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流動性需要・リスクプレミアムと中央銀行

平成11年2月8日・東京外国為替市場委員会・日本フォレックスクラブ主催フォレックスセミナーにおける植田審議委員講演録

1999年 2月17日
日本銀行

 本日は、長期金利の決定要因についてややアカデミックな観点から解説を試みたうえで、過去1~2年間に日本銀行が実施してきた対応についての考え方、および最近の金融政策について議論してみたい。

長期金利の決定要因とリスクプレミアム

 最近の長期金利の上昇に関して市場参加者の間では、「需給が悪いので金利が上昇した」との表現が頻繁に用いられている。しかし、資産価格にしても財の価格にしても、「需給」で決まるのはいわば当然であり、「需給」が金利を決定するという表現は何も言っていないことに等しい。従って、市場参加者が用いている「需給」という言葉はそのように単純な意味ではないはずである。市場参加者が「需給」と表現する内容をアカデミックな言葉に置き換えてみると、「リスクプレミアムの資産価格ないし利回りに対する影響」と表現できるように思う。

 例えば、長期金利の決定理論として、金利のターム・ストラクチャーに関する基本的な考え方がある。これは「現在の長期金利は、現在から将来への予想短期金利の平均値で決まる」というものであり、市場がリスクを意識しない参加者のみで構成されているのであれば、その通りになる。しかし通常、長期金利はこの予想短期金利の平均値(ないし加重平均値)に何らかのリスクプレミアムを加えたものになると考えられている。

 他の資産価格をみても、例えば為替レートは内外の金利格差の影響を大きく受けて変動するが、これに加えて、為替リスクに関する人々のパーセプションも影響すると考える理論が有力である。すなわち為替レートに関するリスクプレミアムが存在し、その変動が為替レートに変動を与える訳である。また株価については、現在から将来にかけての予想配当あるいは予想収益の割引現在価値である、というのが標準的な理論であるが、その際の割引率は単純な利子率ではなく、これに企業のリスクプレミアムが乗ったものと言われている。

 以上、資産価格にはリスクプレミアムが影響する部分とそれ以外の要因が影響する部分がある、との考え方を説明した。つまり、市場参加者が「需給」という言葉を使う際には、このようなリスクプレミアムの変動を念頭に置いている場合が多いと思われる。

 リスクプレミアムの決定要因は2つの要素に分けられる。第1はリスクの量と質である。例えばある企業が発行した社債のリスクプレミアムは、不況になって企業の倒産リスクが高まれば上昇する。第2の決定要因は、その社債を購入する投資家側のリスクに対する態度である。例えば、投資家がリスクに対しより慎重な方向に態度を変化させた場合、その企業のリスクプレミアムは高まる。また、これまで与信先企業の信用力調査を十分行っていなかった金融機関が急に厳しい調査を行うようになると、資金の出し手によるリスクに対する態度が変化したことになり、リスクプレミアムが上昇するということも考えられる。

 なお、上記のリスクプレミアムについては、学界でも昔から膨大な数の研究が行われており、それが資産価格を変動させる非常に重要な要因である点は既に明らかにされている。ただ、リスクプレミアムの動き自体の決定要因については、様々な理論はあるが残念ながら決め手がないのが現状である。

リスクプレミアム、金融機関、中央銀行の対応

 やや現実的話題に移ってみよう。最近1~2年の日本あるいは世界の市場を見渡すと、先に触れたような意味でのリスクプレミアムの大幅な上昇・変動が至る所でみられている。しかも、そのリスクプレミアムには金融機関の動きが関係している。そこで、リスクプレミアムと金融機関の行動、および中央銀行の対応について触れてみたい。

 そもそもリスクプレミアム自体は、存在するのが当然であるともいえる。基本的には、本来の意味での借り手の信用リスクと、貸し手のリスクテイク能力が合理的に反映された結果としてリスクプレミアムが形成され、これが効率的な資源配分を実現すると考えられるからである。しかし同時に、ある種の市場の失敗に伴いリスクプレミアムが過度に上昇・変動するという意味で、いわば望ましくないリスクプレミアムも存在すると考えられている。特に、貯蓄を投資に仲介する役割を果たしている金融機関が傷ついてしまう事態が発生すると、金融・資本市場で様々な問題が発生し、実体経済にも悪影響が及ぶという現象が、最近の日本のみならず世界規模で経験された。金融機関は通常、自ら幅広く資金を調達するとともに、大規模な資金の貸し手・投資家でもある。そのような金融機関が傷つくと、合理的な計算に基づいてリスクを負担する能力が低下する。その結果、リスクプレミアムが異常に上昇したり、極端な場合にはパニック心理が広まり、リスクのある市場での取引が枯渇する一方、より安全な資産や流動性に対する需要が急増する。こうした動きは資金仲介の流れにマイナスの影響を与え、借り手の資本コストを高め、ある種のクレジットクランチ的状況をもたらし、実体経済にも広くマイナスの影響を及ぼすこととなる訳である。

 翻って、中央銀行の対応について考えてみると、中央銀行は物価の安定をその第1の使命としているが、上記のような望ましくないリスクプレミアムの動きに対しても、中央銀行として少なくともその一部に対応してきた事実があるように見受けられる。勿論、中央銀行として対応すべき望ましくないリスクプレミアムの変動あるいは市場の混乱とはどういう類のものである場合か、その判断はきわめて難しいのも事実である。

 過去の一例を挙げてみよう。1970年代の米国では、ペン・セントラルの倒産に伴いCP市場でパニック心理が発生し、リスクプレミアムが急上昇した結果、CPの発行が麻痺状態となった。その際Fedは、CPの「肩代わり融資」を実施した銀行には連銀貸出を認めるという異例の対応を採った。その上、当時のアーサー・バーンズ議長は「健全であるにもかかわらず資金調達が難しくなった企業に対しては、連銀が直接貸出を実施しても良い」とまでアナウンスした。このアナウンスは結局実行には至らなかったが、これらの対応は市場のパニック心理の沈静化に役立った、と解釈されている。

 さらに昨年の夏以降ある意味では同種類の現象が発生した。それは、これまで米国系の投資銀行やヘッジファンド等が、米国内のみならず世界的規模で積極的にハイリスク・ハイリターン分野での資金仲介を展開していたが、ロシア危機前後の様々な動揺に伴いハイリスク分野でのリスクプレミアムが急上昇した、という一連の動きである。その結果、リスクプレミアムが低下する方向に賭けていたヘッジファンドや投資銀行は大きく傷つき、世界的規模でこの分野における資金仲介機能の低下が発生した。同時にリスクプレミアムがパニック的に上昇し、流動性に対する需要が急拡大することとなった。これに対してFedは、先ず金利を引下げ、さらにLTCM清算回避のための協議においてある種のリーダーシップを発揮する異例の策を採ったと言われている。後者の目的は勿論LTCMの救済自体にある訳ではなく、様々な債券市場でリスクプレミアムが高まり、それが長期化することにより米国経済全体の資本コストが上昇するのを防ぐ点にあったと解釈できよう。

 以上2つの例にみられるように、市場の混乱に対し、Fedは短期金利引下げという中央銀行として最も標準的な手段で対応した場合もあれば、特殊な形態による中央銀行貸出、あるいはその他の非常手段を用いて対応した場合もあった訳である。

 余談であるが、昨夏以降、ヘッジファンド等が傷ついて資金仲介機能が低下した際には、この動きが円・ドルレートにも大きな影響を与えた。すなわち日本の経常収支黒字には、裏側では資本収支の赤字つまり資本の流出が対応していなければならない。しかし、経常黒字の還流がスムーズに起こるためには誰かが為替リスクを取ることが必要になる。例えば日本人が円資金でドル建の米国債を購入して為替リスクを取るか、あるいは米国人が円建の資金を借りてドルに転換することにより為替リスクを取る必要がある。当時、日本側のリスクテイク能力が低下していた状況の下で、他の誰かが為替リスクを取ることにより資金還流が続いていた訳であるが、その主なプレーヤーがヘッジファンド等であった。彼らの一部は、円建で資金を調達し為替リスクを取って様々な分野に投資を行っていたと考えられている。このポジションが、リスクテイク能力の低下に伴い清算されざるを得なくなり、その過程で急激な円高・ドル安が生じたという点は否めない。

 次にここ1~2年の日本の金融市場に着目してみよう。一昨年の秋以降、3つの大きな金融機関の実質的破綻を契機に日本の金融・資本市場でリスクプレミアムが急上昇し、流動性に対する需要が急増した。こうした動きの一部は、パニック的なものであり、望ましくないものであったとみなすことができるだろう。しかも、この動きは昨年の設備投資低迷の一因にもなったと思われる。この時、日本銀行は基本的には金融不安に伴い増大した流動性需要に対し、必要な流動性を供給して対応した。その結果、例えば一昨年後半から昨年後半にかけてのマネタリーベース(平残)は前年比10%近い伸び率を示した。

 また、日本銀行はこうした対応のみならず、いわばリスクプレミアムの上昇を抑制する意図を伴ったオペレーションを追加的に実施した。当時、ユーロ円Tibor3ヵ月物とTBとのスプレッドは、金融機関の実質破綻直前の97年10月頃には50bp前後であったものが、同年11末頃には100bp前後へ上昇した。その後もこのようなリスクプレミアムは、98年3月、98年9、12月と「期末」にかけて急上昇を示した。これらの動きには、金融機関が期末の流動性調達に円滑に対応できないのではないか、との不安心理が市場に広がったことを反映した面があったように思われる。そこで日本銀行は、これら期末を跨いだターム物(1~6ヵ月物)の資金需要に対しCP、手形、レポオペといった手段を用いてできるだけ厚めに資金を供給して不安心理に対応した。また、これらは金融機関がドルを調達する際の重要な市場にもなっていた。彼らは、これらの市場で調達した円資金をスワップ等によりドル建てに転換し、不足していたドル資金に充当した。その意味では、日本銀行によるこの時の対応はジャパンプレミアムの抑制対策でもあった。

 ただし、銀行券ないしハイパワードマネーのかなり高水準の伸びを確保しつつ、ターム物の資金を厚めに供給した結果、日本銀行の基本的な政策目標であるオーバーナイト・コールレートが日本銀行の目標とする水準以下に低下する可能性を見せた。そこで日本銀行は、一方でターム物の資金を供給するとともに、オーバーナイト等極く短期の資金についてはその一部を売出手形の実行により回収する、いわば一種のツイスト・オペレーションを実施することにより、コールレートはターゲットに止めつつ、ターム物金利の上昇を抑制することに努めてきた訳である。

 その際、日本銀行が資金吸収のために用いた手段は、FBの売却等ではなく、売出手形の売却という方法であったため、日本銀行のバランスシートは急拡大を示し、しかも時期によってはマネタリーベースの伸びを上回って拡大するという事態に至った。また技術的には、レポオペの増加に伴い、その取引の会計記帳上の特殊性もあってバランスシートはさらに拡大した。従ってバランスシートの拡大は、基本的にはマネタリーベースが高い伸びを示していたことに加え、これらの特殊事情によって発生したものであり、日本銀行資産が急激に悪化したことの反映ではない。つまり、「日銀が非常に危ない資産をどんどん買ったためにバランスシートが膨張した」との指摘は誤った捉え方である。いずれにせよ、日本銀行による売出手形の実施とターム物への資金供給は、銀行の流動性調達に対する不安と、それに伴って発生していたリスクプレミアムを一部抑制する意図を持っていた訳である。

 ただ、借り手のバランスシートが悪化している、あるいは貸し手である金融機関の自己資本が傷ついている状況に、日本銀行が直接的に対応することは不可能である。つまり金融機関が傷ついていることに対する対応は資本注入や不良債権対策が本筋である。現在これらの対応がかなり十分な形で実施され始めており、今後、経済にプラスの影響を及ぼすことが期待される。

 こうした中で最近の金融経済情勢をみると、政府による不良債権対策、あるいは日本銀行による流動性供給対策等が効を奏して、金融面からパニックが発生し、これが一層の景気悪化を招くというシナリオは取り敢えず回避されているように窺われる。例えば、ここ1~2か月間にジャパン・プレミアムが急低下を示しているのはその1つの証拠であろう。また、財政面からの財・サービス市場での需要増大策も効果を示し始めている。ただ、重要なのは、財政面からの措置が効果を保つ間に、民間部門の本格的な需要拡大が始まるかどうかという点である。来年度あるいは来年度後半にかけて景気が順調に上昇していくかどうか、あるいはそうはならないリスクについても念頭に置きつつ注意深くみていく必要があろう。

最近の長期金利動向

 長期金利が昨年末にかけて急上昇を示したが、前半に整理した考え方に基づくと、この金利上昇は将来の短期金利が上昇するとの予想に基づいて発生した動きであろうか、それともリスクプレミアムが上昇したことに伴う動きであろうか。どちらの可能性もあるであろう。予想短期金利の上昇が生じるのは、景気回復予想が市場に発生している場合である。先程申し上げたように、近い将来の経済情勢に関する見方に基づけば、この要素がゼロとは言い切れないし、少なくとも昨年9~10月頃の経済情勢に対する市場の見方と比較すれば良い方向に振れている。ただ、この要素のみでここまでの金利上昇を説明するのは無理がある。

 また、先行き1~2年ということではないが、将来のいずれかの時点において日本の財政赤字がsustainableでなくなり、場合によってはインフレーションによるファイナンスに結びつくリスクがゼロではないとのパーセプションが市場に広がり始めている可能性もある。この場合には当然、予想短期金利も現在の長期金利も上昇する。財政赤字によってインフレーションが発生する典型的メカニズムは、中央銀行による国債引き受けである。従って、日本銀行による国債引き受け論が力を増せば増すほど長期金利には上昇圧力がかかるリスクが存在する点には注意が必要である。

 次に、リスクプレミアムの上昇によって長期金利が上昇している可能性について指摘してみたい。

 第1に、財政の長期的な姿に対する懸念を背景に日本国政府の信用リスクプレミアムが上昇している可能性がある。例えばMoody'sによる日本国債格下げの動き等はこれに対応したものと考えられる。しかし、現時点で既にこの部分が本格的な金利上昇圧力として現れているかどうかには疑問が残る。

 第2のリスクプレミアム要因として、いわゆる「需給」について考えてみる。この点を現実に即していえば、先ず国債が大量に発行されている一方、資金運用部等公的部門による国債購入が減少しており、その結果として、民間部門に放出される国債の量は発行額以上に増加するとの懸念を市場が抱いている。経済理論によれば、ある資産について、民間部門に出回る量の総資産に占める割合が上昇した場合、その資産の価格が相対的に低下する(利回りが相対的に上昇する)可能性がある。ここで経済学の話と市場における需給の話が結びつくように思う。

 また、国債に対象を絞ってみても、そのイールドカーブの形状は、各満期の相対的供給量およびその満期において投資したい投資家がそれぞれどの位存在するかということで決まる、という理論がある。1960年代にノーベル賞を授賞したモディリアーニ等が提唱した説がそれである。例えば年金のような長期的見通しを基に投資する投資家が増えると長期債に対する需要が増加し、イールドカーブは構造的にフラット化し易いという考え方がある。しかし、こういった理論が日本の国債市場にどの程度当てはまるのか、未だ十分な分析は蓄積されていないため、可能性としての指摘は出来るが、断定的表現はできない。

 国債に関するリスクプレミアムの最後の要因は次のようなものである。国債は長期に保有すれば、インフレリスクを除き、安全資産である。これに対し、短期保有をすれば危険資産である。日本の国債市場の主要な投資家は金融機関であるが、最近の金融機関がトレーディング勘定で保有している国債のdurationは長期化しており、かなりのリスクが内在する。しかも現在の金融機関の少なくとも一部は経営体力に未だ不安を残している。こうした中で、国債の急速な価格変化に対し、やや狼狽的な売りが市場に出ている可能性は否定できない。さらに、本来であればこれだけ価格が低下したのであるから買いに出ても良い水準であるとの発想もあり得るであろうが、体力の回復が不十分な中で3月期末を控え、そういった新たなリスクを抱え込むことを心配している、あるいはリスクテイク能力が低下している状態にあり、これがリスクプレミアムの上昇、ひいては利回り上昇に拍車をかけている面は否めない。ただこの部分は、期末を過ぎれば変化するかもしれないし、今後実行に移される金融機関に対する資本注入によってリスクテイク能力が回復することも期待されるため、一時的な動きである可能性もある。

当面の金融政策について

 最近の長期金利上昇および円高の動きをどう考えるかであるが、個人的には、これらが場合によっては景気にマイナスの圧力を及ぼしていく可能性がある点は心配である。ただ、これまでに指摘したように、長期金利上昇の一部には財政の長期的な姿に対する不安等やや構造的要因も含まれている。また一部には、ファンダメンタルな動きとは若干ずれたパニック的な動き、あるいは主要な投資家の一時的なリスクテイク能力の不健全な衰えに伴うリスクプレミアムの上昇も含まれている。しかもそれぞれのリスクプレミアム要因がどの程度であるのかという分解は現時点では極めて困難である。

 こうした経済に対するマイナスの圧力が、現在の財政支出増大に伴う景気刺激効果をある程度以上相殺する、例えばCPIでいえば現在ゼロ近辺にあるインフレ率がよりはっきりとしたマイナス傾向を示すようなリスクがある点も心配である。勿論必ずそうなると考えている訳ではない。ただ、その場合長期金利には一転して下落圧力がかかってくると思われる。

 こうした状況下、日本銀行は金融政策上何ができるか、との問題意識が投げかけられるのは当然である。しかし、だからといって、金融を緩和し、上記のリスクファクター全てを有効かつ速やかに消し去ることができる状況とは言い難い。

 例えば、中央銀行として、最近の長期金利上昇等に含まれている可能性がある望ましくないリスクプレミアムに対して働きかけることは、既に紹介したように全く異例の措置とは言えない。しかし、そのための効果的手段を日本銀行が持ち合わせているかどうか、必ずしも明らかではない面もある。

 通常、中央銀行は、金融機関等が健全であるにもかかわらずパニック的心理によって流動性不足に陥り、これがきっかけとなって市場全体が混乱したような場合に、潤沢な流動性を供給することにより秩序を回復するよう対応する。日本銀行が昨年実施したターム物市場でのオペレーションにはそういった色彩が含まれている。しかし、最近の長期金利の上昇に含まれているリスクプレミアムの一部は、先程来指摘してきたようにこれとはやや異なる性格のもののように思われる。実際、日本銀行がオペレーションを実施している短期金融市場では、現状ある意味で資金量自体はややだぶつき気味である。また、不適切な対応を採ると、市場で懸念されているような国債引き受け、あるいはそれに類似する行為に中央銀行が走るのではないか、という不安に火を付け、かえって長期金利を上昇させてしまうリスクもある。さらに中長期的にいえば、債券市場は貯蓄と投資がいかなるコストでマッチすべきかを探し出す、つまりコスト水準、価格水準を発見する機能を備える要の市場であり、そういった機能を損なわない形で対応することも重要であろう。

 また、別の側面から考えてみると、本来金融政策は1つの名目変数をコントロールするものであり、2つ以上の名目変数を長期的にコントロールすることは困難である。従って、短期金利をコントロールしつつ、さらに長期金利もみていこうとするのは中央銀行としてはやや矛盾があるし、いずれにしろ長期的にできることではない。現状では、オーバーナイト・コールレートを目標変数の中心に据えている。

 しかし、オーバーナイト・コールレートは現在既に0.25%まで低下しており、金融政策としてはかなりやれることはやった、という点は否定できないように思う。一部には、金利の低下余地が限られてきたので、今度は量を伸ばせば良いという議論がある。しかしこれはやや単純すぎる面もある。通常考えられている量的調節は、先ず量的目標を設定し、現実の量の伸びが目標値を下回れば更なる金利低下を容認し、その結果として量的目標を達成しようとするものである。つまり、金融を緩和しようとする際の量的調節は、金利を目標とする政策に比較し、金利低下に対するコミットメントの度合いが違うということであり、その結果、量に関する設定目標値を実現するオペレーションが可能になる。従って、金利の低下余地が限られている中で量を伸ばしていく政策がどの程度可能かは十分な検討が必要である。例えば1930年代のスウェーデンは物価ターゲティングを実施した経験を持つが、その時の名目金利は非常に高い水準にあり、これを低下させることは容易であった。ただ、だからと言ってこのような量的調節が全くできない状況にあるとは考えていない。しかし、難しい問題があるのは事実である。

 こうした中で、今後の金融政策の重要な判断ポイントとして、マネタリーベースの最近の動きについて指摘しておきたい。昨年秋口までの約1年間、マネタリーベースは前年比10%程度の伸びを続けてきた。ところが最近になりこれが急低下を示している。マネタリーベースの主要構成要素である日本銀行券の動きをみると、最近は前年比3%台の値もみられる。伸び率が低下したことの解釈については現状、判断の別れるところである。一方では、金融不安あるいは流動性に対する不安等が最近やや収まってきた中で、流動性の高い典型的資産であるマネタリーベースに対する需要が落ち、M2+CDのようなより広いマネーの概念とほぼ同様の伸び率に落ち着いてきている、従ってこれは経済についての良いシグナルであるとの見方がある。しかし他方では、日本銀行券の動きは消費の動きと密接な関係にあるので、昨年のボーナスの伸び率低下等に伴う消費の低迷を反映した動きであるとの見方もありえよう。

 最後に、日本の金融緩和については、特にこのところ米国当局からも強い関心を持たれているようである。しかし、仮にここで日本銀行が効果的な金融政策を打ち出せたとしても、次のような側面もあり得る。現在の為替相場は変動レート制の下に運営されているため、通常の経済理論によれば、金融緩和策は金利の低下に伴い内需が刺激されるルートよりは、むしろ為替の円安化に伴い輸出が刺激されるルートが重要であるといわれている。従って、有効な金融緩和策が発動できた場合であっても、円安が進んだり、日本の経常収支黒字が一段と増大する可能性がある点には注意が必要であろう。

 以上、金融政策をめぐる環境はいろいろと難しい局面にある。こういう時には様々な雑音に囚われず、長期金利の動向も横目にみながら、基本的な景気および物価の情勢を判断の中心に置き、残された金融政策手段の限界についても十分意識しつつ冷静に対応することが重要であるし、それが日本銀行の有るべき姿であると考えている次第である。

以上