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大阪経済4団体共催懇談会における総裁挨拶要旨

2005年 9月29日
日本銀行

[目次]

はじめに

 日本銀行の福井でございます。本日は、関西経済界を代表する皆様方とお話をする機会を頂き、大変嬉しく存じております。また、平素より、私どもの支店が大変お世話になっており、本席をお借りして厚くお礼申し上げます。

 本日、皆様方と意見交換を行わせて頂くに当たり、まず私から、最近の経済・物価情勢や金融政策運営に関する基本的な考え方などについて、お話したいと思います。

経済・物価の現状と先行き

 わが国経済は、昨年夏以降続いていた景気の「踊り場」から脱却し、回復を続けています。今回の景気拡大局面は、内閣府の景気基準日付によると、この9月で3年8ヶ月を経過し、戦後3番目の長さとなりました。先行きも、緩やかながら息の長い景気回復を続けていくとみています。

 実質GDP成長率をみますと、昨年は4~6月以降3四半期連続してほぼ横這いないし若干のマイナスで推移しましたが、本年に入ってからは、1~3月に前期比年率+5.8%と大きく増加した後、4~6月も+3.3%と高い伸びとなっています。

 こうした動きは、輸出が海外経済の拡大を背景に緩やかな増加を続けるもとで、設備投資、個人消費などの国内民間需要が予想以上に堅調に推移していることによるものです。すなわち、企業収益の好調さが次第に家計所得の面に波及し、それが個人消費の増加を通じて企業部門へフィードバックしてくるという前向きの相互作用がしっかりと働いています。こうしたもとで、生産も、IT関連分野における調整がほぼ一巡し、増加傾向にあります。

 今回の景気回復は、テンポは緩やかながら持続性が高く、当面、国内要因から後退局面に入る可能性は小さいように思われます。すなわち、企業部門では、過剰設備・過剰雇用などの調整がようやく終息し、その成果が収益の大幅な改善に表れています。法人企業統計によると、企業の経常利益は2002年度から3年連続で増加し、昨年度は利益金額、利益率いずれでみてもバブル期のピークを上回る水準に達しています。今年度も、4年連続での増益になると予想されており、企業業績の好調さを示しています。

 企業の高収益を背景に、設備投資は広範な業種にわたって着実に増加を続けています。収益やキャッシュ・フローが歴史的な高水準にあることと対比すると、設備投資は、現状なお控えめともいえます。こうした企業行動の慎重さが、緩やかで息の長い回復の背景にあります。しかしながら、今後景気回復が続き、企業の先行きに対する見方がより明るくなっていけば、企業価値最大化を意識しつつ、キャッシュ・フローを将来の収益源となる設備投資に振り向ける企業がさらに増えていくのではないかと思われます。企業部門の好調さについては、10月初に公表予定の9月短観の結果などで、しっかりと確認していきたいと考えています。

 次に、家計部門は、企業が過剰雇用の調整や人件費の抑制を進める中で、長らく厳しい状況に置かれてきましたが、このところ雇用・所得環境は着実に改善しています。雇用面では、昨年来、雇用者数の増加が続いており、とくに最近では、企業の雇用形態としても、リストラの過程で依存度の高まっていたパートタイマーがむしろ抑制され、フルタイム雇用者が増加するようになっています。また、賃金も、所定内給与が着実に増加しているほか、この夏のボーナスは、高い伸びとなっています。

 こうした雇用・所得環境の改善を背景として、個人消費は、全体として底固く推移しており、多少の振れを伴いながらも、増加基調にあります。自動車販売や百貨店売上高などの販売統計は、7、8月は総じてやや弱めとなりましたが、好調であった4~6月の反動という側面が強く、個人消費の増加基調に変化はないとみています。

 もちろん、景気の先行きを展望するうえで、リスク要因がない訳ではありません。高騰を続ける原油価格やそのもとでの米国など海外経済の動向には注意が必要だと思います。

 まず、原油価格は、ここ数年、高騰していましたが、8月末頃には既往ピークの水準に達しました。原油価格の上昇は、非産油国の実質購買力の低下を通じて、世界経済の減速につながるリスクがあります。ただ、世界経済は、これまでのところ順調な拡大を続けており、そうしたリスクは表面化していません。その理由としては、第1に、今回の高騰は、高成長を続けるエマージング諸国などの需要増が主たる原因であり、供給面の制約から生じている訳ではないことが挙げられます。また、第2に、もともと原油価格上昇は、非産油国の交易条件の悪化を通じて産油国に所得移転を生じさせ、これらの国で購買力増加につながることも指摘できます。問題は産油国が増加した所得をどう使うかということですが、例えば、日本の産油国向け輸出がこのところ増加していることなどをみても、産油国から非産油国へと所得が還流するメカニズムは相応に働いているように見受けられます。

 さらに重要なことは、今回は、原油高が全般的な消費者物価の上昇やインフレ心理の台頭につながっておらず、金融政策面で急速な引締めが行われていないことです。この背後には、物価安定を目指す各国の金融政策への信認が高まっていることや、エマージング諸国の市場参入で、安価な製品の供給力が高まっていることがあると考えられます。物価が安定し、緩和的な金融政策が維持されるもとで、長期金利は世界的に低位安定しています。この低金利環境が世界経済の成長の基礎となっており、例えば米国経済では、低いモーゲージ金利が住宅価格の上昇につながり、これが家計部門の支出を支える姿になっています。

 今後原油価格が高止まりした場合に、インフレ心理の台頭や急速な金融引締め、ひいては世界経済の減速につながることはないかを、注意深く見ていく必要があると思います。先月末に起こった米国でのハリケーンは、原油生産・精製設備に大きな被害をもたらしましたが、その影響もこうした大きな構図の中で捉えておく必要があると思います。

 次に、このような経済見通しを踏まえて、物価情勢についてお話します。まず、企業物価については、原油価格高騰の影響等から上昇を続けており、先行きについても、上昇傾向を辿るとみられます。

 消費者物価については、生鮮食品を除くいわゆるコア・ベースでみて、このところ前年比小幅のマイナスで推移しています。この先は、米価格の下落や電気・電話料金引き下げといった特殊要因の影響が剥落していく過程で、年末にかけてプラスに転じる可能性が高いとみています。その後も、潜在成長率を上回る成長が続くとみられ、需給ギャップは縮小を続けること、賃金面からも物価上昇圧力が高まる方向にあることなどを踏まえると、基調として、前年比上昇率は高まっていく方向にあると思います。

金融政策の運営

 以上のような経済・物価情勢の判断を前提として、金融政策運営の考え方をご説明したいと思います。

 日本銀行は、わが国経済が物価安定のもとで持続的な成長を実現するため、量的緩和政策を継続しています。この量的緩和政策の枠組みは、潤沢な流動性を金融市場に供給する「量」と、これを消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続する「約束」の2つの柱から構成されています。そのもとで、金融市場では、物価の先行き見通しをもとに、ある程度の期間、量的緩和政策が継続されるとの予想が形成され、市場金利が長めの金利を含めて低位安定的に推移してきました。

 このうち第1の柱である「量」の面では、潤沢な資金供給は、金融システムに対する不安感が強かった状況において、金融機関の予備的な流動性需要に応えることを通じ、金融市場の安定と緩和的な企業金融環境の維持に大きく貢献しました。その後、本年4月よりペイオフの全面解禁が行われるなど、金融システム不安は大きく後退し、量的緩和政策の持つ意味は、次第にゼロ金利に近付いてきています。現状では、量的緩和政策は、市場金利の安定を通じ、企業が引き続きコスト面で安定した資金調達を行うことを可能にするなど、緩和的な金融環境の維持に貢献しています。

 当面の金融政策運営については、消費者物価指数の前年比がなおマイナスで推移しているもとで、先ほど述べた「約束」に沿って量的緩和政策を堅持していく方針です。

 この「約束」は、2001年3月に量的緩和政策を採用した際に行ったものです。当時は、世界的なITバブルが崩壊し、総需要が落ち込んだ結果、景気は後退し、物価が下落していました。こうした中で、日本銀行は、ゼロ金利のもとでも何とか金融緩和効果を生み出すため、量的緩和政策の実施期間を現実の消費者物価指数と結び付けて判断するという異例の措置に踏み切りました。

 その後、2003年10月には、この「約束」の内容を明確化し、(1)消費者物価指数の前年比が「数ヵ月均してみてゼロ%以上で推移すること」、(2)「先行き再びマイナスに戻らないと見込まれること」を条件としました。この2つは解除の必要条件、すなわち、「これが満たされるまで続ける」という意味で堅固な「約束」です。同時に、この2つの条件は必要条件であるが十分条件ではなく、「満たされたら機械的に解除する」ものではない点も、当然のことですが明示しました。量的緩和政策の解除に当っては、これらの考え方に沿って経済・物価情勢を点検し、「消費者物価指数の前年比が安定的にゼロ%以上」になったといえるかどうか、言い換えれば、「約束」で示した条件が全体として満足されたかどうかを確認していくことになります。

 いつ量的緩和政策解除の判断ができるかは、もとより今後の経済・物価情勢次第ですが、先ほど述べたような見通しを前提にすると、2006年度にかけて、その可能性が次第に高まっていくと考えています。

 その際には、日々の金融調節における操作目標を日銀当座預金残高から短期の市場金利に戻すことになります。先ほども述べたように量的緩和政策が実態としてゼロ金利に近付いていることを考えると、政策枠組みの変更はそれ自体で、金融政策が不連続に変化することを意味するものではありません。金融政策の姿は、先行きの経済・物価情勢により左右されますが、4月の展望レポートで述べたように、経済がバランスのとれた持続的な成長過程を辿る中にあって、物価が反応しにくい状況が続いていくのであれば、引き続き緩和的な金融環境が維持されていくことになると考えています。

おわりに

 以上縷々申し述べましたが、日本経済は、「踊り場」局面を脱し、緩やかながら息の長い景気回復を続けています。日本銀行としては、引き続き金融政策面から民間の方々の前向きの努力を積極的にサポートし、物価安定のもとでの持続的な経済成長の実現に向けて、金融面からの支援を行っていきたいと思います。

 ご清聴ありがとうございました。

以上