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【挨拶】金融政策FAQ

滋賀県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 野田忠男
2010年3月4日

目次

  1. はじめに
  2. FAQ1:日本経済はこの先、どうなるのか?
  3. FAQ2:金融政策をどのように運営しているのか?
  4. FAQ3:デフレ問題の原因および処方箋は何か?
  5. 終わりに~滋賀県経済について~

はじめに

日本銀行の野田でございます。本日は、嘉田知事並びに滋賀県の各界を代表される皆様方と親しく懇談させていただく機会を賜りまして、大変光栄でございます。また、日頃は、支店長の金田一をはじめ、私共の京都支店が大変お世話になっており、まずもって厚く御礼申し上げます。

日本銀行では、政策委員会のメンバーである総裁、副総裁、審議委員が、経済・物価の動向や金融政策運営に関する考え方をお話しするとともに、各地を代表される方々と金融経済情勢について意見交換させて頂く目的から、懇談会を開催しております。

私は、民間の金融機関や企業に37年余り勤務した後、2006年6月に日本銀行の政策委員会審議委員を拝命しました。そういう意味では、根っからの中央銀行員ではありませんが、逆に民間出身者の目線で、金融政策や日本銀行の業務運営等について常勤の役員として日々議論と私なりの熟慮を重ねています。本日は、金融経済情勢や金融政策運営にかかるFAQ——Frequently Asked Questions(頻繁に尋ねられる質問)——にお応えするかたちで、私の見解等をお話しさせて頂きます1。そのFAQは、大きな括りとして、

  1. (1)日本経済はこの先、どうなるのか?
  2. (2)金融政策をどのように運営しているのか?
  3. (3)デフレ問題の原因および処方箋は何か?

の3点です。その後になりますが、皆様から、毎日のお仕事、ご商売を通じてお感じになっている経済の現状に関するご意見、さらには日本銀行に対するご要望などを拝聴させて頂きたいと存じます。

  1. 1金融経済懇談会の時間に限りがありますので、講演内容の背景説明等の詳細の一部については、以下、脚注に記載します。なお、私の過去の講演については、本ホームページに掲載しています。

FAQ1:日本経済はこの先、どうなるのか?

まず、最初に、「日本経済はこの先、どうなるか」からお話ししたいと思います。

日本経済~持ち直しつつあるが、自律的回復力はなお脆弱~

わが国経済のこれまでの動きを確認しますと、2003~2006年度にかけて実質GDPで2%台の成長を続けてきましたが、2007年度は+1.8%に減速し、2008年度は-3.7%という大幅なマイナスになりました。リーマン・ブラザーズの破綻後、多くの金融市場で疑心暗鬼の状態が拡がり、経済活動に必要な資金の流れが滞り、世界中で需要が急減しました。わが国も、主力産業の自動車、電気機械、一般機械を中心に需要が急減したことから、震源地の米国よりも大きな影響を受けました。

2009年度に入ってからは、7~9月期はゼロ成長でしたが、4~6月期および10~12月期は比較的大きめのプラス成長となり、持ち直しています(図表1)。海外経済の回復に支えられて輸出が増加し、また政府のエコ関連施策による車や家電等一部耐久消費財の販売好調を主因として個人消費が持ち直しています。

先行きについては、海外経済の回復に支えられて、テンポは必ずしも平坦ではないかもしれませんが、基調的には持ち直しから回復に向かう姿を想定しています。世界経済は、一昨年9月のリーマン・ブラザーズの破綻を契機に大幅に悪化しましたが、足もとは各国の景気刺激策や在庫復元を背景に全体として緩やかな回復を続けています。米欧経済はバランスシート調整が長引き2、持ち直しないしは緩やかな回復に止まっていますが、中国をはじめとするアジアは、内需の回復を伴いながら、高めの成長を続けています。世界経済は、先行きも、全体として緩やかな回復を続けていくとの見方が多い状況です3。わが国の輸出は、こうした海外経済の回復に支えられて、増加を続けるとみています4

もっとも、わが国経済について、なお慎重な構えを崩せない状況であることも指摘しておきたいと思います。その理由は、経済活動の水準が依然として相当低いところにあるということに求められます。輸出や生産は増加を続けているとはいえ、直近の1~3月期の水準はピーク(2008年1~3月期)比でなお16%低く、実質GDP(2008年10~12月期)もピークの水準を6%割り込んでいます5(図表3)。経済活動水準が低いということは、企業にとっては、収益や生産の水準が低く、設備や雇用に過剰感が発生していることを意味します。こうした状況では、企業は設備投資や雇用の増強には慎重にならざるを得ません。個人消費も、政策効果に支えられた耐久消費財を除けば、雇用・所得環境の厳しさが続くもとで、弱い動きが続く可能性が高いとみられます。国内における「民需の自律的な回復」はなお見えにくい状況にあります。

ご参考までに、1月時点での日本銀行政策委員7名の見通し(図表4)をご紹介します。政策委員の実質GDPにかかる見通しの中央値は、2009年度は-2.5%、2010年度は+1.3%、2011年度は+2.1%です。すなわち、中心的な見通しとしては、2008年度に引き続き、2009年度もマイナス成長となった後、2010~2011年度にはプラス成長に復していく姿を想定しています6。この見通しを直近ピークの2007年度を100として水準に置き換えて確認しますと、2009年度は94、2010年度は95、2011年度でも97の水準に止まります(図表5)。

  1. 3IMFは1月に公表した「World Economic Outlook」において、2002~2007年にかけて5%近い高成長を続けてきた世界経済は、2008年には+3.0%、2009年には戦後最低の-0.8%まで成長率は大きく落ち込んだものの、2010年には+3.9%、2011年には+4.3%まで回復するという見通しを示しています。
  2. 4輸出が今後、回復を続けるかどうかは海外経済次第です。後述のとおり、不確実性は高い状況ですが、わが国の輸出の先行指数とみられているOECD景気先行指数や米国の製造業ISM指数の新規受注は改善を続けています。私は、少なくとも当面、輸出は増加を続ける可能性が高いとみています(図表2)。
  3. 5足もとの水準を2008年1~3月期以前と比較すると、輸出は2006年前半、生産は2002年前半、GDPは2005年前半の水準です。
  4. 6日本銀行では、4月と10月に「経済・物価情勢の展望」を公表し、その間の1月と7月に中間評価を行う枠組みを採用しています。本年1月の中間評価では、経済は、昨年10月の展望レポートで示した見通しに概ね沿って推移すると評価しました(図表4)。

日本経済のリスク要因~ひと頃に比べ下振れリスクは緩和~

以上が日本経済の先行きの中心シナリオですが、次に述べるようなリスク要因(不確実な点)に注意する必要があります。昨年10月の展望レポート作成時と比較すると、新興国経済が上振れていることなどから、総じて上下のリスクがバランスする方向にシフトしていると評価しています。

(1)海外経済

景気持ち直しの牽引役は輸出であることに変わりはないと考えていますので、海外経済の回復が滞れば、中心シナリオであるわが国経済の持ち直しから回復へ向かうという姿は描けません。従って、海外経済の動向は最大のリスク要因であるとも言えます。

海外経済の主力エンジンである米欧経済は、(1)根源的な支出抑制要因であるところのバランスシート調整と厳しい雇用調整に晒されている家計部門、(2)なお増加し続けているとみられる不良債権をバランスシートに抱えて貸出を減少させている銀行部門、といった重石を抱えていますが、このような実体経済に対する下押し圧力が長期に亘って残るリスクがあります。また、経済活動の水準がなお低い中では、実体経済から金融への負のフィードバックが再発するリスクも残ります。

一方、中国をはじめとする新興国は、もともとインフラ投資が旺盛であったところに、金融危機後の自国の拡張的なマクロ経済政策の効果が及んでいます。加えて、先進国の低金利政策の持続期待等からグローバル投資家のリスク選好が回復してきたことを背景として資金流入が活発化しており、これが、資産価格の回復等を通じて成長を押し上げています。これらが相俟って、新興国の実体経済は予想を上回るペースでの景気回復をみせています。このことは輸出の回復を通じて先進国経済の回復を支えるという意味においては心強い存在ですが、一部の新興国では、物価や資産価格の上昇等のアップサイドのリスクに対する意識が高まっています。また、新興国の需要増加の期待もあり、原油価格の代表的な指標であるWTIは、一昨年末のボトム(34ドル)の倍を超える水準まで上昇するなど、国際商品市況の上昇トレンドは続いています。このように、新興国への資金流入の加速には注意が必要です。一方で、グローバル投資家の期待が何らかのショック等により大きく変化する場合、グローバルな資金フローに急激な巻き戻しが生じ、金融資本市場や金融システムに動揺を招きかねないことにも注意が必要です。先々の調整圧力を溜め込んでいないか、国際的な資金フローの動向も視野に入れつつ、丹念に点検していくことが重要です。

(2)各国の各種政策の帰趨

2つ目のリスク要因は、各国の各種政策の帰趨です。各国の景気刺激策はこれまでの世界経済回復の牽引役の一つですが、民間需要の本格的な自律的回復の前にこの効果が薄れていく場合には、景気が下振れる可能性があります。わが国をはじめ、多くの先進国は財政バランス悪化の問題を抱え、財政の出動余地は限られてきており、財政健全化と景気失速の回避のバランスをどう確保するかという難しい課題に直面しています7

また、こうした財政バランスの悪化が、長期金利を上昇させ、金融政策の効果を減衰させるリスクにも市場の意識が高まっています。所謂ソブリン・リスクもこの延長線上にあります。事実、ユーロ圏加盟国の中で最も深刻な財政問題を抱えるギリシャでは、長期金利が急上昇しました。財政の持続可能性への信認がひと度失われると、市場の評価が急落するリスクというものを如実に示しているといえます。財政規律の確保、すなわち財政再建の道筋を明らかに示し、それを適切なタイミングで着実に実行することが重要と考えます。

  1. 7米国のオバマ大統領は、1月に一般教書演説を行う中で、歳出(国防費や社会保障関連費用を除く)の増額を3年間凍結することを提案し、「政府債務の抑制に向けて、効果的な措置を採らなければ、金融市場に影響を与え、長期金利の上昇を通じて景気回復を阻害する」と財政健全化策の必要性を主張しました。一方で、本措置の適用を本年ではなく、来年からとし、景気失速回避の観点にも配意しています。

(3)企業の中長期的な成長期待

3つ目のリスク要因は、企業が展望する中長期的な成長期待の動向です。わが国経済が基調的には持ち直しから回復に向かうという中心シナリオは、企業が設備投資や雇用等に支出を再び増やしていく姿を想定しています。仮に、新興国の持続的成長が展望される一方で、わが国経済の成長が厳しいものに止まるとの予想が強まる場合には、新興国への投融資が増加する一方で、国内での支出行動が抑制された状態が続く可能性があります。多くの企業で海外生産のウエイト引き上げの検討が進んでいると伝えられています。こうした海外への生産シフトが、国内における設備投資や雇用はもとより、輸出入の構造にどのように影響していくか、注意深く点検していく必要があります8

  1. 8日本企業の生産拠点が海外に設けられる場合、(1)現地生産に必要な資本財、中間財を中心に輸出が増加する一方、(2)消費財を中心に現地生産に代替されます。わが国では、海外生産比率が上昇し続ける中でも、輸送用機械等を中心に(1)の中間財等の輸出が増加してきた経緯があります(図表6)。もっとも、最近では、情報通信機械等で(2)の逆輸入が増加しつつあります(図表7)。

FAQ2:金融政策をどのように運営しているのか?

日本経済の先行きについてお話しましたが、では、それに対して、日本銀行は「金融政策をどのように運営しているか」についてご説明します。

日本銀行の政策対応~異例の施策にも踏み込み~

国際金融資本市場や米欧の金融システムの動揺が深刻さを増した一昨年9月以降、日本銀行は、様々な政策措置を講じてきました。(1)政策金利の引き下げ、(2)潤沢な資金供給、そして(3)機能が低下した金融市場の正常化に向けた施策、の大きく3つに分けてお話ししたいと思います。

(1)政策金利の引き下げ

第1に、金利政策です。日本銀行は政策金利である翌日物の無担保コールレートの誘導目標を、一昨年10月と12月に引き下げ、実質ゼロ金利ともいえる0.1%とし、その後、その水準を維持しています。

(2)潤沢な資金供給

第2は、潤沢な資金供給です。金融市場の安定は、経済が持続的な成長経路を辿るうえでの大前提であることは言うまでもありません。流動性が極端に収縮した金融市場には、中央銀行が流動性を潤沢に補給していくことが極めて重要です。

日本銀行は、後程述べる様々なオペレーションを駆使して政策金利を目標水準に適切に誘導しつつ、資金を潤沢に供給してきました。例えば、年末越えの資金供給量をみますと、平常時であった2007年は33兆円でしたが、リーマン・ショックにより金融市場が大きく不安定化した後の2008年は40兆円近くまで達しました。金融市場の安定化が進んだ2009年央以降も極めて緩和的な金融環境を維持するため潤沢な資金供給を続けており、2009年末の供給量は42兆円となりました。

(3)機能が低下した個別の金融市場の正常化に向けた施策

第3は、機能が低下した個別の金融市場の正常化に向けた施策です。中央銀行としては異例の対応9 になりますが、CPを2009年1月から、社債を同年3月から買入れました。その効果もあり、CP・社債市場の機能は回復し、発行環境は大幅に好転しました。市場の機能回復という所期の目的を達成したことから、昨年末に本時限措置を完了しましたが、その後も、良好な発行環境が続いています。

  1. 9CPや社債等、企業金融に係るクレジット商品の買入れは、個別の信用リスクを直接負担することになり、損失発生を通じて納税者の負担を生じさせる可能性が相対的に高く、日本銀行の財務の健全性、ひいては通貨や金融政策への信認を損なう惧れがあることから、異例の措置と位置付けられます。日本銀行は、市場機能回復までの時限的な措置とすることや、上限金額を設定すること等を定めたうえで、異例の措置に踏み切りました。

施策の選択~効果と副作用の双方を検討~

実施してきた施策の概略は以上ですが、金融政策を決定するに当たって何を重視しているのか、との質問を頻繁に受けます。

リーマン・ショック後、景気の大幅な落ち込みおよび一部金融市場の機能不全に直面しましたが、これに対して中央銀行としては異例な施策に果敢に踏み切る一方で、わが国経済に災いをもたらしかねない施策については、慎重に判断してきました。施策検討のプロセスで私が意識していることは、企業経営と同じように、様々な施策について長期的視点から効果と副作用の双方をしっかりと吟味し、わが国経済にとって最適の施策を冷静に選択することで、これを愚直に実行しています。

ターム物金利の引き下げ~最も効果的なサポート~

日本銀行の政策金利は無担保コールレートO/Nですが、リーマン・ショック以来、私が重視してきたのは、やや長めの金利——ターム物金利——の引き下げです。何故ならば、企業や家計の借入金利は、このターム物の金利に基づいて決められることが多く、このレートを引き下げることが景気に対して最も効果的なサポートになると考えているからです。具体的には、企業金融支援特別オペ、新型オペという、新しい資金供給手段を導入し、やや長めの資金(3か月もの)を政策金利と同じ0.1%(固定金利)で短期金融市場に潤沢に供給しました10。ターム物金利は、ピンポイントの金利ターゲットに誘導することに馴染むものではありません11が、その低位安定化は、実体経済の細部に至るまで金利コストの低減効果を及ぼしています。

  1. 10日本銀行は、昨年1月に企業金融支援特別オペを、昨年12月に新型オペをそれぞれ導入しました。両オペともに、やや長めの資金(3か月もの)を政策金利と同じ0.1%(固定金利)で供給するオペです。担保の対象範囲に差異があり、前者は企業金融の円滑化を念頭に置き、民間企業債務に限定していますが、後者は国債などまで対象を拡大しています。なお、企業金融支援特別オペは、企業の資金調達環境の改善を踏まえ、またより広範な担保を利用できる金融調節手段を活用して潤沢な資金供給を行う態勢に移行する趣旨から、本年3月末で完了する予定です。
  2. 11LIBORやTIBORは、報告銀行が申告する「想定レート」であり、実際の資金取引のレートを示す「実勢レート」ではないこともあり、指標として利用するには限界があります。詳細は、日本銀行の「金融市場レポート(2010年1月)」の「BOX4 LIBORに関する留意点」(本ホームページに掲載)をご覧下さい。

国債の買入れ~長期金利の上昇リスクに留意~

逆に、副作用に注意する必要がある施策として、長期国債の買入れを挙げたいと思います。日本銀行は、日々金融市場に資金を供給したり、あるいは吸収すること(オペレーション)を通じて金融政策を遂行しており、これを金融調節といいます。潤沢な資金を供給するうえで、日々の短期のオペレーションを軽減し、長期安定的な資金を供給するという金融調節上の——言わば技術的な——必要性から、年間21.6兆円の長期国債の買入れを行っています。

「金融緩和の手段として長期国債の買入れをもっと増やさないのか」というのもFAQの一つです。ここで注意しなければならないことは、日本銀行の長期国債の買入れが財政ファイナンスと誤解され、長期金利が実体経済の見通しから乖離して上昇するという副作用が発生するリスクがあることです。先進国の中で公的債務のGDP比率が最も高い12わが国の長期金利は1%前半で安定的に推移していますが、こうした水準を維持しながら、債務を増加させることを長期にわたって続けられる保証はありません13。先程2つめのリスク要因でご説明した通り、長期金利の上昇リスクは、多くの先進国が直面している重大なリスクであり、米英の中央銀行が昨年、国債買い入れに踏み切った際に、長期金利が直後の一時的な低下の後、大きく上昇した事実を放念してはならないと考えています14。日本銀行は、今後とも、財政ファイナンスとの誤解を与えないように注意を払いながら、長期資金供給のために長期国債の買入れを続けていく方針です15

  1. 12OECDエコノミック・アウトルックNo.86(2009年11月)によれば、日本の2009年の政府債務残高の対GDP比率は189.3%とアメリカ(83.9%)、英国(71.0%)、ギリシャ(114.9%)等に比べ突出して高い状況です(OECD加盟国平均は90.0%)。こうした中、格付け機関のS&Pは1月に日本国債の格付け(現在はAA)見直しを「安定的」から「格下げ方向」に引き下げ、IMFは、国際金融安定性報告の中で、CDSのスプレッドが拡大するなど、政府債務増加への市場圧力が高まっていると指摘し、実例として日本と英国に言及しました。
  2. 13日本は、先進国で突出して高い債務残高を有しているにもかかわらず、長期金利は低位で安定しています。その要因として、日本は貯蓄超過国であり、国内に潤沢な資金余剰が存在し、国債発行のほとんどが国内居住者による需要によって賄われていること、等の日本の国債市場の特徴が指摘されています。しかし、今後の高齢化などの財政負担を考えれば、先行きもそれを賄うだけの貯蓄超過を国内だけで確保し続けていくことができるか不確実性があること(家計の資金余剰は趨勢的に細っており、企業の資金余剰も企業行動の変化などから今後も継続するかどうか不確実)、に留意する必要があります。
  3. 14中央銀行による国債の買入れが長期金利へ与える影響に関するこれまでの実証研究や海外の事例については、昨年7月の長野県金融経済懇談会における挨拶要旨(本ホームページに掲載)において詳しく述べています。FRBのバーナンキ議長も、国債買入れにあたって特定の金利水準をターゲットにしないことや、財政ファイナンス(マネタイゼーション)は行わないことなどを繰り返し述べています。
  4. 15FRB(米国)は昨年10月に、BOE(英国)は本年1月に、それぞれ長期国債の買入れを終了しました。

潤沢な資金供給の効果と副作用~安心感の醸成と市場規律~

金融市場への流動性供給についても、効果と副作用の双方を勘案する必要があります。先程述べた通り、日本銀行は、潤沢に資金を供給し続けていますが、こうした中でも、「かつての量的緩和16を再開しないのか」、「日本銀行はバランスシートをもっと拡大しないのか」というFAQがあります。

量的緩和の効果については、(1)2001年の量的緩和政策採用時のように、金融システムに大きな不安がある際には、その不安を和らげ、金融市場を安定させるという効果を発生させるが、(2)経済主体の支出活動を刺激し、物価を上昇させるという効果は非常に限定的である、と評価しています。中央銀行のバランスシートの大きさについては、(1)準備預金の量は各種流動性供給策等の結果であり、(2)準備預金の量と金融緩和の程度は直接的に結び付くものではない、と考えています17。重要な点は、日本銀行から金融機関に供給された大量の資金が、金融機関から先の企業や家計にどの程度届いているか——銀行貸出がどの程度伸びているか——です。この点は、企業や家計の借入需要や銀行の貸出態度に依存しますが、足もとは借入需要が低迷するもとで、銀行貸出は前年比マイナスで推移しています。こうした中で我々が金融機関に提供した大量の資金は、銀行が日本銀行に保有している準備預金に残高として積み上がっており、資金余剰感が強まっています。現在は、かつての「量的緩和政策」のように、日本銀行の当座預金残高に目標を設けて資金供給を行うという方法をとってはいませんが、市場の需要を満たす流動性を十分供給してきており、市場における流動性に対する安心感を与えているという点では、かつての「量的緩和政策」と同様の効果を発揮していると思います。

一方、副作用についてみると、市場機能を低下させないという観点が重要です。中央銀行による介入——この場合でいえば、資金取引における日銀オペの依存——が強過ぎると、正常に機能している市場が、中央銀行の介入自体によって、その機能を低下させるという本末転倒な結果をもたらしかねません18。かつての「量的緩和政策」は、資金供給量にターゲットを設定していたことから、市場機能を低下させていた可能性もあります。この点、現在の日銀のオペは、市場機能を極力活かしながら、市場が必要とする流動性を十分に供給していると思います。

  1. 16日本銀行は、2001年3月から2006年3月まで、金融市場調節の主たる操作目標を、それまでの「金利(無担保コールレート・オーバーナイト物)」から、「資金量(日本銀行当座預金残高)」に変更しました。具体的には、「日本銀行当座預金残高が○兆円程度となるよう金融市場調節を行う」といった形で金融市場調節方針を定めました。こうした金融調節方式は、金融の量的な指標に目標値を定め、それが達成されるように金融緩和を行うことから、「量的緩和政策」と呼ばれました。日本銀行では、現在、量的な指標ではなく、金利を操作目標に設定したうえで、様々なオペレーションを通じて潤沢に資金を供給しています。
  2. 17昨年12月にNY連銀が公表した論文(「銀行は何故、沢山の超過準備を持つのか?(Why Are Banks Holding So Many Excess Reserves?)」の結論部分でも、「FEDが危機対応のために導入した流動性ファシリティや与信プログラムが、副産物(by-product)として巨額の準備預金残を作り出した」、「銀行の準備預金の量は、FEDの各種施策の規模を反映しているだけで、銀行貸出や実体経済全般への施策の効果を意味している訳ではない」として、準備預金の量と金融緩和の程度は直結しないと断じています。
  3. 18量的緩和およびゼロ金利政策を採用した際には、日本銀行を介さない市場参加者同士の取引が大幅に細り、短期金融市場を支える市場インフラの縮小——与信枠の削減ないし解消、資金繰りセクションの人員減少、取引ノウハウの低下——という現象が生じ、その市場インフラが再構築され、取引が活発化するまでに時間とコストがかかりました。その経緯等を踏まえれば、市場機能の維持は、大変重要です。

FAQ3:デフレ問題の原因および処方箋は何か?

以上、日本銀行の金融政策運営についてご説明しましたが、3番目の項目として、いわゆる「デフレ問題」について、ご説明します。わが国の物価の現状について確認した後、デフレ問題の原因および処方箋について、お話します。

日本の物価~需給バランス悪化が物価を下押し~

わが国の物価について、生鮮食品を除くベース(コア)でCPIをみますと、昨年の石油製品価格高騰の反動から下落幅は縮小していますが、物価の基調を示すと言われる食料・エネルギーを除くベース(コアコア)では、前年比の下落幅の拡大に足もとまで歯止めがかかっていません19。所得の減少が続く中で、家計は節約志向を強めており、企業はこれに価格引下げで対応しています20。経済全体の需給バランス悪化や、ごく一部の耐久消費財以外の財・サービスに対する消費の根本的な弱さが、物価形成上、下押し圧力となっています(図表8)。

1月時点での日本銀行政策委員7名の見通し(図表4)をご紹介しますと、政策委員のコアCPIにかかる見通しの中央値は、2009年度は-1.5%、2010年度は-0.5%、2011年度は-0.2%となっています。すなわち、景気が持ち直すにつれて需給バランスが改善し、その物価への下押し圧力も徐々に減衰していくが、見通し期間の最終年度まで物価の下落は継続する——デフレは続く——という姿を想定しています。

デフレがもたらす問題としては、物価が下落する中でも名目の「債務」、「賃金」、「金利」は物価に比例して変化しないため、それぞれの実質値が高止まりし、その結果、いくつかのルートを通じて支出が圧迫され、実体経済に影響を及ぼすこと等が挙げられます。マクロ的な需給バランスの改善は緩やかであると見込まれるだけに、今後の経済・物価動向を細心の注意を払って点検する必要があります。

  1. 19東京都区部では2月に下落品目数が僅かながら減少しましたが、全国ベースでは下落品目数の増加が続いています(図表8(2))。
  2. 20一方で、行き過ぎた価格競争を回避しようとする企業の動きが少なからず聞かれるようになっています。詳細は、日本銀行の「地域経済報告(さくらレポート:2010年1月)」の「根強い価格下落圧力の中での企業戦略」(本ホームページに掲載)をご覧下さい。

デフレ問題の原因~根本的な原因は「需要不足」~

ここで、デフレの原因を考えてみたいと思います。90年代以降、計画経済諸国が市場経済に移行し、コストが大幅に低下したこと等を背景に、物価上昇率は世界的に低下してきました。こうした世界的なトレンドの中、日本の物価上昇率は、1980年代後半のバブル期以降、他の先進国に比べて低い状態で推移してきました。90年代半ば頃までは、わが国の物価高が流通の合理化と規制緩和により調整される中で、物価の下落が進みました。それ以降は、(1)バブル経済崩壊以降の調整局面の中で、日本の企業経営者と労働者が雇用の確保を優先した結果、賃金が持続的に下落したことや、(2)少子高齢化の進展や人口減少もあり、将来の成長に対する期待が低下し、需要が抑制されていることなど、様々な要因が指摘されています。これらの要因は、結局のところ、「需要不足」という根本的な原因に行き着くと考えています。

デフレ問題への処方箋~潜在的な需要の発掘・捕捉~

我々は、このデフレの根本的な原因——「需要不足」——を直視し、対応を考える必要があります。

この点に関しては、需給ギャップを解消するだけの持続的な需要を喚起すれば良いということになりそうですが、単に需要サイドだけの問題ではありません。重要なことは、どこで需要を発掘し、供給サイドでそれをどう捕捉するかということです。世界的なバブルが崩壊し、歴史的にみても大きい需給ギャップを抱えている今日、従来と同じ財・サービスにおいて元の供給能力を埋めるだけの需要が復活してくると考えることは、バブルそのものの再生を意味することになり、幻想です。わが国の歴史を振り返れば、様々な経営努力やイノベーションを通じ、潜在的ニーズを発掘し、捕捉することで経済は成長してきました21。近隣の東アジアには急速に拡大を続ける需要が存在しますし、国内でも医療、介護、環境や観光など、潜在的な需要は決して小さくありません22

需要の発掘・捕捉に向けた企業努力を政策面から支えていくことも重要です。私が最も重要と考えている点は、将来に対する不安感の解消です。例えば、家計は、社会保障・医療制度等に将来不安を感じているため、予備的に消費を抑え、貯蓄を増やしていると言われています。私は、特に若年層における消費の弱さ——不安の強さ——を心配しています23。政府の来年度予算案に組み込まれている子供手当の経済効果の大きさ——限界消費性向——は、こうした不安心理がどの程度改善されるかにかかっています。

わが国の場合、人口が既に減少し始めていることを踏まえれば、生産性を向上させることは他の国以上に重要です。わが国の生産性の推移をみると、製造業の生産性は2000年以降、伸びを高めてきたものの、ウエイトの高い非製造業の生産性は伸び悩んでいると言われています。生産性の向上についても、妙手妙策はありませんが、大事なことは、既存のヒト、モノ、カネという経営資源を、潜在的なニーズに適合するように再配分していくことを通じて、現実の需要を創出していくことだと考えます24。そうした取り組みを後押しするため、内外の経済環境の変化に応じて、社会的なセーフティーネットを確保しつつ、既存の制度や仕組みを柔軟に変えていくことが求められます。

経済全体の需要が持続的に回復していけば、労働市場の需給環境も改善していくことが見込まれます。先程、デフレの要因として、賃金の持続的な下落を挙げましたが、労働市場の持続的な回復は、名目賃金の上昇を通じて、物価に対してもプラスの影響を及ぼしていくと考えられます。また、生産性の上昇を伴った景気回復が続けば、労働者の実質賃金の上昇を通じて、実質的な生活水準の向上にも繋がるものと思われます。

  1. 21最近でも、液晶テレビ、発光ダイオード、太陽電池モジュール等の生産は、リーマン・ショック前の生産水準を既に上回っています(図表9(1))。入国観光客数をみても、入国観光客数全体が減少する中で、中国からの観光客数は、昨年7月の個人観光旅行の解禁もあり、過去最高を更新しています。
  2. 22日本全体の有効求人倍率が1を大幅に下回って推移する中でも、保健医療、社会福祉、介護といった職種の有効求人倍率は1を超えて推移しています。このような労働市場におけるミスマッチを積極的に是正していくことにより、(1)雇用情勢の改善と(2)潜在的な需要の発掘が同時に進むと考えられます。
  3. 23家計調査において世帯主の年齢階層別に2009年の消費支出をみると、60歳以上は前年比増加しているものの、60歳未満では減少しており、年齢階層が下がる程、減少幅が大きくなっています(図表9(2))。また、政策効果から購入が増加している耐久消費財について、どの年齢層が購入したかをみると、50歳以上の伸びが目立ちます(図表9(3))。
  4. 24 公共投資が、生産性の低い産業の一つである建設業等に経営資源を固定化させるなど、90年代以降で継続された景気対策は、非効率な分野に経営資源を滞留させることを通じて、経済全体の新陳代謝を妨げ、生産性の向上を損なった可能性があります。

需要不足解消と金融緩和~金融緩和はデフレ脱却の必要条件の一つ~

日本銀行は、昨年12月に「日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰することが極めて重要な課題であると認識している。そのために、中央銀行としての貢献を粘り強く続けていく方針である。金融政策運営に当たっては、きわめて緩和的な金融環境を維持していく考えである」ことを示しました。加えて、各政策委員が、金融政策運営に当たって、中長期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率である「中長期的な物価の安定25」について、「ゼロ%以下のマイナスの値は許容していないこと、委員の大勢は1%程度を中心と考えていること」を明確化しました26・27

これらの対応が全体として、市場参加者の物価予想の安定と金利予想に相応の影響を及ぼし、先般お話しした最も効果的なサポートであるターム物金利の低下に一定の効果をもたらしていると評価しています。

以上、デフレ脱却の処方箋をまとめますと、極めて緩和的な金融環境を継続することがデフレ脱却の必要条件の一つであり、もう一つは、デフレの根本的な原因——需要不足——を直視し、「潜在的な需要の発掘と捕捉」、「生産性の向上」という課題に地道に取り組むことです。

繰り返しになりますが、私共日本銀行は、今後も、極めて緩和的な金融環境を維持することによって、金融面から需要を下支えしてまいります。金融・経済や物価の動向を「2つの柱」により点検したうえで、必要と判断される場合には、迅速・果敢に行動したいと考えています。

  1. 25日本銀行は、この「中長期的な物価安定の理解」を念頭に置いたうえで、「2つの柱」による点検を行い、先行きの金融政策運営の考え方を整理しています。「第1の柱」では、先行き(2011年度まで)の経済・物価情勢について、相対的に蓋然性が高いと判断される見通しについて点検し、「第2の柱」では、より長期的な視点も踏まえつつ、金融政策運営の観点から重視すべきリスクを点検しています。
  2. 262009年4月に点検した「理解」は、「消費者物価指数の前年比で0~2%程度の範囲内にあり、委員毎の中心値は、大勢として、1%程度となっている」でした。
  3. 27同時に、「物価安定のもとでの持続的成長を実現するうえでは、資産価格や信用量の動向など金融面での不均衡の蓄積も含めたリスク要因を幅広く点検していく必要がある」との認識を明示しました。物価に焦点を当て過ぎると、別の重大なリスクを見落としかねないという今回のグローバルな金融危機の教訓を踏まえたもので、「第2の柱」による点検の重要性を改めて確認しました。

終わりに~滋賀県経済について~

以上、金融経済情勢および金融政策運営について、お話しました。最後に、この後皆様から当地金融経済の実情をお聞きするに当たり、滋賀県経済28の現状と先行きについて、私なりに思うところを申し上げたいと思います。

滋賀県経済の特徴の一つとして、製造業のウエイトが全国平均よりもかなり高いこと——全国第1~2位の高さ——が挙げられます(図表10(1))。このことは、滋賀県の近年の経済成長率や一人当たりの県民所得が全国の中でも上位に位置することの背景になっていますが、一方で、世界経済が未曾有の急速な悪化をみた中で、輸出の急減を通じて、滋賀県経済が全国平均以上の大きな影響を受けたことの背景ともなっています。有効求人倍率をみましても、2002年以降全国平均を大幅に上回って推移していましたが、世界経済が減速し始めると一転して急低下し、2008年の半ば以降全国平均を下回って推移しています(図表10(2))。製造業のウエイトの高さは、滋賀県経済の強みの一つですが、一方で「経済活動の振幅が大きい」という影響をもたらしているといえます。

直近の状況をみますと、各種政策効果や新興国の需要増等を映じて、電子部品・デバイス関連や、液晶関連向けが好調な窯業を中心に生産が全国よりも速いペースで増加していますが(図表10(3))、生産の回復はまだ道半ばであり、設備や雇用の過剰感がなお強いなど、引き続き厳しい状況です。

先行きについては、全国と同様、当面、持ち直しの動きが緩やかながらも続いていく可能性が高いと思われますが、内外の政策効果が減衰していく中で、民需の自律的回復に繋がっていくかが、滋賀県経済にとっても課題です。

経営者の方々と面談し、改めて感じることは、滋賀県経済には様々な「強み」があるということです。(1)大阪・京都や中京圏へのアクセスの利便性が高いという立地条件の良さ、(2)製造業の工場集積、(3)人口の増加(図表10(4))、(4)琵琶湖等の観光資源、(5)豊富な歴史資産、(6)近江商人の「三方よし29」の精神を引き継いだ環境・CSRに対する高い意識30、といった点が挙げられます。こうした強みを戦略的に活用し、高付加価値製品や環境関連製品の製造に先進的に取り組まれ、また、「滋賀・琵琶湖ブランド」の推進等の観光振興策を積極的に展開されており、心強い限りです。これらのご努力が実を結び、滋賀県経済が一層の発展を遂げられることを願っております。

私からは以上です。長らくのご清聴、有難うございました。

  1. 28日本銀行京都支店は、滋賀県および京都府の経済活動を調査しており、毎月、「管内金融経済概況」を、3か月ごとに「管内企業短期経済観測調査結果」をそれぞれ公表しています(いずれも同店のホームページに掲載しています)。
  2. 29「売り手よし、買い手よし、世間よし」という内容で、宝暦4年(1754年)に中村治兵衛が子孫のために残した家訓が元になっています。「三方よし」の精神は、顧客満足や企業の社会的責任といった現代企業の経営理念に通じる先進性を持つものであり、注目に値します。
  3. 30日本銀行が1882年に設立された際、滋賀県人の支えが大きかったと言われています。設立当初の株主580名のうち、滋賀県の株主は80名と、大阪、京都に次いで全国3番目の多さでした。なお、あまり知られておりませんが、日本銀行は、現在でも出資証券を発行し、JASDAQに上場しています。

以上