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福岡市金融経済懇談会における藤原副総裁挨拶

2000年 6月22日
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.最近の金融経済情勢と金融政策運営
  3. 3.当面の金融システム面の課題
  4. 4.おわりに

1.はじめに

 日本銀行の藤原です。本日は皆様ご多忙の中、日本銀行の金融経済懇談会にお集まり頂きまして誠に有り難うございます。最初に、この金融経済懇談会について一言ご説明申し上げます。皆様ご承知のとおり、平成10年4月1日に新しい日本銀行法が施行されました。それを契機に、日本銀行では、ボードメンバーである正副総裁、政策委員会審議委員ができる限り頻繁に全国各地を訪問し、各界有識者の皆様に日本銀行の諸施策の内容や趣旨をご説明申し上げるとともに、皆様のご意見、ご要望を直接承って金融政策や日本銀行の組織運営の参考にさせて頂くという趣旨で、この金融経済懇談会を開催させて頂いております。

 本日は、一昨年の仙台、昨年の北海道、広島に続いて、私自身4回目の地方での金融経済懇談会となります。本題に入る前に私事で恐縮ですが、私にとって福岡は実はなかなか思い出深い場所であります。私の父は言語学者であったのですが、幼少の頃、その父に連れられて家族で朝鮮・内蒙古・満州と4年間を大陸で過ごし、昭和21年に引揚船に乗って到着したのがこの博多港でした。一緒に引揚げてきた学友の多くが当地に在住しており、以来、同窓会のような集まりで何度となく当地を訪れさせて頂いております。当地といえば、何といっても「博多祇園山笠」ですが、「山笠」は、鎌倉時代にさる高僧(承天寺開山聖「一国師」)が疫病退散のために施餓鬼棚(せがきだな)に乗って博多の町に聖水を蒔いて回ったのが始まりと聞いています。本日は、「山笠」のように、日本経済の不透明感を退散させるような景気のいいお話をできるかどうか分かりませんが、まずは、私から「最近の金融経済情勢と金融政策運営」と「当面の金融システム面の課題」につきましてご説明させて頂きたいと思います。

2.最近の金融経済情勢と金融政策運営

 最初に、最近の景気の動きや、日本銀行の金融政策について、お話し申し上げます。

 日本経済は、昨年初め頃には、景気後退と物価下落が同時進行する、いわゆる「デフレ・スパイラル」の瀬戸際といった大変厳しい状況に直面していました。しかし、その後はそうした状態から徐々に脱し、現在では、「持ち直しの動きが明確化している」といえるまでに改善してきました。その内容をみても、昨年半ば頃までは、公共投資や輸出といった外生需要が景気の下支え役を果たしていましたが、最近では、企業の設備投資など国内民間需要の一部にも回復の動きがみられるようになっています。そこで、まず、こうした経済活動改善の背景について整理しておきたいと思います。

 第1に、金融政策や財政政策などの各種の政策対応が景気を下支えし、回復への基盤を整えたという点が挙げられます。まず、財政政策面では、大変厳しい財政事情のもとで、数次にわたる大規模な経済対策が実行されました。

 金融政策面をみますと、日本銀行は、昨年2月、ゼロ金利政策という、世界的にも歴史的にも前例のない思い切った金融緩和措置を講じました。この政策のもとで、日本銀行は豊富で弾力的な資金供給を続け、この結果、金融機関や企業の資金繰り不安は大きく後退しました。また、公的資金の投入などにより金融機関の資本増強が進んだことも、金融システム不安の後退に貢献しました。このような金融環境の改善は、企業金融の円滑化や企業・家計のマインドの好転といった様々なルートを通じて、実体経済活動に好影響を与えてきました。

 第2に、アジアをはじめ世界経済の回復も、日本経済の改善に大きく貢献しています。この点、アジア諸国との関連の深い九州地区の皆様におかれては、実感を持って受け止められていることと思います。最近のわが国の輸出を地域別にみると、米国、EU向けも堅調に増加していますが、それを上回る勢いでアジア諸国向けの輸出が増加しています。この関連で、私が注目しているのは、同時に、アジア諸国からの輸入もかなりの伸びを示しているという点です。この背景には、わが国の需要の回復に加えて、日本を含めた東アジアにおける水平分業が進展していることが考えられます。アジア地域との相互依存のもとで、回復が相互に波及し合うという拡大均衡のメカニズムが、徐々に定着してきているように思われます。

 第3に採り上げたいのは、日本経済は、産業構造の変革や経済構造の改革といった、ここ10年来の課題に対して、何とか解決の糸口をつかみ始めたのではないか、ということです。いいかえれば、流通革命や情報通信分野における技術革新の流れが、経済活動を活性化させ始めている、ということです。例えば、昨年後半以降の設備投資持ち直しの動きは、半導体メーカーなどにおけるIT投資が主導しているほか、輸出面でも、情報関連財が高い伸びを示しています。こうした「IT革命」の恩恵は、単に電気機械産業といったIT関連産業にとどまりません。例えば、製造・非製造業を問わず多くの企業が、商品の受注や生産・販売面、さらには社内マネージメント等においてIT技術を利用する動きが広範に広がっているようです。また、家計部門でも、身の回りをみれば、パソコンや携帯電話など、IT技術を駆使した商品が着実に普及しています。

 このように持ち直しの動きが明確化しているわが国経済の動きは、先日発表されたGDP統計でも確認できるところです。すなわち、本年第1四半期は、財政支出が3期連続でマイナスとなった一方で、設備投資、個人消費といった国内民間需要がそれを上回る増加となりました。この結果、実質GDP全体は年率10%の大幅な増加をみました。四半期毎の成長率の数字自体は、ある程度ならしてみた方が良いと思いますが、財政に頼らず、民間需要に牽引される姿となったことは、前向きの材料のひとつと評価できると思います。

 もちろん、わが国経済が持続的な回復径路に移行するために残された課題は、決して少なくありません。技術革新や流通革命を梃子にした経済の活性化は、まだまだ緒についたばかりです。また、企業経営のリストラ圧力が続く中では、経済の改善の恩恵が中小企業や家計になかなか伝わりにくいという面もあります。金融機関や企業の不良資産問題も、峠を越したとはいえ、まだかなりの規模で残っているといわざるを得ません。さらに、財政再建をどのように進めていくかということも、今後の経済運営を考えるうえで真剣に検討すべき課題です。

 只今述べたような中長期的な問題は、様々な要因が積み重なった結果生じたものです。したがって、決して突然発生したものではありませんし、その解決にある程度時間がかかることも避けられません。また、こうした課題に直面している状況のもとでは、経済の成長率が目覚しく高まるということは期待しにくいかもしれません。しかし、その時々の様々な制約のもとで景気循環が生じる、ということも変わらぬ真実です。現在、日本経済は、このような意味で「構造問題を抱えながらの景気回復」の端緒を掴みつつあるように思います。したがって、今、大事なことは、困難な課題に対応しようとする企業の創意・工夫が、経済活動の活性化に繋がっていくような環境を整えていくことだと思います。

 さて、この間、日本銀行は、昨年2月以来1年4ヶ月にわたってゼロ金利政策を継続してきています。ゼロ金利政策は、日本経済の改善に大きく貢献してきましたが、一方で、「市場参加者のモラルハザードや構造調整の遅れをもたらしているのではないか」とか「所得配分上の歪みを生んでいるのではないか」といった副作用も指摘されています。また、持ち直しの動きが明確化している経済情勢とゼロ金利政策という極端な緩和政策が整合的かどうか、という観点からの議論も出てきています。

 毎回の金融政策決定会合においては、このような様々な論点について活発な意見交換が繰り広げられており、政策委員会の議論は、徐々に「煮詰まってきている」と思います。その詳細な内容は、公表されている議事要旨に譲ることとして、本日は、いくつかポイントとなる論点を申し述べたいと思います。

 最初に、日本銀行がゼロ金利解除の条件としている「デフレ懸念の払拭」という基準について改めてご説明します。

 ゼロ金利政策は、昨年初めのデフレ・スパイラルの瀬戸際という異常な経済情勢に対応した異例の政策でしたが、その際、日本銀行はこの政策を「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで続ける」という方針を明らかにしました。金融政策の目的はインフレでもなくデフレでもない「物価の安定」であり、その意味で、この条件は、金融政策の基本的な目的と整合的なものといえます。

 しかし、近年、経済の様々な構造変化を背景に、物価動向を把握するうえでも、なかなか難しい問題が増えています。例えば、流通革命とかIT分野での技術革新といった要因は、物価を押し下げる方向で作用している可能性が大きいとみられます。しかし、こうした要因による物価下落は、それが企業収益の拡大や経済活動の活発化を伴っているのなら、必ずしも「デフレ懸念」を示すものとみる必要はありません。金融政策運営において問題とすべき「デフレ懸念」は、あくまで景気後退と物価下落の悪循環、いわゆるデフレ・スパイラルをもたらすような物価低下圧力といえます。

 私どもは、こうした考え方に立ち、「デフレ懸念払拭」の意味を、「需要の弱さに由来する物価の低下圧力が十分に小さくなること」と捉えています。そのためには、民間需要の自律的回復の展望が得られることが重要な条件になります。

 最近では、「民需の自律的回復」を確認するためのポイントとして、企業部門の回復傾向が確かなものとなり、それが家計部門に浸透していく道筋がみえてくるかどうか、という点を挙げているところです。このところの民間需要面での回復の動きに照らしますと、日本経済は、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢に近づいているものの、なお注意深く見極めるべき点が残っている」という段階にあると考えています。

 他方、ゼロ金利政策の解除は、インフレの兆候が出てからでも遅くないのではないか、というご意見を伺うこともあります。しかし、経済が改善している中で、このような極端な緩和を続けていると、いずれ、経済の不均衡が拡大したり、より大幅な金利調整が必要となる危険が増大するおそれがあります。もちろん、私どもも、経済や物価の先行きを十分慎重に点検していく方針ですが、同時に、経済の先行きには常に大きな不確実性が伴うということも事実です。そうした状況のもとでは、先行きの経済情勢を展望しながら、いわば経済の体温に応じて徐々に政策を調整していく方法──つまり漸進主義的な対応──が、経済の安定を確保するために必要と考えられます。いずれにせよ、仮にゼロ金利が解除されたとしても、それで金融引き締めに転じたということにはなりません。極端な金融緩和の程度が経済の実勢に応じて幾分調整されるということであって、引き続き、金融が大幅に緩和された状態は維持される、ということをご理解頂きたいと思います。

 以上、日本銀行の金融政策運営に関する基本的な考えを申し上げました。総裁は、最近、折りに触れて「市場との対話」の重要性を強調していますが、市場との対話とは、単に日本銀行の考え方を一方的にお伝えすることにとどまりません。仮に日本銀行の見方と市場の見方に大きな違いがある場合には、その違いの背景や原因をよく点検して、私どもの判断の妥当性をチェックすることも、市場との対話の重要なプロセスのひとつです。また、いわゆる金融市場関係者との対話にとどまらず、本日のこの場のように、産業界さらには広く国民の皆様との対話に心掛けていくことが大切と考えています。

3.当面の金融システム面の課題

 次に、最近の金融システム面の動向に目を転じますと、金融を巡る大きな環境変化を背景とした、幾つかの特徴的な動きがみられるように思います。

 第1は、大規模な金融再編に向けた動きです。昨年来、大手銀行を中心として、合併や持株会社の設立など、多くの再編構想が公表されました。もとより、全て当初構想どおりに事が運ぶという訳には、なかなか行かない面もあり、実際、一部に再編形態を見直す動きもあります。しかし、今春、信託銀行同士の合併が実現しましたし、この秋には最初の持株会社が設立される予定にあります。また、このほか、合併時期の前倒しを図る動きもみられます。このように、全体としてみると、再編は着実に進展しているといってよいと思います。私どもとしても、金融再編の効果が、重複分野の統合や巨額のIT投資の共同化などによる経営の一層の効率化にとどまらないことを期待しています。具体的には、真に競争力の発揮できる分野の絞り込みと、そうした分野への資源の集中、信用リスク、マーケットリスク、オペレーショナルリスクなどに関し、高度なリスク管理技術の開発による株主利益の極大化などを柱とするコーポレートガバナンスの確立など、世界の最先端をいく金融機関を生みだしていくことを期待しているところです。

 第2は、外国資本によるわが国銀行業への本格的な進出です。これまでも外国銀行は、先端金融技術など、一定の分野において特色あるサービスを提供してきました。しかしながら、最近の外国資本による邦銀買収の主目的は、リテールや中小・中堅も含めた本邦企業との総合取引の推進を展望するものであり、従来の外国資本の営業展開とは一線を画するものと考えられます。

 第3は、事業会社など他業種による銀行業への新規参入の動きです。最近、有力な事業会社において、コンビニエンス・ストアなどの巨大な店舗網にATMを設置して決済を中心とするサービスを提供したり、インターネットを通じて様々なサービスを効率的に提供するなど、従来にない形態の銀行の設立を企図する動きが明確な方向性を見せはじめているのは、ご承知のとおりです。これに対し、政府では、銀行免許の審査や監督上の対応、特に銀行経営の独立性確保、事業会社と銀行子会社との間のリスク遮断などに関する運用指針案を公表し、パブリック・コメントを求めているところです。

 こうした動きは、最近、破綻銀行の譲渡先候補として、時には複数の外国資本や事業会社グループが同時に名乗りを上げ、実際に幾つかの破綻銀行が新たな企業グループや投資ファンドの下で再出発することとなったことに、端的に表れていると思います。

 銀行、証券、保険を包摂する持株会社の設立、国境を越えた金融再編、さらには他業種による銀行業務への新規参入などは、規制緩和の進展や情報通信技術の高度化、さらには金融のグローバル化といった、先進国において共通にみられる金融を巡る環境変化を背景に、新しい形態や方式を実践していく鋭い起業家精神によって惹き起こされています。こうした動きは、わが国金融システムに大きな改革を迫りつつあると同時に、決済システムの安定運行に責任をもつ中央銀行の行う政策の企画や実行に際し、様々な新しい問題を提起しているといえましょう。

 以上のような金融界を取り巻く新たな潮流は、金融を巡るグローバルな環境変化を背景とし、新しい起業家精神に立脚しているものです。これに対して、過度に制限的な対応をとることは適当でないと考えられます。むしろ、こうした多様な動きを適切に結実させつつ、市場のダイナミズムを通じて、わが国金融システム全体の機能向上や利用者の利便向上に繋げていくことが求められていると思います。私どもとしても、さきほど申し述べたような金融の新たな潮流が、適切に発展を遂げ、わが国金融システムの機能向上に資するよう、中央銀行の立場から貢献していきたいと考えています。

4.おわりに

 以上で私からのご説明を終わらせて頂きますが、福岡市は1889年の市制施行以来、110余年の間に面積で60倍、人口で25倍と飛躍的な拡大を遂げており、九州のみならず、極東アジアの雄都として発展を続けておられます。さらにその歴史を遡れば、近世日本においては東の「堺」とともに貿易都市「博多」として栄え、中央に依存しない自治都市、国際交流都市として古くから独自の存在感を示している地域と理解しています。近年、「地方の時代」といわれたり、あるいは地方分権の重要性が強調されていますが、福岡市を中心としたご当地が、21世紀の分権的な日本社会の実現のために、一層の発展を遂げられることを心から祈念致しております。

 今後とも、私どもの福岡支店が窓口となって皆様方のご意見を拝聴させて頂くとともに、地域経済発展のために十分なコミュニケーションをとらせて頂きたいと考えておりますので、どうかよろしくお願い申し上げます。

 ご清聴どうも有り難うございました。

以上