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いま、なぜ金融教育か

2005年7月9日、経済教育サミットにおける福井総裁講演要旨

2005年7月12日
日本銀行

 日本銀行の福井でございます。本日は、「経済教育サミット」にお招きいただき、誠に光栄に存じます。経済や金融の教育にご造詣の深い内外の専門家が集まり、この分野の課題等について活発に意見交換をする場が設けられたことは、誠に時宜にかなった意義深いことだと思います。折角の機会をいただきましたので、私からも、こうした問題、特に金融教育の重要性について、日頃考えているところを申し上げてみたいと思います。

 それにしても、いま、なぜ金融教育か、と皆さん思っておられることでしょう。この点は、今しがたの竹中大臣、伊藤大臣のお話に尽きている訳ですが、私なりの言葉で表現しますと、「時代がそれを求めているから」というのが、最も簡潔な答えになると思います。

 私達は、日々何か素晴らしいことを実現しようとして活動しています。つまり「夢」を追い求めています。そして、私達の日常の活動とお金とは切っても切り離せない関係にあります。言い換えれば「夢」の実現とお金とは切っても切り離せない関係にあるということになります。ところが、今日の日本においては、私達の一人一人が何か新しいことに挑戦しないと「夢」を追えない時代となっています。その最前線のところでお金に十分働いてもらわなければなりません。その意味で、お金は益々高度な役割を果たそうとしています。となると、「夢」を追う私達としては、お金についての知識を相当深めていく必要があります。

 物々交換の時代を卒業して、お金が私達の経済活動を媒介する時代を迎え、信用経済の時代に入ってから、人類の歴史としては既に久しいものがあります。お金は信用の塊、これは今では常識です。人々は、次のように信じています。

  1. イ.自分の持っている大切なものを手放してお金に代えても、そのお金は価値をきちんと保全し、次に必要なものを手に入れる時に役立ってくれる。
  2. ロ.代金を小切手や手形で受け取っても間違いなく決済される。また、クレジットカードやインターネットを通じて代金の授受をしても間違いなく決済される。
  3. ハ.日本銀行の発行するお札は、安心して使える。

 では、お金が今後、一層高度な役割を果たすとは、どういうことでしょうか?まず、お金が果たす次のような役割は、今後とも変りようがないと思います。

  1. イ.将来の生活のために蓄えの役割を果たす。
  2. ロ.日常生活のために必要なものを手に入れるために使われる。
  3. ハ.企業の原材料の仕入れ、設備投資のために使われる。

 しかし、例えば最近の日本において企業の行動を観察すると、今まで作っていたものを外国の企業が作る、ないし自ら作るとしても海外で作るようになり、そのためのお金は国内では必要がなくなっています。その一方で、日本の企業は、国内で、技術開発や知識創造を進め、今までにない新しいものやサービスをどんどん作り出すようになっています。こうしたことのためにお金を使う場合、お金の出し手が新しい事業に「夢」を共有し、今までよりも多くのリスクを引き取ってくれることが必要となります。

 先進国の経済は、厳しい競争の時代に入っています。経済のグローバル化やITの目覚ましい発達が、時間や空間の壁を低くすることを通じて、競争を激化させています。今しがた海外との新しい分業関係についてお話しましたが、国内でも、ある地域で成立していた伝統的な企業が急に競争力を失ってしまうかと思えば、一方で新しい企業が斬新な事業戦略をもって参入してくる、ということが観察されます。

 それだけ新陳代謝の激しい時代に入った訳で、企業経営にとっての不確実性はますます増大しています。それだけに企業経営者としても、事業の価値が人々に共感されるものであること、そして、その事業を取り巻く様々なリスクを見極める高い見識と、それらのリスクをお金の出し手に引き取ってもらうための金融手段に関する高度な知識、適切なタイミングを捉えて資金調達を行う才覚などがより強く求められるようになっている、といえましょう。

 お金の出し手の方から見ましても、事業の価値やリスクを正しく評価することが、これまでに較べ、格段に難しくなっています。新しい金融の技術や仕組みが開発されて、事業価値やリスクの評価をより容易にしていくことが望まれます。

 実際には、お金の出し手に対し、株式のほか、次の通り、事業の価値やリスクを分解・整理し、取引し易い形に組成した様々な金融商品が提供されるようになっています。

  1. イ.投資信託
  2. ロ.保険商品
  3. ハ.年金商品
  4. 二.各種のファンド
  5. ホ.外貨建て金融商品
  6. ヘ.リスクヘッジのための金融商品

 信用とリスクは裏腹、価値とリスクは背中合わせである訳で、この価値とリスクを客観的に評価し、それぞれを分解して組み合わせたものが、様々な金融商品としてお金の出し手に提供される、そういう傾向がこれから益々強まることでしょう。

 経済が、厳しい競争環境の中にあっても健全な発展を続け、人々の生活を豊かにしていくためには、その原動力である、最先端を切り拓く企業を、お金の出し手の方からいかに選別して応援していくか、ということが大変重要になってきています。つまり、家計を含む投資家が、様々な金融商品の選択を通じて、適切な貯蓄・投資行動を行うことにより、そうした企業をうまく選び、事業のリスクの一部を負担しながら金融面から応援していくことが、従来以上に大事な鍵を握っています。

 少し大げさにいえば、人々の日々の金融活動が、将来の日本経済発展の進路を決定し、それによって人々の将来の豊かさが決まってくるということです。健全に発展する企業をうまく選び、金融面からしっかりと応援していけば、われわれの将来はより豊かになります。逆にそれがうまくいかなければ、日本経済の将来は平凡なものとなり、人々が受け取る経済発展の果実も平凡なものとなりましょう。

 「夢」の実現のためには、お金を眠らせないで、出来るだけ最先端の働き場所へ送り出すことが大切です。そのために大切なこととしては、第一に、プロの金融機関が、優れた金融商品を作り出すとともに、価値やリスクの評価を誠実に顧客に示して、受託者責任を果たすこと、第二に、お金の出し手が広い経済金融知識を身につけること、を挙げることが出来ます。

 以上は、技術進歩をみんなが「夢」の実現のために如何に使っていくかという善意の世界のストーリーですが、技術進歩の裏では最近悪意の世界も拡がっています。偽札や偽造カードの問題もこれに該当します。これらは、信用経済、いわば社会そのものの基盤を掘り崩すものです。「被害を被っても誰かが補償してくれれば良い」とのみ考えることはあまりに安易ではないでしょうか。皆で社会を守る、そのための責任を分担する、という厳然たる規律が求められています。

 以上申し述べた通り、金融教育は突き詰めていえば、「新しい社会を作り出す」という大きな時代の要請を背景としつつ、これから一生付き合うことになるお金とどういう関係を築くかを、個々人がよく考える、ということだと思います。

 人はお金と関係して絶えずいろいろな意思決定をしています。その際、プロの意見を聞くことも大切ですが、どれだけ自らの責任で主体的に、その意思決定に関われるかが重要だと思います。平たく言えば、こんな風にお金を使うことに自分で意味を見出せるか、これでよかったか、いつも自分で考えてみることだと思います。自らの意思や「夢」を乗せてお金を使うようにすれば、世の中の動きがよく見えるようになって、世の中と自分との一体感が強まり、それだけその人の生活において豊かさと満足感が高まります。そしてそれは社会に対する意思表示となって、将来の社会の姿も変えていくことにつながると思います。

 金融教育はそうした意思決定に関する判断基準や価値観を磨くためのお手伝いをするものだと思います。一人一人がその能力や感性を最大限活かして築かれる社会。金融教育はそんな時代の遠大なテーマの一端をその背中に負っているのだと私は思っています。そうであってみれば、金融教育は決して成人だけを対象としたものにとどまりません。むしろこれからの時代を担う若者にとってより大きな意味があると思います。

 日本銀行に事務局をおく金融広報中央委員会は、金融教育に関し長い歴史を持っていますが、本年度は「金融教育元年」との位置づけのもと、とくに学校教育を中心に新たな施策を次々に実行しようとしています。学校で行われた金融教育実践事例の紹介、市民も参加した学校での金融教育公開授業の全国展開、金融教育をテーマとした大規模なフェスティバルの開催、児童・生徒を対象とした意識・知識調査の実施などです。

 日本銀行はこうした活動を積極的にサポートしていきますが、併せて日本銀行自身としても、今年度は学生を対象として金融経済をテーマとしたコンテストを実施したいと思っています。若い人たちが将来をしっかり見据え、それに向って今何を成すべきかを自分の力で考えてもらおうという企画です。多くの若者がこのイベントに参加し、熱く将来を語ってくれることを期待しています。

 本日の会議が、以上申し上げました点も含め、さまざまな面で実りあるものとなっていくことを強く期待しまして、私の話を終わらせて頂きます。ご静聴誠に有難うございました。

以上