ほとんど毎日、政策変更が決定される可能性があるということになります。こうした状態ですと、市場は、日々の様々な情報、例えば、景気指標の動きや関係者の発言などに、どうしても過敏にならざるを得ません。実際、これまでも、何らかの材料を契機に、金融政策変更の思惑が強くなり、市場が混乱するといった事態は少なくありませんでした。

 もちろん、いろいろな情報を消化したうえで、それを金利形成というかたちで集約していくことは、市場本来の機能です。しかし、この機能を、より安定的にまた効率的に発揮させていくうえで、無用な憶測や混乱をできるだけ避けるように工夫することは大事です。それは、金融政策の有効性を高めることにもつながります。

 金融政策を審議する会議を定例化し、先行きの開催スケジュールをあらかじめ発表するという仕組みは、まさに、こうしたことを念頭に置いたものです。

 具体的に、この会議の運営方法を考える場合、市場の安定化に対する配慮とともに、政策運営の機動性も確保する必要があります。もちろん、臨時会議開催の可能性を排除する必要はありませんが、制度の趣旨からして、金融政策の決定は、定例開催日に行うことが原則となりましょう。因みに、海外の例をみますと、米国は年8回と一番少なく、イギリスは毎月1回、ドイツは毎月2回となっています。こうした海外の事例や、これまで述べたような考え方を踏まえて、検討が進められることになります。

 なお、ひとこと付け加えておきますと、金融政策を審議する会議が定例化されるからといって、政策委員会がそれしか開催されないということではありません。政策委員会は、金融政策の決定以外にも、金融システムや決済システムに関する事項、日本銀行の業務運営や組織運営に関する事項など、きわめて多くの案件について検討を行い、決定していくこととなります。現在でも委員会は週2回開催されており、新法のもとでも、かなりの頻度で開催されることになるでしょう。このように常時開催されている政策委員会のうち、金融政策を集中的に審議し決定する機会を特定する、というところにこの制度の眼目があるのです。

議事録・議事要旨の公表

 次に、金融政策に関する定例会合の議事要旨・議事録の公表についてご説明したいと思います。

 これまで何度も触れてきましたが、金融政策の透明性の向上ということは、今回の法改正の大きな柱です。議事要旨と議事録の公表は、このための大変重要な仕組みであります。

 まず議事要旨の公表ですが、この直接の目的は、現在の金融政策運営の基本的な考え方について、市場や国民の理解と信認を高めることにあります。従って、金融経済情勢や金融政策に関する検討内容を、できるだけ正確に、かつわかりやすく要約したものを準備したいと考えています。

 難しいのは、公表のタイミングです。只今申し上げた目的からすれば、できるだけ早いタイミングが望ましいのですが、議事要旨の公表が、かえって、市場の憶測や混乱を招くようでは困ります。例えば、月初に開催された会議で、席上、月末公表予定の指標の動きがどうなるか、といったことに議論が集まったとしましょう。その指標が発表される前に、この議事要旨が公表されると、先行きの政策運営に関する思惑や憶測を高めてしまうおそれがあります。かといって、そうした配慮を働かせて、議事要旨をあいまいなものにすることは適当ではありません。議事要旨については、こうしたことを踏まえ、市場の安定を損なわないという条件の下で、できるだけ速やかな公表タイミングを考えることになります。因みに、米国では1〜1ヶ月半、イギリスでは6週間以内の公表とされています。これも、先行きの会合に関する無用の思惑を招かないようにするという考え方の現れといえましょう。

 次に議事録、つまり、詳細な会議の記録ですが、これは、同じ透明性といっても、議事要旨とはやや異なる役割を持っているものと考えられます。つまり、現在の政策運営に関して理解を求めるというよりも、後から振り返ってみて、必要に応じて、その時々の政策運営を詳しく点検できるようにしておく道具立てといえます。また、議事録については、政策委員の自由で率直な議論を妨げないという観点から、一層慎重な配慮が必要です。もちろん、そうはいっても、極端に長い年月をかけるようでは公開の意義も薄れてしまうので、そうした観点も十分に踏まえたうえで、国民の納得が十分得られるような制度の運営を図って参りたいと考えています。

 ところで、これまでも、私どもは、定例の記者会見や、国会での答弁、定期刊行物、あるいはこうした講演などの機会をフルに利用して、政策運営の基本的な考え方などについて、できるだけ丁寧に説明するよう努めてきたつもりです。新法のもとでは、これらに、議事録・議事要旨の公表という手段が加わるのですから、今や、日本銀行は、透明性の確保という点で、グローバルスタンダードを上回る充実した手段を備えることになったといっても過言ではありません。私どもとしては、これらを通じて、政策運営に対する一層の理解と信認を得るよう、努力して参りたいと思います。

政府との関係

 最後に、政府との関係について触れておきます。新しい制度では、金融政策を審議する会議に、政府から必要に応じて出席し、意見を述べることができるとされています。また、政府からの出席者には、議案を提出したり、その一種である議決の延期を求める権利が認められました。こうした点を捉え、中央銀行の独立性が制約されるのではないかとの見方がありますが、私どもはそう考えてはおりません。

 まず、日本銀行の金融政策は、政府の経済政策と相まって、国民経済の健全な発展に寄与するものです。金融政策を運営する上でも、政府と十分な意思疎通を図ることは必要であり、その上で、日本銀行が自らの責任と判断でもって金融政策を決定することが求められています。

 従って、大事なことは、金融政策を巡る日本銀行と政府の関係について、明確で透明性の高い仕組みを用意することです。この点、政府から述べられた意見や、議案提出があった場合の検討の模様及び採決の結果は、議事要旨で公表されることになります。また、議決の延期を求める権利といっても、これは、政府による指示権ではありません。最終的に議決を延期するかどうかは、あくまで政策委員会の採決に委ねられています。

 このように、新しい制度は、政府との十分な意思疎通を図りつつ、中央銀行の独立性を確保するという観点から、注意深く設計されたものといえます。私どもとしては、制度の趣旨を踏まえ、明確で透明なかたちで政府と建設的な関係を構築して参るつもりですし、それは、けっして、中央銀行の独立性を制約するものではないと考えています。

4.おわりに

 以上、新しい金融政策運営の枠組みについて、その概要を申し上げました。新制度の理念、つまり、「独立性」と「透明性」という二つの柱が、具体的にどのように盛り込まれているのか、ご理解頂ければ幸いです。

 また、私どもでは、冒頭にも申し上げたとおり、自己改革の一環として、新法の趣旨を踏まえ、現行法下でも実行できることは実行して参る方針です。本日詳しくご説明しました金融政策を審議する会議の定例化とその議事要旨の公表という仕組みも、準備が整い次第、実施に移して参りたいと考えています。現在、その具体的な仕組みを検討している段階であります。

 皆様方には、こうした私どもの取組みに対し、引続き、ご理解とご支援をお願い申し上げて、私からのお話を終えることと致します。ご清聴ありがとうございました。

以上