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現下の金融経済情勢 --新日銀法施行から一年--

1999年 5月 28日・福島大学50周年記念講演における三木利夫審議委員講演要旨

1999年 5月28日
日本銀行

1.はじめに

 ただ今、ご紹介を頂戴いたしました日本銀行政策委員会審議委員を務めております三木でございます。まずは福島大学がこの度創立50周年を迎えられましたことを心よりお慶び申し上げたいと思います。また、そうした節目の記念講演にお招き頂きましたことを、大変嬉しく思っております。

 当地 福島は、戦前は、日本経済の一つの柱であった蚕糸業、すなわち養蚕と製糸を基盤に育った東北の一大商業中心地でございました。私共、日本銀行も明治32年に東北地方に初めての営業所を開設しましたが、場所はまさに東北の中心地 ここ福島でございました。

 第一次大戦以降、わが国産業が飛躍的発展を遂げる中で、当時の政府が高等教育機関の拡充に乗り出し、新潟を含む東北7県で唯一の高商を設けることを決定しましたが、その地もここ福島であり、それが福島大学経済学部の前身である旧制福島高商でございます。私自身、これまで金融界・産業界の色々な場面で福島高商ご出身の方々とお付き合いさせて頂く機会が多々あったこともあって、つい馴染みを感じて、福島高商の話を先にしてしまいましたが、福島大学のもう一つの柱は教員養成の最高学府としての流れでございます。「福島師範学校」と「福島青年師範学校」がその前身に当たりますが、これら両校はわが国近代化の流れの中で、福島県内外の教育活性化のための基盤として、大きな足跡を残されました。

 福島大学は、これら伝統ある学校が合わさり、第二次大戦後に新制大学としてスタートを切りますが、以来「地域社会に貢献する指導者の養成」という教学の理念の下、「実学との共生」をモットーに、東北地方は言うに及ばず、広く全国主要地域の経済界、教育界を中心に幾多の有能な人材を送り出してこられましたことは改めて強調するまでもありません。

 吉原泰助学長は、40年弱にわたり、福島大学でこの教学の理念の実践に当たられ、今日の福島大学の地歩を固めてこられました。この度、学生時代からの友人である吉原学長から、「福島大学は、県内唯一の国立大学として幾多の優秀な人材を経済界と教育界に送り出してきた大学として誇りを持っているが、大学での講演であるからといって必ずしもアカデミックな内容にはこだわらない。特に経済学部では伝統的に実学色の強い校風でもあるため、講演の内容についても、日本銀行の審議委員として1年間、金融政策の意思決定の現場に携わった実体験を踏まえての意見や感想を紹介してもらうことで構わない」との話を頂戴しましたので、喜んで講演をお引き受けすることとした次第です。

 私は、昨年4月1日の新日銀法施行と共に日本銀行政策委員会審議委員に任命され、これまで約1年間、金融政策の意思決定の場に参加して参りました。政策委員会への民間産業界からの起用は新法下では初めてであります。

 因みに、前職では、43年間にわたり新日本製鐵で国際競争力を常に意識しながらの厳しい企業経営の現実に直面し続けて参りました。民間産業界から起用された狙いは、金融政策は実体経済と金融を合わせ考えていくことが不可欠であり、実体経済の現場の感覚を金融政策に反映させようとしたからだと思っています。

 本日は、こうした経験を踏まえ、現下の金融経済情勢を話題の中心に据えながら、私なりの日本経済や金融の見方をお話したいと思います。また、昨年4月、新日銀法施行により日本銀行はまさに歴史的な制度変革を経験しましたが、その時からちょうど約1年を経た時期でもありますので、日本銀行の金融政策決定における新旧の変化点を織り交ぜながら、日本銀行の役割や機能にもふれてみたいと思います。

2. 新日銀法の理念と目的

 まず日銀の歴史的な制度変革のきっかけとなった新日銀法について、その特徴をかいつまんでお話します。

 新日銀法は昨年4月1日から施行されましたが、その基本理念として、中央銀行としての「独立性確保」と政策運営の「透明性向上」の二つが明確に示されました。

 「独立性確保」とは、「日本銀行が政府から独立して金融政策を決定しうる」ということであります。過去、世界の中央銀行の歴史を振り返りますと、時の政府から中央銀行に対して、インフレ的な金融政策運営を求める圧力が強くかかり、経済に大きな禍根を残したケースが多々ありました。こうした苦い経験を踏まえて、現在の先進国では、中央銀行が政府から独立して金融政策を担うという考えが支配的になっています。そこで、新日銀法では、21世紀の金融システムの中核に相応しい中央銀行制度とするために日本銀行の独立性を高め、それによって金融政策の最終的な意思決定の場に政府の意向が入り込む余地が排除されました。

 こういうお話をしますと、それはあくまで表向きの建前の話であって、実際のところは、政府からいろいろな形で圧力がかかったり、事前に根回しなどが行われ、独立性確保は言葉だけではないのかと思われるかもしれません。しかし、この1年間を振り返って、私自身の経験を申し上げれば、政府から圧力や根回しなどの類が持ち掛けられたような事実は、政策決定の事前・事後を問わず、一切なく、独立性を脅かされるようなことは全くありませんでした。政府、国会側でも日銀法で規定された独立性の趣旨を十分踏まえた対応をして下さったものと理解しています。

 我々としましては、政府の経済政策との整合性に留意するとともに、日頃から各界の意見に真摯に耳を傾けつつ、日銀内部の執行部の説明も聞いた上で、政策委員会のメンバー夫々が、冷静に自己の考え方に基づき、政策判断を行ってきたと言えましょう。

 新日銀法のもう一つの基本理念は「透明性向上」でありますが、この理念は「中央銀行が独立性を確保しつつ国民の支持を得ていこうとするためには、金融政策決定過程の透明性を確保しなければならない」というものです。こうした理念を具体化するために、「金融政策決定会合の議事要旨、議事録の公表」と「国会報告等の充実」という仕組みが法的に制度化されました。これにより、金融政策決定のプロセスにおいてどのような議論と判断が行われたのかが外部に対してすべて明らかにされることとなり、いわゆる説明責任(アカウンタビリティー)が確保されることとなります。因みに、金融政策決定会合の議事要旨については、金融政策決定会合開催の約1ヶ月後に公表することとしており、外部向けに印刷物を配布しておりますし、インターネットでもご覧頂けます。また、すべての議事内容を網羅的に記した議事録は10年後にすべて公表されます。

 発言した内容を公開される側からの率直な感想を申し上げると、10年後とはいえ、金融政策の意思決定の場で、自分の話した言葉の一言一句が名前付きで全て世の中にオープンにされることは、場合によっては世間から厳しい評価を頂戴することにもなるわけですから、我々には相当強烈なプレッシャーとしてのしかかって参ります。しかし、こうしたアカウンタビリティーの制度的基盤が整備されているからこそ、日銀が独立性を保ちながら、責任をもった金融政策を行うことが出来るのだと思います。

 次は、日本銀行の目的ですが、これについても、新日銀法の中で二つの目的がはっきり明記されました。第一は物価安定を図ることです。物価の安定は、経済が安定的かつ持続的成長を遂げていく上で不可欠な基盤であり、中央銀行はこれを通じて国民経済の健全な発展に資する役割を担っているわけであります。

 日本銀行の第二の目的は、決済システムの円滑かつ安定的な運行の確保を通じて、金融システムの安定に寄与することです。具体的に申し上げれば、日本銀行は、金融機関等に対して決済サービスの提供を行うと共に、経営の健全性に問題のない金融機関が緊急かつ一時的な流動性不足を起こした場合や、金融システム安定化のために必要不可欠な場合に、「最後の貸し手」としての機能を発揮することによって、信用秩序の維持が確保し得るように努めております。また、こうした業務の適切な実施を確保するため、常日頃から、日銀に当座預金勘定を持つ金融機関の経営状況に問題がないかを、考査やオフサイト・モニタリングを通じてチェックしております。

3.政策委員会 ─その位置付けと役割

 さて、冒頭私の肩書きを「日本銀行政策委員会審議委員」という、いかめしい名称でご紹介を頂きましたが、恐らく本日ご出席の多くの皆様はどういう仕事をしている人間なのだろうと思われたのではないかと思います。そこで、政策委員会の位置付けと役割についても簡単に触れたいと思います。

 「政策委員会」とは、要すれば、日本銀行の最高意思決定機関であり、一般企業で言う会社の経営方針から執行方針まですべてを決める組織、具体的には「経営会議」「常務会」「取締役会」の三者を合わせた機能をもつ組織に相当し、英語で言えば「ボード」に当たります。旧法の下では、「法律上意思決定を行う政策委員会と、事実上の意思決定を行う正副総裁と理事による役員会との2ボード制になっている」との批判がありましたが、新日銀法の下では、その構成や運営の仕組み等は大きく変更され、名実ともにワンボード制となりました。

 政策委員会のメンバーについては、総裁、副総裁2人、審議委員6人の計9人で構成され、一人一票、平等に議決権をもっています。9人のメンバーは、国会の同意を得て内閣によって任命されます。国民、国民を代表する国会に対して重い責任を負っているわけで、各委員は各々その責務の重さを考えながら業務を遂行しています。

 政策委員会の討議内容については、委員会の前に「政策」という名称がついていることからもわかるように、一つの大きな仕事は金融政策ないし金融市場調節方針の決定です。「金融政策決定会合」という場で、公定歩合や短期金利の誘導方針を決めるために、通常月2回、事前に公開された日程で運営しています。また、政策委員会では、「政策」との文言を頭につけながらも、ただ今、申し上げたように、日本銀行の最高意思決定機関として、実は金融政策以外の業務運営上の様々な重要事項にかかる意思決定をも行っております。具体的には信用秩序の維持等のプルーデンス関連、調査分析・統計関連、内部管理関連などです。こうした重要事項の方針について決定する場を、先程の「金融政策決定会合」と呼び分けて、「通常会合」と称し、毎週火曜日と金曜日に定例的に開催しております。

 私の古巣、新日本製鐵では、メガ・コンペティションの中を生き抜くため、変化に対処する経営として、経営のスピード、経営の効率化の観点から、会議は2時間、資料は1枚、説明者は執行役員1人と決めていました。これに対し、日銀では完全に逆でした。議論が白熱すれば会議は延々8時間を越え、1回の決定会合の事前資料だけで厚さは3cm〜4cm、説明者は何人も集まります。最初はかなりとまどいましたが、やはりビジネスと政策は異なるものだと納得している次第です。以上の会合のない時でも、日々、各局スタッフからのバックアップとしての説明や会議でスケジュールが埋まっていくのが現実であります。当然、我々審議委員は常勤体制であります。日銀に来て1年が経ちますが、いまだに毎日勉強させられており、まるで新入社員の時のように感じております。

4.日銀の取組んでいる改革

 日本銀行関係の話題の締め括りとして、日銀もわが国の多くの企業や銀行がリストラを行っているのと同様、効率的経営に努めている点をご説明させて頂きます。

 新しい日銀法では、「適正かつ効率的に業務を運営するよう努めなければならない」とされていることもあり、昨年4月以降、大胆な効率的組織運営に取組んでいます。第一は人事給与体系・基準の見直しです。昨年4月に組織改革、業績重視の人事制度を実施するとともに、昨年3月と9月に給与水準を社会一般の情勢に適合したものとなるように引下げました。第二はコスト削減です。経費の一層の見直しに加え、不要な資産等の売却には以前から取組んできたところですが、この度、保養所等についても一斉に整理するほか、支店長舎宅もマンションに切替えることで規模の縮小を図ることとしました。第三は業務運営の効率化です。内部の目だけではなく、コンサルティング会社による外部の目も入れて一段の効率化に取組むこととしています。また、支店の機能見直しについても検討を進めていく方針です。第四はコンプライアンスの徹底です。不祥事の反省を踏まえ、公正な業務を行うための内部基準を策定し、職員の遵守を図っています。

 ところで、外部の方々からご覧になられた日銀のイメージはどのようなものでしょうか?

 私は就任前に「日銀は堅苦しい所で窒息するぞ」と言われましたが、思っていたよりもはるかに住みよい職場だと感じております。私自身が日銀に入る前に抱いていた外からのイメージを率直に申し上げれば、「頭は良いが、物事をデータだけで判断し、経済の実態や現場を知らない評論家的人間が集まる、フットワークの悪い組織」というイメージを持っていました。しかし、実際、中に入ってみると「上下の風通しが良く、バラエティー豊富な人材が揃っている」との印象であります。最近は「意外に活力を持った組織になりつつある」とも思っており、随分、外からの印象とは異なるなという感じであります。一時は不祥事でやや沈滞ムードが漂っていた日銀内部も、一年経ってかなり傷も癒えてきたのかなというのが最近の印象です。

 今後は、不祥事のためにやや萎縮してしまった外との対話を充実させるとともに、国民の立場に立った、行動する日銀を目指すべく、政策委員会、職員一体となって、日銀を新しい時代に即した経営と企業風土に変える工夫を不断に行っていかなければと考えている次第です。

5.これまでの日本経済の足取り

 それでは、このあたりで話題を金融経済に切り替えたいと思います。まず、現下の経済情勢をお話する前に、これまでの日本経済の足取りを簡単に振り返っておきたいと思います。

 現在の景気低迷のきっかけは、2年前の消費税率引上げ(3%→5%)や特別減税の廃止にまで遡ります。これを契機に個人消費が落ち込み始め、わが国経済が変調を来たし始めました。続いて、97年半ば以降、アジア新興国の金融・経済の混乱が加わり、さらにダメを押したのが、97年秋以降の北海道拓殖銀行、三洋証券、山一証券といった大型金融機関の相次ぐ破綻です。これを契機に、金融機関の不良債権問題が大きく頭を持ち上げ、金融システム不安が強まりました。この結果、個人、企業のマインドが著しく悪化しました。具体的には、金融経済面では、信用リスクに対する過度な警戒感の強まりから、銀行がいわゆる"貸渋り"に走り始めるなど金融機能が著しく収縮した一方、実物経済面では企業、個人が経済の先行きに対して相当な不安感をもち始め、設備投資活動、消費活動全体を抑制する動きが急速に広がり始めました。この結果、わが国経済活動がかなり強い勢いで下げトレンドに向かい、統計的には実質GDPが97年10〜12月以降5四半期連続してマイナスという形で現れました。まさに、日本経済はデフレの入り口に立っていたとも言えるかと思います。不良債権処理と景気回復という二大命題の中での金融政策が求められていたわけです。

 こうした中で、経済悪化に歯止めをかけるべく、政府は需要刺激のための拡張的財政政策に大きく舵を切り直しました。まず、政府は98年4月に総事業規模16兆円超の総合経済対策を策定しました(第一次補正予算)。その後、景気の落ち込みの深刻さから、さらに11月には過去最大となる27兆円規模の緊急経済対策を策定しました(第三次補正予算)。この間、金融機関の貸し渋りに伴う中小企業向け対策として20兆円の信用保証枠拡大策がとられましたほか、懸案であった不良債権処理問題の解決のためにも、金融再生関連法案の成立によって、公的資金60兆円を用いた枠組みが整備されました。

 また、日本銀行では、経済がデフレスパイラルに陥ることを未然に防止し、景気悪化に歯止めをかけることをより確実にするため、金融政策面で出来る限りの金融緩和策を講じて参りました。まず昨年9月にはオーバーナイト物無担保コールレートを公定歩合(年率0.5%)をやや下回る水準から0.25%前後まで引下げたほか、11月には企業金融を円滑化するための三つの措置、すなわちCP(コマーシャル・ペーパー)オペ拡大、臨時貸出制度の発足、社債等担保オペの導入を採ることを決定しました。

 しかし、こうした一連の財政・金融政策により、景気の二番底の懸念は避けられましたが、景気がかつてない低水準で長引く状況からは脱しきれませんでした。これは、巨大な需給ギャップ解消に向けての構造調整がもたらすマイナス・インパクト、企業決算悪化等、実体経済の構造面等からくる逆風が景気循環へのマイナス要因として強く作用せざるを得ない悪いsituationになったためです。これを第一の悪いsituationと呼ぶならば、99年入り後の日本経済には、株価下落、長期金利上昇、円高という形で"金融マーケット"からの逆風が景気循環へのマイナス要因として作用する第二の悪いsituationが加わりました。一段の景気悪化のリスク、いわばデフレ懸念のリスクが濃厚になってきたのです。そこで、私どもでは、ギリギリの判断の中で、この2月には、歴史上、世界のどこの中央銀行も経験したことがない異例の追加的な金融緩和措置に踏み切りました。すなわち、潤沢な資金供給を行い、オーバーナイト物無担保コールレートを事実上ゼロ近傍レベルに低下させるという政策です。

 ゼロ金利という政策は、預金利息を期待する一般個人からすれば、極めて理解しづらいものであり、ご批判があることは十分承知しております。私自身もゼロ近傍の金利は異常であり、正常な経済活動による安定成長を持続するには、異常な金利水準と言わざるを得ないと思っています。しかし、仮に金利を引下げないままにしておきますと、需要低下→生産低下→所得低下→需要の一段の低下という悪循環が、物価下落を伴いながら進行する、いわゆるデフレ・スパイラルに陥りかねません。そうなると、一般個人の方々の雇用環境が悪化するなど、悪い影響がもたらされかねないと考えられます。換言すれば、わが国経済回復のため、金利を目一杯下げて、まずは生産を担う企業を回復させ、雇用・所得環境をサポートすることが先決という発想です。以上のような判断から、日本銀行としては、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまでのやむを得ざる措置として、ゼロ金利政策を続ける」との判断に立ち至りました。その意味では、常識的に考えれば、現在のゼロ金利政策について「これ以上は?」と問われれば「無い」と答えざるを得ない状況にきていると思っています。

 潤沢な資金供給によるゼロ金利政策を採り始めて、既に3ヶ月が経過しましたが、現時点でその政策効果を自己評価しますと、3月の大手銀行に対する公的資本投入の効果とも相俟って、金融システム内に渦巻いていた信用リスクに対する過度な警戒感を後退させるという意味ではかなり効果的であったと思います。その後の金融資本市場の反応をみましても、株価、長期金利、為替相場が落着きを取戻しているのは、市場がこれまでの一連の政策を評価しているものといってよいかと思われます。

6.現下の金融経済情勢〜実体経済面

 以上、これまでの経済の流れを簡単に振り返りましたが、今度は視点を「現時点」と「これから」に移したいと思います。現下の実体経済をみますと、財政、金融政策の効果が浸透し始めていることもあり、ようやく経済は下げ止まり、底這い状態にありますが、業種別、企業別、地域別、いずれの切り口をみても、依然として、明と暗が入り交じった、まだら模様の状態です。

 まず、明るい動きとして、第一は、公共投資が、1次補正、3次補正による春先の大幅な発注増を受けて、足許はかなりの高水準で推移している点です。当面は、設計段階での事務繁忙による事務工期長期化等の影響もあって、月により発注に多少の振れがみられると思いますが、引続き99年度当初予算が切れ目なく続き、概ね99年一杯は景気浮揚効果が期待できる状況が続きそうです。

 第二は、住宅着工の持ち直しです。金利底入れ感による駆け込み需要や住宅ローン減税措置により、99年度上期の着工は底堅く推移するとみられます。

 第三は、白物家電の販売がやや明るさをみせています。新技術・新商品というメーカー側の需要開拓努力に加え、住宅着工の増加を背景に新規購入に支えられている部分が大きく、やっと生産増に結びついてきました。また、新規格、低価格で人気が高まった軽自動車も今のところ好調です。

 第四は、アジア経済回復を背景にした需要増加の動きであります。韓国、タイ、台湾等、アジア諸国では総じて経済回復の足取りが地に付いたものとなってきており、わが国のアジア向け輸出増という形で着実にモノの動きに結びつきつつあります。そして、アジア需要持ち直しを背景に国際商品価格が回復しつつあります。素材市況をみると、鉄、石油化学製品の素材価格が総じて本年1月をボトムに10〜20%値戻ししており、底堅さを増しつつあります。

 第五は、在庫調整完了の兆しがみえてきた点です。これまでの生産抑制もあって在庫調整が進捗しつつあり、99年度第一四半期で概ね在庫調整が完了する見込みであります。生産は、なお超低水準のレベルではあるものの、ようやく需要が即、生産に結びつく局面が出来上がりつつあります。

 一方、引き続き暗い動きの代表は設備投資です。機械受注見通しや足許の金融機関への設備資金借入申込みには、ほとんど明るい動きがが見られません。99年度の設備投資も今のところ98年度に続き減少するものと思われます。

 また、個人消費についても、総体としては回復感に乏しい状況になっています。金融不安の沈静化や株価回復もあって、一頃のような極端な消費マインドの落ち込みこそ見られませんが、雇用調整を含め企業のリストラが今後とも見込まれる中で、確たる回復の兆しがなかなか見えてきません。

 以上を踏まえて、先行きを展望すれば、構造調整の景気へのマイナス圧力がなおかかり続けることもあって、民需の回復による経済の自律回復メカニズムは依然としていまだ期待しにくい状況が続くものと予想されます。しかも、今年終わりにかけては、現在、景気を下支えしている公共投資が減少に向かうことが予想され、景気の下押し圧力が色濃く出始めるという警戒感も出始めています。しかしながら、政府の経済対策の効果(恒久減税、住宅ローン減税等)が本格的に出てくるのは、まさにこの4〜6月からですし、今後、株価持ち直しによる資産効果もある程度は出てくるかもしれませんので、当面は、経済の回復感を注意深く見守りたいと思います。

7.現下の金融経済情勢〜金融面

 こうした中で、金融の現状をみますと、日銀の潤沢な資金供給によるゼロ金利誘導や3月の大手銀行に対する公的資本投入を背景に、市場の根底に根強くくすぶっていた流動性リスクや信用リスクに対する過度な警戒感は陰を潜め、金融システムは正常に回り始めたと言ってよいかと思います。

 まず、短期金融市場では、ターム物金利が低下し、過去最低を更新し続けているほか、ジャパン・プレミアムも完全に解消されました。また、長期金利も一頃に比べかなり低下しました。

 また、企業金融の状況をみますと、貸出マーケットでは銀行の融資スタンスが正常化の方向に向かいつつある模様です。すなわち、業績に全く問題ない優良企業向け融資の貸渋りは完全に解消したほか、ある程度信用リスクのある企業向け融資についても、案件を吟味しながら対応していくというスタンスに変ってきている模様で、総じて貸渋りは緩和される方向に進んでいるように窺われます。この間、信用保証協会の保証枠拡大措置も中小企業レベルにおける資金繰り逼迫を回避する上でかなりの効果を果たしている模様です。

 また、資本市場の動向をみますと、社債やCP(コマーシャル・ペーパー)等、民間資金調達手段の発行金利と国債金利の格差、いわゆるクレジット・スプレッドが徐々に縮小して、正常化しつつあります。

 要すれば、現状の間接金融・直接金融、いずれの金融市場においても、一定の信用力をもった企業であるならば、必要なときに必要な資金量を適正なコストで確保し得る状態になっているといえます。

 現状、日銀では引続き潤沢な資金供給を続け、超過準備預金残高に準備預金非適用先日銀当座預金残高を合わせた金額は日々8千億円前後にまで高まっていますが、なかなか銀行の貸出増加には結びついていません。いわば、銀行は貸出すカネを手許に十分に用意できていますが、企業の借入需要が乏しいがために、実際の貸出に結びついていないということであります。その意味で、金融緩和の効果については企業金融のレベルにまで十分に浸透しつつあるものと評価できます。

 したがって、金融政策については、日銀として打てる手は十分に打ってきている局面として、当面は、現在のゼロ金利政策の実体経済への波及を見守りながら、デフレ懸念払拭まで現状の金融政策を続けることが適当であると思います。

8.当面の日本経済の課題〜構造調整問題

 さて、わが国経済は、こうした一連の財政措置、金融緩和にもかかわらず、なかなか明るい兆しがみえてまいりません。最大の原因は、(1)わが国経済が、バブル経済を契機に、過剰設備、過剰雇用、過剰債務という、いわゆる3つの大きな構造調整問題を抱えてしまったこと、(2)今後は、これらを適正レベルにまで削ぎ落とすための、いわゆるリストラを進めるプロセスに本格的に突入していくこと、(3)こうしたリストラを進める過程では、余剰人員放出、非効率設備・企業の淘汰という形で経済にデフレ圧力という痛みをもたらす公算が強く、これらが先行き不安感から企業・個人の支出活動に対して抑制的インパクトを及ぼし得ることであります。

 日本経済は、今後こうした過剰な設備、人員、債務を適正な規模にまで落とすことによって、労働生産性、資本生産性を高め、国際競争力を取戻していくことが必要不可欠であります。構造問題を先送りすれば、その分だけ時間の経過とともに処理コストが高まってしまうことになりかねませんし、何よりも日本の産業全体が、その間、国際競争力を低下させていくことになります。

 特に、わが国では2000年3月期決算には連結決算重視の開示体制になるほか、翌年には時価会計原則も徹底されます。企業は市場の前に、いわばグループ全体の裸の実力を見せざるを得なくなりますので、赤字の子会社、将来性が乏しい関連会社を切り捨てるとともに、非効率な資産は持たないという経営を余儀なくされると思われます。対応のスピードが遅い会社は、ROEを重視する市場から退出宣告も含む厳しい評価を受けることになります。

 政府も現状のわが国経済の立て直しには、サプライサイドの構造改革が必要との認識に立ち、産業競争力会議を設置して、構造調整を円滑に進め得るような制度基盤を整える努力を払っております。言うまでもなく、政府のやるべきことは、市場淘汰される運命にある設備・企業を支援・温存することではなく、あくまで構造調整を促すための環境整備(新産業育成・支援、設備廃棄税制、土地流動化策等)に徹することです。

 景気回復に向けては、財政面、金融面の措置は既に十分に手当されておりますので、後は、これに民間企業の自己責任に基づく自助努力で解決していくことが必要です。いわば、政府・金融・民間の三者の"合わせ技"で、わが国経済を活力ある体質に変えていくということであります。企業は、新商品開発等による新規需要開拓、またイノベーションによる新産業創出といった形で、構造調整問題の受皿を自力で作り出しながら、自らを国際競争力のあるコスト体質をもった企業体に脱皮させていくことが求められます。

 私も、かつて新日鉄に身を置いていた時代、こうした構造調整の苦しさをいやと言うほど味わいました。第一次、第二次オイルショック、プラザ合意による円高不況、バブル崩壊後の平成不況等、経営基盤が土台から揺るがされるような環境悪化の中で、それぞれの局面で高炉休止、人員削減をはじめ、血の滲むようなコスト削減努力、生産性の向上に向けての抜本的な構造調整を経験しております。今にして思えば、もしあの時、リストラに踏み込むことを躊躇したり、タイミングを先送りしていたならば、今の新日鉄の姿はなかったものと思っています。やはり、構造調整は競争的な産業社会を持続させていくには必要不可欠なプロセスであり、競争的な産業社会は活力ある経済成長と健全な資本主義を育む源泉であると改めて思います。

  これからの構造調整は、これまでのような全員生き残りが約束される行政主導の"横並びのプロラタ方式"ではなく、マーケット論理の中ですべて自己責任で自らの判断で行う構造調整であります。コスト競争力もない、技術力もない設備や企業は、清々と市場から退出すべしという時代になったのだと思います。こうした中で、政策面での最も大事なポイントは、構造調整を後押しし、その間の副作用を少しでも和らげることです。

9.まとめ

 以上、申し上げた諸事情を勘案すれば、今、日本経済に求められるものは、財政は積極、金融は緩和、為替は安定、そして民間の自助努力だと思います。

 とりわけ、足許、実体経済に明・暗とはいえ動きがみられ、漸く安心感が広がりつつある金融マーケットの好影響が実体経済に及ぼす波及効果を見守るべき局面であるだけに、「デフレ懸念払拭を展望しうる経済情勢になるまでは現在のゼロ金利政策を続ける」との判断の下、今は現在の金融政策を動かさないことが大切であると思います。

10.付言:量的緩和論

 最近、「ゼロ金利になった後は金利の下げ余地がないから、操作目標を"金利"から"量"に軸足を移せ」という主張が聞かれます。いわゆる「量的緩和論」ですが、どうも意味不明なまま一人歩きし、かなり効果のある追加的緩和手段であるかのような見方があるようです。そこで、最後にこの点の考え方につき付言させて頂きたいと思います。

 まず、「量的緩和」の概念はいかなる座標軸の下で理解すべき概念なのか、現行の金融政策と同じ次元の概念なのか、異なる範疇のものなのか、まずこの点をはっきりさせたいと思います。

 そもそも中央銀行は、望ましい政策目的(それは物価の安定であり経済の安定的かつ持続的成長でありますが)を達成するための操作目標として、「金利」を操作目標にするか、「量」を操作目標にするかのいずれかを選びます。ここでポイントとなるのは、「金利」と「量」のいずれを操作目標にしようが、その操作目標を実現するための手段は、両者ともオペによる資金供給であり、結局は「量」を通じた"さじ加減"で行うという点です。その意味では、本来「量的緩和」という用語は、いずれを操作目標にする場合にも使えることになりますが、いわゆる「量的緩和論」は「"量"を操作目標とした場合における"量"を増やす政策のこと」という意味で使われているようです。

 また、量的緩和論では、政策効果波及ルートについて、金利以外の効果を考えるため、議論が噛み合わないことが多いことも念頭におく必要があります。

 そもそも、"金利"を操作目標にしている場合には、量を増やせば金利が下がります。また、量を操作目標にしている場合でも、量を増やすプロセスの中で金利も合わせて下がるはずです。従って、いずれを操作目標にしようが、「金利と量」は、金融緩和という現象を単に違う側面からみているに過ぎません。いわゆる"金利と量はコインの裏表の関係"と表現できる所以です。しかし量的緩和論では、「"量"を増やすと、その"量"そのものが貸出やマネーサプライの増加につながる」と考えることが多いようです。金利低下というルートで波及効果を考える「コインの裏表論」と、金利低下以外のルートで波及効果を考える「量的緩和論」が噛み合わない基本的原因はここにあると思います。

 さて、今、こうした量的緩和論が議論されることについての私なりの考え方を申しますと、現状では否定的な考えを持っています。

 第一は、今は量的緩和の議論をする場面ではないということです。現在のゼロ金利政策は、常識的には「もう次がない」、異常な金融政策といえます。そして、その効果は、大手銀行への公的資本投入効果とも相俟って、金融マーケットのみならず企業金融のレベルにまで緩和感を十分に浸透させるのに成功しているといえます。従って、今、最も大事なことは現在の金融政策を維持しつつ、その効果を見守るということであります。

 第二は、量的緩和論の効果について疑問があります。私は学者ではないので、断定的な言い方は避けたいと思いますが、自らの実務経験を前提にする限り、量的緩和論の有効性、フィージビリティーについては、論理的にも実証的にも十分煮詰められていないのではないかと思っています。金融政策に関する議論が色々出てくるのは有意義なことであり、私どもも十分に耳を傾けたいと思います。しかし、一方で、今の日本の金融市場は、世界で誰もが経験したことのないゼロ金利という異常な状況であるだけに、悪い意味での「実験場」になっているのでは、との不安も感じます。また、中には「量的緩和の効果やロジックは不明であるが、今は危機的経済状況であるから、とにかく何でも試してみるべきである」という乱暴な意見さえみられるのは残念です。

 第三は、量的緩和論の弊害です。現在、量的緩和論のおかげで、世間に「次はまだか、まだ何かあるのではないか」というように、金融政策に過度な期待感を抱かせてしまう惧れがある点を懸念します。こうした追加的な緩和期待が過度に広まりますと、現在の金融政策に対する信頼が崩れかねませんし、かえって日本経済再生のためにマイナスの副作用さえもたらしかねません。

 ここで、今述べました第二の量的緩和の効果に疑問を感じる理由を整理しておきます。

 量的緩和の一つの意見は「日銀が"元栓"を締めて資金を銀行にジャブジャブに供給しないから、銀行が"蛇口"を絞って貸渋りを行う。日銀は元栓を開いて資金供給せよ」とする考え方です。そもそも、銀行は資金がいくら多量に手許にあっても、単純にそれを貸出に回すというものではありません。銀行がカネを貸すか・貸さぬかは、貸出先の信用リスクが銀行自身の自己資本に比べ耐え得るかどうかです。従って、銀行の手許に多額の資金を余らせるような金融政策をとっても、直接的には貸出拡大に効果は持ちにくいと思われます。また、銀行が貸出を行いうるか否かは、借入れる側である企業自身の資金需要が存在することがそもそも大前提となることも忘れてはなりません。

 別の量的緩和の意見として、「銀行の手許にノーリスク・ノーリターンの準備預金(安全資産)がジャブジャブに余っていれば、銀行は収益拡大のため、収益性の高い貸出や株式といったリスク資産を高めるポートフォリオ構成にするはずである」という考えもあります。この意見は「リスク資産を増やすか否かは安全資産とのバランスで決まる」という資産選択理論が前提にあるかと思いますが、実務における実際の銀行の行動原理は「リスク資産を増やすか否かは、金利ゼロの下にあっても準備預金との間のバランスではなく、あくまで自己資本との間のバランスで決まる」という理解ではないでしょうか。

 また、別の量的緩和の意見としては、「マネタリーベースを現実に拡大すれば、アナウンスメント効果により期待インフレ率を高めることが出来る。そして期待インフレ率が上昇すると、名目金利が一定であっても実質金利が低下するので、経済に対して刺激的な効果を与え得る」という考えもあります。先程説明したように、準備預金やマネタリーベースをいくら拡大しても、現実に貸出が伸びるという効果が働かない以上、まず経済に対しても刺激的な効果が出ないと思われます。とすれば、現実にインフレが起こる前提条件がそもそも整いませんし、その結果、期待インフレ率も高められないと思われます。

 また、「インフレ期待はそもそも人々のマインドをベースにしているから、インフレが起こると錯覚するような政策をとれば、現実にインフレが起こる」との意見もあります。しかし、中央銀行が人々の錯覚に意図的に働きかけて政策を行うことは、方法論として正攻法ではありません。人々のマインドは政策当局の都合のよいレベルで止まってくれるような代物ではなく、往々にして必要以上に行き過ぎては、必要以上に過激なスピードで揺り戻しが起こる極めて制御困難な不安定なものです。中央銀行としては、こうした危険を知りながらマインドを軸にした政策に頼ることは、金融システムにとって最も大切な"信用"を自ら放棄することになりかねません。

 量的緩和論には技術的に限界があるという問題もあります。準備預金を操作目標にする場合は、日銀オペを通じて、ある程度目標値をはずさずコントロールしえますので問題はありませんが、マネタリーベースを操作目標にする場合は、コントロールが事実上困難になると思います。そもそも、マネタリーベースというのは、準備預金と流通現金の2つから成りますが、民間の現金需要は日々変動が激しく、マネタリーベースを一定値に縛れば、流通現金の残高増減のシワが、そのままマネタリーベースの残りの構成項目である準備預金の残高増減に直接跳ね返ります。この結果、準備預金の過不足を調整するための貸借市場の場である短期金融市場の金利が大幅に乱高下しかねないという副作用すら伴ってしまいます。

 以上をまとめますと、現在のところは、「量」を操作目標にしても、その政策効果を期待し得ない可能性が高いうえ、「量」のコントロールは技術的にも難しく操作目標にもなり難いということかと思います。

 最後はやや専門的な話を付言させて頂きましたがお許し下さい。
 長時間にわたり、ご清聴どうも有り難うございました。

以上