ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 講演・挨拶等 2004年 > 2004年10月22日、財政制度等審議会 財政制度分科会 歳出合理化部会及び財政構造改革部会合同部会における総裁発言要旨「わが国経済と財政について」

【発言要旨】わが国経済と財政について2004年10月22日、財政制度等審議会 財政制度分科会 歳出合理化部会及び財政構造改革部会合同部会における総裁発言要旨

2004年10月25日
日本銀行

[目次]

  1. はじめに
  2. 1.わが国経済と財政の現状
  3. 2.国債残高の累増
  4. 3.財政再建に関する考え方
  5. 4.国債市場の流動性向上と国債保有主体の多様化
  6. 5.まとめ

はじめに

本日は、お招き頂き、光栄に存じます。私に期待されている役割は、中央銀行の立場、すなわち、マクロ経済や金融市場の動きを日々観察し金融政策を実行する立場から、わが国の財政の現状がどのようにみえるかを説明し、それをマクロ経済や金融システムの文脈の中で語ることであると理解しています。この点について、私が日頃考えていることをお話させて頂きます。

1.わが国経済と財政の現状

わが国経済の現状

現在、わが国の景気は回復を続けています。ここ数年、実質成長率に対する政府支出の寄与はマイナスを続けていますので、2002年から始まった今回の景気回復は、「民需主導」と表現することができます。

こうした姿が実現しているのは、第1に、米国や中国を中心として世界経済の拡大が続く中で、輸出の増加が生産活動の活発化や企業収益の好転をもたらし、設備投資の拡大を促すという「前向きの循環」が働いていることが挙げられます。

第2に、企業の過剰投資・過剰債務・過剰雇用や金融システムの脆弱性といった、バブル経済の崩壊以降、日本経済の回復を遅らせてきた要因の調整が、かなり進んでいることが挙げられます。例えば、今月初に公表した日本銀行の短観によれば、企業の雇用や設備の過剰感は相当程度緩和されてきています。その成果として、企業収益は大きく増加しており、売上高経常利益率でみると、企業収益は、96年度、2000年度の回復局面における水準を超えて、バブル期のピークにほぼ匹敵する水準に達しています。

先行きについては、原油価格の高騰など懸念される材料はありますが、世界経済がより持続可能な成長ペースに速度を落としつつも拡大を続け、構造調整が着実に進捗するもとで、わが国の景気は、民需を中心とした回復を続けるとみられます。後ほど触れますが、財政問題を考える上でも、このような民間のダイナミズムを如何に活かしていくかが、鍵になると思っています。

わが国財政の現状

ところで、こうした景気回復のもとでも、わが国の財政は引き続き厳しい状況にあります。90年代以降、1.歳入面では景気低迷や減税措置に伴う税収の減少、2.歳出面では数次にわたる景気対策としての公共事業関係費の増加があり、そのいずれもが寄与するかたちで、財政赤字が拡大しました。2000年代に入って、公共事業関係費などが大幅に削減され、税収も下げ止まってきていますが、一つには高齢化に伴う社会保障関係費の増加などもあって、一般会計の財政収支の改善は緩やかにしか進んでいません。地方・社会保障基金を含めた一般政府でみた財政赤字は、2002年度までは悪化を続けており、その後は、内閣府の試算などによれば、今年度からようやく相応の縮小がみられ始めたところです。

2.国債残高の累増

国債市場の動向

このように、財政収支の大幅な赤字が続いている結果、国債の発行残高も累増を続けています。一般政府の債務残高の対名目GDP比率は、ネット・ベース、グロス・ベースのいずれでみるかによって多少評価は異なる面はありますが、グロス・ベースでみると、先進国中最悪となっています。

大量に発行された国債は、これまでのところ、発行市場において、概ね順調に消化されています。流通市場でも、国債利回りは、歴史的にみて極めて低い水準にあり、景気回復が明確となった昨年夏場以降も、多少の振れを伴いつつも、1%台で推移しています。国債金利はやや長い目でみると、経済・物価情勢を反映して変動するものです。この点、現在、国債金利が低い水準で推移している最も基本的な背景としては、何よりも物価が落ち着いていることが挙げられます。これに加えて、幸いにも、財政赤字の増加から国債金利にプレミアムが上乗せされるといった事態を回避できていることも挙げられるかもしれません。内外の論評をみますと、わが国の国債金利について、財政赤字の増加に伴うプレミアムが上乗せされる可能性が取り沙汰されることがありますが、これまでのところ、そうした形でのリスク・プレミアムは発生していないように見受けられます。

市場動向からのインプリケーション

このような事態、すなわち、財政収支は悪化し国債残高も多額に上っているにもかかわらず、国債は順調に消化され、リスク・プレミアムもみられていないという状況はどのように解釈すべきでしょうか。一つの解釈は、「財政の状況は現在は確かに悪いが、政府が将来は財政収支の改善に向けて着実に取り組んでいくことに投資家は信認を置いている」というものです。もう一つの解釈として、「投資家である金融機関は、将来の財政の状況をにらみつつも、当面の収益確保を優先して、取り敢えず安全な運用手段として国債に投資をしている」という見方もあるかもしれません。ただ、いずれにしても、先行きにわたって良好な市場環境を維持していくためには、国債金利が落ち着いている間に、財政再建の道筋をつけていく努力が大事であると思います。この点は、財政再建の進め方という観点から、次にやや詳しく申し述べたいと思います。

3.財政再建に関する考え方

総論

そこで、財政再建について私の考え方を述べたいと思います。マクロ経済の観点からみますと、日本経済がダイナミズムを発揮していくためには、1.財政がサステナブルな形で効率的な資源再配分機能を果たしていくこと、そして、2.財政規律を維持することで長期金利が経済物価情勢を反映する状況を実現していくことが、重要な前提となります。今ほど述べた通り、財政再建の帰趨は常に市場の目にさらされており、市場の声には真剣に耳を傾ける必要があると考えられます。財政に対する信認を維持していくためには、財政再建を如何に実現していくか、市場の声も聞きつつ、信認を得られる形で示すことが必須と考えられます。

財政のサステナビリティを確保するためには、言うまでもなく、プライマリー・バランスが黒字となることが必要です。この点、政府においても2010年代初頭の黒字化を掲げておられます。実際に、プライマリー・バランスを中長期的に黒字化し、財政再建を進めるにあたって重要なことをキーワードで申し上げますと、継続性と透明性ではないかと思っています。

まず継続性ですが、現在の財政状況を短期間に一挙に解決する手段はありません。財政再建は海外の例をみても分かりますように、ある程度長い時間のプロセスを経て実現するものです。大事なことは、ある程度長い時間がかかることを明確に認識した上で、持続可能な財政バランスの回復という長期的な目標を意識し、その目標に向けて、着実に努力を継続することではないかと思います。

次に、透明性ですが、持続可能な財政バランスの回復という長期的な目標に向けた継続的な努力が成功するかどうかは、詰まるところ、そうした努力に対し、国民の信認、支持が得られるかどうかに帰着します。これは決して容易な課題ではありませんが、持続可能な財政バランスの回復の道筋を国民に示し、透明性を高めることが、国民の信認を得る上での最も基本であると思います。

基本的な考えは以上の通りですが、中長期的に財政再建を進めるためには、2つのことが必要となります。一つは、かなり思い切った歳出入両面での見直し、もう一つは経済の潜在力を高め、その面から税収を増やしていくことです。

歳出入の見直し

まず、歳出入構造については、単純な数値の比較だけでも、ある程度の方向性は浮かび上がってくるように思います。例えば、2003年度の20兆円のプライマリー・バランスの赤字(一般会計ベース)に対して、大きな支出項目としては、社会保障費が20兆円、地方交付税交付金が16兆円、公共事業費は8兆円であり、個別項目の見直しのみで対応することは難しいと思われます。また、税収が42兆円であることを考えると、税収をこのままにして歳出を全体で3分の1削減するというのはかなり無理な想定でしょう。やはり、歳入・歳出両面にわたる見直しが必要であると考えられます。

特に、今後団塊世代の年金受給が本格化するなど、人口高齢化に伴う歳出がかなりのペースで増加すると見込まれることを考えると、増加を続けている社会保障関係費について、どう考えるかがポイントとなります。年金制度の改革は行われていますが、社会保障制度全体の改革についてさらに議論が深まっていくことが望まれます。

その際、思い切った見直しを進めていくためには、その国民負担のもとでどの程度の行政サービス及び社会保障を提供できるのか、といった負担と受益のバランスについて、コンセンサスを形成していくことも重要であることは言うまでもありません。そうした意味で、引き続き、政策の透明性を高め、国民の目にみえる形で議論を行っていくことが必要ではないかと思います。

経済の潜在力の引き上げ

プライマリー・バランスを黒字化するための2つめの条件は、経済の潜在力を高めていくことです。具体的には、既に議論されているように、規制緩和や制度面の見直し・整備等を通じて、民間のインセンティブに働きかけ活力を引き出していくことが基本となります。

この点で、しばしば取り上げられる80年代の米国や英国の財政再建の事例は、2つのことを物語っているように思います。第1は、規制緩和や民営化によって、民間活力を活かしつつ、公共投資の縮小など政府部門の関与の度合いを低下させることで、その後の成長につなげていくという戦略の有効性です。現在政府の掲げておられる「民間にできることは民間に」という方針も、こうした考え方と軌を一にするものではないかと思います。第2は、そうした改革の効果がある程度目にみえるようになるまでには、長い時間がかかることを踏まえた上で、継続的な取り組みを行っているということです。わが国においては、現在、経済の潜在力が高まっていく発端がみえてきているところであり、これをさらに活かしていくことが重要な段階にあると思っています。

マクロの経済環境

この先、わが国の財政再建に向けた長い道のりにおいて、民間主体が活力を持って経済活動を行っていくためには、マクロの経済環境が安定していることが極めて重要です。そうした認識に立ち、日本銀行としては、物価の安定を通じて経済の持続的な発展を実現していくことに最大限の努力を払っています。またそれと同時に、そうした金融政策運営の考え方が国民や市場参加者に十分理解されることも重要です。先程、財政再建の進め方に関連して、透明性の重要性を強調しましたが、日本銀行としても、金融政策運営に関する情報を透明な形で国民や市場に示していくことによって、政策運営に対して高い信認を維持していく努力をしているところです。

なお、終戦直後のわが国の経験などを踏まえ、多額の国債負担を解消するためには、インフレ率を上昇させるしかないという考え方が、あるいはあるかもしれません。仮にそうした議論があるとすれば、金融市場の姿が終戦直後と現在とでは全く異なっているという現実を忘れているように思えます。何よりも、現在は、市場が発達し、しかも、その市場がグローバルにリンクされるようになっています。そのため、国債負担の軽減を目的としてインフレ率を無理に高めるような政策をとると、国債利回りが急上昇し、既存債務の借換えや新規の借入れに支障をきたすことになります。また、金利の上昇により、企業や家計のコンフィデンスが毀損され、経済活動が収縮してしまうおそれがあります。中央銀行は物価の安定や経済の持続的な発展と整合的な金融政策を運営することによって安定的なマクロ経済環境を維持し、そのことによって、財政再建にも寄与することになると思います。財政再建は、そうした安定的なマクロ経済環境が維持される中で、歳出入両面での見直しに取り組むとともに、地道に中長期的な経済の潜在力を高めることによって、実現していくしかありません。

現実に財政再建に取り組む際に難しいのは、短期的な経済の動向との調和をどのように図るかという問題です。財政の基本的な役割は資源再配分機能で、中長期的な財政の健全性を保持することが長い目でみた経済の発展に寄与するというのが最も基本的な考え方であり、私もそうした考え方に共感します。ただ一方で、景気が大きく落ち込み経済に自律的な回復機能を期待し難いような局面では、財政の自動安定化機能を活用することが必要であるとの認識も共有されているように思います。近年のわが国の財政運営は、まさにこの点のナローパスを狙いながら、努力を払われてきたものと認識しています。この先についても、日本経済が持続的な発展の軌道に復帰するのを確かめながら、財政再建を一歩一歩着実に進めていくという姿勢が大事であるように思います。

4.国債市場の流動性向上と国債保有主体の多様化

国債の消化や国債金利の問題を議論する際には、先程述べたような経済・物価情勢や財政赤字拡大に伴うプレミアムといった要因を中心に議論が行われます。これらの要因が最も重要であることはその通りですが、国債市場を日々観察している立場からみますと、国債が円滑に消化されている背景の一つとして、国債市場の効率性や流動性の向上に向けた関係者の努力が相応に好影響を及ぼしていることも認識しておく必要があると思います。最後にこの点についても若干触れたいと思います。

この点では、これまでも、投資家のニーズに合わせた国債の商品性の多様化、海外投資家などの国債保有を促進するための税制の見直し、決済システムの整備などで、改革は着実に前進してきました。この10月からは「国債市場特別参加者制度」も導入されています。

日本銀行も、国債市場のインフラ整備という面で、多大な経営資源を投入して国債市場の流動性向上に努力してきました。一例を申し上げますと、国債は取引の約定が成立した後、最後は、日本銀行にある国債や資金の口座を通じて決済が行われます。やや技術的になりますが、そうした決済は日銀ネットと呼ばれるオンラインの決済システムを通じて行われます。以前は、そうした決済は1日の特定の時点で、まとめて決済が行われていましたが、これでは、ある取引が決済不能に陥った場合に、他に影響—システミック・リスク—が及びやすくなります。また、資金の決済と国債の決済は同時に紐付きで行われている訳ではありませんでした。このような状況を改善するために、資金や国債の決済を1件ずつ即座に決済する即時グロス決済(RTGS)化や国債と資金の同時決済(DVP)の実現などを通じて、決済面のインフラの整備を行ってきました。こうしたインフラの改善は、国債市場の効率性・流動性の向上に寄与していると思います。また、本年春には、金融機関等が国債の特定の銘柄を市場で調達することが難しくなった時に、日本銀行の保有する国債を一時的に供給する「国債の補完供給制度」を開始しましたが、この制度も国債市場の流動性の向上と円滑な市場機能の維持に貢献すると考えています。

このように、政府、市場参加者、日本銀行、様々な関係者の努力で、国債市場の流動性は向上してきましたが、いくつかの課題が残っていることも事実です。その一つは、国債の保有主体の多様化という課題です。わが国国債の保有主体別内訳をみると、郵便貯金などの公的機関や銀行などの民間金融機関の保有が多く、個人や非居住者の保有比率はそれぞれ3%程度と、極めて低いことが、特徴です。これに対し、例えば、米国では、個人が約10%、非居住者が40%強の保有となっています。逆に言いますと、わが国は金融機関の保有比率が極めて高くなっています。特に近年は、民間企業が財務体質の改善を図って有利子負債の返済を進めている中で、運用難にある民間金融機関が大量に国債を購入する状況が続いています。問題は、このように保有主体が一部に偏ると、皆が同じような行動をとりがちになるため、市場の厚みがなくなり、利回りが大幅に振れる可能性が高まりやすくなることです。実際、昨年の夏には、景気が次第に回復する中で、それ以前の金利低下局面で過大なリスクテイクを行っていた金融機関が一斉に国債を売却し、さらに価格下落と評価損失の発生ないしその懸念が、金融機関の国債売却を招くということが起こりました。こうした出来事を踏まえても、国債は、個人、非居住者を含め、できるだけ幅広い投資家に保有されることが望ましいことは言うまでもありません。日本の場合、国債残高が極めて大きく、また個人や非居住者の国債保有比率が低いことに言及しましたが、逆に言えば、国債市場の厚みを増す余地がそれだけ大きいとも言えます。

5.まとめ

以上、財政再建に対する考え方を、様々な観点から述べてきましたが、そのポイントをまとめると、以下の4点に集約できると思います。

第1は基本哲学ですが、財政再建が成功するためには、財政再建は長い時間がかかるプロセスであることを認識した上で、着実に取り組むという継続性と、財政再建の道筋や手段について長期的な方向性を市場や国民に信頼できる形で示す透明性が重要です。

第2に、財政再建のためには、歳出入での思い切った見直しと合わせて、中長期的な経済の潜在力を高めていくことが必要です。この点では、引き続き、民間活力を活かすような思い切った規制緩和や制度面の見直しが求められます。

第3に、実際の財政再建のスピードですが、日本経済が持続的な発展の軌道に復帰するのを確かめながら、財政再建を一歩一歩着実に進めていくという姿勢が大事であるように思います。

第4に、財政資金を安定的に調達するためには、国債の保有主体の多様化をはじめ流動性の高い効率的な市場の整備を一段と進めることが重要です。

この間、日本銀行としては、物価の安定を通じて、持続的な経済成長の実現に引き続き貢献していくとともに、透明性の高い政策運営を行い、市場や国民からの高い信認を維持するよう努めていきたいと考えています。また、国債の決済インフラの整備等を通じて国債市場の発展に寄与していきたいと思います。

最後に、繰り返しになりますが、財政の問題は、常に市場の目にさらされており、市場の声には真剣に耳を傾けておく必要があると考えられます。現在、国債は円滑に消化されていますが、今後の道のりを考えれば、今申し述べたような点について、対応を着実に進めていくことが何より重要であると考えられます。

以上