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最近の金融経済情勢

平成10年6月29日・日本経済研究センターにおける植田審議委員講演

1998年 7月 9日
日本銀行

1.1997年度の実体経済

 本日の講演タイトルは「最近の金融経済情勢」ということであり、この点について幾つかのポイントをお示しするとともに、今朝発表された短観の内容にも触れてみたい。その上で、今後、金融政策を含めた経済政策についてはどのような対応が望ましいか、という点について話してみたい。

 最近の実体経済をみると、昨年度後半から急速に景気の低迷感を強め、それが今年度に続いている。この昨年度から今年度にかけての動きについて、教科書的には次のように整理できる。まず、97年度については、経済に対して幾つかの負のショックが発生した。その影響は昨年度に止まらず、今年度についても引き続き現れている。これに対し、総合経済対策の実施が決まる等、プラスのショックも現われ始めている。この両者の綱引きによって、今後の経済動向が決まってくると考えられる。

 昨年度から始まった総需要に対するマイナスのショックを整理すると、第1に、財政政策が、96年度までの景気刺激的なものから、急遽、景気抑制的なものに転じたこと、第2に、アジア経済危機が発生したこと、第3に、日本において金融システム不安が深刻化したこと、があげられる。これらは、例えばGDP統計上の各需要項目の幾つかにマイナスの影響を及ぼした。財政支出の減少は明らかであるし、増税は消費にマイナスの影響を及ぼした。また、アジアにおける経済危機は、わが国の輸出減少をもたらした。さらに、金融システム不安も様々なチャネルを通じて各需要項目にマイナスの影響を及ぼしたと考えられる。特に、幾つかの大手金融機関が実質的な破綻に追い込まれたこと、それら金融機関における従業員の失業という現象をもたらしたこと、さらに、これらの動きが全般的に、日本経済の先行きに対する中長期的な不透明感を強めることに繋がり、結果的に消費にマイナスの影響を及ぼした可能性を指摘できる。

2.1998年度の実体経済の行方

 通常、何らかのマイナスのショックが経済に加わると、直接の効果に加えて、様々な波及効果を伴ってより大きなマイナスの影響が、長い期間、経済に及ぶ。既に98年度に入った現段階は、この意味で波及効果が現れつつある局面ではないかと思う。一般的に、最終需要が減少すると、生産が落ち、これが労働市場等を通じて人々の所得の減少に繋がり、消費支出の一層の減少をもたらす、というメカニズムが働く。また、企業の売上が落ちれば、在庫は積み上がり、やがて在庫調整が始まる。これが大規模化すると収益の低迷も加わり、設備投資の調整にも繋がる。このように、一旦発生したマイナスのショックは、徐々により大きなマイナスの影響を経済に及ぼしていく。

 ただし、こうしたマイナスの影響について過度に悲観的になる必要はない。1という独立のマイナス・ショックが生じた場合、全ての波及効果を足し上げると、経済に対してどの程度の影響を及ぼすか、という点を表す概念が乗数である。例えば、公共投資の乗数は1.3~1.4と言われているが、これは、1という公共投資の減少があった場合、最終的なGDPの減少は1.3~1.4になることを意味しているが、同時に、1に加わる追加的なマイナスの影響は0.4に過ぎない、ということでもある。したがって、やや乱暴に言えば、1の部分が昨年発生し、0.4の部分は今年発生するということで、今年のマイナスの影響は昨年ほどには大きくない可能性がある、という言い方もできる。

 このような意味での影響が、今年度はじわじわ出てくる訳であるが、一方において、かなり大規模な総合経済対策が打ち出されている。この効果がどの程度になるかは多少見方が分かれているが、様々な推計結果をみると、全ての乗数効果を含めて、GDP比+1~2%程度の寄与があるとの見方が平均的で、そのうちのかなりの部分が98年第3四半期以降に発現すると予想される。したがって、足もとの景気が悪くても、必ずしも今後はこの状態が長期間続く訳ではないとみることもできる。

 加えて、経済には様々な自律調整メカニズムが存在する。例えば4月頃からは、長期金利が低下し、為替レートが円安方向に向かうという動きが目立っている。こうした動き自体は日本経済に対する悲観的な見方を反映したものである。しかし、金利の低下は景気刺激効果を持つし、円安は純輸出の増大を通じて、やはり景気刺激的な効果を持っている。このように、経済実体が悪いという点が、価格メカニズムを通じて、逆に経済の立て直しに繋がっていくという面もある訳である。したがって、本来であればそれほど大きくはないかもしれない昨年度から続いているマイナス・ショックの波及効果と、今後出始める総合経済対策のプラス効果とをしばらくは見守るべき状況にある、というのが常識的な見方であろうと思われる。

 ただ、以上のような常識的なストーリーに対して、次のような2点のqualificationを指摘しておきたい。第1は、やや悲観方向に振れた話であるが、しばらく前に公表された98年第1四半期のGDP統計のうち、設備投資の数字に関してである。このQEは全体的に悪い数字であったが、特に設備投資が大方の予想以上に大きくマイナス(実質GDP、前期比寄与度−0.9%)となった点が目を惹いた。設備投資は通常、景気が悪くて他の諸変数の動きが芳しくないと、その影響を受けてマイナス方向に動く。しかし、公表された設備投資のデータは、98年第1四半期の時点で既に大きなマイナスの屈折を示していた。この数値には統計的な誤差が含まれている可能性もあるが、仮に設備投資の実体が公表通りのものであったとすると、マイナス方向に動いた時期がやや早すぎるように感じる。そうだとすれば、先程申し上げたように他の諸変数の動きにつられた設備投資の通常の屈折と考えるよりは、むしろ昨年、マイナスのショックが発生したのと同時に、あるいはショックに対する直接の反応として、設備投資がマイナスに屈折したという可能性も否定できない。

 例えば、様々な意味において、中長期的な経済の行方に対するコンフィデンスが低下しつつあり、これに対する直接の反応として、設備投資もマイナスに屈折した可能性がある。あるいは、金融システムの問題が特に中小企業に対する貸し渋りの動きを強め、設備投資のマイナスの屈折に繋がった可能性もある。したがって、昨年のマイナス・ショックの出発点の1つとして従来から指摘されている財政、消費、輸出といった項目に加え、設備投資も、その中の1つであった可能性があるように思う。

 第2のqualificationは、昨年から今年にかけての需要項目の低調な動きの背景として、これが単純な一過性の需要の減少というよりは、やや中長期的な経済の見通しの悪化、それに対応した需要の減少という側面があると考えられる点である。例えば、消費支出の動きをみるために、日本銀行情報サービス局が公表した「生活意識に関するアンケート調査(3月実施)」の結果を紹介したい。ポイントは、調査対象となった家計には消費を切り詰める動きが目立つ訳であるが、その理由として、「所得が減少したから」という面はもちろんあるが、「将来の所得が減るのではないか」との予想を理由にあげる家計が通常時以上に多いという点である。

 例えば、「支出を減らしている」と回答した家計は全体の41%であるが、その内容を「所得が増えた家計」「変わらない家計」「減った家計」別に見てみると、「所得が変わらない」と回答した家計のうち、1年前の前回調査では88%の家計が「消費を切り詰めるか横這いに抑える」と答えている。これが今回調査では95%に上昇した。また、「所得が増えた」と回答した家計のうち、前回調査では68%の家計が「消費を切り詰めるか横這いに抑える」と答えているが、今回調査では85%に上昇した。このように、所得が必ずしも減少していないにもかかわらず、消費を切り詰める動きが目立っている。

 では、なぜこうなるのかという点について、「支出を減らしている理由」をたずねた質問に対する回答(複数回答可)をみると、「将来の仕事や収入に不安がある」が61%と、回答率が最も高かった。次いで、「税制や医療保険制度の改正等に伴う負担の増加」が49%、「年金や社会保険の給付が少なくなるとの不安」が48%となっており、現在の所得が下がっていることを理由とする回答(「不景気やリストラ等による収入の頭打ちや減少」)は33%に過ぎない。

 また、日本経済の中長期的成長力、すなわちポテンシャルに関する設問に対しては、「長い目で見ればあまり成長は期待できないと思う」とする回答が半数以上(54%)となっているが、その理由(複数回答可)として、「高齢化・少子化」が55%に上っている点は予想できるところであるが、次いで「財政問題の深刻化」が51%、第3位には金融システムの不安定性の問題(「金融システム問題」)をあげる人が40%もいた。さらに、最近の金融機関の経営破綻に関する受け止め方についてたずねると(複数回答可)、48%の人が「金融機関に預けてある自分の貯金が大丈夫か不安だ」と回答している点は予想されるところではあるが、同時に、49%の人が、必ずしも金融業に従事している訳ではないが「自分の仕事や収入の面にも悪い影響がないか不安だ」と回答しており、将来の仕事や収入に対する不安感の増大が感じられる。

 このように、最近の需要低迷の動きの背後に、日本経済の中長期的姿に対するコンフィデンスの低下、という要因をある程度指摘できるのではないかと思われる。さらに、株式市場、外為市場、債券市場等の資産市場の動きをみても、このように解釈すると辻褄が合う、という側面が多いと感じている。

 では、なぜコンフィデンスが低下したかというと、第1に、不良債権問題が長期化し、これがすっきり処理される見通しがなかなか立たなかったという点があげられる。第2に、財政政策の動きにも問題があったように思われる。すなわち、96年度にかなりの規模の財政からの刺激を行った後、97年度には急激にこれを引き締め、現在これを再び戻しつつあるが、このようなストップ・ゴーの財政政策運営がコンフィデンスを低下させ、ここへきて急に拡張気味に運営しても、それが経済に大きなプラスを与えるという予想を作り難い状態にしてしまった可能性は否定できない。

3.日銀短観の6月調査結果

 次に、足もとの経済情勢について、短観を例に2~3のポイントを指摘してみたい。景気に対する総合判断を業況判断D.I.等からみると、引き続き景気に対する企業の見方は厳しく、例えば3月短観との対比でみるとさらに悪化している。ただ、悪化の幅は、直前のマーケット予想ほど大きくはなかった。こうした中で目立つ動きは、大企業と中小企業の格差である。直前のマーケットでの予想との対比でみると、主要企業・製造業の業況判断は、マーケット予想が-42%であったのに対し、実際には-38%と予想より上振れた。一方、中小企業・製造業では、マーケット予想が-49%であったのに対し、実際にも-49%とマーケット予想通りの厳しい姿となった。中小企業が厳しい状態にあるという点は、92、93年以来の景気低迷の中で常に指摘されており、これが引き続き尾を引いていることは見逃すことができない。

 ただし、マイナスの材料ばかりではない。今申し上げたように一部の業況判断D.I.が、市場予想ほどには悪くなかった訳であるし、業況判断や売上・収益等の調査項目をみると、今年度の上期については前回調査比下方修正されている項目が多いが、下期は大きなプラスになっている部分もみられる。例えば、主要企業・製造業(除く石油精製)の経常利益予想をみると、10年度上期は前年度比-24.0%であり、前回調査比-13.8%の下方修正となった一方、下期については前年度比+23.6%の増益であり、前回調査比+6.3%の上方修正となっている。このように、全く真っ暗ということではなく、9月以降にかけて景気が上向いてくるかもしれないという期待は完全に払拭された訳ではないと思われる。

 さらに、非製造業の中で、水準としてのマイナス幅は大きいが、上方修正気味に動きつつある業種としては小売業が目立つ。これは、現在の不況の中心的コンポーネントである消費の動きにおいて、明るさが見えてきたとは言えないまでも、下げ止まり感が出てきたことを示しているのかもしれない。以上のように、短観の数字からみると今後もさらにどんどん落ち込んでいってしまうという感じではない。ただし、中小企業を中心に悪い状態が続いていることに変わりはない。

 短観の話の最後に設備投資について申し上げると、われわれが一番気にしていたのが中小企業の設備投資計画の数字である。98年度の中小企業・全産業ベースでみると、3月調査では前年度比-19.1%となっていた。よく知られているように、短観における中小企業の設備投資は、年度期間中に計画を次第に上方修正していく動きを示す。したがって、6月短観においては前回調査比どの位の上方修正になるかを注目していた訳である。通常のパターンでは、3月調査から6月調査にかけて+10%程度の上方修正になるが、6月調査では上方修正がほとんどみられず、ほぼ横這いの数値となった。したがって、10年度にかけての設備投資は中小企業を中心に、未だかなりの不安感を残している状況にある。ただ、GDP統計で確認されたような97年度第1四半期の設備投資の急速な減少については、これが短観の数字の上ではどのように説明できるのか、という点については、もう少し時間を頂いて、さらに他のデータとも突き合わせつつ分析してみないと明確なことは言えない。少なくとも足もとの設備投資はやや悪いということである。

4.望ましい政策対応

 以上の経済情勢についての見方を前提に、どのような政策対応が望ましいかを考えてみよう。もちろん不況であるから需要を増やすことが必要ではあるが、先程来申し上げているように、需要低迷の背後には中長期的な経済の姿に対するコンフィデンスの低下、あるいは政策運営のあり方に対する不安感があるという点を考えると、これらの点に直接働きかけるような政策が望ましい。それは1つには不良債権対策であり、もう1つの可能性としては財政政策がある。不良債権対策については後程触れることにして、財政について申し上げると、これまで、ストップ・ゴーを繰り返してしまったという点を踏まえれば、今年度のみならず、来年度にかけてもある程度の展望が持てるような財政政策を打ち出すことが、コンフィデンスの回復に繋がる可能性を持っていると言えよう。

5.不良債権問題

 次に、不良債権問題であるが、この問題の解決は、経済を立ち直らせるためには望ましい対応の1つである、ということを否定する人は少ないと思う。私個人の考えでは、不良債権問題だけをきちんと処理しても、経済は完璧には立ち直らない。米国では、90年から92年にかけて、かなり厳しい金融システム不安を経験した。その後、金融システム不安を次第に解消し、経済も立ち直っていった。ただ、米国においては、金融システムの問題をきちんと処理したから経済が立ち直ったという面もあるかもしれないが、やはり色々なデータから読み取れる因果関係としては、経済が立ち直ったから不良債権問題の処理も進んだ、という側面が強いように思われる。したがって、不良債権問題がさらに悪化する、あるいは処理が進まない、というような不安感をなるべく早く取り除くための政策は明らかに必要であるが、それだけで経済が中長期的な成長軌道に復帰する、と考えるのはおそらく早計であり、他の側面から実体経済に立ち直りのきっかけを与えることがやはり必要である。また、その中において不良債権問題の解決もよりスムーズになるという点に注意が必要だ。

 まず、90年代に入って以降をみると、政府、金融当局の不良債権問題に対する対応は、残念ながら後手後手に回ってしまったのではないかと考えている。例えば、米国におけるS&Lの問題は、80年代半ばには既に問題の深刻さが理解されていたにもかかわらず、実際に対応が取られ始めたのは80年代後半になってからであった。その結果、必要な措置や公的資金の投入額が大きく膨らんでしまったという経験を我々は見ていた訳である。こういう例から十分学習できなかったという責任は、政策当局にあるように思う。

 対応が遅れた、ということの象徴的なポイントとして、不良債権の開示の遅れがある。この点については現在、各方面から声が上がっているが、不良債権の開示をより幅広く進めていく政策は方向感として正しいのではないかと思う。また、開示を進めることは、単にそのことだけに意味があるのではなく、ゆっくりとした対応をとってきたという過去の政策から決別する、という方向感を伴ったものと言えよう。

 具体的な対応については、政府から様々な措置が打ち出されてくる状況にあるため、ここでは私個人の考えとして、それらの対策の背後にある考え方について申し上げてみたい。

 大きなポイントは、これまで以上にプライス・メカニズムを活用して不良債権問題の解決を図る、あるいは金融システムの再生に繋げていく、ということにある。

 まず、いわゆる貸し渋りという現象があるとすれば、これは、銀行から借り手企業に十分資金が流れていない、あるいはその前の段階において、銀行に対し資本という形での資金提供者がいないことに起因する。しかし、これは考えてみると奇妙な現象である。現在、銀行が引き揚げようとしている貸出は、その全部ではないとしても、一部は銀行にとってもハイリスク・ハイリターンの収益源であろう。従って、こうした先にも一定の範囲内で貸出を行い、ある程度高いプレミアムを付けて利鞘を稼ぐことは収益に寄与するはずである。このように考えれば、一般には貸出のリスクが高いとみられているような中小企業に融資をすれば、逆に大きく儲けられることが予想できる。そういう機会があるにもかかわらず、銀行部門に資金が出て行かない、銀行部門が自己資本を増強することが難しくなっている、という点が大きな問題である。

 なぜそのような状況にあるのか、幾つかの点を指摘してみたい。まず、潜在的な投資家が既存の銀行に資金を出そうと考えた場合、現状ではその資金使途を予想すると、結局、未だ十分進んでいない既存の不良債権の処理に利用されるだけであり、これでは十分なリターンを稼ぐことはできない、あるいは、その銀行にはどの程度の不良債権があるか分からず、資金を出すのに躊躇する、というような状況ではないだろうか。

 そうだとすれば、やはり不良債権処理を目に見える形で推進していくことが望ましい。その方法としては、よく指摘されているように、貸出債権や、担保となっている土地の売買市場を整備するための規制緩和、あるいは法律面・税制面からの措置を講じていくことが有効である。こういう市場が整備される意義は、抽象的に言えば、それらの資産に対する市場価格がより正確に判明する点にある。眠っている担保の価値がいくらか、ということがよりストレートに分かるようになる。こうした動きが進めば、不良債権の処理自体が進捗するばかりでなく、現在の不良債権額の規模等開示に関する情報も、より質の高いものになることが期待できる。

 また、こういった措置と並行してディスクロージャーを推進していくわけである。その結果、経営状態が相対的に良好な銀行は市場での資金調達がより容易になり、厚い自己資本をバックにして貸出を増やすことができる一方、経営悪化行は厳しい状況に追い込まれることを余儀なくされるであろう。その際、注意すべきなのは、当局として経営悪化行を単に放置し、混乱に追い込むということでは、結局不良債権問題や金融システム問題の解決にはならない。経営破綻行、あるいは経営悪化行の処理対策がしっかりと準備されて初めて情報開示を促進していく動きも有効性を持つ。言い換えれば、現在は、完全に市場に任せておけば良いという状態ではない。先般準備された30兆円の資金を利用し、経営破綻行については預金者保護の観点からの17兆円、自己資本の充実という観点からは13兆円の公的資金を、速やかに投入する道筋を付けることが必要と思われる。

 その際、特に第2分類に属するような一部の借り手に関して、借り手が金融機関処理の途中で倒れてしまうような事態が起こらない仕組みを整備することが重要である。例えば、ある銀行が第2分類債権を開示すると同時に、これは不良債権であるから大量の引当を積まないといけない、したがって第2分類債権は少なければ少ない程良い、だから貸出を回収してしまおう、ということで、比較的安全な貸出先に対してまで貸し渋りが強化される方向に向かうことは避ける工夫が必要である。

 このような点を考慮に入れた上で、不良債権問題全体について処理方針と実施の時期を明示して、国民から、あるいは海外から納得を得ることにより、不良債権問題について打ち止め感を出すことが必要であると思う。

6.金融政策の課題

 最後に、金融政策について申し上げる。

 まず、その前提として物価動向について見ておきたい。消費者物価指数でみると、足許のインフレ率は、一時的な要因を除去すると、ほぼゼロの水準にあると考えられる。気になるのは先行きのインフレ動向である。いわゆるデフレ・スパイラルについては、そのリスクはある程度存在すると思われる。どの程度存在するか、最も悪いケースを想定してみよう。すなわち、総合経済対策の効果は今後現れてくる部分が圧倒的に大きい訳であるが、それがほとんど幻に過ぎないものであったと仮定し、しかも、現在までに明らかになっている悪い指標だけを利用して、半年後のCPIインフレ率を予想してみる。その関数関係は、過去のデータを用いて推計するが、その推計した関係に、足もとの経済実態を当てはめてやると、半年後のCPIインフレ率が算出できる。私自身が推計した結果をみると、やり方にもよるが、ゼロから2%程度のマイナスとなる可能性は否定できない。もしこれが現実化すれば本当のデフレということになる。これはあくまで総合経済対策のプラス効果が全く出てこない場合を前提としているが、一応リスクとしては念頭に置いておく必要はある。名目金利は短期がほぼゼロ、長期金利が1%台前半という水準にあり、低下の余地は非常に限られている。こうした状況の中でインフレ率が低下を続けると、名目金利からインフレ率を差し引いた実質金利は上昇を続け、それが再び需要を冷やし、物価をさらに下げるという悪循環に陥る可能性がある。そうなれば、名目金利を下げる余地が無いため、経済はどんどん悪くなってしまう状況に突入する訳である。

 ただ、そういった最悪のケースが起こる可能性は排除できないかもしれないが、短観の結果をみると、9月以降経済は上向くだろうという予想も実体経済の中に存在する。したがって、そこまで悲観的になる必要はないと思われる。

 こうした中で日本銀行はどのように行動してきたか、であるが、その点を含めて、金利、マーケット、あるいはマネーの量の動きを復習すると、明らかに昨年の11月以降、マーケットでは様々なリスクに非常に敏感になり、超低金利政策の継続にもかかわらず、金利の上昇する気配が色々な側面で見られていた。いわゆるターム物金利は、昨年11月から本年2月頃を中心に大幅に跳ね上がっている。また、社債等の市況をみると、格付が相対的に悪い企業に対して大幅なリスクプレミアムが乗った状態が起こっている。

 こうした中で、日本銀行は中長期の社債市場では直接のオペレーションは実施していないが、オーバーナイト・コールレートを0.4~0.5%に抑えるとともに、ターム物金利の跳ね上がりを抑制するため、様々なオペレーションを行ってきた。

 また、量的側面でみると、日本銀行は結果的にかなりの量の資金を供給してきたことがデータ上、明らかである。例えば、M1や現金の動きをみると、96年に一旦非常に高い伸びを示したが、昨年後半においても現金通貨は10%前後の高い伸び率を記録している。これは、金融システム不安の中で、家計や企業がより安全性の高い資産に対する需要を強め、また、これに対して日本銀行も、需要の高まりに応じて量を出すというタイプのオペレーションを行っていることによる面もあるが、金利の低下がこうした動きを支えたという面もある。

 それでは次に、今後の金融政策運営について申し上げたい。

 景気の局面をまとめて申し上げれば、足もとは非常に悪い指標が多く出ているが、本年度後半にかけて全く好材料がないという訳ではない。ネットでみると今年度後半がどうなるかは分からない、という状況にある。しかし、足もとは引き続き悪いという点に着目して考えると、本来であれば金融緩和を行っても不思議ではないような局面にある、と言うこともできる。

 ただ、その場合には、金利を引き下げる余地が既にほとんどない中で実施するという意味において、非常に難しい選択を迫られる。しかも先程来申し上げているように、景気低迷の背景には、経済主体の中長期的な経済の姿に対するコンフィデンスの低下があり、さらにその背後の要因として、財政や不良債権問題があるため、これらの問題に先ず対応することが、政府部門全体としての望ましい対応であると思われる。その場合、金融政策については、現在のオーバーナイト・コールレートが0.5%以下である現在の低金利政策を継続することは、実はそれだけで大きな拡張的な政策、あるいは景気刺激的な政策としての意味を持っている。

 例えば、マンデル・フレミング・モデルという開放経済の経済政策を論じるモデルによれば、拡張的な財政政策を政府が実施した場合、それによって景気が上向く、あるいは政府が国債を増発することにより、金利が上昇を始める。この金利上昇が、財政政策の持つ景気拡張効果を少なくとも一部は打ち消してしまう、という結論が導かれている。仮にそういった状況の中で、日本銀行が低金利を継続させるオペレーションを実施する場合には、財政政策の景気拡大効果を強める方向に働くという意味で、景気拡大をサポートする金融政策になると考えられる。したがって、実は、低金利政策を継続するだけでも、金融政策としてはかなりの責任を果たしていると考えることができる。

 しかし、それはともかく、さらに一層の金利引き下げを行う必要はないのか、と重ねて問われれば、必要に応じて行動するということしか、現在は申し上げられない。

7.量的金融政策について

—— 聴講者の方の質問(実質金利が上昇するリスクが出てきた場合の政策対応として、不良債権処理と拡張的財政政策の組み合わせに加え、一種の期待インフレ率を引き上げるための、より緩慢な金融政策を実施することにより、金融緩和の効果を少しでも引き上げることができるという考え方は間違っているのであろうか。もう少し積極的に金融緩和を進め、かつ、拡張的財政政策を組み合わせれば、少しは景気に対するプラスの影響が出るかもしれないと思うのだが。)に答えて。 ——

 通常の金利政策は、例えば、オーバーナイト・コールレートが0.4~0.5%という水準にあるため、政策を実施すること自体がかなり限られてきている。しかし、それでももう少し何かができないか、というご指摘に関連して申し上げれば、学界の一部で有力になっている、量的金融緩和策という考え方が存在する。

 簡単に説明すると、現実にこれに近いことを実施した例は幾つかあるが、よく知られているのは、米国のFEDが70年代後半から82年にかけて、マネーの量を絞り、インフレ率を下げるために採用したことがある。量を増やす(減らす)政策は、必然的に金利を低下(上昇)させるため、金利を低下(上昇)させる政策と、本来それ程異なるものではない。

 若干異なる点があるとすれば、次のとおりだ。デフレ(インフレ)期には、名目金利を下げても(上げても)、期待インフレ率が下がり(上がり)つづけている可能性があり、名目金利マイナス期待インフレ率である実質金利はかえって上昇(下落)し、デフレ(インフレ)傾向を止められないかもしれない。これに対して、マネーを大量に市場に放出(市場から吸収)していくことを中期的にコミットすれば、名目金利が下がる(上がる)のと同時に、期待インフレ率が上がり(下落し)、より確実に実質金利を低下(上昇)させられる可能性がある。

 付け加えれば、デフレ局面で名目金利がきわめて低い場合には、金利操作のみによる実質金利低下余地は限られている。この意味でも、期待インフレ率を通じる経路を大事にする根拠があるわけだ。

 量を重視する政策は、このような意味で、通常はあまり意識されないが、高インフレ期・デフレ期や名目金利がゼロに張り付きつつある場合にしばしば検討される。理論的に言えば以上であるが、実際にそのような期待通りの効果が得られるかどうか、特にデフレに入ろうとする局面においては、実験例が非常に少ないため、よく考えてから使わざるを得ないタイプの政策であると申し上げておきたい。

 また、ややこれに似ているけれどもプリゼンテーションの仕方が異なる政策として、インフレーション・ターゲティングという政策もある。

 これは、例えば、現実のインフレ率が-0.5%、-1.0%と低下し始めた場合に、中央銀行として目標とするインフレ率を例えば+1.5%である、+2.0%である、とアナウンスして、この設定目標に向けて可能なオペレーションを動員していくタイプの政策である。これの目指すところは似ているが、プリゼンテーションの仕方は少し異なる。この政策のデメリットとして、インフレを抑えるための組織であるはずの中央銀行が、インフレを助長するような政策を採って良いものか、という点を問題視する向きもある。しかし、インフレーションを抑制することが責務であると同時に、デフレに陥る状況を避けることもおそらく中央銀行の責務であろう。

以上