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岡山金融経済懇談会における中原伸之審議委員挨拶要旨

平成12年3月13日開催

2002年3月15日
日本銀行

目次

  1. 1.イントロダクション
  2. 2.景気の現状
  3. 3.量的緩和について
  4. 4.インフレーション・ターゲティングについて

1.イントロダクション

 日本銀行審議委員の中原伸之です。本日は、岡山において金融懇談会を開催する機会を与えて頂いたことを大変光栄かつあり難く思っております。また、日頃、岡山支店長を始め日本銀行岡山支店の者が、経済調査、その他で皆様方に大変お世話になっていることと存じますが、この場を借りてお礼申し上げますとともに、今後ともご協力を承りますようお願い申し上げます。

 さて、本日は、皆様にお集まり頂いたこの機会に、日本経済等についての私の考え方の一端を述べさせて頂くとともに、岡山の財界の方々の生の声を承り、政策に生かしていきたいと考えております。是非、皆様方から経済の現状と見通し、日銀に対する要望等を頂戴できればと思います。

 まず、本日は最初に、この場をお借りいたしまして、私の個人的な意見ということで、最初に、(1)景気の現状、私が金融政策決定会合で提案している(2)量的緩和、(3)インフレーション・ターゲティングについて簡単に説明させて頂きたいと思います。

2.景気の現状

 最初に、日本経済の現状についての私の見方を簡単に述べたいと思います。

 景気についての日本銀行の基本的見解は、「わが国の景気は、このところ、持ち直しに転じている。こうしたもとで、企業収益の回復など、民間需要を巡る環境は改善を続けている。もっとも、民間需要の自律的回復のはっきりとした動きは、依然みられていない。」というものです。具体的には、設備投資が概ね下げ止まったものとみられ、純輸出については海外景気の好転を背景に増加傾向を辿っているほか、鉱工業生産も増加を続けている一方、個人消費は回復感に乏しい状況が続いており、住宅、公共投資も緩やかに減少しているとみています。ただ、私自身は景気の先行きについて決して楽観しておりません。

 確かに日本経済は、昨年4、5月頃を谷として持ち直し傾向が続いておりますが、その足取りは脆弱で非常に心許なく、先行きについては楽観できない状況であると考えています。この1年間のGDPの推移を振り返ってみますと、99年1~3月期は公共投資、4~6月は住宅投資の高い伸びからそれぞれ前期比1%以上の伸びを示しました。7~9月期については、輸出は比較的高い伸びを示しましたが、消費を始めとする国内民需が振るわなかったことなどから、マイナスに転じています。こうした経済の動きを単純化して考えてみますと、これまで景気の持ち直しを牽引してきたのは主として財政や輸出という外生需要になる訳ですが、これらの先行きについてはそれぞれ財政赤字を背景とした政策効果息切れ、円高という大きな不安要因があります。一方で、設備投資、消費といった民需については、依然として確たる展望が開けない状況にあります。

 このように、依然として景気の先行きについて不安を持たざるを得ない訳ですが、その根本的な理由としては、(1)財政赤字の拡大や国債残高の増加を考えると、今までと同じようなペースで財政面から景気を刺激し続けることがもはや限界に達しつつあること、(2)依然、企業部門においては過剰設備、過剰雇用、過剰債務の三重苦の状況から脱し切れたとはいえない状況であるほか、企業のリストラもまさに正念場を迎えている段階であることから、民需の中心である消費、設備投資については当面急回復は望めないこと、(3)輸出についても、頭打ち傾向が出てきている中、為替が足元再び円高方向に動いていること等が指摘できます。

 さらに、米国の株価クラッシュやわが国の長期金利大幅上昇の可能性、原油価格のさらなる上昇など、景気に水を差すようなリスクファクター(不安要因)が私たちの周りを取り巻いている状況であると言えます。

 一方で物価の動向をみますと、消費者物価は、昨年後半まではほぼ横這いで推移していましたが、年明け後、若干マイナス方向に弱含んでおります。

 こうしたマクロ経済の中で、最近、経済の二極分化が進んでおります。その中で、好調分野の代表選手としてIT産業が大きくクローズアップされておりますが、私は、IT産業の追い風がいくら強まったところで、短期的には、リストラの正念場を迎えつつあるその他部門の構造調整圧力を上回るような形になって経済全体が急展開していくとは思えません。確かにIT産業が、将来への過度の期待感から日経平均を牽引したり、機械受注等設備投資関連指標の下げ止まりの中心的役割を果していることは事実です。しかし、ITが経済全体を牽引するような姿になるためには、米国ですでに経験したとおり、一部IT関連産業だけが伸びるといった状況では不十分であり、既存の産業にもインターネット、通信型パソコン等のIT機器が普及し、これにより設備投資や生産の伸びが広がりを示すようになることが必要条件となってきます。

 一方、IT関連以外を考えますと、消費については昨年秋冬以降低迷をしており、先行きについても、所得環境が4月以降悪化すると見られる中、ハッキリとした回復はなかなか難しいと思われます。また、企業セクターでも、ウエイトの高い中小企業においては、リストラが進んでいないうえ、在庫も依然高水準であるといった状況にあり、これらの問題はそう簡単に解決しないと考えられます。

 さて、そういう経済状況の中で本日、99年10~12月期のQEが発表されましたが、実質GDPの前期比で-1.4%と、かなりのマイナスとなっております。また、内容をみても、全体の6割強を占め、民需の中心である個人消費が-1.6%と大きなマイナスとなっているほか、GDPデフレーターが前年同期比-1.5%と依然マイナス傾向であることが特に気に懸かります。このGDPの数字については、Y2K等による一過性のものであるとか、一時的な振れであるなど、景気の実態を示すものではないとの見方もありますが、私はそうは思いません。日本経済の現在の実力がそのまま反映されているものであると考えています。現在の日本経済は、業種、セクター毎にかなり大きなばらつきがありますが、全体としては財政等の政策効果、外生需要に支えられどうにか持ち直してきている状態であり、その回復力はゼロ成長より若干上回る程度に過ぎないのではないかと思っております。すなわち、GDPは、零点数%というレベルを中心値として、当面は、各四半期毎に、プラスになったりマイナスになったりしながら進むという脆弱な回復過程が続くものとみられ、今回のように2期連続のマイナスとなっても、決して不思議ではないと思っています。

 こうした景気の現状を踏まえると、これまでの経済対策による財政政策の効果が残っているうちに、これにシンクロナイズさせる形で、より一段の金融緩和を行って景気を刺激すべきであると考えます。これにより、欧米並みとは言わないまでも日本経済の潜在成長力と考えられる1.5~2%程度にまで成長を加速することで、先進国の中で景気回復が最も遅れている状況から脱出することが是非とも必要であると思っています。

3.量的緩和について

 さて、こうした日本経済の厳しい現状の中で何をするべきか。わたしは、やや閉塞的であるとも言える経済状況の打開策として、(1)マネタリーベースの具体的数値を中間目標とする量的緩和と、(2)消費者物価の具体的な伸び率を政策目標とするという所謂インフレーションターゲティングを組み合わせて行うことを金融政策決定会合の場で提案しております。これは政策委員会における多数意見ではありません。先日の決定会合でも、日本銀行は、ご承知のとおりゼロ金利政策の継続を決定しています。これからお話させて頂く内容は、私の金融政策決定会合の提案ということで、お聞き頂きたいと思います。

 まず、最初に量的緩和について申し上げさせて頂きます。私の量的緩和についての提案は、日本銀行が今以上に潤沢な資金を供給して、——やや専門的になりますが——銀行券等と日本銀行の準備預金の合計であるマネタリーベースの伸びを高め、7~9月の段階で前年比10%程度にまで引上げることで経済を刺激しようというものです。

 現在、コールレートO/N物と言われる日本銀行が操作対象としている短期金利は0.02%とほぼゼロに貼り付いており、金利面からは、経済に対して追加的に刺激しようとしても、できない状況となっています。また、こうした中で「金融政策はやれることはすべてやった」「もはや追加的に意味のある金融緩和はできない」と主張する人も出てきています。しかし果たしてそうでしょうか。そこで、私は、フレームワークを変更して、マネタリーベースという量的な指標を中間目標として金融政策を運営していこうということを提案している訳です。

 量的緩和を行いますと、為替レートが円安・ドル高の方に向かい、輸出への好影響を期待できるほか、株価も上昇すると考えられます。また、金利については、O/N物だけではなく中長期物まで含めて、イールド(金利体系)が全体的に下がると考えられますので、これが漸く下げ止まってきている設備投資等の上昇をサポートしていく可能性があります。

 日本経済の構造改善の視点から考えると、量的緩和はIT産業を始めとしたベンチャー企業などにリスクマネーがより流れやすくするとともに、リストラに直面している企業に対してはその痛みを幾分でも和らげる効果が期待できる訳です。

 そして、何よりも大事なことは、日本銀行が、「デフレ懸念が払拭されるという展望が開けるまでゼロ金利政策を続ける」として金融政策についてはゼロ金利政策をもって打ち止めとして手を拱いているのではなく、追加的な手段を講じることで、構造調整の正念場に差し掛かっている民間経済をできる限りサポートしようという姿勢を示すことではないかと思っています。政策当局が、民間経済へのサポートについて確たる姿勢を示すことは、沈滞している日本経済のマインドを変え、活力を与えるために是非とも必要であると思っています。

4.インフレーション・ターゲティングについて

 次に、私のもう一つの提案内容であるインフレーションターゲットについてご説明いたします。私は現在、金融政策決定会合において、生鮮食品を除いた消費者物価指数について、概ね2年後の2001年10~12月期の段階で0.5~2.0%にまで引上げるべく金融政策を遂行しようというものです。

 インフレーションターゲティングについては、最近、脚光を浴びてきておりまして、日銀はもとより、自民党の金融問題調査会でも正式にワーキングチームが組成され、具体的な検討が始まっています。因みに私も、金融問題調査会ワーキングチームの第1回会合において講師として招かれ、説明をして参りました。

 最初に申し上げておきたいことは、インフレーションターゲティングとは、米国の高名な学者であるクルーグマン教授が主張されているような4~5%以上のかなり高いインフレ率を目指す「調整インフレ論」とは全く別物で、2%前後の物価安定を目標としたフレームワークであるということです。ですから、インフレーション・ターゲティングというネーミングの印象がやや悪く内容を誤解される方もあるかと思いますので、「物価安定目標」という言い方に名称を変更しても良いと個人的に思っています。さて、インフレーションターゲティングは、すでに、イギリスを始めとした世界各国で実際に採用されており、イギリスの中央銀行であるバンク・オブ・イングランドの資料によれば、55か国が採用しているとされています。また、最近、各国の中央銀行においては、その独立性と引き換えに透明性と情報公開を求められ、そうした中でインフレーションターゲティングを導入したり、検討している国が多いということが指摘できます。さらに、この分野は最近経済学で飛躍的に研究が進んでいる分野ですが、最近の国際的な学会の状況をみても反対意見はあまりなく、学術的な面からもサポートされていると言えます。

次に、インフレーションターゲティングについて、どういったメリットがあるかを説明しましょう。

まず第一は、中長期的な政策目標としての物価上昇率を明示的に国民に示すことにより、経済主体の期待が安定化する効果が望めるということです。すなわち、現在のように企業、家計が過度に悲観的になって将来的にデフレを想定している場合には、期待インフレ率を2%前後の正常なところにまで修正する訳です。これにより、経済が過度にシュリンクすることなく、活力が復活すると考えられます。

 第二は、アカウンタビリティ(説明責任)や政策の透明性を高め、市場や国民とのコミュニケーション、対話を円滑化する手段となり得るということです。日本銀行法では、第2条において、「日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする。」と規定されています。すなわち、金融政策の目的は、物価の安定を通じての国民経済の健全な発展である訳です。しかしながら、その目的である物価の安定が、具体的にどの位の物価上昇率を意味するものなのかは全く分かりません。私は長年民間企業の経営に携わって参りましたので、日銀の政策に関して数値目標がないことについて、98年4月の就任以来、大きな違和感を感じ続けております。こうした状況を回避し、日銀がアカウンタビリティを果し、業務遂行状況についての自己査定をできるようにするためには、物価をいつまでに何%に持っていくかということをハッキリと国民に対して示す必要があると考えております。

 メリットの第三は、政治的な介入を防ぐ楯として役立つと考えられるということです。私は金融政策についての政治との微妙な関係を調整し、手段の独立性を確保する最適な方法がインフレーションターゲティングであると考えています。すなわち、目標について対外的に具体的な数値をもって示し、結果が達成できない場合には責任をとるという形にするならば、その目標が妥当な場合には金融政策の手段については完全な独立性が保証されることになる訳です。例えば、2%なり2.5%という具体的な目標が設定されているとした場合、日銀はその目標を達成するために自らの判断と責任をもって対応していけば良いので、政治家から買い切りオペをこれだけ増額しろとか日銀引受けをしろといった形で介入を受けることを防げると思っています。

 第四は、インフレ率、GDP成長率など経済の先行きの経路を予測したうえでの、先見的な金融政策を行い得るということです。インフレーションターゲティングというのは、現時点というより、むしろ将来時点の物価目標を達成するために金融政策を遂行していくフレームワークですから、刹那的なその場しのぎの金融政策ではなく、物価、GDP、失業率等の経済指標について、今後、どう推移していくかについて予測し、それに基いて先見合理的に金融政策を行っていくこととなります。このため、経済分析、予測に基いた合理的な金融政策の遂行が可能となる訳です。こうした金融政策を実際に行っている国の例としては、イギリスが挙げられます。バンク・オブ・イングランドでは、先行き2年間の物価、GDPを予測したうえでの先見的な金融政策運営を行っており、物価、GDPの予測値は四半期に一度公表するインフレーションレポート等で対外発表されています。なお、英国経済は、インフレーションターゲティングを導入してからこれまでのところ、良好なパフォーマンスを示しています。

 ところで、わが国の現状の物価動向をみてみましょう。振れが大きい生鮮食品を除いた全国の消費者物価指数総合の前年比は、昨年7~9月はゼロでしたが、10~12月は-0.2%、本年1月は-0.3%と徐々に下がってきているように見受けられます。また、1か月数値が早く発表される東京の生鮮食品を除いた消費者物価指数総合の対前年比は、2月-0.4%となっています。多少技術的な点になりますが、消費者物価指数については、品目の見直しの頻度が限られており新製品等が十分反映されていないこと、ディスカウントストア等が調査対象に含まれていないこと、技術革新が著しいマイクロエレクトロニクス製品等の品質調整が行なわれていないこと等を背景に、計測誤差が約1%程度あり、実際の物価変動率はみかけよりも1%程度低いことが実証研究で分かってきています。こうしたことも勘案すると、全国の生鮮食品を除いた消費者物価指数総合の1月の前年比は-0.3%ですが、実際には-1.5%近く物価が下落していると考えられます。また、そういった数字の方が私たちの実感とも一致しているように私には思えます。このように、依然、デフレ感を払拭できない経済状況であるだけに、日本銀行はインフレーションターゲティングの導入により、どの程度の物価上昇率を目指すのかについて具体的な数値をもって示し、量的緩和による一段の金融緩和策でそれを実現していくべきであると考えております。

 私は、ここ数年が日本経済の正念場であると思っております。日本の産業界が苦しいこの時期を乗り越え、リストラ等により資本効率を改善できれば、日本経済、岡山経済には必ずや道が開けると信じています。そのためには、日本銀行が、ウエイト・アンド・シーというスタンスではなく、勇気を持ってインフレーションターゲティングと量的緩和に踏み切ることにより、積極的に経済に貢献することが重要であり、この実現はデフレからの脱却と健全な発展へ繋がり得ると確信しています。

 さて、本日は、岡山財界のトップの方々にお集まり頂きましたので、地元の経済の状況、経営されている実感、金融政策への注文等についてご意見を頂戴できればと思っております。宜しくお願い申し上げます。

 ご清聴有り難うございました。

以上