ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 講演・挨拶等 1999年 > 四国政経懇話会における植田和男審議委員講演(3月3日)要旨「最近の金融経済情勢と金融政策:金利と量を巡って」:日本銀行 Bank of Japan

最近の金融経済情勢と金融政策:金利と量を巡って

四国政経懇話会における植田和男審議委員講演(3月3日)要旨

1999年 3月12日
日本銀行

 本席では、新日銀法が施行された昨年4月以降の日本銀行政策委員会の運営状況について簡単に触れた後、話題を97年秋以降現在に至るまでの金融経済情勢に移し、最後に、主としてここ1年間の金融政策はどのような考え方により決定され、またどういったことに工夫を凝らしたり苦労してきたのか、といった点について説明してみたい。

政策委員会の運営状況

 日銀の政策委員会メンバーは総裁、副総裁2名、審議委員6名の計9名で構成されている。政策委員会が金融政策を決める場である「金融政策決定会合」は通常月2回開催されているほか、金融政策を決める会合以外の政策委員会は定例的に週2回(火、金曜)開催されている。金融政策を決める会合以外の政策委員会では、国内金融資本市場の動向について金融市場局長から、海外の経済情勢や為替相場・株価等の動向について国際局長から、国内の実体経済情勢について調査統計局長からそれぞれ報告を受けることに加え、その時々の重要な案件について種々報告を受けたり、意思決定を行っている。その他、アドホックな形で政策委員会が開催されることも珍しくないうえ、政策委員と各局スタッフ間での討論の場が色々な形で設けられている。これら数多くの会議は平均すると概ね1日に1回以上の頻度で行われている。また、各政策委員はそれぞれ各局スタッフと個別に議論する場を適宜設けている。このほか金融機関、企業、海外の政策担当者、マスコミ等の方々との面談の機会もかなり多い。

 金融政策を決める会合以外の政策委員会で検討される内容・テーマについては、基本的には「議決事項」「報告事項」として日本銀行政策委員会月報に公表されているが、それらの内容・テーマを大別してみると、(1)広い意味での金融政策ないし金融市場調節関連(例えば「政府短期証券発行の市中公募入札化に伴う対応方針等について」)、(2)金融機関の活動をモニターし、問題があればどのように対応すべきかを考えるプルーデンス政策関連(例えば「預金保険機構向け貸付けについて」)、(3)調査・統計分析関連(例えば「非製造業の収益低迷の背景について)、(4)内部管理関連(例えば「経費予算の編成方針について」)の4種類に分類できる。通常の企業であれば、これら金融政策を決める会合以外の政策委員会は常務取締役会とほぼ同じ位置付けになるだろう。

 次に「金融政策決定会合」の運営について説明する。この会議のテーマはマクロの金融政策、主として金利の水準を方針決定することである。出席メンバーは9名の政策委員、必要に応じ大蔵大臣、経済企画庁長官ないしはそれらの代理者、さらに報告者として日銀執行部の担当者により構成される。通常午前9時に開始され終了時刻は午後3時~6時頃に及ぶ。会議の進行次第を言えば、先ず日銀執行部により金融調節の実施状況および国内市況・海外市況等の説明、国内実体経済面の説明、国内金融面の説明があり、続いてこれらに関する質疑が行われる。次に各政策委員が実体経済および金融資本市場の状況に関する現状認識を述べ、続いてこれらに関する議論が行われる。その後、以上の報告や議論を踏まえ、各政策委員がその時点におけるあるべき金融政策方針について意見を述べ、再びこれらに関する議論が行われた後、議長が議案を取りまとめ、賛否を政策委員の投票により決議する。議決結果は約30分後に公表され、政策変更がある場合は政策委員会議長(総裁)による記者会見が行われる。さらに、通常月2回開催される金融政策決定会合のうち第1回目の会合においては、金融経済情勢に関する日銀の見方をまとめた「金融経済月報」のうち「基本的見解」の部分の記述についても検討し決定している。これを掲載した金融経済月報は、その2営業日後に公表される。ただ、月後半に開催される第2回目の金融政策決定会合では、会合での議論の中で金融経済情勢に関する見方に修正・変更があったとしても、この点を「金融経済月報」の修正版という形で公表する手続きは踏んでいないことには留意する必要がある。

最近の金融経済情勢について

(1)97年秋の金融不安の発生

 ここでは過去2~3年の実体経済の動きを振り返った後、先行きについても若干展望してみたい。先ず96年末~97年初までの日本経済はかなり好調に推移していたが、97年第2四半期以降やや雲行きが怪しくなり、97年度後半~98年度にかけて深刻な不況に陥った。やや具体的にみると、97年第1四半期には消費税率引上げ前の駆け込み需要がみられた一方、97年第2四半期~第3四半期には人々の予想通り、駆け込み需要の反動から個人消費を中心に経済は減速した。

 ここまでの推移は人々の予想の範囲内であったと考えられるが、97年秋以降は様相が大きく変化した。その主たる要因は、財政が厳しい引締め政策に転じたことと、97年秋以降3つの大きな金融機関が実質的に倒産したことに伴う金融不安の高まりにあった。人々の不安心理の急速な高まりは経済活動に大きな影響を及ぼした。金融機関の一部ではバランスシートの悪化が企業への貸し渋りにつながり、特に中小企業の設備投資に対するマイナスの影響が顕著になった。また、金融セクターや企業部門のみならず、一般の消費者マインドないしコンフィデンスにもマイナスの動きがみられるようになった。

 例えば、可処分所得に対する消費の割合を示す消費性向は急速に低下をみた。金融不安の高まりと消費性向の低下が密接な関係にあったことは、日銀で実施している「生活意識に関するアンケート調査」の当時の調査結果でもみてとれる。アンケートの中で、消費を切り詰めている理由について、「現在の所得が減少したから」との回答のほかに、「将来の所得減少が心配であるから」との回答が多数みられたが、これはすなわち消費者マインドないしコンフィデンスの悪化を意味している。さらに、なぜ将来に対する不安を持っているのか尋ねたところ、色々な答えがある中で、当時の金融不安を指摘する回答が少なくなかった。従って金融不安の高まりは、自分達の預金そのものが危なくなるとの意識をもたらした点もさることながら、金融機関の倒産に伴い失業者が発生するという事態を目の当たりにした人々の経済全体に対する先行き予想を暗くさせ、自分達もひょっとしたら同様の目に遭うのではないかと考える人々を増やし、彼らの消費性向を低下させた面があったように思われる。

 以上のように、設備投資や消費の急速な減少はその後、企業の生産活動や所得面にマイナスの影響を及ぼすこととなり、それらがさらに設備投資や消費の減少を招くというマイナスの循環が発生し、これが98年中継続した。

(2)98年後半の金融不安の再燃

 98年度に入ると財政政策はこれまでの厳しい引き締め基調からかなりの拡張的基調に転じた。私自身は昨年4月に政策委員会審議委員に就任して以降、この財政政策の転換が経済にかなりの拡張効果を及ぼすのではないかと期待していた。しかし、事後的に統計データを確認すると公共事業が前年比プラスに転じたのは昨年9月以降であり、残念ながら財政政策の効果が発現し始めた時期は予想より遅れた点は否めない。

 金融面をみると、97年後半の厳しい金融情勢を背景に、98年初めには国会において金融機関の不良債権処理のために公的資金を用いることが決められた。しかし、残念ながら準備された公的資金はその時点では必ずしも十分に利用されることがなかった。こうした中、昨年夏場にかけて大手銀行を中心とする金融不安の動きが再び強まった。その上、ロシアの経済危機が表面化し、世界的な金融不安あるいは金融収縮の動きに繋がった。その典型はヘッジファンドの動きに現われた。

 へッジファンドは非常に大きな資金を元に、これをさらに借入によってより大きな資金に膨らませたうえ、世界中で投資を行っている。その規模は世界的な資金の流れの中において無視できないほどのシェアを占める。ヘッジファンドのある部分はロシアに投資していたため、昨年8月にロシア経済危機が表面化した際には大きな損失を被った。またこれを契機にその他の地域においても投資を縮小する動きを示した。やや異なる観点からいえば、これらヘッジファンドはリスクを取って資金の仲介を行う典型的存在であり、これらのファンドが傷付いたということは、世界の金融資本市場全体のリスクテイク能力が低下したことを意味する。その結果、資金はリスクのある投資対象から引揚げられ、流動性が高くリスクの少ない投資対象に集中することとなった。例えば、米国でいえば国債、しかも流動性の高い銘柄に資金が集中し、流動性の低い国債はむしろ売られるといった現象がみられた。安全性の高い資産の利回りと安全性の低い資産の利回りの差をリスクプレミアムというが、このリスクプレミアムが至る所で上昇したのが98年後半の1つの特徴的現象である。この動きは日本にも及んだ。

 日本の状況を振り返ると、97年秋の金融不安の発生以降、日本の資金の借り手とりわけ金融機関が資金を調達する際のリスクプレミアムは既にかなり高くなっていた。その典型がジャパンプレミアムである。ジャパンプレミアムは、例えば日本の金融機関が資金を調達する際のコストが、経営状態が良好な欧米の金融機関の資金調達コストを上回る度合を示す。これが既にある程度高くなっていたうえ、97年秋の金融面の収縮等が実体経済に悪影響を及ぼしたのと同様のことが発生するのではないかとの不安が再燃し、98年10~11月にかけてジャパンプレミアムは急騰をみた。

 また、98年秋の急激な円高も前述の事情と関係がある。日本は最近大幅な経常収支黒字の状態にある。経常収支黒字が発生すると他の条件が不変の場合には円高を招く。しかし通常はこれと並行して資本収支面においても様々な動きが発生している。例えば98年夏頃までは、日本経済の弱さを反映して円あるいは円関連資産を保有すると損をするとの予想を背景に資本の流出圧力が強く、むしろ円安が進んでいた訳である。

 ところが98年秋以降、特に昨年10月前半には+20%程度の円高が急速に進行した。当時、目立った動きを示したのはヘッジファンドである。98年夏まではヘッジファンドは先ず円資金を借入れ、これを外貨、例えばドルに転換し様々な投資機会に運用していた。この動きは資本の流出にほかならず、円安圧力を生み出していた。この時、これらの資金は将来円に転換して返済する必要があるため、リスクを取っていたことになる。ところがロシア問題等を契機にヘッジファンドの経営危機が発生し、これまで取っていたリスクが取り難くなり、ポジションを清算する必要に迫られた。運用していたドルを売り、返済すべき円を買う動きが急速に発生した。その後もこうした動きは程度の差こそあれ、年末ないし本年初まで続いた。

 やや余談を申し上げたが、以上のように98年後半以降、金融不安の動きが再燃するとともに、景気も予想していた程には回復の動きがみられず、むしろ一層の悪化さえ懸念される状況になった。

 このため政府および日銀では様々な対応を試みてきた。例えば日銀は9月9日に金利引下げを決定した。また、政府サイドからは金融機関の貸し渋り対応として中小企業金融安定化特別保証制度が導入され信用保証枠が20兆円拡大された。また、金融再生関連法案が国会を通過したほか、第3次補正予算も成立した。この間、日銀は金融不安の動きを鎮静化し企業金融の円滑化に資するよう、日銀貸出やオペレーションの手段に工夫を加える措置も講じた。

 こうした様々な対策の結果、金融不安とりわけ流動性不安の動きは取り敢えず鎮静化して今日に至っているように思われる。例えばジャパンプレミアム(ドルLibor3ヵ月物)の動きをみると、昨年10~11月のピークには70bp(0.7%)程度であったものが、最近は0.1%前後まで低下している。また株価には若干持ち直しの気配も窺える。銀行貸出はひと頃のような減少傾向はやや弱まっている。倒産件数はここ1~2ヵ月間は急減している。

(3)今後の経済情勢

 次に実体経済面の現状を需要項目毎にまとめてみよう。やや良い方の材料として公共投資が昨年9月以降増加している点があげられる。ごく最近増加の動きは一服しているが、企業へのヒアリング等によれば先行き再び増加が期待できそうである。また住宅投資が予想以上の増加傾向にある。住宅金融公庫の融資申込み戸数やマンション販売戸数は急増している。これは住宅投資を促進するための税制の変更や、一時的には金利の下げ止まり感が存在することによるものと思われる。また98年に大幅減少をみた中小企業設備投資は、金融不安心理の後退に伴い99年度は今年度ほどの落ち込みを示すことはないのではないかとの感触を持っている。こうした中、企業の在庫調整はある程度の進捗を示し、生産も若干上向きの傾向にある。鉱工業生産の予測指数によれば99年第1四半期は前期比+1.5%程度の上昇となっている。

 上記のようにやや明るい指標がみられる一方、懸念材料がかなり残っている。端的に言えば97年度の後半から発生した経済のマイナスの循環が必ずしも全て終息したとは言えないということである。例えば個人消費をみると、小売業界で色々なセールを実施すると売上が伸びるし、一部の新商品が好調な売上を示す動きはみられるが、消費全体が良好な状態にあるとは言い難く、賃金動向を踏まえると消費の先行きには心配材料が残る。また設備投資をみると、中小企業において資金繰りが厳しいために投資を控える動きは取り敢えず一巡している一方、大企業においては、これまでの経済の負の循環や円高の影響を受け収益が大幅に悪化する心配があり、設備投資にもマイナスの影響が及ぶのではないかと懸念される。

 以上、日本経済の現状はプラス・マイナス双方の材料が存在し、非常に悲観的になる必要はないが手放しで楽観もできない状況であるといえよう。また先行きには更に幾つかの心配材料もある。例えば財政面からの景気刺激策がいつまで継続し得るか不透明な面がある。このままの状態が続けば99年度のどこかの時点で息切れになる可能性がある。また、市場の動きが実体経済に影響を与えかねない面がある。98年秋以降の円高進行や長期金利の上昇が時間の経過とともに経済を冷やす効果を及ぼしかねない点は心配である。結局、財政面からの経済刺激効果が継続している間に、何らかのきっかけにより民需がプラスに転じていくかどうかがポイントとなる。現在は政策面での効果が民需に波及し得るかどうかを見極める分岐点に差し掛かっているといえよう。このような状況判断に立った場合、長期金利や為替相場が経済にマイナスの影響を及ぼす可能性がある状況下、直接にではないが何らかの形でこれらを前もってオフセットしておくことにも意味がある。日銀による2月12日の金利引下げ政策はこの点を考慮して行われたものである。

最近の金融政策について

(1)中央銀行の政策類型

 ここ1年間、金融政策を遂行する際にどのような点に工夫を凝らし、どのような点に苦労してきたのかという辺りを説明する。色々な制約条件が存在し、かつ達成すべき目標は困難なものが多かった、というのが率直な感想である。

 すなわち日銀としては景気の悪化に歯止めをかける必要があることはもとより、明確なデフレの状況に至ることを回避する(現状のインフレ率を消費者物価指数でみると前年比ゼロないし若干マイナスのレベルにある)ことも求められている。さらに、金融機関の一部が傷付き金融市場における資金の流れがやや滞っている問題にも対処する必要があった。ところが約1年前の金利水準は既にかなり低い(無担保コールレート・オーバーナイト物は0.5%以下)状態にあり、金利引下げの政策余地は極めて限られていた。

 以下、様々な制約条件の下でどのように対応したかを説明すると同時に、外部からの日銀に対する批判や異論に対し自分なりの答を申し上げたい。先ず中央銀行が行う政策の種類を3つに分類し、それぞれについて考えてみる。

 第1は、短期金利をオペレーティング・ターゲットとして操作する政策である。これは例えば短期金利を引下げた場合、それが他の金利にも波及して企業の設備投資、住宅投資、消費財消費等が刺激され、ひいては所得増や物価上昇に及ぶ、あるいは同時に為替相場や株価・地価等資産価格への影響を通じて、実体経済にプラスの影響を及ぼす経路を想定したものである。98年9月9日、99年2月12日の金利引下げはこの経路を通じたオーソドックスな政策であったといえる。

 この日銀の政策に対し、主に海外からは "too late, too little"との批判がある。しかしこれらオーソドックスな金融政策に関する限りこの批判には首肯し難い。既に0.5%を下回るレベルにあったコールレートを更に引下げる余地はそれほど残されておらず、有効なタイミングを狙い熟慮したうえで実施する必要があったし、引下げが小幅なものとなるのはやむを得なかった訳である。

 第2は、金融不安の下での「最後の貸し手機能」についてである。「最後の貸し手機能」は、狭義には「ある金融機関が本来健全であるにもかかわらず、市場全体の金融不安あるいは当該金融機関に対する根拠のない風説の流布等により資金が一時的に調達困難になった場合、その金融機関に対して中央銀行が貸出を行う」というものである。このような狭義の意味ではなく、日本銀行はここ1~2年、やや広い意味での「最後の貸し手機能」を果たしてきたように思う。具体的には、日本経済全体が金融不安の存在する下で資金の流動性に対する需要を非常に強めていたため、このままでは一部の金融機関に問題が発生し、日銀が狭義の「最後の貸し手機能」を発動する必要が生じる可能性があった。また、一時的な不安心理の強まりに伴い、様々なマーケットにおいてリスクプレミアムが合理的な範囲を超えて上昇する現象もみられていた。これらの状況に対し日銀は様々な形で積極的な資金供給を行ってきた。

 その明確な証拠は97年秋以降98年秋に至るまで、マネタリーベースあるいは日銀券が前年比10%前後の伸び率を記録した点に現われている。実体経済の名目成長率がゼロあるいは若干マイナスの状況であったことに比べれば、非常に高い伸びということになる。これを別の側面からみると、金融不安に伴い人々がリスクの高い資産保有を止め、流動性に対する需要を強めたことを意味しており、日銀はこうした動きに積極的な資金供給で応じたということになる。

 ただ、最近1、2ヵ月はマネタリーベースないし日銀券の伸び率がやや鈍化している。この点に関し一部には日銀が金融引締めに転じたのではないか、との誤解を伴った批判が聞かれる。しかし日銀が金融引締めに転じた事実は全くない。マネタリーベースないし日銀券の伸び率が鈍化したのは主に金融不安が鎮静化し、流動性に対する極端な需要が弱まった結果であると考えられる。勿論他の要因として、年末賞与の伸び悩み等に伴う消費の伸び悩みによる面も一部含まれるが、かなりの部分は金融不安の鎮静化によるものと思われる。

 また、広い意味での「最後の貸し手機能」に関連して、金融不安対策の1つとして日銀は、特融のほかに出資、預金保険機構向け貸出を行っている。この点について一部には、こういった行為は不健全であり、これらの資金が仮に焦げ付いた場合にはそれ自体極めて許せない、中央銀行としてあってはならないことである、との批判がある。

 この点についても私の意見は異なる。勿論中央銀行として焦げ付きを極力回避するよう努力する必要があるし、貸出や出資を実施する際に外部からみて不透明だと批判される行動は避けるべきである。ただ、これらの貸出や出資の目的は金融不安が拡大するのを防ぐ、あるいはシステミックリスクを回避することにある。従って、仮にこの目的に沿ってある程度の成果があがったとすれば、その得られたベネフィットと資金の一部が回収不能になったコストを比較したうえで行為の是非を判断すべきである。その上で言えば、中央銀行としてこれらの貸出や出資に無制限に応じることはできない。それは第1に、日銀の自己資本には限りがあり、これが大幅に毀損されるような可能性のあるところまで大きくリスクを取るべきではないこと、第2に、日銀は日々の金融調節のために弾力的に売買可能な資産が必要であり、あまりに大きな割合で資産が固定化していると金融調節に支障をきたす可能性があるからである。

 中央銀行が行う政策の第3のタイプは、一時的なマーケットの混乱に伴う流動性需要の増大によりリスクプレミアムが過度に高まった場合の対応である。過去をみると、1970年代初めの米国でペン・セントラル社が倒産しCP市場が麻痺状態に陥った際の例がある。CPに高い金利を付けても発行ができない、言い換えればリスクプレミアムが無限大にまで上昇した訳である。この時Fedは、CPの肩代わり融資を実施した銀行に対して連銀貸出を積極的に認めたほか、当時のアーサー・バーンズ議長は「場合によっては中央銀行から企業へ直接貸出を行っても良い」と宣言した(後者は実行されなかった)。また、98年のロシア危機以降、世界的規模で金融資本市場が動揺した際には、米国債券市場においてもリスクプレミアムの拡大がみられたが、この時Fedは3度の金利引下げにより対応した。

 これと類似した対応は日銀でも実施されている。例えば97年秋以降、金融不安が存在する中で、年末あるいは期末越えのターム物を中心に金利の急上昇がみられたため、これを抑制する目的で長めの資金供給を実施した。これは日本の金融機関が年末・期末の流動性を調達できないのではないかとの不安に起因した金利急騰を抑制する効果を持った。

 ただ中央銀行は、こうしたリスクプレミアムの一時的上昇に常時対応する訳ではなく、対応しない場合もあるし、対応しても失敗する場合もある。また対応する際の手段には、オーソドックスな短期金利引下げのほかに様々な方法があり得るであろう。

(2)2月12日の政策変更の意味

 最後に、2月12日の金融政策の変更内容につき自分なりの考えを申し上げる。その前提として、最近の長期金利上昇要因およびこのところよく話題になる金利を軸にした金融政策と、量を軸にした金融政策の問題について触れておきたい。

 ご案内のとおり98年秋以降、長期金利は急速な上昇を示した。その理由の第1として、昨年後半、0.8%台まで低下した長期金利のレベルが行き過ぎであった点を指摘できる。第2には、財政赤字の拡大に伴う国債残高の増加や、これに伴う財政の中長期的姿に関する不確実性の強まりがあげられるかもしれない。また大幅な財政赤字が継続している場合、財政のインフレ・ファイナンスに対する期待が高まると、長期金利には上昇圧力がかかる。ただ、こういった要素が98年末の長期金利上昇の要因に含まれていた可能性はゼロではないし、今後可能性が増えるかもしれないが、仮にこの要素が大きいとすれば将来のインフレを見越して円相場に下落圧力がかかったはずである。しかし当時の円相場は強い基調で推移しており、当時の長期金利上昇の主要因とはいえない。

 長期金利上昇の第3の要因は、短期的な国債「需給」の悪化である。価格は全て需給によって変化する訳であるからこれでは何も語っていないことになりかねないが、市場関係者が指摘している「需給」はそのように単純な意味ではない。「需給の悪化」とは、民間部門に放出された国債の量が急速に増加する一方、主な国債保有者である金融機関は、バランスシートが傷んでいるうえ年末を控えていたこともあってリスクテイク能力が欠如していたため、国債が売られるあるいはリスクプレミアムが上昇した現象を意味している。

 上記の状況を考慮して、日銀は短期金利引下げというオーソドックスな手段で対応した。勿論長期金利を引下げるためだけに短期金利を引下げた訳ではない。短期金利引下げがもたらす経済への様々なプラス効果を期待し、長期金利の行き過ぎた上昇がもたらすマイナスの効果を打ち消すことを期待したということである。

 次にやや抽象的な話であるが「金利か量か」の問題について申し上げる。最近しばしば「金融政策は金利を下げる政策だけではなく、マネーの量を増やす政策も行い得る」「金利の引下げ余地が限られてきたため今度はマネーの量を増やすべきである」といった議論が聞かれる。しかし、金利と量は同一のものの裏と表の関係にあり、一方を伴うことなく他方をコントロールすることはできないという側面が強い。例えば、これまでの金融調節によりオーバーナイトレートは段階的に引下げられ、現状ほぼゼロ%の水準まで低下している。そこで今後更に金利を低下させたい場合には、金融調節を通じて例えば1週間物の金利を引下げ、その後さらに期間の長い1ヵ月物、3ヵ月物へと、操作対象をシフトする方法が考えられる。これに対し、量を増やす場合には、例えばFB、TB等何らかの債券を購入することによって市場に資金を供給する必要があるが、これら債券を購入すればその価格は上昇し、金利は低下する。従って通常、量の増加は金利の低下を伴いつつ達成される。仮に、現状の金利水準においてどんどん量を増やそうと試みた場合には、やはり同様にオーバーナイトレートが下がり、その後1週間物、1ヵ月物、3ヵ月物のレートが次々に低下することになるだろう。

 しかし両者は全く同義ということではなく、微妙な違いがある。例えば、金利を軸にした金融調節において仮にオーバーナイトレートを0.1%から0.05%に引下げた場合、取り敢えずしばらくはその水準に維持しておこうと考える。これに対して量を軸にした金融調節においては、準備預金、あるいはマネタリーベース、あるいはもう少し広い概念としてのマネーの量に一定の目標を設定し、その目標に現実の量が到達するまでの間はいわば「政策変更」は無しに、どんどん金利を引下げていくことになる。したがって、オーバーナイトレートが0.1%の水準でマネーの量的目標値に到達しない場合には0.05%へ、あるいはそれ未満へ引下げ、それでも足りない場合には1週間物、1ヵ月物、3ヵ月物へとシフトさせつつどんどん金利を引下げ、目標値が達成されるまで金利の引下げを続けることとなる。言い換えれば、金利引下げをどこまで続けるかという点についてのコミットメントの強さが違うということになろう。

 量を軸とする政策のプラスの効果を主張する人々は、コミットメントを強く出すことによってデフレを阻止したい意欲を鮮明に示せる点を強調する。一方、量を軸にした政策のコストとしては、金融市場における資金需給が様々な要因により変化した際に、量に強くコミットし過ぎていると金利が過度に変動する、あるいは量の目標値が適正でなくなるリスクが指摘できる。例えば仮に、金融不安が本格化する直前の97年秋の時点で量的政策に軸を置くことを決め、マネタリーベースの前年比伸び率に目標値を設定したとしよう。するとその時設定される目標値は当時の状況からするとせいぜい+5~6%程度となっていたかもしれない。しかしその後、実際のマネタリーベースは+10%前後の伸び率を記録している。しかもこれだけのマネーの伸びが続いたにもかかわらず、金融不安や実体経済の低迷は長期間続いた。当時仮に+5~6%のマネタリーベースの伸び率に固執していた場合には、大幅なデフレ政策になっていたことになる。このように量の目標値の設定には技術的な難しさが伴う訳である。

 以上を踏まえ、2月12日以降の日銀の政策スタンスについて自分なりの解釈に基づき表現してみたい。オーソドックスな変更だったと言ったがそうでない面もある。抽象的には、足下の政策は量と金利の中間に位置する政策であるといえる。すなわち何らかの量的指標に目標値を設定し、それにコミットしている訳ではない。ただ流動性を潤沢に供給することは念頭に置いている。一方、金利を目標にしているかというと、必ずしも金利水準にコミットしている訳ではない。政策委員会が発表した金融市場調節方針の表現は、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す」あるいは「徐々に一層の低下を促す」というものである。これらを読む限りにおいては、量を増やす政策を実施する際に行う金利の操作の仕方に近い内容である。従って、今回の政策の考え方は、なるべく多く量を増やすためにできる限り金利を低下させるという意味では量の政策に近いが、量の政策が有する欠点、すなわち過度の金利の乱高下やそれに伴う金融市場の混乱を回避する、また、量の目標値設定の技術的難しさを回避するために、取り敢えず金利に軸足を置きつつこれをできるだけ引下げるというものである。

 量について明確にコミットできない理由は色々あるが、例えば準備預金の超過準備額は日銀によるコントロールがある程度可能であると考えられるが、金利の低下あるいは準備預金の増加がその他のマネーの量にどの程度影響を及ぼすかという点にはかなりの不確実性があり、準備預金以外のマネーに対し量的目標を設定することはなかなか難しいのが実情である。

 その意味ではやや過大評価かもしれないが両方の良いところを狙った政策であるという言い方もできるかもしれない。勿論逆に中途半端な政策であるとの批判もあり得るかもしれない。

以上