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【講演】「金融危機に対する国際的な政策対応」

カンザスシティ連邦準備銀行主催シンポジウム(米国ワイオミング州ジャクソンホール)における講演の邦訳

日本銀行総裁 白川 方明
2009年8月22日

原文(英語)は、International Policy Response to Financial Crisesをご覧下さい。

目次

はじめに

 今回のグローバルな金融危機の経験を踏まえて、今後の中央銀行間の国際協調のあり方について考察してみたいと思います。なお、ここでは、中央銀行間の国際協調という用語を、グローバルな危機に対して、きちんとした形で、外部からの圧力とは関係なく、効果的に対処していく取組みを指すこととします。

 今回の危機は、政策当局者に多方面にわたる極めて大きな課題を投げかけています。これらの課題を議論する出発点としては、次の3つの事実が重要だと考えています。第1に、世界経済は、過去20年の間に、より頻繁に危機に直面するようになってきたということです。第2に、今回の危機は、文字通り世界的な危機となったということです。世界経済は、2008年秋以降、しばしば崖から転げ落ちるようだと表現されるように、急激に落ち込みました。これとは対照的に、日本のバブル崩壊後の時期や東アジアの危機など、これまでの危機は、当該国や当該地域の経済に大きな悪影響を及ぼしましたが、依然として局所的(local)なものにとどまっていました1。第3に、危機以前の金融機関の健全性は、国によりかなり大きく異なっていたということです。欧米の金融機関に比べて、日本の金融機関を含めたアジアの金融機関、あるいはカナダやオーストラリアの金融機関は、複雑な証券化商品へのエクスポージャーは限定的でした。これまで挙げた3つの点は、いかにして危機を未然に防ぐかを考えるうえで、確かな判断材料となります。

  1. 1日本の1990年代は、しばしば「失われた10年」と呼ばれています。そのような表現の是非に関しては、白川 [2009a]をご参照ください。

グローバルな金融危機の原因

 ここでは、今回の危機を含めて、これまでの危機の展開について、いくつかの定型化された事実を整理したいと思います。危機に先立つ局面では、通常、今回の危機の前にみられた「大いなる安定(great moderation)」のように、良好な経済状態がしばらく続き、経済主体のリスクテイク姿勢が積極化します。経済分析では、選好(preference)は時間を通じて不変であると仮定されますが、実際には、良好な経済環境のもとで、経済主体のリスク認識は楽観的となり、リスク許容度は高まっていきます。

 残念なことですが、こうしたリスクテイク姿勢の内生的な変化、つまりリスクテイキング・チャネルについてのわれわれの知識は、極めて限られています。規制、評価、報酬等の制度的な取決めはミクロレベルでのインセンティブを規定しますが、制度的な取決めを所与とすれば、そうしたインセンティブは、マクロレベルでの金融経済環境に大きく影響されます。この点、低インフレと高成長、さらにインフレと成長率の低いボラティリティは、強気の期待を醸成するうえで、確実に重要な役割を果たします。また、いつでも流動性を確保できるという安心感は、そうした強気の期待を、現実の行き過ぎたリスクテイクへと変化させました。

 リスクテイクの過程では、信用量やレバレッジの増大、満期構成のミスマッチの拡大、資産価格の上昇など、様々な形で金融面の不均衡が累増していくことになります。こうした金融面の不均衡の累増は持続可能なものではなく、いずれかの時点でバランスシート調整が生じることになります。調整は当初ゆっくりと進みます。しかし、何らかのショックをきっかけとして、資金流動性不足という形で危機が表面化し、金融市場参加者間での信認が崩壊することによって、危機は深刻化していきます。幅広い市場で市場流動性が低下し、金融システムと実体経済の負の相乗メカニズムが働き出します。この過程で、金融機関の資本不足が明らかになりますが、危機のもとでは、そもそも流動性不足と資本不足を識別すること自体が困難になります。

 それでは、日本のバブル崩壊や東アジア危機と異なり、なぜ今回の危機はグローバルな危機に至ったのでしょうか。

 第1に、危機に先立つ局面において、世界的な規模で過剰流動性がみられ、この結果として、金融面の不均衡が大きく拡大し、さらにこれが世界中の多くの地域に広がっていたことです。その背後には様々な要因が複雑に作用しており、先進国で低金利が長期化するという予想がいつでも流動性を確保できるという誤った認識を作り出しましたが、これが金融面の不均衡拡大に大きな役割を果たしたといえます。

 これに対し、日本のバブルの事例では、インフレと経済成長率の顕著な高パフォーマンスは、かなりの程度、わが国に限定された現象でした。1985年から89年における日本の消費者物価の平均上昇率は、総合でみて1%をわずかに下回り、すでに低い水準にありましたが、日本とドイツを除くG7諸国平均では、依然として5%程度となっていました。インフレのパフォーマンスの全体としての構図は、食料とエネルギーの価格を控除したようなコア指標でみても、概ね変わりません。このため、低金利が長期化するという予想が世界的な規模で同時に発生することは、ありませんでした。

 第2に、金融機関の相互連関(interconnection)の増大が危機にともなう調整をより厳しく、世界的に同時発生させることになりました。金融機関の相互連関は、危機以前から世界的に大きく高まっていました。ここで特に注目されるのは、クロスボーダー貸出の急激な増加です。先進国の銀行によるエマージング経済向けのクロスボーダー貸出は、近年趨勢的に増加しており、特に2003年以降、増加テンポが加速しています。ユーロ圏の銀行による中東欧向け貸出の増加は特に顕著なものとなっていました。この過程は、必然的に通貨と満期構成の二重のミスマッチの拡大を伴いますが、こうしたミスマッチの拡大は、自国通貨、外国通貨のいずれについても、いつでも流動性を確保できるという安心感によって支えられていました。危機の発生後は、二重のミスマッチに伴う脆弱性が資金調達圧力の高まりという形で突然顕在化し、これがエマージング経済を含む多くの国で危機をさらに深刻化させました。

 一方、1980年代後半における日本のバブル期においては、クロスボーダー貸出の増加は、世界的には観察されず、日本の金融機関が直接関係した取引に限定されていました。

 関連する論点として、今回の世界的な信用バブルの要因の1つとして、「世界的な貯蓄過剰(global savings glut)」がしばしば挙げられますが、私は、こうした議論にやや懐疑的です。確かに、世界全体の実質金利が世界経済全体の貯蓄・投資バランスによって決定されることを考えると、エマージング諸国における貯蓄は、実質金利の決定要因の1つとなります。しかしながら、世界的な信用バブルという現象を理解するためには、ネットの資本移動よりも、グロスの資本移動が圧倒的に重要になります。グロスの資本移動は必ずしも、各国・各地域の貯蓄・投資バランスに対応するものでありません。実際、ユーロ圏の銀行はクロスボーダー貸出を大きく増加させましたが、ユーロ圏全体として経常黒字になっていたわけではありませんでした。

国際的な協調:今回の危機対応の評価

 危機がグローバル化するのにあわせて、政策当局者にも協調がより求められることになります。それでは、政策当局による危機発生後これまでの対応は、国際協調という観点からどう評価できるでしょうか。

 最初に望ましい面から述べたいと思います。第1に、各国の政府や中央銀行は、経済活動の大きな落ち込みを防ぐために、積極的なマクロ経済政策を展開しました。第2に、多くの国において、金融機関への公的資本注入や、金融機関債務の保護策が講じられました。第3に、中央銀行の資金供給オペレーション面での協調が大きく高まりました。米国連邦準備制度(Fed)とのドルスワップ協定を活用したドル資金供給オペが多くの中央銀行で実施されましたが、これがその典型です。第4に、様々な決済リスクの削減に向けて、中央銀行と民間金融機関が危機発生以前から共同で取り組んできた諸施策が有効に機能することが証明されました。各国のインターバンク市場をつなぐうえで重要な役割を果たす為替スワップ市場の機能度は、決済リスクについての認識に大きく影響されます。この点、2002年から稼動したCLS(Continuous Linked Settlement)メカニズムは、極めて有効に機能しました。仮に外国為替取引に関する同時決済(payment-versus-payment)サービスが稼働していなければ、決済の時差に伴うリスクによってカウンターパーティリスクが増幅され、グローバルな金融システムはより一段と混乱していたかもしれません。

 もちろん、国際的な協調に多くの限界があることも厳然たる事実です。第1に、各国における金融システム安定化措置は、各国間で必要な調整が十分に図られないまま、あわただしく導入されました。このため、預金者や一般債権者の保護の範囲の相違が生じ、国際的な預金シフトの引き金となりました。第2に、金融機関は、「国益」をより重視することが求められ、ある種の「金融ナショナリズム(financial nationalism)」がみられたことです。第3に、国によっては、自国の金融機関のバランスシートの大きさが、名目GDPをはるかに上回って拡大したため、公的資本の注入等の必要な措置を講じることが困難になりました。

 今申し述べた観察事実は、グローバルにあるいは、世界全体として最適な行動が必ずしも選択されなかったという意味で、国際協調の限界を示すものです。しかし、好むと好まざるにかかわらず、こうした事実が存在し、そうした限界にはいくつかの理由があることもまた確かです。第1に、政府は、公的資金を注入する以上、自国の納税者の利益に配慮する必要があり、必然的に自国の利益を優先する(ring-fencing)インセンティブをもつことになります。第2に、金融機関の破綻処理法制が各国で異なっているということです。イングランド銀行のキング総裁が述べたように、「グローバルな金融機関は、グローバルに活動していたとしても、その最期は国内的なものとなる(Global banking institutions are global in life, but national in death)」ものです2

  1. 2Financial Services Authority [2009]をご参照ください。

通念(conventional wisdom)への挑戦

 今申し述べた限界は、多くの場合、まさに主権国家が存在するがゆえに生じる、ある種の協調の失敗(coordination failure)といえます。協調の失敗を回避するための取り組みの重要性は否定しませんが、世界各国の政策当局者にとってより生産的なことは、危機を引き起こす共通の要因に対処していくことのように思われます。この点、過去20年において危機の発生頻度が高まっており、かつこれらの危機がよりグローバルなものとなっているという事実を深刻に受け止める必要があります。こうした点からも、今述べた事実と金融政策および金融規制・監督の基盤となっている通念の関係について、よく考えてみる必要があるように思われます。

 簡単化すると、中央銀行やそれ以外の政策当局の間で有力な政策運営哲学は、次の3つの「予定調和」ともいうべきものに立脚しています。第1に、マクロ経済の安定は、低水準かつ安定的なインフレ(low and stable inflation)を追求する金融政策によって実現できるというものです。このとき、マクロ経済の安定は、金融システムの安定と補完的と考えられています。第2に、金融システムの安定は、ミクロプルーデンス的なアプローチを追求することで、実現できるというものです。このため、規制・監督当局は、個別金融機関の規制・監督を適切に行う必要があるとされます。そのための重要な手段として、自己資本比率規制は、具体的な業務分野におけるリスクを測定するよう、一段と洗練されてきました。第3に、金融機関は、十分な自己資本を有してさえいれば、金融市場で流動性を容易に調達できるというものです。従って、流動性への配慮は、規制・監督の枠組みの中で、副次的な役割しか与えられていませんでした。

金融政策運営に関する考え方

 しかしながら、これまで有力であった政策運営哲学は、今回の危機に照らして、再検討する時期に来ていると思います。

 第1の予定調和であるマクロ経済の安定について、金融政策は低水準かつ安定的なインフレを目指し、過去20年の間、極めてうまく運営されてきました。皮肉なことではありますが、この金融政策の成功が問題の一部にもなってしまったのです。人間心理と様々な制度的条件のもとで、低金利が継続するとの根拠のない期待は、良好な経済環境のもとでインセンティブのねじれ(perverse incentive)を醸成することにつながってしまいました。こうしたインセンティブのねじれはさらに、金融面の不均衡の蓄積と顕在化というプロセスを後押しし、やや長い目でみて経済を不安定化させてしまいました3

 私たちが直面している問題は、不適切な表現ですが、物価安定と金融システム安定の同時点におけるトレードオフ(intra-temporal trade-off)と捉えられることがあります。ここでの本当のトレードオフは、現在と将来の経済の安定という異時点間のトレードオフ(inter-temporal trade-off)です。この点に関し、金融政策が担うべき役割についての議論が活発に続けられています。金融政策のみでバブルを防ぐことはできませんし、金融政策のみで防ぐべきでもありません。実際、金融政策は、もう少し控えめな、しかし重要な役割を担っています。インセンティブが結局のところマクロレベルの金融経済環境によって規定されることを考えると、低金利が継続するとの根拠のない予想を醸成することを通じて、金融政策がバブルを加速させることは回避しなければなりません4

  1. 3金融面の不均衡の蓄積とマクロ経済環境についての詳しい議論については、Rajan [2006]、Bank for International Settlements [2009]をご参照ください。
  2. 4ミクロとマクロレベルのインセンティブが金融危機に与えるインプリケーションについてのより詳しい議論については、白川 [2009b, c]をご参照ください。

自己資本比率規制とインセンティブ

 第2の予定調和としてのミクロプルーデンス政策についても、再点検が必要です。リスクを評価し規制の設計をするうえでは、マクロプルーデンスの視点が不可欠なものとなります。

 最も根源的な問題は、株主有限責任に固有のモラルハザードを、どのようにして抑止するかということです。規制・監督当局は過去20年間、自己資本規制の強化を図ってきました。しかしながら、金融機関は、低いレバレッジのもとでは、株主を満足させるだけ十分に高い自己資本収益率を達成することが難しく、これが「シャドーバンキング(shadow banking)」の拡大をもたらしてきました5。自己資本収益率を上昇させる代替的な戦略として、資産収益率を向上させることが考えられますが、規制緩和と競争激化によって、金融機関のフランチャイズバリューは低下傾向にあります。このような状況のもとで、収益率の低下は、一部の金融機関に対して過度なリスクをとる圧力となっていました6

 規制・監督当局は、民間金融機関の活動の細部を全て監視できないことを十分認識しているため、金融機関の自己規律にも頼る部分があります。同時に政策当局は、民間の自主性だけに頼ることができないことも認識しているため、システミックリスクを回避するための規制を民間金融機関に課しています。重要なことは、自己資本比率規制とその他の公的規制のバランス、さらに、公的規制と民間金融機関の自己規律のバランスについても考える必要があるということです7

 株主の有限責任を前提にすると、自己資本比率規制の強化だけでは、株主・経営者の短視眼的な行動を十分に防ぐことはできません。いずれにせよ、金融システムの安定を図るうえで最も重要な課題は、与信規律(underwriting discipline)と流動性の管理をどのように強化するかであり、これらの強化が結局は金融システムの健全性を守るうえで最も信頼できる方法となります8

 この点、金融の規制・監督のモデルをどうするべきかという議論を巡っては、振り子の針が大きく振れるように、様々な紆余曲折があったことに留意しておく必要があります。単純化して言えば、アジア通貨危機後には、アジア型モデルが評価を下げましたが、今回の危機ではアングロ・サクソン型モデルが評価を下げています。もっとも、これらのモデルが正確に何を意味するのかは、あいまいなままです。また、今回の危機では、危機以前における各国金融機関の健全性が異なっていました。これらの観察事実をもってして、何か1つの万能なモデルがあると主張するつもりはありません。むしろ、柔軟性の高い金融規制・監督に関するモデルの重要性を示唆しているように思われます9。各国の事情を踏まえながら、公的規制と自己規律、そして自己資本比率規制とその他の公的規制の間でどのような組み合わせが望ましいかを考えていく必要があります。例えば、グローバル化が進んだ現代でも、経営者に対する報酬など、人々のインセンティブに影響を与える要因は国によって大きく異なっています。

  1. 5Gorton [2009]は、新たな金融の規制を設計するうえで、「シャドーバンキング・システム(shadow banking system)」を銀行システムの一部として理解することの重要性を指摘しています。
  2. 6例えば、金融機関の利益率と金融システム全体の安定性については、Institute for International Finance [2009]をご参照ください。
  3. 7西村 [2009]は、金融規制を設計する際、コスト・ベネフィットのバランスを図ることの重要性を指摘しています。
  4. 8Fisher [2009]は、今回の金融危機からの主要な教訓として、インセンティブの重要性を強調しています。
  5. 9今回の危機を踏まえた、銀行、金融の規制・監督のアングロ・サクソン型モデルの評価については、Goodhart [2009]をご参照ください。

流動性の移転(liquidity transfer

 第3の予定調和である流動性のアベイラビリティについて考えてみますと、今回の危機の経験にも示されたように、現実のものであれ、主観的なものであれ、カウンターパーティリスクは、危機を増幅させるうえで重要な役割を果たしました。自己資本を十分に有する金融機関でも、危機下の金融市場では、容易に流動性を調達できるわけではありません。だからこそ、ショックに対してより頑健な金融のインフラストラクチャを構築していくことに重点を置いていく必要があります。その際、重要な行動の1つは、通貨、時差、地域を越えて、円滑に流動性の移転を確保していくことです。このような努力は、決して新聞の見出しを飾ることはないかもしれませんが、より確かで実質的な成果につながっていくものと思います。

中央銀行間の国際協力の必要性

 以上の3つの課題を踏まえて、各国中央銀行間における協調について、必要な取り組みを説明したいと思います。

 まず、金融政策については、各国それぞれが自国の経済のマクロ的な安定に向けて努力することが求められます(put its own house in order)。また、各国中央銀行は、グローバルな金融環境の分析と、情報共有のさらなる拡充に向けて、一段と共同して取り組んでいくことが求められます。この点、金融政策の波及メカニズムにおけるリスクテイキング・チャネルの国際的な側面について、モニターしていくことの重要性が高まってきていると考えています。リスクテイキング・チャネルの国際的側面とは、典型的には、国際的に活動する金融機関が金融政策の効果を伝播させるという、共通の貸し手を通じたチャネルや、グローバルな投資家が様々な形でのキャリートレード・ポジションを形成したりする形で観察されます。

 次に、金融の規制・監督についても、同様に、各国が自らをきちんと律することが金融システムの安定を確保していく重要な原則となります。リーマン・ブラザーズの破綻後の経験は、その重要性をはっきりと示しています。そのうえで、まずは、将来の危機を未然に防いでいくための規制体系の再設計が重要となります。この点では、私たちはマクロプルーデンス的な視点を取り込むことで、正しい方向に進んでいると思います。ただ、極めて多くの懸案事項を抱えており、全体としての方向性を見失わないように注意していかなければなりません。G20やFinancial Stability Board(FSB)は、景気の回復が確認されたあと新たなルールの多くを実施に移していくとの留保条件をつけたうえで、銀行の自己資本比率基準の見直しを的確に提案しています10。国際的に活動する金融機関が現に抱えているリスクに照らすと、自己資本比率の見直しの方向性は適切なものです。しかしながら、その実施に当たっては、自己資本比率規制の強化によって引き起こされる金融機関のリスクテイクの内生的な変化にも注意を払っていく必要があります。

 最後に、金融市場調節、あるいはより一般的に、中央銀行のバンキング政策ともいうべき領域で、中央銀行間の協調が必要とされています。危機は、資金流動性への不安によって増幅されます。このことは、グローバルな観点から流動性を円滑に移転させていくことの重要性を強調していると考えられます。

 主要中央銀行の協調のもとに行われたドル資金供給オペは、流動性調達不安のもとで、極めて大きな効果を発揮しました。この場合、Fed以外の中央銀行はいずれも、国内金融市場ないし国内金融機関の安定を確保するために、ドル資金供給オペを行うインセンティブを有していました。他方、Fedも、ドル建ての金融市場の安定を確保していくインセティブを自ずから有していました。このように、ドル資金供給オペは、Fedにとっても、それ以外の中央銀行にとっても、相互の利益に適うものでした。このことは、為替レートや国際収支といった2カ国間の関係を巡る重要なマクロ変数に緊張が生じやすい、金融政策の「国際政策協調」とは著しく異なるものでありました。

 今回の危機を通じて、為替スワップ市場、レポ市場、またその他の有担保市場の頑健性を向上させていくことの重要性が再認識されましたが、各国中央銀行は、この点について、民間の自主的な取り組みを後押ししていく必要があります。さらに、各国中央銀行自身も、流動性供給、クロスボーダー担保の受入れ、中央銀行の決済システムの稼働時間の延長を始めとして、さらなる協調を行っていく必要があります。

  1. 10金融規制・監督強化に対する提案については、G20 [2009]をご参照ください。

結び

 結びにあたり、中央銀行間の国際的な協調を一段と進めていくためには、人的交流を促していくことが重要となる点を強調しておきたいと思います。

 2007年夏以降、各国中央銀行は、首脳レベルから実務レベルまで、電子メール、電話会議、直接の対話など、様々な媒体を通じて意思疎通を図ってきました。このような努力が、危機の悪化を防止するうえで大きく貢献してきました。

 経済学の用語を使うと、金融市場は本来的に不完備(incomplete)なものであり、そうした不完備な契約を埋め合わせるのが専門的な知識に基づく判断です。この意味で、危機への対応の過程で培われた、より深い相互信頼関係、実務的・実践的な知識の集積、中央銀行間の強固なネットワークは、今後の政策協調の基礎となると期待されます。今後、新たな国際金融システムが形成されるとすれば、こうした人的ネットワークという資産から生まれてくると私は考えています。

以上

参考文献

  • 白川方明、「経済・金融危機からの脱却:教訓と政策対応」、ジャパン・ソサエティNYにおける講演の邦訳、2009年4月23日(2009a)
  • 白川方明、「金融危機の予防に向けて:金融市場、金融機関、中央銀行の連関」、ロンドン証券取引所における講演の邦訳、2009年5月13日(2009)
  • 白川方明、「危機を未然に防止するためのミクロ・マクロ両レベルでのインセンティブを巡る考察」、第8回国際決済銀行年次コンファランス(スイス・バーゼル)における講演の邦訳、2009年6月26日(2009c)
  • 西村清彦、「金融システムの安定性とマーケット・コンフィデンス」、日本金融学会における講演要旨、2009年5月16日
  • 20か国財務大臣・中央銀行総裁会議、「20か国財務大臣・中央銀行総裁会議声明のポイント」、2009年3月14日
  • Bank for International Settlements, 79 th Annual Report, 2009.
  • Financial Services Authority, The Turner Review: A Regulatory Response to the Global banking Crisis, 2009.
  • Fisher, Peter R., "The Market View: Incentive Matters" in John D. Ciorciari and John B. Taylor eds. The Road Ahead for the Fed, Hoover Institute Press, 2009.
  • Goodhart, C. A. E., "Banks and the Public Sector Authorities," Paper presented at PBC-BIS Shanghai conference on August 6-8, 2009.
  • Gorton, Gary, "Slapped in the Face by the Invisible hand: Banking and the Panic of 2007," mimeo, 2009.
  • Institute for International Finance, Restoring Confidence, Creating Resilience: An Industry Perspective on the Future of International Financial Regulation and the Search for Stability, 2009.
  • Rajan, Raghuram G., "Monetary Policy and Incentive," Address at the Bank of Spain Conference on Central Banks, June 2006.