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高知県金融経済懇談会(2月19日)における武富審議委員挨拶要旨

平成11年2月19日、於高知新阪急ホテル(薔薇の間)

1999年 2月25日
日本銀行

懇談会開催の趣旨

 武富でございます。月並みな表現ですが、御多用の中、お声を掛けさせて頂いたところ、皆様揃ってお運びを賜わり、本当に有り難うございます。日銀高知支店長の方から、こういう懇談会を開催したいと申し上げた際に、恐らく、皆様、若干怪訝に思われたかもしれません。まず、正副総裁、理事という言葉は良く耳にしても、政策委員会審議委員というのは耳慣れない言葉であり、一体何をする人なのか、という感触をお持ちになった方もおられたかもしれません。また、何故地方に日銀の審議委員がやってくるのか、しかも高知を選んだのはどういう理由からか、という風に思われたかもしれません。

 このうち、審議委員とは何かという点については後程詳しくお話するとして、なぜ地方に伺うのか、それも高知なのか、という点について、まずお話することと致します。

 そもそも、地方に伺うことは、それだけが目的ではありません。新しい日銀法が昨年4月に施行されましたが、その大きな趣旨は、政策運営を硝子張にし、透明性を確保することと、日本銀行がとっている政策について国民の皆様にきちんと説明する──最近説明責任という言葉が流行っておりますが──ということであります。ただ、ここで良く考えてみると、日本は首都圏だけで成り立っている訳ではありません。私共は、マクロの金融経済を丹念に分析し、最も適切と思われる政策を遂行している訳ですが、そこにはマクロを支えている様々なセクター、業種、地域、経済主体があり──その個々の利害関係に振り回されることは勿論いけない訳でありますが──、それぞれが抱える問題を適切に把握、昇華(アウフヘーベン)し、正しい政策に辿り着く必要があります。私は、マクロをマクロとして理解した積もりになることと、拠って立ついろいろな事情を苦労しつつ十分に理解し、その上でマクロを把握するということとの間には、月と鼈位の差があると思います。そういう観点で、説明責任を果たしていくためには、地域経済についても詳しくなることが必要であります。幸い、日本銀行は、全国に33の支店があり、6人の審議委員が手分けをして、例えば年2回廻るだけでもかなりの地域をカバー出来ます。ただ、私が、旧日銀法の下で任命された当時は、理事をはじめとする執行部がその任を担っておりました。しかし、総裁、副総裁は極めて多忙であるだけに、新法施行後は我々審議委員もその任を担っていこうではないか、ということで、昨年秋以降、少しずつ地方に出掛け、経済界の皆様だけでなく、幅広い層の方々に御理解を頂くべく、努力をしているところであります。

 次に、なぜ高知を選んだのか。理由は幾つかあります。まず、私自身が今まで訪れたことがないところを訪問したかった、というのが第1の素朴な理由であります。私、学生時代に、全国様々なところに貧乏旅行を致しました。社会人になってからも、民間時代に全国各地で講演して参りました。しかし、どういう訳か、エア・ポケットのように高知を含む3県がまだ訪れたことのない地域として残ってしまいました。昔ですと、交通の便が悪いという事情もあったのでしょうが、今は、それを理由にすることは許されない時代になっております。私は、米国でも50州のうち48州を踏破しました。米国をそれだけ回っているのに、日本で当地を訪れていないというのは、自分の不明ではないかと考えた次第であります。

 第2の理由としては、高知は、乱世に強い土地柄──時代の節目になると澎湃として人材が輩出される──ではないか、とかねがね思っていたことがあります。司馬遼太郎さんが、「土佐の言葉は明晰である」と書いておられました。言葉が明晰であるということは、黒白はっきりしており、論理的にも因果関係が明確、曖昧なことは許さない、ということでありましょう。当地では、「飲みニュケーション」という伝統──良き伝統か悪しき伝統かは存じませんが──を継承しておられますが、私が聞き及んでおりますところでは、「飲みニュケーション」の時間帯に入ると上下関係はなくなるとのことでありますし、また権力に阿ず、侃侃諤諤の議論をするが、翌日に妬み恨みは残さない土地柄と伺っております。ということは、議論を通じて論点が整理され、「めり」と「はり」がつき、その中から、乱世においては一つの道筋をつけていく、という伝統を持っておられるのではないか、とも思っておりました。現在は、日本が近代国家に入ってから3番目の乱世の時代だと思います。幕末から明治維新にかけてと戦後にあっては、高知と縁の深い方が世の中をかなり動かしてこられたと思いますが、3度目の今日はまだそういう土佐人のお名前を聞いておりません。当地に来れば、そういう方──今は潜在的な存在かもしれませんが──に巡り会えるかもしれない、とそんな思いも抱きつつ参上した次第であります。

 第3には、やや次元が低いことかもしれませんが、春の鼓動を人より早めに聞きたい、ということがあります。最近、景気に胎動らしきものがあると言われておりますが、景気は時として人を裏切るものであります。しかし、季節は決して人を裏切りません。三寒四温は繰り返しながらも、確実に春はやってまいります。従って、今回の景気回復の胎動が、高知に行けばきっと確実なものになるであろう、というややこじつけめいたことも考えた次第です。最近は、産業の選手交代というか、新しい元気のある産業が中々出てこないために、経済全体の成長率も引上げることが出来ない、という側面があります。しかし、高知に来れば、野球の若きルーキーがキャンプで飛躍の時を待っておりますし、今を代表する女性アイドルを出した地元でもあります。そうした高知の息吹の中に、新しい力を感じることが出来ればと思いつつ、参上した次第です。

日銀高知支店と地元の関わり

 当地に日本銀行が支店を構えたのは昭和18年のことであり、既に半世紀以上が過ぎました。その長い間、日本銀行の支店に期待されている責務を何とか全うしてこられたのも、ひとえに開設以来今日に至るまでの地元の皆様による厚い御支持によるものであります。日銀の支店長会議では、各支店長がそれぞれの地方における金融経済状況について報告を行いますが、来る4月の会議で、高知支店長が一段と中身の濃い報告を行えるかどうかは、国許の皆様方が如何に色濃い情報を彼にインプットして下さるかに懸っております。その点も含め、今後とも宜しくお願い申し上げます。

政策委員会と審議委員について

 新日銀法の下では、政策委員会が最高意思決定機関として益々重い位置付けを与えられました。「政策」という文字がついておりますが、政策だけでなく、日銀の全てにわたる最高意思決定機関であります。また、「委員会」という名称がついておりますが、唯一無二の役員会であります。民間の会社であれば、経営会議、常務会、取締役会等経営に関する様々な意思決定のための会議体がありますが、それらを全て束ねたような存在であり、米国流に言えば、「ボード」に当たります。「政策委員会」というのは、機関の名称であると共にその機関が開く会議の名称でもあるので、やや紛らわしいのですが、そのように御理解下さい。

 このボードは、2頭立ての馬車のように機能しています。第1は、金融政策について決定する機能であり、第2は、日銀にまつわるそれ以外の全ての重要な事項について方針を決定する機能であります。

 前者の決定を行う会議は、「金融政策決定会合」と呼ばれており、予め発表された日程に従って開催され、そこで議論した内容が約1か月後に議事要旨として公表されます。

 後者には、(1)信用秩序の維持や、(2)資金決済システムの円滑な運行に関する事項が該当します。(1)については、金融機関の破綻に際し、特融の発動を決定するというようなことが当てはまります。(2)については、地味ながら中央銀行にとって基本中の基本ともいうべき機能であり、我々が日常を平穏に過ごすことが出来るのも資金決済が滞りなく進んでいるからに他なりません──米国では、85年にバンク・オブ・ニューヨークがシステムダウンした際に様々な影響が生じました──。日本銀行が誇れるのは、「日銀ネット」という決済システムが、いまだかつて日中に全面的なシステムダウンを起こしていないことであり、そうした決済に関する事項も政策委員会で決定している訳です。さらに、業務運営、組織運営、内部管理──人事制度や人員配置、保有資産の見直し──面などについて、経営的観点から考えるということも行っております。日本銀行は収益法人ではなく、経費を差引き、必要な自己資本を確保した後に生じる剰余金は政府に納付します。ただ、なるべく経費の無駄を省くことは大切であり、政策委員会ではそうした観点から大きな経営方針を決定します。執行部は、その決定を受けて、実際の業務を執行する、というのが現在の姿です。

 このように説明しますと、最近一部民間企業が取り組んでいるような新しい役員会のシステムに似ていると思われるかもしれませんが、実際その通りだと思います。また、米国型の役員会に近いとも言えますが、やや異なる点もない訳ではありません。すなわち、まず、全員がフルタイムの役員であるということです。私自身、かなり該博な方から「毎日日銀に出勤しているのですか」と尋ねられたこともございましたが、当然出勤しておりますし、朝は早めの時間から、晩も程々の時刻まで執務しております。また、法律により報酬のある兼職も禁じられております。つまり、日銀の審議委員に就任するに当たっては、利害関係が起こらないよう身奇麗にし、相当な覚悟で公のために尽くすという決断が必要になるということです。

 今や低金利政策に対しては一部の国民の皆様からいろいろな御批判も頂戴しておりますし、経済界の方々からも様々なお声が上がっておりますが、何とか日本経済を建て直すべく、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで辛い決定を下しております。それと同時に、いましがた申し上げましたように、内部管理関係の大きな方針も決定するということで、精神的には相当多忙な日々を過ごしているというのが、偽らざる日常であります。

 金融政策決定会合は概ね毎月2回のペースで開催しており、昨年の実績は20回でした。それ以外の会合──「通常会合」と呼んでいる──は、火、金に開催しております。本日は金曜日ですので、私は通常会合を欠席してここに参っていることになります。本来こうしたことは望ましくないのですが、地元の皆さんになるべく一堂に会していただくために、皆様の御都合にも合わせる形で敢えてこの日を選んだ次第です。なお、通常会合は毎週2回としても、年間52週なら単純計算で104回、無論、年末年始等もありますのでその通りにはならない場合もありますが、火、金以外の日に開かれることもありますので、実際、相当な開催回数になっているはずです。

金融政策決定の透明性確保

 先程、金融政策決定会合に関する議事要旨については、約1か月後に公表されると申し上げましたが、海外では、最近、公表時期を2週間後に早めた英国を除けば、米国──約1か月半後──、欧州中央銀行──記者会見やプレスリリースで政策決定の背景について詳しく説明するが議事要旨に当たるものは公表しない──に比べ、遜色ありませんし、要旨の内容も十分に詳しいものとなっていると自負しております。また、政策決定の背景となった金融経済情勢に関する判断も、毎月の初回会合後、2営業日後の朝には公表しておりますし、同日午後には総裁が定例記者会見を行うなど、かなり早い段階で、私共の考えや判断が国民の皆さんに伝わるような仕組みとなっております。

 因みに、中央銀行総裁が定例記者会見まで行っている丁寧な国は、わが国だけであります。欧米の中央銀行総裁も良くマスコミに取り上げられますが、米国FRBのグリーンスパン議長も基本的には記者会見は行いません。必要な時のみです。また、議会との関係でも、法に定められた議会証言が中心であり、中央銀行総裁がわが国ほど頻繁に議会に登場することはありません。

最近の景気情勢と金融政策

 前回(2月12日)の金融政策決定会合で、一段の金融緩和に踏み切り、無担保コールレート(オーバーナイト物)の誘導水準を、従来の0.25%前後から、取敢えずは0.15%前後に、その後市場の混乱がなければそれより更に低下させる、という決定を行いました。これは、歴史上他に例を見ないような決定でありましたが、ここまでの金融緩和を決定したのは、経済の状況が悪いという事情に加え、先行きも見据えて、今ここで景気の悪化傾向に確実に歯止めを掛け、出来れば底入れから回復に繋がっていくということをより確実にするために、早めに対応したという点が重要です。金融政策については、「予防的」という言葉が使われることがありますが、今回の判断の心としては、景気が政府の様々な政策と相俟って、着実に回復に向かっていけるように、「予防的」ないし先回りして手を打った、ということです。

 勿論、足許の景気に対する基本的認識は、2月16日に公表した「金融経済月報」にも示した通り、「悪化テンポが緩やかになっている」となっております。確かに、政府による大型の経済対策が、景気を引続き下支えしてくれるであろう、との期待に加え、これまで様々な経済主体に不安心理をもたらす一つの要素となってきた金融システム問題についても、関連法案が成立し、大手金融機関を中心に資本基盤の再整備に目処が立ってきたことで、少なくとも一頃に比べれば心理面でも好転してきた、との見方は可能です。

 ただ、こうした点は経済に対してポジティブな作用をもたらすにしても、それだけで確実に景気が回復するとは断じきれない面があるのも事実です。例えば、民間需要がこうした対策を契機に、弾みをつけて持続的に上向いていくだろうか、というとまだその蓋然性は少ないのではないか。確かに、個人消費は行きつ戻りつで、ずるずると下を向いている訳ではないのでしょうけれども、企業サイドによる様々な調整により、雇用、所得環境はここ暫くの間、それ程早く回復するとも思えない。となると、個人消費も爆発的に上向くとは考え難いと思います。また、設備投資については特に慎重に見るべきではないか。一般的に需給ギャップが拡大していると言われますが、供給能力が付き過ぎた分野は数多く存在します。その供給ストック調整圧力は、グローバルに続いており、その結果として設備投資が前年比でマイナスになるという状況に入っている訳です。これを、業種別、地域別等様々にブレークダウンして分析しても、なかなか次代を担う新しいルーキーが見当たらないようです。勿論、情報通信、ネットワーク化の流れなどもありますが、はっきりとこれであると言い切れるところまではきていないのではないか、と思っております。

 また、最近では、金融と実体経済──特に市場と実体経済が心理面を通じて大変強く結び付いてきております。日本銀行では、短期金利を一所懸命低めに誘導してきましたが、長期金利は神経質に上昇する気配があり、そのこともあって、為替も円高方向に振れていきました。こうした事情によって、折角悪化テンポが緩やかになってきている景気に足枷が掛からないように、思い切って先回りしてもう一段の緩和に踏み切った方が良いのではないか、というのが基本的な考え方であった訳です。

 以上のように、金融に関しては、我々がこれまで経験したことのないような異例の状況が続いている訳であり、壊れ物に触るような細心の注意が必要であるとの認識に立ち、政策運営に当たっては安全を期して臨んでいる次第です。それもこれも、景気を良くし、経済全体が大きな転換を円滑に遂げていくために、金融面からの手当をしているということに他なりません。

 以上をもって、私からの御報告とさせていただきますが、今後とも、土佐魂にのっとり、忌憚のない御意見を頂ければと思っております。御清聴有り難うございました。

以上


(参考)

金融経済懇談会出席者一覧

高知市長
松尾徹人
高知商工会議所会頭
入交イリマジリ)太二郎(入交産業会長)
高知商工会議所会頭副会頭
澤村拓夫(関西土地社長)
高知商工会議所会頭副会頭
竹村維早夫(司牡丹酒造社長)
高知商工会議所会頭副会頭
横田善治(SKK社長)
土佐経済同友会代表幹事
関 裕司(ニッポン高度紙工業社長)
高知県経営者協会会長
吉村雄治(轟組社長)
四国経済連合会副会長
立田タテダ敬二(立田回漕店会長)
高知県中小企業団体中央会会長
古谷フルヤ俊夫(サンライズホテル社長)
高知新聞社社長
岩井寿夫
四国銀行会長
濱田耕一
四国銀行頭取
はまだしょういち
高知銀行頭取
樋浦啓悟
高知信用金庫理事長
山本正男
幡多信用金庫理事長
小橋延夫
高知県信用農業協同組合連合会会長
所谷トコロダニ孝夫

(計 16名)