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「90年代の日本経済はなぜ分かりにくいのか」

武富将政策委員会委員講演記録(11月26日・中国経済クラブ)

1997年12月 9日

1.はじめに

 物情騒然としてきたが、今朝も8時に日銀総裁が記者会見をして、徳陽シティ銀行の処理方針について見解を公表させて頂いている。本席にお集まり頂いた広島財界の皆様方に是非御願いしておきたいことは、日本銀行としても金融システム安定維持のために全力をあげて取組む所存だということである。囲りの預金者の方々には色々ご心配があろうかと思うが、是非安心して冷静かつ良識ある行動をとられるよう、皆様方からも大所高所より伝えて頂ければと念じている。

 私は、つい5か月前まで民間銀行の経営者の末端を担っており、機能としてはエコノミストの役回りも負っていたが、現在は中央銀行の政策委員である。この一点からも解るように今、日本において「時代が動いている」と思う。言い換えれば金融しかもその中枢を担う中央銀行の場においてはビッグバンを先取りする形で新しい動きがでている。

 さて、はじめに短い質問を皆様に2つするので、YESの方は挙手を願いたい。一つは、広島カープのレギュラー選手の名前4〜5名はご存じの方挙手願いたい。ほぼ全員と御見受けした。次に日本銀行政策委員の名前4〜5名はご存じの方挙手願いたい。御二人だけのようであるが、この落差は非常に問題ではないかと思う。スポーツ選手の名前は世の中によく知れ渡っている一方、金融政策を預かる政策委員の名前は今の段階ではあまり知れ渡っていないということである。これは、政策委員の私も含めて努力不足もあるかもしれないが、何と言っても時代的背景がそういうことで良いということであったのであろう。

 しかし、来年の4月からはそうはいかない。ご案内のように日銀法が改正されて新たに施行に移される訳であり、その中には色々な新しい要素が含まれている。その一つは、政策委員会が法律上はもちろんのこと、実態的にも日銀に係わる全てを決定していくということである。そして、その内容、プロセスについても、なるべく透明度を高めることが要請されている。日銀総裁は毎月1回定例記者会見を開いている。さらに、何か問題があった時にはプレスコンファレンスをするほか、国会でも報告をするし、時折東京に限らず地方でも講演をする。総裁は政策委員の一人であり、政策委員の互選によって委員会の議長を務めていることから、今政策委員が何を考え、委員会として何を考えているかという点については、総裁の色々な場面での情報発信で国民の皆さんに十分伝わっているかと思うが、新日銀法の下ではそれを構成する個々の政策委員がなるべく顔が見えるように努力をすることも求められているかと思う。新日銀法が施行される前にも、そのような要請が出てくることを先見すれば、早目に世の中に顔を見せてどういう考えでいるかを披瀝することも私の仕事の一つであると感じて、今回第1回目として広島の地を選んで参上した次第である。

 90年代になって幾たびかの景気論議があったが、その度に何か議論のすれ違いがあり、ことほど左様に景気を的確に把握することは難しい。また、マクロの経済指標と皆様がお持ちの実感の間にもややずれがあるということも度々あったかと思う。そして今、足許で再び景気論議が高まっている。どうもここ7〜8年の日本の動きは、かつての知識ではなかなか理解しきれないことが多く、従来と勝手が違うとの感想をお持ちと思う。従って、目先の景気のことを論議する場合にも、もう少し大きな背景、底流で何か従来と違うことが起っていそうだというところを解明する方が、論議がより生産的になるのではないかとの思いから、今回の演題にした。

 今日の講演の内容は大きく分けてテーマが4点ある。議論の出発点として、従来からの持論になるが、第1に、日本経済が80年代の初頭から成熟経済へ移行していたのだとの認識をまず持つことが重要かと思う。

 そのうえで、第2に、90年代を今世紀から来世紀へ変わっていく節目の10年間と捉えるべきであり、その中では、おそらく日本が近代国家に乗り出して以来の「パラダイム・シフト」 — こういう言い方が正確な表現かはわからないが — が起きている、つまり経済面にとってみれば通常の景気循環だけでは律しきれない大きな転換プロセス期にあるのではないか。

 第3に、そのことに目が曇っていたがために、この90年代に入って丸7年以上経った現在も様々な難しい問題と取っ組み合いをしなければならないのではないかと思うが、そのようなことを踏まえたうえで、この90年代の平成不況からの回復過程の特色について述べたい。93年10月に景気が底打ちをしてその後いわゆる緩やかな景気回復過程にあった訳であるが、緩やかな回復といっても人によってはとてもそのようなことはないという人もいるし、あるいは回復どころか絶好調であるという数少ない企業もあるということで、見解が統一できていない。私はこれを「不完全燃焼」型の回復と呼んでいる。そのような生煮えの状態であること自体、最初の1、2番目に申し上げた80年代、90年代から背負ってきたものがあるからではないかと思う。

 第4に、その特色を踏まえて、足許および目先の景気がどのようになるのか、といった順番で話を進めていきたい。

2.80年代初頭から成熟経済へ移行

 第2次オイルショック後の80年代初頭において、日本経済は質的に変わったと思う。経済も文明もそうであるが、発展期と成熟期があるわけで、日本経済は既に西ドイツを昭和40年代に規模で抜くと同時に、アメリカとの格差もどんどん縮めていった。経済発展に伴って、基本的な生活の必需品については何も不足のないかなり高い経済レベルにまで、日本はその時点で既に仕上がっていたと思う。

 生き物である経済には寿命があり、「美しく老いる」という言葉があるように、いかに成熟経済の質を高めつつ、人間一人一人が充足感を味わえるような経済に移行していくのか、そのために、いかに経済の枠組みを衣更えして、新しい成熟経済に叶ったものに編み直しをしていくのか、ということが本来であればきっちりと問われるべきものであったように思う。

 しかし、結果としては残念ながらそういう問題意識は比較的少なかった。80年代半ばになってから内需主導型の経済へ転換すると言われ、このこと自体は大変良いことであるが、内需主導の本来の意味を正しく理解してそのような方向に舵取りを切り替えるべきであった。その受け止め方において、アクセントが一方に寄りすぎてしまったのではないかと思っている。

 すなわち、内需転換型経済の意味合いの取り違え現象が起った。ある程度いろんな欲求は満たされる経済になっていたにも拘らず、引き続き経済運営も企業経営も「より質の高い」欲求を充足する方向へ転換していなかった。逆に需要を膨らまし粉で膨らませ、すでに十分裕福ではあったが、それ以上に裕福感を味わわせるようなものに何とか消費者を呼び込もうとしていた。

 その例はたくさんあるが、例えば家電製品では、 — もし家電業界の方がいらっしゃれば大変恐縮ではあるが — あまりにも多くの機能を付けた商品が売られ、使用頻度からみれば殆ど不必要なものまで組み込んでいった。あるいはサービス産業でも、普段味わえないような別世界のような過剰なサービスを提供していた。

 このこと自体いけないとは思わないが、時代認識からいえばやや過度に亙ったかもしれない。本来成熟過程に入る経済を先行きも持続的に質の良い経済として伸ばし続けるためには、こういう形で需要を無理に引っ張りだすのではなく、供給サイドから経済にアプローチをすることが必要であり、経済が持っている潜在成長力の嵩上げをしていくことが望ましい。そうすれば、その過程で新しい産業分野が開けてくるはずであり、産業構造の高度化という形で切り替わっていく。そうしたことにより、経済成長を持続できるようにすべきであったが、この点についてこれまでの認識は必ずしも十分ではなかった。例えば、内需膨らまし粉という考えの延長線上には、日本では希少価値のある土地への需要の集中があった。

 生意気な言い方ではあるが、こうした状況を一言で言うと、そもそも「経済発展とは何のためにやっているのか」というような問題を根幹から考えることがなかったのではないか。日本が経済発展のどのような段階にあるのかを認識し、その段階で優先順位をつけるべき価値を歴史的なパースペクティブの中で見つけることが本来必要であったが、経済成長に慣れきってしまった中で、素朴ではあるが根源的な問いかけを国民がお互いにぶつけ合うことがなかったことが問題である。

 生活の質を良くすることは、豪華船に乗るとか、シャンデリアのぶら下がったホテルに宿泊するということだけではない。質的に良い生活をすることに対する人間としての洞察とか哲学に欠け、真面目に議論をしなかったのではないか。ボーゲル博士の「ジャパン・アズ・NO.1」は確かに一面当たってはいるが、それを鵜呑みにして我々サイドに奢りが出てはいなかったか。量的拡大、シェア競争、需要至上主義をあまり深く考えないで惰性的に固執していっのが80年代ではなかったか。

 もちろん、80年代は悪いことばかりではなかった。80年代初頭にも、今我々が問うているようなニューフロンティアの欠如が問題となったが、その中から次なる成長産業として出てきたものは、いわゆるメカトロニクスであった。日本がもともと強い機械と新しく出てきたエレクトロニクスとがうまく噛み合わさって、立派な輸出産業になり、技術の中心的な分野になっていくということがあった。メカトロニクスの流れは今も脈々と生きているという意味では、将来に希望を持たせる動きである。

 ただ、80年代は、本質的には、経済発展とか成長にばかり目を奪われてしまい、人間の幸せについて根本から問いきらずに終わってしまったと思う。

3.90年代は「パラダイム・シフト」の10年間

 90年代は、20世紀から21世紀に転換していく10年間であり、「パラダイム・シフト」が起きていると申し上げたが、その点について大きく分けて二つほど所感を申し上げる。

 一つは、90年代はずっと経済の構造調整をしてきているが、今回の構造調整は従来と比べて非常に深化している。宮崎義一氏が「複合不況」という言葉を使ったが、この構造調整は従来に比べ複雑化かつ長期化している。この構造調整は既に91年頃から始まったがまだ完全には終わっておらず、相当時間を要している。なぜかということは、累々冒頭から申し上げているとおり、80年代が日本経済の基本的な構造転換の時期であったにも拘らず、それに真っ向から取り組まなかったために、10年間は構造転換への取組みが遅れてしまったことが根底にある。

 これに加えて、90年代には90年代固有の調整圧力も発生した。この要因は単純ではなく、国内要因として少なくとも3点あった。1点目はストック調整であり、2点目は円高である。90年代の円高は戦後で言えば第3次円高局面ということになるが、1次、2次に比べるとやや性格が違った。既に輸出が必ずしも儲からない商売になっていた時期に円高になったということで、従来の円高とはどうも質が違う。一気に円高になって、比較的短期間でその円高のデフレ効果が終わるということではなくて、私は「さみだれ円高」と呼んでいるが、段々畑のように3度に分けてやってきたという特色がある。この時期の円高は質が従来と違うということを「この円高には降伏点がある」と表現していた。降伏点という言葉は、物理学の分野である臨界点に達すると物性が変わってしまうという意味である。例えば、非常に強い鉄でもへなへなとなってしまう。この時期の円高は、日本経済のコスト構造との関係からはそのような性格の円高であった。3点目は資産デフレであった。

 以上が国内での構造調整を迫る大きな「うねり」であったが、目を海外に転じるとメガコンペティション、すなわち世界大競争が始まる局面であった。これは、新興工業国なかんずくアジアが供給能力をつけ、しかも生産コストが非常に安いことから、コンぺティティブな値段で供給できるということ、それに対応して日本の成熟経済下の成熟企業は、生産設備の海外シフトとか、資材の海外調達という形で国際水平分業プロセスに入っていかざるを得ないということがあった。加えて、アメリカがこの時期に長期の経済不況から漸く立ち直って、アメリカ的な経営基準、グローバルスタンダードというものが大変優位性をもった時代でもあった。また、冷戦が終わり、軍事技術の民間転用があらゆる分野で花咲いた時でもあった。インターネットやカーナビゲーションという今新しい技術とか情報関連技術と言われているものは軍需技術にその基礎があるものばかりである。アメリカとアジアからの挟撃にあったとよくいわれたが、このような世界環境もたまたま90年代の日本の構造調整の深化、複雑化、長期化に繋がる力があったといえる。

 もう一つのパラダイム・シフトについては、21世紀への転換ということでパラダイムの変化に適合しないとこの先うまく日本経済・社会が回っていかないという面もあった。21世紀は4つのメガトレンドがあると思っており、既に出ていることではあるが、もっと明確になるだろう。すなわち、それは成熟化であり、国際化であり、高齢化であり、情報化である。こういう流れにどう対応するか、世界の最先端で質の良い経済を維持しつつどう対応するかは、大きなテーマである。これとの関連では、ここ60年来の制度全体の疲労が出てきており(1940年体制)、これを変えていかなければならない。もっといえば、冒頭申し上げたように、日本が近代国家に入って以降の色々な努力の積み重ねの最後の総仕上げ、質的転換の時期である。

 これまでの日本経済の特色は開発型の尾てい骨を引きずっており、かなり規制も強く、閉鎖型(クローズ)の経済体制であった。これを開発型ではなく、市場原理が尺度になる経済構造あるいは体制にする。また、規制のない非規制のシステムを作り、そして、開放型へ転換していかなければならない。そこを構成している人や社会の持っている価値観や尺度の転換に沿う形で経済も変わっていかなければならない。今までの社会の特色は、予定調和の社会、コンセンサス・和の社会、共同責任(責任の所在が不透明)の社会であった。これはこれで歴史的な意味があって、日本がここまできた背景であるが、21世紀の目指すトレンドと今の経済の成熟度合いとを総合的に勘案していくと、これではもたない。

 新しい時代は、予定調和に代わって、事後調和ということになろう。事後調和とは戦いの後に勝ちとるといえば少し言い過ぎかもしれないが、せめぎ合いがあった後に妥協し合いながら調和を探っていくという点で、大変コストとエネルギーのかかる社会を意味している。また、コンセンサスというよりもそれぞれの独自性を重んじ、「隣がやるから自分もやる」のではない社会を目指すべきである。そして、共同責任から自己責任へという転換が必要である。

 そうした中では、コーポレートガバナンスも重要になってくる。よく言われるグローバルスタンダードは、よいか悪いかは別にして取り敢えずある程度採用していかざるを得ない。あるいは社会のネットワーク化も必要である。従来、需要者が尊重されていて「お客様は神様である」ということで、それに違いはないし今後もそうであるが、加えて「投資家」が尊重されるべき存在としてクローズアップされてくるだろう。このような新しい基準とか、社会の大きいトレンドに合せて企業経営をうまく組み替えていって、生き残っていこうとすると、やはりコスト増に繋がることから、とりあえずやや縮小均衡しなければならない。このことが、マクロ的な景気回復についても少しスローダウンさせている要因にもなっている。

 縮小均衡については色々な例があるが、今、世の中で言われている"貸し渋り"も金融機関が新しい基準に適合していこうとしている現れともいえる。その限りでは真っ当な努力の一つの側面として、資産を圧縮していかなければならないために、こうした現象が現れているのかもしれない。

 ”貸し渋り”は実体経済に対して悪影響を及ぼすのではないかと懸念する向きもあるが、局所的に問題をあげつらうのではなく、パラダイムシフトというよりトータルなピクチャーのなかで問題を整理して有機的に結び付けて議論することが必要であろう。

 90年代は多様な調整をすべき時であり、しかも対応が遅れたがために余計に課題の壁は高くて厚いが、それでもかなりの部分は血のにじむような努力により対応が進んできてはいるように思う。こうした中で残る問題は資産デフレである。

 80年代にメカトロニクスが出てきたことと同様に90年代も将来に楽しみを残す材料もある。情報通信産業が、アメリカには遅れている(得意分野も多少異なる)とは言え、新しい分野として出てきた。今は取り敢えず情報通信の第1段階の投資は一巡しているが、おそらく今世紀中にはもう一度第2段階の需要の普及プロセスはあると思うので、90年代にも決してマイナス面だけではなく、良い面もあることを申し上げておきたい。

4.構造調整途上期の景気回復は「不完全燃焼」

 以上、前置き的部分が長くなったが、次に本論の足許の景気はどうなるのかというところに近づく努力として、構造調整が進んでいるとしても完全には達成されていない時期、いわば構造調整途上期の循環的な景気回復は、従来とは性格とかパターンが違うことを整理しておきたい。

 今回の景気回復(93年10月以降)は分かり難いので色々な命名がなされている。例えば「行きつ戻りつの回復」と言われている。同じようなことを「一進一退回復」とか、「ジグザグ回復」、斑模様と一進一退と組み合わせて言えば「でこぼこ回復」というような命名があるわけであり、そういう意味からも今回の景気回復は従来とは違う。実際、実質GDPのトレンドをみると、上がったり、下がったりですっきりしない。また、この4〜6月期は消費税引上げ後急角度で大きく下がっている。これを喩えて言うと、従来の景気回復が非常に伸びがあることから、「プロゴルファーのティーショット」である一方、今回の景気回復は途中で萎えてしまうことから、「我々素人のティーショット」である。このように今回の景気回復はジグザグの範疇にあるということである。

 従来と違う要因を4つぐらいに分けて説明する。その要因の一つは、景気回復の初期段階ではまだ円高であったし、国際水平分業を進めた経緯もあって、相当輸入が増えたことから、純輸出(外需)が成長率にマイナス寄与したことである。私は、これをネットエクスポート・ドラッグと呼んでいる。

 景気回復の後半段階では、政策誘導型需要(公共投資、住宅投資)の抑制が民需の立ち上がりを帳消しにしている。成長の足を引っ張るということでフィスカル・ドラッグといっている。

 2つ目は、消費の動きも行ったり来たりしていることである。景気回復の初期段階は価格破壊の良い面が現れて消費に対する価格低下効果があった。それまでのストック調整で俗にいうペント・アップ需要が景気底入れ時に溜まっていたこともあって、安いから購入する形で数量がはけたのが最初の消費回復に繋がっている。これが、さみだれ円高によって、95年4月には1ドル80円を瞬時切るという事態があって、このままでいくと雇用慣行も抜本的に変わってしまうのではないかとの不安から、消費が抑制された。

 さらに、消費税率引き上げ前の駆け込み需要の盛り上がりがあり、最近はその反動と今朝のニュースにあるような金融不安、さらには先行きに対する漠たる不安感により、消費が手控えられており、行ったり来たりを繰り返している。これは、ある程度満足度が高まった消費社会ではよく見られる消費パターンとして、割り切れないこともない。あせって買わなくてもよいだけの物は取りあえず身の回りにあるので、相当選択して支出する。さらに、なんとなく不安なので今は何もしないでしばらくは貯めておく一種の「ゆとり」があることも、反映されているかもしれない。

 3つ目は、設備投資が従来に比べれば立ち上がり時期が遅れたことである。設備のストック調整は終わっているが、バブル期に行なった多額の設備投資の結果、今残っている設備の過半は従来型の商品分野であり、そこではストック調整が終わっても、能力増強投資をするようなものではない。

 それから、今回は非製造業と中小企業セクターでの設備投資が従来に比べて振わない。これには、資産デフレに伴うバランスシート調整や大企業を中心とする海外生産シフトが影響している。抽象的に整理すると、需要者も供給者もグローバルな意味での生産要素の最適配分と最適調達をする。このため、グローバルに要素価格の均等化現象が起ることになる。下請け筋からみれば、納入価格を3〜4割下げろと言われることになる。

 結局、設備投資は回復してきたけれども、従来に比べて回復時期が遅れ、かつ中身が更新投資とか情報化投資が中心となっている。第1次オイルショック後の回復局面での設備投資は2段階調整をしており、それと比較すればまだましであるが、それ以外の回復期に比べれば、今回の回復局面における設備投資は今ひとつ力不足となっている。

 4つ目は、政策誘導型の需要も景気回復の中間段階で実は小休止したことである。

 このほかにも、不完全燃焼で景気回復の実感が持てない要因はある。一つは「2極分化」である。これは、国際比較優位セクターと国際比較劣位セクターがはっきり定着したことである。今までは右肩上がりであったので、一度循環的な底になってもそこを何とか生き残れば、国際的に劣位であっても上昇の波に乗れたが、今回は多少の回復ではもはや国際競争に太刀打ちできないほどの高コスト構造になっている。こうしたことから、比較劣位の分野には景気回復の波及効果がなかなかやって来ない。

 もう一つは、GDPデフレーターの動きである。GDPデフレーターのレベルは、93年10〜12月期の景気の底の後、横這いないしは弱含みで推移している。これは、名目の経済のパイも横這い(数量では伸びている)ということである。これを一言で言えば価格破壊であるが、要素価格(資本、労働、土地)のグローバルな均等化現象が起った中で、内外価格差はもちろん、製造業、非製造業間の内々価格差も縮小しなければいけない。さらには、物の値段、サービス(人件費等)の値段そして資産の値段の3つの価格の間の体系を適正化する圧力が働いた。

 例えば、資産価格とは、そこから得られる収益の将来のフローを現在価値に直したものであることから、それとの対比で資産価格が上昇しすぎたことへの適正化現象が起こっている訳であり、株、土地の値段の下落でみればそれが分かる。GDPデフレーターが横這いということは、名目の世界である経済活動においてはどうしても景気回復感が乏しいことに繋がる。その背景には、私は結果だとは思うが、マネーサプライの伸び悩みがGDPデフレーターの横這いともかなり連関性があると思う。

 これまでみてきたように、今般の景気回復が過去と比べて大変異例な性格をもっており、それが景気判断を難しくし、皆さんの実感と発表計数との間にずれがあることに繋がっている。しかし、ここで是非申し上げておきたいのは、名目の世界は低迷したが数量的にはそれなりに経済は拡大し、従って生産は過去の回復局面と比較してもあまり遜色のない上昇を示していることである。景気が悪いと言う場合に水準で言うのか、流れの方向性で言うのか、どの局面と比べているのか(高度成長期、平成不況のボトム等)、前年もしくは前月と比べてか、比べるのは売上か収益か、数量か額か、計画と実績か、このあたりについて景気論議も統一基準がなくてややバラバラになっている。この点、生産数量という観点からは、水準・方向とも今回の回復は過去と遜色ない状況となっている。

 そのなかで、足許の景気のポイントとしては、消費と設備投資という純粋国内民間需要が自律的な回復のプロセスの中にあるかどうかであり、日本銀行としてもそれを注意深くみているところである。消費支出と設備投資を合算したベースで過去の回復期と比較すると、少なくとも第1次オイルショック後の回復軌道に殆ど近い形で今回もずっと展開してきた。ただし、4〜6月期は消費税率引き上げの反動減という局面で下振れており、その後どうなるかといった点が最大のポイントになる。残念ながら、需要は少し落ちている。メーカー側は多少消費税率引き上げの反動減は念頭に置いていたが、想定していたよりも落ちている。従って、今、生産、在庫調整を行うプロセスに入っているが、過去のように根拠のない過大な需要見込みを必ずしもした訳ではないようにも思う。もし、意図せざる在庫の積増しということになれば、調整圧力がしばらく続くことになるが、現在、在庫の過剰感が出ているのは自動車、家電製品といった最終消費財と建設財である。

5.平成不況をもたらした下降波の大半は既に一巡

 現状及び先行きの景気について若干触れたいと思う。90年代前半に平成大不況をもたらした時の下押し圧力をもう一度整理すると、(1) ストック調整、(2) 質的に従来と違う厄介な円高、(3) 世界的な大競争時代、(4) 資産デフレという4点である。しかし、(1) 〜(3) までのうねりは現状ではほぼ一巡しているのではないだろうか。ストック調整は設備についても終わっていると思うし、また、円高もむしろ今は円安気味になっている。なお、円安、円高については皆様の持っている尺度が違うことから、自分の会社のコストと比較してそうではないと思われる方もいるかもしれないが、現状は、俗に言う円安状態とみてよいのではないか。それから、大競争時代の環境が大きく変化した訳ではないが、アジア経済も一つの調整過程にある。確かに、アジア通貨が円に対して弱くなっている分、対日輸出競争力がつくかもしれないが、アジア経済にかつてほどの元気がないことは、平成不況時のアジアとの競争に伴うマイナス効果に比べると現状はそんなに悪化している訳ではないということである。国際水平分業の流れも一巡し、この面の圧力も後退した。

 足許、景気論議が盛んになっているが、日銀としては、企業の景況感が足踏み状況にあり、消費税率引き上げ後の需要反動の影響が少し長引いているという評価をしている。この先これがどうなるかといえば、平成不況の時のような大きな下押し圧力がないことから、仮に足踏み状況が長引き先行き景気後退色が出たとしても相対的に軽微ではないかと大枠としては思える。ただ、難しい問題は、先ほども申し上げたように、資産デフレである。これは、かなり調整は進んできており、当時に比べればもちろん状況は良いが、ここ2〜3週間の一部の金融機関の破綻の表面化等からくる心理的な影響をとくに消費との関連ではどのくらいに考えるのかがポイントとなろう。

 少なくとも企業セクターについて申し上げれば、ひと頃に比べれば損益分岐点比率も製造業ではとくに改善しているし、人件費についても様々な努力により売上高人件費比率も良くなってきている。直近期では、若干上昇するような動きも一部のセクターにあるが、大きな流れとしては改善している。人件費は労働慣行からすると固定費的なものとの認識であるが、パートの活用、臨時工の活用等非常用雇用の活用によって、一部変動費化するような対応も進められている。先行き需要が減少する時には非常用雇用部分が調節弁となることにより、以前に比べて企業経営のクッションが増している。稼動率もほどほどよくなってきたので固定費もうすめられている。大勢感としては引き続き企業の大半は増益基調を維持し、堅実な設備投資は期待できるだろう。

 アジアの経済が少し変わったということで、その悪影響は潜在的にはあるが、輸出が成長にプラス寄与していく局面は暫く続くだろう。したがって、設備投資、輸出は小じっかりとした展開が期待できる。こうした中で、公共投資と住宅投資は当面期待できない。となると、最後は消費のところへ話が戻ってくる。

 この消費については、非常に難しいところである。消費性向については、パラダイム・シフトが起っている環境であるから、新古典派などの経済理論が教えるような形で素直に消費性向が動くかどうかはわからない。いずれにしても、先程来申し上げている将来に対する漠たる不安、これが消費性向にかなり効いているのも事実であることから、そのようなところにきちんと手当てをしていくことが必要である。何が漠たる不安かわからないが、資産デフレ問題、金融システム不安もその一部と考えると、日本銀行は大蔵省共々金融システムの安定維持に全力を尽くす所存であるので、この点を十分ご理解頂いて、漠たる不安を少しでも解消して頂ければと思う。それが払拭できると、消費の基本的環境はさほど悪くない。確かに政府が9兆円を個人部門から吸い上げた影響は目先まだ残るかもしれないが、物価は大変落ち着いているし、雇用も所定外労働時間が伸び率ゼロ(残業減少)となっているように、労働投入量に限界的には一部影響が出ないとは言わないが、常用雇用については引き続き小じっかりとした動きである。物価、雇用といった消費の基本環境は悪くはない。従って、もやもやとした不安感に対してきちんとした答えが出せるようであれば、消費性向が下がり放しということは決してないと期待している。

6.まとめ

 日本経済の「パラダイム・シフト」に伴う「ゆらぎ」が90年代にある。それがいい形で、つまり日本経済の質を向上させる形で、収斂できるのかということを多角的に議論する必要がある。その一環として、あまり需要サイドから経済をみるよりも供給サイドからみていくようにしなければならない。今度の経済対策で規制緩和が打ち出されたが、これに対しては、市場が必ずしも良い反応を示してはいないが、私は中長期的観点からサプライサイドからの活性化が必要であり、その一環として戦略的な規制撤廃は非常に効果があると思う。また、何よりも技術革新が必要であり、税制も含めてソフトなインフラがサプライサイドに馴染むような形に発展的に進化していくようなことも必要である。

 後ろ向きな対応としては、繰り返しにはなるが資産デフレの問題をアク抜け感が出るようなかたちに早期にもっていくことも必要である。

 結局、今はポストキャッチアップ時代であるのに、これまでキャッチアップで前のめりにきて、その段階をとっくに過ぎたにも拘らず、まだ姿勢はキャッチアップというところに問題がある。キャッチアップをしてある水準に到達したところでもう一度人間という基本スタンスに戻って、何を経済として果たすのかを考える必要がある。しかも、経済に力点が置かれ過ぎるのも問題であり、政治、行政、経済、教育、文化全てを含めて日本のポストキャッチアップ時代のあり方を考えて行くことが必要である。

 個人的には、経済の役割を過不足なく認識することが重要と感じている。昔のように国家目標のようなものが経済的に存在しそれに早く到達しようという時代ではないし、裕福になった分価値観も多様化してきていることから、一つの目標に絞るという方向はとれない。もし何かあるとすれば、最低基盤を整えること、例えば「一人当たりの実質の可処分所得」を現状維持、できれば向上させるようにシステム全体を編み直していくことである。それさえできれば、あとは個人がどのように生きていくかは自由な社会とすべきである。経済の役割は肥大化した形ではなく、過不足なくバランスのとれたものとして位置付けられていくことが必要と思う。

 私の話は以上であるが、「なぜ分かりにくいのか」という演題で益々分かりにくくさせてしまったのではないかと心配している。公の立場で話すことはこんなに難しいのか、やはり、あまり世の中に顔を出さない方がいいのかなとも思うが、日銀は変わろうとしているので、今後ともよろしくお付き合いを頂きたいと思う。

以上

本文中の内容および意見等は講演者個人に属します。