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わが国経済の現状と金融政策運営

2001年2月1日・沖縄県金融経済懇談会における三木審議委員基調説明

2001年2月1日
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.日本経済の現状と当面のリスク
  3. 3.物価下落の問題
  4. 4.株価下落の問題
  5. 5.日本経済の課題
  6. 6.当面の金融政策運営
  7. 7.結びにかえて

1.はじめに

 ただ今ご紹介を頂きました日本銀行の三木です。日頃、私どもの那覇支店が種々のご高配を賜っておりますことを、この場を借りてお礼申し上げます。本日は、沖縄県の各界を代表される皆様方と親しく懇談させて頂く機会を賜わり、誠に有り難く思っております。

 日本全体に明るい話題が乏しい中で、沖縄県は、昨年来、政治・経済・文化等色々な面で、“元気の出る”ニュースが続いている、数少ない都道府県の一つではないかと思います。振り返りますと、昨年7月はサミット主要国首脳会議の会場になったことで沖縄の名は世界的に有名になりましたし、同じく7月には二千円札のデザインに守礼門が採用され、日本中の視線を集めました。さらに、12月には「琉球王国のグスク群及び関連遺跡群」が世界文化遺産に登録されました。これは、沖縄の歴史・文化遺産を世界にアピールする大きな支援材料であり、観光産業のウェイトの大きい沖縄県にとってはかなりの経済効果を生むものと思われます。また、お茶の間の話題をさらうことの多いNHKの朝の連続テレビドラマでは、本年4月から沖縄を舞台にした「ちゅらさん」が始まります。これも観光産業の下支えに一役買うものと思われます。

 沖縄経済は、バブルの傷が浅かった分、構造調整の傷みも相対的に少なく、日銀短観でみた景況感のレベルも全国平均に比べ上の方です。それだけに、今後、こうした“元気の出る材料”が経済に希望と活力を与えてくれることを期待したいと思います。

 さて、本日はご出席賜りました皆様から、沖縄経済についてのご見解や当面の見通し等を是非おうかがいしたく思っておりますが、まずは私の方から日本経済の現状と当面のリスクや、金融政策運営の考え方について、基調説明をさせて頂きたいと思います。

2.日本経済の現状と当面のリスク

今回の景気回復局面の特徴

 今回の景気回復シナリオは、(1)企業収益の回復が、(2)企業の設備投資をもたらし、(3)これが更なる生産と企業収益増加につながり、(4)雇用、家計所得の増加を伴って、(5)個人消費増加につながる、(6)そして更に生産増という循環サークルを念頭に置いています。

 公共投資、輸出の下支えによる景気の緩やかな回復過程が進む中で、現在は需要構造の変化に対応した企業の収益改善と設備投資の増加がリードする、いわば経済構造変化主導の回復が進みつつあると言えます。

 ところが、構造調整道半ばで大半の企業が設備、雇用、債務の3つの過剰問題をなお抱えていることから、今申し上げた「企業収益の回復」が「家計所得の増加」につながるには相当時間がかかります。企業収益・キャッシュフローの改善は、第一に借入金返済と必要設備投資、第二が内部留保蓄積、第三が配当、最後に賃金に、というのがビジネスのスタンスであるからです。企業部門に溜まったダムの水が自然に家計部門に流れ出すという、いわゆる「ダム論」はそう簡単には実現しないと思っています。

景気の総括感

 こうした流れの中で、現在の景況感を総括しますと、(1)景気は緩やかな回復軌道には乗った、(2)そして公共投資から民間需要による自律回復への道筋もみえてきた、(3)しかし、足元、景気の回復テンポが鈍化し始め、一時小休止、踊り場状態になっている、(4)今のところ、後戻りはしていない、と言えるかと思います。

 以上の基本認識の下に、主な需要項目をみながら、景気の現状と先行きをもう少し掘り下げてみておきます。

個人消費

 個人消費については、今はやっと平時──好況でもなく、不況でもない普通の時──に復したと思っています。なぜ平時と言えるのか、その理由を簡単にご説明します。まず、消費を取り巻く環境は大きく変わっています。第一に消費の構造変化です。機能・ニーズの高い商品、安価商品は売れるという選択的消費、物からサービスへのシフト、という傾向が顕著です。第二に、特に欲しいモノはなく生活ができるという、消費飽和感が強くなっています、第三に雇用・所得不安、老後・年金不安等の先行き不安感が蔓延しており、財布の紐は固くなっています。

 こうした需要の環境変化を背景に、「売れる物・売れない物」、「売れる店・売れない店」というように、二極分化、まだら模様が起っています。従って、消費のある一側面だけ捉えたり、一部の経済統計だけをみていると、消費は落込んでいると映ってしまいます。特に、最近は、グローバリゼーションが一段と進展する中で、海外からの低コスト製品が流入しているほか、ITによる物流・流通合理化による内外価格差是正の動きが出ています。このため、消費財価格が広範に低下し、企業サイドには消費の回復感が中々感じられないのが実感かと思います。

 しかし、試みに消費財に関する諸統計を合算して、消費財供給数量の推移をみると、ここのところ増加基調にあり、そのレベルは既に今次不況が起る前の96年、97年当時の水準に回復していることが確認できます。また、自動車、家電等の耐久消費財については明らかに、ここもと回復し始めました。

 一方、家計の消費態度をみると、自らの所得低下に合わせて消費に回す額を調整する、いわば身の丈に合わせた消費スタンスを継続しています。これは消費性向がまずまずのレベルをキープしていることで確認できます。また、消費の前提となる家計所得を巡る環境をみると、企業収益の回復を背景に、所得は下げ止まり、この冬のボーナスも微増に転じました。失業率の悪化にも歯止めがかかり、雇用についても先行きの下落リスクは抱えつつも、当面下げ止まりと言えます。この結果、家計所得の回復から、個人消費回復への環境は整ってきたと言えます。そして、名目所得の伸びが緩慢な中でも、ユーザーニーズに合った財・サービスについては、実質消費の伸びが期待できるようになりました。こうした点から総合判断しますと、消費は平時と判断すべきだと思います。

 先行きについては、企業が構造調整を抱える中では、企業収益回復がストレートに家計所得改善につながりにくいのが実情です。消費回復の環境が整ったとはいえ、所得の伸びには時間がかかると言わざるを得ず、個人消費の増加はまだまだ先になります。

設備投資

 次に、設備投資をみますと、ここまでは回復基調を維持しています。ただ、中身をみますと、業種的には、ITメーカー関連やいわゆる勝ち組み企業が中心で、ITを使うユーザーとしての設備投資はなお出足が鈍く、偏りがみられます。また企業規模別にみると、中小企業では、なお過剰債務の圧縮が進んでいないこともあって、なかなか広がりがみられないのが特徴です。その意味で、持続性と広がりという面でやや期待感が後退している点は否めません。

 先行きについては、半導体需要に翳りが見られる中でIT関連設備投資がいずれピークを打ち、設備投資全体の伸び率も鈍化してくることが見込まれます。ただ、先行指標である機械受注統計、建築着工床面積(非住宅)をみる限り、先行き半年程度はレベル的には高水準が予想され、景気のサポート役としてなお期待できます。

公共投資

 他方、公共投資は減少基調が続いています。足元は減少テンポが鈍化しており、3月以降は補正予算執行に伴い一時的に増加に転じるとみられます。ただ、長い目で基調を判断しますと、財政再建への意識が高まっている中で、公共投資は景気の下支え役の座から後退していくシナリオを描いておくことが現実的かと思われます。

輸出

 輸出をみると、現状、米国景気鈍化を背景に、米国向自動車輸出等が減少していることに加え、米国経済との結びつきの強い東南アジア向けへの輸出も減少しはじめたことから、減速感が濃厚になってきました。懸念されるのは、昨年12月半ば以降、米国景気が急速にスローダウンしてきたことがはっきりし、先行き、わが国の輸出の減少するリスクが出てきた点です。1月25日のグリーンスパンFRB議長の議会証言(「2001年1~3月期はほぼゼロ成長になるかもしれない」は、米国経済の急減速を示唆する内容でした。ただ、同時に議長は「リセッションに陥る可能性は低い」との見方を示していますし、FRBは今年初の緊急利下げに続き、昨日さらに追加利下げに踏み切りましたので、今後、景気がうまくソフトランディングすることに期待をしたいと思います。

生産

 こうした需要の姿を受け、足元の生産の増勢テンポがかなり鈍化してきました。この間、在庫調整をみると、鉄鋼、石油化学の素材産業や、一部電気機械にみられますが、今のところ、それ以外の分野に波及はしていません。ただ、足元の需要の弱まりを考えると、これら業界の在庫調整はやや時間がかかりそうです。

 先行きの生産については、輸出動向次第ですが、今のところ民需回復効果を輸出減で打ち消してしまう可能性が強まっていることから、増勢テンポはさらに鈍り、現状のレベル横這いになる可能性が大きいと思われます。

物価

 この間、最近の物価動向をみると、弱含み基調にあります。全国消費者物価指数(除く生鮮)は15ヶ月連続の前年比マイナス、国内卸売物価指数は3ヶ月連続の前年比マイナスで、先行きも弱含み傾向が持続しそうです。

 この「量は着実に増えてきたが価格が弱い」という点が、ここにきての産業界の弱気感につながっています。昨年の夏場から秋口にかけては、緩やかな景気回復の動きに合わせ、「下がった価格は戻らないが、少なくとも先行き価格が下がることはない」との見方が広がり、価格下落への懸念は一旦引っ込みましたが、ここにきて再び価格下落への警戒感が出始めています。

実体経済の総括と先行きのリスク

 以上、実体経済をまとめると、(1)ここまでは、輸出と緩やかな民需の回復で、量は出ており、現場の景況感は平時に戻った、(2)ただ、価格が弱含みのため、収益回復に直結しにくく、これが企業マインドにマイナス影響を与えている、(3)民需の動きも二極分化、構造調整を抱えながらの回復という点を踏まえれば、ここまでは回復してきたが、ここにきて一旦小休止、(4)一方、需要構造の変化に供給構造の変化がついていけないで止まっているという、いわば構造調整の先送りの弊害がリスクとして意識され始めた。(5)そして、ここにきて輸出減が生産減につながり、(6)実体経済は踊り場になっている。が、今のところ、後戻りの気配はないと、総括できると思います。

 「踊り場」から「緩やかな回復」への道を考えた場合、先行きの懸念材料としては、景気の減速要因になりかねない、複数のリスクがやや強まりつつあることです。(1)国内実体経済セクターでは、価格下落による企業収益下振れリスク、(2)海外セクターでは、米国景気急減速によるアジア経済への影響、そしてわが国輸出減少リスク、(3)金融セクターでは株安、不良債権問題、(4)企業マインド、家計マインドの先行き不安(政治不安、年金・社会保障等の先行き不安、財政赤字、金融システム不安)等です。先行きは、これらの点を十分注視する局面になりました。

3.物価下落の問題

物価弱含みとデフレ

 企業経営者からは「量は伸びているが、価格が弱いため、景気の回復感が出にくい」との意見、またエコノミストからは「物価がマイナスである以上、明らかなデフレである」との意見が聞かれます。

 特に、今の景気回復パターンは企業部門の回復感をまず促すことが重要ですから、企業収益、企業マインドを左右する物価の動向については、なおさら重要な意味を持ちます。そこで、最近の物価下落について経済の安定成長との関係でどう考えるのか、今、本当にデフレという事態が起きているのかという点について、私なりの考え方を、ご説明したいと思います。

 そもそも、デフレが問題なのは、「物価の下落が企業収益悪化を招き、企業の設備投資が減少したり、人件費リストラにより個人消費が冷え込んだりするため、更なる需要減退を招き、これが一段と価格下落──いわゆるデフレ・スパイラル──を招くからだ」と考えられます。産業界からは「物価下落と経済安定成長は両立しえない」という考え方がしばしば聞かれますが、これもデフレ・スパイラルを念頭に置いているからだと思います。

最近の物価下落の特徴

 ここで、現実のミクロの物価動向に目を転じますと、需要の弱さ、もしくは供給過剰による、需給バランスの崩れからくる価格下落リスクが、一部商品で顕在化しつつあります。価格下落を生む第一の背景は、「プレーヤーの数が多すぎる」ことであります。建設、機械、素材など広範な産業で受注獲得競争のために業者間で価格の叩き合いになっており、産業界全体が価格競争に巻き込まれつつあります。需給バランスの崩れからくる価格下落リスク──悪い価格下落──が、なお残るということです。プレーヤーの過剰感が解消しないのは、ここ数年の企業の延命策のため、本来、市場原理の中で市場から退出すべき企業・設備を生き残らせてしまったからであります。つまり、構造調整の先送りの弊害が顕在化してきたと言えます。

 これまでの景気の緩やかな回復過程でこういった悪い物価下落はほぼ止まっていましたが、実体経済が踊り場に入るということは、レベル感はキープされているとしても、需要の伸びが鈍化するために、過剰設備の中では需給バランスの崩れに結びつきやすいと言えます。

 そして、構造調整の中、生き残りを賭けての競争の激化は当然で、その結果、負け組企業は、最後はコストを無視した低価格ででも、市場に残ろうとします。いずれ負け組企業は市場からの退出を余儀なくされますが、後には低下した価格だけが置き土産のように市場に残され、しかもこれの値戻しには時間がかかることから、勝ち組企業も血を浴びて、時間が経てば経つほど、その体力を弱めることになります。

 他方、最近の値下げの背後にある企業の価格戦略を丹念にみていくと、今述べたような需給要因とは別次元の値下げ現象が起こっております。メガ・コンペティションの中で、国際競争力コスト・国際価格への鞘寄せの動き、流通合理化、規制緩和、IT利用・技術革新による生産性向上等による価格引き下げです。ただ、これは必ずしもデフレ・スパイラルのリスクに直結しないことが確認できます。

能動的な値下げ行動

 例えば、平日半額のハンバーガーは、売れないから値下げされたわけではありません。様々なコスト圧縮策、生産性向上で低価格を実現し、これを梃子に市場シェア拡大、収益拡大につなげようという、企業の生き残りを賭けた合理的な価格戦略が裏側にあります。

 また、良質のカジュアル衣料を中国で生産し、輸入して、従来では考えられないような廉価プライスで提供している、ユニクロなど衣料品新興勢力にしても、発想は同じです。大胆な値下げは、衣服が売れないからではありません。これまで誰もメスを入れようとしなかった、重層で非効率な流通業者の高コスト構造を問題視し、生産・流通の生産性向上による低価格を実現し、結果的に新たな需要を創造していると解するべきと思います。この結果、大幅な売上増加に結びついています。

受動的な値下げ行動

 こうした企業自らの能動的な値下げがみられる一方で、企業が顧客との取引の面で国際競争力コスト・内外価格差を念頭に受動的に値下げしていく現象もみられます。恐らく大方の商品の値下げはこうした影響によるものではないかと思います。例えば、昨年、ある大手自動車企業が、素材・部品メーカーに対して、リバイバルプランと称する「3年間で2割の原材料調達費の削減」目標を打出してきました。これに対して各業界では、新技術・新商品を投入し、いわゆる「VA効果」(Value Analysis)でコストダウンを図りつつ、価格引下げをできるだけ抑えることで、収益悪化を防いでいます。

 以上の例からわかるように、物価下落の中には、(1)生産性向上・新技術導入・新商品開発によるコストダウンで実現されているケース、(2)生産拠点をアジアに移し、安価な製品輸入を図るケースや、国際商品価格の下落が輸入価格に跳ね返り、競合する国内価格の下落につながるケース、(3)IT革命の中、物流・流通の合理化により、高コスト体質の是正を図り、価格下落につながるケース、(4)国際競争力コスト、国際価格への鞘寄せ──規制緩和により競争条件を持ち込み、高コスト体質を是正、内外価格差の縮小を図るケース。特に、今まで規制に守られた非貿易財業種(金融、ゼネコン、卸小売、電力・ガス、通信等)の物価下落がこれに該当します。このように、供給面からの要因が大きいと思います。

マクロ経済への影響

 ただ、注意を要するのは、負け組企業の受けるデフレ圧力を別途考慮に入れる必要があることです。さらに、物価下落が広範な商品で起こる場合には、値下げ商品にかかわる企業群のみならず、マクロ経済的にみても、あらゆる経済主体が色々なプラス、マイナスの効果を受けるはずです。家計部門にとっては、実質的な購買力を高める効果があり、実質所得向上というプラス効果を享受しえます。他方、企業部門では、物価下落の中で設備価値の下落が加速する一方、債務の返済負担が増加していくという影響も起こります。更に売上高減、企業収益圧迫につながる惧れがあります。

 さて、こうした複雑な影響をもつ物価下落について、中央銀行としてはどう考えるかが問題になってきます。ポイントは、「物価下落そのものが問題ではなく、物価下落の中身とそれによってもたらされる経済効果が問題」ということです。そして、「物価下落を伴ないつつも、経済全体で見て健全な経済成長を達成しうる基盤がなお維持されているかどうか」です。グローバリゼーション、メガ・コンペティションの中では、国際競争力の確保が必須ですし、特に構造改革の遅れを取り戻さなければならない日本経済にとって、物価下落は不可避で、問題はその程度とスピードです。今は、先に個人消費でお話をしましたが、物価下落を伴いつつも、実質消費成長の姿がみてとれる状況にはあります。従って、デフレ・スパイラルに直結しているとは思われません。他方、先ほど述べたように、需要の弱さ、供給過剰に起因する物価下落懸念が芽生えており、中央銀行としてはこの点を注視しつつ見守っているところです。

4.株価下落の問題

 経済が緩やかに回復していく中で、昨年夏以降、株式市場はそれに逆行するかのように、ほぼ一貫して下落基調を続けています。日経平均は昨年ピーク水準に比べ3割強、TOPIXは約2割半のレベルまで下げています。株安の問題は、第一に、「実体経済のファンダメンタルズ」と「マーケットの見方」にギャップがあること、第二が需給バランスの崩れの問題だと思います。

 「ファンダメンタルズとマーケットのギャップの問題」からみますと、そもそも実体経済が、今申し上げたように緩やかな回復局面にあり、企業収益も増益基調にありながら、株式市場がこうしたファンダメンタルズを全然評価していないという点です。とすると、これは、日本経済に対する「先行き不安」というマインド面の問題が根源にあるためと思われます。外人投資家が日本経済のリスクを惧れるとともに、日本の投資家が先行き不安のためリスクを取る能力が極端に落ちているため、株式市場に手を出しにくい状態に陥っているのではないかと思います。

 先行き不安が高まる背景の第一は、不良債権処理の遅れから来る金融システム不安です。自己資本比率悪化、ジャパンプレミアムによる貸渋り問題の再燃を不安視する見方が広がっています。株価下落が金融システム不安を招き、これが株価下落を招くという悪循環問題もマインド悪化につながっています。先行き不安の背景の第二は、経済構造改革の遅れです。構造改革が先送りになっているため、真の企業業績や企業体力が見えにくくなっています。第三は、国・地方の債務残高が645兆円(平成12年度当初予算ベース)とGDPをはるかに上回る規模に達しているにもかかわらず、財政再建の道筋がみえないことであります。

 特に、先行きの不安材料に敏感なのが、国際基準をものさしに投資判断を行う海外勢です。海外投資家は株式市場で約5割のシェア(平成12年中の東証一部委託売買金額ベース)を占めるだけに、彼らの日本株離れが日本株低迷の主たる要因になっているとみられます。

 次に需給バランスの崩れの問題です。マーケットは、所詮、需給で株価が決まるとすれば、当面の問題としては、株式の需給バランスを取ることかと思います。自社株消却には、種々の制約があり、トヨタのような高収益企業では率先して取り組んでおりますが、大半の企業はまだまだ遅々たるもので、株数削減には限界があります。他方、金融機関と企業の持ち合い解消の動きはまだまだ続きます。この点、経団連が提案している「自社株の取得・保有の自由化」は意味があると思われます。これは、機動的な企業組織の再編に資する──米国で企業の合併・買収の常套手段になっている株式交換への道を拓く──と言う意味で、構造改革の進展に役立ちます。また、銀行・企業間、企業間どうしの持合解消の一時的な受け皿を作るという意味で株式市場の安定にもつながりますし、また企業年金基金への拠出対象に認められれば、金庫株活用という意味で企業の選択肢が広がります。

 自社株消却に止まらず、自社株保有の自由化は、こうした本来的なメリット以外に、当然に流通株式数の削減につながり、足元の需給不安の抑制に一役買うのではないかと思われます。当然、インサイダー取引対策はガードする必要があります。なお、金融政策としては、必要なときには市場にいつでも潤沢に流動性を供与する用意があるということを引き続き担保していくこと──これが重要だと思います。

5.日本経済の課題

 日本経済には「先行き不安」が覆い被さっており、企業マインド、家計マインドにマイナスの影響を与えています。それは、構造改革、不良債権問題を、まだ道半ばのまま先送りしてきた弊害がリスクとして大きく残っていることが、強く意識され出したということではないでしょうか。

 先送りすればするほど、結局、そのツケは大きくなる──これがバブル崩壊後の10年間で得た教訓ではないでしょうか。これまでは「景気をよくすることで、構造改革を進める」というのが、わが国政府、民間の基本的発想であったと思います。しかし、今後は、その順番を換えて、「構造改革を進めることで、景気を良くする」との考えが必要ではないかと思います。

 今年の日本経済の課題は、経済構造改革──3つの過剰(設備過剰、雇用過剰、債務過剰)問題の解消へ──を、金融の課題は不良債権処理を大胆に押し進めることだと思います。当然に構造改革には痛みが伴い、改革を進めるほどに一時的な成長の逆風は強まりますが、これに耐えてこそ、先行きの成長に向けての土台がより強固なものとなるでしょう。

経済構造改革

 産業界がまず取組むべきは、3つの過剰問題の早期解消です。過剰債務をみると、企業部門の回復を背景に、キャッシュフローが大幅に改善し、有利子負債の返済が進捗しています。ミクロ・ベースではなお二極分化の様相を呈していますが、3業種(建設、不動産、流通)以外は、相当進んでいます。一方、過剰雇用については、なお道半ばです。早期に雇用問題に手を付け、リストラを図った先や、IT産業ではかなり進んでいますが、殆ど手付かずの先もなお残存しており、こちらも二極分化状態です。最も遅れているのが過剰設備の問題です。本来廃棄すべき設備が、公共投資・輸出の好調で生産が急回復したのに加え、金融面でのソフトランディング対応(信用保証枠拡大、公的金融機関の融資、債権放棄等にみられる銀行の先送り姿勢)のために、過剰設備の廃棄が先送り状態になっています。設備の共同利用も含めた企業再編、設備調整が急務と言えます。そして、需要構造の変化に対応した供給構造、福祉・環境・情報通信等、新産業構造へのリストラクチュアリングが必要です。

 経済構造改革は、あくまで民間の自助努力で対応すべきものであり、政府は、あくまでそのための環境整備に徹するべきというのが基本原則です。規制緩和、規制撤廃を進め、市場ルールに委ねることが肝要です。税制面からのサポート、雇用の流動化・新産業育成のバックアップも大切です。

 そして、今、政府に求められていることは、企業マインド、家計マインドを覆っている先行き不安感を消すことです。財政赤字、税制、年金・医療等社会保障、不良債権処理等の課題について、その道筋を示すスケッチを明示すべきだと思います。

不良債権処理

 金融機関全体が抱える不良債権がなかなか減らない点が問題です。いわゆる3業種の不良債権の先送りに加え、地価下落、株安、企業体力の悪化から二次ロスがなお発生し、逃げ水現象のように不良債権処理に時間がかかっています。金融界は、不良債権処理に本腰を入れて、ペイオフ解禁前に身奇麗にしておくことが必要です。まず基本は自助努力による高コスト体質の是正、そして収益力の確保が必要です。合併・統合し、図体が大きくなったことで力を持ったと錯覚してはいないと思いますが、どうも最近の大手金融機関のリストラ・スタンスは、製造業に比べ、なお甘い気がしてなりません。不良債権の処理を進めるのは、まさに当事者である金融機関であり、行政的には金融庁でありますが、日本銀行としても信用秩序維持の観点から、事態の正確な把握と金融庁への提案・サポートに力を注ぐべきと思います。

6.当面の金融政策運営

 足元の短期金融市場の動向をみますと、決算期末を控えて、都銀等を中心に年度末越え資金の調達に走り始めました。企業からみれば、株安から来る銀行の貸し渋り不安があるだけに、期末資金繰りについては例年以上に神経質になっている模様です。こうした点を踏まえ、日本銀行においては、当面の金融調節では期末越えの資金供給を潤沢に行うことが必要であり、万一の際の金融市場の安定のための流動性確保も念頭に、対応に万全を期していきたいと思っています。また、少しでも金融市場の不安感を除去する方策はないかということで、2月9日の金融政策決定会合で「流動性供給方法の改善」を議論するべく、総裁から執行部に検討を指示しているところです。

 次に当面の金融政策運営について申しますと、民需の自律回復の道筋は見えてきましたが、経済がこの道筋に着実に乗ることが確たるものになるまで、また経済構造改革の道筋を確たるものにするため、現行の超低金利による金融緩和策を続けることが重要であると思います。

 最後に、金融政策について付言すれば、(1)実体経済が今の踊り場から後戻りする懸念が出てくるか、(2)金融システム不安がシステミック・リスクにつながるか。

 このときは、弾力的な金融政策対応が必要と思います。

7.結びにかえて

 最後になりましたが、沖縄県経済に話題を戻しますと、いま沖縄では、明日の日本経済をリードする大きな柱とみられる情報通信関連産業の進出・育成に、県をあげ積極的に取り組んできておられます。既に、昨年末現在で、情報通信関連企業33社が進出済みないし進出を表明しており、その雇用効果は2,700人強に上ると聞いております。特に、コールセンター(顧客に電話、インターネット等で情報提供するサービスを行う事業)の進出が目立ち、大きな雇用吸収産業になりつつあるのはその成功例の一つかと思います。

 こうした新たな産業は、「通信技術を利用した情報の中継産業」と言えますが、「中継産業」と言う言葉で思い出されますのは、今を去ること約500年前、中国、朝鮮、日本、南方諸国との間の「中継貿易」で繁栄した琉球王国です。当時の繁栄ぶりは、皆様ご存知の「首里城正殿の鐘」に刻まれた銘文「琉球国は・・・舟揖(しゅうしゅう)を以て万国の津梁(しんりょう)となし・・・」(「琉球国は、大海原に舟を出して、万国を結ぶ架け橋になる」)からも窺い知れます。今後、情報通信技術が一段と発展し、「時間と空間の壁」が徐々に取り払われ、ビジネスにおける「物理的距離」の重要性が低下していくことは確実です。これは、本土との物理的距離の遠さが一つのビジネス展開の制約になっていた沖縄経済にとって、この制約が解消することを意味します。

 沖縄経済が、近い将来、こうした情報通信産業などの発展を梃子にして、ニューエコノミーという未知の大海原の中で、まさに「万国の津梁(しんりょう)」たる地位を築かれていくことを願いつつ、私の基調説明を終わります。

 長時間のご清聴ありがとうございました。

以上