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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営

熊本県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 野田 忠男
2011年3月3日

目次

1. はじめに

日本銀行の野田でございます。本日は、熊本県の金融・経済界を代表される皆様方と親しく懇談する機会を頂き、大変嬉しく存じます。また、平素より、私どもの熊本支店が大変お世話になっており、厚く御礼申し上げます。

私は30数年間の民間金融機関勤務を経て、2006年6月に日本銀行審議委員を拝命いたしました。審議委員の任期は5年と定められておりますので、私の任期も残すところ3か月あまりとなりました。振り返りますと、私が就任致しました2006年という年は、3月に5年にわたる量的緩和策を終了——金融市場調節の操作目標を日本銀行当座預金残高から無担保コールレート(オーバーナイト物)へ変更——するとともに、7月にはゼロ金利政策も解除——誘導目標金利(政策金利)である無担保コールレートを概ねゼロ%から0.25%前後へ引き上げ——を行った年でした。その後、誘導目標金利は0.5%まで引き上げられましたが、2008年9月に起きたリーマンショックによる経済の急激かつ大幅な縮小に対応してきた結果、足もとでは「0〜0.1%程度」まで再び低下しています。本日は、やや長期的な動きも交えながら、内外の金融経済情勢と日本銀行の金融政策運営について、まず私の方からお話させていただきます。

その後、皆様から、毎日のお仕事、ご商売の実感や地元経済の現状に関するご意見、さらには日本銀行に対するご要望などを拝聴させていただきたいと思います。今後の金融政策運営に携っていくうえで大いに参考にさせていただきたいと大変楽しみにしているところでございます。なにとぞ忌憚のないご意見をお聞かせくださいますようお願い申し上げます。

2. 海外経済の現状と先行き

前置きがやや長くなりましたが、本題に入りまして、まず海外経済からお話します。

海外経済は、リーマンショック以降の急速な落ち込みから脱却し、回復を続けています。昨年夏場以降、情報関連財で在庫調整の動きがみられましたが、大きな下押し要因とはなりませんでした。先行きについても、海外経済は回復を続けていきますが、新興国経済が内需の拡大を伴った高めの成長を続ける一方、先進国経済の回復には力強さが欠けるとみられます(図表1)1

  • 1 two speed recoveryとかtwo track recoveryと言われています。

(1)先進国経済は回復の力強さを欠く

まず、先進国経済からお話いたします。

米国経済(図表2(1))は、回復を続けています。輸出が増加しているなか、企業収益も改善傾向にあり、設備投資も緩やかに増加しています。特に主力の個人消費が足もと伸びを高めています。足もとの消費の伸びは可処分所得の増加ペースを上回っており、リーマンショック以降上昇傾向にあった家計貯蓄率はこのところ低下に転じていますので、金融・財政両面での追加政策を背景とする株価の上昇が寄与しているものと思われます。先行きについても、新興国向けを中心とした輸出の増加と、緩和的な金融環境を背景に、回復基調が続くと考えられます。もっとも、企業も新規雇用に慎重な態度を崩していないほか、リーマンショックのきっかけともいえる家計のバランスシート問題の調整(図表2(2))には時間を要します。足もとの株価の上昇は調整を早める要因となりますが、一方で、住宅価格が再び下落しており、これは調整を遅らせる一因にもなります。わが国のバブル崩壊後の経験が示すとおり、バランスシート調整問題という重石を抱えたもとでは、生産・所得・支出の循環メカニズムが作用しにくく、回復のペースは緩やかなものに止まるとみています。

ユーロエリア経済(図表3)は、国ごとのばらつきを伴いつつも、全体としてみれば、緩やかに回復しています。特に、ユーロ安もあって輸出が好調なドイツ経済の成長が顕著です。先行きについても、ドイツは輸出を中心に堅調な成長が見込まれます。もっとも、政府と民間部門の双方が過剰債務を抱えた周縁国では、緊縮財政の影響から低調な動きが続くことが予想されます。

(2)高めの成長が続く新興国経済

次に、新興国経済についてお話します。総じて新興国では、稼働率が高まるもとで、設備投資は増加していますし、生産が拡大するもとで雇用・所得が改善し、個人消費を押し上げています。先進国が抱えるバランスシート問題や財政問題といった構造的な重石を抱えていないことから、生産・所得・支出の循環メカニズムが働き、今後も高めの成長が続くとみています(前掲図表1)。

新興国経済の中心に位置する中国経済は、引続き9%を超える高い成長を続けています。昨年半ばには、リーマンショック後の世界的な在庫復元が一巡したことなどから、輸出の伸びが一時的に鈍化しましたが、足もとは、増勢を取り戻しています。先行きも、インフラ関連投資は引続き増加基調を辿り、個人消費は所得水準の向上を背景に増加が続くと考えられ、高い成長を続けるとみています。

3. 日本経済・物価の現状と先行き

次に日本経済・物価の現状と先行きについてお話いたします。

(1)踊り場から脱却しつつある経済

わが国経済(図表4)については、海外経済の減速や一部の消費財の駆け込み需要の反動などもあって、昨年の秋口以降、改善の動きに一服感がみられましたが、足もとは海外経済の回復を起点としていわゆる踊り場から脱却しつつあるとみています。

輸出については、只今お話しましたとおり、海外経済の成長率が再び伸びを高め、情報関連財の在庫調整も進捗する中で、増加基調に復しつつあります。実質輸出は、12月に5か月ぶりに大きく増加した後、その反動もあって、1月は減少しましたが、均してみれば増加基調に復する動きがみられています。個人消費について、エコカー補助金の終了や家電エコポイント削減前の駆け込み需要の反動減がみられてはいますが、その他の財・サービスの消費は総じて底堅く推移しています。こうしたもとで、生産も11月以降改善の動きを示しています。

先行きについては、海外経済が改善することを背景に、輸出が増加基調を続けるとみています。また、個人消費は、駆け込み需要の反動減の影響が徐々に薄まっていくなかで徐々に持ち直していくと考えています。設備投資についても、企業収益がしっかりと改善しているなかにあって、持ち直しに転じていくとみています。このように、先行きのわが国経済は輸出の回復を起点として自律的な回復傾向が徐々に明確になるという回復経路を再び辿っていくものと考えられます2。もっとも、雇用・所得環境は幾分かは和らぐものの、厳しさが続くことから、個人消費は弾みにくい状況が続きそうですし、設備投資も設備過剰感の解消には時間を要すると考えられることに加えて、内外成長力の較差を反映して海外設備投資のウエイトが相対的に高まっていることなどから、増加ペースは緩やかなものにとどまりそうです。

  • 2 日本銀行では、4月と10月に「経済・物価情勢の展望」を発表し、1月と7月に中間評価を行っていますが、それぞれの時点で政策委員の実質GDPにかかる見通しを参考値として公表しています。1月の見通しの中央値は、2010年度+3.3%、2011年度+1.6%、2012年度+2.0%となっています。

(2)物価への下押し圧力は緩和方向

物価については(図表5)、経済全体の需給バランスの緩和した状況が徐々に引締まる方向に改善していくもとで、消費者物価の前年比下落幅は徐々に縮小しています3。先行きも、基調的にはこうした需給バランスの改善が、物価面でプラスに働くメカニズムは続くものとみています。

なお、本年8月に予定されている消費者物価指数の基準改定4により、新基準での消費者物価の前年比は下方に修正される可能性が高いとみられます。修正幅の如何にかかわらず、物価の実体が変わるものではありませんが、金融政策の運営にあたっては、こうした言わば統計の癖をしっかりと念頭に置いておく必要があることは言うまでもありません。

  • 3 消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、依然としてマイナスで推移しています(昨年12月マイナス0.4%→本年1月マイナス0.2%)が、基調的な物価変動をみるために、昨年4月の高校授業料の実質無償化の影響を除きますと、昨年12月に+0.1%とプラスに転じた後、本年1月は+0.3%となっています。
  • 4 現行の消費者物価指数は2005年基準で作成されていますが、2011年8月に2010年基準に切り替えられるとともに、前年比計数が2011年1月分に遡って改訂される予定です。

(3)上振れ・下振れ要因

以上申し上げてきたことは、現時点で相対的に蓋然性が高いとみている見通しです。こうした見通しに対して上振れまたは下振れ要因として、私が特に注意している点についてお話します。

イ. 新興国経済に関して

まず、新興国経済にかかる上振れ・下振れ要因です。先進国とはっきりとした較差がついた新興国の成長力の高さを背景に、より高い投資リターンを求めて、新興国への資本流入が基調的に続いています(図表6)5。こうした資本流入の動きは、先進国各国における大規模な金融緩和の継続や、一部の新興国における自国通貨高を回避するための固定的な為替制度によって増幅されていると考えられます。これにより新興国経済が一だんと拡大することは、主に貿易の拡大を通じてわが国を含む先進国経済にとって当面の間は少なからずプラスに働きます。一方、これらの国は引続き緩和的な政策を続けており、ビハインド・ザ・カーブとなっている——後手に回っている——可能性があります6。こうした状況が続けば、経済が過熱しかねず、その場合、その後それを修正していく際に急激な巻き戻しが発生し、実体経済面の大きな収縮につながるという可能性があります。

  • 5 足もとでは新興国のインフレ圧力の高まりに対する警戒や、中東情勢の不透明感の高まりなどから、資本の流入テンポは鈍化しています。
  • 6 特に、為替の実質的な固定化が行われている新興国では、金融引締め策が後手に回りやすい点は注意が必要です。開放経済下では、(1)独立した金融政策、(2)為替レートの固定、(3)自由な国際資本移動の3つを同時に達成できないとされています。日本をはじめとする先進国の多くは、独立した金融政策と自由な国際資本移動を選択しており、原則として為替レートは市場に委ねることとしています。

ロ. 国際商品市況に関して

次に、足もと、国際商品市況が軒並み上昇していることに関してお話します(図表7)。この背景の根本には、新興国における旺盛な需要と一部の資源国における気象要因による供給の減少からくる需給の引締まりがあることは間違いありません。また、足もとでは、チュニジアに端を発した北アフリカ・中東における政情不安が、原油の供給に対する不透明感を高めていることから、原油価格が高騰しています。これらに加えて、コモディティの取引が金融商品化している点も見逃せません。本来、コモディティはそれぞれの需給構造が異なることから、独自の価格変動を示す傾向が強いと言われてきました。しかしながら、2000年代中ごろからコモディティの先物市場のインフラ整備が進み、コモディティ・インデックスやETFといった投資の受け皿(金融商品)が普及するなかで、コモディティ間あるいは株式など他の金融商品との連動性は趨勢的に高まっています。このようにコモディティの金融商品化が進んでいるもとで、世界的に規模が大きくなっている金融緩和がコモディティ価格の先高期待を高め国際商品市況の上昇を加速させている一面は否定できないと思います。

新興国ではこうした国際商品市況上昇を受けた食料品や原材料価格の上昇と労働や設備といった生産要素の稼働率の高まりとが相俟ってインフレ圧力が強まっています7。国際商品市況が新興国における需要の拡大といったファンダメンタルズからますます乖離して上昇が続く場合には、先進国、新興国を問わず資源輸入国では、実質購買力の低下を通じて消費支出が抑制されます。最終商品への価格転嫁が困難な場合には、企業にとって収益の圧迫要因となり、結果として、雇用・賃金環境の悪化を通じて消費へ負の連鎖が生じます8

  • 7 北アフリカや中東における政情不安は、食料品の価格が国民生活の困窮を招いたことが引き金になったといわれています。
  • 8 先月のG20財務大臣・中央銀行総裁会議では、国際商品市況の上昇に関して、その背景や価格の上昇がマクロ経済・金融面に与える影響を分析し、G20に報告するためのスタディ・グループを立ち上げることが決まりました。

ハ. 先進国経済に関して

三つ目は、先進国経済に関してです。まず米国経済については、先ほどもふれましたが、バランスシート調整という重石を抱えており、その解消には時間を要しますから、上方に弾みにくく下方に振れやすいという状況が続くと考えています。私は個人的には、米国の成長見通しについて一貫して慎重な見方をしてきたところですが、昨年以降、市場の成長見通しは大きく振れてきました9。こうした見方の差は、バランスシート問題の解消についての時間軸に対する見方の差に起因すると考えています。

第二に、多くの先進国に共通のリスクとして、公的債務残高が大きく増加していることが挙げられます。財政の持続可能性に対する市場の信認が低下すると、金融システムとの間の相乗作用により、実体経済に負の影響が及びます。欧州周縁国では、既に一部で顕現化しており、金融資本市場は緊張が続いています。もっともこれまでのところは、欧州金融安定基金(EFSF)の拡充など、支援制度に一定の枠組みが整いつつあり、他地域への波及は抑えられています。

  • 9 民間エコノミストによる米国の2010年、2011年の成長率に関する平均的な見通しは、昨年初の時点で3%台前半でしたが、夏場以降は3%を大きく割り込み、年末にかけて再び持ち直しに転じました。こうした見通しの振れが、家計・企業や市場心理の振れを誘引し、さらにそれが実体経済の振幅を大きくしてきたとも言えます。

4. 日本経済の成長力

先ほどは、日本経済を循環的な側面から見通してまいりましたが、ここからは、長期的な視点で日本経済を眺めてみたいと思います。

わが国経済は、バブル崩壊後の90年代以降、年度平均の成長率でみて1%台の水準に低迷してきました(図表8(1))。2000年代(2002年度〜07年度)の息の長い景気拡大が実は世界的な金融(信用)バブルで嵩上げされており、当時の自律的な拡大メカニズムがさ程強いものではなかったということも——後講釈めいて内心忸怩たるものがありますが——指摘できます。

1960年代の高度成長期から、1970年〜80年代の安定成長期には、外に対しては先進国へのキャッチアップ戦略を背骨とする日本型の経済システム10を有効ならしめた国際競争環境と、内にあっては増加を辿る生産年齢人口(図表8(2))とが、わが国経済に本源的な成長機会を与えてくれました。これに対して、90年代以降は、グローバル競争の激化という環境の変化と生産年齢人口の増加から減少への転化により、成長の源泉は、いかに自らで潜在需要を顕現化させ市場を創出するかという「開拓力」へと移ってきました。このような経済構造の本質的な変化に対する対応が不十分であったことが、生産性の低下、ひいては成長力の趨勢的な低下が続いている根本的な要因です。それでは、まず、こうした問題にどう向き合うのかについて考えてみます。

潜在需要は、新興国を中心に拡大を続けているグローバル市場に現に存在することは明らかですが、実は国内にも無限に存在すると言っても過言ではないと考えています。国内では、統計上依然として需給ギャップが存在していますが、この需給ギャップはあくまでも現在の供給力に対する需要不足の大きさを示しているものです。その意味では、潜在している需要に対しては実は供給不足ということになります。例えば、社会の高齢化に伴って、高齢者層には医療・介護あるいはその関連分野に多様な需要が潜在しているにもかかわらず、旧来の日本型経済システムに根差した規制などによりそれが顕現化することが阻害されていると言われています。先ほどの「開拓力」とは、「潜在需要に気づく個々の経済主体の眼力と、市場の自由な競争の中で顕現化させる新たな価値をもった財・サービスを提供することを鼓舞し、制度や環境を整えていく国全体の力」と言ってもよいかもしれません。

外に目を向けますと、内外市場の一体化に向けた取り組み——人口に膾炙しつつある言葉を借りると「平成の開国」——に向けて大きく舵を切ることが重要です。これはグローバル市場で拡大するモノやサービスに対する膨大な需要を取りこぼさないという観点から喫緊の問題であることは言うまでもありませんが、同時に、モノやサービスに限らずヒトやカネも自由に往来・移動を可能にするものであり、とりも直さず旧来の規制の緩和を全面的に進めることでもあります。やや飛躍するかもしれませんが、そうなれば、国際分業がますます進み、内需・外需という区分が単に統計上の便宜的な区分に過ぎなくなると言ってもよいかもしれません。

次に、財政バランスの改善が、財政の維持可能性を確かなものにするという観点からだけでなく、成長力の回復という観点からも急務であることを忘れてはなりません。現行社会保障制度のもとで累増する財政赤字は世代間の生涯所得格差を拡大させ、将来世代の負担はますます大きくなっていますが、これが将来の所得増加期待を低下させ、現役世代の消費を抑制する力として働き続けています。

  • 10 日本型の経済システムの代表的な特徴として、(1)政府による民間経済活動への広範な介入、(2)株式持ち合いやメインバンク制に代表される商慣行や終身雇用に代表される雇用慣行といった長期的な取引や関係を重視した経済行動、(3)格差の是正や発生を未然に防止するための所得分配メカニズム、があげられます。

5. 金融政策運営

(1)日本銀行のこれまでの政策対応

次に、日本銀行が実施している政策運営についてお話します。

イ.強力な金融緩和の推進

昨年10月に、それまでの金融緩和をより強力なものとするため、以下に述べる3つの措置からなる「包括的な金融緩和政策」を導入しました。第一に、政策金利を0〜0.1%程度とし、実質的なゼロ金利政策を採用していることを明確化しました。第二に、「中長期的な物価安定の理解」——9人の政策委員が中長期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率として公表していますが、現在は「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度を中心と考えている」——に基づき、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続していくという強い約束をしています。これを時間軸の明確化といいます。第三に、短期金利の低下余地が限界的となっている状況に照らし、長めの市場金利の低下と各種リスク・プレミアムの縮小を促すため、国債、ETF、J−REITなど多様な金融資産の買入などを行うための基金を創設しました。

「包括的な金融緩和政策」導入後、最近までの金融資本市場の動向をみますと、短期金融市場ではターム物金利が低下したほか、社債スプレッドが縮小し、株価やREIT価格も上昇するなど各種のリスク・プレミアムも概ね縮小しています。さらに、企業金融をめぐる環境は、貸出金利の低下や社債の発行体の裾野の拡がりといった社債・CPの発行環境の改善にみられるように、良好な状態になっています。もっとも、長期国債の金利は幾分上昇しました。日本銀行としては「包括的な金融緩和政策」を粛々と遂行しており、強力な金融緩和を続ける姿勢は微動だにしていませんが、金利政策が長期金利に直接的に働きかけることが基本的には難しいなかで、海外金利の上昇がわが国の長期金利にも少なからず影響を与えているとみられます11

なお、先にお話した日本経済の先行きの見通しは、相対的に蓋然性が高いと判断している見通しですが、この判断は只今お話した日本銀行の金融政策を金融市場が十分に織り込んでいることを前提にしています。それは、この金融政策のもとで、日本経済は、デフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路への復帰に向けて着実に歩を進めていく蓋然性が高いと判断しているということでもあります。

  • 11 国債市場については、国別に市場が分断されており、少なくとも短期的には、各国独自の要因で変動する割合が高いといった見方がこれまで少なくありませんでしたが、日本銀行は「金融市場レポート」(2011年2月)で、グローバルな債券投資家のリスク認識などを通じて、その連関が相応に高い可能性を分析しています(33〜38頁)。

ロ.成長基盤強化の支援

こうした政策に加えて、日本銀行では、昨年6月に「成長基盤強化を支援するための資金供給」を導入しました(図表9)。これは、先ほど「日本経済の成長力」のところでお話した日本経済が直面している成長力の趨勢的な低下という課題に対して、日本銀行も中央銀行として、その機能を用いるかたちで貢献をしたいという強い思いから、民間金融機関による成長基盤強化に向けた融資や投資の取り組みに対して、長期かつ低利の資金を提供するために新たに創設した枠組みです。

本資金供給の概要は、(1)貸付総額の残高上限が3兆円、(2)金融機関毎の貸付残高の上限が1,500億円、(3)新規貸付の最終実行期限が2012年6月末、というものです。日本銀行では、本措置だけでわが国の成長力を引き上げることができるとは思っているわけではありません。本措置の狙いは、本措置が「呼び水」となって、日本経済の成長力を巡る問題意識が金融機関や企業の間で広く共有され、潜在成長率や生産性の引き上げに向けたそれぞれの主体的な取り組みが進むことにあります。今月7日に第3回目の貸付を実行しますが、その予定額を加えますと7日時点の貸付総残高は2兆円強となります。この間、本資金供給の対象先となっていただいた金融機関も本年2月末現在で149先まで増加しています。対象先金融機関の内訳をみると、業態面でも地域面でも拡がりをみせています。また、個別投融資の対象分野も「環境・エネルギー」を筆頭に、日本銀行が例示した18分野にあまねく拡がっています。さらに、私が注目しているのは、本資金供給への参加を機に、多くの金融機関が専用ファンドや投融資制度、成長分野の投融資を取り扱う専担部署の新設といった取り組みを開始したことです。このような状況は、本措置が所期の狙いに沿うかたちで「呼び水」効果となって結実したことを示唆するものであると判断しています。

(2)今後の金融政策とコミュニケーション

先行きの金融政策運営については、日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復するために、先ほどお話した措置を今後も着実に実行していくことが肝要であると考えています。そのうえで、今後も新たに得られる経済データや情報を注意深く点検し、仮に経済・物価情勢の見通しが著しく悪化する蓋然性が高まったり、デフレからの脱却への道のりが不確かなものになったと判断する場合には、機動性をもって適切な政策を実行していく所存です。

このような金融政策が十分な効果を発揮するには、それが国民に広く正しく理解されることが肝要です。この点に関して、日本銀行は、今回のような政策委員会メンバーによる懇談会、金融政策決定会合後の総裁記者会見や議事要旨の速やかな公表のほか、ホームページを通じた情報提供などさまざまなコミュニケーションを行っています。こうした取り組みは、他の中央銀行と比べても勝るとも劣らないものと考えています。日本銀行としては、今後もこうしたコミュニケーションの質を高めるべく努力を重ねていく所存です12。最近の取り組みの一つをご紹介しますと、日本銀行では本年1月にホームページを抜本的にリニューアルしました13。こうした日本銀行の情報発信についても、ご意見などございましたら是非お聞かせ願えればと存じます。

  • 12 金融政策の透明性向上に関する過去の取り組みについては、本ホームページをご覧ください。
  • 13 今回のリニューアルでは、利用者の皆さまが知りたい情報をより簡単に検索できるように情報を整理し、デザインを刷新したほか、コンテンツの拡充をしています。詳細は、本ホームページ(「日本銀行ホームページのリニューアルのお知らせ」2011年1月14日)をご覧ください。

6. おわりに 〜熊本県経済について〜

以上、内外の経済金融情勢および日本銀行の金融政策運営についてお話して参りましたが、最後に、熊本県の経済について、私なりに理解しているところをお話させていただきます。

熊本県は、2000年11月に策定した「熊本県工業振興ビジョン」のもとで、成長の期待できる製造業企業の誘致を積極的に進めてこられたこともあって、県内総生産に占める製造業の比率(図表10)を急速に高めています。製造業の業種別構成比を製造品出荷額ベースでみますと、半導体を中心とした電気機械(構成比21.7%)のウエイトが最も高く、続いて食料品・飲料(同20.4%)、輸送用機械(同17.9%)が続きます。当地の経済も、リーマンショックの影響を受けて大きく落ち込みましたが、足もとの動向をみると、旺盛な新興国需要を背景に生産が回復傾向にあります(図表11)。また、企業の設備投資計画も前年を上回るものとなっています。雇用環境についても、有効求人倍率(図表12(1))が、水準では全国に及びませんが、全国を上回るペースで改善しています。つれて、個人消費は、一部の耐久財で駆け込み需要の反動がみられつつも、総じて持ち直しの動きを続けています。競争力のある産業が、熊本県経済に前向きの循環をもたらしつつある姿がうかがわれます。さらに、今後を展望すると、当地には先ほどの「開拓力」を発揮する分野は無限にあると思いますが、本日はその先兵としての2つの分野に目を向けてみました。

一つには、観光需要の発掘です。熊本は、世界一のカルデラを誇る阿蘇を含む「阿蘇くじゅう国立公園」と、大小120の島々からなる「雲仙天草国立公園」の2つの国立公園をはじめとした豊かな自然に恵まれるとともに、温泉地や史跡も多く存在しており、大変豊かな観光資源を抱えた土地です。やや余談ですが、日本銀行と当地のつながりも古く、日本銀行熊本支店は、1917年(大正6年)に全国では12番目、九州では2番目の支店として開設されています。また、千円札の肖像となった夏目漱石は、旧制第五高等中学校——現在の熊本大学——で教鞭をとっていました。このような縁も当地が古くから経済、文化の要所として歴史を育んできたことの表れと言えます。来週土曜日の九州新幹線の全線開業を足がかりとして、こうした様々な熊本の魅力をより積極的に広くアピールしていくとともに、観光施設の整備や成長著しい近隣アジア諸国からのインバウンド客を県内観光地へ繋ぐ2次アクセスの整備を進めることによって、当地の観光産業にとって新しい需要が飛躍的に開拓できるものと期待します。

二つ目は、医療・福祉サービス分野でのポテンシャルの高さです。当地は、65歳以上の人口が全国を上回るペースで上昇していますが(前掲図表12(2))、その中で、県民当たりの病院数、医師・看護師数が全国的にみて高水準にあるなど、医療・福祉サービス分野の先進地域であります。この分野に、当地の主要産業である食料品・飲料分野のノウハウや恵まれた自然環境を結びつけ、健康サービス産業にブラッシュアップすることにより、高齢化社会に対応した新たな価値を創造することが可能ではないでしょうか。

私からは以上です。長らくのご清聴、ありがとうございました。

以上