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名古屋での各界代表者との懇談における総裁挨拶要旨

2005年12月 8日
日本銀行

[目次]

はじめに

 日本銀行の福井でございます。中部経済界を代表する皆様方とお話する機会を頂き、大変嬉しく存じます。また、平素より、私どもの支店が大変お世話になっており、本席をお借りして厚くお礼申し上げます。

 当地の皆様におかれては、本年は、中部国際空港の開港、成功裡に終わった愛知万博の開催など、例年にもまして活気に満ち、充実した一年であったと存じます。当地のエネルギーを吸収するかのように、わが国経済も好調さを取り戻してきています。先週末、ロンドンで開催されたG7に出席しましたが、そこでは、世界経済について、原油高、インフレ圧力といったリスク要因はあるものの、堅調に拡大しており、先行きも拡大を続けていくとの見方が共有されました。本日は、最近の金融経済情勢に関する私どもの見方をご説明するとともに、金融政策運営に関する考え方をお話したいと存じます。

経済情勢の現状と先行き

 わが国経済は、昨年夏以降続いていた「踊り場」局面を脱し、再び回復軌道に戻っています。先行きも、潜在成長率を幾分上回るペースで息の長い景気回復を続けていくとみられます。日本銀行は1ヶ月ほど前に「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)を公表しましたが、そこでは、今年度、来年度とも、そうした成長が続くとの見通しを示しました。

 こうした回復の大きな背景としては、海外経済の拡大が続いていることに加えて、企業部門が、いわゆる「3つの過剰」——設備、雇用、債務面の過剰——の調整をほぼ終えたこと、また、金融システム面でも、金融機関は不良債権問題を概ね克服し、経営の安定を回復したこと、が指摘できます。

 企業部門をみると、2002年度以降3年連続で増益となった後、本年度も増益が続いており、大企業を中心に売上高利益率はバブル期を凌ぐ高水準となっています。今年度上期の中間決算をみても、幅広い業種で高水準の収益が維持されています。ここ3~4年の良好な企業収益の背景には、これまで企業が「3つの過剰」の削減に取り組んできた結果、損益分岐点が大幅に低下していることが効いています。こうしたもとで、2003~04年にかけて世界経済が成長率を高め、本年度入り後、国内民間需要が予想以上に底堅く推移したことは、売上高増加を通じて最近の収益改善を強く後押ししたと考えられます。

 国内民間需要が予想以上に底堅く推移している背景には、高水準の収益のもとで企業の設備投資が増加していることに加え、企業部門の好調さが、賃金や雇用の増加、さらには配当の増加や株価の上昇などを通じて、家計部門に波及していることがあります。短観によれば、大企業では13年振りに、中小企業でも8年振りに人手不足感を示しています。こうした中、本年度入り後、パートタイムの労働者数が頭打ちとなる一方、フルタイムの労働者数は増加しています。また、一人当り賃金をみても、フルタイム労働者の賃金上昇を主因に所定内給与が上昇しているほか、高水準の企業収益を受けてボーナスも増加しています。民間の調査結果等によれば、大企業の本年の冬季賞与は、夏季賞与を上回る高い伸びになるとみられています。この結果、雇用者所得は緩やかな増加を続けています。また、家計が受け取る配当収入は年々増加し、配当収入金額と利息収入金額の相対的な規模は、ここ3~4年で、約2対5から4対5へ上昇しているとみられます。こうした雇用・所得環境の改善のもとで、消費者コンフィデンスは総じて良好であり、個人消費は底堅く推移しています。

 このように、企業部門の好調な収益が、設備投資の増加に結びつくとともに、様々な形で家計部門に波及して、家計支出を増加させ、これが個人消費を通じて企業部門の需要増につながるという良い循環が作用し始めています。それだけに、当面、国内要因から景気が後退する可能性は小さいと考えられます。

 また、先程も触れましたとおり、金融システムの改善も顕著です。金融機関の不良債権比率は2001年度末をピークに大きく低下し、銀行の今9月期決算は中間期としてはバブル期を上回る史上最高益となっています。長らくマイナスで推移してきた銀行貸出も、貸出債権の流動化や償却を調整したベースでみると、8月以降前年比プラスに転じています。企業部門の債務返済の動きは全体としては続いているものの、返済圧力は次第に和らぎ、景気回復が続く中で、緩和的な金融環境を利用して、外部からの資金調達を前向きに進める企業も出てきています。こうした動きに加えて、主要都市部を中心に地価の調整が進み、住宅関連投資等が増加していることも、貸出増加の一因です。

先行きのリスク要因

 もとより、景気の先行きには幾つかのリスク要因があります。私どもとしては、特に原油高と海外経済の動向に注目しています。原油価格は、米国へのハリケーン来襲をきっかけに8月末頃に既往ピーク(WTIで1バレル約70ドル)を記録した後、このところはやや軟化していますが、引き続きかなりの高値圏で推移しています。近年の原油高は、その背景にエマージング諸国など世界経済の拡大による需要増加があり、今後、産油国・消費国双方で需要増加に対応した十分な取組みが行われれば、世界経済の拡大と両立し得る面があります。もっとも、米国へのハリケーン来襲等を受けて8月末にかけて原油価格が急騰したことに表れているように、石油精製能力等の供給制約の高まりが意識される場合には、世界経済の拡大に伴う需要増加とは整合的でないレベルまで原油価格が高騰するリスクがあります。この先そうしたリスクが顕現化すれば、非産油国の実質購買力の一段の低下と、世界的なインフレ懸念の本格的な台頭などを通じて、世界経済、ひいては日本経済に影響を与える可能性があります。

 海外経済の面では、米国では、原油価格が高値圏で推移する中、連邦準備制度理事会(FRB)がインフレ圧力の台頭を防ぐことを目的に金利の引上げを行うもとで、物価安定が保たれています。また、欧州やアジア諸国でも、インフレ方向へのリスクが意識されるようになってきており、欧州中央銀行(ECB)は、今月初に利上げを実施しました。近年の海外経済の拡大の一つの背景として、物価が安定するもとで緩和的な金融環境が維持されていたことが指摘できますが、仮に今後物価の安定が損なわれ、こうした構図に変化が生じると、世界経済の成長に悪影響を及ぼす可能性があります。先程、国内要因から景気が後退する可能性は小さいと申しましたが、海外経済の予想外の減速など大きな外的ショックが発生した場合には、わが国経済も減速を余儀なくされるおそれがある点には留意する必要があります。

物価情勢の現状と先行き

 物価面では、国内企業物価は、原油などの国際商品市況高や円安の影響等から前年比2%弱で上昇しており、先行きも、上昇ペースは鈍化するものの、根強い上昇圧力が続くとみられます。

 消費者物価(全国、除く生鮮食品)については、これまで小幅のマイナスで推移してきましたが、先日公表された10月の消費者物価は前年比ゼロ%となりました。今後来年1~3月にかけては、消費者物価の前年比は、比較的はっきりとしたプラスになると予想されます。これには、米価格のマイナス寄与が剥落してきたことや電気・電話料金引下げの影響が弱まってきたことのほか、賃金が上昇し単位当り労働コストの低下幅が縮小してきていること、短観で企業の人手不足感が示されたように経済全体の需要と供給のギャップが縮小してきていることが影響しています。その先も、潜在成長率を上回る成長が続くとみられることを踏まえると、消費者物価のプラス基調が定着する可能性が高いと考えられます。アンケート調査等をみても、人々の先行きの物価予測は上方修正されてきています。

金融市場の動向

 このような経済・物価の先行き見通しの好転を背景に、海外投資家による買越しが既往ピークを更新するペースで行われる中、株価は大幅に上昇し、日経平均株価でみると、12月初には約5年振りに15,000円台を回復しました。一方、為替市場においては円安が進み、対ドル相場でみると12月初には1ドル121円台まで下落し、ユーロやアジア通貨との対比でも下落基調で推移しています。円安については、海外においてインフレ方向へのリスクが意識され、金利の先高観が高まっている状況下、内外金利差についての市場の見方が影響していると言われています。株高を含めて、こうした金融市場の動向が、経済・物価に与える影響については、今後とも注意していきたいと思います。

金融政策運営の考え方

 日本銀行は、2001年3月以降、量的緩和政策を継続しています。量的緩和政策は、(1)日本銀行が、金融機関が準備預金制度等により預入れを求められている額(約6兆円)を大幅に上回る日銀当座預金を供給することと、(2)そうした潤沢な資金供給を消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続することを約束すること、の2つの柱から成り立っています。この「約束」は中央銀行の行う金融政策としては異例のものですが、予め条件を明確に示すことによって、市場参加者はこの「約束」を前提として行動することが可能となっています。そして、そのことが、金融政策の透明性と有効性を高めることに寄与してきました。

 その後の政策効果についてみてみると、潤沢な資金供給は、金融システム不安が強かった時期には、金融機関の流動性需要に応えることによって、金融市場の安定や緩和的な金融環境を維持し、経済活動の収縮を回避するのに大きな効果を発揮しました。金融市場では、潤沢な資金供給が「文鎮」となって、短期金利の水準がゼロとなるとともに、消費者物価指数に基づく約束が、消費者物価が下落を続けるもとでは、ゼロ金利の継続予想を生み出し、長めの金利の低位安定に貢献してきました。

 しかし、現在では、金融システム不安は大きく後退しています。また、物価は下落から上昇に転じてきており、やや長めの金利形成における「約束」の効果はかなり縮小しています。この結果、量的緩和政策の効果は短期金利がゼロであることの効果が中心になってきています。

 この先の金融政策は、「約束」に沿って量的緩和政策を継続した後、「当座預金残高を所要準備に向けて削減する過程」「極めて低い金利水準を維持する過程」「経済・物価情勢に見合った金利水準に調整していく過程」を辿ることになります。

 それぞれのプロセスについて若干敷衍すれば、まず、量的緩和政策の枠組みの変更時期については、「約束」に従って、消費者物価の前年比が「安定的にゼロ%以上」といえるかどうかを判断していくこととなります。本年10月の「展望レポート」の経済・物価情勢の見通しを前提にすれば、2006年度にかけて、「約束」で明らかにした条件が満たされ、政策の枠組みを変更する可能性は高まっていくと考えられます。

 次に、日銀当座預金残高の削減に当たっては、これまで長期にわたって所要額を大幅に上回る巨額の当座預金残高が存在し続けてきただけに、金融市場の状況を十分点検しながら行う必要があると考えています。

 ここまでのプロセスでは、所要準備を上回る当座預金の存在により、ごく短い金利は、多少の振れはあるにせよ、基本的にゼロ%となります。量的緩和の効果が短期金利がゼロであることが中心となってきていることを踏まえれば、枠組みの変更自体は政策効果の面で大きな変化をもたらすものではありません。むしろ、この間、消費者物価のプラス基調が定着してくれば、短期の実質金利はさらに低下し、景気・物価に対する強力な刺激効果が発揮されることになります。

 その後の2つの過程における金利水準や時間的パスは、まさに経済・物価情勢次第ですが、経済がバランスのとれた持続的な成長過程を辿る中にあって物価の上昇圧力が抑制された状況が続いていくと判断されるのであれば、余裕をもって政策運営を行っていくことができる可能性が高いと思っています。

 日本銀行は、わが国経済が物価安定のもとでの持続的な成長を実現していくことを目指して、金融政策を運営しています。現在、景気は回復を続けており、物価を巡る環境も変化してきています。こうした中で消費者物価の前年比が安定的にゼロ%以上となることは、そうした目的の実現に向けた一つの通過点です。日本銀行としては、今後とも経済・物価情勢の変化に応じて金融政策を適切に運営し、長い目でみてわが国経済が良好なパフォーマンスを発揮することができるように、金融面からサポートしていく所存です。

 適切な金融政策運営は、金融市場の安定という観点からも重要です。例えば、米国の長期金利が安定している背景として、FRBの適切な金融政策運営によって将来の物価安定が保たれると市場が信用していることが挙げられます。わが国においても、「展望レポート」でも指摘したとおり、引き続き金融政策を適切に運営するとともに、その考え方を丁寧に説明していくことが金融市場における円滑な価格形成につながっていくと考えています。

おわりに

 当地は、「ものづくり」の強さを活かして民間部門による事業活動が活発に展開され、日本経済を牽引する地域となっています。今後、わが国経済が持続的な発展を遂げるうえでは、民間部門の自律性に根ざした創意工夫が何よりも重要です。そうした意味でも、当地の一層の躍進を期待しております。

 ご静聴ありがとうございました。

以上