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広島市における金融経済懇談会における藤原副総裁挨拶

1999年12月 8日
日本銀行

1.はじめに

 日本銀行の藤原です。昨年春、新しい日本銀行法が施行され、独立性と透明性を二つの軸とする新しい日本銀行が生まれました。この一環として、日本銀行では、正副総裁、および政策委員会審議委員、いわゆるボードメンバーが、できるだけ頻繁に全国を訪問し、皆様に日本銀行の施策の趣旨をご説明申し上げ、かつ各界のご意見を直接にお聞きして、政策により反映させていこう、ということになりました。

 こうしたことで、本日は、広島の各界を代表する皆様方にご多忙のなかをお集まりいただき、親しくお話をする機会が得られたことを誠に光栄に存じます。

 広島には、今から94年前、明治38年9月に、日本銀行広島出張所が開設されました。明治27年の山陽線の開通・日清戦争の勃発、明治37年の日露戦争勃発などを背景に「軍都」として発展しつつあった当地で、国庫金の出納事務などが急増したことが契機でした。その後支店に昇格したこの拠点は、昭和20年8月6日、爆心地から約500メートルという近さで被爆し、辛うじて建物の構造部分が残りはしたものの、42名の職員の尊い命が失われました。

 私事になりますが、私は当時、父の仕事の関係で旧満州に住んでおりましたが、8月10日のソ連軍の進攻を間一髪で逃れて、生き長らえることこそできましたが、当時通っていた小学校の学友の大半を失ってしまいました。その後も、朝鮮との国境にある安東という街で1年4か月に及ぶ難民生活を余儀なくされました。それだけに、戦争の惨禍を二度と起こしてはいけないという強い気持ちを、広島の方々と共有しております。

 また、当地には、広島県ご出身の宮澤大蔵大臣が総理大臣でおられた当時、私が参加していた経済審議会生活大国部会が当地で開催した「一日生活大国部会」で、当地の皆様との意見交換をさせていただいたという、懐かしい思い出もあります。

 私が日本銀行の副総裁を拝命する直前の昨年2月には、内外情勢調査会の広島支部主催講演会で、文筆業に携わる者のひとりとして、「作家のノートから」というタイトルで中国のお話をさせていただきました。

 本日は、今の私の職責にもとづいて、日本銀行の考え方のご説明ということで、まず私から、「最近の金融政策運営」および「金融システム面での課題」などにつきまして、お話させていただきたいと存じます。

2.最近の金融経済情勢と金融政策運営

 まず、最近の景気の動きや、日本銀行の金融政策について、お話し申し上げたいと思います。

 日本経済は、一昨年以来、金融システム不安やアジア経済危機の影響を背景に、たいへん厳しい展開を辿ってきました。しかし、本年春先以降、景気はようやく下げ止まり、夏頃からは経済活動に改善の兆しが見えるようになってきております。このため、日本銀行では、足許の景気については、「下げ止まりから持ち直しに転じつつある」と判断しています。

 まず、本年前半の経済情勢を振り返りますと、政府による一連の対策により、公共投資が需要の下支え役を果たしてきました。また、日本銀行も、ゼロ金利政策という思い切った金融緩和措置を講じました。

 こうした金融・財政政策の効果が浸透するにつれ、徐々に経済活動は、下げ止まりの様相を強めました。この間、株価は年初来一貫して上昇を続け、これが企業や消費者のマインドを改善することに大きく貢献したと思います。こうした株価上昇の背景としては、思い切った金融緩和の効果に加え、構造調整に向けた企業努力が市場によって前向きに評価されたという点も、見逃せません。

 これに伴い、それまで軟化傾向を辿っていた物価も、横ばいの動きに転じました。この間の動きを一言でまとめるとすれば、政府や日本銀行による政策の効果と、構造調整に向けた企業努力とがあいまって、デフレ・スパイラルの瀬戸際といった状況から、何とか脱け出してきた、と言えるように思います。

 さらに、今年の夏頃からは、アジアを中心とする世界経済の回復傾向を受けて、輸出がはっきりと増加してきました。このため、最近では、企業の生産も増加傾向を辿っています。さらに、このような生産面の動きは、企業収益の改善に結び付いているほか、残業代の増加といったルートを通じて、家計所得の面にも、徐々に前向きの影響を与え始めています。

 こうしたことからみますと、ここにきて、経済の「前向きの循環メカニズム」、つまり、公共投資や輸出といった外生需要の増加が、生産の増加を通じて企業や家計の所得環境の改善をもたらしていくという仕組みが、ようやく動き始めた可能性があるように思います。

 問題は、このようなメカニズムが、その先の、企業や家計の支出活動、すなわち、設備投資や個人消費の回復にまでつながっていくのかということです。ただ、この点に関し、我々はなお、十分な確信が持てるには至っておりません。

 すなわち、多くの企業は、バブル崩壊の後遺症から、設備や債務の過剰感を依然として強く感じています。こうしたもとで、企業は、資本の効率化を進め、債務の負担を減らすとともに、雇用の面でも、パートタイマーの活用などにより人件費を抑制するなどのリストラを進めています。こうした状況のもとでは、収益が増加しても、まずは債務の圧縮が優先され、これが実物投資にはなかなか向かいにくいことが考えられます。また、家計の所得が、こうしたリストラによる賃金の下押し圧力に打ち勝って、明確に増加していくのかについても、見通し難い面があります。

 また、夏頃から秋にかけて、為替市場では円高ドル安の動きが進みましたし、ごく最近も、為替相場は不安定な動きが続いています。

 これまでのところ、輸出の面では、円高によるマイナスの影響を、世界経済の回復に伴うプラスの数量効果が上回っているように思います。また、80年代以降、日本の産業界は、グローバルな生産体制の構築や製品の高付加価値化といった経営努力を続けてきました。こうした努力は、以前と比べれば、輸出企業の為替変動への抵抗力を高める方向で作用しているものと思います。

 しかし、最近の為替相場の変動は急激であり、こうした情勢に鑑み、先週1日には、速水総裁が談話を発表し、日本銀行としても、為替市場が早期に安定を回復することを強く期待している旨、表明したところです。為替相場の動向や、その経済に及ぼす影響については、引き続き十分注意してみていく必要があると考えています。

 日本銀行はかねてから、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで、ゼロ金利政策を続けていく」いう考え方を明らかにしています。最近の物価は、昨年までのマイナス傾向から脱して、横ばいで推移しています。しかし、只今申し述べたような留意点を念頭におくと、まだ、将来の潜在的な物価低下圧力は残存しているといわざるを得ません。

 こうした判断に立って、我々は、現在のゼロ金利政策という、金利の面でもお金の量という面でも、最大限の金融緩和を続けています。今後、企業の設備投資スタンスに前向きの変化がみられていくのか、家計の所得環境が明確に改善に向かっていくのか、ひいては、物価の先行きを巡る展望にどのような変化が生じていくのかといった点について、引き続き注意深く点検していきたいと考えています。

 しかしながら、私は、日本経済の将来について、悲観はしていません。

 先ほど、世界経済の回復傾向が一段と明らかになってきたと申し上げましたが、国際機関などによる経済見通しをみると、主要国の中で、今年に入って見通しが最も大きく上方修正されているのは、実は日本なのです。例えば、先月16日に発表されたOECDの見通しでは、99年の日本の成長率見通しは、ドイツやイタリアを上回っています。もちろん、日本の場合、公共投資や輸出の寄与が大きく、民需主導の景気回復には至っていませんが、少なくとも、「日本経済がデフレの真っ只中にある」といった見方は、妥当なものではありません。

 また、企業のリストラの動きは、短期的には経済にマイナス方向に働く面があるとはいえ、中長期的には、経済の成長力を高めていくものと考えられます。さらに、最近では、少しずつではありますが、情報関連など、これからの経済を担う新しい産業の芽が、育ち始めているようにも窺われます。

 日本銀行としては、引き続き、デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで、ゼロ金利政策を続けていく考えです。この間に、日本経済が構造調整を着実に進め、民需主導による回復の展望が拓けていくことを期待しております。

3.金融システム面の動向

 次に、金融システム面の動向についてお話しします。

 さて、本年も余すところ、ひと月を切った訳ですが、金融界におけるコンピューター2000年問題への対応は、順調に進んできています。日本銀行では、現在、金融機関に対して、システム面での対応や危機管理計画など、準備作業全般について総点検を行ったうえで、万全の体制で臨めるよう、最後の仕上げを促しているところです。

 日本銀行自身も、2000年問題に関し、念入りな対応を進めています。まず、私どもが運営しているコンピューター・システムである日銀ネットについては、既に本年1月から、2000年問題が発生しないように改善したシステムを稼動させています。現在は、万が一問題が発生した場合にも整斉とした対応が可能となるよう、日本銀行自身の危機管理計画に基づく様々な準備を進めています。私どもでは、1月1日午前0時以降、改めて日本銀行の様々なコンピューター・システムや関連する設備の総点検を行うほか、1月2日には、日銀ネットを民間の決済システムや個別金融機関と結んで最終テストを行う予定です。また、何等かの事情により金融機関が日銀ネットを利用できなくなった場合にも、書面を用いた手作業により、可能な限り事務を継続できるよう、実地訓練も含めて準備を進めているところです。さらに、関係者との情報連絡体制を整えるため、既に「インフォメーションセンター」が活動を開始しておりますが、12月31日〜1月4日までの間は海外市場を含めて状況を適切に把握するために24時間体制を敷く予定です。

 この間、金融調節面では、2000年問題に伴う資金需要の増加に十分配慮して、大量の年末越え資金の供給を行っています。さらに、仮に、個別金融機関に一時的な資金不足が発生した場合にも、貸出実行により適切に対応できるよう、あらかじめ各金融機関から必要と思われるだけの担保を受入れているところです。

 日本銀行としては、2000年問題のような不測の事態が生じた場合において、金融市場の混乱をきたさないよう、所要の措置を講じていくことは、金融・決済システムの安定維持という日本銀行に与えられた重大な使命のひとつであると考えています。もちろん、年末の現金引出しの増加に備えた準備も十分にしてあります。年末には日本銀行の金庫に40兆円程度のお金が用意されています。こうしたお金は、当広島支店を含む全国の日本銀行の本支店に分散して保管しており、いずれの地域においても、銀行券を円滑に供給することが可能となっています。

 以上のとおり日本銀行としては、2000年問題について万全な対応ができるよう、様々な措置を講じていますので、金融機関を始め国民の皆様方におかれては、徒に不安感を高めることなく、冷静に対処して欲しいと考えています。

 次に、預金保険制度の見直しに関する検討状況についてお話しします。

 ご承知のとおり、2001年3月迄は、金融機関が破綻しても預金を含め全ての債務を全額保護するという特例措置が講じられています。2001年4月以降は、こうした特例措置が終了し、1人当たり1,000万円迄の預金は預金保険で保護されますが、それを除いた部分は、預金者の皆様方にも、破綻した金融機関の清算価格に応じた負担をお願いすることが予定されています。

 先般、金融審議会では、「特例措置終了後の預金保険制度に関する基本的な考え方」を公表し、パブリック・コメントを求めました。この「基本的考え方」の中では、2001年4月以降に金融機関が破綻した場合の処理方式について、次のような点が強調されています。

 第一は、譲受金融機関が、破綻金融機関の金融機能を承継する資金援助方式を優先することとし、破綻金融機関の業務を停止して清算してしまう、いわゆる「ペイオフ」は可能な限り回避すべきであるという点です。

 第二には、利用者や金融システム等への影響を最小限に止める観点から、できるだけ迅速に破綻金融機関の営業譲渡を行うことが極めて重要であるという点です。

 そして、これらの点を踏まえ、いわゆる「日本版P&A」、すなわち、預金者の名寄せなど、できる限りの事前準備を行った上で、破綻公表と同時に公的な管理人を選任し、迅速に破綻金融機関の営業の一部または全部を譲渡する方式を、2001年4月以降の破綻処理の基本とすることが想定されています。併せて、譲受金融機関に対するロス・シェアリングや資本投入、譲受金融機関が直ちに現れない場合のブリッジバンク制度の導入など、P&A方式が円滑に進められるような幾つかの工夫も提言されているところです。

 以上のような新しい預金保険制度の枠組みは、基本的に預金者やその他の債権者に応分の負担を求めつつ、迅速な処理によって破綻金融機関の金融機能をできるだけ維持していくことを目指したものと言えます。こうした枠組みは、私どもがかねてから提唱してきた、「モラル・ハザードを回避すると同時に、破綻処理に伴う社会的、経済的コストをできるだけ小さなものに止める」という考え方にも沿ったものであると考えています。

 全債務を全額保護するという現在の特例措置を予定どおり2001年3月末で終了するかどうかは、最終的には、立法府を通じた国民の判断に委ねられるべきものであります。ただ、私どもとしては、現状の特例措置を延長することは、モラル・ハザードの発生やコストの増大のほか、わが国金融システムに対する国際的な信認回復や不良債権問題克服の遅れを招きかねないため、適当ではないと考えています。

 現在、金融審議会等の場では、各界から寄せられた様々な意見も踏まえつつ、より詳細な検討が進められており、今月中には最終報告書が公表される予定です。私どもとしても、只今申し述べたような考え方に立って、引続き、こうした検討作業に積極的に参加しているところです。

4.おわりに

 本日お集まりいただきました皆様方には、私ども日本銀行の政策ならびに業務の運営に関しまして、日頃からご協力をいただいております。最後になりましたが、本席をお借りして、改めて、皆様方の日々のご協力に御礼を申し上げたいと存じます。広島支店が当地の日本銀行の窓口となり、今後とも皆様方とのコミュニケーションを深めさせていただきたいと考えておりますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。

 私からのお話は、ひとまず以上とさせていただきます。

以上