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【挨拶】東日本大震災後1か月:金融インフラの重要性

The Institute of Regulation & Risk, North Asia主催の会合における開会挨拶の邦訳

日本銀行総裁 白川 方明
2011年4月11日

目次

1. はじめに

日本銀行の白川でございます。本日はThe Institute of Regulation & Risk North Asia主催の会合にお招き頂き、光栄に存じます。

東日本大震災の発生から、本日でちょうど1か月を迎えました。震災の犠牲となられた方々に対し、謹んで哀悼の意を表しますとともに、被災された方々に、心からお見舞いを申し上げます。本席には多くの友人が出席されており嬉しく思いますが、震災発生後のこの困難な時期に出席して下さったニューヨーク連銀のダドリー総裁には特に感謝の言葉を申し上げたいと思います。

本会合では、金融規制や監督を中心に扱うと伺っておりますが、マグニチュード9.0、わが国の観測史上最大という今回の大地震、津波、そして原子力発電所の問題は、リスクに関し金融機関というレベルを超え、さまざまな問題を提起しています。それだけに、社会全体としてそうしたリスクの問題への対処方法について再考することが重要です。もちろん、現時点で包括的な答えを語ることは出来ませんが、一つの重要な鍵を握っているのはインフラの頑健性だと思います。以下では、そうした観点からささやかな試みではありますが、社会の重要なインフラの1つである金融インフラの面でこの1か月に起きたこと、その中で私が感じたことを述べてみたいと思います。

2. 震災の金融インフラへの影響

まず、今回の震災がわが国の金融インフラに及ぼした影響について、申し述べます。

今回の震災が被災地の金融機関に及ぼした物理的な被害は、店舗の損壊や浸水など、甚大なものでした。もっとも、関係者の献身的な努力により、金融機関の営業拠点の復旧は着実に進んでいます。ちなみに、東北6県および茨城県に本店のある72金融機関の営業店約2,700のうち、閉鎖されている営業店舗は3月16日時点では約310店舗、全体の約10%でしたが、現在では約150店舗、全体の約6%にまで減っています。残りの94%の営業拠点は平常通り営業しており各種金融サービスの提供を行っています。

全国レベルでの影響をみますと、「日銀ネット」を含め、わが国の主要な決済システムは震災発生以来一貫して、正常に稼動を続けています。金融市場での取引も円滑に行われており、東京証券取引所は通常通りの取引を続けています。

金融は電力、水道、ガス、鉄道、道路等と並んで、国民生活や経済活動を支える重要なインフラです。仮に金融・決済システムが全体として機能不全に陥っていたならば、国民生活や経済活動への影響は更に大きくなっていたと想像されます。今回発揮されたこのような金融インフラの頑健性は、震災発生後の関係者の献身的な努力と結束に、大きく支えられています。これに加えて、金融機関による業務継続計画の策定やストリートワイド訓練など、関係者の方々の日頃の地道な取り組みの成果であることも指摘したいと思います。

3. 震災発生後の日本銀行の対応

次に、震災発生後の日本銀行の取り組みについて、ご説明します。

金融サービス提供の継続

第1に取り組んだことは、金融サービスを通常通り提供し続けることでした。

この面では、まず、被災地のライフラインとなる金融機能を維持することが不可欠です。被災地の方々が金融面でまず直面する切実なニーズは、生活必需品を購入するための現金の確保です。震災発生の当日、直ちに、金融担当大臣と私の連名で、金融機関に対し、預金証書や通帳を紛失した場合でも預金の払い戻しに応じるなど、被災者の方々の状況に応じて適切な措置を講じていただくことをお願いしました。また、日本銀行は、被災地の方々の現金需要に応えるため、平日・休日を問わず、被災地への迅速かつ十分な現金の供給に努めました。実際、被災地での現金供給額は通常時の3倍にのぼりました。さらに、地震や津波で損傷した銀行券や貨幣の引き換えなどさまざまな金融上のニーズに応じることを通じ、中央銀行の立場から、被災地の支援に総力を挙げてきました。日本銀行の仙台支店、福島支店、盛岡事務所を含め東北地方の拠点では、職員の尽力に加え本店や他支店からのサポートもあって、通常通りの業務を継続しています。

現金決済という小口決済の機能維持に加えて、大口の資金・証券の決済システムの安定的な稼動を確保することは極めて重要です。この面では、震災発生の後も、わが国の決済システムの根幹となる「日銀ネット」の安定的な稼動を維持しています。

金融市場の安定確保

第2に取り組んだことは、金融市場の安定確保でした。

震災の発生といった巨大なリスクが顕在化し、先行きの不透明感が高まると、市場参加者は、万一に備えて多額の資金を手元に確保しようとします。このような予備的な流動性への需要の高まりを放置すれば、金融市場が不安定化し、ひいては経済活動に悪影響が及びます。そうした事態を未然に防ぐために、日本銀行は、震災発生の直後からきわめて潤沢な資金供給を行い、資金調達面での安心感を維持することを通じて、金融市場の安定確保に努めました。ちなみに、震災後最初の営業日である3月14日の資金供給額は21.8兆円に達し、これは、リーマン・ショック後の最大額を3倍近く上回る、一日当たりの過去最大額となりました。日本銀行はその後も連日、大量の資金供給を続けており、3月24日の日本銀行当座預金残高は42.6兆円と、これも過去最高となりました。

なお、外貨資金繰りの面では、日本の金融機関は震災の影響は受けていませんが、日本銀行は震災発生前から行っている米ドル資金供給オペレーションについて、これまでの3か月物に加え、安全弁として、1週間物のオファーも始めました。今日はDudley総裁がいらっしゃるので、このオペレーションは、NY連銀との間の米ドルスワップ契約あってのものであることを申しあげなければなりません。また、G7各国による為替市場での協調介入は、為替市場の安定だけでなく、日本の株式市場など他の市場への負の波及効果を防ぐ上で、重要な役割を果たしたと思います。

以上申し上げたような日本銀行による潤沢な資金供給やバックアップ体制のもとで、わが国の短期金融市場は落ち着きを取り戻し、現在、きわめて安定的に推移しています。

金融緩和の強化

第3に取り組んだことは、金融緩和の強化という金融政策面での措置でした。

たまたま震災発生の翌営業日から2日間の予定で金融政策決定会合を開催することになっていましたが、日本銀行として震災がわが国の経済・金融情勢に与える影響を点検し、金融政策運営方針を速やかに公表していくことで、国民心理の安定や金融市場の安定を確保することが望ましいと考え、日程を短縮した上で、3月14日に金融緩和の強化措置を決定しました。

震災発生直後、我々が最も恐れたことは、企業マインドの悪化や投資家のリスク回避姿勢の強まりから、各種リスク・プレミアムが拡大し、これが経済活動に悪影響を与える事態でした。日本銀行は昨年秋に包括緩和の枠組みの下、リスク性資産を含む資産の買入れを始めていますが、今回、CPや社債、指数連動型上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(J-REIT)といったリスク性資産を中心に、資産買入等の基金を5兆円程度増額し、資産買入額を倍増させることとしました。このような日本銀行の措置は、金融市場における安心感の醸成に寄与したように思います。

4. 金融インフラへの信認

以上、震災発生後の1か月間を振り返りました。現在、事態はまだ進行中であり、情報も十分ではない中で、教訓を引き出すのは時期尚早です。ただ、将来の本格的な検討に備えて、記憶が鮮明なうちに、感じたことをお互いに共有することには意味があると思います。私自身も多くのことを感じましたが、敢えてひとつだけ言うとすれば、インフラが正常に機能することへの信認や信頼を維持することの重要性が挙げられます。

震災発生の翌週には、一部の外国金融機関の間で、東京金融市場が閉鎖されるといった噂が広がりました。信じられないことですが、日本銀行に関しても、コンピューター・センターを大阪に移すといった全く根拠のない噂が囁かれました。極端な不安心理はそれ自体で自己増殖的な市場の反応を引き起こします。幸い、そうした噂は徐々に解消していきました。これにはいくつかの要因が寄与しています。ひとつは当事者によるコミットメントです。私も、G7の緊急電話会議等を通じて、諸外国の当局者にわが国金融機能の維持及び資金決済の円滑を確保するために、万全の措置を講じている旨を説明しました。また、日本で活動する外国金融機関の集まりである国際銀行協会は、震災発生後間もない3月15日に、主要外国金融機関が通常通り業務を継続している旨の声明を発表しました。さらに、その後外国金融機関の首脳が相次いで来日し、日本でのビジネス継続にコミットしています。そうした情報発信と並んで、冒頭述べたように、決済システムや金融市場取引が物理的に正常な機能を続けることが何よりも重要です。金融インフラが正常な機能を続ければ、根拠のない噂はやがて解消しますし、逆に、正常に機能しなければ事態はさらに悪化します。それだけに、災害時にあっても、金融インフラが正常に機能するための物理的な条件を整備することが大事です。この点では、バックアップ・センターの立地を含め、人的・物的資源を供給する「ロジスティクス」の重要性を改めて認識させられました。

わが国にとって、現在は、震災発生後の緊急事態への対応が最優先の課題ですが、金融インフラは今述べた震災発生直後の緊急時だけでなく、これから徐々に本格化していく経済の復興過程でも重要です。そのために必要なファイナンスを行う上で、金融市場というインフラの果たす役割は重要です。1923年の関東大震災後、復興の財源に充てるために外貨建て国債が発行されましたが、その時はきわめて高い金利での発行を余儀なくされました。今回は震災発生後、国債(国庫短期証券を含む)は合計12回、35.0兆円の入札発行が行われましたが、未曾有の大震災にもかかわらず、また、厳しい財政状況にもかかわらず、引き続き低利で安定的な調達が可能となっています。こうしたことが可能になるひとつの条件は、金融政策が物価安定の下での持続的な成長の達成を目的としており、財政ファイナンスを目的としていないことについて、信認が確立されていることです。電力供給や交通網といった社会の中核となるインフラは、それが普通に機能している場合には、その重要性をなかなか実感し難いものですが、今回の震災の経験から我々は、そうしたインフラが一たび破壊・毀損されれば、その修復は容易ではなく、国民生活や経済活動にいかに大きな影響が及ぶかを認識させられました。通貨への信認も同様です。日本銀行としては、今後とも中央銀行の立場から、わが国の通貨への信認をしっかりと維持すると同時に、先行きの経済・物価動向を注意深く点検したうえで、必要と判断される場合には、適切な措置を講じていく方針です。

ご清聴ありがとうございました。