ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 講演・挨拶等 2005年 > 最近の金融経済情勢について──群馬県金融経済懇談会における春英彦審議委員挨拶要旨

最近の金融経済情勢について

群馬県金融経済懇談会における春英彦審議委員挨拶要旨

2005年12月7日
日本銀行

[目次]

  1. 1.はじめに
  2. 2.景気・物価の現状と見通し
    1. (1)10月展望レポートの見通し
    2. (2)海外経済
    3. (3)国内経済
    4. (4)物価動向
    5. (5)金融面の動き
    6. (6)上振れ・下振れリスク
  3. 3.金融政策運営等の現状と見通し
    1. (1)量的緩和政策の仕組みと効果
    2. (2)今後の金融政策運営
    3. (3)金融システム面での日本銀行の取り組み
  4. 4.群馬県経済の現状と特徴的な動き
  5. 5.結び

1.はじめに

 本日は、ご多忙の中、群馬県の行政および経済界を代表される皆様方のご出席を賜わり、懇談の機会を得ましたことを大変、光栄に存じます。

 日頃は、福田支店長をはじめ日本銀行前橋支店が、金融・経済の調査等々で大変お世話になっております。前橋支店は、昨年末、設立60周年を迎えました。長年に亘って支店活動を継続できましたのも、地元の皆様のご支援・ご理解の賜物と感謝しております。厚くお礼申し上げますとともに、今後ともよろしくご指導を賜りますようお願い申し上げます。

 さて、本日は、まず私から最近の景気の現状や金融政策運営の状況などについてご報告し、その後、皆様方から当地の金融経済情勢や日本銀行の金融政策に対するご意見等をお聞かせ頂ければと存じます。

2.景気・物価の現状と見通し

(1)10月展望レポートの見通し

 日本銀行は、10月末、「経済・物価情勢の展望(2005年10月)」、通称「展望レポート」を公表しました。その中で景気の現状については「昨年後半以降続いてきた景気の『踊り場』を脱し、回復を続けている」とする一方、2005年度後半から2006年度までについては「(1%程度と推定される)潜在成長率を幾分上回るペースで、息の長い成長を続ける」と予想しました。その基本的なメカニズムとして想定しているのは、(1)海外経済が拡大基調を辿り、輸出の増加が続くこと、(2)企業収益の好調が続き、設備投資の増加が続くこと、(3)企業部門の好調が、賃金・雇用の増加、配当の増加や株価上昇を通じて家計部門に波及し、個人消費の回復が続くこと、(4)極めて緩和的な金融環境が民間需要を後押しすることの4点です。

 また、こうした経済の見通しのもとで、国内企業物価は「2005年度はやや大幅な上昇となり、2006年度は、そのテンポが鈍化するものの、上昇を続ける」、消費者物価(除く生鮮食品、以下、コアCPI)は「2005年度の前年比はゼロ近傍、2006年度はプラスになる」と予想しました。

 政策委員9人の見通しのうち、最大、最小を除いた「大勢見通し」で言えば、2005年度は、実質GDPが前年比+2.2%~+2.5%(中央値+2.2%)、国内企業物価指数が同+1.6%~+1.8%(同+1.7%)、コアCPIが同0.0%~+0.1%(同+0.1%)、2006年度は、実質GDPが同+1.6%~+2.2%(同+1.8%)、国内企業物価指数が同+0.5%~+0.8%(同+0.6%)、コアCPIが同+0.4~+0.6%(同+0.5%)となっています。

 日本経済は、バブル崩壊後、既に2回の景気回復を経験しましたが、この2回はそれぞれアジア金融危機や世界的なITバブル崩壊によって物価安定のもとでの持続的な成長過程に移行することなく終了しました。2002年1月に始まった今回3回目の景気回復は、この9月に44か月目を迎え、バブル後の最長記録を更新しています。これから述べますように、この緩やかながらも持続性のある今回の景気回復について、私は、海外経済が成長を続けることが前提ですが、今後も暫くは続き、日本経済を物価安定のもとでの持続的成長に導く可能性を持っているのではないかと期待しています。

(2)海外経済

 まず、輸出と深い関係にある海外経済の動向については、米国や東アジアを中心に拡大基調を続けると予想しています。最大の貿易相手国である米国は、住宅投資や個人消費などの家計支出や企業の設備投資が着実な増加傾向を辿っていることを背景に、7~9月の実質GDPは前期比年率+4.3%と10四半期連続で年率+3%を上回る底堅い成長を達成しました。足許はハリケーンの影響による一時的な成長鈍化も予想されますが、いずれ復興需要も出てくるとみられます。高止まりする原油価格や一部地域で上昇が減速している住宅価格の動向、さらにはインフレリスクなどの不透明要因を注意深くみていく必要はありますが、基調としては潜在成長率近傍の景気拡大が維持されるとみています。

 また、ここ数年主要貿易相手国となっている中国では、7~9月の実質GDPが前年比+9.4%と9四半期連続の9%超えとなり、高水準の成長を続けています。輸出と固定資産投資が好調に推移しており、先行きも高い成長を続けていく可能性が高いと考えています。

 以上を背景に、輸出の動きをみると、今年度前半は中国向けを中心に一時伸び悩んだこともありましたが、足許は中国向けも回復し、緩やかに増加しています。先行きも、海外経済の拡大を背景として、このところ進んでいる円安もあり、増加を続けていくと考えています。

(3)国内経済

 次に、国内の動向ですが、先月発表された7~9月の実質GDPは、前期比年率で+1.7%と、1~3月の+6.3%、4 ~6月の+3.3%から伸びは鈍化しましたが、内外需とも底固く推移する中、引き続きプラス成長を維持しています。

 先行きの国内経済の展望を項目別にみると、まず、鉱工業生産は、素材業種の一部では汎用品を中心に在庫調整の動きが見られますが、全体としては、IT関連分野の在庫調整が一巡したもとで、輸出の増加や内需の回復基盤がしっかりしていることを背景に、増加を続けると見込まれます。これを受けて、企業収益も、原油など商品市況の上昇圧力を受けつつも、様々な経営努力により2006年3月期の上場企業の業績は3期連続の最高益が予想されているなど、高水準を維持していくと考えられます。

 このように、企業収益が高水準で推移し、企業が長く直面してきた構造調整圧力が概ね解消されるもとで、企業は増産対応や経営の効率化、競争力強化に向けて、拠点の拡張、統廃合などの整備を積極的に進めており、設備投資も着実な増加を続けると予想されます。加えて、最近では、株式市場を通じる企業価値引き上げを促すメカニズムが強まりつつあるもとで、企業は、債務返済だけでなく、キャッシュフローの有効活用に取り組み始めていることも、設備投資を後押しする力として働いていると考えられます。

 一方、企業活動の活発化を背景に労働需給が改善を続けるもとで、雇用と賃金がともに増加するかたちで、雇用者所得も緩やかに増加していくことが見込まれます。今後、税・社会保障負担の面で家計の負担増が見込まれますが、主要企業の冬のボーナスが高い伸びと予想されるなど雇用者所得の増加に加え、配当の増加やこのところ進んでいる株価の上昇なども通じて、企業部門から家計部門への所得波及が持続し、消費者マインドを下支えしていくことで、個人消費は緩やかながらも着実な回復を続けると予想されます。

 以上のように、日本経済は着実に回復を続けていくとみられるものの、企業は、これまでに比べれば前向きの度合いを強めてきているとはいえ、基本的には低めの期待成長率のもと、大枠としてなお慎重な態度を崩していません。増加している設備投資は、キャッシュフローとの比較でみれば、なおかなり抑制的に思われるほか、雇用面でも、派遣社員の一層の活用など、人件費の「変動費化」の動きはなお続いています。こうした慎重な企業行動は、景気回復のペースを目立って加速させる可能性は小さいと思われますが、半面、息の長い景気回復を支えていく効果を持つと考えています。

(4)物価動向

 ここで物価の動向に触れたいと思います。日本銀行は、いわゆる「量的緩和政策」という現在の金融政策の枠組みをいつまで継続するかについて、コアCPIの動きを主要なメルクマールとしています。

 物価の基調的な動きには「経済全体の供給力」と「総需要」のギャップであるいわゆる需給ギャップが影響を与えるとされていますが、厳しい構造調整を進める中で、需給ギャップが拡大し、1998年頃から長期にわたって物価が下落するデフレの期間が続いてきました。しかしながら、これまで2003年度、2004年度と潜在成長率を上回る成長を続けている過程で、需給ギャップは緩やかながら改善傾向を辿っており、2001年度、2002年度と前年比がそれぞれ−0.8%だったコアCPIは、2003年度、2004年度はそれぞれ−0.2%とマイナス幅は着実に縮小してきています。

 先行きの物価の動向を見通すにあたり、こうした需給ギャップの動きに加え、原材料コストや、実質GDP一単位当たりの人件費であるいわゆる「ユニット・レーバー・コスト」の動向、さらには、人々が持つ先行きの物価動向に対する期待といった様々な要因に着目することが必要です。この点、原材料コストについては、原油価格をはじめとする内外商品市況は高止まりを続けるとの見方が一般的なほか、ユニット・レーバー・コストについても、賃金の上昇を背景に、低下幅が縮小していくことが見込まれます。企業や家計の物価見通しについても、各種調査から、先行きの物価上昇を予想する見方が増えてきていることが窺われています。

 こうした物価を巡る環境変化の中で、これまで小幅のマイナスを続けてきたコアCPIの前年比は、11月25日に公表された10月分はゼロ%となっていますが、電気・電話料金引き下げの影響の弱まりといった特殊要因による変化もあって、年末にかけて若干のプラスに転じた後、2006年1~3月にはプラス幅が拡大すると見込まれます。先ほども述べた、10月末の展望レポートにおけるコアCPIに関する政策委員の大勢見通しに沿った動きとなっています。

(5)金融面の動き

 金融面では、不良債権問題を中心に、金融システムの健全性回復が進み、企業の前向きの活動を金融面から支える環境が整ってきています。そして、金融機関も、今後の発展に向けて収益力の強化策に取り組んでいます。企業向けとしては、貸出姿勢を積極化していることに加え、シンジケートローン、ノンリコースローン、中小企業向け無担保ローン、資産担保証券などの拡大に努めるほか、企業再生ビジネス、起業支援ビジネスなどにも注力しています。金融機関の貸出は、この8月に、特殊要因を調整したベースで、計数公表開始以来初めて前年を上回り、その後もプラス基調を続けています。こうした状況のもとで、極めて緩和的な金融環境は先行きも続き、民間需要を後押ししていくことが見込まれます。

 また、企業や家計等が保有する現金や預金などの集計値であるマネーサプライは、近年、名目成長率を上回る伸びを示し、名目GDP比かつてない水準となっていますが、金融機関の貸出の回復が当面緩やかなものにとどまると考えられることや、家計においても、金融機関が投信の窓口販売など預金以外の商品の提供を通じて顧客のニーズにきめ細かく応える経営戦略をとる中、金融資産を銀行預金から投資信託や個人向け国債へシフトさせる動きが着実に進んでいることから、今後これ以上に目立って伸び率を高める可能性は低いと考えられます。

(6)上振れ・下振れリスク

 さて、10月の展望レポートでは上振れ・下振れ要因として具体的に3つのポイントを挙げています。

  1.  第1は、原油価格の動向です。原油価格は、昨年以降、世界需要の拡大予想等を背景に高騰が続き、今年8月末にかけてWTIで1バレル70ドル近傍の既往最高値圏まで急騰し、その後は、若干低下していますが、基本的には足許も高値圏内で推移しています。「見通し」においては、原油価格が先行きも概ね現状程度の水準で推移すると想定していますが、今年の夏に米国南部を襲ったハリケーンで石油関連施設が被害を受けたように、何らかの供給制約の強まりから原油価格がさらに上昇した場合には、非産油国の実質購買力の低下や、世界的なインフレ懸念の台頭とそのもとでの金利の上昇等を通じて、内外経済に悪影響が及ぶ可能性があります。

  2.  第2は、米国をはじめとする海外経済の動向です。既に述べたように、「見通し」においては、海外経済が順調に拡大基調を続けることを前提としています。特に米国では、適切な金融政策運営もあって緩和的な金融環境が維持され、企業や家計の堅調な投資や支出、ひいては景気の拡大を支えるという構図が続いてきました。しかし、今後、仮にインフレ懸念の強まりなどを契機に、緩和的な金融環境に変調が生じ、こうした構図が崩れる場合には、米国経済の成長が鈍化するのみならず、国際的な資金フローの変調などを通じて、世界経済全体に悪影響が及ぶリスクがあります。

  3.  第3は、国内民間需要の動向です。「見通し」においては、慎重な企業行動が先行きも続くことを前提に、緩やかながらも息の長い成長を続けることを想定しています。しかし、この先、企業が先行きに対して自信を深める場合には、金融機関の積極的な貸出姿勢や地価の下げ止まりなどともあいまって、投資行動をより積極化させる可能性があります。さらに、企業が雇用や賃金に対するスタンスをより前傾化することによる雇用者所得の増加を通じて、家計の支出行動を積極化させる可能性も考えられます。こうした企業や家計の行動は、経済の回復テンポを強くする「上振れ要因」となります。

 以上に加えて、物価の先行きについても、上振れ・下振れ要因を挙げています。以上述べたような経済活動面のリスク要因が顕在化した場合の物価への影響に加えて、それ以外にも、物価固有のリスクとして、3つの要因を挙げています。一つは、国際商品市況の変動が物価を上振れ・下振れさせる可能性、二つめは、需給の改善が長く続いていく中でインフレ心理が予想以上に高まり、企業が、これまでは生産性の向上等で吸収してきたコスト上昇分を販売価格に転嫁し、物価が上振れる可能性、さらに三つめは、規制緩和の影響などによって企業間競争が一段と強まり、物価が下振れる可能性です。

 このように、経済・物価の両面で様々なリスクがありますが、10月末に展望レポートを公表してから現在まで、ひと月余りの情勢の推移をみる限りは、多少の振れはありますが、日本経済は、概ね展望レポートの見通しに沿って、着実な回復を続けているものと考えています。

3.金融政策運営等の現状と見通し

(1)量的緩和政策の仕組みと効果

 日本銀行は、2001年3月から「量的緩和政策」の枠組みを採用し、現在もこの枠組みのもとで金融政策を運営しています。この政策の枠組みは、金融機関が準備預金制度等により預け入れを求められる額を大幅に上回る日本銀行当座預金を維持できるほど潤沢な資金を供給することと、そうした潤沢な資金供給を、生鮮食品を除くコアCPIの前年比上昇率が安定的にゼロ%以上になるまで継続することを約束することから成り立っています。

 銀行等の金融機関は法律等によって、無利子の日本銀行当座預金に一定の準備預金を積むよう義務付けられており、この準備預金所要額は現在、合計で6兆円ほどとなっています。量的緩和政策によって、金融機関の当座預金残高がこの6兆円を超えて大きく積み上がるよう、日本銀行は短期金融市場におけるオペレーションによって大量の資金を供給しています。当座預金残高の目標額は段階的に引き上げられ、現在では準備預金所要額の5~6倍に相当する30~35兆円に設定されています。

 また、量的緩和政策をコアCPIの前年比が安定的にプラスとなるまで続けるという約束については、2003年10月に、金融政策の透明性を強化するため、その内容を明確化しました。すなわち、「安定的にプラス」というためには、数ヵ月均して見てコアCPIの前年比がゼロ%以上で推移することに加え、先行き再びコアCPIの前年比がマイナスに戻らないと見込まれることが必要条件であり、その上で、こうした条件が満たされたとしても、経済・物価情勢によっては、量的緩和政策を継続することも考えられるというものです。

 この量的緩和政策がもたらす効果には、潤沢な資金供給という「量」の側面と約束を通じたいわゆる「時間軸」の側面がありますが、「量」の面については、金融システムに対する不安感が強かった時期において、金融機関の流動性需要に応えることによって、金融市場の安定や緩和的な金融環境を維持し、経済活動の収縮を回避することに効果を発揮したほか、潤沢な資金供給により短期金利の水準がゼロとなる効果をもたらしました。また、「時間軸」の面については、物価の小幅下落が続くもとでゼロ金利の継続予想を生み出し、長めの金利を低位安定的に推移させる効果をもたらしました。しかし、現在では、金融システム不安は大きく後退しているほか、物価が下落から上昇に転じるとの見方が増加し、市場参加者が予想する量的緩和政策の継続期間は短縮しており、その結果、長めの金利形成において「約束」の果たす役割は徐々に後退する方向にあります。そうしたもとで、量的緩和政策のもたらす効果は、次第に短期金利がゼロであることによる効果が中心になってきているというのが実情です。

 なお、この間、短期金融市場では、金融システム不安の後退を背景に、金融機関の予備的な流動性需要が大幅に後退しており、こうした情勢を踏まえ、5月以降、金融機関の資金需要が極めて弱いと判断される場合には、当座預金残高が一時的に目標値を下回ることを許容することとしています。

 また、金融システム安定化の結果として無事ペイオフ全面解禁という大きな節目を迎えた4月以降、2人の政策委員から量的緩和政策の枠組みの変更以前に資金需要の状況に合わせて現在の30~35兆円の目標を引き下げてはどうかとの提案が継続して行なわれています。この点について、私自身は、当面、現状の目標を維持し、量的緩和政策堅持の姿勢を示していくことが適切と考えておりますが、情勢の変化によっては、量的緩和政策の枠組みのもとで資金需要に合わせて目標を慎重に引き下げていくことも、ひとつの選択肢と認識しています。

(2)今後の金融政策運営

 今後の金融政策運営については、足許、コアCPIの前年比が年末にかけて若干のプラスに転じる可能性が高まっている中で、現在の量的緩和政策の枠組みがいつ転換されるのか、そして、枠組み変更後金融政策はどのように運営されるのかという点に、市場関係者を含め各方面の関心が集まっているようです。

 日本銀行としては、先ほど申し上げた約束に関する条件が満たされるまでは、現在の量的緩和政策の枠組みを堅持していく方針です。10月の展望レポートの見通しが実現することを前提とすると、2006年度にかけて枠組みを変更する、すなわち、日本銀行当座預金残高を準備預金所要額の水準に向けて削減し、金融市場調節の主たる操作目標を当座預金残高から短期金利に変更する可能性は高まっていくと考えていますが、枠組み変更の具体的な時期は、すべて今後の金融経済情勢次第です。当座預金残高の削減に当たっては、2001年3月以来、長期にわたって量的緩和政策が続けられてきただけに、金融市場の状況を十分に点検しながら、慎重に進める必要があると思います。また、枠組み変更後は、概念的な整理ですが、極めて低い短期金利の水準を経て、次第に経済・物価情勢に見合った金利水準に調整していくという順序を辿ることになると考えています。

 この枠組みの変更、そして枠組み変更後のプロセスに関しては、展望レポートにおいて、3つのポイントを挙げています。

  1.  一つは、先ほど申し上げたように、量的緩和政策の効果は次第に短期金利がゼロであることによる効果が中心になってきていることを踏まえると、枠組みの変更自体は、政策効果について非連続的な変化を伴うものではないということです。

  2.  二つめは、枠組みの変更やその後の短期金利の水準・時間的経路については、経済がバランスのとれた持続的な成長過程をたどる中にあって物価の上昇圧力が抑制された状況が続いていくと判断されるのであれば、全体として、余裕をもって対応を進められる可能性が高いということです。

  3.  そして三つめは、量的緩和政策の導入と同様、枠組みの変更も先例のないものであるだけに、金融市場において経済・物価情勢に応じた価格形成が円滑に行われるよう配慮することが重要ということです。日本銀行としては、物価安定のもとでの持続的な経済成長を実現していくため、金融経済情勢に関する判断や金融政策運営に関する基本的な考え方を丁寧に説明し、期待の安定化に努めるとともに、今後の情勢変化に応じて適切かつ機動的に対応していく方針です。

(3)金融システム面での日本銀行の取り組み

 ここで、金融システム安定化に伴う日本銀行の取り組みの変化について、若干触れたいと思います。

 これまで金融機関は、バブル崩壊後10年以上にわたって不良債権問題という課題に取り組んできましたが、ここへきて漸くその解決に目途がつき、金融システムが安定性を回復したと言える状況になってきました。

 現在、金融機関は、顧客である企業や個人の金融ニーズを汲み取りながら、顧客の活動を金融面からサポートすることを通じて収益性を高めていくという課題に取り組んでいます。そのために金融機関にとって必要なのは、それぞれの金融機関がそれぞれのビジネスモデルに応じて自らのリスク管理や経営管理の仕組みを高度化させ、そうした強固な経営基盤に立脚して金融サービスを向上させていくことです。具体的には、金融サービスの提供に伴う様々なリスクを経営のレベルで統合的に管理することや、リスク量と自己資本の関係を適切に把握し、リスク許容量の範囲内でリスクテイクを行っていくことなどと考えられます。

 こうした中、日本銀行の金融システム面の対応も、これまでの危機管理重視から、金融システムの安定を確保しつつ、金融の高度化を支援していく方向に切り替えています。このため、7月には金融機関の金融高度化に向けた努力をより強力にサポートするための新しい組織である「金融高度化センター」を発足させました。このセンターは、統合的なリスク管理を含む先端的な金融技術に関する調査・研究を行い、その成果を公表していくほか、9月にその第1回を開催した金融高度化セミナーを通じて金融機関との対話に取り組んでいくこととしています。このセミナーは、実地考査とオフサイト・モニタリングという日本銀行が金融機関とのコミュニケーションを図る2つのチャネルに加えた、第3のチャネルと位置付けており、今月からは地域単位で実施することも予定しています。金融機関の皆様には是非ご活用いただきたいと思います。

4.群馬県経済の現状と特徴的な動き

 最後に、この後皆様から当地金融経済の実情をお聞きするにあたり、私なりに理解している当地経済の現状と、全国との比較で見た当地の特徴的な動きについて、簡単に述べたいと存じます。

 群馬県は、豊富な水・森林資源に恵まれ、都心から100km圏内という好立地もあって、江戸時代から木材・木製品や養蚕業が栄え、明治以降は繊維業や各種の素材産業が発達した土地です。現在、世界遺産への登録を目指しておられる官営富岡製糸工場は、日本の近代工業の先駆けともいうべき存在ですが、その後も当地は、輸送機械工業、電気機械工業、一般機械工業と業種の幅を広げながら、製造業の拠点として着実な発展を遂げ、現在も、第2次産業が占めるウェイトは38.0%と、全国の25.8%を大きく上回っています。

 一方で、当地は、中山道をはじめとする主要街道の沿線に位置し、日本三大河川の一つである利根川はじめ多くの河川が通じていることもあって、北関東における交通・物流の中心としても栄えてきました。そうした交通網の発達もあってか、人口千人当たりの自動車保有台数は日本一で、当地はいわば「日本一の自動車社会」でもあるわけですが、そうしたことを背景に、早くから郊外型のロード・サイド店舗が発達したことも当地産業の特徴の一つです。

 このように、製造業・非製造業のそれぞれにおいて強みを有する当地産業ですが、最近の当地経済の状況を全国と比べてみると、特徴的な動きとして、2点ほど指摘できるのではないかと考えています。

  1.  一つは、当地への活発な企業進出の動きです。経済産業省の「工場立地動向調査」で都道府県別の工場立地件数をみると、2002年に全国11位だった群馬県は、2003年に3位、2004年に2位と急速に順位を上げ、2005年上期には、遂に全国1位となりました。また、こうした動きは製造業だけに止まらず、金融機関のバックアップセンターやパソコンの修理センターなどのサービス拠点や、最近は、首都圏から物流拠点が次々と当地に移転してくるなど、非製造業においても同様にみられています。

     このところ企業は、高水準の収益が続くもとで拠点整備を積極的に進めていますが、拠点の立地戦略としては、生産技術の海外漏洩回避を企図する「国内回帰」、市場ニーズに合致した戦略製品の迅速な開発・生産に向けた「都市圏回帰」、災害時の業務継続を意識した「拠点分散」の3つが特徴となっています。当地は、まさに、こうした点で、(1)巨大な市場であり、本社機能が集積する東京から100km圏内に位置すること、(2)巨大市場にアクセスするための内陸交通網が整備されていること、(3)製造業を中心に古くから各種産業が集積し、企業の中に高度な生産技術が蓄積されていること、(4)地震等の自然災害の発生が極めて少ないことなど、最近の企業ニーズにマッチする特徴を兼ね備えているように思われます。企業進出の動きが、当地経済のさらなるダイナミックな発展に繋がっていくことを期待したいと思います。

  2.  もう一つの特徴は、前橋市の消費者物価地域差指数が、全国の都道府県庁所在地中、上から44番目という低水準にあり、いわば当地が全国有数の価格激戦区の一つとなっているということです。原油価格高騰を背景に全国的に値上がりの著しいガソリンの価格をみても、当地の平均はこの11月でリッター126円と、全国平均の同130円を4円も下回り、全国一の安さとなっています。

     こうした価格の低さは、当地企業が、競争を勝ち抜くため、生産性向上に取り組み、その成果を積極的に価格に反映していることの表れとも解釈できますが、支店のヒアリング等によれば、最近こうした企業の価格戦略にも、微妙な変化が窺われるように聞いております。すなわち、企業が、生産性向上によるキャッシュフローの増加を、目先の売上獲得のための価格引下げ原資ではなく、将来の売上獲得のための新事業や新製品開発原資として使い始めた、というものです。これは、企業が、目先の収益確保から長い目で見た収益基盤の強化に軸足を移し始めているということだと思われますが、一方で、市場の需給環境も、そうした取り組みを許容するほどに改善してきていることが背景にあるのではないかと思っています。先行きの物価動向を考えるうえで示唆に富む動きとして、大変興味深く感じております。

5.結び

 本日はこれまで、景気、物価の現状と見通し、金融政策の運営等の現状と見通し、そして当地経済の特徴的な動きについて、一部私個人の意見も交えてお話をさせていただきました。

 お話の中でも申し上げましたが、日本銀行は金融政策に関する意思決定の内容や過程を国民の皆さまに明らかにするとともに、日本銀行の金融経済情勢に関する判断や金融政策運営に関する基本的な考え方について、可能な限り丁寧にご説明していきたいと考えております。

 本日は、これよりご出席の皆様から当地の経済情勢についてお話を聞かせて頂き、併せて日本経済の将来展望、これを踏まえた日本銀行の金融政策へのご注文などを拝聴して参りたいと存じます。長らくのご清聴ありがとうございました。

以上