ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 講演・挨拶等 1999年 > 1999年10月19日・日本総研における山口副総裁講演「最近の金融政策運営について」

最近の金融政策運営について

1999年10月19日・日本総研における山口副総裁講演

1999年10月19日
日本銀行

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.ゼロ金利政策について
  3. 3.ゼロ金利政策と経済活動
  4. 4.当面の金融政策運営について
  5. 5.おわりに

1.はじめに

 本日は、各界でご活躍の皆様方にお話しする機会を得られたことを、大変光栄に存じます。このところ、日本銀行の金融政策を巡っては、様々なご意見やご批判をたまわっており、金融政策運営について対外的にきちんと説明していくことの重要性と難しさを、強く感じているところです。

 昨年4月に施行された新日銀法の理念は、独立性と透明性の2つです。いいかえれば、金融政策の独立性は、十分な説明責任──いわゆるアカウンタビリティ──でもって、裏打ちされていなければならないと理解しています。私どもとしては、日本銀行の考え方を、普段からわかりやすく説明し、国民の皆様方のご理解を得るよう努めるとともに、実際の政策運営で信認が得られるよう実績を積み重ねていきたいと思っております。今日の私のお話が、そのために少しでも役立つことを願っております。

2.ゼロ金利政策について

ゼロ金利政策と「量的緩和」

 さて、この数か月、日本銀行のいわゆるゼロ金利政策については、実に様々な議論が行われてきました。もちろん、金融政策運営について活発な議論が行われることは、日本銀行としても歓迎するところです。しかし、そもそもゼロ金利政策の内容について、わかりにくいところが残っているために、議論が必要以上に複雑になったり、論点が不明確になってしまっているような面があるように思われます。そこでまず、現在のゼロ金利政策とはどのような政策であるか、改めて説明しておきたいと思います。

 よく頂戴するご意見は、日本銀行は「金利」に注目して政策を運営しているが、なぜ、「量」を増やすという形で金融緩和をしないのか、そうすれば、まだまだ政策発動の余地があるのではないかというものです。いわゆる「量的緩和」という主張です。

 確かに、現在、政策委員会で決定されている金融市場調節方針は、「翌日物のコールレートをできるだけ低めに推移させること」であって、マネーサプライとかマネタリーベースといった「量」について、具体的な目標値が明示されているわけではありません。しかし、通常のモノやサービスについて、その供給量と価格が密接に関連しているのと同じように、おかねの量と金利も無関係ではありえません。「金利を低下させる」あるいは「金利を低位に安定させる」ためには、それだけたくさんの資金を、常時供給しなければならないのです。いいかえれば、ゼロ金利政策というのは、金利がゼロに低下してしまうほど、資金を豊富に供給しようとする政策である、といってもよいのです。

 具体的に申し上げますと、金融機関が法律により保有を義務付けられている支払準備──これは日銀に対する預金の形をとり、所要準備と呼ばれます──その額は現在4兆円弱ですが、日本銀行はそれを約1兆円ほど上回るような大量の資金供給を行うことによって、コールレートを事実上ゼロで推移させています。

 これによって、短期金融市場にいかに資金が豊富に供給されているか、ということを示す現象が、このところいくつかみられています。例えば、日本銀行が供給している余剰資金約1兆円のうち7割前後は、本来資金を保有しておく必要がない短資会社等の日銀当座預金となっています。これは、金融機関が流動性の面での不安を感じることがなくなり、超過準備を保有する動機が低下しているために、多めに供給した資金のかなりの部分が、市場に残っているものと理解できます。

 もうひとつの現象は、夏頃からオペの「札割れ」と呼ばれる現象が頻発するようになったことです。この札割れというのは、日本銀行が資金供給のオペをオファーしたときに、金融機関から申し込まれた金額がオファー額に達しない、という状況のことです。要するに、日本銀行がほぼゼロ金利で資金を供給しようとしても、金融機関はそれに全額は応じようとしなくなっているわけです。

 このような金融市場の状況からみますと、すでに大幅な「量的緩和」が行われている、ということをご理解いただけると思います。

 もっとも、「量的緩和」論のなかには、何らかの量的指標に目標値を設けて、それを実現するように金融政策を運営すべしという主張があります。私の考えでは、技術的難点を別にしても、そうした量的ターゲティングには大きな問題があります。それは金融システムが危機に陥り、大規模な公的支援を仰がなければならない状態の下にあっては、金融の量的指標を一定数値にコントロールすることはたいへん難しいですし、またコントロールできたとしても、それで市場や経済が安定する保証もない、ということです。例えば、マネタリーベースという指標があります。これは約9割が現金、残り約1割が金融機関の日銀預け金で、合計60兆円ほどになります。マネタリーベースは昨年は平均して10%近く増えましたが、今年は6%程度に伸びが落ちついてきました。しかし、経済成長率は昨年は大幅なマイナス、今年度は政府見通し0.5%は達成できる可能性が高いと思われます。つまりマネタリーベースの伸びと経済成長は逆の動きになってきています。これは、金融システム不安が鎮静するにつれて、国民のタンス預金の積み増しも鈍ってきたからで、成長率の改善と矛盾するものではありません。一般的にいって、金融システム上の危機を含めて金融的なショックが生じやすい場合には、「量」よりも「金利」の方が金融の繁緩をより良く捉えうることが知られています。

 しかし、ゼロ金利の意義はもっと深いものがあります。このあと説明するように、ゼロ金利政策は、直接の対象である翌日物のコールレートを事実上ゼロに引き下げただけではなく、3か月物などいわゆるターム物金利にも影響が及び、ゼロに近づく金利の範囲が増えています。この場合、金利がほぼゼロになった金融資産──短期国債(TB・FB)が代表です──は現金との差がなくなったと見なせます。つまり、短期金利が実質ゼロに接近した今春以降、現金ないしマネーと殆ど区別できない、代替性の高い資産が増大している訳で、この意味でも量的緩和が大幅に進んだということができます。もとより、このことは全ての借手に流動性が行き渡ることを意味するものではありませんが、それは中央銀行としては直接如何ともし難い側面です。この問題は後ほど立ち帰ってみますが、いずれにせよ、量的緩和を論じる場合には、まず以上のような金融の実態を踏まえていただくことが重要だと考えています。

ゼロ金利政策とターム物金利

 さて、こうした「量的緩和」とは別に、日本銀行が資金の供給額をもっと増やせば、3か月物や6か月物など、もっと長めのターム物金利を下げることができるはずだとのご意見もあります。

 しかし、ターム物金利の決まり方については、日本銀行が「今どれだけ多く」の資金を供給するかということよりも、現在のような資金供給を「いつまで」続けるのか、ということの方が重要です。いわば、「量」よりも「時間軸」の方が重要なのです。その背景となる考え方は、金利決定に関する「期待理論」と呼ばれています。すなわち、期間の長い金利は、基本的には、将来の短期金利に関する市場の予想を合成したものに等しくなります。例えば、1年物金利であれば、現在から1年後までオーバーナイト金利がどう推移するか、ということに関する市場の予想から決まってくる、ということになります。しかし、中央銀行には、常に、情勢の変化に適切に対応することが求められています。経済や物価の動向とは無関係に、一定の期間にわたって絶対に金利を変えない、と宣言することはできません。

 そこで現在、日本銀行は、具体的な期間ではなく、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで」というゼロ金利政策解除のための条件を明らかにする方法を採用しています。これにより、ゼロ金利政策の継続性に関する市場の期待形成をサポートしているわけです。そして、毎回の金融政策決定会合では、必ずデフレ懸念についての討議を行い、金融経済月報や議事要旨でその判断を示していくことにしています。

 このようなアナウンスメントのもとで、実際、ターム物金利は、きわめて低い水準にまで低下しています。インターバンク金利など民間の金利には、どうしてもある程度のリスクプレミアムが残りますが、短期国債の金利をみますと、3か月物から1年物まで、0.04~0.05%程度というゼロに近い水準となっています。また、こうした短期金利の低下は、市場間の裁定機能を通じて、より中長期の金利のアンカーとしても作用しているはずです。このように、ゼロ金利政策とその継続性に関する宣言という組み合わせは、金融緩和効果をイールドカーブ全体に浸透させていくうえで、たいへん有効であったと考えています。

3.ゼロ金利政策と経済活動

ゼロ金利政策の効果

 以上、ゼロ金利政策のもとでの金融市場の状況について、述べて参りました。振り返ってみますと、昨年秋から本年初にかけて、日本経済は、実体経済活動の低迷に加え、金融システム不安に起因して、市場の流動性不安が極端に高まる状況となりました。ゼロ金利政策は、大量の資金供給を通じて、市場においていつでも資金が調達できるという安心感を醸成し、流動性懸念を払拭するのに強い効果を発揮しました。また、ゼロ金利政策がより中長期の金利に順調に浸透していったことも、株価など資産価格への好影響を通じて、企業や消費者マインドの改善に寄与したといってよいと思います。

 この間、公共事業や住宅投資の増加を中心に総需要が持ち直しているほか、輸出の回復も加わって生産が回復し始めるなど、経済活動の改善傾向が徐々に明らかになってきています。しかし、一方では、個人消費が一進一退の状況を続けているほか、設備投資もなお減少傾向をたどっているなど、民間需要の自律的な回復の目処はまだたっていません。

 それでは、ゼロ金利政策という思い切った金融緩和を続けているにもかかわらず、民間需要の回復力がなかなか育ってこない理由をどう考えればよいでしょうか。「まだまだ金融緩和が足りないからである」という主張も聞かれます。しかし、さきほど申し述べたような金融市場の実状を踏まえると、単に金融緩和が足りないという理由で片付けられるほど、状況は単純ではないように思えます。

 そこで次に、金融緩和と実体経済活動の関係という観点から、最近の情勢を整理してみることにしたいと思います。

金融と実体経済活動

 通常、金融緩和あるいは金利の低下は、金融機関の貸出行動やその背景にある企業の資金調達行動を通じて、影響が浸透していきます。そうした資金の供給と需要の相互作用により、金融緩和効果の現われ方や、マネーサプライの動きも決まってくるわけです。

 そこで、金融機関貸出を例にとって、それがどのような要因で決まってくるかを考えてみますと、大きく整理すれば、3つの要因が考えられます。すなわち、第1に、貸出を行う金融機関の資金調達面においてコストや量の面で不安はないか、第2に、金融機関の「金融仲介機能」あるいはリスクテイク能力は十分備わっているか、第3に、金融機関が融資できるような資金需要があるか、ということです。

 ゼロ金利政策は、今申し上げた3つの要因のうち、1番目の要因、つまり「流動性」という側面について、量およびコスト両面での不安を解消することに大きく貢献してきました。実際、本年春先以降、金融機関のみならず、企業の資金繰りの逼迫感は、大きく後退しています。

 しかし、いくら流動性の面で制約がなくなっても、他の2つの要因が制約要因として働いていれば、実際にはなかなか金融緩和効果が、前向きの力として浸透していきません。

 そこで、2番目の「金融仲介機能」についてですが、不良債権の処理が着実に進捗し、本年3月末に大手銀行に公的資本が投入されたことなどによって、ひところのような極端に慎重な融資姿勢は、かなり後退してきたといってよいでしょう。現に、短観をはじめとする各種の企業アンケート調査などによりますと、金融機関の貸出姿勢は本年の春頃から次第に緩和方向へと変化してきています。これには、「流動性」の面での懸念払拭だけではなく、自己資本面での状況の改善も、大きく貢献しているように思います。また、金融ビッグバンが進行する中で、このところ金融機関の大型の合併、提携の動きが相次いで打ち出されるなど、金融業の再編も予想以上のスピードで進みつつあります。このように、より競争的な市場条件のもとで、不良債権の処理と並行して経営資源の再配分が進んでいけば、金融システム全体として、金融仲介機能は着実に高まっていくと思います。

 ただ、現段階では、不良債権問題がすっかり片付いたわけではありませんし、金融機関は中期的な健全性・収益性の向上を通じて、自己資本の強化を図っていく途上にあります。金融再編の動きも、それが本格的な金融仲介機能の強化として顕在化してくるのは、まだ先のことでしょう。これらの変化が今後着実に進んでいくとしても、それにある程度の時間を要することは、問題の性格上やむをえない面が大きいのです。

 3番目の「資金需要」についてはどうでしょうか。これは、企業がどの程度前向きの経済活動、とりわけ設備投資を行っていくかということがポイントになります。この点、このところ生産や輸出に持ち直しの動きがみられることや、企業収益も改善し始めていることなど、設備投資を巡る環境そのものは、次第に好転してきているように思います。しかし、企業部門においても「バブル崩壊の後遺症」の影響は大きく、依然として過大な設備や債務を抱えています。そのために、企業が設備投資のための資金を借り入れるという動きが出てきていません。むしろ、多少キャッシュフローが好転すれば、それを既存の借入れの返済に回す、という財務リストラの動きが一層強まっているように思われます。また、金融システム不安が収まってきたことから、企業はいざというときのために手許資金を厚めに置いておく必要性をさほど感じなくなってきているようです。その面でも借入れの返済圧力が生じているように窺われます。

 このため、最近のマネーサプライの動きをみると、ちょっと不思議な、逆説的な現象が起きています。つまり、金融緩和効果が浸透して流動性に関する懸念が薄れたために、あるいは企業収益が改善し始めているがゆえに、一時的にせよ、かえってマネーサプライが増加しにくくなっているという面すらあるのです。

 これに関連して、日本銀行が民間の金融機関を迂回して、直接企業部門に資金を流すことはできないか、といった提案を見かけることがあります。この種の提案には若干誤解もあるようです。まず、日本銀行のオペレーションは、金融機関だけを相手にするものではありません。証券会社や短資会社等を含む広範な市場参加者を相手として、いわゆるオープン・マーケットで行っています。証券会社等は当然のことながら、日銀オペの対象となる金融資産を、取引先のネットワークを通じて集めている筈ですから、オペによる資金の流れが金融機関サークルの中で閉じている訳ではありません。

 次に、金融緩和の浸透を図るための技術的工夫として、日本銀行が貸出やオペレーションの際に担保や買い入れ対象として受け入れる民間債務の範囲も重要です。この点、現在すでに手形、借入証書、CP、社債など極めて広い範囲の民間債務を適格物件として受け入れています。ただし、これら民間債務には一定の信用力基準を満たすことを求めています。これは中央銀行資産の健全性──一国の信用を支える基礎のひとつだと思いますが──を守るうえで当然に必要な基準です。その基準を放棄して、中央銀行が信用力の劣る債務を積極的に買い上げていくようなことは、厳に避けなければならないと考えられます。

 もちろん、日銀信用の対象として適格性をもつ金融資産の種類や範囲等については、金融取引の実情に応じて不断の見直しが必要ですし、それは、オペレーション手段の強化という観点からも、中央銀行にとって大事な課題です。こうした観点から、日本銀行は、これまでも、本年春には社債等担保オペを導入したり、この9月には資産担保証券のうち一定の基準を満たすものをオペ担保として適格化する方針を示すなど、いろいろな措置を打ち出してまいりました。

 また、オペの「札割れ」が生じるといった最近の市場環境を踏まえ、先週、短期国債のアウトライト・オペの導入や、レポオペの対象債券の拡大、などの措置を講ずることとしました。これらの道具立ての整備は恒久的なものですが、当面これらを可能な限り活用して、ゼロ金利政策の効果を一層浸透させていく方針です。

 中央銀行が供給した流動性がその何倍のマネーサプライを産み出すかということは、信用乗数という概念で分析されます。この言葉が示すとおり、民間部門で「信用」すなわち「クレジット」を産み出す力が弱いと、いくら中央銀行が「流動性」を供給しても、金融緩和の前向きの効果がなかなか発揮されていきません。そして、そうした「クレジット」を生み出す力は、金融機関や企業のリスクテイク能力です。これを強くするには、金融システムを強化したり、規制緩和などを通じて企業のイノベーションの力を強めていくといった、地道な構造改革の努力を重ねていく必要があります。同時に、金融機関におかれても、新しい経済環境に相応しい審査の手法を開発して、未だ担保力は十分ではないが成長性に富んでいる企業を発掘し育てていくことを期待したいと思います。

4.当面の金融政策運営について

当面の金融政策運営の考え方

 次に、以上のような考え方を踏まえ、先週13日に決定したいくつかの新たな措置について説明します。

 この措置の背景となる情勢の判断のポイントは、大きく整理すれば、2つあります。

 第1に、最近の円高の進行が企業収益等に与える影響です。円相場は、7月から9月までの2か月間に一気に15%ほどの円高が進行しました。これは、やはりかなり急激な変化というべきです。

 ところで、金融政策と為替相場の関係については、私どもの考え方が必ずしも十分に伝わっていない面があるので、ここであらためて説明させていただきたいと思います。

 この問題については、2つの大事なポイントがあります。第1に、為替変動は経済や物価に様々な影響を与えるので、為替変動の影響も含め、金融経済情勢に応じて適時・適切に政策を運営していくべきこと。しかし、第2に、為替相場を一定の水準に誘導することを目標にして金融政策を運営することは適切でないことです。

 日本銀行は、これまでも、この2つの考え方を繰り返し申し述べてきました。しかし、最近、この第2のポイントのみが取り上げられ、あたかも日本銀行が為替相場を重視していないかのような見方につながったことは、まことに残念です。繰り返しになりますが、金融政策運営上、為替相場は重要な判断材料であり、その変動の影響は、当然、政策運営の基礎となる金融経済情勢の判断に織り込まれることになります。

 そうした観点からみて、最近の円高の影響については、慎重に見極めていく必要があると考えています。もちろん、円相場の変動が、経済にどのような影響を与えるのかということは、単に相場水準との関係だけでなく、色々な要因と併せて評価していくことが必要です。例えば、最近の円高の背景には、わが国の景気が下げ止まり、一部に明るさも窺われるようになってきたことに伴い、日本経済に対する市場の評価が上方修正されてきたという要因があげられます。アジア諸国が予想外に順調な景気回復を示していて、日本の輸出や生産にプラスの影響を及ぼし始めていることも、日本経済を取り巻く環境の好転として強く認識されているように思います。

 しかし、日本経済は、設備投資の減少や、個人消費の回復感の乏しさなどからみて、まだまだ自律的な回復の展望はできません。そうしたなかでの円高が景気に及ぼす影響については、注意深くみておく必要があると考えています。物価面でも、原油価格を含む国際商品市況の上昇や、国内の在庫調整の進展など、物価の下落に歯止めをかける要因も別途出てきていますが、円高そのものは価格低下圧力として働きます。

 13日の決定に関する判断の2つ目のポイントは、コンピューター2000年問題に起因して、年末にかけて、金融市場において予備的な資金需要が高まり、金利に上昇圧力がかかる可能性が高い、ということです。一般に2000年問題というと、年明け後の問題と捉えられがちですが、金融市場への圧力という意味では、それより早く影響が発生します。というのは、企業や金融機関が、万が一の場合に備えて手許の資金を厚めに持とうとしたり、年初の資金決済をできるだけ避けて、そこを越えるような長めの資金調達をしようとすると、現在の金利に上昇圧力がかかってくるからです。しかも例年、12月という月は、ボーナス支払いや年末商戦のために、年間で資金需要がもっとも大きくなる時期です。ここに、2000年問題が加わる形となるわけです。実際、年末を越える3か月物の金利は、すでに、幾分高めの水準となっています。これが行き過ぎて、金利全般が大きく上昇してしまうと、せっかくのゼロ金利政策の効果が途切れてしまうリスクがあります。

 こうした状況のもとでは、金融市場ができるだけ落ちついて推移するよう、金融政策運営面でも工夫をこらす必要があります。具体的には、かりに、資金需要の大幅な増大が生じても、中央銀行として、それに十分応えられるような体制を用意する必要があります。また、そうした中央銀行の準備体制に対する信認が拡がれば、市場の金利上昇圧力も、ある程度は抑えられることになると考えられます。

金融緩和効果の一層の浸透と弾力的対応

 このような情勢判断に基づいて、政策委員会では、9月21日、そして先週10月13日の2回にわたり討議を行いました。その結果、当面の金融政策運営としてもっとも重要な課題は、ゼロ金利政策の金融緩和効果を、途切れなく、かつ一層浸透させていくことである、との結論に達しました。

 そのために、いくつかの措置を講ずることとしました。第1に、日々の金融調節の面では、豊富で弾力的な資金供給によりゼロ金利政策を継続する方針をこれまで以上に明確にしました。また、年末越えの長めの資金供給を豊富に行うなど、2000年問題に弾力的に対処する方針も明らかにしました。第2に、そうしたマクロ的な資金供給面での対応に加え、万が一、個別の金融機関に資金繰りの問題が生じた場合には、日銀貸出で適時・適切に対応する旨を公表しました。第3に、金融調節面での対応力をより万全なものとするために、短期国債のアウトライト・オペ導入などのオペレーション手段の機能強化措置を講じることとしました。

 そこで、次に、弾力的な資金供給ということの意味を、やや詳しく述べることとします。

 さきほど、日本銀行は、金融機関が必要とする資金を1兆円ほど上回る調節を行っていると申し上げました。この1兆円という金額が結果として長く続いているために、日本銀行のオペレーションが固定的なものとなっているのではないか、という見方があります。しかし、日本銀行は、この金額を、目標やルールとして決めているわけではありません。現在の金融市場調節方針はコールレートを事実上ゼロにするということであり、この調節方針を確実に実行していくうえで必要かつ十分と考えられる資金供給額が、過去数か月間は、結果的に概ね1兆円程度であったということです。

 逆に申し上げれば、日本銀行は、市場の状況次第では、弾力的に資金供給を行う用意があるということです。実際、コンピューターの誤作動問題が市場で注目されていた9月9日前後や、9月末から10月初めにかけて中間期末関連の資金需要が高まった局面などでは、コールレートの上昇圧力を防ぐべく、2兆円を上回る余剰資金の供給を行いました。現在の調節手法は、そうした状況の変化に迅速に対応することができる弾力性をもっているのです。先般決定したオペ手段の機能強化措置は、こうした弾力性を一層補強するものと考えています。

 当面は、ただいま申し述べたとおり、年末に向けて、市場金利に上昇圧力がかからないとも限りません。また、円相場や長期金利、株価など、資産価格の大きな変動が、金融市場に影響を及ぼすことがないかどうかにも、常時注意しなければなりません。日本銀行としては、金融市場に大きな混乱が波及する懸念があれば、必要に応じて弾力的に対応していく方針です。

市場との対話とは何か

 最後に、中央銀行と市場とのコミュニケーションという問題にひとこと触れておきたいと思います。というのは、9月21日のように、市場の期待に反することを決定して円高と株価下落を引き起こしたのはまずかったのではないか、というご批判をよくたまわるからです。

 市場の期待に対してどう対応すべきか、ということを考える際、難しい2つのポイントがあります。

 第1に、市場の価格形成機能をできるだけ損なわないようにするにはどうすべきか、という問題です。例えば、中央銀行が、市場の期待に短期的に反応するような対応を始めてしまうと、市場は次第に「日本銀行の出方」だけに強い関心を寄せるようになる可能性があります。そうすると、経済のファンダメンタルズをきちんと評価していくという市場本来の価格形成機能が歪んでいく危険があります。よく「市場との対話」ということがいわれますが、これは市場と日本銀行がそれぞれ経済の現状や先行きについてしっかりと分析・予測し、お互いの考え方をチェックしていくプロセスであると私は理解しています。それが、経済のファンダメンタルズから離れて、「相手が何を期待しているか」というゲームになってしまうと、行き過ぎやミスアラインメントが生じやすくなる危険があるように思います。

 2番目の問題は、人々の心理面に働きかける政策対応というのは、その使い方がたいへん難しい、ということです。例えば、市場が反応して政策効果があがったようにみえても、市場が冷静さを取り戻してくるにつれて、効果が剥落してしまう場合もあります。一方、市場に対して大きなショックが加わり、その機能が一時的に麻痺するような状態や、市場の期待形成が一方的にフレている場合に、当局のスタンスの表明なりアクションなりが、大きな意味を持つ場合もあります。要は、その時々の状況と、政策手段の目的と効果をよく吟味して、判断していくほかはないように思われます。

 いずれにせよ重要なことは、中央銀行と市場とが建設的なコミュニケーションを図っていくためには、金融政策運営に関する日本銀行の考え方や、経済情勢に関する日本銀行の判断などについて、常日ごろから正確な認識を共有していただくことが先決です。そして、そのためには、日本銀行は、なるべくわかりやすく、しかも首尾一貫した姿勢で金融政策運営に関する考え方を情報発信していくべきでしょうし、実際の政策運営面においても、信頼される政策運営を実績として地道に積み重ねていくことが重要だと考えています。

5.おわりに

 以上、当面の金融政策運営の考え方について、いくつかの側面から説明してまいりました。

 繰り返しになりますが、日本銀行としましては、「ゼロ金利政策」を、デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで継続し、その一層の効果浸透に努めていく方針です。また、そうした方針のもとで、豊富で弾力的な資金供給を行っていく考えです。

 また、弾力性という観点から、ひとつ付け加えておきたいことは、ゼロ金利政策の「時間軸効果」ともいうべき側面です。仮に経済に対して追加的なマイナスのショックが加わり、景気や物価の先行きが懸念されるような情勢になれば、「デフレ懸念の払拭が展望できるまで」というフレームワークのもとで、ゼロ金利の解除時期に関する予想が先送りされることになるでしょう。そして、それが市場で織り込まれれば、中長期の金利がより速やかに低下することになります。実際、9月に急速な円高が進んだときも、行き過ぎが懸念されるような局面では、長期金利は低下しました。もちろん、金融市場はそのような自動調整機能をもともと持っているわけですが、現在のゼロ金利政策とその継続性のアナウンスメントという枠組みは、そうした市場の調整作用を最大限に引き出す効果を持っているとも考えています。

 ただ、先ほども触れたとおり、日本経済が、金融システム問題や、新たな国際環境のもとでの産業構造の再編といった構造的課題に直面しているなかで、金融政策だけで、日本経済の問題すべてに対処することは難しいといわなければなりません。

 振り返ってみますと、バブルの崩壊以降の8年間、日本経済は、循環的なデフレ圧力とともに、様々な構造調整圧力に直面し、苦闘してまいりました。この間、日本銀行の悩みは、金融政策だけで構造調整問題を解決することはできない──場合によっては、構造調整を進めるうえでマイナスに働く可能性もある──一方で、そうした圧力が経済にデフレ的な効果を与える以上は、政策的に対応する必要がある、ということでした。その結果が、ゼロ金利政策ということができます。

 日本銀行としては、経済にみられ始めている明るい動きが、今度こそ自律的な回復へとつながっていくよう、引き続き、金融面からしっかりと日本経済を支えていくつもりです。同時に、この間進み始めている企業経営のリストラや金融システム強化といった構造面での対応が実を結び、日本経済の新たな発展の基盤が整っていくことを強く願って、本日のお話を終わらせていただきます。

 ご清聴、ありがとうございました。

以上