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最近の金融経済情勢 -- わが国金融システムの再生に向けて

1999年 3月18日 内外情勢調査会における日本銀行総裁講演要旨

1999年 3月18日
日本銀行

 本日は、内外情勢調査会にお招き頂き、皆様方にお話する機会が得られましたことを、大変光栄に存じます。

 はじめに最近の金融政策運営について簡単にお話したあと、「わが国金融システムの再生に向けて」とのテーマのもとに、私どもの考えを述べることとしたいと思います。

1.最近の金融政策運営について

2月の金融緩和措置について

 まず、最近の金融政策運営についてですが、ご存知のとおり、日本銀行は、先月12日、一段の金融緩和措置を実施しました。新しい金融調節の方針は、「市場に混乱を生じさせないよう配慮しながら、オーバーナイト・コールレートを、できるだけ低めに推移するよう促す」というものです。

 こうした緩和措置の背景を改めて述べますと、国内の景気は、公共投資の拡大に支えられて、昨年秋以来、悪化テンポが緩やかなものとなってきました。しかし、民間の経済活動は停滞を続け、企業や消費者の心理も依然低迷を続けています。さらに、昨年末以来の長期金利の上昇と円高気味の為替相場の展開は、経済の先行きに、新たなマイナスの影響をもたらすおそれが出てきました。仮にこうした状態が続けば、景気の悪化に歯止めがかからず、将来、悪化テンポが再び速まるリスクも懸念されるようになりました。こうした情勢を踏まえて、私どもでは、金融政策運営面から経済活動を最大限サポートすることが適当と判断したものです。

 その後の情勢をみると、オーバーナイト金利は、日本銀行による潤沢な資金の供給を背景に、最近はゼロ%に近い水準まで低下しています。1か月物や3か月物など、やや長めの短期金利も、かなり低下してきました。さらに、——これには金融緩和以外の要因も作用していると思いますが、——長期金利が一頃に比べて明確に下がり、為替相場も総じて円安方向に動いてきました。株価も1万6千円前後の水準まで回復しています。私どもでは、こうした金融・資本市場全体の変化が持続するならば、投資採算の改善や、金融機関・企業の資金繰りの緩和、さらには企業や家計のコンフィデンスの改善を通じて、経済に好ましい影響を与えていくものと考えております。

 おりしも、大手銀行に対する公的資本の投入などによって、金融システム再生へ向けた動きが一段と進展する見通しにあります。政府による緊急経済対策の効果も、これから本格化してくるとみられます。今回の一段の金融緩和措置が、それらの政策効果と相俟って、経済活動を支えていくものと強く期待しております。

 ところで、このように、オーバーナイト・レートがゼロ%に近いところまで低下してきたことを受けて、「日本銀行は量的な緩和に踏み切ったのではないか」といった見方が、市場関係者の一部から聞かれております。もちろん、「金利」と「量」は、コインの表と裏の関係にあります。したがって、私どもとしても、今回の措置が金融機関行動や資金需要の変化を呼び起こして、マネーサプライなど量的金融指標の増大につながっていくことを期待しています。ただ、それは、いつの金利引下げの場合でも期待している効果のひとつといえます。

 現時点で、日本銀行政策委員会が決定し、実施してきている措置は、あくまで、「オーバーナイト・レートをできるだけ低めに推移するよう促す」ことです。もちろん、金融政策運営の手法に関して、どのようなものがありうるのかについては、今後とも基礎的な検討を十分に加えていく考えです。ただ、現在の政策運営は、あくまで、従来同様、オーバーナイト・レートをターゲットとするものであり、そうした手法を用いて、これをできる限り低下させていこうとするものです。

 また、その際、私どもとしては、市場機能の維持にも十分配意しております。実際、コール市場の残高は、オーバーナイト・レートの低下に伴って、機関投資家が資金の一部を普通預金にシフトさせたことなどから、2割方減少しています。幸い、これまでのところ、コール取引の縮小に伴って、資金決済に支障が生じるといった事態はみられていません。しかし、資金の流れに大きな変化が生じているだけに、今後とも、市場の機能が損なわれることのないよう、その動向を十分注視していきたいと考えております。

中央銀行による国債引受け、買切りオペ増額の問題点

 一方、金融緩和の方法として、長期国債を引き受けたり、長期国債の買い切りオペを増額してはどうか、とのご質問も多く受けました。しかし、——これまでも繰り返し述べてきたように、——私どもとしては、財政赤字のファイナンスにつながる、あるいはそれと誤解されかねないような施策は、中央銀行として採りえない選択肢であると考えております。

 ご存知のとおり、これまで日本銀行は、長期国債の買い切りオペは、長い目でみて銀行券の増加に見合った金額に概ね対応させていくという考え方を採ってきました。現在は、月2回、各2千億円のペースで実施しています。

 しかし、仮にこうした考え方を変えて、国債買い入れの規模をどんどん拡大するとなると、長期国債の引き受けの場合と同様に、財政規律が失われかねません。

 中央銀行が歯止めなく国債を買い入れれば、大量の国債発行であっても、その消化はとりあえず容易ということになりましょう。そうなると、先行きの経済見通しが少しでも弱めであるような場合には、民間にも政府にも、国債を大量発行して、より大きな景気対策に頼るインセンティブが生まれることになります。しかし、そうしたことを続けていけば、日本経済には、結局、膨大な財政赤字とサプライサイドの弱体化した民間部門だけが残されることになりましょう。

 経済には様々なショックが付き物ですので、現在はインフレのリスクを考える必要がなくとも、長い間にはいつか、大幅な円安、海外需給の引き締まりなど、何らかの「需要ショック」が起きる可能性は否定できません。そのときに、経済のサプライサイドが弱まり切っていると、企業は、突然訪れたビジネスチャンスを逃すまいとして、新しい技術に即応できる数少ない熟練労働者を必死に追い求めたり、稀少な資材の確保を急いだり、あるいは一斉に設備投資に走ることになります。そうなると、「必要なものが手に入らないかもしれない」という不安心理もあって、景気がそれほどよくならないうちに、インフレ圧力が高まってしまうことにもなりかねません。仮にそうなってしまった場合、それを収束させるためには、今度は、強力な金融引き締めが必要となります。その結果、経済は、きわめて深い調整を強いられることになります。

 このように、インフレを通じて経済に大きな振幅を生じさせることは、現時点では、遠い将来におけるリスクのひとつに過ぎないとはいえ、「物価の安定」を責務とする日本銀行にとって、万が一にも避けなければならない問題です。そして、将来にわたって「物価の安定」を確保し続けていくという大目標があるからこそ、日本銀行としては、財政赤字拡大への歯止めを失わせてしまうような金融政策を採ることは、できないのです。

 現在はデフレのリスクが懸念されているのだから、今から将来のインフレのことを心配するのは筋違いだ、というご意見もあるかもしれません。もちろん、私どもも、インフレのリスクというものが近い将来に心配だと申し述べているわけではなく、現在は、デフレ心理を払拭することこそが、日本経済にとってきわめて重要な課題であることは十分認識しています。だからこそ、私どもは、一段の金融緩和を行い、やるべきことはやってきたつもりです。また、今後も、景気が回復軌道に乗るまでの間は、しっかりと金融の緩和基調を維持していく覚悟であります。

 ただ、その際に、財政赤字の拡大をどんどん促進していくことにつながるような、——いわば将来に禍根を残すような——金融緩和手段は避けつつ、あくまでも中央銀行としての節度を保ちながら、経済活動を金融面から下支えしていきたいと考えております。中央銀行に独立性が必要とされるのは、その時々の求めや流れだけにとらわれるのでなく、常に先々の通貨価値の安定を考えて行動する役割が期待されているからです。いま必要な潤沢な資金供給を行ないながら、それと同時に、将来のインフレの種となるものは注意深く排除していかねばならないと考えております。

構造改革の重要性

 そしていま、日本経済にとって真に必要なのは、財政政策や金融政策で経済を下支えしている間に——その時間的な余裕はあまり長くないかもしれませんが——、バブル崩壊後生じた民間企業の生産性の低下を反転させ、サプライサイドを強化していくことであると考えます。日本経済の構造改革が進まず、民間部門の新陳代謝がなされないまま、総需要政策だけをひたすら打ち続けていけば、経済はどんどん非効率になって生産性が低下していきます。それは、いつか何かの拍子に大きなインフレが起こる可能性を抱えたままの、脆弱な体質の経済を意味します。インフレのリスクを心配しないで、持続的な経済成長を享受していくためには、米国の8年間にわたる景気拡大を例にとるまでもなく、イノベーションや新規分野の開拓によって、民間経済が活性化された状態に保たれることが必要です。

 最近の産業界の動きをみますと、この3月決算で、バブル崩壊後引きずってきた「負の遺産」を処理していくような、思い切った動きが出てきています。そうした動きは、大掛かりなリストラに着手していく企業の決意のあらわれとも言え、それ自体、あるべき方向と評価できます。そうした「過去への訣別」の一方で、あるいはそうしたリストラの動きがきっかけとなって、「未来を先取りする前向きの動き」が出てくる、ということであれば、産業構造の調整が円滑に進み、マクロ経済もスムーズに立ち直っていくという理想的な姿になるわけです。

 問題は、現在の状況をみる限り、「前向きの動き」があまり出てこないまま、「過去の清算」だけが急速に進み、マクロ経済のデフレ色が強まっていくというリスクを、なかなか排除しきれない点にあります。この点について、構造改革に向けて産業界、政府を含めて様々な取り組みが出てきていることには、大いに期待したいと思います。

 また、経済の古い部分が剥がれて、新しい動きが芽生えてくるというダイナミックな過程は、どうしても大きな不確実性を伴うものです。そうした環境に立ち向かう企業活動を金融面からサポートしていくため、わが国金融システムを早期に再生していくことも、重要な課題です。

 こうしたことも念頭に置いたうえで、次に、わが国金融システムの再生に向けて、日頃、私どもが考えていることについて、お話ししたいと思います。

2.わが国金融システムの再生に向けて

1.わが国金融システムの現状

 振返ってみますと、1989年末の株価ピークからすでに約9年、地価が下落に転じてから約7年が経過しました。この間、不良債権問題への対応に要したコストはすでに巨額にのぼっていますが、なお問題の最終的な解決に至っていないことは、非常に残念な事態といわざるを得ません。

 金融の国際化や情報化が、かつてないスピードで進展している今日、内外金融市場間の結び付きは大変に強まっています。ひとたび市場の一角で金融不安が生じた場合、そのショックがそうした結び付きを通じて津波のように伝播していくリスクは飛躍的に高まっています。わが国の不良債権問題を早期に克服し、金融システムに対する信認を回復することが、わが国自身にとって重要な課題であるだけでなく、国際的な関心ともなっているのは、こうした背景によるものです。

 もちろん、この間、関係者による懸命な対応が続けられてきました。実際、不良債権問題への対応のための制度面の整備は、昨年の金融再生法・早期健全化法の成立により大きく進展しました。枠組みの整備が進んだ現在、不良債権問題への対応は、不退転の決意をもって「実践」していく局面に入ったといえましょう。

 これまで私は、わが国の金融機関あるいは金融システムに対する信認が低下している基本的背景は過小資本問題であると考え、資本増強の必要性を繰り返し主張してきました。この点、今般、大手行に対し、相当規模の公的資本投入が決定されたことは、信認回復に向けた大きな一歩として、率直に評価しているところです。しかしながら、公的資本の投入だけで問題の全てが解決する訳ではありません。私どもとしては、金融再生を果すため、今後、金融機関が、不良債権のバランス・シートからの切り離しや、金融再編の流れも視野に入れた経営の再構築等の面で、引き続き全力を傾注していくことを強く期待しています。

 ここ数年、欧米では、欧州統合への対応や新規業務への進出のため、業種や国境を超えた合併や提携策を発表するなど、国際金融市場における競争のダイナミズムを示すような大規模な金融再編が進んでいます。この間、わが国における再編は限られたものにとどまっていましたが、ごく最近、公的資本の投入をひとつの契機ともして、多様な提携・再編がみられはじめたことは、注目すべき動きと受け止めています。改めて申すまでもなく、金融業自体が規制緩和や情報技術革新に後押しされる形で、非常に多様なものとなりつつあります。その中で、どの分野に自らの比較優位を見出し、経営資源を投入していくか、また、足らざる部分をいかに効率的に補っていくか、といった戦略的対応がこれからの金融機関経営に強く求められていると思います。目的達成のためには、国内のみならず、海外金融機関と手を携えることが有効な場合もあるでしょう。私は、そうした動きが、今後さらに大きな金融再編へつながっていくべきものと考えています。

2.現時点で得られた教訓

 わが国にとって現在最も重要な課題のひとつは、来たるべき21世紀において信用仲介機能のほか金融に求められる機能を十分に発揮していける、効率的かつ安定的な金融システムをいかに構築していくか、ということです。わが国は、なお不良債権問題克服に向けた途上にあり、最終的にいかなる教訓が導かれるかは、後世の評価を待たなくてはなりません。ただ、これまでの経験から得られた教訓をここで整理しておくことは、新たな金融システム構築のための作業を進めていくうえで意味のあることではないかと思います。

 これまで得られた教訓を私なりに整理してみると、「わが国では、金融を巡る環境変化に対応して、もっと早く『リスク管理重視』や『市場メカニズムの活用』といった新たな基本理念への転換を図るべきであった。今後は、遅れを取戻すためにも、こうした転換を加速していく必要がある」ということに尽きるように思われます。

 基本理念の転換が遅れた具体的な背景として、まず指摘できるのは、金融機関のリスク管理体制が未整備であったことです。バブル期において、わが国の金融機関は、リスク管理体制が不十分なまま、量的拡大に向かっていきました。今振り返れば、当時、地価下落の可能性に関する吟味が不十分であったこと、不動産関連という特定分野に与信が集中したことなどは、いずれも信用リスク管理の基本が欠落していたことのあらわれと言わざるを得ません。この時期、海外の大手金融機関は、信用リスクのみならず市場リスクなどの管理技術の向上にしのぎを削っていましたから、バブル崩壊後、わが国金融機関の受けたダメージの大きさは、リスク管理の不十分さを、ことさらさらけだす形となってしまったように思います。

 第2は、市場によるチェック機能が有効に作用していなかった、あるいは、それを促す仕組みが十分ではなかったという点です。ひとつの背景は、ディスクロージャーに対する関係者の慎重な姿勢であったと考えられます。例えば、不良債権額の開示については、ひと頃までは、「金融システムに動揺を招きかねないため、慎重に進めるべきである」との考え方が有力でした。また、会計の制度面および運用上の問題も、金融機関経営の実態を外部から見えにくくしました。こうした状況は、金融機関の経営内容に関する不透明感を高め、かえってわが国金融システム全体に対する信認の低下に拍車をかけたといえましょう。

 第3は、金融環境の変化に対して、金融当局も必ずしも十分対応できていなかった憾みがあります。従来、当局は細部にわたる事前的規制や金融機関に対する個別指導に依存して、金融システムの安定維持を図ってきました。こうした手法が、長年金融システムの安定に貢献してきたことは事実でしょう。しかしながら、このような当局のスタンスは、結果として金融機関のリスク管理や自己責任意識の定着を遅らせたり、横並び意識の温床となった面があったように思います。

 以上のような体制──いわゆる護送船団方式ともいうべきもの──の下で、金融機関は均質な金融サービスを提供してきました。そうした下にあっては、十分な競争原理が働かず、また、新商品を考案しても、開発者利益につながりにくかったため、経営差別化のインセンティブも働きにくかったことは否めません。

 こうした旧来型の基本理念は、金融業が十年一日のごとくその姿を変えなくてもよい世界であれば、有効であり続けたかも知れません。しかし、現実には、金融技術は飛躍的な革新を遂げつつあり、進化する金融取引や市場に先回りして細かな規制の網を掛け、そのことのみによって金融機関の健全性を維持していくことは最早困難となってきています。そこで、金融システム安定のためには、自己責任や市場機能に軸足を置いた新たな基本理念への転換といったことが必要となっている訳です。

3.新たな基本理念への転換

2001年4月問題

 現在、わが国は、2001年3月末までの時限措置として、(1)公的資本投入の仕組み、(2)預金等の全額保護、(3)ブリッジ・バンクや銀行の一時国有化など、包括的なセーフティネットを構築しています。こうした対応は、わが国金融システムの厳しい状況に鑑みれば、現時点では、必要不可欠なものです。ただ、こうした措置を安易に延長することは、公的資金を含むコストの上昇や預金者・金融機関等のモラル・ハザードを惹起したり、不良債権問題克服のさらなる遅延を招きかねないため、適当ではないと考えています。また、そもそもフリー、フェア、グローバルという金融ビッグバンの精神とも相容れないと思います。

 もっとも、これは2001年4月以降、金融機関が破綻する場合、全て「預金保険金の支払い」という意味でのいわゆる「ペイオフ」により処理されるべきであるということではありません。2001年4月に向けて重要なことは、まず、それまでに個々の金融機関の財務内容・資本基盤をしっかりとしたものにすることです。併せて、これまでの破綻事例等も教訓としつつ、今から申上げるような新たな金融の基本理念に基づき、21世紀の金融システムにふさわしい、より社会的・経済的コストの少ない、かつ早期に問題を解決し得るセーフティネットをいかにしてデザインしていくか、ということであると思います。

リスク管理の重視

 新たな基本理念の第1は、リスク管理の重視です。デリバティブ取引の拡大を引合いに出すまでもなく、金融取引が、今後とも急速な変化を遂げていくことは、疑いないところです。このことは、特に国際金融市場で厳しい競争にさらされている大手行のリスク管理には、「これで十分」という終りがなく、金融革新に対応した不断の努力が必要であることを示しています。また、リスク管理システムから産み出された情報の内容なり性格を、経営者が十分に理解したうえで、実際の経営方針の決定に活用される必要があることはいうまでもありません。

市場機能の活用

 第2には、市場によるチェック機能を活用しつつ、金融システム自体の中に、その安定性確保のための仕組みを組み込んでいく工夫が必要です。このためには、まず、市場に対する情報提供の拡大、すなわち金融機関経営の透明性向上が前提となります。

 この面でまず重要なのは、会計制度面の手当てです。現在、不良債権の査定基準や償却・引当基準の見直しが進められているところですが、さらに、近い将来導入が予定されている時価会計への積極的な対応が必要です。こうした会計制度面の手当ては、金融機関のバランス・シートの透明性を高めるのみならず、自らの財務内容を的確に把握することを通じて、金融機関自身のリスク認識を高めることにも役立つものと考えています。

 透明性向上という点では、金融機関の経営内容の開示の自主的拡大も大事です。この点は、私どもとしても、かねてより強く主張してきたところです。開示の拡大は、時として、金融機関に対し、未解決の問題を対外的に明らかにせざるを得ないという厳しい選択を迫る場合があり得ます。しかし、これまでの経験からみても、問題が存在することを率直に認めたうえで、その解決に向けた道筋をはっきりと示す方が、市場からの信認を確保するうえでより有効であると思います。また、市場の信認を得るためには、経営陣が、自らの言葉で、経営方針を明らかにしていくことも重要です。いずれにせよ、金融機関には、情報開示を、外部から課せられた「義務」ではなく、自らをアピールするための「機会」として認識し、積極的に活用していくことが求められているといえましょう。そして、ひとたび、そうした積極的な開示を行う先が出てくれば、これに追随したり、さらに内容を充実させようとしたりする形で、ダイナミックな競争プロセスが働くことになるように思います。

 以上のような市場機能の活用やリスク管理の高度化は、金融機関の経営悪化を未然にチェックするものですから、規制や監督のためのコスト削減にも資するばかりでなく、金融機関の破綻防止といった面でセーフティネットへの負担を軽くするものでもあると考えられます。

4.日本銀行の対応

 金融機関の不良債権問題については、これまで、日本銀行としても、「最後の貸手」機能の発揮等により、その時々の制度の枠組みの中で最善を尽くしてきた積りです。同時に、これまでの金融危機への対応の中で重ねてきた経験を踏まえ、中央銀行の果すべき役割について、絶えず点検を行っていくことも必要であると考えています。

日本債券信用銀行問題

 こうした観点から、私どもとして、まず検証しておかねばならないのは、日本債券信用銀行の問題であると思います。同行の特別公的管理により、日本銀行の新金融安定化基金を通じた日本債券信用銀行に対する800億円の出資は、結果として毀損され得る事態となりました。同行が経営再建策を取りまとめた1997年4月当時、その経営問題に対処すべきセーフティネットの枠組みは存在せず、預金保険制度により金融債を保護できるというコンセンサスもありませんでした。仮に同行の経営が行き詰った場合には、内外金融システムに大きな混乱をもたらすことが強く懸念されたため、私どもとしては、ギリギリの選択として、新金融安定化基金の活用を図ったものであり、当時、他に手段はなかったと考えています。しかしながら、結果として、当該出資が毀損し得る事態となったことは、私どもとしても重く受け止めているところです。

 日本銀行としては、今回の経験を踏まえ、例えば、信用秩序の維持に資するための信用供与の可否を判断する際の4原則──(1)システミック・リスクが顕現化する惧れがあること、(2)日本銀行の資金供与が不可欠であること、(3)モラル・ハザード防止の観点から、適切な対応が講じられること、(4)日本銀行自身の財務の健全性維持に配慮すること、──について、運営方針の一層の明確化を図っていくことが必要であると考えています。とくに公的資本増強など、セーフティネットの整備が進められた現在、日本銀行による出資、即ちリスク・キャピタルの供与については、一段と慎重に対応していくべきものと考えています。いずれにしても、日本債券信用銀行の問題も含め、バブルの生成と崩壊に伴う金融システムの動揺と、それに対する対応の中から、私どもが得た貴重な経験や教訓は、組織の中でしっかりと受け継ぎ、今後の対応に最大限活かしていく所存であります。それが新しい日銀法の下で、私どもに課せられた責務であるとも心得ております。

考査・モニタリングの見直し

 金融を巡る環境変化や金融機関の破綻処理の経験を踏まえ、日本銀行の考査やモニタリングのあり方についても、幅広い観点から見直していく必要が生じています。この点、バブルの生成・崩壊の過程で、考査・モニタリングが、金融機関の経営実態の把握やそれを踏まえた対外的な働きかけを必ずしも十分には果し得なかった面もあることは否定できません。

 中央銀行は、銀行業務を通じて政策を実行する主体であり、個別の取引相手の経営実態を把握するという考査・モニタリングは、政策遂行の出発点となる重要な作業です。また、考査・モニタリングを通じ、金融システム全体におけるリスクの所在やその顕現化の可能性を的確に把握することは、金融システムの動揺を未然に防止するうえでも必要です。

 実地考査の運営面では、引き続き経営体力やリスク管理体制のチェックが重要なテーマとなりますが、金融機関経営を巡る環境変化に機動的に対応し得るよう、考査の頻度を弾力的に考えていくほか、調査のポイントを絞ったいわゆる「ターゲット考査」も活用していく方針です。また、考査と日常のモニタリングを、より一体的に運営することにより、切れ目のない金融機関の実態把握に努めていく予定です。なお、こうした運営は、金融機関サイドの負担軽減にも資するものと考えています。

 このほか、考査や日常のモニタリングを通じて得られた金融システム全般に関わる調査や研究成果について、可能なものは対外公表に努め、金融機関のリスク管理手法の高度化を後押ししていきたいと考えています。

預金保険機構向け貸付

 次に私どもの預金保険機構向け貸付について一言述べたいと思います。不良債権問題への対応の過程において、預金保険機構における必要資金が多額にのぼる中で、日本銀行の預金保険機構向け貸付も著しく増加しており、かつこれが長期間固定化する可能性が大きくなってきています。日本銀行のバランス・シートにおいて、こうした資産が大きく増加すると、本来、短期・流動的な金融資産の取得、処分を通じて金融調節を行う中央銀行にとって、資産が劣化しているとの疑念を呼び起こすばかりでなく、金融政策、金融調節面にも多大な支障を生じさせかねないきわめて大きな問題であると受け止めています。そもそも、預金保険の運営に関し、必要な資金を中央銀行が供給するのは、海外の例に照らしても、きわめて異例な対応であり、現に主要国では、そうした例はありません。従って、日本銀行としては、預金保険機構の資金調達は、債券発行を含む民間調達がまず優先されるべきであり、日本銀行による貸付は、必要最小限に止めることが必要と考えているところです。

 もちろん、日本銀行としても、わが国金融システムの現状を考えれば、預金保険機構の業務の円滑な実施に必要な資金を短期的に供給することまで躊躇するつもりはありません。ただ、以上申し上げてきたような観点から、他に可能な資金調達手段を優先し、日本銀行資金は、「一時的なつなぎ資金」であるとの趣旨をより明確にするとともに、日本銀行資金の長期固定化を回避していくためには、従来公定歩合を適用してきた預金保険機構に対する貸付金利について、民間金融機関の貸付金利等を勘案しつつ、見直しを行っていくことも検討課題であると考えています。

5.終りに

 既に申し述べたように、わが国金融システムは、未曾有の危機を経験してきました。これは、金融が手厚い保護を受けたかつての立場から、新しいノウハウと所得を産み出す競争的な「産業」──financial industry──へ生れ変るための苦痛を伴う過程ともみることができましょう。

 そうした再生の道のりは決して平坦なものではありません。しかしながら、金融機関の思い切ったリストラや再編の動きがみられ始めていること、あるいは、人材を含めた経営資源の面で潜在的な力は十分にあると思われることからみて、わが国の金融機関は、「量ではなく質において」、「前例踏襲ではなく先見性において」、近い将来十分な競争力をもった産業として蘇る時が来るはずであると私は信じています。

 ご清聴ありがとうございました。

以上