公表資料・広報活動

ホーム > 公表資料・広報活動 > 講演・記者会見 > 講演・挨拶等 1999年 > 市場流動性と国債市場(わが国の国債市場の改革に向けて)

市場流動性と国債市場(わが国の国債市場の改革に向けて)

1999年 6月19日・証券経済学会第51回全国大会における日本銀行藤原副総裁講演(於慶應義塾大学 三田北新館ホール)

1999年 6月19日
日本銀行

1.はじめに

 本日は、証券経済学会第51回全国大会にお招き頂き、たいへん光栄に存じます。

 さて、本日は、最近各方面で議論が活発化している国債市場改革に関する論点をとりあげて、「市場流動性と国債市場」というテーマでお話し申し上げたいと存じます。

 はじめに、私が本日この席にお招き頂いた経緯を若干お話しして、導入とさせて頂くのが適当かと思います。私は、昨年9月、資本市場研究会の席で「マーケットと新しい日本銀行」という講演をさせて頂く機会がありました。そこで申し上げた内容は、マーケットの時代といわれる環境のもとで、金融政策の決定やマーケット・オペレーションの適切な運営、あるいは金融市場の整備のために、日本銀行がどのような点に着目し、どのような努力を行っているかといったことでした。

 そこでは、マーケットがより良く機能するための条件や、そのために必要な環境整備などの話題にも言及いたしました。どうやら、その時のお話が当学会の準備委員会のお目にとまって、金融市場のあり方や改革の方向性といったことについて、日本銀行の考え方をもう少し具体的に話してくれないか、というご要望を頂いたものと理解しております。

 振り返ってみますと、昨年のちょうどその頃から、内外の金融・資本市場はたいへん大きな変動を経験しました。海外では、ロシアの経済危機や米国のヘッジファンド・LTCMの経営破綻をきっかけに、国際金融・資本市場が動揺をきたしました。国内でも、海外情勢の影響に加え、金融システム不安や企業業績の悪化を背景に、いわゆるジャパンプレミアムの拡大やCP市場の逼迫など、信用リスクの顕現化を契機とした「流動性枯渇」ともいえるような事態が生じました。幸い、内外の金融市場の動揺は本年に入って沈静化しましたが、こうした経験は、金融市場の機能やそのダイナミズムに関する再検討を私どもに迫っているように思われます。

 一方、この1年は、わが国の金融市場にとって大きな改革の年でもありました。ご承知のとおり、昨年4月の外為法改正を始めとして、いわゆる日本版ビッグバンに向けての法整備が行われました。また、本日の後半のテーマである国債市場についても、私どもの永年の懸案であったFBの公募入札・市場創設を始め、有価証券取引税の廃止や非居住者の保有する利付国債に対する源泉徴収課税の免除など、大きな前進が図られました。こうした流れを受けて、国債市場の一層の改善に向けて、現在、各方面で活発な議論が行われています。

 ちなみに、今回の証券経済学会のプログラムを拝見しても、わが国の金融市場改革に対する学界の深い関心と活発な研究の一端が窺われます。そこで、本日は、国債市場に求められる機能やその改善のための方向性について、私どもの考え方や各国中央銀行による共同研究の成果をご紹介し、皆様方のご研究の参考に供したいと考えている次第であります。

2.市場機能と市場流動性

市場流動性の意義

 それでは本題に入りまして、まず、金融市場あるいは市場一般に求められる要件といったところからお話を始めたいと思います。

 只今申し述べたように、昨年来、金融市場の動揺や市場改革、あるいは「円の国際化」をめぐる議論の中で、わが国の金融市場をより良いものとしていこうとする考え方は各方面で共有されていると思いますが、それでは「良い市場」の条件は何かというと、これは、なかなか厄介な問題であります。

 しばしば「良い市場」として形容される表現をあげますと、例えば、「多様な投資家が参加する」、「使い勝手がよい」、「透明度が高い」、「価格形成が公正である」、あるいは、これらをまとめるかたちで「効率的かつ安定的である」など、すぐにいくつかの例が思い浮かびます。それぞれ重要な要件ではありますが、いずれも市場機能の一面しか捉えていないか、あるいは、理論的・実証的な分析にそぐわない面があることは否めません。

 そこで、私どもが、一昨年来、各国中央銀行と共同で金融市場の分析を進めていくうえで、鍵となる概念として着目しているのが「市場流動性」という考え方であります。

 例えば、一般的に、国債市場は社債市場に比べ流動性が高いとされています。また、同じ国債市場の中でも、わが国では流動性が10年債に集中し過ぎているといわれています。金融危機に際しては市場の流動性が短期間のうちに枯渇してしまうとか、あるいは、流動性の低い市場ほど混乱が増幅される傾向がみられます。この市場流動性という概念を厳密に定義することは難しいのですが、一般的には「大量の取引を短時間に、かつ小さな価格変動で執行できること」と考えられています。例えば、社債を売却しようとする場合、国債と比べると、売却相手を探すのに時間がかかったり、市場価格よりもかなり低い価格でしか売却できないかもしれません。こうした売買の執行の容易さに関する程度が市場流動性といえます。

 流動性の高さは、市場の効率性と安定性のための必要条件と考えられます。市場の効率性という場合、アベイラブルな情報がすべて集約されているかどうかがポイントとなります。流動性が高い市場ほど、新しい情報に基づく取引が迅速に執行されますので、情報が価格に織り込まれる効率やスピードも高くなると考えられます。また、平時において流動性の高い市場では、そこで成立している価格でいつでも売買ができるという市場参加者の信頼感が高くなります。このため、何らかのショックが発生した場合にも、取引がさほど縮小せず、市場機能が維持される可能性が高いと考えられます。従って、高い市場流動性は市場の安定性の必要条件でもあります。

市場流動性に影響を与える要因

 それでは、市場流動性を規定する要因は何でしょうか。もちろん様々な要因が複雑に絡み合って影響を与えているものと考えられますが、ここでは、商品特性、市場構造、市場参加者の行動という3つのグループにわけて考えてみたいと思います。

 第1に、商品特性です。一般に、発行量つまり市場規模が大きく、その商品性が均一な市場ほど、流動性が高くなると考えられます。例えば、国債の商品特性を考えますと、現状では多くの国で発行規模が大きく、発行主体は政府だけであり、商品性も銘柄間でほぼ均質です。一方、社債については、発行体の信用力や商品性は銘柄毎に区々であり、それぞれの銘柄の発行規模も国債と比べれば小さくなります。こうした商品では、どうしても取引量が薄くなるため、「大量の取引を短時間に、かつ小さな価格変動で執行する」ことが難しくなります。

 ただ、国債の各銘柄毎の均質性が高いからといって、それぞれの銘柄が同じ程度の流動性を持つとは限りません。どこの国でも、ベンチマーク銘柄といわれるいくつかの特定の銘柄に流動性が集中する傾向が観察されています。一般に、何らかの理由で流動性が向上した商品には、流動性を選好する市場参加者の取引が集中するため、さらに流動性が増加していく傾向が見られ、いわば、市場流動性は「自己実現的な」性格をもっているといえます。それぞれの商品特性に応じて、こうしたベンチマーク銘柄をどう育成していくかということは、その市場全体の流動性を向上させる上で大変大事なポイントになりますが、この点は、後程述べることにします。

 第2に、市場構造、いわゆるマーケット・マイクロストラクチャーも市場の流動性に大きな影響を与えます。これは、近年発達の著しい株式市場におけるマイクロストラクチャー分析の議論を援用しているのですが、ここには具体的な取引執行の方法、手数料体系、価格や取引ボリュームといった市場情報の開示状況、税制、取引規制など、様々な要因が含まれます。

 今あげたような要因が市場の機能に様々な影響を与えることは、ある意味で当然のように思われるかもしれません。実際、何らかの理由でコストが高かったり、厳しい取引規制が課せられているために、市場機能が十分発達しないとか、その機能が制約されるといった例は少なくありません。わが国の債券現先市場が、有価証券取引税の存在のために、ほとんど発達しなかったことはその典型的なケースといえます。ただ、さきほどふれたマーケット・マイクロストラクチャーの理論展開と市場データの蓄積により、そうしたひとつひとつの要因が市場流動性にどのような影響を与えているのか、より理論的・実証的に分析することが可能になってきました。これは、市場メカニズムの実際の働きを理解し、実践的に制度設計を行なっていくうえで、たいへん有用な枠組みを提供してくれるものです。

 流動性に影響を与える要因の3番目としては、市場参加者の行動特性ということが考えられます。例えば、市場参加者がどの程度のリスク回避度をもっているのか、あるいは、取引のタイムホライズン、つまり投資家の目的が主に短期売買なのか、それとも長期保有が多いのか、といったことも市場流動性に影響を与えます。

 このような観点から重要なことは、市場参加者の多様性であります。異なるリスク選好とポートフォリオニーズを持っている多様な主体が市場に参加していれば、取引が一方向に偏る事態が発生しにくいので、市場の流動性は向上することになります。因みに、カナダでは、国債市場への非居住者の参入が、市場流動性を向上させたという実証結果が得られており、本年9月からのわが国の非居住者向け源泉徴収税の免除措置も、わが国の国債市場の流動性に好ましい影響を与えることが期待されます。

3.国債市場の機能と役割

国債市場の重要性

 さて、次に、市場流動性という観点から国債市場をとりあげる理由、言い換えれば、国債市場について市場流動性を高めていくことの重要性について、私どもの考え方をご説明したいと思います。

 もちろん、国債は政府の重要な資金調達手段であり、国債市場の機能向上が円滑な財政運営を行なう上で不可欠なことはいうまでもありません。投資家にとって国債市場の魅力が高まれば、より安定的な調達が可能となるほか、発行利回りの低下というかたちでも発行当局にメリットが及びます。また、私ども中央銀行にとっても、国債市場は重要な役割を担っています。国債市場、とくに短期の国債市場やそれを使ったレポ市場は、多くの国の中央銀行で主要なオペレーションの場となっています。金融政策を円滑に実行していく上では、こうしたオペレーションの対象となる市場の取引が厚く、オペレーションの効果が市場間の裁定機能を通じて迅速に波及していくことが必要です。私どもが、永年にわたり、FBつまり政府短期証券の公募入札による市場創設を主張してきた理由のひとつも、ここにあります。

 以上のような例はわかりやすいのですが、実は、流動性の高い国債市場の持つ意義は、こうした直接的なメリットだけに止まるものではありません。本日私が強調しておきたいことは、国債市場の機能は、一国の金融市場や金融システム全体のパフォーマンスと密接な関連をもっているということです。それは、ひとことでいえば、国債というリスク・フリー資産市場が果たす役割ということです。もちろん、ソブリン・リスクといわれるように、昨今、国に対するクレジットリスクが意識されることも多くなっていることは事実ですが、多くの国の金融資産の中で、国債はもっともクレジットリスクの低い資産として認識されています。以下では、このことを前提に、3つの観点から議論を進めさせていただきます。

リスクヘッジ手段

 まず第1に、只今申し上げたリスク・フリーという性格から直ちに導き出されることは、国債市場は、投資家や資金調達者に対して、様々なリスクをヘッジする手段を提供するということです。ここで「様々なリスク」と申し上げたのは、流動性の高い国債を利用することによってヘッジできるのは、信用リスクだけではないからです。例えば、社債の保有者が、その社債の発行企業の信用リスクは引き受けたいが、将来の金利リスクは避けたいという場合、国債のカラ売りにより金利リスクをヘッジすることができます。また、多くの場合、国債市場は他の市場に比べ流動性が高いので、流動性リスクをコントロールする上でも重要な手段となります。

 昨年秋に、日本の金融システムに対する不安が高まる中で、金融機関の外貨調達が非常に困難化し、いわゆるジャパン・プレミアムが大きく拡大しました。このとき、日本の金融機関は、直物市場で円売り・ドル買いを行い、先物市場でその逆のオペレーションを行なう、いわゆるスワップ円投でドル資金を調達しました。海外の金融機関がこうした取引に応じようとする場合、入手した円資金を安全確実に運用できる市場が必要になります。昨年のような金融不安が高まっている時期に、そうした運用の対象となり得るのは、短期の国債、つまりFBやTBということになります。しかし、当時のわが国の短期国債市場は、まだFBの公募入札前で市場規模が小さく、海外からの円資金運用ニーズに十分こたえるものではありませんでした。このことは、ジャパンプレミアムを一層大きくさせる一因となったと考えられます。

 また、一昨年のアジア通貨・金融危機において、各金融市場の市場流動性が枯渇し、危機を増幅する結果となりましたが、平時から流動性が高く相対的にリスクの低い市場が機能していれば、こうした事態はいく分か緩和された可能性が大きいと考えられます。例えば、何らかの理由により、ある国の民間金融機関から資金が引き揚げられるような場合でも、流動性の高い国債市場が資金の待避先として機能すれば、金融市場全体や為替市場に与える影響は小さくなるはずです。実際、こうした経験を踏まえ、エマージング諸国においては、国債市場の創設や市場整備が重要な取組課題となっています。

 このように、流動性の高いリスクフリー資産の市場が存在することは、個々の市場参加者にリスクヘッジ手段を提供するだけでなく、一国の金融システムが安定的に機能するための重要な前提ともいえるのです。

金融市場の発達と国債市場

 第2に、流動性の高い国債市場は、それ以外の様々な金融市場が発達するためのインフラとしても機能するということです。

 例えば、近年、先物やオプションなどデリバティブズ市場が急速に発達していますが、こうした市場が発達するためには、その背後に、ディーラーが自らのポジションを調整しうる、流動性の高いリスクフリーのマーケットが必要です。また、我が国では、企業金融の円滑化を促すために、社債市場の一段の発達が課題となっていますが、流動性の高い国債市場の発達は、こうした民間債の市場の発達にも貢献するものといえます。米国では、社債の利回りは、裸の金利でなく国債の利回りとの差、つまり国債利回りプラスαというかたちで表示されることが一般的です。このことは、社債の取引が、発行会社の信用力に注目して行われていることを示しています。さらに、こうした社債の信用リスクのみを対象とした取引、いわゆるクレジット・トレーディングも行われています。こうした信用リスクに着目した取引が活発化するためには、社債の信用リスクを、金利リスクから分離できることが条件となります。ここで、流動性の高いリスクフリーの国債市場による金利リスクのヘッジ機能が重要な意味を持ってくるわけです。

 ところが、わが国では、社債の金利は裸で表示されるか、金融機関間の調達金利であるスワップレートとの対比で表示されることが多いのです。これは、わが国の国債市場の流動性が極端に10年債に集中しているため、各年限にわたって十分なヘッジ機能が提供されず、また、投資活動の参考となるような滑らかなイールドカーブが描けないためと考えられます。つまり、国債市場が使えないために、やむなく基準となる金利をスワップレートで代替しているというのが実情であり、こうしたことは、内外の市場参加者の社債市場に対するアクセスを制約する要因となっている可能性が大きいのです。

 このように、流動性の高い国債市場の発達は、一国の金融市場全般の発達のための基盤を提供する機能をもっています。因みに、昨年来の「円の国際化」の議論の中で、国債市場の改革ということが中心的な論点のひとつとなってきました。もちろん、海外の企業や投資家にとって安全・確実な円資金の運用手段を提供するということが、直接の狙いでありますが、同時に、国債市場の流動性向上は、わが国金融市場全体の機能向上に貢献するという、一種の「外部効果」を持つ点にも着目する必要があると思います。

国債市場の情報価値

 第3に、国債市場の持つ情報価値についてお話ししたいと思います。一般に中央銀行や政府が経済政策を企画立案したり、企業が先行きの投資計画を策定したりする際には、将来の物価や経済成長に関する情報を分析し、予想を立てることが重要になります。こうした分析を行なう際、国債のイールドカーブの形状やその変動は、たいへん貴重な情報源となります。国債金利は信用リスクによって変動する部分が極めて小さいので、そこには、経済全体としての成長や物価に関する市場参加者の平均的な期待や見方が反映されているとみられるからです。

 このことは、長期的に物価の安定を目的とする中央銀行にとって、特に大事な意味を持っています。というのは、物価動向には、その時々の経済情勢に加え、人々の将来の物価に対する期待形成そのものが大きく影響を与えるからです。最近、先進国では、インデックス国債という、利回りが物価上昇率に応じて変動する国債が相次いで導入されています。理論的には、インデックス債と普通の国債の利回りの格差を分析すれば、市場の平均的なインフレ予想が抽出できるはずです。これは、直接にはなかなか観察しにくい物価予想を計測する上で、有望な手段と考えられており、各国で、インデックス債の価格形成やそのインプリケーションについては、継続的に検討が進められています。

 国債市場のもつ情報価値はこうしたマクロ経済分析の範囲に止まるものではありません。金融システムの安定を図るうえで、個別の企業や金融機関、あるいは日本の金融システム全体の信用リスクを市場がどのように評価しているか、市場におけるリスクの分布状況はどうなっているか、といったことは大事な判断材料になります。この点、様々な金融商品の利回りとリスクフリーの利回りの格差、つまりクレジット・スプレッドの水準やその変動を分析することにより、貴重な情報を得ることができます。こうした面でも、信用リスクをうまく分離する手法が適用できるかどうか、そのために、国債市場のイールド・カーブが適切なベンチマークとして機能してくれるかどうか、ということが不可欠の前提となります。

 以上、流動性の高い国債市場の持つ意義について、3つの角度から御説明してまいりました。ただ、誤解なきように急いで付け加えておきますと、私は、こうした目的のために、国債の発行を増やすべきだということを主張しているのではありません。国債の発行額をどうするかは、その時々の経済情勢を踏まえた財政政策や財政構造改革といった視点から十分慎重に検討されるべき問題です。私が、この場で申し上げたいことは、リスクフリーの金融資産について、十分流動性の高い市場が存在することの国民経済的な意義ということです。仮に、国債が僅少であれば、それに代わる仕組みを構築していく必要がありますし、市場は、デリバティブズの技術を駆使して、そうした機能を近似できるようなイノベーションが実現するかもしれません。しかし、現実には、主要先進国において、国債市場はもっとも規模が大きく、もっとも重要な金融商品として機能しています。国債市場が存在している以上、その機能を高めることは、政府や中央銀行、あるいは国債の投資家だけでなく、一国の金融市場や金融システム全体に、たいへん大きなメリットを及ぼすのです。

4.わが国国債市場の特徴と改革の方向性

流動性からみたわが国国債市場の特徴

 次に、これまで申し述べてきた市場流動性と国債市場の機能を踏まえ、わが国の国債市場の特徴を概観してみることとします。

 具体的に市場流動性を測る尺度については、様々なものが考えられます。一般的には、例えば、ディーラーが顧客に提示する売り呼値と買い呼値の差、つまりビッド・アスク・スプレッドや、売買回転率などが使われます。例えば、ビッド・アスク・スプレッドが小さいということは、投資家が、市場価格から乖離しない価格で売買ができるということであり、市場流動性が高いことを示します。回転率が高いことも、その市場での取引きが活発で、それだけ売買注文を吸収できる程度が高いと考えられます。以下では、こうした指標を適宜使いながら、G7諸国との比較で、わが国国債市場の流動性を整理してみることとします。

 第1の特徴は、わが国の国債市場の流動性は、全般的にG7諸国と比べ低いということです。例えば、10年債の直近発行銘柄でみますと、日本のビッド・アスク・スプレッドは0.07%とG7諸国の中ではもっとも大きくなっています。因みに、米国は0.03%、英国は0.04%と、日本のほぼ半分にすぎません。また、売買回転率をみても、日本の現物の売買回転率は年6.9回となっており、これは英国の7.0回、イタリアの7.7回なみですが、米国の22.0回やカナダの21.9回と比べ、見劣りします。

 第2の特徴は、現物国債の流動性が特定のゾーンに集中していることです。海外主要国の国債市場では、ビッド・アスク・スプレッドでみた市場流動性は、期間が長くなると低下する傾向がありますが、日本では、期間7年から10年のいわゆる長期ゾーンのビッド・アスク・スプレッドが一番小さくなっています。また、発行年限別の売買高を日米で比べても、日本は長期ゾーンへの集中が顕著です。また、日本の国債市場のベンチマークは10年債にしか存在しませんが、海外では、例えば、1年、5年、10年といったキーマチュリティごとにベンチマーク銘柄が存在し、国債利回りの円滑なイールドカーブを得ることが可能になっています。わが国では、国債の新規発行に占める10年債の割合が高く、相対的に短期債、中期債の発行が少なかったことが、こうした流動性集中の主因となっているとみられます。

 第3の特徴は、日本の場合、国債の現物市場に比べ、先物市場の流動性が高いということが際立った特徴になっています。他の国では、現物市場の売買高が先物市場を上回っていることが多いのですが、日本の場合これが逆になっています。例えば、現物と先物の売買高の比率は、米国2.7倍、イタリア4.1倍といったところですが、日本では、これが0.7倍となっています。わが国においては、現物市場の流動性が低いため、これを補う形で先物市場が活発に利用されていることを示唆しているように思われます。

 わが国の国債市場は、総額350兆円という大きな規模を有しており、世界の国債市場の中でも、米国債市場に次ぐ巨大な市場です。先程申し上げたとおり、発行残高の大きさは、高い流動性のための重要な前提条件でありますが、只今申し上げたような調査結果からみると、わが国の国債市場は、惜しいことに、まだその潜在的な機能を十分発揮しているとはいえないように思われます。

流動性の阻害要因と改革の方向性

 次に、流動性の向上という観点からみた国債市場改革のポイントについて、述べることとします。

 まず商品特性という観点からは、ベンチマーク銘柄の発行サイズを厚くすることが、国債市場全体の流動性の向上に大きな効果を持ちます。そのためには、第1に、現在10年債のウェイトが高くなっている発行年限を多様化することが検討に値します。ただ、国債の多様化といっても、各年限に発行サイズが細かく散らばってしまっては、かえって流動性を低下させることになるので、ポイントは、1年、5年、10年といった「キー・マチュリティ」にあります。こうした観点からは、短期国債市場の拡大は大きな前進であるほか、市場関係者の間で要望の強い5年物利付国債の導入も、流動性向上に効果があると考えられています。第2に、カレント銘柄、つまり、発行直後の銘柄のサイズを大きくするという方法もあります。通常、国債が発行されると、まずディーラー間で取引されながら、次第に長期保有目的の投資家のもとに渡っていくという経過をたどります。従って、こうしたカレント銘柄を統合してひとつの銘柄とする、「リオープン」という制度も流動性を向上させるのに有効です。

 次に、市場構造という面から申し上げると、レポ市場の育成、価格や取引量など市場関連情報の一層の充実、来年のRTGS化──この点はのちにまた触れますが──実現に向けての取引慣行の整備など多くの課題があります。

 また、国債利子にかかる税制のあり方も大きな検討課題です。例えば源泉徴収制度の存在は、売り手と買い手との間で経過利子にかかる税額を調整する必要が生じ、これ自体が大きな取引コストとなります。また、保有主体によって源泉徴収の適用、不適用が分れていると、保有主体の相違により市場が分断され、その分、市場全体の流動性は低下せざるを得ません。実際、わが国の国債市場には、源泉徴収の対象となる一般法人の参加は非常に僅少に止まっています。このほか、例えば、ストリッピング、つまり国債の元本とクーポンをばらばらに切り離して行なう取引を導入しようとする場合も、源泉徴収制度の見直しが必要になるなど、税制は国債市場のあり方に様々な影響を与えています。

 こうした税制面では、有価証券取引税がこの4月で撤廃されたほか、国債利子にかかる非居住者の源泉徴収税もこの9月から免除されるなどの措置が着々と講じられてきています。私どもとしては、今後とも、金融市場の急速な発展やグローバル化という変化を踏まえ、金融税制のあり方について検討が行われていくことを期待しております。

 このほか、市場構造という面では、国債の保有・決済にかかる市場のインフラ整備も重要な課題です。決済制度等のインフラの複雑さは、それ自体、市場流動性の低下要因となり得るほか、制度変更に伴うシステム対応等の時間やコストを増大させる一因ともなり得るため、シンプルで効率的な市場インフラの整備が重要といえましょう。主要国では、国債取引の安全性や効率性を高める観点から、いわゆるペーパーレス化や約定・決済データの電子的一貫処理(Straight Through Processing)が図られるなど、市場参加者による実務面での様々な工夫や、証券取引法制や有価証券法制といった制度面の整備がなされています。この点、わが国では、国債に関する様々な法制度を前提として、日銀ネットを含め国債の保有・決済の仕組みが構築されてきています。こうした仕組みは、それぞれの時代の技術水準や税制等を前提として、国債保有者の利便に資するように形成され、発展してきたものです。わが国の国債取引の効率性を一層高めるためにはどのような制度、市場インフラが望ましいかについて、今後とも検討を進めていく必要があると思われます。

日本銀行と国債市場

 さて、これまで申し述べてきたような国債市場の流動性を高めるための措置は、すべて、日本銀行の業務と深い関連を持っております。そこで、日本銀行と国債市場のかかわりについて、ひとこと述べておきたいと思います。

 日本銀行と国債市場とはたいへん密接な関係にあります。くり返しになりますが、国債市場は日本銀行のマーケットオペレーションの大事な場ですし、国債市場の金利形成などから得られる情報は、通貨価値の安定と金融システムの安定を図っていくうえで有用です。さらに、私どもは、国債の発行から償還までの実務や振替決済制度や登録制度といった国債決済システムの運営を担当しており、こうした事務は私どもが開発・運営している日銀ネットシステムを通じてオンライン処理されています。

 こうしたそれぞれの立場から、私どもは、これまでもわが国国債市場の機能向上という課題には強い関心を持ち、大きな努力を傾注してまいりました。例えばオペレーションの主体という立場からは、96年に導入されたレポ市場の発達にあわせてレポ市場でのオペレーションを開始したほか、また、この春のFB公募入札化にあわせて短期国債オペを新しい時代にふさわしく衣更えしました。また、長期国債のオペレーションについても、銘柄選定の手法などに工夫を凝らし、できるだけ市場の円滑な機能に配意し、マーケットフレンドリーなオペレーションに心掛けています。

 国債決済インフラの運営という面では、例えば国債の多様化を図ったり、税制を変更する場合、必ず私どもの事務やシステムの変更を伴い、これは、場合によっては非常に大きな作業となりますが、私どもとしては、こうしたインフラ整備について最優先で取り組んできたところです。また、こうしたインフラの提供ということに止まらず、その整備の過程では、例えばDVP(Delivery versus Payment:資金と証券の同時受け渡し)や決済期間の短縮といった機能拡充、市場慣行整備も推進して参りました。現在は、2000年末までのRTGS(Real Time Gross Settlement)の導入に向けて、システム対応に全力をあげると同時に、市場参加者とともに、新たな市場慣行の形成に向けて検討を急いでおります。

 私どもとしては、今後とも、こうした中央銀行としての立場から、発行当局や市場参加者と協力しつつ、国債市場の改革に向けて貢献していく所存であります。

5.おわりに

 以上、国債市場の改革に関して幾つかのポイントを述べて参りました。わが国においても、ここ数年、こうした課題について着実な改善が図られ、また、次のステップに向けて各方面での検討が活発化していることは、これまで申し述べてきたとおりです。そこで、最後に、今後の改革を進めるうえでの留意点というか、心構えのようなことをふたつだけ申し述べておきたいと思います。

 第1に、金融市場のグローバル化や金融技術革新が進展する中で、「各国の市場間の競争」がますます激しくなっているということです。近年、各国が自国の国債市場の改革に積極的に取り組んでいるのも、ひとつにはこうした背景があります。わが国の国債市場の改革を考える際も、そうした海外の事情や情勢変化の早さということを十分踏まえて対応していく必要があります。

 第2に、海外における市場改革の流れをみると、市場関係者や学界も含めた活発な調査・研究を通じて市場構造の問題点が明らかにされ、それが具体的な改革につながっていく事例が多いということです。実際、市場改革というテーマは、皆様方研究者と私ども実務家との間で実りある交流が期待でき、また、それが現実の改革の推進力となりうる分野のひとつではないかと思います。私どもは、引続き、研究と実践の協力の場で、そうした活動の触媒としての役割も果たしていきたいと考えておりますし、この分野における学会での研究の進展を強くお願い申し上げまして、私のお話を終えることとします。

 ご清聴ありがとうございました。

以上