公表資料・広報活動

ホーム > 公表資料・広報活動 > 講演・記者会見 > 講演・挨拶等 1999年 > 最近の金融政策運営について ──平成11年 6月22日・日本記者クラブにおける日本銀行総裁講演

最近の金融政策運営について

平成11年 6月22日・日本記者クラブにおける日本銀行総裁講演

1999年 6月22日
日本銀行

目次

1.はじめに

 本日は、日本記者クラブにお招きいただき、皆様方にお話しする機会を得られましたことを、たいへん光栄に存じます。

 本年2月に、日本銀行がきわめて思い切った金融政策運営──いわゆる「ゼロ金利政策」——を開始してから4か月になります。本日は、この歴史的にも前例のない政策運営の内容や考え方をできるだけ総括的にお話しして、皆様方のご理解を頂戴したいと考えています。

 まずはじめに申し上げておきたいことは、現在のゼロ金利政策も含め、日本銀行の金融政策運営は、政策委員会におけるきわめて多様で広範な討議を経て決定されているということです。近年、金融政策運営については、量的緩和論やインフレ・ターゲティング論など、様々な見解が聞かれています。時おり、「日本銀行はこうした意見も排除せずに検討してみてはどうか」というような論評があります。しかし、政策委員会の議事要旨をお読みいただければ、すぐにご理解いただけるとおり、実は、政策委員会では、こうした様々な選択肢についても詳細な検討が加えられているのです。本日は、委員会における多数意見を踏まえて、現在の金融政策運営の基本的な考え方を申し述べます。ただ、その背後には、多様で広範な意見交換と討議のプロセスがあること、そして、その内容は議事要旨という形でくわしく公開していること、この2点を、はじめに申し上げておきたいと思います。

2.ゼロ金利政策の内容と効果

ゼロ金利政策の内容

 それでは、本題に入りまして、現在の金融政策の内容から話を始めたいと思います。いわゆるゼロ金利政策は、3つの構成要素から成立しています。第1に、より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレートのオーバーナイト物をできるだけ低めに推移するよう促すこと、第2に、その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、市場の機能維持に十分配慮すること、第3に、デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまでこの政策を維持するということです。

 このうち、第1の方針が、ゼロ金利誘導の具体的な内容です。日本銀行は、米国の中央銀行などと同様、インターバンク金利のうちもっとも短い金利、つまりコールレート・オーバーナイト物の誘導を日々の金融調節の操作目標としています。ゼロ金利誘導を決定した2月当時、コールレートの誘導目標は、既に0.25%と、常識的にはほとんど引き下げ余地がないところまで低下していました。このため、政策委員会においても、追加的な金融緩和を行うとすれば、マネタリーベースといった量的指標に目標をおく方が効果的ではないか、といった意見も出されました。しかし、マネタリーベースに対する需要は、金融市場の動向などによって大きく振れやすく、実体経済との関係も安定的ではない、という見方が大勢でした。こうした検討を経て、結局、コールレートの下限を事実上取り払ってしまうかたちで、残る金利の低下余地を最大限活用しようという結論に至ったのです。ここでご留意いただきたいのは、「より潤沢な資金供給を行い」という部分です。金利と資金の量とはコインの両面であり、金利をゼロにまで思い切って下げるということは、同時に、それだけ大幅な量的緩和を行うということも意味しています。この点は、後ほど、いわゆる量的緩和論にふれる際の大事なポイントになりますので、あらかじめ、念頭に置いていただきたいと思います。

 第2に、「市場の機能維持に配慮する」という方針です。これは、コールレートの下限を取り払った場合、市場参加者の行動や市場の機能にどのような変化が生じるのか、注意深く見守りながら慎重に金利の低下を誘導していこうとする考え方です。コール市場は、日本のあらゆる取引の最終決済が集約される重要な市場ですから、この機能が低下したり、混乱することは、中央銀行としてぜひとも避ける必要があります。ゼロ金利への誘導ということは、何分、未知の経験ですので、通常の金融政策変更時に増して、政策が与える様々な影響について十分配慮することが必要でした。このため、2月12日にこの方針を決定してから、ある程度時間をかけて、市場動向を見守りながら慎重にコールレートの低下を促していきました。こうしたプロセスを経て、約2か月後の4月には、コールレートが0.03%、つまり取引の手数料を差し引けば、実質ゼロとみなしうる水準で、安定的に推移するようになったのです。

 この間の市場構造の変化として目立つことは、コール市場の規模が、当初の約35兆円から20兆円までほぼ4割ほど減少したことです。ただ、こうした市場規模の縮小だけをもって、市場機能が毀損されているとみることは早計です。というのは、このこと自体は、コール市場における資金調達ニーズが大きく低下した結果であり、潤沢な資金供給に対する市場メカニズムの自然な反応という面があるからです。問題は、市場で取引の出合いがつきにくくなるとか、円滑な資金決済が阻害されたりしているかどうかです。今のところ、そうした問題は発生していませんが、市場機能に対してゼロ金利がどのような影響を与えるか、引き続き注意深くみてまいりたいと考えております。

 第3に、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまでは、この政策を続ける」という考え方を明らかにしたことです。これは、2月12日の決定そのものではなく、政策委員会における大勢の意見を踏まえて、金融政策運営に関する基本的な考え方を現状に適用して述べたものです。申すまでもなく、日本銀行の金融政策の目的は、物価の安定を通じて、国民経済の健全な発展に資すること、言いかえれば、インフレでもデフレでもない物価安定をめざすということです。したがって、デフレ懸念が残る以上、こうした金融緩和を続けて物価の安定と経済の回復を追求していくということは、金融政策の基本理念に照らして当然のこととも言えます。ただ、こうした基本方針を、現状に即して市場や国民に対して分かりやすく述べることは、政策に対する信認を確保していくうえで、大事なことです。特に、昨年来、金融市場が不安定な動きを繰り返してきたことを考えると、ここで基本方針を確認しておく意義は大きいと考えられました。実際、私がこの考え方を述べた4月以降、金利の低下傾向は、より短めのものからより長めのものに一段と浸透していきました。

ゼロ金利政策の効果

 次に、こうしたゼロ金利政策が金融市場や企業金融にどのような影響を与えているか、ご説明したいと思います。

 まず、日本銀行の直接の誘導目標であるコールレートは、4月以降、0.03%と、実質ゼロの水準で安定的に推移しています。また、短期金融市場における長めの金利も、大きく低下しています。このため、金融機関には資金の確保に関する安心感が浸透しており、海外からみた邦銀の資金繰りに対する懸念も大きく後退しました。このことは、いわゆるジャパン・プレミアムが3月以降ほとんど解消したことにも、端的に現れています。金融緩和の浸透は、資金をより長期の債券や株式に向かわせることにもなり、長期金利や株価にも好影響をもたらしているように窺われます。

 こうした市場環境を背景に、企業金融の逼迫感もひところに比べかなり和らいできました。昨年は、国際金融市場の混乱やわが国の金融機関の破綻を契機に、国内の金融市場の機能が低下し、優良な企業であっても、市場調達が難しくなるといった状況がみられました。また、金融機関自身、自己資本面からの制約だけでなく、当面の資金繰りが厳しくなり、この面からも、金融機関の融資姿勢は厳しくならざるを得ない情勢でした。こうした事態は、本年春先以降大きく変化し、金融環境は全体としてかなり改善したといって良いと思います。

 このように、これまでのところ、ゼロ金利政策は、金融面から経済の回復を支援する力を強化するうえで、大きな効果をあげ始めているように窺われます。それでは、そうした効果の背景には、どのような理由があるのでしょうか。ごく単純に考えれば、今回の政策は、コールレートを約0.25%下げるということですから、たとえば、昨年9月9日の金利引下げ幅とほぼ変わりません。にもかかわらず、その効果は、おそらく、大方の予想を上回るものになっているように思われます。

 ひとつには、日本経済を取り巻く国際情勢の好転などとの相乗作用があったことが指摘できます。昨年の夏場以降、ロシア経済危機や米国の大手ヘッジファンドの破綻を契機に、国際金融資本市場は、一時、たいへん緊張した局面を迎えました。ジャパン・プレミアムの拡大という現象も、国内要因だけでなく、こうした海外要因と無縁ではありませんでした。幸い、国際金融資本市場の緊張は、昨年末頃から鎮静化に向かいました。ちょうど、公的資本の投入等の金融システム立て直し策が進展したことや、中小企業に対する特別信用保証制度が導入されたことも、金融市場や企業金融の逼迫感を緩和するのに大きく貢献したと思います。また、ゼロ金利という思い切った政策を通じて、デフレを防止するという中央銀行の強い決意を示したことの意味も大きかったかもしれません。

 ただ、こうしたことだけでなく、ゼロ金利政策は、昨年みられたようなわが国の金融仲介機能の弱まりを、ある程度回復させる方向で作用しているように思われます。

 第1に、ゼロ金利政策の「流動性効果」です。どのようなレベルであっても、金利を下げるためには、それだけの資金の供給が必要になるわけですが、これをゼロにまで下げるということは、「短期の資金需要については、すべてこれを満たすように中央銀行が資金を供給する」ということを意味します。そうなると、市場参加者の資金手当てのリスク、いわゆる流動性リスクはほぼ払拭される状態になります。さきほど触れたように、昨年の金融市場においては、流動性に対する不安が大きく高まりました。ゼロ金利政策は、そうした流動性枯渇とも言うべき状況を一変させるのに、大きな効果を持ったと思います。

 第2に、今回の政策は、市場参加者のリスクテイク活動を促す効果を持ちました。銀行貸出等の間接金融であれ、直接金融であれ、金融仲介活動の本質は、将来のリスクを引き受けること、つまりリスクテイキングにあります。昨年のように、金融部門が過度に萎縮すると、リスクテイクが行われにくくなり、金融面から実体経済活動をサポートする力が著しく弱まってしまいます。今回の金利低下により、さすがに、機関投資家は、より高い運用益を求めて、期間の長い投資や、ある程度クレジットリスクのある債券、たとえば、CPや社債への投資を次第に積極化してきています。もちろん、これが行き過ぎることも避ける必要があり、市場のどこかで何らかの行き過ぎが発生していないかどうか、注意深く見守っていくつもりです。一方、こうした市場の動向に比べると、まだ、金融機関の貸出の回復力は強まっているとは言えません。今後、金融機関の融資姿勢がどのように変化し、これが企業金融や設備投資行動にどのような影響を与えていくのか、よくみてまいりたいと考えています。

3.ゼロ金利政策を巡る議論

ゼロ金利政策と「量的緩和論」

 以上、いわゆるゼロ金利政策の内容と効果についてご説明してまいりました。しかし、皆様の中には、現在の政策を続けるだけでは不十分であり、「量的緩和」やインフレ・ターゲティングを行うべきではないか、また長期金利が上昇しないように国債をもっと買うべきではないか、といったようなご意見もあろうかと思います。以下では、それらについて日本銀行の考え方を述べたいと思います。

 まず、いわゆる「量的緩和論」についてです。

 最初に申し上げておきたいことは、「金利の低下」と「量的緩和」はどちらも「金融の緩和」というひとつの現象を、違う側面から捉えた表現だということです。金利を一定にして、量だけ増やすことはできないし、逆に量を一定にして、金利だけ下げることもできません。この両者は密接不可分なものとして考える必要があります。

 はじめに申し述べたとおり、ゼロ金利政策は、「資金を潤沢に供給して、その結果として金利をぎりぎりまで下げる」ということですから、この意味で、日本銀行は、すでに十分な──まさに金利がゼロに低下するほど十分に——、量的緩和を行っているということです。

 例えば、現在、金融機関が必要とする準備預金の額は、全体で、一日当たりおおよそ4兆円弱ですが、日本銀行は、これを大幅に上回る資金量を供給しています。先般、私どもの資金供給オペレーションが未達になるという現象が生じました。いわば、日本銀行が資金を供給しようとしても、市場の方で「もうこれ以上はいりません」と答えてきたわけです。いかに資金が潤沢に、かつあまねく市場に行き渡っているか、おわかりいただけるかと思います。

 また、この3年間で、名目GDPは約5兆円しか増えていませんが、マネーサプライは、その10倍以上の60兆円も増加しています。この結果、GDPに対するマネーサプライの比率——すなわち経済活動の規模に比べてどのぐらいお金が出回っているかをあらわす「マーシャルのk」という指標は、かなりの早さで上昇しています。そのピッチは、70年代の過剰流動性インフレ期や、80年代のバブル期に匹敵するか、それを上回っているほどです。

 このように、これまでの金融政策は、量的な側面からみても大きな緩和効果をもたらしているのですが、「量的緩和論」という場合、もっと具体的に、マネーサプライなどの量的な金融指標に数値目標を設定する手法を指している場合があります。先ほど申し上げたとおり、金利と量とはコインの両面ですから、実は、この議論は、「金融緩和を行っていくうえでは、主として量をみながらやるのが良いのか、金利をみながらやるのか良いのか」という、すぐれて技術的な問題に帰着します。

 たとえば、オイルショックなどで期待インフレ率が大きく動くような経済では、名目金利と実質金利がかい離してしまうので、金利だけみていると、緩和や引き締めの程度を誤るリスクがあります。こうした状況では、マネーサプライなどの量にたよって金融政策を運営したほうが良いということになります。

 これとは逆に、資金の需要が大きく振れる状況では、量にターゲットを設けることはかえって危険になります。昨年後半までは、現金と準備預金をあわせたいわゆるマネタリーベースは、10%近くの高い伸びを示しました。これは、金融システム不安を背景に、金融機関や企業・家計が、安全な現金や日銀預け金のかたちで、大量の手許流動性を保有したからです。こうした時期に、量のターゲットにこだわっていると、逆に、金融を強く引き締めてしまう結果になったでしょう。

 この問題については、このほかにも、量的指標と実体経済との関係や、日銀がコントロールできる程度、あるいは金融市場の安定性への影響など、多くの検討課題があり、政策委員会でも、活発な議論が行われています。ある委員からは、量をターゲットにする手法について、具体的な提案も出されています。しかし、これまでのところは、量的目標を定めるよりも、金利を操作目標として金融緩和を図っていくことが適当というのが、政策委員会の大勢の意見となっています。

ゼロ金利政策とインフレ・ターゲティング

 次に、インフレ率に直接目標値を設定する、インフレ・ターゲティングについてはどうでしょうか。

 日本銀行の金融政策運営が「物価の安定」を目指すものであることは、日本銀行法にも明記されておりますし、私も常々強調している点です。したがって、日本銀行の金融政策運営と、インフレ・ターゲティングとは、その理念において異なるものではありません。違いは、例えば「消費者物価上昇率でみて1%を目指す」というように、具体的な数値目標を置くかどうかの一点に尽きます。

 問題は、中長期的に物価の安定を図っていくうえでは、将来の物価変動のリスクなど、物価を取り巻く様々な要因を多面的に分析し、判断する必要があるということです。特定の物価指標の、単一の数値だけに依存することは危険です。例えば、一定の目標値を設定したとしても、現実の物価指数がそこを越えない限り政策措置は必要ないかというと、決してそうではありません。物価変動のスピードや需給の逼迫度合によっては、目標値に至ってしまう前に、適切な政策発動が必要になります。

 もう一点付け加えておきますと、インフレ・ターゲティング論には、人々のインフレ期待を上昇させて、過度のデフレ期待を断ち切ろうという意図もこめられています。しかし、目標値をアナウンスするだけで、人々の期待インフレ率が上昇するでしょうか。また、かりに上昇したとしても、長期金利がそれ以上に大幅に上昇してしまう可能性があります。これでは、かえって、経済に悪影響を与えてしまいます。

 ここで少し原点に立ちかえって、マネーサプライや物価などについて目標値を設定する政策運営の本質的な意義を考えてみましょう。重要なポイントは、先行きの金融政策運営方針について、なるべくわかりやすいかたちでコミットメントとして示し、それによって市場参加者の無用な憶測を防ぐことであると考えています。

 そうであれば、具体的な数値目標の設定という問題の多い領域に入り込まなくても、今後の金融政策運営の柱となる重要な考え方を明らかにしていけば、ターゲティング政策の良い点を取り込むことが可能になるはずです。日本銀行が、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで、現在のゼロ金利政策を維持する」ということを明確にしたのも、こうした考え方にもとづくものです。

日本銀行による国債引き受け・買い入れについて

 次に、日本銀行による国債の引き受けあるいは買い入れの増額に関する考え方を申し述べます。

 日銀による国債引き受けを求める声の背景には、国債の円滑な消化を確保し、それを通じて長期金利の上昇を抑制すべきである、という考えがあると思います。そうであれば、この問題に対する日本銀行の考え方は明確で、断固応じられない、ということです。

 中央銀行がいったん「財政資金の融通」ということを始めると、いずれは通貨の増発に歯止めがなくなり、悪性インフレを招くことになります。これは、長い歴史から得られた貴重な教訓であり、わが国だけでなく先進各国で、中央銀行による国債引き受けが制度的に禁止されているのも、このためです。

 国債買い入れ、つまりオペの増額についても、突き詰めて考えれば、引き受けと同じことがいえます。長期金利は、長い目で見れば、将来の経済や物価情勢に関する市場参加者の見方を反映して決まってくるものです。そうした市場の実勢に対抗して、オペで金利を上げないようにする──つまりペッグしようとすれば、国債をどんどん買っていくしかありません。そうなると、いずれ人々のインフレ期待が高まり、長期金利にはさらに上昇圧力がかかりますから、必要な買い入れ額には際限がなくなってしまいます。そうなれば、結局は、引き受けと同じ結果になります。

 それでは、引き受けや買い入れ増加について、「規模を限定」したり、「一定期間だけ」とすれば、問題を回避しつつ効果をあげることができるのでしょうか。

 金融市場のメカニズムや市場参加者の行動を考えれば、そうはならないことは明らかです。市場参加者は、期間や規模を限定しても、常に「その先」を考えて行動するものです。10年債を買おうとする投資家が、10年先のことまで展望しようとするのは、当然です。したがって、引き受けやオペの予定金額を実行し終わったり、一定の期間を過ぎた後は、長期金利が上昇するに違いないと市場が思えば、実は、長期金利は直ちに上昇してしまうのです。さらに、たとえ限定的であっても、中央銀行が財政のファイナンスを始めて、「歯止めが解除された」とみなされると、悪性インフレの可能性や財政運営の節度について市場が疑念を持ってしまう危険があります。こうした市場の反応は、グローバリゼーションが進み、世界の投資家が日本の国債市場に着目していることを踏まえると、なおさら強く意識しておく必要があります。

 要するに、この問題は、円という通貨そのものや金融政策運営、ひいては日本経済全体に対する信認ということにつながっていくものです。信認を確保するための歯止めが崩れてしまうという意味では、「ある程度であれば」とか、「期間を限定すれば」という考え方はたいへん危険ですし、国債引き受けも買い入れの増額も、結局、同じことに帰着します。

 では、現に日本銀行が行っている長期国債の買いオペと、日銀引受論や買いオペ増額論とはどう違うのでしょうか。ポイントは、現在の長期国債買いオペは、あくまで経済が必要とする長期的な資金を円滑に供給するための手段である、ということです。国債の消化や国債市況の下支えという目的のためではない、という点において、全く異なっているのです。現在の国債オペについて、長い目で見て銀行券の増加トレンドにほぼ見合うようにという原則を建てて、できるだけ長期金利に直接の影響を及ぼさないよう、一定のルールをみずからに課しているのも、このためです。私どもは、このように「国債オペは国債の消化や価格支持のためには行わない」という考え方を、今後とも堅持していく方針です。

 なお、この議論の関係で、財政のファイナンスというよりも、「国債の買い入れを通じて量的緩和を図ってはどうか」という、量的緩和論に力点をおいた主張も聞かれます。この点については、先ほどもご説明したとおり、金融緩和は量的にも十分浸透していること、また、そうした緩和政策を実行するうえで、現在のオペ手段を活用することで対応できている、ということを申し述べておきたいと思います。つまり、あえて国債の買い入れという重大な問題を伴う手段を使わなくとも、現在の金融政策の目的は十分達成することができると考えています。

 さて、日本銀行は、金融市場に対して、ありあまるほどの潤沢な資金を供給しており、金融資本市場全般に、流動性に関する懸念は、ほぼ払拭されています。多くの投資家や金融機関は、よい貸出先や運用先がなかなかみつからないという状況にあるようにみえます。経済の貯蓄・投資のギャップも、大幅な貯蓄超過になっています。

 こういう良好な環境のもとで、国債利回りが長い期間にわたって大きく上昇するとすれば、それは、景気や物価に関する見方が強まっているか、財政赤字拡大に対する「市場の警告」であるか、どちらかである可能性が大きいのです。前者であれば、景気の回復を示すものという意味で、むしろ好ましい動きであり、行き過ぎが生じていないかどうか点検しながら、受け入れていくべきものでしょう。かりに後者であれば、財政赤字拡大のコスト・ベネフィットを国民的な観点から見直していくきっかけにしていくべきではないでしょうか。

国債市場改革の重要性

 ここで強調しておきたいのは、日本銀行が、国債の引き受けや買い入れの増額をしないからといって、国債市場が大切でないと考えているわけではない、ということです。実際は、その正反対で、日本銀行は、永年にわたり国債市場の改革という課題にはたいへん積極的に対応してきており、今後とも最大限の努力を払っていく方針です。

 日本銀行にとって、国債市場はレポオペや短期国債オペなど、マーケット・オペレーションの大事な場です。また、日本銀行は、国債の発行から償還までの実務を担当するとともに、わが国の国債決済システムを運営しています。こうした立場から、私どもは、これまでもわが国国債市場の機能向上という課題には強い関心を持ち、大きな努力を傾注してまいりました。現在は、2000年末までのRTGS(Real Time Gross Settlement)の導入に向けて、システム対応に全力をあげると同時に、市場参加者とともに新たな市場慣行の形成に向けて検討を急いでおります。

 一般に、流動性が低く、投資家の層が薄い市場で取り引きされる金融資産は、価格が過度に振れたり、一方向に大きく振れたりしやすいものです。したがって、国債市場を、より流動性が高く、多様な投資家が取り引きしやすいものへと改革していくことは、発行と流通を円滑化するために大事な課題です。しかし、国債市場改革の重要性はそれだけにとどまりません。流動性の高い国債市場の存在は、それが市場メカニズムのもとで機能している限り、国債以外の金融市場が発達していくうえでの基盤にもなるからです。国債の引き受けや価格支持ということは、この面からも大きな弊害をもたらすものです。そうではなくて、国債市場の機能を育てていくことにより、金融・資本市場という国民経済のインフラストラクチャーを強固なものにしていくことが大切である、というのが日本銀行の考え方なのです。

 今後とも、財政運営や国債市場を巡る問題については、議論が続くものと思います。国会等においてこうした検討がなされるのであれば、歓迎すべきことであり、日本銀行としては、いつでも自らの考えを申し述べてまいりたいと考えています。

4.日本経済の現状と展望

金融経済の現状評価

 以上、最近の金融政策運営について、くわしく申し述べてきましたので、最後に、最近の経済情勢と今後の展望について、日本銀行の見方をお話ししたいと思います。景気は、一言で申せば、「足許は下げ止まっているが、はっきりした回復の動きは依然としてみられていない」という情勢にあります。景気下げ止まりの背景は、次の4点にまとめることができます。

 第1に、公共投資や住宅投資といった、政策関連の需要が増加していることです。

 第2に、米国の景気拡大が続く中で、アジア経済の持ち直しが次第に明確になり、国際商品市況も反転上昇するなど、海外経済環境が全体として好転していることです。

 第3に、そうした最終需要や企業の慎重な生産姿勢の結果として、在庫調整が進捗してきたことです。現在の在庫状況からみる限り、今後の最終需要の動向次第では、生産活動が増加しやすい条件が整いつつあると言ってよいように思われます。

 第4に、これまでくわしく述べてきた日本銀行のゼロ金利政策や、大手行に対する公的資本の投入などを背景に、金融面の環境が好転していることです。

景気の先行き

 以上の諸点を背景に、景気は下げ止まってきていますが、先行きについては、まだ、自律的な回復が展望できる状況には至っていません。3つほど理由を申し上げます。

 第1の理由は、現在の景気の下げ止まりが、基本的には公共投資等の各種政策効果に支えられたものであって、経済を自律的に回していくためのエンジンである民間需要が、依然として弱いままであることです。確かに、設備投資については、減少テンポが緩やかになってきている兆候も窺われます。しかし、需要の先行きが不透明であり、大企業を中心にバランスシートの健全化・効率化を目指す動きが根強いもとでは、設備投資全体では、やはり今年度も減少する可能性が高いと思います。民間需要のもうひとつの柱である個人消費についても、企業リストラの本格化に伴って、雇用・所得環境が厳しさを増していく可能性などを考えますと、現在の一進一退の動きから速やかに回復へ向かっていくことは、なかなか難しいように思います。

 2つ目の理由は、金融環境の改善が、実体経済にどのような影響を及ぼしていくのか、なお慎重に見守っていく必要があるということです。確かに、金融機関の融資姿勢は一頃とは変わってきましたが、信用リスクを伴う資金需要を積極的に掘り起こしていけるほど、バランスシートの健全化とリスク管理体制の強化が進んだとは言えません。株価も、これまでのところ、米国の株価好調に支えられている面もあります。今後、金融面での改善傾向が維持され、それが実体経済との好循環につながっていくためには、企業のリストラ策が、前向きでかつ市場の信認を得るような事業再編成を伴いつつ、実行に移されていくことが必要だと思います。

 3つ目は、最初に指摘した民間需要の弱さに関係する要因として、構造調整の圧力が根強いことです。日本経済全体がより効率的なものに生まれ変わっていくために、産業構造の変化が不可欠であることはいうまでもありませんが、その過渡期において大きな問題となるのは雇用です。すでに、政府から、構造改革と整合的な方向での雇用対策の枠組みが示されたことは、歓迎したいと思います。しかし、それでもなお、少なくとも短期的には、雇用面からの下向きの圧力が高まる可能性に注意しておく必要がありましょう。

 以上を踏まえると、現時点では、公共投資が次第に減衰していくと見込まれる本年度下期以降について、民間需要を中心とする自律的な回復が展望できると申し上げられるだけの条件は揃っていません。したがって、こうした面からの物価に対する潜在的な低下圧力は引続き残存していると考えられます。その意味で、デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢にはまだ至っていない、というのが日本銀行の現状判断です。

5.おわりに

 以上、本日は、日本銀行の現在の金融政策運営について、様々な角度からお話をしてまいりました。

 現在、日本経済は、長年の懸案であった金融システム問題がひとまず安定化しつつあり、そのもとで、いかに産業構造や雇用問題など実体経済面での課題を克服して、自律的な景気回復を実現していくか、重要な局面に立たされています。金融政策に求められる役割が大きいことも、十分に承知しているつもりです。そのことを踏まえて、日本銀行は、デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで、現在の思い切った緩和スタンスを続けていくという姿勢を、強く打ち出しているのです。

 しかし、金融政策だけで、現在の日本経済の問題をすべて解決することはできませんし、やはり、ゼロ金利という現在の政策が、きわめて特異な、ぎりぎりの選択であることは十分認識しておく必要があります。また、財政政策についても、いつまでも公共投資中心の拡張政策を進めていくことはできません。日本経済を本格的に再生していくためには、総需要政策によって当面の経済活動を下支えしているあいだに、供給サイドを強化するための構造改革を進めていくことが、どうしても必要です。

 構造改革にはいろいろな側面がありますが、要は、日本経済が本来持っている潜在的な力を十分に引き出し、中期的な期待成長率を高めることが目的です。そのためには、競争原理の持つダイナミズムを活かしていくということが最大のポイントであると思います。企業が技術革新や新規分野の開拓に果敢に挑戦していくことを促すような、競争的な市場環境の整備が必要です。また、そうして生み出される新たな投資機会が活かされるために、多種多様な金融商品を通じて貯蓄が投資へと円滑に仲介されていくよう、効率的で機能の高い金融資本市場の存在が不可欠です。

 こうした産業構造や金融システムの改革が進み、人々の期待成長率が高まっていけば、これまでの思い切った金融緩和の力が一段と発揮されていくものと思います。このことを申し上げて、本日の私のお話を終えることとします。

 ご清聴ありがとうございました。

以上