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金融高度化セミナー「リスク管理高度化と金融機関経営」における福井総裁挨拶要旨

2005年 9月 9日
日本銀行

 福井でございます。

 皆様、本日は、金融高度化センター主催のセミナーに、全国各地から、多数ご参加いただき、真にありがとうございます。私どもでは、去る7月8日に組織改編を行い、旧信用機構局と旧考査局を統合して「金融機構局」という新しい局を設けるとともに、その中に、「金融高度化センター」を設置しました。本日のセミナーは、同センターが主催する初めての公開セミナーであり、私から一言ご挨拶させていただきます。

 わが国の金融界は、バブル崩壊以降10年以上にわたり、「金融システムの健全化」という課題に取り組んできました。金融機関、企業はもとより、政府、日本銀行も含め、まさに国をあげた取り組みが効を奏し、漸く、わが国の金融システムは健全性・安定性を回復したと言える状況へと改善をみました。本年4月のペイオフ全面解禁を、大きな混乱なく実施できたことも、そのひとつの証左だと言えましょう。

 こうした金融システムの安定性回復を踏まえ、日本銀行は、金融システム面での政策運営の舵を、従来の「危機管理重視」から、「公正な競争を通じて金融の高度化を支援していく」方向へと切り替える必要があると判断いたしました。ここで私からは、今後、金融の高度化が必要とされる背景について述べたいと思います。

 1990年代以降、世界の経済構造は、グローバル化やITの発達、先進国を中心とした高齢化の進展など、著しい変容を遂げてきました。経済構造の変化に応じて、金融機関の顧客である企業や家計の金融ニーズも進化を続けています。今後、金融機関は、企業の創造的な活動や、家計における豊かさの追求を、金融面からしっかりとサポートしていけるよう、金融仲介機能を高め、金融サービスを磨き上げていかねばなりません。そして、より良い金融サービスの提供によって、金融機関自身が安定的に収益を確保していく必要があります。そのために基本となるのは、金融機関のリスク管理や経営管理の高度化と、それに基づいた金融サービスの向上——すなわち金融の高度化、だと思います。

 金融の高度化というと何か特別のことに聞こえるかもしれません。しかし、それは基本的には、メーカーやサービス業がそれぞれの業務特性に応じて行っている取り組みと同列のものに他なりません。例えば、メーカーでは、個々の商品価格を決めるに際し、コストの面では、人件費や物件費のほか、不良品率、さらには為替相場の変動リスクなど様々なリスクをも考慮して、適切な価格に設定するよう努めています。また、複数の事業を展開している企業では、事業毎に投下した資本に対してどれだけの収益を生み出しているかを評価し、収益性の高い事業に、より多くの経営資源を投入するような経営管理を行っています。そうした下で、顧客ニーズの変化に即した新しい商品を逸早く創造するために、研究開発費や人材などの経営資源の戦略的な投入に努めています。

 金融機関が、企業や家計によりよいサービスを継続的に提供するためには、メーカーやサービス業と同様に、金融サービス提供に伴うコスト・リスクと採算を的確に管理する必要があることは言うまでもありません。そのためには、様々な金融資産のリスク量を計測したり、それを統合して金融機関全体のリスクを把握することが大変重要になります。この点、各種のリスク計量化や統合リスク管理といった管理手法は、債務者の信用状況の定性的な審査や内部統制などの重要性を否定するものではありません。その本質的な意味合いは、あくまでリスクの所在や大きさなどを客観的・明示的に示すことによって、より適切な経営判断をサポートすることにあります。また、先端的なリスク管理手法は、リスクテイクやイノベーションなどの前向きな金融活動の支援にも役立ち得るものです。例えば、リスク量と自己資本の関係が適切に把握できれば、あとどれだけの追加的なリスクを無理なく取れるのか、がわかります。さらに、各種の証券化事例が典型的に示すように、リスクの評価・加工技術は、顧客ニーズを充足するための新たな金融サービスの開発を促してきています。金融工学の発達とともに、リスク量の計測技術やコントロール手法が近年めざましい進歩を遂げている現在、私どもでは、先端的な金融技術の研究・開発やセミナーの開催を通じて、民間金融機関における金融高度化の進展をしっかりとサポートしていきたいと考えています。

 また、本日は、地域金融機関の方々も多数ご出席頂いていますが、中には、金融の高度化は、地域金融機関とは縁遠いことと受け止めている方もおられるかもしれません。しかし、金融の高度化は、いわゆるリレーションシップ・バンキングと矛盾したり、対極にあるものでは決してありません。顧客ベースや営業地域の相違によって各金融機関のビジネスモデルが異なるのは当然のことですが、どのようなビジネスモデルを選択するにせよ、金融サービスの向上を図り、顧客ニーズにより的確に応えるとともに、金融機関自身も安定的に収益をあげていくことは、多くの民間金融機関にとって共通の目標であるはずです。この目標を達成するには、結局のところ、リスク管理や経営管理を高度化することによって、経営資源を有効に使っていくことが鍵になると思います。といっても、ある金融機関で成功している先進的なリスク管理手法が、そのままですべての金融機関にとって最適な手段となるとは限りません。先進的なリスク管理手法のエッセンスを学び取りながら、それを地域金融機関の実情にあわせ、如何に上手く活用していくべきか、その点についての知恵を絞ることも、金融高度化に向けての極めて重要な取り組みであると考えております。

 既に申し上げましたとおり、わが国金融システムの安定性回復に伴い、金融ビジネスを巡る潮目は大きく変わりつつあります。未来への大きな飛躍に向けて、わが国の金融機関が、新たなビジネスチャンスに積極果敢にチャレンジできる局面が到来しているというわけです。私どもとしましては、そうした皆様方の前向きな経営努力が実を結び、わが国金融界が、国内の経済活動への力強いサポートはもとより、国際金融の健全な発展にも再び大きく貢献していくことに強く期待したいと思います。

 日本銀行では、今後とも、考査やモニタリング、あるいは金融高度化センターのセミナー活動などを通じて、金融機関の金融高度化に向けた様々な取り組みを、精一杯支援して参る所存です。本日のセミナーが、その一助となれば幸いです。

 ご清聴ありがとうございました。

以上