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【発言要旨】第5回日本CFO円卓会議における発言要旨

パネルディスカッション「不況脱出に向けた日本の挑戦」の冒頭スピーチ

日本銀行政策委員会審議委員 須田美矢子
2010年3月10日

日本銀行の須田美矢子です。本日は、日本をはじめとするアジアのビジネスリーダーが大勢お集まりの「第5回日本CFO円卓会議」にお招き頂き、誠にありがたく、光栄に存じます。「不況脱出に向けた日本の挑戦」をテーマとしたパネルディスカッションということですので、私からは、まず、日本の景気の現状と先行きについて簡単に触れた後、中長期的な観点から構造問題と金融政策との係わりについて、私なりの考えを少し述べてみたいと思います。

最初に、日本経済の現状ですが、日本銀行では、国内民間需要の自律的な回復力はなお弱いものの、内外における各種対策の効果などから、景気は持ち直しているとみています。先行きにつきましては、政策効果の剥落や厳しい所得環境が続く中で、個人消費が横ばい圏内で推移するなど、日本経済の持ち直しのペースは、当面、緩やかなものに止まる可能性が高いとみています。しかし、少し長い目でみれば、輸出を起点とする企業部門の好転が家計部門に波及していくにつれ、日本経済の成長率も徐々に高まっていくとみています。輸出の背景にある世界経済につきましては、新興国・資源国の力強い成長が続くほか、欧米諸国の回復のモーメンタムも途切れることはないとみており、世界経済全体として回復基調が続くと想定しています。他方、物価面をみますと、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、石油製品価格の動きなどを反映する形で下落幅を縮小させています。当面、現状程度の下落幅で推移しますが、マクロ的な需給バランスが徐々に改善することなどから、下落幅は再び縮小していくと予想しています。

以上お示ししたシナリオが、私ども日本銀行政策委員のメインシナリオです。ただし、こうしたシナリオに関する不確実性は、リーマンショック以降高い状態が続いています。詳細は10月の展望レポートでご覧頂けますが、簡単にご紹介しますと、まず実体経済につきましては、新興国・資源国の経済の強まりなどの上振れ要因がある一方、米欧のバランスシート調整の帰趨や、企業の中長期的な成長期待の動向といった下振れ要因が挙げられます。また、物価につきましては、新興国・資源国の高成長を背景とした資源価格の上振れリスクがある一方、中長期的な予想物価上昇率の低下といった下振れリスクも意識しています。なお、私自身としましては、以上でお示ししたリスク要因は、不確実性が高いもとで、上下両方向にほぼバランスした状態であるとみています。

以上のような経済・物価情勢の現状・先行きに対する認識のもとで、日本銀行では、日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰することを促すために、中央銀行としての貢献を粘り強く続けていく方針であり、具体的な金融政策運営に当たっては、引き続ききわめて緩和的な金融環境を維持していく考えです。

さて、次に日本が抱えている構造問題に目を向けてみたいと思います。現在、わが国の企業や家計の間では、先行きに対する不透明感や閉塞感が漂っています。こうした沈滞したムードの背景には、私が改めて指摘するまでもなく、少子高齢化、グローバル化、財政債務問題といった構造的な難問が存在しているように見受けられます。こうした構造要因が経済に与える影響について考えてみますと、まず少子高齢化は、労働力率(労働力人口/15歳以上人口)の低下や、貯蓄率の低下による資本ストックの減少を通じて、一人当たりGDPの減少に繋がると考えられます。また、年金問題や財政のサステナビリティへの不安が高まることによって、人々のマインドや期待成長率にも悪影響を及ぼす可能性があります。さらに、グローバル化に関してみますと、近年、日本と新興国・資源国との係わりが強まっていますが、そうした変化にわが国の輸出構造を如何に対応させていくかが課題となっています。財政債務問題につきましても、財政再建の目途が立たず、公的部門の民間経済への関与の度合いがどうなっていくのか、想定することが難しくなれば、企業などの民間経済主体にとっては、今後の経済活動を計画する上での不確定要因になりかねません。

いずれにせよ、こうした構造問題への取り組みが、息の長い経済成長を遂げていくためには、避けて通ることのできない重要な課題であることに間違いはありません。本日のパネルディスカッションでは、以上のような構造問題について、皆様の知見をお借りしながら、有意義な意見交換ができればと考えておりますが、議論に先立ちまして、私からは、まず構造問題と金融政策との係りについて、私なりの考えをごく簡単に整理してみたいと思います。

最初に、構造問題に対して金融政策がなし得る役割は、基本的に二つあると考えています。第一に、中長期的に物価安定を維持させるということです。ここで重要なポイントは中長期的な見通しであり、先行き物価が安定に向かうかどうかという点です。日本銀行政策委員の「中長期的な物価安定の理解」は、消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度が中心となっています。こうした物価安定のもとで、各種の経済主体は相対価格の変化を正確に認識することができ、構造的変化への対応を適切に行なうことが可能となると考えられます。

第二に、痛みを伴う構造改革が進んでいる場合には、金融緩和によってその痛みを和らげることが可能になります。例えば、1990年代のバブル崩壊後や、1990年代後半のアジア通貨危機時における日本のケース、1990年代初頭の米国のケースなどでは、金融政策が景気底割れを防ぐ役目を果たしました。ここで注意しなければならないのは、金融政策は構造改革の進展を間接的に支えることはできても、構造改革そのものを進展させる効果はないということです。現在のところ、日本経済が物価安定のもとでの持続的成長経路に復することを促すために、緩和的な金融環境を維持することが最優先課題ではありますが、景気回復と並んで、必要な構造改革を果敢に進め、構造変化に応じた新陳代謝を促していくことも、現在の日本経済にとって重要な課題と言えます。また、構造改革が先送りされたままでは、金融政策に期待される景気浮揚効果も減殺されてしまいかねません。

経済に大きな構造変化が生じている場合、それを速やかに認識し、その性格を的確に分析し、それを世の中に粘り強く説明し、必要な改革を断行していくことが、公的当局に求められる重要な役割だと考えています。日本銀行としましても、必要な構造改革が進展していくために何が出来るのか、企業の皆様をはじめ、有識者の皆様のご意見を拝聴しながら、ともに検討していきたいと考えています。

以上