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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営

大阪経済4団体共催懇談会における挨拶

日本銀行総裁 白川 方明
2010年9月27日

目次

  1. 1. はじめに
  2. 2. 世界経済の動向
  3. 3. 為替市場の動向
  4. 4. 日本経済の動向と中長期的課題
  5. 5. 政策運営の考え方

1. はじめに

日本銀行の白川でございます。本日は、関西経済界を代表する皆様とお話する機会を頂き、大変嬉しく存じます。また、皆様には、平素より、私どもの大阪、神戸、京都の各支店が大変お世話になっており、厚くお礼申し上げます。

現在、経済界の皆様にとって、最近の円高の進行とその日本経済に与える影響が、当面の最も大きな懸念材料となっているものと存じます。そこで、本日は、皆様との意見交換に先立ち、私からは、まず世界経済の動向とそれを踏まえた為替相場の動きについてご説明し、その上で、国内経済情勢と金融政策運営の考え方についてお話しします。

2. 世界経済の動向

最初に、世界経済の動向についてご説明します。

世界経済は、昨年春以降、新興国を中心に、年率5%程度の成長を続けてきました。リーマン・ショック後の急激かつ大幅な落ち込みの後からの回復ですから、成長率が高くなること自体は当然ではありますが、成長率の数字としてはリーマン・ショック前の過去10年間の平均3.9%を大きく上回るものでした。しかし、最近では、欧米先進国において金融危機対応として講じられた各種の需要刺激策の効果が一巡しつつあることや、新興国における金融緩和の修正の動きなどを背景に、成長テンポはさすがに幾分減速しています。

地域別にみますと、米国経済は、堅調な輸出を背景に生産の増加が続いていますが、7月後半以降、個人消費や住宅など内需関連で回復テンポの鈍さを示す指標が多く公表されており、景気の減速懸念が強まっています。欧州経済は全体としてみれば、緩やかに回復していますが、ユーロ安がドイツなどのユーロ主要国の輸出や生産を後押ししている一方、ギリシャなどの欧州周辺国では、政府と民間の双方が過剰債務を抱える中で低迷を続けており、ユーロ域内での経済格差が拡大しています。この間、新興国は力強い成長を続けています。こうした中にあって、多くの新興国では、景気の過熱を抑え、より持続可能な成長経路を実現するという観点から、金融緩和策が修正されてきています。

このように、世界経済の成長率は、高水準ながらも幾分減速していますが、回復基調自体は維持されているとみられます。ちなみに、IMF(国際通貨基金)は、世界経済について、2010年は4.6%、2011年は4.3%と、4%台の成長が続くと予想しています。とはいえ、私どもとしては先行きについて、欧米経済の下振れリスクとその影響に、より注意する必要があると考えています。米国経済は、バブル崩壊以降わが国が経験したようなバランスシート調整という重石を抱えています。このため、経済は上に弾みにくく、下に振れやすくなる傾向があります。米国の中央銀行であるFRBのバーナンキ議長も、米国経済について、「今年下期も緩やかながら拡大を続け、2011年には成長が持ち直していくが、経済見通しは不確実であり、米国経済は脆弱なままである」との認識を示しています。

3. 為替市場の動向

次に、こうした世界経済の展開を念頭においたうえで、最近の為替市場の動向について話を進めたいと思います。

円ドル相場の動きを振り返りますと、本年半ばまで、1ドル90円前後で推移していましたが、8月以降円高が進み、一時82円台を記録しました。円高進行の最も基本的な要因は、米国経済を中心とする世界経済の先行きを巡る不確実性の高まりであると考えられます。米国では、春頃までは、金融危機後に講じられた金融緩和策をどのように修正していくか、という議論が行われていました。しかし、先ほど申し述べたように、夏場以降、米国経済の弱さを示す指標の公表が相次ぐ中で、金融緩和政策の出口戦略に関する議論が後退しました。こうした世界経済の不確実性増大という状況のもとで、グローバルな投資家はリスク回避姿勢を強め、相対的に安全とみられる通貨が買われました。例えば、7月以降でみますと、円は米ドルに対して3%高くなり、スイスフランは8%高くなりました。また、円は、ドルやユーロだけでなく、韓国ウォンに対して最高値圏で推移するなど、東アジア通貨に対しても上昇しています。

言うまでもなく、円高は、直接的には、輸出企業の収益や採算を圧迫することになりますが、それだけでなく、今回は、世界経済の不確実性の増大という点で、企業マインドやひいては日本経済の先行きに大きな影響を与えることになりかねません。

このような状況下、6年半ぶりに、為替市場への介入が実施されました。政府は、引き続き、今後の為替市場の動向を注視しながら、必要なときには介入も含めて断固たる措置をとっていく方針を明らかにしています。日本銀行としても、政府と同様、為替相場の動向とその影響について重大な関心を持って注視していく方針です。

4. 日本経済の動向と中長期的課題

日本経済の動向

そこで次に、わが国の経済・物価情勢についてご説明します。

日本銀行は、わが国の景気の現状については、緩やかに回復しつつあると判断しています。まず、輸出や生産は、昨年春以降の年率2割を超える高い伸びと比べるとさすがに増勢は鈍化していますが、増加傾向は維持されています。国内民間需要の動きをみますと、設備投資は、企業収益が着実に改善を続けるなかで、水準はなお低いとはいえ、持ち直しに転じつつあります。雇用・所得環境は、引き続き厳しい状況にはありますが、雇用者数が幾分増加し、賃金も小幅上昇となるなど、厳しさの程度は幾分和らいできています。個人消費は、持ち直し基調を続けています。特に、この夏は猛暑効果によって、飲料などを中心にコンビニエンス・ストアの売上高が増加しているほか、エコポイント制度にも支えられてエアコンなどの売上も増加しています。自動車については、エコカー補助終了前の駆け込み需要のラッシュが見られたことはご承知のとおりです。

先行きは、猛暑効果の剥落や耐久消費財の駆け込み需要の反動から、当面、景気改善の動きが弱まるとみています。振り返りますと、わが国の場合、一昨年秋の金融危機後の景気の落ち込みが先進国の中では最も大きかったこともあって、逆にその後の成長率の回復ペースは、最も急速なものでした。いずれにせよ、在庫復元の動きが一巡し、政策効果も弱まっていく中で、本年度後半にかけて、景気回復ペースが減速する可能性が高いことは、かねてより十分意識しており、4月に公表した日本銀行の見通し計数にも織り込んでいます。もっとも、わが国の場合、米欧諸国とは異なり、バランスシート調整という重石を抱えていませんし、金融市場や金融システムも安定しており、企業や家計の経済活動を支える緩和的な金融環境が整えられています。こうしたもとで、海外経済が緩やかな回復を維持するという前提条件が満たされれば、わが国経済の回復基調が途切れる可能性は小さいと判断しています。

物価面をみますと、消費者物価の前年比上昇率は、昨年夏に−2.4%と過去最大のマイナス幅を記録した後、下落幅は徐々に縮まり、高校授業料無償化の影響を除いた基調でみますと、現在は−0.6%程度まで縮小しています。先行きも、わが国経済が回復傾向を辿る中で、需給バランスの改善が進み、下落幅は引き続き縮小していくと予想しています。

以上が先行きの経済・物価に関する蓋然性の高い見通しですが、こうした見通しには、大きな不確実性があることは十分認識しています。米国経済を中心に、世界経済の先行きを巡る不透明感がこれまで以上に高まっていますし、為替相場や株価は不安定な動きを続けています。猛暑効果の剥落や自動車などの耐久消費財の駆け込み需要の反動が想定以上に大きくなり、消費や生産が大きく落ち込む可能性も懸念されます。これらの点を踏まえると、わが国の経済・物価の下振れリスクに注意していく必要があると考えています。

日本経済の直面する中長期的な課題

以上、日本経済の現状をご説明してきました。現在、日本経済は緩やかに回復しつつありますが、そうした短期的な景気動向もさることながら、日本経済に関し多くの人々が感じている最大の問題は、わが国の中長期的な成長力に期待をもてない、言い換えれば、成長の見取り図が描けないという点にあると思います。

実際、日本経済の成長率は、趨勢的に低下傾向にあります。年平均10%弱の高い成長を続けた高度成長期は別としましても、1980年代は年平均4%台半ばと、日本経済は、他の先進国を上回る成長を続けました。しかしながら、バブル崩壊後の90年代には1%台半ばへと大きく低下し、2000年代に入り幾分持ち直したとはいえ、成長率の趨勢的な低下が続いています。そのような状況のもとでは、将来の所得の増加に対する人々の期待が落ち込み、消費や投資を控えることになりますので、物価の下落にもつながります。わが国のデフレは、成長期待の低下という日本経済が抱える根源的な問題が、集約的に現れた現象として理解すべきだと思っています。

このようにマクロの成長率は趨勢的に低下していますが、2000年代における就業者1人当たりのGDPの伸び率、すなわち、生産性の伸び率をみますと、わが国は、平均1.6%の伸び率となっており、以前に比べて低下したとはいえ、欧州諸国の0.8%を上回り、米国の1.8%の伸び率となお遜色ない水準となっています。現在、15歳以上の人口に対する就業者の比率、いわゆる就業率は約6割であり、今後高齢化の進展からこの比率がさらに低下するとすれば、生産性向上は従来以上に重要な課題になってきます。その際、大事なことは、グローバルな競争が激化するもとで、コスト削減やコスト構造の改善による生産性の引き上げだけでは、経済全体でみると限界があるという点です。この点は、物価面にも影響を及ぼしています。例えば、過去10年の日米の消費者物価のインフレ率格差の9割は、サービス価格の下落率の違いによるものです。これは、日本の場合、名目賃金が伸縮的に調整されたことによるものと考えられます。もちろん、企業の競争戦略においてコストの削減は重要ですし、わが国の企業は、これまで徹底したコスト削減努力によって生産性の向上を実現してきました。しかし、人口が減少し、既存の国内市場が縮小に向かう中で、わが国経済全体の生産性を今後引き上げていくためには、企業にとっては高い利益を享受できる新たな市場の創造が不可欠です。この点、例えば、企業の成長戦略として、新しい分野を開拓し、新たな付加価値を作り出していくことが必要であるとする考え方があります。競争のない未開拓市場を切り拓くという意味で、「ブルー・オーシャン」戦略とも呼ばれているようですが、持続的な生産性の引き上げには、この「ブルー・オーシャン」の開拓が必要です。そして、それは、民間企業の革新的な取り組みと、こうした革新的な取り組みを金融機関が資金面から支えることによって実現していくものです。ただ、そのための環境整備の面では、政策当局の役割も重要です。政府においては、成長戦略の実現に向けた取り組みが進められており、今後、着実に実行されていくことが期待されます。

この間、日本銀行も、中央銀行の機能を用いて成長力の向上に貢献する余地がないか検討してきました。その結果、本年6月には、成長基盤の強化を支援するために、新しい資金供給プログラムの導入を決定しました。

5. 政策運営の考え方

そこで次に、日本銀行の金融政策運営に話題を進めることとします。只今お話したように、日本経済は、物価安定のもとでの持続的成長経路への復帰という景気の循環的な課題と、趨勢的な成長率の低下という中長期的な課題に直面しています。日本銀行は、この両方の課題を念頭に置きながら、以下の3つを政策の柱とした金融政策運営を行っています。

1つめの柱は、強力な金融緩和の推進です。政策金利を0.1%と、実質的にゼロ%といえる水準まで引き下げています。さらに、0.1%の低金利で長めの資金を供給する手段、すなわち「固定金利オペ」と呼ばれる手法を新たに導入し、このオペによる資金供給額を大幅に拡大することによって、市場金利の低下を促し、金融緩和効果の強化・浸透を図っています。

2つめの柱は、金融市場の安定確保です。金融機関が、自らの市場からの資金調達が不安定になると、貸出などの金融活動を極端に抑制してしまうことになり、これが実体経済活動に深刻な影響を与えるからです。日本銀行は、今後とも、金融市場の安定確保という非常に大事な役割をしっかり果たしてまいります。

3つめの柱は、成長基盤強化の支援です。先ほど述べたように、本年6月に、民間金融機関による成長基盤強化に向けた融資や投資の取り組みに応じて、長期かつ低利の資金を日本銀行が金融機関に対して提供する新たなプログラムを導入しました。今月初には、第1回目の資金供給として、47の金融機関に対して、総額4,625億円の貸し付けを実施しました。日本銀行は、今回の措置が「呼び水」となって、成長基盤強化に向けた民間企業の皆様の取り組みが一層活発化することを期待しています。現在、本プログラムを活用して成長基盤強化に取り組もうとされている金融機関数は、100を超えたほか、この措置を受けて、新たな専用のファンドや投融資制度を創設した金融機関も数多くみられています。

日本銀行は、日本経済がデフレを克服し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰することがきわめて重要な課題と認識しています。このために、今申し上げた3つの柱—強力な金融緩和の推進、金融市場の安定確保、成長基盤強化の支援—によって、中央銀行として最大限の貢献を粘り強く続けていく方針です。

振り返りますと、昨年後半から今年の前半にかけて、世界経済がやや高めの成長となる中で、日本銀行は、わが国のバブル崩壊後の経験を踏まえ、米欧経がバランスシート調整の重石を抱えるもとでは、世界経済の回復テンポは緩やかなものに止まり、下振れリスクが高まりやすいと、きわめて慎重な判断をとってきました。こうした判断のもと、昨年12月以降も先進国の中央銀行の中で、唯一、金融緩和を一段と強化してきました。さらに、成長基盤強化を支援するための新たなプログラムも開始しました。このように、日本銀行は、日本経済がデフレを克服し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰することを金融面から支援するため、様々な新しい措置を積極的に実施してきています。日本銀行としては、今後とも、先行きの経済・物価動向を注意深く点検し、必要と判断される場合には、様々な措置の効果と副作用を検討した上で、適時・適切に政策対応を行っていく方針です。

本日は、ご清聴ありがとうございました。