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日本経済の現状と金融政策の課題

1999年11月1日・資本市場研究会における中原審議委員講演

1999年11月 1日
日本銀行

目次

1.はじめに

 本日は、証券・銀行界でご活躍の第一線の専門家の皆様方にお話する機会を得られたことを、大変光栄に存じます。この機会に、個人的な見解ということで、昨年4月以降これまでの金融政策の推移と総括、現在の景気に対する認識、ゼロ金利政策の問題点、私が現在決定会合で提案している物価目標付きマネタリーベース・ターゲティングについての説明、という順に、若干独善的になるかもしれませんが、オーバーオールにレビューして参りたいと思います。

2.新法施行後の金融政策決定会合のクロノロジー

 最初に、昨年、4月1日以降これまでの金融政策の推移について、決定会合の内容をクロノロジカルにお話しし、その時、何が争点となり、私がどう主張したかを、守秘義務に抵触しない範囲で説明したいと思います。いわば、新法施行以降の日銀の金融政策に関する私なりの総括と反省です。結論を先取りして申し上げれば、ゼロ金利に至った現状でも、金融政策についてはまだ追加的に発動する余地があり、その具体的な方法の一つが物価目標付きマネタリーベースターゲティングであると私は思っています。

 昨年4月以降これまでに、金融政策決定会合においては、4つの重要なポイントがあったと思っています。第一は、昨年9月9日に無担保コールレートを0.25%に引き下げるまでの時点にかけて、第二は、昨年11月13日に企業金融を円滑にするためのCPオペ、社債等担保オペ、臨時貸出制度を決定した時点、第三は、本年2月12日の政策変更および2月25日以降の所謂ゼロ金利政策のスタート、第四は、本年9月21日および10月13日の現状維持です。

98年4月時点での景気観

 まず、昨年4月1日の就任記者会見においては、景気認識等について、私は次のようなことを申し上げました。第一は、特別減税の廃止2兆円、消費税引き上げ5兆円、医療費その他アップ2兆円を合計した計9兆円の国民負担増という財政サイドの要因をきっかけに経済状況にガタが出て来ており、非常に厳しい状況であること、第二は、設備投資が循環局面からみて後退局面にあること、第三は、これまでの過剰設備、過剰雇用の結果、国際競争力が低下しており、資本効率を引き上げることが喫緊の課題であり、ここ数年が正念場であるという構造調整についての指摘、第四は、景気がさらに落ち込んでくれば、もう一段の金融緩和が必要になるということです。当時、実質GDPは、97年10~12月、98年1~3月、4~6月と3期続けて前期比マイナスとなっていたところであり、循環的にみて景気下降局面にあったことに、経済政策が不十分であったことや、銀行の不良債権問題等による信用不安要素も相俟って、景気は先が全く見えないような状況でした。

98年9月9日の利下げに至るまでの過程

 こうした中で、私は6月12日の決定会合から無担保コールレート・オーバーナイト物の低め誘導を提案し続けました。すなわち、その時点でのボードからの金融市場局長への調節方針の指示すなわちディレクティブは「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて公定歩合をやや下回って推移するよう促す。」という内容でしたが、私は6月12日、6月25日の決定会合では0.40%、7月16日、7月28日の決定会合では0.35%、8月11日の決定会合では0.25%と、無担保コールレート(オーバーナイト物)を公定歩合をやや下回る水準から順次引き下げ、より一段の金融緩和策を図るよう提案し、否決されました。その時の議論の論点は、(1)私が景気の先行きを非常に厳しくみていたのに対して、他の多くの委員が私ほど厳しくみていなかったという経済情勢の見通しに関する認識の違いと、(2)政府が打出す経済対策の内容と効果を見守るべきか、あるいは厳しい経済局面に対応して金融政策も早期に発動すべきかというスタンスの違いの2点であったと理解しています。すなわち、例えば、7月28日の会合では、景気の先行きに関して「生産がさらに大きく落ち込んでいくような『二番底』の懸念は一頃よりも小さくなっている・・・」という意見が聞かれました。また、政策変更直前の8月11日においてさえ、「98年度から99年度にかけての大規模な財政パッケージ組成が具体性を帯びてきていることを踏まえると、まずはその内容と効果を見守ることが大切ではないか」といった見解が述べられていることなどをみても、スタンスの違いは分かるかと思います。このように他の委員の多くがやや楽観的であり、また、財政政策を見守ろうという「ウエイト・アンド・シー」のスタンスであったと思われるのに対し、私は、(1)設備投資の落ち込み、雇用調整の深刻化、(2)前回金融緩和を行った95年9月よりも経済状況が悪いこと、(3)日米株式市場の不安定な動き、等を背景に一段の金融緩和を主張いたしました。そして、漸く9月9日になって無担保コールレート(オーバーナイト物)を0.25%前後にまで引き下げるという政策変更が実施された訳です。同日の会議の雰囲気は、当初は一部の委員に一層の金融緩和についての戸惑いのようなものが窺われたと記憶していますが、最終的には、ほとんどのボード・メンバーが前回の結論とは逆に、利下げに賛成したことを覚えています。しかし、もし、日銀内部の経済予測に基づくプリエンプティブな対応をとっていたならば、もっと速い段階で利下げが実現したのではないかと個人的には残念に思っています。

98年9月9日以降98年11月13日まで

 第2の山場となったのは、11月13日の決定会合です。この会合では、年末から年度末にかけて、企業金融の情勢が厳しさを増す可能性があるとして、(1)買入れ対象となるCPの残存期間を3か月から1年に延長するとともに、CP発行企業の適格審査事務を迅速化することによる「CPオペの積極的活用」を決定し、また同時に決議した公表文のなかで、(2)98年10~12月における金融機関の貸出増加額の一定割合(50%)を対象に「企業金融支援のための臨時貸出制度の創設」、(3)社債及び証書貸付債権を根担保として金融機関が振り出す手形を買い入れるオペレーションを導入する「社債等を担保とするオペレーションの導入」という二つのアクションを準備出来次第とることをアナウンス致しました。私は、11月13日の決定会合の1回前の10月28日の決定会合において、CPオペの積極活用を明示的にディレクティブに入れることを提案しましたが、否決され、次の決定会合で可決された訳であります。また、私は11月13日においては、臨時貸出制度及び社債等担保オペについては反対いたしました。臨時貸出制度については、裁量的として批判があったかつての据置貸し制度の復活に繋がるという印象を与えかねない、あるいはそうした懸念が事実あり得る、ということによります。また、社債等担保オペは、臨時ではなく恒久的な制度ですが、本来民間銀行の業務である企業金融の領域に中央銀行が踏み込むことについては重大な疑念があったこと等から、反対しました。日本銀行は、基本的には米国FRBが行っているような国債等を対象とした正統的なオペにより金融調節を行っていくべきであり、企業金融と関わり合うとすれば、中央銀行が伝統的に行ってきている商業手形の再割引や、発行期間が比較的短いCPに対するオペを補助的・限定的に使うべきで、安易に役割を拡大していくべきではないというのが私の基本的な考え方です。なお、企業金融のための臨時貸出制度についての利用実績は、金利情勢等もありましたが、結果的に貸付残高のピークでも10,356億円に止まりました。

 11月13日の決定会合までの間に特筆すべきことが起こりました。すなわち、1998年の10月9日には、日経平均が1992年8月18日の14,309円41銭を大きく割り込んでバブル崩壊後の最安値12,879円97銭をつけたことです。それまで一部の政策委員は、株価が大幅に下落するなどデフレが深刻化する緊急事態に備えて金利引下げを温存すべきだとの議論を繰り返し主張していたようですが、現実にそれが起こった時点では、何らの金融政策の変更も行われませんでした。同様な事態はこれからも起こり得るのではないかと思います。例えば、委員の中には、将来為替相場が急激に円高になった時点では量的緩和を行う、と言っている人もある様ですが、果たしてそのような機敏な対応を行えるのか、疑問を感じざるを得ません。

98年11月13日以降ゼロ金利政策スタートまで

 その後、私は、景気が一向に好転しないのをみて、11月27日の決定会合から、より一段の金利引下げを提案して参りました。無担保コールレート(オーバーナイト物)を11月27日には0.15%に引き下げることを、12月15日および1月19日には0.10%に引き下げることを提案し、2月12日には「無担保コールレート(オーバーナイト物)を極力低水準に抑制することにより、一層の量的緩和(マネタリーベースの拡大)を図る。」と提案致しました。金利引下げ余地が極めて限られているために、「量的緩和を図るため」を強調して、わざわざ提案の中に明記した訳です。私のこの提案は否決され、議長が取り纏めた案の「より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。——中略——当初、0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す。」という形での金融緩和策が決定会合で可決され、打出されることとなりました。これは、景気回復への展望が依然明確でない中で、長期金利高や円高からくる追加的な下押し圧力によりダウンサイド・リスクが高まっているとの見方が強くなったことによります。私は、量的緩和を重視するという私の主張が議長案に採り入れられることになったため、議長案に賛成票を投じました。しかしながら、その後、無担保コールレート(オーバーナイト物)は速水総裁が2月16日の定例記者会見でゼロ金利も敢えて辞さないと発言されたにもかかわらず0.12%にまで下がったところで足踏みを続け、下げ渋っていたため、2月25日の決定会合では、私は、緩和効果が期待できなくなることに懸念を示し、引下げの加速を主張しました。こうしたことを踏まえ、調節担当部署は2月末以降積み上幅の見込み額を13,000~18,000億円に引き上げるアグレッシブな緩和的調節を行いました。その結果、3月初頭以降、株価が急動意を示し、金利は徐々にゼロ近傍にまで低下しました。そして、今日までゼロ金利政策が続いている訳です。私は、昨年4月以降の政策変更の中で、2月25日をきっかけとした金融緩和が最も効果があったと思っていますが、それは積み上幅の見込み額が顕著に増えたという量的な緩和の効果が大きかったことによると思います。このような量的拡大が、株価、債券、為替等に効き、さらには市場参加者のコンフィデンスを高めることに繋がったと考えております。なお、私は2月25日の決定会合を皮切りに、それ以降、物価目標付きマネタリーベースターゲティングを提案し続けています。その提案については後ほど詳しく説明したいと思います。

99年9月21日の決定会合等、最近の動き

最後に取り上げたいのは9月21日の決定会合です。この会合においては、110円を割り込んで円高方向に進行していた為替相場が一つのポイントとなったと理解していますが、決定会合における雰囲気は、私を含めた一部の委員を除き、急激な円高の影響について思いのほか楽観的であったと感じました。私は、円ドル相場に敏感な石油業界に長く身を置いたこともあり、120円レベルでの円高と108円という支持ラインを割り込んでの円高では、企業に対してのインパクトが全く異なると思い、プリエンプティブな対応をとるべきであり、また市場が期待するなら介入資金の非不胎化をすべしと考えましたが、多くの委員は、9月21日の議事要旨に「最近の円高が先行きの経済に及ぼすダウンサイド・リスクの程度を判断するにはもう少し様子を見る必要がある」と記載されているように、「ウエイト・アンド・シー」というスタンスであったと理解しています。さらに、私は、為替相場のみならず、東証の株価やニューヨークの株価にとっても当時は極めて重要なクリティカル・ジャンクチャーにあり、もし然るべきアクションがとられなければ、大きな反動に見舞われるであろう、と警告を発したのであります。さて、9月21日には現状維持の政策を決議した訳ですが、同日には、「当面の金融政策運営に関する考え方」という公表文を可決し、また「追加的資金供給」について効果が期待できないこと等を記者会見で説明しました。私は公表文の発表に対しては反対の立場をとりました。こうした公表文案に賛成した政策委員会の中には「市場は金融政策の意図するところを正しく理解していないので、市場に正しく教えるべきである」というような気持ち、あるいは市場が誤認して自分たちの思い通りに反応しないことへの焦りのようなものがあったのではないかと推察されます。私は、政策変更を行う場合以外は、議長が定例記者会見で懇切丁寧に納得が得られるまで説明するという方法が最も良いと思っています。また、このような公表文を公表することは、将来の日銀の行動を束縛することにもなりかねないと危惧しております。

 10月13日の決定会合では、金融市場調節機能の強化ということで、短期国債のアウトライト・オペの導入を決議し、同時にレポオペの対象国債の拡大を公表文の中で発表しました。私は、これら措置により金融市場調節手段が整備されることは大変好ましいと高く評価しております。

3.景気の現状

 次に、私の日本経済についての見方を申し上げます。

 日本経済は、絶後とは言えないまでも空前のバブルの後、過剰設備、過剰雇用、過剰債務の三重苦を背負い、設備投資が過去のパターンに例をみないような厳しい落ち込みとなっているほか、失業率も過去最高を記録するなど、依然として、これまで経験したことのないアンユージュアルな局面にあると言えます。

 足許の景気についての私の見方を一言で言えば、7、8月の景気動向指数から判断する限り、本年4、5月頃に底を打った可能性が高いが、それは主として政策効果によるもので、改善しつつあるという方向感は出つつあるものの、回復の量感は極めて弱く、非常に脆弱なものであるということです。また、来年度以降の自律的回復の道筋は殆ど見えておらず、こういう点から見ても、財政政策とシンクロナイズする形で、プリエンプティブにもう一段の金融緩和を行うべきであると考えています。

 まず、景気循環論の立場から現在の景気局面について申し上げたいと思います。米国の学者M.Boldinによる景気動向指数のうちのCI(コンポジット・インデックス)を使った簡便法を使えば、11月4日に発表予定の9月の景気動向指数のCI一致系列が97.5以上であれば、一応、本年5月が景気の底という見方を取ることができます。また、CIBCRの予測方法によれば景気の谷は3~6月の間、さらにDI(ディフュージョン・インデックス)から判断すれば7月となりますが、結論的には4~5月が景気の谷となる可能性が強いと思っております。

 さて、このように景気は、方向としては回復過程に入っている可能性が高いと思いますが、非常に不安定、フラジャイルで、ちょっとしたきっかけで再び落ち込みかねない、極めて心許ない足取りです。その理由としては、(1)これまでどうにか景気を支えていたのが、公共投資の拡大、住宅減税や信用保証枠の拡大さらには金融緩和といった政策効果とアジア等の景気回復という海外要因であるが、これら要因に今後多くを期待することは難しいこと、(2)依然として、設備投資、消費といった国内需要が自律的に回復するシナリオが描けないこと、(3)バブル経済の崩壊に端を発した過剰設備、過剰雇用、過剰債務の三重苦は依然続いており、これを克服するための企業のリストラが正に正念場を迎えつつあるということ、(4)マネーサプライ、マネタリーベース等量的指標が鈍化しており、これらが円高等を通じて実体経済面へ悪影響を与える可能性があること、等が指摘できます。

 特に心配しているのは、来年度以降です。現在、政府は第二次補正予算の編成に着手し、来年度の公共投資を今年度並にもっていきたいと考えているようですが、それはおそらく難しいと考えております。従って、今後は民需に頼る部分が大きくなるということになりますが、これまで比較的好調であった輸出については、実質実効レートでみて7月から9月にかけて月平均4%強というニクソン・ショック以来最も急速かつ最大級の円高が進行したことに加え、アジアについても、金融の再編成という大きな問題を抱えているほか、アメリカ向けの輸出動向如何という不安定要素があります。また、消費については、リストラ等を背景とした雇用不安、時間当たり賃金カット等による雇用者所得減少の中で、消費性向の上昇に頼るしかない訳ですが、この上昇にも限界があると思っています。さらに、設備投資については、過剰設備を背景に、立ち上がりは早くとも来年度後半以降になるのではないかと思っています。こうしたことから、依然、民需による自律的回復のシナリオが描けない状況です。加えて、地価についても、当分は底が入らないのではないかと懸念しており、これが企業のリストラの足を引っ張ったり、金融機関の不良資産の増大に繋がりかねないことも考慮しておく必要があります。

 また、マーケットの面についてみますと、先程述べましたように、為替相場、日経平均、NYダウの3市場について、9月下旬にクリティカル・ジャンクチャーつまり重要な節目を過ぎたところで、特にアメリカの株価は不安定な局面に入った感じであり、日本の株式市場も戻りが極めて弱く、為替相場も円高が再び明確になってきました。

 このように日本経済は、いろいろな面で依然として非常に脆弱な状況であり、私は日銀法第4条に則って財政政策とシンクロナイズしつつ金融緩和をプリエンプティブに行うことで、景気回復をできるだけ確かなものにする必要があると認識しています。

 デフレギャップは、計算の仕方にもよりますが、最も厳しい見方をとればGDPの8~10%にも達し、一方で物価はゼロないしマイナスという状況である以上、より一段の金融緩和は当然であるというのが、私の考えです。さらに、ゼロ金利政策の継続で、ある種の閉塞観が出てきているだけに、物価目標付きマネタリーベースターゲティングでレジームを変更することが望ましいと思っています。

4.ゼロ金利政策についての問題点

 次に、このような特殊な経済状況下で日本銀行がとっているゼロ金利政策の問題点について、述べたいと思います。

ゼロ金利政策の政策運営上の問題点

 まず、現行のゼロ金利政策についての私の認識を説明させて頂きたいと思います。ゼロ金利政策については、(1)飽くまで金利をターゲットにした政策であり、具体的数値をもって量的緩和を狙ったものではないこと、(2)3月以降これまでの間にほぼ効果が出尽くしたと考えられること、(3)目標等が抽象的で良く分からないこと、(4)ゼロ金利政策により、これまで日本銀行がとってきた調節手法の技術的な矛盾が露呈してきたこと、(5)非連続かつ象徴的な政策であり、将来解除する時には困難が付きまとうこと、等が指摘できると思います。

 まず、第一は、現行のゼロ金利政策は、飽くまで無担保コールレート(オーバーナイト物)の金利水準をターゲットにした政策であり、量を増やすためのものではありません。つまり、マネタリーベース等の量をターゲットとした量的緩和とは一線を画するものであります。ですから、ゼロ金利政策が「金利がゼロに低下してしまうほど、資金を豊富に供給する政策である」といっても、金利ゼロが達成された後は、それ以上、追加的に量を出さなくても良い政策だということになります。さらに言えば、現行の金融調節手法を前提に、ゼロ金利政策における積み上1兆円という「量的シグナル」を続けても、期末等の期間を除いてみれば、すでに必要かつ十分な量に達しているとされているので、これ以上の量の増加は望めず、したがって、今後、これ以上の実質的な量的緩和の効果はほとんど期待できないと考えられます。また、ゼロ金利下で1兆円を超えて、よりふんだんに量を出そうというのであれば、量をターゲットにすべきであり、それは金融政策決定会合で具体的に決めていく必要があると理解しています。

 第二は、3月以降、ゼロ金利政策を継続してきた中で、ゼロ金利政策の効果はほぼ出尽くしたと考えられることです。よく「ゼロ金利政策の一層の効果浸透」といった表現を目にしますが、反応の早い為替市場、株式市場、債券市場等のマーケットにおいては望ましい反応は既に出尽くしており、また、金利低下を通じて設備投資を刺激するといった実体経済への効果もあまり望めないのではないかという気がします。

 第三は、ゼロ金利政策については、抽象的で国民からみて分かりにくい表現が多いということです。「豊富で弾力的な資金供給」とか「潤沢な資金供給」という表現は、飽くまでゼロ金利を達成するための必要かつ十分な量を意味しており、追加的な増加があまり見込めないことについてはご説明しました。さらに、「デフレ懸念が払拭されるまで継続する」というのは、物価をみているのか、景気をみているのか、景気であればどういった指標を見ているのか、いつまで続けるつもりであるのか、具体的にどういった状況になれば解除されるのかといったことが、国民には良く分かりません。勿論、そうした点まで含めて全て日本銀行政策委員会の総合判断に任せると国民が考えていれば良い訳ですが、必ずしもそういうことではないと思います。さらに、私は、日本銀行の目的である物価安定の在り方について、「デフレでもインフレでもない状態を目指す」と表現していることについて、こうした抽象的な表現を用いるのではなく、政策目標に数値を付して具体的に追求していくことこそが、中央銀行のアカウンタビリティーであると考えております。

 第四は、ゼロ金利政策の下でこれまでの金融調節手法の技術的問題点が表面化してきたということです。それが典型的に現れているのが、マーケットにおいて日銀の日々の金融調節スタンスを最も明確に示す「量的シグナル」と受取られている「積み上幅」の「9:20時点の見込み」と「実績」の大幅な乖離です。具体的に積み上幅の見込みと実績を比較していきますと、ゼロ金利政策前の本年1月については月平均で——以下、百億円単位で丸めて申し上げますと——見込み1,800億円に対して実績1,400億円、2月は見込み3,200億円に対して実績2,700億円と大きな乖離はありませんでしたが、ゼロ金利政策をとった直後の3月は見込み15,400億円に対して実績6,400億円と約9,000億円もの大幅な乖離が発生しています。以降、月平均の計数を見ていきますと、4月には見込み13,000億円に対して実績1,800億円、5月は見込み10,800億円に対して実績3,300億円と、月によっては1兆円を超える大幅な乖離を続け、足許の9月も見込み11,000億円に対して実績1,900億円と1兆円に近い乖離があります。さらに9月については、実績で積み下になった日が20営業日のうち6営業日もあります。つまり、1/3近くの営業日において日本銀行が積み上の調節を試みたにもかかわらず、準備預金適用先に資金が流れず、翌日以降、結果として所要準備額が前日に比べて減少しないという状況が起こったということになる訳です。こうした積み上幅の見込みと実績に大きな乖離が出ているその背景としては、(1)積み上幅の見込みの計算に使う資金需給について恒常的に予想と実績が大きく異なっていること、(2)積み上幅の計算方法が、かつてのような超過準備が発生しない状況を前提としてのものであること、等が指摘できます。このように、見込み・予想と実績が大幅に乖離することが明らかな「資金需給予想」やそれに基いた「積み上見込み」の数字を発表すること自体、「見込み」「予想」という言葉の常識的な日本語の意味合いからして、問題があると思っています。「見込み」「予想」という以上は達成可能性がそれなりにあるというのが、一般的な常識であり、中央銀行のアカウンタビリティーであると思います。積み上については、もしも量的緩和を直ちに採用しないのであれば、RTGSの導入を待つことなく、出来るだけ早く「積み上幅の見込み」という名称を改めるなり、積み上幅等の計算フォーミュラを変更するといった対応をとるべきだと思います。さらに、本来、市場の状況に合わせて微妙に変えるべきである積み上幅の見込みがほぼ1兆円に固定化され、「疑似ターゲット」化していること等を考えると、もはやこうした手法は限界にきていると思われますので、より抜本的には、金融政策決定会合で超過準備額なりマネタリーベース・ターゲットを決め、これを市場に示し、達成を図るように変更すべきだと考えています。その場合は、必ずしも積み上幅というツールを使う必要はないと思っています。

 また、前述の通り資金需給の予想と実績も大幅に乖離しています。月平均で本年1月は700億円の乖離、2月は800億円の乖離に止まっていましたが、ゼロ金利政策がスタートした3月以降、3月6,800億円、4月9,300億円と乖離が拡大していき、その後も数千億から1兆円の大幅な乖離が続いています。この理由は、資金需給の予想においては、短資会社等非適用先に残る資金——所謂リーケージ——が、当日、全て積み未了先に放出されるものとして仮定しているのに対し、実際には、積み未了先が準備預金として手元に置かず、結果的に再度短資会社等に積み上がることによります。このため、資金需給の財政等要因については、予想に比べ実績がほぼ常に下回るということになります。対外的に発表する以上、こういった恒常的に大幅な乖離が発生するメカニズムが内在するものについては、例えば短資会社へのリーケージ等内訳の詳細を明示的に示すことなどにより、市場関係者が確りと把握できるように改善する必要があると考えます。

 さらに付け加えますと、コール・手形等短期金融市場関係者において、日本銀行の緩和スタンスに寄りかかっている面があると言いますか、ややモラルハザード的な面が出てきていると言われていることも気懸かりです。すなわち、日本銀行が資金需給の予想とそれに基いた積み上の見込みを発表しているため、短期金融市場では資金需給を深く分析・予想しようという必要性が弱く、一部には、金利観は日本銀行の「量的シグナル」によって与えられるものだ、との認識している向きもあるようです。ここ数か月は9時20分に積み上幅見込み1兆円の情報が流れると、あとはマーケットをほとんどみなくても大丈夫だ、困ったら日銀に駆け込めば良いという話すら一部の市場関係者から聞くことがあります。こうした状況が続けば、その結果として、短期金融市場に緊張感が失われ、ビビッドに反応しなくなることが考えられます。

 第五番目には、ゼロ金利政策が、金利や量の水準といった程度を数値をもって示し得る連続的な政策ではなく、象徴的かつ非連続な政策であるということが指摘できます。このため、さらに多少緩和したいとか、多少引き締め気味にしたいという場合に、これをファインチューニングすることはできません。言い換えれば、ゼロ金利政策は、「いつまで続けるか」だけがクルーシャルなポイントである政策と理解することもできるということです。このため、解除するという期待が高まれば債券相場等への影響も大きくなる可能性があると考えられます。その点、後ほど説明いたしますマネタリーベースターゲティングは緩和の量感を数値をもって示せますので、そうした心配はありません。

 また、もしゼロ金利政策について「時間軸効果」というものをはっきりと認識しているならば、現在の経済環境の下で、例えばイギリスにおいて2年先の物価上昇率が2.5%となるよう運営していると説明しているように、いつ時点でどのような経済環境となることを目指しているのか、あるいは予測しているのかを具体的数値をもって示す必要があると思っています。なお、仮に新たな経済的ショックが加わり、与件が異なった場合には、それを変更し、対外的に説明すればよいと考えております。

5.物価目標付きマネタリーベースターゲティングの内容とそのフィージビリティ

 次に、私が現在金融政策決定会合で提案している物価目標付きマネタリーベースターゲティングについてご説明させて頂きたいと思います。

 私の提案は、お手元の議事要旨に記載されているように一定期間後のCPI(除く生鮮食品)の上昇率が前年同期比+0.5~2.0%の適正なインフレ率に上昇するように物価についての目標を定めるというインフレーションターゲティングの部分と、直近の積み期間に超過準備額を平残ベースで5,000億円程度増額し、その後も、増加させていくことでマネタリーベースの伸び率を取り敢えず前年同期比+10%程度に引き上げてみようという量的緩和を提案する二つの部分から成り立っています。すなわち、政策目標の設定の仕組みとしてインフレーションターゲティングを、また、中間目標の設定の方法としてマネタリーベースターゲティングを用いている訳です。また、私の提案には、量的緩和によって日本銀行が追加的に供給する資金のトータルでのボリューム感が掴めるようにということから、注書きとして明年3月までに現状比3兆円程度準備預金の残高を増額させる必要がある旨を記載しております。

 なお、本提案のような物価目標付きマネタリーベースターゲティングのレジームを導入しただけでは不十分な場合には、市場において残存期間が1年以上の長期国債等を弾力的に購入するなど、日銀がベースマネーと非代替的な資産を直接購入していくことで、最終的にマネーサプライが増え得るような対応をとることを展望に入れていることを申し添えておきます。

マネタリーベースターゲティングの枠組み

 私の提案について、まず最初に、マネタリーベースターゲティングの枠組みをご説明したいと思います。マネタリーベースターゲティングを現実的な政策として行おうとした場合、どのような基準で、どの位マネタリーベースの伸び率を増やす必要があるかということを、裁量的ではなく客観的なルールで決めることが望ましいと考えておりますが、私の提案している量的緩和の基本的枠組みは、米国の経済学者マッカラム教授の考案したマッカラム・ルールをベースにしています。マッカラム・ルールとは、簡単に申し上げれば、適正なGDP成長率を実現するような適正なマネタリーベースの伸び率を、一定期間の通貨流通速度の変化率、適正な名目GDPと実際の名目GDPの差などで計算するルールです。このルールに従えば、名目GDP成長率が適正な成長率を下回っている場合には、そのギャップを縮小させるようにマネタリーベースの伸び率を増加させるということになります。ここでわが国の潜在実質成長率を+2%、適正インフレ率を+1%と考え、名目GDPが+3%程度となるような適正マネタリーベースを足許のGDPや流通速度の変化率から計算しますと、+11%強となり、概ね+10%前後が適正であると申し上げられるかと思います。

量的緩和のトランスミッション・メカニズム

 次に、量的緩和を行うと、経済にどういった経路で好影響が出てくるかというトランスミッション・メカニズムについて、私の考え方を述べたいと思います。ただし、この点について厳密に言えば、ゼロ金利政策のトランスミッション・メカニズムについても必ずしも明瞭ではないことを予め申し上げておきます。

 第一は、より長めのターム物金利の低下を通じての短期的な効果です。コールレートのオーバーナイト物についてはもはや限界のところまで下がっており、金利と量との裏表の関係は崩れていますが、ターム物についてはまだ下がる余地があります。量的緩和によりさらに金融緩和を進めれば、ターム物金利が下がることによって実体経済を刺激することができると考えています。ただ、もしその結果として景気が良くなれば、中長期的には期待インフレ率が上昇し、名目金利が上昇していくことになることを申し添えておきます。その場合でも、当面、実質金利は低下し、その好影響を期待できると思っています。

 第二は、金融機関がポートフォリオを変化させることを通じての効果です。量的緩和を行うと短期金融市場での資金がジャブジャブになりますが、後ほどご説明させて頂きますように、短資会社等が抱える所謂リーケージには限界があるので、今以上にさらに資金供給を増やしていけば、いずれ金融機関の超過準備が膨らんでいくことになると考えられます。それがかなりの金額となれば、金融機関は資産構成を変化させ、日銀の当座預金から、債券、株式、あるいは貸出を増やすという行動に繋がる可能性があります。ただ、このルートがよりうまく働くためには、インフレーションターゲティングと組み合わせることで経済主体の期待を変化させる必要があると考えます。

 第三は、期待インフレ率が上昇することにより実質金利が低下することの効果です。実質金利が低下し期待収益率がこれを上回ることになれば、設備投資が刺激されます。

 こうした金融から実体経済等に直接効くいわばメインストリームのトランスミッションに加え、ゼロ金利政策により実質的に量的緩和が進んだ過程で見られた、次に述べる四番目、五番目のトランスミッションメカニズムがあります。

 第四は、為替が円安方向に向かうことを通じての効果です。例えば、生保やヘッジファンド等の機関投資家は、為替売買を行う時に日米のベースマネーの絶対額の比率を一つの有力な材料としてみていることは、良く知られています。

 第五は、株価が上昇することによる資産効果です。9月末の東証一部の時価総額をみると約400兆円と、2月25日時点の約288兆円に比べ100兆円以上増加していることがわかりますが、このような株式含み益の増大は、企業がそれを原資としてリストラを促進させるような効果が期待できます。

量的緩和のフィージビリティ

 次に量的緩和のフィージビリティについてご説明したいと思います。マネタリーベースターゲティングのフィージビリティに対する批判としては、(1)私の提案における「マネタリーベースの伸び率+10%」と「超過準備の増加額5,000億円」の整合性がとれていないのではないか、(2)資金供給を増やしても、準備預金非適用先へのリーケージが増えるだけであり、超過準備は増えない、(3)日本銀行にはこれ以上のオペ余力がない、(4)金利がゼロに限りなく近づいている状況下、札割れが発生するので、資金供給の面から無理である、(5)マネタリーベースは信用不安の発生等外的ショックで大きく振れる場合への対処など不安定であり、政策ツールとして適さない、といった点があるかと思います。これらについて、順次、お答えしていきたいと思います。

 第一のマネタリーベース+10%という伸び率と毎積み期間の超過準備の増加額5,000億円の整合性について、計算根拠を示すことで説明したいと思います。例えば、お手元にある9月21日の決定会合について説明しますと、2000年1~3月の平残でマネタリーベースが前年比+10%の伸びとなることを達成するためには、99年1~3月の平残実績をベースに計算すると2000年1~3月のマネタリーベースの平残を63.8兆円にする必要があります。足許の8月の実績から計算すると、9月積み期以降、毎月8,600億円強のペースでマネタリーベースを増やす必要があります。一方で、マネタリーベースの八十数%を占める銀行券はこのところ前年比+6%の安定的な伸びを示しており、これを所与とすると毎月3,900億円程度づつ伸びていくと考えられます。この8,600億円と3,900億円の差である4,700億円——これは、私が提案の中で示している5,000億円という計数と概ね一致します——を準備預金の増加で埋めていけば、マネタリーベースの前年比+10%が達成できる訳です。簡略化のために今は季節性を捨象して説明しましたが、基本的にはこういう考え方に立って、毎回の決定会合で銀行券の伸びや足許のマネタリーベースの伸びを見ながら超過準備の増加額を適切なレベルに決めてやれば良いと考えております。

 第二の日銀が資金供給をいくら増やしても、短資会社等準備預金非適用先へのリークが増えるだけで、超過準備額の増加には繋がらないという見方については、私は同意できません。ご承知の通り、無担コールはブローキングで必ず取り手が存在しますので、短資会社へのリーケージは基本的に有担コールである筈です。しかし、短資会社で使える担保はせいぜい1.5兆円と限りがあるとみられ、例えば積み上見込み幅を現在の1兆円から3~4兆円に増やせば、かなりの部分は銀行の超過準備として増える筋合いにあると理解しています。なお、この点に関連して申し上げれば、現状、短資会社がディーリングを行っている有担コールについて、取引形態をブローキングに移行することが、一つの有意義な対応であると思っています。

 第三のオペ余力の観点については、従来から使っているレポオペ、TB・FBの現先オペ、CPオペ、手形オペ等の手段に加え、10月27日の決定会合で開始を決定した短期国債の買切りオペを利用していけば一応対応できると考えています。現状では、それらを含めた総供給可能額は三十数兆円程度はあるとみられ、それらを動員すれば、年末等の資金不足期への対応を考慮しても私の提案を実現するだけの資金供給が可能であると思います。それでも不十分な場合は、残存期間のより長い国債等を弾力的に購入することが考えられます。さらに補助的な手段としては例えばスイス、オーストラリア等で行っている為替スワップを使った資金供給方法等も考えられ、日銀の叡智を結集していけばいろいろと知恵が出てくると思っています。

 第四の札割れの問題については、私の提案はインフレーションターゲティングと組み合わせていますので、中長期的には期待インフレ率がある程度上昇し、オぺにおいて札割れが続出するといった事態は避けられると考えています。さて、そういう状況になるまでの当面の具体的対応ですが、論理的にはネガティブ・インテレストを導入するという方法とよりタームの長いものを買っていくという方法の二つが考えられます。私は、ネガティブ・インテレストについては、実行上、いろいろと問題があると思っておりますので、基本的には、必要があればより長いタームの物を購入して対応していくべきであると考えております。当面は、この10月27日に導入を決定した短国の買切りオペの有効性をみていこうと考えています。短国は今年度末時点の予想では63兆円というかなりの残高にまで市場が整ってきており、また、26~28回債等市場が強く買切りを望んでいる銘柄もありますので、市場のニーズを的確に判断し、短国オペ等手段を十二分に活用していけば、多少の札割れが出ることはあっても、全体的にはかなりの対応が可能であると思っています。

 第五に、マネタリーベースターゲティングは、信用不安等の要因でその大部分を占める銀行券に対する需要が大きく振れるため、コントローラビリティに問題があり、現実的な方法ではないという批判も聞かれます。お手元の議事要旨の私の提案をご覧頂きたいのですが、そういう事態になることを想定して、提案しているディレクティブの中に「なお、無担保コールレート(オーバーナイト物)が大幅に上昇する等金融市場が不安定化した場合には、上記マネタリーベースの目標等にかかわらず、一層の量的拡大を図る。」という記述を入れております。また、金融政策決定会合は、月2回と比較的頻繁に開催される訳ですので、その時その時に的確に経済状況を判断し、情勢の変化に合わせてディレクティブの内容を変えれば良い訳ですし、必要があれば臨時で開催しても一向に差し支えないと思います。問題なのはそういった事態に対応して、目標を変更したことを対外的にキチンと説明することであると思います。また、制度的には、ECBで行っているように金融機関サイドが自発的に中央銀行から金を借り入れることができる常設ファシリティを設置するということも検討の価値があると思います。

 さらに、そうしたフィージビリティに関する批判以外に、量的緩和を行うために長期国債等をどんどん買っていけば、日本銀行のバランスシートが毀損されることになる、という主張をよく耳にします。私は、この点に関しても欧米の著名な学者等と議論しましたが、「シニョレッジ(通貨発行権)を法律的に規定されている中央銀行がバランスシートの毀損にそれほどナーバスになるのは理解できない」というのが大多数の意見でした。百歩譲って民間企業と同じ見方をするという立場に立っても、例えば、ニッセイ基礎研の久保上席主任研究員が述べているように、ALMモデルで試算した日銀の破綻確率は極めて低く、現在の日本銀行のバランスシートは非常に健全で相当な資産購入余力があるというのが一般的な見方ではないでしょうか。また、究極的には日本経済あっての中央銀行であり、日本経済がこれほど苦しんでいる時に、「国民経済の健全な発展」という目的に照らし、日本銀行のバランスシートだけをきれいにしておくことに意味があるのか、私には疑問に思えます。もちろん日銀が国債引受を行いドンドン保有長期国債が膨らんでしまえば別ですが、私はそうならないようにマネタリーベースやインフレーションターゲティングで箍(たが)を嵌めており、私の提案ではそういった懸念は無用であると思っています。

インフレーションターゲティングについて

 次に、私の提案において、マネタリーベースターゲティングとともにその核となっている、政策目標設定の仕組みであるインフレーションターゲティングのフレームワーク導入についてご説明したいと思います。最初に申し上げたいのは、私の提案は、例えばクルーグマン教授が主張しているようなかなり高いインフレ率を指向する調整インフレ論ではなく、現在、イギリスを始め世界各国で実際に取りいれられている物価安定を目標としたフレームワークとしてのインフレーションターゲティングであるということです。現在、イギリス、ニュージーランド、カナダ、スウェーデン等多くの国でインフレーションターゲティングが採用されています。導入されてからの期間が比較的短いのでなかなか評価は難しいのですが、これまでのところまずまず良いパフォーマンスを示していると思っています。また、この分野は、学術的にも世界的に研究が相当進んできています。例えば、本年8月に開催されたカンザスシティー連銀のジャクソンホールにおけるコンファレンスでは、プリンストン大学のバーナンキ教授とニューヨーク大学のガートラー教授が、資産価格がバブルにより乱高下する場合でも、インフレーションターゲティングが経済の安定化に有効であるという論文を発表されたなど、インフレーションターゲティングを巡る議論が深まり、非常に意義深い会合だったと聞いています。このように、インフレーションターゲティングについては肯定的な見方が大勢で、反対意見は一部の国の中央銀行を除けば世界的にあまり見受けられないと認識しています。

 私のインフレーションターゲティングの提案は、日本銀行法第2条の「日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする。」という通貨及び調節の理念を、具体的な数値をもって示したものです。ところで、一口に物価と言っても様々な指標があり、いろいろ考えられますが、私は、国民生活に最も密着しているという観点から消費者物価指数を選び、また、天候等の要因で振れが大きい生鮮食品については、含めておくと基調判断が難しくなることから外し、CPI(除く生鮮)を目標とする指標として提案しています。私はこれまで、ゼロ・インフレを目指すと申し上げておりましたが、何故、それが0.5~2.0%のインフレ率を目標とするのかという疑問がある方もいらっしゃると思います。これは、日本のCPIに1%程度の上方バイアスがあると見られるため、その部分を勘案したからです。消費者物価の上方バイアスは、米国において1996年にブッシュ元大統領の経済アドバイザーであったボスキン教授が米国の上院財政委員会に提出した「ボスキン・レポート」でそれが実証されました。簡単に申し上げれば、CPIには、近年のパソコン等の品質向上によるバイアスやディスカンウントストアの安売り等が十分反映されておらず、このためCPIの表面上の数値は真の姿に比べ高くなってしまっているという報告書です。日本のCPIについての研究はあまり多くないのですが、日本銀行の白塚氏の論文で0.9%という研究が示されておりますので、私は、誤差等も勘案し、約1%の上方バイアスを想定しました。そのうえで下方に0.5%、上方に1%というバンドを設け、0.5~2.0%というCPI(除く生鮮)のターゲットを設定した訳です。下方サイドのバンドを上方サイドに比べ小さくしたのは、日本経済の厳しい現況を眺め、経済回復へ配慮したからです。また、期間的には、イギリス同様、概ね2年後の2001年10~12月の達成を考えており、時間的にそう無理はないと思っています。なお、私自身の研究がもう少し進めば、将来的には、1~3%とかあるいはイギリスの2.5%程度といったように、適正な経済成長に整合的なインフレ率を考えていってもよいかもしれないと考えていることを付け足しておきます。

 インフレーションターゲティングには、いくつかのメリットがあります。

 第一は、金融政策にディシプリンを与えることができるということです。よく、量的緩和をドンドン行っていくと、インフレが進行し大変なことになると主張する人がいますが、私の提案では、そうならないよう、適正なマネタリーベースを計算した上での政策目標として0.5~2.0%というインフレ率を設けている訳です。

 第二は、「インフレでもなくデフレでもない」といった抽象的な言い方ではなく、具体的な数値をもって示すことで、説明責任のみならず結果責任を含めた真のアカウンタビリティが果されることになり、日本銀行の責任が明確になります。

 第三は、インフレーションターゲティングを行えば、金融政策当局は常に時間とともに経済のパスがどうなるかを考えなければなりませんから、日本銀行がリアクティブではなくプリエンプティブで真にフォーワードルッキングな政策を取るようになるということです。例えば、インフレーションターゲティングを行っているイギリス・BOEでは、足許の物価上昇率が目標値の2.5%を下回っているにもかかわらず、9月8日に0.25%の利上げを実施しました。これは、住宅価格の上昇、労働市場のタイト化、個人消費の高い伸びを背景に年後半にかけて物価が加速し、2年後の物価が目標を上回ると考えたからです。このイギリスの例をみて分かるように、インフレーションターゲティングを行えば、中央銀行は目標時点までの経済のパスを常に分析・予想することになるので、金融政策を先手先手に打っていくことができる訳です。

 第四は、市場との対話がよりやりやすくなるという効果です。現状、マーケットはゼロ金利がいつまで続くか先行きを読めない、あるいは読みようがない状況が一部に出ていると思います。しかし、具体的な目標と達成時点とを数値をもって示せば、そこへ向かっての経済のパスを市場参加者が考えることで、市場と金融政策当局との対話が生まれるのではないかと理解しています。また、具体的数値を示すことで、人々の期待へ直接訴えるという効果も期待でき、これを一つの材料に対話が進むことも考えられます。

 第五は、日銀への政治的な圧力を防ぐ盾となるということです。日銀法では、日本銀行の使命として「物価の安定」が謳われていますが、具体的にどのようなインフレ率が「安定」と言えるのかについて明確に示されている訳ではなく、そこには裁量の余地が残っています。また、政策手段については、日本銀行は完全に自由と言えます。私は、金融政策の目標である物価の安定について、日本銀行が、インフレーションターゲティングを導入することで、自発的にインフレ率の数値目標を公表すべきであると考えております。その公表された目標を達成するために全力を尽くすという仕組みにすることにより、日本銀行の独立性は強化されるのではないかと思っています。目標を達成できない時には、十分に説明した上で、必要があれば何らかの責任を取ることもあり得ると考えます。

 以上申し上げたように、インフレーションターゲットは、わが国経済にとって、また金融政策遂行の仕組みとして、是非とも必要なものであり、私は必ずや早期に実現されるものと考えております。

6.おわりに

 私は、ここ数年が日本経済の正念場であると思っております。日本の産業界が苦しいこの時期を乗り越え、リストラ等により資本効率の改善を達成できれば、日本経済に必ずや道は開け、景気の長期波動の観点からみても2010年前後にかけて再びピークを迎える可能性があると信じています。そのためには、日本銀行が物価目標付きマネタリーベースターゲティングにより積極的に経済に貢献する姿勢を打出すことが重要で、この実現は、日本経済のデフレからの脱却と健全な発展へ繋がり得ると確信しています。日本銀行に今求められていることは、アンユージュアルな局面を乗り越えるため新たな金融政策の領域に入る勇気と行動力を持つことであると思います。

 私は、21世紀の日本経済のために、これからも微力を尽くして金融政策を考えて参りたいと思います。

 本日は、長時間のご清聴有り難うございました。

以上