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マカオ金融為替管理庁主催コンファランスにおける藤原副総裁講演

1999年 5月14日
日本銀行

1.はじめに

 本日は、International Conference on Central Banking Policiesにお招き頂き、大変光栄に存じます。私からは、本セッションのテーマであるSoundness of Financial Systemsに関連し、中央銀行として、日本の不良債権問題に対処してきた経験や、私どもが日頃考えていることなどについてお話ししたいと思います。

 日本の金融システムは、現在、大きな2つの課題を負っています。その第1は、いうまでもなく、直面する不良債権問題を早期に克服していくことです。そして、第2は、その過程で得られた教訓をも踏まえ、来るべき21世紀において信用仲介機能を十分に発揮していける、効率的かつ安定的な金融システムを構築していくことだと思います。後程述べるように、日本は、なお不良債権問題克服に向けた途上にあり、最終的に如何なる教訓が導かれるかは、後世の評価を待たなくてはなりません。ただ、これまでの経験から得られた教訓を、この時点で整理しておくことは、日本が新たな金融システム構築のための作業を進めていくうえで意味のあることではないかと思います。また、こうした私どもの経験が、不良債権問題に直面しているアジアの国々にとっても、何らかの参考となれば幸甚です。

2.不良債権問題への対応状況

 まず、日本における不良債権問題への対応状況を概観してみたいと思います。日本は、既に、不良債権問題への対応に多大の時間的、金銭的コストを投じています。まず、時間的コストの面では、いわゆるバブルが崩壊し、地価が下落に転じてから、そして、日本の金融史上初めて、預金保険が、小さな地域金融機関の破綻処理に発動されてから、既に約7年間が経過しました。

 この間、日本が、不良債権問題への対応に要した金銭的コストは、直接的なものだけをとりあげても、7年間の累計で、既に約70兆円にのぼっています。これは、(1)日本の金融機関が、不良債権処理のために計上した損失額の約52兆円、(2)約60の破綻金融機関の処理コストの約9兆円、(3)金融機関に対する公的資本投入額の約9兆円(公的資本投入額:昨年:約1.8兆円、本年:約7.5兆円)を単純に合計したものです。現在一時国有化されている日本長期信用銀行や日本債券信用銀行──これらは、かつてのinternational playersですが──のバランス・シートをきれいにし、健全な引受け手に渡すために、なお兆円単位のコストがかかると見込まれます。

 このように、長期の時間と巨額のコストを費やしても、なお不良債権問題を最終的に解決するに至っていない背景には、日本においては、景気の低迷や地価の下落が現在に至るまで続いているため、一旦、引当て等の処理を行った不良債権についても、次々と追加的な損失が生じているといった事情もあります。そして、こうした事情が、わが国の不良債権問題を一層複雑でやっかいなものとしているのも事実ではありますが、それにしてもより迅速な解決を図ることができなかったのか、といった思いは禁じ得ません。

 私どもは、金融の国際化や情報化の急速な進展を背景に、国際市場間のlinkageが強まり、市場の一角で生じた金融不安が世界中に津波のように伝播していくリスクを十分認識しています。換言すれば、日本が、不良債権問題を早期に克服していくことが、わが国自身にとって重要な課題であるだけでなく、アジア近隣諸国はもとより、世界中の国から関心を持たれていることを痛感しています。私どもが、「日本発の国際金融不安を起こしてはならない」と繰り返し述べてきたことは、こうした認識を背景とするものであります。

 わが国の関係者は、こうした点をも念頭に置きつつ、不良債権問題に対して懸命な対応を行っているところです。特に、制度面では、昨年の金融再生法・早期健全化法の成立により、枠組みの整備が大きく進みました。こうした枠組みの下で私どもとしては、不良債権問題に対し、不退転の決意をもって「実践」していく局面に入ったと考えています。

 これまで日本銀行は、「わが国の金融機関あるいは金融システムに対する信認が低下している基本的背景は過少資本問題である」と考え、資本増強の必要性を繰り返し主張してきました。この点、本年3月末に、大手行に対して相当規模の公的資本投入が既に実施され、今後、地方銀行に対しても公的資本の投入が検討される見込みにあることは、わが国金融システムの信認回復に向けた大きな一歩として、率直に評価できると考えています。しかしながら、公的資本の投入だけで問題の全てが解決する訳ではありません。私どもとしては、金融再生を果すため、今後、わが国の金融機関が、不良債権のバランス・シートからの切離しや、金融再編の流れも視野に入れた経営の再構築等の面で、引続き全力を傾注していくことを強く期待しています。

 度重なる制度整備の結果、現在、わが国では、2001年3月末までの時限措置としてではありますが、(1)公的資本投入の仕組み、(2)預金等の全額保護、(3)ブリッジ・バンクや銀行の一時国有化など、包括的なセーフティネットが構築されています。こうした対応は、わが国金融システムが置かれている厳しい状況に鑑みれば、現時点では、必要不可欠なものです。現在、日本においては、こうした時限措置を延長すべきか否かといった点が、議論され始めたところです。日本銀行としては、単純な期限延長を安易に視野に入れることは、公的資金を含むコストの上昇や預金者・金融機関等のモラル・ハザードを惹起しかねないほか、不良債権問題克服の更なる遅延を招きかねないため、適当ではないと考えています。また、単純な期限延長は、現在、わが国が推進している金融ビッグバンの精神──フリー・フェア・グローバル──とも相容れないとも思います。

 私どもとしては、2001年4月以降、どのようなセーフティネットの仕組みを設けていけばよいのか、これから真剣に考えていこうと思っています。しかしながら、それまでに個々の金融機関の財務内容や資本基盤をしっかりとし、そもそもセーフティネットに依存する必要が生じないよう体質強化を図っておくことが、まず基本的に重要であると考えています。

3.リスク管理の重視と市場機能の活用

 それでは、次に、21世紀の金融システムにふさわしい、より社会的・経済的コストの少ない、かつ早期に問題を解決し得るセーフティネットをデザインしていくには、どうしたらよいのか。そのために、これまでの不良債権問題への対応から、いかなる教訓を導くべきかという点につき、私の考えを述べてみたいと思います。

 まず最も基本的な教訓は、「バブルは一旦発生させてしまうと、その後の対応に、長期にわたり、巨額の国民経済的コストを要する。従って、バブルの発生を未然に防止する適切なマクロ政策運営が重要である」ということだと思います。また、本conferenceのテーマである金融システムに関する教訓としては、「急激な環境変化の下にある金融システムの安定確保のためには、金融機関のリスク管理重視と市場メカニズムの活用が基本である」という点を指摘できると思います。以下では、この点について、若干敷衍してみたいと思います。

 まず、指摘できるのは、バブル期当時、わが国金融機関のリスク管理体制は相当程度、未整備であり、こうした不十分なリスク管理体制のまま、量的拡大に前傾化していってしまったということです。今振り返れば、当時、地価下落の可能性に関する吟味が不十分であったこと、不動産関連という特定分野に与信が集中したことは、いずれもわが国金融機関において、信用リスク管理の基本が欠落していたことの表れといわざるを得ません。この時期、海外の大手金融機関は、信用リスクのみならず市場リスクなどの管理技術の向上にしのぎを削っていましたから、バブル崩壊後、わが国金融機関の受けたダメージの大きさは、リスク管理の不十分さを、殊更さらけだす形となってしまったように思います。

 こうした反省のうえに立って、わが国金融機関は、今後、リスク管理を一段と重視していく必要があります。デリバティブ取引の拡大を引合いに出すまでもなく、金融取引が、今後とも急速な変化を遂げていくことは、疑いないところです。このことは、特に国際金融市場で厳しい競争にさらされているinternational active banksのリスク管理には、「これで十分」という終りがなく、金融技術革新に対応した不断の努力が必要であることを示しています。また、リスク管理システムから産み出された情報の内容なり性格を、経営者が十分に理解したうえで、実際の経営方針の決定に活用される必要があることはいうまでもありません。

 第2は、市場メカニズムが有効に作用していなかった、あるいは、それを促す仕組みが十分ではなかったという点です。ひとつの背景は、disclosureに対する関係者の慎重な姿勢であったと考えられます。例えば、不良債権額の開示について、日本では、ひと頃までは、「金融システムに動揺を招きかねないため、慎重に進めるべきである」との考え方が有力でした。また、会計基準が明確でなかったことも、金融機関経営の実体を外部から見えにくくしました。こうした状況は、金融機関の経営内容に関する不透明感を醸成し、却ってわが国金融システム全体に対する信認の低下に拍車をかけたといえましょう。

 今後は、市場によるチェック機能を活用しつつ、金融システム自体の中に、その安定確保の仕組みを内在化させていく工夫が求められます。このためには、まず、市場に対する情報提供の拡大、すなわち金融機関経営の透明性向上が前提となります。

 この面でまず重要なのは、会計面の手当てです。わが国においては、最近、検査における資産査定・引当基準の見直しが行われたところです。更に、近い将来導入が予定されている時価会計にも積極的な対応が必要だと考えています。こうした会計面の手当ては、金融機関のバランス・シートの透明性を高めるのみならず、金融機関が自らの財務内容を的確に把握することを通じて、リスク認識を高めることにも役立つものと考えています。

 透明性の向上という面では、金融機関は、経営内容のdisclosureを自主的に拡大していくことも大事です。この点は、日本銀行としても、かねてより、邦銀に対して強く主張してきたところです。disclosureの拡大は、時として、金融機関に対し、未解決の問題を対外的に明らかにせざるを得ないという厳しい選択を迫る場合があり得ます。しかし、これまでの経験からみても、問題を隠蔽しようとするよりも、問題の存在を率直に認めたうえで、その解決に向けた道筋をはっきりと示す方が、市場からの信認を確保するうえで有効であると思います。また、市場の信認を得るためには、経営陣が、自らの言葉で、経営方針を明らかにしていくことも重要です。いずれにせよ、金融機関には、情報開示を、外部から課せられた「義務」ではなく、自らをアピールするための「機会」として認識し、積極的に活用していくことが求められているといえましょう。そして、ひとたび、そうした積極的な開示を行う先が出てくれば、これに追随したり、更に内容を充実させようとしたりする形で、金融機関の間に、disclosure大面でも、ダイナミックな競争プロセスが働くことになるように思います。

 この間、日本の金融当局の対応を振り返ってみると、金融環境の変化に対して必ずしも十分対応できていなかった憾みがあります。従来、当局は細部にわたる事前的規制や金融機関に対する個別指導に依存して、金融システムの安定性維持を図ってきました。こうした手法は、長年、日本の金融システムの安定に貢献してきた面があると考えられます。しかしながら、こうした当局のスタンスは、結果として金融機関のリスク管理や自己責任意識の定着を遅らせたり、横並び意識の温床となった面があったように思われます。

 以上のような体制─いわゆる「護送船団」方式ともいうべきもの─の下で、わが国の金融機関は均質な金融サービスを提供してきました。そうした下にあっては、そもそも、新商品を考案しても、開発者利益に繋がりにくかったため、経営差別化のインセンティブも働き得ませんでした。

 こうした旧来型の体制は、金融業が十年一日の如くその姿を変えない世界であれば、有効であり続けたかも知れません。しかし、現実には、金融技術は飛躍的な革新を遂げつつあり、進化する金融取引や市場に先回りして規制の網を掛けていくことは最早困難となってきています。そこで、金融システム安定のためには、既に述べたように、自己責任や市場機能に軸足を置いていくことが必要となっている訳です。また、市場機能の活用やリスク管理の高度化は、金融機関の経営悪化を未然にチェックするものですから、規制や監督のためのコスト削減にも資するばかりでなく、金融機関の破綻防止といった面でセーフティネットへの負担を軽くするものでもあると考えられます。

4.日本銀行の対応

 不良債権問題への対応については、これまで日本銀行としても、中央銀行が持つ本源的な役割のひとつである「最後の貸手」機能の発揮等により、その時々の制度の枠組みの中で最善を尽くしてきた積りです。

 私どもは、信用秩序の維持に資するための信用供与判断の基準につき、4つの原則──(1)システミック・リスクが顕現化する惧れがあること、(2)日本銀行の資金供与が不可欠であること、(3)モラル・ハザード防止の観点から、適切な対応が講じられること、(4)日本銀行自身の財務の健全性維持に配慮すること、──を公表しています。ただ、金融危機に対する中央銀行の対処については、透明性と同時に、ケース・バイ・ケースの判断が求められるものであり、一律の解答がある訳ではないことも事実です。私どもとしては、これまで重ねてきた経験をも踏まえ、中央銀行の果すべき役割について、絶えず点検を行いつつ、適切な対応を図っていく必要があると考えています。

 信用秩序の維持に関連して、日本銀行では、当座預金取引先に対して立入調査──考査──やオフサイトのモニタリングを実施しています。中央銀行は、銀行業務を通じて金融政策を実行する主体であり、その波及経路である取引相手の経営実態等を把握するという考査・モニタリングは、金融政策遂行のうえでも重要な作業であると考えています。同時に個々の金融機関の経営内容、リスク管理の状況を点検することによって、金融システム全体におけるリスクの所在やその顕現化の可能性といった「マクロ・リスク・プロファイル」を的確に把握することは、金融システムの動揺を未然に防止するうえでも役立つものです。この点、これまでのいわゆる「護送船団」方式の反省も含め、これからは機動的なオンサイト考査を実施するとともに、オフサイト・モニタリングとの連携を密にしつつ、より適切な対応を図っていく考えです。

 このほか、考査・モニタリングを通じて得られたマクロ情報や研究成果については、今後の日本銀行の政策運営に一層活用していくほか、可能なものは対外公表し、金融機関のリスク管理手法の高度化を後押ししたいと考えています。

 金融システムの安定という観点からは、自らが運営する日銀ネットの改善をはじめとして、決済リスクの削減も日本銀行の重要な役割です。現在、私どもは、日本銀行当座預金決済、国債決済の双方をRTGS化するという作業を進めていますが、これは決済システムの一角で生じた混乱がシステム全体に波及する、いわゆるシステミック・リスクの削減にとって、必要不可欠の仕組みです。私どもは、これを2000年末までに実現すべく、鋭意取組んでいるところです。また、日本銀行当座預金におけるオンライン振替のサービス提供時間についても、主として外国為替取引に関する決済リスク削減をサポ−トするとの観点から、2000年末までに当座預金決済のRTGS化と同じタイミングで延長していく予定です。

 コンピュータ2000年問題についても、積極的に取組んでいるところです。私どもでは、2000年問題に焦点を当てたタ−ゲット考査等を通じて金融機関の対応状況を把握するとともに、昨年末以来、3回に亘り日銀ネットおよび民間決済システム等との対外接続テストを通じて、日本の金融機関の本問題への対応が順調に進んでいることを確認してきたところです。今後、今週末(5月15、16日)を含め年間にあと3回の対外接続テストを予定しています。また、2000年問題の性質上、問題の発生を完全に回避することは困難であることをも考慮し、昨年11月に、「コンティンジェンシー・プラン策定上の留意点」を公表したり、本年4月に、日本銀行自身のコンティンジェンシー・プランの概要を公表するなどして民間金融機関における危機管理体制の整備を後押ししてきました。日本銀行としては、今後とも本問題への対応全般について積極的に取組み、万全の体制を敷いていく所存です。

5.終りに

 冒頭申し述べたように、わが国金融システムは、未曾有の危機を経験してきました。これは、金融が国家による手厚い保護と規制を受けていた、かつての立場から新しいノウハウと所得を産み出す競争的な「産業」−financial industry−へ生れ変るための苦痛を伴う過程ともみることができましょう。

 そうした再生の道のりは決して平坦なものではありません。しかしながら、日本の金融機関においても、思い切ったリストラや再編の動きがみられ始めていること、金融再生にかける当局の意思は明確かつ強固であること、あるいは、1,200兆円にのぼる個人金融資産が蓄積されていることなどからみて、わが国の金融機関が十分な競争力をもった産業として蘇る時が来るはずであると私は信じています。将来、再び皆様方の前でお話する機会があれば、その際には、是非、「日本の金融機関は如何にして再生したか」というテーマでお話ししたいものです。

 ご清聴ありがとうございました。

以上