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福井県金融経済懇談会における篠塚審議委員冒頭挨拶要旨

コンフィデンスの回復に向けて----

1999年 7月12日
日本銀行

1.はじめに

 日本銀行の政策委員会審議委員の篠塚です。本日は、福井県の各界を代表する皆様方と懇談する機会を得ることができましたことを誠に光栄に存じます。また、日頃、私どもの金沢支店および福井事務所が種々のご高配を賜っておりますことを、この場を借りてお礼申し上げます。

 私は、昨年4月に審議委員に就任するまで、お茶の水女子大学で労働経済を研究していました。そのような経緯もありまして、特に当地の雇用情勢を支店、事務所に尋ねましたところ、特徴点は、(1)全国と同様に厳しい状況にはありますが比較的良好なパフォーマンスを維持していること、また、(2)特に女性や高齢者が高い勤労意欲を持って積極的に労働市場に参加していること、などであるということでした。

 今日、わが国が抱える3つの過剰問題として、設備、債務とともに雇用が挙げられます。確かに、現在、根強い雇用の過剰感が窺われます。しかし、将来を展望しますと、高齢化・少子化によって労働力人口が不足するという問題はいずれ確実に到来するとみられます。私は、こうした構造問題への対応として、女性と高齢者の労働市場への参加を拡大することが経済の活力を維持するために不可欠であり、そのための社会環境を整備するべきであると主張してきました。こうした観点から、福井県の女性の労働力率——15歳以上人口に占める労働力人口の割合——が56%と全国一の高さであることに強い関心を持ちました。当地は、世帯当たりの貯蓄残高が全国トップクラスであるほか、生活環境が比較的豊かな土地柄であると伺いますが、これには、女性の積極的な労働市場への参加が何がしか寄与しているように感じられます。

 さて、私が本日申し上げる内容を整理しますと、第1は、最近の金融経済情勢に関する日本銀行の判断について、第2に、私自身が今後の景気展開を展望する上で注目していること——企業と消費者のコンフィデンス(信用)の回復——、について説明したいと思います。そのための条件として、わが国が抱える構造問題への適切な対応が不可欠であると思われますが、この点については、私自身の長年の研究テーマでもある雇用問題を含め、私の見方をやや詳しくご説明します。そして、最後に、こうした金融経済情勢を踏まえた、日本銀行の金融政策運営の考え方をご説明します。これに続き、折角の機会でございますので、皆様方から当地の実情に即した忌憚のないご意見を賜わりたいと存じます。

2.最近の金融経済情勢

2.1.最近の金融経済情勢

 日本銀行の金融経済情勢に関する判断は、毎月公表する「金融経済月報」で詳しく説明しておりますが、現在、「足許の景気は下げ止まっているが、回復へのはっきりとした動きはみられていない」状況にあるとみています。すなわち、公共投資は高水準で工事が進捗しているほか、住宅投資もこのところ持ち直してきています。また、アジアをはじめとする海外景気も持ち直しつつあり、この間、在庫調整に進捗がみられることから、生産が持ち直す条件が整いつつあります。しかし、企業収益の低迷が続いており、雇用・所得環境も引き続き厳しい状況にあるため、GDPを支える2本の柱である設備投資や個人消費については、依然として自律的回復へのモメンタムが高まる兆しが窺われておりません。

 先週5日に公表した6月短観も、全体として、こうした景気判断を裏付ける内容であると受け止めています。すなわち、業況判断などは全般に改善しましたが、生産設備や雇用の過剰感は根強く、設備投資計画も引き続き慎重なものとなっています。この間、今年度事業計画は、全体として売上高が伸びない見通しの中で、経常利益は、下期を中心に増益を期待する姿となっていますが、この背景には、リストラ効果の顕現化に対する期待が織り込まれているようにみられます。

 こうした状況下、今年度後半以降の景気展開について、現時点ではなかなか見通し難いところですが、輸出環境の改善が見込まれる一方、財政面からのサポート力が減退するとみられるほか、企業のリストラが進行する下で調整圧力が働き続けるものとみられます。そうした中で、民間需要の自律的な回復に向けた展望が開けるかどうかを肌目細かく注意して参りたいと考えています。

2.2.わが国の潜在成長力とコンフィデンスの回復

 わが国は、97年度、98年度と2年連続してマイナス成長となった後、依然として自律的な景気回復の展望を確信し難い状況にあります。90年代を通してみたわが国の経済成長率(年度平均)は、1.2%と、70〜80年代の4%強と比べ、大きく低下しています。このようにみますと、わが国経済の先行きについて悲観的な気持ちになるかも知れません。

 しかし、私は、日本経済の実力を過少評価するべきではないと考えています。標準的な経済理論では、経済成長は、労働や資本という生産要素をどれだけ投入できるか、そして技術革新の成果である生産性がどの程度か、によって決まると考えられます。これらの要素を最大限に活用した場合の経済成長率──日本経済の実力──が潜在成長率です。日本の潜在成長率については、色々な推計がありますが、概ね2%程度とみられています。また、先週(7月8日)に閣議決定された、経済審議会の答申「経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針」は、2010年頃までの中期的な実質経済成長率を2%程度と見込んでいます。一口に「2%成長」と申しましても、なかなか生活実感とは結び付かないかも知れませんが、仮に実質ベースで毎年2%ずつ成長するとしますと、単純な複利計算ですが、35年間で所得水準が約2倍になります。言い換えますと、わが国経済は、概ね一世代──親から子供へ──で生活水準を約2倍にできるだけの潜在的な実力があると考えられます。

 それでは、このような潜在能力を有する日本経済がなぜ今日のように厳しい経済状況に直面しているのでしょうか。私は、その背景に、日本経済の将来展望に対するコンフィデンスの低下という問題があるように思います。従って、民間需要の自律的回復の鍵を握るのは企業や家計のコンフィデンスの回復であると考えており、その動きに注目しています。以下、この点をやや敷衍して申し上げたいと思います。

2.3.企業のコンフィデンス

 まず企業部門ですが、わが国企業の期待成長率(経済企画庁調査)は、今年1月調査時点で、先行き3年間の見通しが年率0.8%と、前年1月調査時点の1.4%から一段と低下しています。この背景として、このところわが国経済の供給面が抱える「構造問題」が注目されています。

 企業部門が抱える構造問題としては、大きく、(1)バブルの後遺症などによる膨大な不良資産の存在、(2)非製造業における生産性と収益性の低さ、などが指摘されています。第1の点について、バブルの後遺症と言いますと金融機関の不良債権だけを意味すると受け取られがちですが、同時に、企業部門が、安易に借り過ぎ、投資収益率が低い資産を多く抱えるに至ったという問題点を見逃せません。今日、企業では、国際的な競争の高まり、資本市場の国際化の進展などを背景に、投資収益率の向上が益々重要な経営課題となっており、こうした「負のストック」を抱え続けることが次第に困難になっています。こうした中で、産業界は、このところリストラへの取り組みを本格化させています。なお、これに関連して、「リストラを行いさえすれば景気は回復する」という見方も一部にみられますが、これは典型的な合成の誤謬です。確かに、負のストックは企業の自助努力によって解決されるべきものであると思いますので、こうした方向に強く踏み出す姿勢は大いに評価できますが、需要水準に合せて供給力を削減するだけでは不十分です。リストラによって解放される経営資源を、新たに成長が期待される部門で有効に活用することによってこそ、企業も、経済全体も、活力を取り戻すことができるのです。

 第2に、非製造業の低生産性については、規制業種が多く、価格競争が抑制されてきたため、結果として、内外価格差に象徴されるような問題が温存されてきたと考えています。製造業にとってサービス業からの中間投入が益々重要になる中で、こうした非製造業の非効率性は製造業の国際競争力も弱めています。従って、規制緩和の推進は、わが国の高コスト構造を是正するために不可欠であると思いますが、これに加えて、新たなサービス業務の創造に繋がることも期待されます。私は、今後、企業および家計に対するサービス業の業務範囲は益々拡大する筈であり、これが今後の経済成長の重要な源泉であると考えています。

 例えば、医療・介護関連産業は、米国において90年代前半に最も雇用吸収が大きかった分野です。日本でも、今後の高齢化社会の本格的到来を控え、市場原理の積極的な導入によって、医療・介護関連産業の活性化とコスト削減を図ることが喫緊の課題と思われます。さらに、これらの分野は、新たな雇用機会を創造し得る分野としても、その重要性が広く認識されるべきであると考えています。また、会計、財務、総務などのホワイトカラー業務についても、現在は企業内の一つの部門という位置付けですが、企業が間接部門を合理化してコア業務への絞り込みを強化しようとする中で、情報通信技術の進歩を取り込みながら、独立した新型ビジネスサービス業として成長することが期待できるように思います。

 只今申し上げた構造問題は、短期間で解決することは困難であると思われますが、改善への方向性が明確になりつつあるという認識が広がるに伴い、企業のコンフィデンスが持ち直し、新たな投資が引き出されるものと期待しています。

2.4.家計のコンフィデンス

 次に、家計部門のコンフィデンスについて申し上げます。97年度の経済成長率はマイナス0.4%で、オイルショック後初めてマイナス成長を記録しましたが、その時、実質個人消費も、GDP統計作成以来年度ベースで初めてマイナスとなりました。オイルショックに見舞われた時にも日本経済は戦後初のマイナス成長となりましたが、その時でも個人消費はマイナスとはなりませんでした。個人消費のマイナスという事象はそれほど日本経済にとって異例のことでした。この背景には、消費者が日本経済の将来に大きな不安を覚え、財布の紐を引き締めたという面があるとみられますが、とりわけ、不良債権問題に象徴される金融システムの不安が大きなダメージを与えたように思います。しかし、昨年10月に施行された金融再生法および金融機能早期健全化法等により、金融システム安定化のための枠組みが整備され、その下で本年3月末には公的資金による大手銀行への資本投入が行われたこともあって、全体的に好転しています。

 消費者マインドはなかなか捉え難いものですが、例えば、日本銀行が実施している「生活意識に関するアンケート」から最近の変化を探りたいと思います。最新の調査結果は今年3月下旬時点の調査ですが、この結果を前回の昨年11月調査と比較しますと、「景況感が悪くなっていると思う」とか、「暮らし向きが苦しくなってきた」と回答するウエイトは低下しています。また、「景気が悪くなっていると思う」と回答した方に景気に対する認識をさらに伺ったところ、「不景気はこれまで経験したことがないくらい深刻であり、企業の自助努力などでは対応に限界があると思う」というかなり悲観的な見方が減少し、代わって、「企業の努力などにより、景気は時間が経てばいずれ良くなると思う」という前向きな見方が増えています。また、個人消費に直接関係する「支出を減らしている理由」について、「将来の仕事や収入に対する不安」や、「年金や社会保険の給付が少なくなるのではないかとの不安」など、将来に対する不安を理由とする先は、依然として過半数を占めていますが、前回調査に比べ減少しています。

 こうした動きが、今後、どの程度の拡がりと持続性を持つものであるのかを見極める必要がありますが、消費者マインドが持ち直す萌芽として注目していきたいと思います。すなわち、今年度下期以降の景気展開を展望しますと、企業はリストラを通じて人件費の削減を進める──昨年まで上昇を続けてきた労働分配率は低下する──と予想されます。この結果、家計の雇用・所得環境は、当面、厳しい状況が続くと思われます。そこで、単純に消費性向を一定とみますと、個人消費にしわが寄ることになります。それでは、企業収益環境は改善せず、企業の成長期待もなかなか持ち直さないと思われますので、設備投資意欲も高まらない可能性が高いと懸念されます。しかし、雇用者所得を巡る環境が厳しい中でも、消費者が日本経済に対する強い不安感を和らげ、消費性向を高めれば、個人消費が持ちこたえる可能性も出てきます。こうした理由から、私は、今後の景気展開をみる上で、消費者マインドがどの程度持ち直すかが重要なポイントであると考えています。

 なお、私は、消費者マインドに関連して、このところ株価が堅調な動きをみせていることに注目しています。個人の金融資産残高に占める株式のウエイトは5%程度ですから、株価上昇による直接的な資産効果も限定的であると思いますが、消費者が株価の堅調な動きを眺めて、先行きの景気持ち直しに対する期待を強めるという心理的効果があるのではないかと考えています。

2.5.雇用問題

 ところで、只今申し上げた企業のリストラとの関係で、このところ雇用問題が注目されています。終身雇用制度について、その是非が論じられていますが、これは政府の指導で導入された制度ではなく、飽くまでも自然発生的に生まれ今日まで続いてきたものであることから、企業側、労働者側の双方にとってそれなりの経済的な合理性はあると思います。終身雇用制度の下では、年功序列に象徴されますように、居れば居るほど居心地を良くする仕組みが用意されてきました。極論ですが、企業こそが戦後の最大のセーフティネットであったと言っても過言ではないように思います。ところが、これは、企業の立場からみて、非常にリスクが高い制度です。人件費が固定化しますので、物価の下落や実質所得が減少する局面では、労働分配率が上昇し、実質所得1単位当たりの企業収益は低下します。一方、企業では、現在、世界的な競争圧力の高まりに直面しており、こうした資本収益率に対する相対的な賃金の割高化に耐え切れなくなりつつあります。これが、今日の雇用過剰問題の背景であると思います。

 もっとも、終身雇用制度にはそれなりの経済的な合理性がある訳ですから、これが全く消滅するとみるのは極端過ぎると思います。今後、雇用の流動化が進むとしても、少なくとも企業のコアの競争力を維持するための中核的な業務——技術・ノウハウを蓄積しこれを引き継いでいくこと——については終身雇用制度が維持されると思います。

 その一方、今日では、企業側、労働者側の双方で労働移動を円滑化させたいというニーズも高まっています。要するに、多様な働き方に対して市民権を与えることが必要なのです。わが国の雇用政策は、雇用調整助成金に象徴されますように、これまで企業に対して雇用を維持させる雇用政策が中心でした。しかし、今後は、雇用創造型の政策が求められています。言い換えれば、構造改革の推進を通じて事業の新陳代謝を活発化させるとともに、企業、労働者双方の自発性がより発揮し易いような環境整備が重要な政策課題です。例えば、年金のポータブル化(転職に伴い年金も移動し得る制度の導入)、職業再訓練の充実、職業紹介・人材派遣に関する規制緩和などが挙げられると思います。そうした中で、経済戦略会議が提唱した「能力開発バウチャー」——職業訓練・教育の授業料に対する支払い保証書(目的を絞った商品券のような概念)——は十分に検討に値すると思います。最初に日本経済の実力という話をしましたが、突き詰めれば、私たち個人の専門能力・プロ意識に起因します。従って、教育によって人的資源を蓄積し、各人が人生のどのステージでもある程度の職業訓練・教育を受けられるような社会環境を整備すること、すなわち、「自分の能力こそが最大のセーフティネットである」という認識を広げることが21世紀に向けた喫緊の課題であるように考えています。

3.金融政策運営

 日本銀行は、今年2月の金融緩和措置により、オーバーナイト金利を事実上ゼロ%とし、かつ、デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまでこれを継続するという政策運営を行っています。今回の実質ゼロ金利政策の効果としては、投資採算や企業収益などを改善させることに加えて、金融市場におけるリスクプレミアムを縮小し、経済主体の先行きに関する期待を好転させていることが挙げられると考えています。

 すなわち、2月以降の金融環境をみますと、企業金融を巡る逼迫感が和らいできているほか、株価は堅調に推移していますし、長期金利も一頃に比べて低い水準にあります。こうした金融環境の改善は、企業や家計のコンフィデンスの改善を促し、実体経済活動に対して徐々に好影響を及ぼしていくことが期待されます。日本銀行としては、このような金融面の好ましい動きが、先行き民間需要の自律的な回復につながることを期待し、デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで、現在の思い切った緩和スタンスを続けていくという方針を強く打ち出しているところです。

 なお、私自身は、今月初に公表されました議事要旨にあるとおり、5月18日の金融政策決定会合において、ゼロ金利政策を変更し、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す」ことを提案しました。私は、ゼロ金利政策という歴史的にも前例のない政策運営について、企業金融を巡る逼迫感の緩和や株価上昇などのプラス面を評価しつつも、超低金利政策に伴う家計部門へのマイナスの影響や構造改革の痛み止めである超低金利が却って構造調整を先送りする誘因になり兼ねないことなど、様々な副作用を伴っていると思います。また、ゼロ金利政策が長期化すればするほど、この副作用が大きくなるものと考えています。その一方で、先程申し上げましたように、実体経済や金融の動きの中に、ごく僅かですが、好ましい兆候もみられ始めてきているように思います。こうしたことから、民間需要の自律的回復への見通しと副作用の両面を引き続き注意深く比較考慮して参りたいと考えております。

4.おわりに

 以上、簡単ではありますが、金融経済情勢および金融政策運営につきまして、日本銀行および私自身の認識などをお話させて頂きました。本日は、折角の機会ですので、私どもに対する忌憚のないご意見を賜りたいと存じます。どうぞよろしくお願いします。

以上