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日本経済の現状・先行きと物価

函館市における金融経済懇談会での須田美矢子審議委員挨拶要旨

2005年2月9日
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.足許の日本経済の動向
    1. (1)日本経済の現状
    2. (2)日本経済の先行き
  3. 3.物価の動向と一考察
    1. (1)日本における物価の現状と先行き
    2. (2)消費者物価の分解とその特徴
    3. (3)物価と金融政策
    4. (4)今後の金融市場調節方針
  4. 4.おわりに

1.はじめに

 日本銀行の須田美矢子です。日本銀行では、正副総裁および政策委員会審議委員、いわゆるボードメンバーが、できるだけ頻繁に全国各地を訪問し、日本銀行の施策の趣旨をご説明申し上げ、かつご意見を直にお聞きして、政策判断の際に参考にさせていただいております。本日は、道南の各界を代表する皆様方にご多忙のなかをお集まりいただき、親しくお話しする機会が得られましたことを誠にありがたく、光栄に存じます。また、日頃、私どもの函館支店が大変にお世話になっております。この場を借りて厚くお礼申し上げますとともに、今後ともよろしくご指導を賜りますよう、お願い申し上げます。

 本日、私からは、日本経済の現状・先行きと物価についてお話しさせていただき、最後に道南のこれからについて僭越ながら私の意見を少し述べさせていただいた後、皆様方から当地の実情に即したお話や忌憚のないご意見を承りたいと存じます。

2.足許の日本経済の動向

(1)日本経済の現状

 先日、1月18日、19日に行われました日本銀行政策委員会の金融政策決定会合において、昨年10月に公表した「経済・物価情勢の展望」(所謂「展望レポート」1)の中間評価を行いました。昨年10月の展望レポートでは、「わが国経済は回復を続けている。先行きについても、景気は回復を続け、次第に持続性のある成長軌道に移行していくと考えられる」という見通しを示しましたが、中間評価では、足許までのわが国の景気について、「幾分下振れて推移した」と評価しました。このように評価した最大の理由は、IT関連財の輸出・生産・在庫面での調整が予想より深まったことです。

 今後も当面、IT関連分野の在庫調整の影響が残ると予想されますが、この調整がより深くなる可能性はかなり低いと考えています。足許で受注が好転しはじめているという企業の声も聞かれますし、電子部品・デバイス工業の在庫循環等をみましても、調整が進捗しているように思われます(図表1)。注目していたクリスマス・年末商戦は、日米ともまずまずの結果でした。こうしたことを受けてか、最近はIT関連分野の調整について、企業業績の下方修正はあるものの、ますます深刻になるというようなネガティブな見方は減少しているように思います。

 IT関連の在庫調整の影響を除けば、足許の景気は想定の範囲内の動きだといえます。輸出は横ばい圏内で推移し、設備投資は、企業収益が改善している状況下、引き続き増加傾向を辿っています。また、雇用者数は増加し、雇用・所得環境は改善傾向にあって、個人消費は底堅く推移しています。こうしたことを勘案すれば、景気回復のメカニズムは損なわれておらず、基調として景気の回復は続いていると捉えています。また、中小企業・非製造業への景気の広がりも見受けられます。しかし、公共投資が減少していることおよび産業間や企業間の好不調の二極化等もあり、地域や個々の企業によっては、なかなか実感を伴わない回復であることも否めません。例えば、全国の完全失業率は、昨年中の平均では4.7%ですが、ご当地北海道は5.7%と全国の中で一番高くなっています(図表2)。

(2)日本経済の先行き

 わが国経済の先行きについては、中間評価で、10月の見通しに「概ね沿った動きになると予想される」としました。IT関連財の生産・在庫面でのこれまでの調整の影響が何がしか先行きの輸出や設備投資に出る可能性がありますが、その程度は大きくないと想定しています。

 なお、IT関連分野の調整の終了時期については不透明であり、人によって調整終了時期の見方は春先から年央までばらばらです。IT関連分野といっても、製品別に調整の深度も異なるため、いつ終わるのかマクロでの判断が下し難いのが実情です。ただし、調整後のIT関連分野の回復度合いについては、これまでの調整が深くないこともあって、緩やかだと想定されます(図表3)。したがいまして、今のところ、IT関連分野の調整からの回復がこの間のどの時点になろうとも、2005年度の景気の見通しに大きな影響を与えるとは思っていません。

 実際、IT関連企業の設備投資については、調整期にあっても強気の見方が散見されており、設備投資は想定よりも下振れるとしてもその程度は小さいと考えられます(図表4)。設備投資の一般的なサポート材料としては、バブル崩壊以降、わが国経済の足を引っ張ってきました過剰設備・過剰債務問題が解消方向に向かっていることや(図表5、図表6)、企業収益の改善が見込まれることがあげられます2。また、この間、土地取引も活発化し、地価上昇も広がりをみせつつあります3。こうした構造調整の進展は、景気へのショックに対する抵抗力を高め、景気が底割れするリスクを小さくしていますが、企業はグローバルな競争の高まりや日本の少子高齢化を目の前にして、大きく期待成長率を上昇させてはいません。したがって、先行き力強い投資の高まりは期待できません。

 また、わが国の景気回復を牽引してきた輸出については、その中心にある米国と中国の景気は想定どおり拡大するとみていますので、先行きは増加基調に復すると考えています。ただ、IT関連分野で調整が起っていることや、調整後も昨年前半のような伸びは期待できないことから増加テンポは緩やかなものに止まる可能性があります。

 なお、IT分野の調整が2001年のときのような深い調整にならないという想定に、懸念材料がないわけではありません。中国では携帯や自動車、パソコン等にかなりの在庫があるといわれています。その生産量が大きくかつ在庫の大きさが見えないこともあって、下振れる可能性があります。また緩やかでなく急速に回復する上振れの可能性もあります。

 消費については、先行き、雇用者所得は緩やかな増加に向かい、個人消費は緩やかに増加していくというのが政策委員会のメインシナリオです。確かに足許、企業の雇用過剰感も和らいできました。厚生労働省の調べでは、建設業も含めてすべての産業で労働者の過不足判断が不足超となっています(図表7(1))。雇用者数は増大し、新卒の採用予定も増えています。賃金も下げ止まりつつあります(図表8)。しかし、私は雇用者増から消費への波及については、もう少し慎重にみています4。それは、企業の収益力重視の姿勢のもと、企業の人件費抑制姿勢は依然としてかなり強いと考えられるからです。企業の福利厚生費の増大も雇用抑制要因となります5。非正規雇用を活用する動きはまだ増えていくと考えられます。製造業・正規雇用者の中でも、熟練労働者と非熟練労働者の賃金の差別化が進んでいます6。非熟練労働者の賃金はアウトソーシングで代替が可能なこともあって、なかなか下げ止まらないのではないかとみています。

 また、賃金の動きを製造業・非製造業別にみてみますと、最近では非製造業の賃金の低下幅が大きめであるという特徴がみられます(図表8)。その背景には、かつて非製造業は製造業対比でみた生産性上昇率の低さを価格の引き上げでカバーしてきましたが、規制緩和やグローバル化などでそれが出来なくなったこと、非製造業にはもともと賃金が高めとなっていた業種が多かったことや非製造業では相対的に非熟練労働のウェイトが高いことなどがあげられます。規制緩和は途上であり非製造業の調整圧力は続くと考えられますので、非製造業の一人当たり賃金の下方圧力はまだ強いとみています7

 労働者の過不足判断DIを職業別にみると、管理職ではまだ過剰超となっています(図表7(2))。失業期間の短縮化への動きはありますが、雇用のミスマッチが縮小に向かう働きは緩やかなものにとどまっています(図表9)。
 これらを総合的に判断すると、一人当たりの所定内賃金はまだ下げ止まらず、労働分配率の低下に下げ止まりが確認できるにはもう少し時間がかかるのではないかと思っています(図表10)。

 消費の動向については、財政再建についての将来の道筋がなかなか見通し難い中で、定率減税の縮減や消費税引き上げにかかる議論等を受け、追加負担増に対する消費者の意識が高まり、消費行動を慎重化させるリスクもあると思っています。
 このように私は消費の先行きについて少し慎重にみていますが、わが国経済の先行きについては、全体としては、潜在成長率を若干上回る成長が実現できるというシナリオは共有しています。

 なお、私どもが、展望レポートの参考として公表している実質GDPの見通しですが、実質GDP統計の計算方法が変更8となったため、以前の計算方法に比べて、成長率の数値が1%強低くなります。これは「物差し」の変化によるものであり、経済実態が変化したことを意味するのではない点、留意が必要です。新しい物差しで昨年10月の政策委員見通しの中央値を読み替えますと、2004年度は2%台半ば、2005年度は1%台半ばということになりますが、2004年度は足許の下振れを反映して、それよりも低くなるという見通しをもっています。

 このようなメインシナリオに対して、上振れ・下振れ要因があります9。これまですでにIT調整と財政関連について上振れ・下振れの可能性を指摘してきましたが、そのほか、原油価格の上昇や高止まりの可能性があります。さらに海外要因で、現時点で特に気になっている点をいくつか指摘しておきたいと思います。

 米国経済については、景気の拡大と賃金の上昇・雇用の着実な改善の中で私どもが考えている以上に生産要素の余剰が小さくなっている可能性があります10。グローバルにみても物価上昇率が少しずつ高まりつつある環境のもと、消費者物価の上昇テンポがやや切り上がっていることに加え、原油価格高、ドル安もあるため、現在抑制されているインフレ期待が上昇する可能性があります。足許の米国の長期金利の低位安定については、金融政策運営に対する信頼を背景にインフレ期待が抑制されているのが一因だとされていますが、裏返せばインフレ期待が高まれば金融引き締めのペースが速まり、金利が上昇する可能性が高いと思われます。これまでの金融引き締めの累積効果もありますので、仮に急速に金利が上昇した場合、米国経済、ひいては世界経済に大きな影響を与えかねません。

 さらに、米国に限らず潤沢な流動性が金融市場における過度なリスク・テイクにつながっている可能性もあります。世界的な金融緩和局面は転換点を迎えつつありますが、なお歴史的にみれば金利は低水準であり、流動性も潤沢です。こうした状況下、投機資金がデリバティブ取引等も行いつつ、金融市場だけでなく、商品市場も含め世界の市場を移動しているという見方もあります。一方、金融市場のボラティリティは非常に低くなっています。こういった場合、何かのきっかけで一斉に為替・金融市場が動くことが考えられます。この点についても注目しておきたいと思います。特に米国の「双子の赤字」の問題がきっかけとなる場合が気がかりです。

  1. 1日本銀行は、毎年4月と10月の年2回、金融政策決定会合の決定を経て、「経済・物価情勢の展望」(所謂「展望レポート」)において、日本銀行の経済・物価情勢に対する見通しを公表しています。さらに、そこで示した標準的な見通しについて、上振れまたは下振れが生じていないか、3か月ごと(1・7月)の金融政策決定会合で中間評価を行い、「金融経済月報」の「基本的見解」の中で公表することとなっています。また、「経済・物価情勢の展望」では、政策委員による実質GDP、国内企業物価指数、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の見通しを参考計表として掲載しています。こうした見通しの公表は、金融政策の透明性向上という観点から、日本銀行の金融政策運営に対する考え方や、経済・物価情勢についての見方を、より分かりやすく伝える取組みの一環として行っているものです。
  2. 2構造問題の進展については、須田美矢子「日本経済の現状・先行きと構造調整」(山口県金融経済懇談会における挨拶要旨<2004年10月6日>)、構造問題に対する分析は、翁邦雄・白塚重典「資産価格変動、構造調整と持続的成長:わが国の1980年代後半以降の経験」、日本銀行金融研究所『金融研究』第23巻第4号(2004年12月発行)や前田栄治・肥後雅博・西崎健司「わが国の『経済構造調整』についての一考察」、『日本銀行調査月報』、2001年7月号をご参照下さい。
  3. 3首都圏、近畿圏、中京圏、福岡・北九州圏、札幌圏域、仙台圏域、広島圏域、新潟圏域の8地域を対象にしたあるリサーチによりますと、住宅地地価は全体でみればなお前年比でマイナスながらマイナス幅は全地域で縮小している中、地価上昇は首都圏、近畿圏、中京圏、福岡・北九州圏、札幌圏域の5都市圏でみられるとのことです。さらに、東京の都区部等では地価上昇地域が拡がっているとの結果も紹介されています。また、不動産業者に対するアンケート調査では地価の先安感は大幅に薄らいでいるとのことです(ミサワエムアールディー(株)の「MISAWA−MRD地価調査」参照)。
  4. 4企業の人件費抑制姿勢が根強い背景や今後の雇用・賃金情勢と物価等への影響については、中原伸・桜健一・高橋靖子・門間一夫、「雇用・所得情勢にみる日本経済の現状」、『日本銀行調査季報』、2005年冬号をご参照ください。
  5. 5主要企業が2003年度に負担した福利厚生費用(=法定福利費+法定外福利費)は、従業員一人当たり1か月平均100,811円で前年比+4.2%増加しています。また、「厚生年金保険料が今後2017年までに4.72%ポイント(労使折半)引き上げられるほか、将来パートタイマーにも社会保険加入が広げられる可能性。さらに、健康保険料・介護保険料の引き上げも不可避な状況。確定している厚生年金保険引き上げだけで企業収益を3.5兆円圧迫するものと試算され、これからの保険料は賃金に比例的にかかるだけに、今後企業の賃金抑制を促す要因となる可能性大」との見方があります。詳しくは、(社)日本経済団体連合会「第48回福利厚生費調査結果(2003年度)」(2005年1月)および「デフレ脱却の展望と金融政策のあり方」、(株)日本総合研究所『Japan Research Review』(2004年9月号)をご参照ください。
  6. 6詳しくは、佐々木仁・桜健一、「製造業における熟練労働への需要シフト:スキル偏向的技術進歩とグローバル化の影響」、『日本銀行ワーキングペーパーシリーズ』、No.04-J-17(2004年12月)をご参照ください。
  7. 7詳しくは、「90年代における非製造業の収益低迷の背景について」、『日本銀行調査月報』、1999年2月号および大澤直人・神山一成・中村康治・野口智弘・前田栄治、「わが国の雇用・賃金の構造的変化について」、『日本銀行調査月報』、2002年8月号をご参照ください。
  8. 8詳しくは、金融経済月報(2005年1月)の「(BOX)GDP統計の連鎖方式への移行とその影響」をご覧下さい。
  9. 9上振れ・下振れ要因として、昨年10月に公表した「展望レポート」では、(1)米国や中国他東アジアの景気動向や石油価格の高騰の影響、IT関連分野の調整に伴う海外経済の動向、(2)海外経済の悪化に伴う輸出・設備投資の鈍化、企業の人件費抑制姿勢の強まりを背景とした個人消費の下振れや経済の先行きに自信を深めた場合の設備投資や個人消費の上振れといった国内民間需要の動向、(3)経済のファンダメンタルズから離れた短期的な相場変動等国内金融・為替市場の動向、(4)改善の進む不良債権処理や金融システムの動向の四点を指摘しています。
  10. 10詳しくは、Ferguson, R.(2005) "Interpreting Labor Market Statistics in the Context of Monetary Policy"をご参照ください。

3.物価の動向と一考察

(1)日本における物価の現状と先行き

 最近の物価動向をみると、原油価格等の国際商品市況の上昇が一服していることや昨秋以来のドル安・円高の動きもあって、足許、輸入物価は下落に転じています(図表11)。こうした中、国内企業物価は、原油高の影響や製品需給の引き締まりの影響から上昇を続けてきましたが、最近の原油高の一服から概ね頭打ちとなっており、総じてみれば上昇テンポは幾分緩やかになっています。一方、消費者物価(全国、除く生鮮食品、以下同じ)の前年比は、小幅のマイナスで推移しています。足許では固定電話通信料の下落の影響などから下落幅が幾分拡大しています(図表12)。

 物価の先行きについては、国内企業物価は、商品市況の騰勢一服を受けて、頭打ちとなる可能性が高いと想定しておりますが、最近、原油価格が再び上昇しはじめていますので、その影響はあるかもしれません。一方、消費者物価を取り巻く環境をみますと、マクロの需給環境は、改善方向にあるとは言え、当面なお緩和した状況が続くとみられますし、企業は人件費の抑制など合理化努力を続けると見込まれます。こうした状況下で、電気代や固定電話通信料といった公共料金の引き下げの影響も考えられますので、当面、消費者物価(前年比)は、小幅のマイナスで推移すると予想しています。来年度の消費者物価(前年比)については、公共料金の引き下げの指数面への影響等によっては、想定をやや下回って推移する可能性がありますが、基調としては10月の見通しに沿って推移するとみています。いずれにしましても、物価の先行きは、原油価格のほか、生産性や人件費の動向にも左右されるため、上下に振れる可能性がありますので、4月の展望レポートでしっかりと分析し、数字を出したいと思います。

(2)消費者物価の分解とその特徴

 金融政策運営の観点から物価の動向をみていく場合、消費者物価だけでなく様々な物価動向もみていく必要がありますが、消費者物価に限っても、消費者物価(全国、生鮮食品を除くベース)という全体を集計したものの動きをみているだけでは、実体経済に起こっていることや景気の体温を表すと言う意味での物価のトレンドはみえてきません。消費者物価総合の動きはゼロ近傍であっても、個々の品目の価格はかなり変化し、ばらついています(図表13)。集計されたデータだけをみていると、重要な情報を捨てることになりかねません。

 先行きの消費者物価の動向を探る上では、消費者物価が総合(除く生鮮食品、以下同じ)ではほぼ安定しているので、その変化の方向が僅かなプラスとなるのかマイナスとなるかを巡って、診療代、たばこ、米類等に加え、電気代や固定電話通信料等の価格改定といった景気動向とは直接関係しないと思われる要因に目が向けられています。実際、最近はそれらの動きが集計値としての物価動向を支配していますので、物価のトレンドが見え難くなっています。

 消費者物価の基調的な動きを把握するひとつの方法は、これらを排除してトレンドを探るということだと思いますが、何を除くかについて恣意的になりかねませんので、個別品目ではなく、以下では大きなくくりで消費者物価の動向の特徴をみていきたいと思います。まず、消費者物価を「財(除く生鮮食品、以下同じ)」と「サービス」に分解し、その動向をみてみます。その後で景気と直接関係なく国が関与して変更される規制価格であるか否かという観点から、消費者物価を公共サービスとその他財・サービスとに分けてその動向をみてみたいと思います。

 まず、財とサービスの物価の動きをみてみますと、「財」物価についてはマイナス幅が徐々に縮り、ほぼゼロ近傍となっています(図表14)。一方、サービス物価の動きは2003年度の診療代引き上げ等による上昇を除くと、最近はほぼゼロ近傍を上下しております。こうした動きを海外と比較しますと、「財」については、底の時期は異なりますが、ほぼ海外も似たような動きとなっております。「財」については、その下落は中国に代表されるように、グローバルな市場を意識した、低コストでかつ大量の生産拠点が出現したことがその背景にありますが11、景気回復とともに、内外ともに下落幅が縮小していることがみてとれます。他方、「サービス」については、海外は日本に比べてかなり上昇率が高く、総合指数でみたインフレ率の違いも「サービス」にあることがわかります。

 「サービス」は非貿易財の要素が強く、消費地の制度の違いや消費者の嗜好など、各国独自の要素が働きやすいといえますが、サービスは製造業に比べて労働集約的であって、物価動向は賃金によって影響を受けやすいといわれています。実際、サービス賃金の上昇率は欧米の方が日本に比べてかなり高いことがわかります(図表15)。また、海外では、サービス価格の上昇率と賃金の上昇率とに大きなギャップは見受けられません。他方、わが国では、先ほども指摘しましたとおり非製造業(特にサービス業)の賃金の低下が顕著であるとともにサービス価格とのギャップがかなり大きくなっています。日本においては規制緩和・グローバル化に対する構造調整が遅れており、サービス業の低収益の改善を賃金の調整で行い、結果的に賃金の動きとサービス価格の動きがここにきて拡大してきたということだと思います。海外のように、サービス価格が上昇するようになるには、そういった構造調整が終わって、賃金が下げ止まることがまず必要だということだと思います。

 他方、規制緩和・競争激化が価格の低下となって現れているのが公共サービスです。そこで項目として公共料金だけを別にとりだして物価の動きをみてみたいと思います。ここでは固定電話通信料等「公共サービス」と、「財」の中に含まれる「電気・都市ガス・水道」を合計して、「広義公共サービス」と分類します。それと「それ以外の財(除く、生鮮食品)とサービス」の物価の前年比の推移をみますと、「広義公共サービス」は9か月連続でマイナスとなっており、足許、マイナス幅が拡大している一方、「それ以外の財(除く、生鮮食品)とサービス」では、12月まで4か月連続してプラスとなっています(図表16)。消費者物価総合の動き(図表12)に比べて、「広義公共サービス」を除いた物価では着実にデフレ12が解消されてきていることが見て取れます。

 さて、この「広義公共サービス」についてですが、わが国においては、構造改革による競争原理の導入や公的機関の努力もあり、電力料金、都市ガス料金、電話料金等を中心に引き下げられております(図表17、図表18)。他方、海外では、上昇しており、ここにも違いがみられます。

 それでは、こうしたわが国の公共料金の水準は、世界的に見てどうなのでしょうか。ここでわが国の公共料金の欧米諸国との内外価格差をみてみますと、電気料金、ガス料金が欧米諸国と比べて総じて割高です(図表19)。内外価格差をみる際には、為替レートの変動に大きく左右されること、料金体系やサービスの質、補助金の有無などが国によって違うことに留意する必要があります。ただ、今なお海外に比べて割高なものが多数残っていることを考えれば、「広義公共サービス」の物価の引き下げは一時的要因というよりも、今後も規制緩和のもとで基調的には持続する可能性があると捉えておいた方がよいように思われます。

 しかしながら、こうした物価の下落は構造改革の成果であり、国民経済にとってはプラスの動きです。日本政府は対内直接投資を促進することを政策目標の一つに掲げています13が、このようなインフラコストの低下はそれを促進することに貢献します。ただ、消費者物価という概念でみれば、その他の財・サービスの物価上昇がその下落よりも大きくなければ全体として物価が下落することには変わりありません。

 実際、その他の財・サービスの価格については、需給ギャップが次第に縮小しつつあっても、実質賃金ギャップ(=実質賃金の労働生産性からの乖離率=ユニットレーバーコストの物価水準からの乖離率)の改善はあまり期待できないため(図表10(3))、GDPギャップに比べて物価が上昇しにくい状況がかなり続く可能性も否定できません14。つまり、景気が回復を続けても、総合でみた消費者物価が上昇しにくい状況が続く可能性があると考えられます。

(3)物価と金融政策

 日本銀行法15にも定められているとおり、金融政策を運営する上で、「物価の安定」が重要な地位を占めていることはいうまでもありません。物価の安定が保たれていれば、家計や企業等のさまざまな経済主体が、物価の変動に煩わされることなく、消費や投資などの経済活動にかかる意思決定を行うことができます16。グリーンスパンFRB議長は「物価の安定」の定義を、「経済主体が意思決定を行うに当たり、将来の一般物価水準の変動を気にかけなくてもよい状態」と表現していますが、「具体的な水準はどこか」と問われて、「インフレ率が正確に測れるならば、ゼロである」と答えています17。プール・セントルイス連銀総裁もそのような考え方に賛成しています18。私も物価の安定を数値で問われたら、「理念的には物価上昇率がゼロ%」と答えるでしょう。物価が変動すると、メニューを書き換えなければならないといった資源の無駄遣い、相対価格の変動が不必要に大きくなるため相対価格がもつシグナル効果の低下、価格変動の不確実性がもたらすリスク・プレミアム、税制を通じる歪みの発生などによって、資源配分の効率性が損なわれることになるからです19

 もっとも、理念上のゼロインフレを実際の物価指数に当てはめることは容易ではありません。物価指数の選択の難しさに加え、物価指数には様々なバイアスがあり20、かつその幅が変動する可能性があること21から、バイアスをある一定の数値に決めその大きさをもって、ある物価指数による数字上の物価安定の定義とできるわけではありません。つまり、物価の安定についての理念上の概念と実際の物価指数とを常に具体的な特定の「数字」でもって関連付けることはできません。また、ゼロ金利制約、名目賃金の下方硬直性や債務契約の硬直性などの存在が物価下落特有のコストをもたらす可能性があることなどから、デフレに陥らないためにインフレ率を若干プラスにしておく方が望ましいという議論もありますが、これについてもデフレのコストは経済状況に応じて変化しますし、「のりしろ」としてある適当な値を導くことが必ずしも常にできるわけではありません22

 現在、私どもは「量的緩和政策」23という金融政策を採っております。そしてこの政策を採用した2001年3月の時点で、この政策を「消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続する」と約束しました。
 この約束では、量的緩和政策の解除条件として、消費者物価のみ明示的な条件を設定しています。金融政策を考える際、当然、物価だけではなく金融経済情勢をまんべんなくチェックしています。物価についても先ほど指摘しましたように見ているのは消費者物価だけではありません。したがって、消費者物価指数の「数字」だけを用いて機械的に判断できるものではありません。仮にそうしたことで金融政策を運営したならば、バブル期は金融引き締めの転換はさらに遅れていたでしょうし、逆にバブル崩壊期は、金融緩和への転換が遅れていたでしょう。もっとも、量的緩和政策を続けるのは消費者物価上昇率が安定的にゼロ%以上となるまでと約束していますので、人々の関心がとりわけ消費者物価の動向とその具体的数字に必要以上に向くようにしてしまいました。そして市場での量的緩和政策の解除をめぐる議論を見聞きしていますと、数字上の必要条件は文字通りのゼロではなくそれよりも高いという受け止め方がかなりあるように思います。

 私どもは2003年10月に、「消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上」ということについて、数字としては、消費者物価対前年比が、実績では数か月均してみてゼロ%以上、先行きについては政策委員の多くの見通しがゼロ%を超えるということを必要条件にしましたが24、私が約束は守ると申し上げている「数字」上の意味は、文字通りゼロが基準です。書かれている文字以上でも以下でもありません。

 先ほど、消費者物価を「広義公共サービス」とそれ以外に分けてそれらの動きをみてみましたが、消費者物価指数は総合では小幅のマイナスが続く一方で、「広義公共サービス」を除くと、消費者物価はここ数か月上昇していることが示されました。今後も「広義公共サービス」価格の下落が継続するとなると、景気が回復し、「広義公共サービス」を除いた物価は上昇したとしても全体では消費者物価がゼロ近傍に止まる可能性は排除できません。

 総合指数ではようやく必要条件を満たしたという状況でも、公共サービスを除くと物価はもっと上昇している可能性もありますので、物価の必要条件は最低限にしておき、あとは持続的な景気回復が見込めるかどうかという点を中心にして、総合判断で量的緩和政策を解除するかどうか決めた方が望ましいと考えています。そのような対応の仕方の方が、解除が早すぎたり、遅くなりすぎることを避けられ、解除時期の決定もその後の政策運営も余裕をもって行うことが可能になると思っています。また、状況が変われば機動的に対応することもできます。

(4)今後の金融市場調節方針

 私どもは、現在、日本銀行にある金融機関の当座預金残高が30~35兆円程度となるように金融市場調節を行っております。これは所要準備額の約5倍の金額です。この「量的緩和政策」を私なりに敢えて「量」の効果と「金利」の効果に分けて評価しますと、潤沢な資金供給という「量」によってもたらされた金融システムの安定化により、信用収縮に伴うデフレスパイラルを回避させたと思います。また、「金利」については、量的緩和政策移行前からほぼゼロ金利にあったため、金利効果を発揮させるには、ゼロ金利が継続する期間にコミットし、それを通じてイールドカーブ全体を低位安定化させる「時間軸効果」(量的緩和政策のもとでのゼロ金利がいつまで続くかについての人々の期待形成を通じる効果)が有効であったと思います25。ただ長い期間にわたる超低金利は、所得分配への影響を無視できない大きさにしてきていますし、効率的資源配分へのシグナルとしての金利の役割を低下させていることも否めません。このような副作用もありますが、景気回復がより明確なものになり、約束どおり消費者物価の対前年比が安定的にゼロ%以上になるまで、量をターゲットとして潤沢に資金を供給し、結果的にオーバーナイト金利をほぼゼロとする現在の政策を粘り強く続けていきたいと思っています。

 ただ、金融調節の舞台である短期金融市場に焦点を当てますと、最近、市場機能の低下はより顕著となっています。金融システム不安の後退等により金融機関の当座預金ニーズが減退していますし、タームものについてもしばしば金利が0.001%に低下するようになりました。それに伴い私どもが行う資金供給オペに対するニーズも減退しています。最初に、このような現象が生じている背景について、よく考える必要があります。金融機関の流動性需要が着実に減退していることは、不良債権の減少を背景に、金融システム問題が改善に向かっていることを反映しています。金融システム問題の解決はわが国の経済にとって過去10年以上に亘る課題であったことを考えると、最近における札割れの発生は、金融機関が最早従来ほどには流動性を必要としないというサインを送っていることを意味しているのではないでしょうか。その意味では、最近の札割れの発生は、それ自体としては望ましい方向への変化です。そうした基本認識をもったうえで、従来と同様の大量の流動性を供給することが適当か、また可能かというのが現在問われている問題です。こうした状況下、日本銀行としては、オペ期間の長期化26や市場ニーズに合わせた機動的なオペの実施といった様々な工夫により、自らが定めた当座預金残高目標を維持しております。ただ、結果として短期金融市場における長めの金利を潰してしまったり、当座預金残高目標維持のためには資金供給オペを頻繁に実施しなければならないのを見越して、金融機関側がオペへの応札を手控えたりするため、札割れが頻繁に起こっています。

 残高目標達成がむずかしいのであれば、「長期国債の買い入れを増額すれば良いのではないか」、という声も聞こえてきそうです。確かに、過去の局面では、「資金供給を円滑に行うため、長期国債の買い入れを増額する」という手段をとったのも事実です。もっとも、金融機関では最早従来ほどには流動性を必要とせず、金融機関側がオペの取捨選択をしているといわれるような現状では、長期国債買い入れオペ自体が札割れすることはないとしても、その分、その他のオペの入り具合が悪化することが考えられ、根本的な解決策にはならないのではないかと思います。さらに、中央銀行のバランスシート上、流動性負債(日本銀行券、日銀当座預金残高)に比べ、長期の資産を持ちすぎると、流動性を吸収する正常化の過程で、長期の資産を売却せねばならず、市場への影響等を勘案すれば調整を難しくする可能性があると考えています。

 このようなオペ環境に対して、量的緩和政策の枠組みのもとで当座預金残高の引き下げを行えば良いとの考え方もあります。ただ、当座預金残高の引き下げといっても、大きく二つの考え方があると思います。一つは、これまでの当座預金残高目標の引き上げに際しては、金融システム不安に伴う資金需要増も一つの理由であったことから、ペイオフ完全解禁後、資金需要の減少に対して、当座預金残高目標の引き下げで対応してもよいのではないかといった考え方です。もう一つは、現在の当座預金残高目標の維持を図りつつも、オペによる資金供給が難しくなった時に、一時的に当座預金残高が目標を下回ることを認めるという考え方です。

 一つ目の考え方については、当座預金残高目標の引き下げは、潤沢な資金供給を限界的に減らす技術的なものであることを理解してもらう必要があります。実際、国内の短期市場の関係者からは「多少当座預金残高目標が引き下げられても、なお所要準備比じゃぶじゃぶの資金供給は継続されるため、過剰反応を起こすようなことは考え難い」との声が聞こえてきます。ただ、これまで当座預金残高目標の引き上げについて、金融市場の安定確保とそれを通じた景気回復を支援する効果を念頭においた「金融緩和である」という説明を行ってきたこともあり、目標の減額の可否については、減額に対する内外市場や国民の受け止め方と市場機能の改善の程度を比較考量する必要があります。その大小関係はそのときどきの経済・金融環境などによって異なってくると考えています。

 一方、二つ目の考え方ですが、当座預金残高目標を維持した上での、まさに技術的な対応です。最近の資金需給動向をみますと、金融機関の当座預金ニーズが減退している中で、国債発行の増加や税収の増加といった政府の要因で日々の振れが過去に比べて大きくなっています(図表20)。資金余剰感が増大しているもとでのこうした状況を勘案して、オペによる資金供給が難しくなった時に、資金需給の振れに伴う一時的な目標レンジ割れを認めるという対応です。これまでやってきたオペの工夫にも限界がありますので、オペ・ニーズの減退が持続するようであれば、少なくともこのような技術的な対応が必要になるかもしれません。

 本日の話でおわかりいただけたと思いますが、景気が回復しても、サービス価格、とりわけ公共サービス価格の今後の動きを想定すると、総合指数でみた消費者物価がなかなか上昇し難い状況が続く可能性があります。こうした中で、金融機関が望む以上の資金供給を維持し続けることに伴う資産価格形成の歪みなど副作用を最小限に食い止めるためにも、量的緩和政策の解除にかかる物価についての計数上の必要条件は文字通りのものとし、金融経済状況に応じて柔軟に政策対応ができる環境にしておく必要があると思います。もちろん言うまでもありませんが、必要条件が満たされ、景気の回復に自信が持てるまでは量的緩和政策を粘り強く続けたいと思っています。

  1. 11詳しくは、森本喜和・平田渉・加藤涼、「世界的なディスインフレ」、『日本銀行調査月報』、2003年5月号をご参照ください。
  2. 12デフレの定義については、(1)不況、景気後退をさす場合、(2)物価下落を伴った景気の低迷をさす場合、(3)景気の状況にかかわらず物価の下落をさす場合、(4)物価下落のうち需給緩和による部分のみをさす場合、等がありますが、政府は、2001年3月の「月例経済報告」で、「デフレ」を「持続的な物価下落」と定義しました。また、国際通貨基金(IMF)では「デフレ」を「2年以上物価が継続的に下落していく現象」としています。
  3. 131月21日に閣議決定された「構造改革と経済財政の中期展望−2004年度改定」の「4.構造改革への更なる取組」において、「対日直接投資を促進する」と謳われています。
  4. 14詳しくは、木村武・古賀麻衣子、「経済変動と3つのギャップ──GDPギャップ、実質金利ギャップ、実質賃金ギャップ──」、『日銀レビュー』、2005-J-3(2005年2月)をご参照ください。
  5. 15日本銀行法第2条では、「通貨及び金融の調節の理念」として、「日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする。」と定められています。
  6. 16詳しくは、『「物価の安定」についての考え方』日本銀行(2000年10月)をご参照ください。
  7. 171996年7月に行われたFOMCの議事録の51ページをご参照ください。
  8. 18詳しくは、Poole, W.(2004) "FOMC Transparency"をご参照ください。
  9. 19詳しくは、白川方明・門間一夫、(第3回物価に関する研究会報告資料)「物価の安定を巡る論点整理」(2001年10月)および白塚重典、「望ましい物価上昇率とは何か?:物価の安定のメリットに関する理論的・実証的議論の整理」、日本銀行金融研究所『金融研究』第20巻第1号(2001年1月発行)をご参照ください。
  10. 20品質調整の諸問題については、早川英男・吉田知生、「物価指数を巡る概念的諸問題——ミクロ経済学的検討——」、日本銀行『調査統計局ワーキングペーパーシリーズ』、Working Paper 01-5(2001年5月)をご参照ください。
  11. 21消費者物価作成部局の総務省は消費者物価指数のバイアスを少しでも取り除く努力を続けており、基準改定を5年ごとに行うだけでなく、その中間年の2003年1月に、指数の精度維持・向上等の観点から、品目の追加(パソコン用プリンタとインターネット接続料)と品目内の変更(デジタルカメラの価格変動を反映させる措置)を行っています。
  12. 22デフレのコストが最近低下していることについては、須田美矢子「日本経済の現状・先行きと構造調整」(山口県金融経済懇談会における挨拶要旨<2004年10月6日>)をご参照ください。また、(図表13)「インフレ率とCPI加重標準偏差の推移(1971年~2004年)」は、個別の名目価格はデフレのもとでも伸縮的であり、資源配分のシグナルとしても機能している可能性を示唆しています。
  13. 232001年3月、金融市場調節の主たる目標を、それまでの「金利(無担保コールレート・オーバーナイト物)」から、「資金量(日本銀行当座預金残高)」に変更しました。この新しい金融市場調節方式の下では、「日本銀行当座預金残高が○兆円となるよう金融市場調節を行う」といったかたちで金融市場調節方針が定められることになりました。
  14. 242003年10月に量的緩和政策継続のコミットメントを明確化しました。具体的には以下のとおりです。日本銀行は、金融政策面から日本経済の持続的な経済成長のための基盤を整備するため、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品。以下略)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、量的緩和政策を継続することを約束している。日本銀行としては、このコミットメントについては以下のように考えている。
    1.  第1に、直近公表の消費者物価指数の前年比上昇率が、単月でゼロ%以上となるだけでなく、基調的な動きとしてゼロ%以上であると判断できることが必要である(具体的には数か月均してみて確認する)。
    2.  第2に、消費者物価指数の前年比上昇率が、先行き再びマイナスとなると見込まれないことが必要である。この点は、「展望レポート」における記述や政策委員の見通し等により、明らかにしていくこととする。具体的には、政策委員の多くが、見通し期間において、消費者物価指数の前年比上昇率がゼロ%を超える見通しを有していることが必要である。
    3. こうした条件は必要条件であって、これが満たされたとしても、経済・物価情勢によっては、量的緩和政策を継続することが適当であると判断する場合も考えられる。
  15. 25詳しくは、須田美矢子「量的緩和強化に副作用」日本経済新聞『経済教室』(2004年4月2日)をご参照ください。また、「経済・物価情勢の展望(2003年10月)」の【背景説明】(2003年11月4日公表)では、「量的緩和政策のもとでの潤沢な資金供給は、流動性懸念の払拭や長めの金利も含めた金利や信用スプレッドの低位での推移など金融市場の安定や緩和的な企業金融の環境を維持することに寄与し、実体経済に対してしっかりとした下支え効果を発揮している。」としています。
  16. 262001年第1四半期に2か月程度であった短期資金供給オペの期間の平均は、2004年第4四半期には5か月程度まで長期化しています。

4.おわりに

 最後に、函館で金融経済懇談会を開催するにあたって、道南の経済についての事前の勉強等を通じて、いくつか感じたことをお話したいと思います。

 道南経済の現状を見ると、主力産業である観光については、直行チャーター便の就航等もあり、アジアからの観光客は大幅に増加しているものの、主力の国内ツアー客は、定期航空機減便や沖縄をはじめとする南ブームの影響から減少しています。観光については、わが国の各地で観光客の誘致合戦が繰り広げられておりますが、国内のツアー客の奪い合いではなく、海外からの観光客の誘致等新しい需要を喚起しなければ、「歴史ある港町」函館をはじめ観光資源の豊富な北海道といえども「ブーム」に左右され、苦戦を強いられるというのは、皆様がこれまでお感じのとおりだと思います。

 他方、地場のもう一つの主力産業である漁業や農業水産物加工業を核として産業構造を変革することが考えられます。これまでの漁業や農業は産業であるという意識が足りなかったと思っています。しかし農漁業は食品加工業だけではなく、バイオや観光といった分野にまで波及効果を及ぼすことができる産業です。また、私ども消費者は、多少のコストを払っても、「食」については「品質」や「安全」を求めます。こうした消費者のニーズをビビッドに捉え、それを生産・流通に結びつけるためには、企業経営の観点が欠かせません。また規模の経済を発揮させるために大規模経営化も必要だと思っています。研究・開発という未来への投資と働き手の収入の安定のためにも他産業との連携も積極的にやっていただきたいと思います。もちろん、「規制があってなかなか難しい」という声も聞かれますが、農漁業を地場の「主力産業」に据え、豊かな街に発展させるためには、自ら肌で感じていることをもとに規制緩和を働きかけていかなければ、担い手の高齢化という波にのまれてしまうのではないでしょうか。

 北海道の一人当たり道民所得(2001年度、278万円)は、残念ながら全国平均を5%程度下回っていますが、北海道には、新鮮で安全な食べ物、自然の豊かさなど、フローの収入金額では表せない豊かさがあります。今、私が申し上げたようなことは一つの個人的な思いに過ぎませんが、「私どもにとって本当の豊かさとは何か」、「私どもが子供に残せる本当の財産は何か」といった観点から、これからも北海道の持つ真の豊かさを大切にしていただきたいと願っております。

 私の話はこのくらいにしまして挨拶とさせていただき、皆様方との意見交換に移らせていただきたいと存じます。ご清聴いただきまして、誠にありがとうございました。

以上