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パリ・ユーロプラス第三回ファイナンシャル・フォーラムにおける藤原副総裁挨拶要旨

1999年11月29日
日本銀行

1.はじめに

 本日は、ユーロプラスのファイナンシャル・フォーラムに参加する機会を頂戴し、大変光栄に思っている。また、ユーロ圏における産業再編の動きに対する見方について、フランスの様々な分野で活躍されている方々から、直接話しを伺うことができたことは、大変有意義であった。

 私の方からは、皆さんが折角東京に来られた機会でもあり、日本経済の状況や、課題についてお話ししたい。次に、パリ市場の振興機関であるユーロプラスのフォーラムという場を捉え、わが国が取り組んでいる「円の国際化」の動きについて、ご説明したい。最後に、日本とユーロ圏の関係についても、若干触れさせて頂きたい。

2.日本経済の現状と課題

 皆さんご承知の通り、日本経済は、バブルの崩壊以降8年間、循環的なデフレ圧力とともに、様々な構造調整圧力に直面してきた。最近では、景気は、輸出や生産面を中心に下げ止まりから持ち直しに転じつつある。しかし、民間需要の自律的回復のはっきりとした動きは、依然みられていない。こうした状況に対応するため、日本銀行ではゼロ金利政策を採用している。これは、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで」現在のゼロ金利政策を継続するというもので、そうした政策を受け、ターム物金利も低水準で推移している。この間、コンピューター2000年問題に対応するため、年末越えの資金供給を豊富に行なうなど、弾力的な姿勢も表明している。

 こうした金融緩和の効果が浸透し、民間需要が自律的に回復していくためには、金融機関の金融仲介機能が回復するとともに、企業サイドの資金需要が強まる必要があると考えている。このうち、金融仲介機能については、不良債権の処理が着実に進捗し、本年3月末に大手銀行に公的資本が投入されたことなどにより、ひところのような極端に慎重な融資姿勢はかなり後退してきている。また、このところ金融機関の大型合併、提携の動きが相次いで打ち出されるなど、金融再編の動きも予想以上のスピードで進みつつある。しかし、現段階で不良債権問題がすっかり片付いた訳ではなく、金融仲介機能が目に見えて強化されるまでには、ある程度の時間を要しよう。

 また、資金需要についても、企業部門におけるバブル崩壊の後遺症の影響は大きく、依然として過大な設備や債務を抱えているため、前向きの経済活動を行なうというよりは、キャッシュフローの好転を借入れの返済に回す動きが強い。

 このように考えていくと、日本経済を再び持続的な成長経路に乗せていくためには、経済・金融の構造調整を促すことが重要なポイントと位置付けられる。この点に関し、ご存じのように、米国では91年3月をボトムに景気回復が続いているが、その背後に、シュンペーターの言う「創造的破壊」のメカニズムが働いていたとの指摘が数多くなされている。また、先程伺ったように、ユーロ圏でも、通貨統合を契機に、ユーロ圏内の各国を跨ぐ産業再編の動きが加速していると承知している。しかし、残念ながら、日本では経済をリードするような新しい企業が近年余り生まれてこないなど、産業構造の転換が目に見えて進展しているとは言い難い。このため、日本でも、リスクテイクの環境を整備しつつ、競争を軸とした産業の活性化を図り、構造転換を進めていくことが急務と思っている。先般公表された政府の「経済新生対策」も、こうした動きを促す上で効果を発揮することを期待している。私は、日本が、活力に満ち、高い生産性を誇る経済に再び転換するだけの潜在的能力を十分に有しており、それを発揮していけると信じている。

3.円の国際化

 さて、ここまで日本経済の状況や課題について説明してきた。次に、円の国際化に話題を移したい。本件については、大蔵大臣の諮問機関である外国為替等審議会において、昨年7月以降議論が行なわれ——私も委員として議論に参加したが——今年4月に「21世紀に向けた円の国際化」という答申が公表された。アジア通貨危機の発生、ユーロの導入、日本版ビッグバンの進展といった大きな情勢の変化を捉え、円の国際化の意義を考えるとともに、具体的な推進策を検討し、実行に移していこうというのが、委員の問題意識であった。

 答申の概要について簡単に紹介させて頂くと、次のとおりである。アジア通貨危機の要因のひとつとして、アジア各国が、貿易・投資相手先の構成に拘わらず、通貨をドルにリンクさせてきたことが指摘されている。アジア各国は、危機の後に通貨のフロート制移行という対応を迫られたが、今後為替制度のあり方を検討していく過程で、貿易・投資上のつながりが強いわが国の通貨を含む通貨バスケットとのリンクが望ましいと考える国が出てくるかもしれない。この前提として、円が国際通貨として使われやすい環境を作っておくことが重要である。

 また、ドルが唯一の基軸通貨であるとすると、世界の金融経済が米国の動向に大きな影響を受ける惧れがある。このため、ユーロと円がドルを補完する形で国際的に使用され、国際通貨制度の安定化に貢献することが期待される。

 さらに、ビッグバンを進め、東京市場をロンドン、ニューヨークと並ぶ国際金融市場として育成していくためには、円の魅力を高め、海外の投資家に使用される環境を作る必要がある。

 以上のような考え方の下で、答申では、円の国際化に向けた方策として、円の利便性を高めるための環境整備を行なうことの重要性を指摘している。具体的には、金融・資本市場における利便性向上——後程詳しく述べるが——、決済システムの改善、貿易・資本取引に関する取引慣行の見直し等の措置が提言されている。

 以上が外為審答申の概要である。次に、円の国際化に関する日本銀行の考え方を申し上げたい。日本銀行では、この点に関し、環境整備の重要性を従来から指摘している。すなわち、円の国際化とは、国内のみならず海外からみても円の使い勝手が向上し、またその信認が高まることによって実現していくものである。そうした観点からみて重要なことは、日本経済の安定を実現することであり、同時に、わが国の金融・資本市場を効率的かつ安定的なマーケットとしていくことであろう。

 「市場の効率性・安定性向上」という点から、私どもが最近強く意識しているのが、国債市場の流動性の観点である。すなわち、円資産を持とうとする場合、当然信用リスクを無視し得る国債が、投資の対象として重要な地位を占めてくる。この国債市場が、「大量の取引を短時間に、かつ小さな価格変動で執行できる」状況にある、すなわち市場流動性が高ければ、売買の執行が容易となり、投資対象としての魅力も向上すると考えられる。国債市場の流動性の高さは、この市場が日本銀行の金融調節の重要な場として使われているとの観点からも、望ましい。

 しかし、わが国の国債市場の現状を見ると、流動性が十分に高いとは言えない面がある。こうした観点から、国債市場の流動性を高めることが重要であり、既に政府短期証券の公募入札化や、短期割引国債・政府短期証券の償還差益に係る源泉徴収の廃止、有価証券取引税の廃止、さらには非居住者が保有する利付国債に対する一定の要件の下での源泉徴収不適用といった改革が、今年4月から9月にかけて実現した。

 日本銀行との関連で言えば、私どもは、国債の発行から償還までの実務や、国債の決済システムの運営を担当している。従って、国債が多様化されたり、その税制が変更される場合、日本銀行が事務面、システム面で適切に対応することが極めて重要となり、この点に最優先で取り組んできた。また、日本銀行は、市場参加者と協力しつつ、資金決済と証券決済を結び付けるDVPの実現や、約定から決済までの期間の短縮といった、決済機能や市場慣行の整備も推進してきた。

 今後の課題として、中期債のベンチマークとなる5年利付国債の発行が来年2月に予定されているほか、レポ取引を現金担保付債券貸借形態から欧米で行なわれている売買形態へ変更するグローバル・スタンダード化、ストリップス国債の導入、債券の決済期間の更なる短縮化が、議論されている。

 日本銀行としても、2000年末までを目標とするRTGS化に向け、事務やシステム面の対応など、準備に全力を挙げているところであるが、今後も、より使い勝手のよい金融市場の確立のため、インフラ整備の観点を中心として、一層の努力を払っていく所存である。また、これと同時に、市場の取引手法や価格発見メカニズム、市場参加者の行動等に関する調査分析に海外中央銀行とともに取り組み、諸施策を講じる前提となる市場のダイナミクスに関する理解を深める努力を続けていきたい。

4.日本とユーロ圏の関係

 さて、ユーロ圏では、通貨統合という歴史上類をみない課題に取り組み、多大な努力により、そのハードルを見事クリアした。通貨統合を契機に、各国企業間での競争が促進されているほか、公営企業の民営化も進むなど、経済の活性化が進んでいると聞いている。

 こうしたユーロ圏での動きは、日本との間の国際収支の動きにも反映されている。まず、日本の対外証券投資動向を見ると、昨年日本サイドの投資先における米国からユーロ圏へのシフトがみられ、個別国のデータが入手可能な4か国(フランス、ドイツ、オランダ、ルクセンブルク)合計で、98年度中7兆2千億円の取得超(米国は3兆1千億円)となった。99年度入り後も9月までで既に5兆円の取得超である(米国2兆9千億円。96年度米国5兆2千億円、ユーロ圏1兆2千億円。97年度米国1兆8千億円、ユーロ圏1兆5千億円)。こうした動きの背景には、通貨統合に伴い、ユーロ建て資産の魅力が増加したことや、ユーロ圏でのM&Aの動きが活発化し、その中で社債の発行が増加していることなどがあると考えられる。また、わが国への対内直接投資は、99(暦年)年上期に1兆2千億円と、既往ピーク(98年1年間で4千億円)を大きく更新したが、その背景は皆さんご承知のルノーによる日産への資本参加という、ユーロ圏を超えたグローバルな資本の動きである。

 こうした事例から、通貨統合の前後からユーロ圏で生じているダイナミズムが、日本の金融経済にも深く関連してきていることが読み取れると思う。このダイナミズムという点で、ユーロ圏の政策や企業の動きに学ぶべき点は少なくないと感じている。日本銀行としても、日本が構造転換を進めることによって、ダイナミズムを早期に回復することを願っているし、こうした問題に関し、経済の構造変化を速やかに認識し、その性格を正確に分析し、それを世の中に説明していくという点で、寄与していきたいと考えている。

 ご清聴に感謝する。

以上