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【講演】アジアの視点を踏まえたマクロ・プルーデンス政策の枠組み

アジア開発銀行研究所・金融庁共催コンファレンスにおける講演の抄訳

日本銀行副総裁 西村 清彦
2011年9月30日

目次

本日私は、このプレゼンテーションの中で、アジアの視点を踏まえ、また、特に金融市場やマクロ・プルーデンス政策に焦点を当てつつ、マクロ経済政策におけるいくつかの重要な論点を取り上げたいと思います。この中で私は、次の2つの問題を提起させて頂きます。すなわち、(1)金融システムにおける、許容できないリスクの蓄積をいかに見抜くべきか、また、(2)景気サイクルの中での金融安定の確保と、長期的な経済成長を支える信用仲介機能の効率性改善とを、いかに両立させていくべきか、という問題です。

本日私は、これらの問題に対し、特定の理論に基づく最適解を求めるのではなく、実務的な「ベスト・プラクティス」としての解を求めていきたいと思います1。マクロ経済と金融市場との関係の解明は相応に進んできたとはいえ、複雑かつ時に暴力的な市場の動きを説明し得るに十分な理論を持つまでには至っていない中、このような実務的な、特定の理論にとらわれないアプローチこそが重要であると考えるからです。

このような本質的に難しい問題への解答を試みる前に、今回の米欧における金融危機の淵源、および約20年前に遡る日本の金融危機の淵源を振り返ってみることは有益です。金融機関の過剰なレバレッジングといった金融面での行き過ぎには、既に多くの関心が向けられていますが、私は、底流にあるファンダメンタルズの変化、とりわけ、人口高齢化といった人口要因の重要性を強調したいと思います。実際、人口高齢化の問題は、アジアにおいても近い将来、重要なインプリケーションを持つものです。私のプレゼンテーションにおける基調的なメッセージは、アジアで急成長しているいくつかの国では近い将来、先進国が経験したのに似た問題を経験する可能性を否定できないということであり、だからこそ、現段階から適切なマクロ・プルーデンス政策を実施することがきわめて重要だということです。

  • 1 Clark and Large(2011)は、適切なマクロ・プルーデンス政策を形作る上での、10項目の問いを提示し、同政策がかかえる本質的かつ実務的な問題を明確にしている。このうち、本講演では、アジアの視点を踏まえて特に関係が深いと考えられる幾つかの点に触れるにとどめる。

第1部 アジアの視点:金融危機、その帰結とファンダメンタルズ

金融危機の背景にある人口要因というファンダメンタルズ

「リーマン・ショック」からちょうど3年が経過しましたが、我々はなお、その原因や適切な政策対応の姿を追い求めている過程にあります。この点、既に90年代に金融危機を経験した日本やアジア諸国は、かつての自らの金融危機と今回の金融危機を比較し、教訓を引き出しやすい立場にあるように思います。実際、今回の米欧の金融危機と90年代以降の日本の金融危機との間には、多くの共通点があります。いずれの事例でも、高成長と低インフレが共存する時代にリスクが蓄積され2、とりわけ不動産セクターでのリスクの蓄積が顕著であったということです。

金融危機に関する最近の研究の殆どは、バブルの発生および実体経済への影響というプロセスについて、金融機関のレバレッジングを通じた説明を試みています3。これらの研究の多くは、信用対GDP比率の長期的トレンドからの乖離といったマクロ的な金融指標が有益な情報を持っており、マクロ・プルーデンス政策の指標となり得るのではないかと考えているようです。

しかしながら、私は敢えて、別の重要なファクターの重要性を強調しておきたいと思います。それは「人口高齢化」という人口動態の変化です。実際、日本、米国、欧州において、バブルの生成と崩壊、およびその後の金融危機は、概ね人口ピラミッドの転換点に一致しているようにみえます。ここで、「何人の生産年齢人口で非生産年齢人口一人を支えているのか」という「生産年齢人口・非生産年齢人口比率」をみてみましょう4。日本の生産年齢人口・非生産年齢人口比率は1990年頃にピークに達しましたが、その翌年の91年が、まさにバブル景気のピークでした。米国の生産年齢人口・非生産年齢人口比率は2005年から2010年の間にピークを迎えましたが、米国の「サブプライム・バブル」は2007年がピークでした(図表1)。現在、ユーロ圏で経済的に苦境にある国々も、日本や米国と同様のパターンを辿っています。すなわち、アイルランドとスペインの生産年齢人口・非生産年齢人口比率は時間的に類似した経過を辿っており、ともに2005年頃にピークを付けましたが、これは、それぞれの国における資産バブルのピークに対応しています(図表2)。ギリシャ・ポルトガルの生産年齢人口・非生産年齢人口比率のピークは2000年頃でした。ここでの重要なポイントは、近年の金融危機はいずれも、人口動態の転換点近辺で起こっているということです。

  • 2 米国ではこの時期をGreat Moderationと呼んでいる。
  • 3 欧州中央銀行(2010)やバーゼル銀行監督委員会(2010)がマクロ経済と金融市場のリンケージを正面からとらえた最近のモデルのサーベイを行っている。Bianchi(2010), Jeanne and Korinek(2010a, 2010b), Stein(2011)は、信用の外部性に注目し、マクロ・プルーデンス政策の効果を研究する試みを行っている。特に、Bianchi(2010)とJeanne and Korinek(2010b)は、開放経済下における金融危機の研究を通じて、マクロ・プルーデンス政策による対処法を提案している。ただし残念ながらアジアの視点は、まだ十分に取り込まれていないように思われる。例外はHattori et al(2010)やHahm et al(2010)であろう。
  • 4 計数はNishimura(2011b)による。なお、Nishimura(2011b)は中核国・周縁国を含む他の欧州諸国の計数も掲載している。

資産価格バブルはファンダメンタルズの大波の上で踊る

「ライフサイクル仮説」−より厳密に言えば「世代重複モデル」は、人口動態の変化が資産価格の重要な変動要因の一つであることを示唆しています。すなわち、資産とは、若者にとっての将来に備えた貯蓄手段であり、高齢者にとってはそれを取り崩して消費に充てる手段です。したがって、若者と高齢者の比率は、これらの資産への需要と供給を決定する要因となります5

最近の危機の歴史も、このような捉え方と整合的であるようにみえます。図表3は、1955年以降の日本の実質地価(全国・全用途平均)を、生産年齢人口・非生産年齢人口比率と並べて示したものです。この図表が示すように、若年層の相対的な多さは、地価の急上昇に一致しています。逆に、高齢層の相対的な多さは、地価下落につながっているようにみえます。同様に米国でも、生産年齢人口・非生産年齢人口比率の上昇は、資産価格バブルと一致しています(図表4)。また、2007年のバブル崩壊以降、資産価格は生産年齢人口・非生産年齢人口比率の長期的な動きを追いかけているように見えます。同様のパターンは、アイルランドやスペインでも同様に窺われます(図表5,6)。

私は決して、この人口要因が、資産価格バブルの原因であり、それが危機につながったと言っているわけではありません。資産価格バブルではなく、公共部門の「バブル」があったギリシャやポルトガルの例も示す通り、危機の原因は他にも存在する可能性があることは言うまでもありません。また、同様の人口動態の変化を経験しながら、それが金融危機にはつながっていない国々も存在します。私の趣旨は、多くの国において、(生産年齢人口・非生産年齢人口比率の増加といった)好都合な人口要因が過剰な楽観主義6に結び付き、経済主体がリターンの増加を企図して様々な形で「レバレッジ」を増加する一因となった可能性を指摘することにあります。別の言い方をすれば、資産バブルは、人口動態の変化という長期の「波」の上で踊られた「ダンス」と言えるかもしれません7。同様に、生産年齢人口・非生産年齢人口比率の急激な低下は、金融面での過剰な蓄積の解消を困難にし、金融危機後のバランスシート調整を、長期かつ厳しいものとする方向に働いているように思います。

  • 5 学術的実証分析はこのことを強く示唆している。不動産価格についてはTakáts(2010)、株価についてはLiu and Spiegel(2011)参照。なお、エコノミスト誌(2011)はこの問題をわかりやすく解説している。
  • 6 Nishimura and Ozaki(2006, 2011)は、意志決定理論の立場から過度の楽観、過度の悲観をもたらす構造を明らかにし、一見非合理に見える過度の楽観主義、過度の悲観主義を、(経済学で扱う)合理的決定の枠組みでの分析を可能にしている。またBracha and Brown(2010)も参照されたい。
  • 7 一つの方法としては、Martin and Ventura(2010)の定式化による「バブル」を、Braun et al(2009)における世代重複の枠組みに当てはめ、バブル崩壊とその後のバランスシート問題の程度を把握することが考えられる。この点に関連して、Aoki and Nikolov(2011)も参照されたい。

金融危機後の人口高齢化の下でのバランスシート調整

バブル崩壊後のバランスシート調整の影響を把握する観点から、まず、危機に先立つバブル期に誰がレバレッジを拡大したのかを検証したいと思います。日本においては、その主役は企業部門であり、企業向け貸出の対GDP比率は91年のバブル崩壊に至る10年の間に29%も上昇しています。一方、米国では、レバレッジ拡大の主役は家計部門であり、家計部門の住宅ローン残高対可処分所得比率は、2007年のバブル崩壊前の10年間に39%も上昇しました。これらの部門は通常は金利感応的であり、通常の状況であれば金融緩和のトランスミッション・メカニズムの「ギア」として働くことが期待されます。しかしながら、バブル崩壊後、これらレバレッジが過剰となった部門は、厳しいバランスシート調整圧力の下、政策金利の低下が支出の増加にはつながりませんでした。このことは、通常の金融緩和のトランスミッション・メカニズムが機能不全となったことを意味します。資産価格の下落は、日本の企業部門および米国の家計部門のバランスシート調整圧力を大きく積み増すことになりました8

先行きを展望した場合、私は、日、米、欧において、バブル崩壊後の民間部門や公的部門のバランスシート調整が、まさに「人口高齢化が進む局面で」行われざるを得ないことの大変さを強調しておきたいと思います。これは、近代以降の経済成長の歴史の中でも先例のない、厳しいバランスシート調整とならざるを得ません。

  • 8 バランスシート調整圧力の詳細については、Nishimura(2011a)参照。

アジアの立ち位置は?

アジアの経済や金融システムは、リーマン・ショック以降の金融危機を相対的には上手に乗り越えることができました。2009年以降の経済の回復はきわめて迅速であり、アジアの新興市場国は今や、世界経済の成長エンジンとなっていますし、財政状況も多くの先進国と比べて遥かに良好です。加えて、これまでのところ、日本を除くアジアの国々は、深刻な人口高齢化の問題にまだ直面していません。

しかしながら、私はここで、アジアの先行きには潜在的な課題があること、そのため、現在、慎重なアプローチが必要なことを強調しておきたいと思います。ちなみに、中国の生産年齢人口・非生産年齢人口比率のグラフを日本や米国のデータと並べて描いてみますと、中国の比率は引続き急上昇していますが、米欧にやや遅れて、いずれピークを打つことが予想されます(図表7)。すなわち、中国の生産年齢人口・非生産年齢人口比率は、2010〜15年頃にピークアウトし、その後は急速な低下に転じる見通しです。他の多くのアジア諸国でも、生産年齢人口・非生産年齢人口比率は中国と同様の推移を辿る見通しであり、いくつかの国では、人口高齢化は中国以上に急激な形で進むことが見込まれます(図表8)。

第2部 マクロ・プルーデンス政策 −2つの"Do"と一つの"Don't"

リーマン・ショック以降の金融危機、および危機に先立つ"Great Moderation"期の痛い経験は、従来のマクロ経済政策とミクロのプルーデンス政策の間に「隙間」があることを示しました。「マクロ・プルーデンス政策」はまさに、そうした「隙間」を埋め得るものとして、現在脚光を浴びているように思います。しかしながら、我々はなお、複雑かつ時に暴力的な金融市場を十分に考慮したマクロ経済理論を持ち合わせている訳ではありません。したがって、金融危機発生から3年が経過した今もなお、「マクロ・プルーデンス政策とは何か」という定義すら定まっていない状況です。「マクロ政策」、「マクロ・プルーデンス政策」、「ミクロのプルーデンス政策」という3つをどのように区別できるのか。リスクを発見する上で有益な指標は何か。マクロ・プルーデンス政策のツールとは何か。資本規制もマクロ・プルーデンス手段に含まれるのか。金融安定を維持する上で、金融政策、マクロ・プルーデンス政策およびミクロのプルーデンス政策の間でどのように役割を分担するべきなのか。これらの質問に対し、我々は、なお満足な答えは持ち合わせていません。そこで私は、よりプラグマテフィックなアプローチをとり、マクロ・プルーデンス政策における2つの"Do"と1つの"Don't"を提示したいと思います。

2.1 "Do":リスクを把握せよ −情報とインテリジェンス−

危機の再発および危機後の停滞を回避するためには、許容できないリスクの蓄積を早期に発見する必要があります。システミックな危機の発生および拡大においては、情報の伝播が常に決定的な役割を果たします。したがって、「情報」と「インテリジェンス」、とりわけ、「マーケット・インテリジェンス」は、リスクの発見と危機回避の両方においてきわめて重要です。ここでは、「ボトムアップ」と「トップダウン」の両方のアプローチが求められます。

ボトムアップ情報:マーケット・インテリジェンス

歴史を紐解くと、システミックな金融危機は、大規模金融機関ではなく、−日本における三洋証券(1997)や英国のノーザンロック銀行(2007)のような、− 比較的規模の小さい金融機関の破綻によってトリガーが引かれる可能性があることがわかります(図表9)。このことは、金融仲介の中核的な要素、すなわち、情報の重要性を示すものです。金融取引が情報フローの束である以上、いかに小さな金融機関の破綻であっても、それが市場全体の不安感につながれば、流動性危機や取り付けに結び付き得るということです。

したがって、リスクの発見および危機防止の両面において、市場参加者との対面での接触や対話によって得られるマーケット・インテリジェンスは決定的に重要です。この点、多くのアジア諸国の中央銀行は、個々の金融機関の活動の把握および市場におけるミクロ情報の収集を一貫して続けてきており、これは誇れるものだと思います。しかしながら、金融サービスの高度化や技術革新によって、リスクの把握はますます難しくなってきています。いくつかの事例では、金融機関自身も、自らの投資活動や取引に伴うリスク−とりわけ、複雑な証券化商品やデリバティブ取引に伴うリスク−を十分に把握していないようにも見受けられます。自らのリスク把握の能力に関する過信は、新たなリスクの源になり得るものであり、当局は市場参加者に対し、リスク管理のスキルに不断に磨きをかけるよう促していくべきでしょう。骨身を惜しまない情報の収集や、虚心坦懐にリスク評価を行うとともにこれを継続的にアップデートしていく作業は、全てマーケット・インテリジェンスに関わるものです。

この点では、「金融システムレポート」の公表を通じた市場参加者との情報の交換も、情報とマーケット・インテリジェンスの活用のための新しい道筋を提供するものという捉え方もできます。マクロ・プルーデンス政策は、市場参加者と当局、さらにはマクロとミクロの政策との間の対話と協調を支援するものとなってこそ、はじめて有効なものとなり得ると考えられます。

トップダウン情報:マクロのリスクや過剰を把握する指標

次に、マクロ的なリスクや過剰、さらにはこれらを把握するための指標について、お話ししたいと思います。殆どのバブルの生成・崩壊において、金融市場と実体経済のスパイラル的な相互作用の背後には、心理的なスイングが働いています。経済主体はバブル生成期には過度に楽観的に、バブル崩壊期には過度に悲観的になりがちです。日本の「バブル期」や今回の金融危機前の"Great Moderation"期にみられたように、高成長と低インフレの共存は、生産性上昇の幻想と低金利継続期待を生みやすく、このような楽観主義は、資産価格に対する桃源郷的な見方やリスクの過小評価につながりがちです。他方、経済の停滞が続く局面では、経済主体は過度に悲観的となり、そうした悲観的な見方は自己実現的に更なる経済の悪化を招きやすくなります。リスクの過度の蓄積を回避するためには、このような極端な楽観論や悲観論の台頭を、さまざまな金融データから把握することが、きわめて重要となります。

このためには、我々は、特定のドグマや理論の虜となることを注意深く避ける必要があります。信用対GDP比率や資産価格のトレンドからの乖離といったいくつかの指標は、確かに有益な情報を含んでいるかもしれませんが、とはいえ、現時点で決定的な指標がある訳ではありません。過去に読み込んだ理論は、過去に起こったことは上手に説明できても、将来起こることを上手に説明できるとは限りません。危機は常に、違う形をとってやって来るものです。特定の指標に過度に依存すれば、存在する重要なリスクを見逃したり、あるいは、存在しないリスクを存在すると誤解するおそれもあります。さらに、我々はいわゆる「グッドハートの法則」の拡張形についても考える必要があります9。もし中央銀行が、特定の指標を注意深くみながらリスクテイクを抑制する措置をとるとアナウンスすれば、市場参加者はこれらの指標に影響を与えずにリスクを取ろうとする結果、これらの指標は情報価値を失ってしまうかもしれません。我々が少数の指標を特に重視しようとするほど、この問題はより深刻になります。

したがって政策当局者としては、幅広い指標を、極力先入観を持つことなくモニターしていくことが賢明でしょう。加えて、観察される価格データ自体は、価格がファンダメンタルズを反映したものか、それともユーフォリアに影響されたものかを示してくれるわけではないため、これらのデータを包括的に解釈していく上で、前述のマーケット・インテリジェンスをフルに活用していくことも必要です。

  • 9 グッドハート(1975)が基になっている。最近の応用はグッドハート・トゥソモコス(2011)を参照。

リスク把握のための日本銀行の枠組み

次に、リスクの把握に向けた日本銀行の様々な取り組みについて説明したいと思います。日本銀行は、証券会社も含めた幅広い金融機関に対し、実地考査やオフサイトでの日々のモニタリングを実施しています。これらの活動を通じて、日本銀行はマーケット・インテリジェンスも最大限活用しながら、リスクの蓄積を把握するよう努めています。日本銀行はまた、公開市場操作の相手方である市場参加者とも、密接な接触を維持しています。

加えて日本銀行は、マクロ・データとミクロ情報の分析を通じて、金融システム全体のリスクの状況に関する包括的な評価を定期的に行い、そうした評価を年2回公表される「金融システムレポート」の中で提示しています。さらに、このレポートで提示された金融システムのリスクに関する評価は、後述する「2つの柱」の枠組みを通じて、金融政策の意思決定においても有益なインプットのひとつとなります。

日本銀行はまた、他の中央銀行同様、広範なデータの活用やマクロ・ストレス・テスト、金融セクターを明示的に組み込んだモデルの構築などの面でも、さまざまな努力を行っています。加えて、日本銀行のエコノミストである鎌田および那須は最近、早期警戒指標として、革新的な「金融動向指数(FCIXs)」を構築しました10。早期警戒指標は、特定の経済理論に依拠するのではなく、伝統的な経済のトレンドと循環の分析に基づいています。現段階ではなお確定的な評価はできませんが、金融動向指数の予測力はなかなか有望であるように思えます。すなわち、金融動向指数は、日本の金融危機を予測していたほか、今回の金融危機についても、約1年前に予測していたようにみえます(図表10)。

金融動向指数は、過剰な楽観論や悲観論の早期警戒シグナルとして有益な情報を提供し得るという意味で、マクロ・プルーデンス政策にとって有益なツールとなり得るように思います。マクロ・プルーデンス政策の遂行上、最も困難な課題の一つは、過剰な楽観論や悲観論といったものをいかに特定するかということです。なぜならば、心理が過剰に楽観的か、あるいは悲観的かを判断するための信頼に足る理論的枠組みはなお得られていないからです。この点、金融動向指数のアプローチが特定の経済理論に依存していないことは、理論が確立していない状況では、むしろ利点となり得ます。こうした利点により、金融動向指数は、マクロ・プルーデンス的視点からの金融システム全体のモニタリングに寄与することが期待される訳です。

  • 10 金融動向指数の詳細については、鎌田・那須(2011)参照。

2.2 "Do":プロシクリカリティを避けよ

金融面でリスクの「風に逆らう」:金融政策とマクロプルーデンス政策の協調

次に、「プロシクリカリティの是正」という、マクロ・プルーデンス政策のもう一つの重要な側面について、お話ししたいと思います。

リスクの蓄積を把握した後、次に政策当局者に求められることは、更なるリスクの蓄積を食い止め、リスクテイクの動きを鎮静化させることです。逆に、市場参加者が過度にリスク回避的になっていることがわかれば、政策当局者は市場のコンフィデンスを回復させることが求められるでしょう。基本的な考え方はシンプルであり、「ブームの時には甘い顔をするな。厳しい時には怖い顔をするな」ということです。そのためにも、金融政策とマクロ・プルーデンス政策の協調が重要かつ効果的と考えられます。

この点、日本銀行は、金融政策運営において、「二つの柱」という枠組みを採用しています。この枠組みは、2段階の政策判断を内包しています。すなわち、第1の柱の下では、最も蓋然性が高いと判断される経済のシナリオについての判断が行われます。同時に第2の柱の下では、メインのシナリオではないけれども、発生した場合には経済に大きな影響を与える可能性があるリスク要因についての判断も盛り込まれます11。この後者のリスク要因には、当然のことながら、金融面でのシステミックなリスクも含まれることになります。このように、日本銀行の金融政策の意思決定過程においては、インフレ率のような伝統的な情報だけでなく、リスクの蓄積度合いを示すような金融関連の情報やマーケット・インテリジェンスを含む、広範な情報が考慮されます。日本銀行はこれらの情報を包括的に判断し、テール・リスクに関する評価も含め外部にコミュニケートするよう努めています。

言うまでもなく、コミュニケーションには別のスタイルもあり得ます。例えば、中央銀行のリスク評価を、より長期のインフレ予測の変化に関連させて外部に伝えるやり方もあるでしょう。いかなるコミュニケーションのやり方が望ましいかは、各国の経済・金融構造の違いにも依存しており、唯一の解があるわけではありません。いずれにしても中央銀行は、伝統的な物価情勢の評価に加え、金融面でのリスクを評価し、これを外部にコミュニケートしていくことが求められています。

  • 11 詳細はNishimura(2007)参照。

新たな規制の枠組みとプロシクリカリティ問題

次に、新たな規制枠組みとプロシクリカリティの問題を取り上げたいと思います。最近の国際的な議論においては、金融規制が持ち得るプロシクリカリティ −すなわち、規制が経済の変動を増幅してしまうという問題− にいかに対処するかが、一つの重要なテーマとなってきました。バーゼル委員会はいわゆる「バーゼルIII」において、「資本保全バッファー」および「カウンターシクリカル・バッファー」を新たに導入し、この問題への対処を試みています。

ここで鍵となるのは、これらの規制がいかに上手に適用されるか、という点です。仮に、銀行が「資本保全バッファー」を最低自己資本規制の一部と捉え、景気のサイクル如何にかかわらずこれを常に維持しようとするならば、結局、銀行部門全体として最適水準を越える水準の自己資本を抱えることになります12。バーゼルIIIが、単に静学的のみならず動学的な観点からも最適な規制枠組みとなるためには、それが適切に実施され、妥当な監督によって補強される必要があります。このことは、「カウンターシクリカル・バッファー」についても同様です。

同じように、新たに導入される「システミックに重要な金融機関」、すなわちSIFIの規制についても、起こり得る副作用を認識しておく必要があります。SIFIに対する「追加的損失吸収力」、すなわち自己資本サーチャージの賦課は、同様に、SIFIが動学的にみて最適水準よりも多くの自己資本を抱えつづけるリスクを伴っており、このリスクは、景気後退期における信用収縮の加速といった形で表面化し得ます。さらに、金融不安時に起こり得るSIFIへの預金シフトは、問題を一段と複雑にする可能性があります。実際、日本の金融危機においては、相当額の預金が小規模銀行からマネーセンター銀行にシフトしました。仮に人々が、SIFI規制やSIFIへの自己資本サーチャージ故に、「SIFIは非SIFIよりも安全である」と思えば、ストレスのかかる状況でのSIFIへの預金シフトが加速されることになるかもしれません。しかし、SIFIへの自己資本サーチャージは、そうした状況において、SIFIが非SIFIの果たしていた信用仲介機能を代替することを躊躇させる要因となるかもしれません。こうしたことを踏まえても、新たに導入される金融規制の枠組みが、デザイン通りにプロシクリカリティを緩和する方向に働くかどうか、注意深く見極めていく必要があります。

  • 12 これはまさに、バーゼルIIIが最低自己資本比率規制とは「別建て」で固定資本バッファーを導入した理由と考えられる。すなわち、資本保全バッファーと、これに伴う配当制限などの規制は、カウンターシクリカルに運用されることが想定されているはずである。そうでなければ、資本保全バッファーと最低自己資本比率規制とを区分する合理性はないことになる。

2.3 "Don't":長期的な効率性を損なってはならない

古い悪癖の新しい言い訳?

次に、マクロ・プルーデンス政策において、とりわけ長期的な観点からの一つの"don't"について、申し述べたいと思います。

マクロ・プルーデンス政策やその政策手段について明確な定義がない以上、いかなる政策手段も「マクロ・プルーデンス政策手段」として正当化され得るリスクがあります。我々は、「マクロ・プルーデンス政策」を「古い悪癖の新しい言い訳」としてしまい、長期的な非効率性を招くことのないよう、十分注意しなければなりません。実際、「マクロ・プルーデンス政策手段」として言及されることの多い、LTV比率やDTI比率の上限設定や資本流出入に影響を与える税や規制といった手段は、資源配分を大きく歪めるリスクから無縁ではあり得ません。したがって政策当局者は、個々のマクロ・プルーデンス政策が長期的にもたらし得る影響を注意深く精査することが求められます。もし、中毒を続けることになれば、長期的な影響は、比較的早期に表れるかもしれません。

SIFI枠組みと長期的な効率性

こうした観点からも、SIFI枠組みは、参加者の自主的な誘因と整合的に設計することが重要です。リーマン・ショック以降の金融危機の根本的な原因の一つは、金融機関の行き過ぎたリスクテイクにあったわけですが、仮にSIFI規制の下で各行がバランスシートを縮小させつつROEを維持するため、"originate-to-distribute"型のビジネスモデルを通じた更なるリターンの追求に走れば、金融システムはむしろ不安定化しかねません。この意味でも、SIFI枠組みは、効率的な規制と監督の、包括的かつ長期的に維持可能なパッケージでなければなりません。

また、仮にSIFI規制がSIFIの中核的な金融仲介機能を阻害することがあれば、規制として非生産的なものとなってしまいます。金融サービスへの需要が実体経済のニーズによって大きく規定される以上、SIFIへの追加的な規制によって、SIFIの金融機能を幾許か低下するか、あるいは、SIFIの果たしてきた機能が他の主体によって代替されることは念頭に置かねばなりません。仮にSIFIと非SIFIとの間で規制の負荷に大きな違いがあれば、金融取引が規制の緩い主体にシフトする結果、金融システム全体としてのリスクはむしろ増加することになりかねません、「シャドーバンキング」は、その典型的な問題の一つであるといえます。

とりわけアジアは、これらの問題を十分に認識すべきでしょう。すなわち、現在、アジア新興市場国は世界の成長センターであり、高成長を支えるための金融仲介への需要も増加すると考えられます。したがって、仮に新たな金融規制がコアとなる金融仲介機能をグローバル・レベルで阻害することがあれば、アジア新興市場国の経済への影響も大きくなり得ます。また、資産価格の上昇がバブル的な状況に至りかねないいくつかのアジア新興市場国では、既に不動産関連ローンのLTV比率やDTI比率の引き下げといったマクロ・プルーデンス政策手段を現実に動員しています。したがって、これらの国々では、自らのマクロ・プルーデンス政策対応のベネフィットとコストを見極めるとともに、これらが長期的な非効率性に結び付くことのないよう、適切な出口政策を持つ必要があるでしょう。

第3部 テール・リスクとマクロ・プルーデンス政策:「安全神話」の危険性

近年の金融危機、および、悲劇的な東日本大震災は、テール・リスクは我々が生きている間に現実化するものであり、その意味でもはやテール・リスクではないことを、まざまざと示しました。通常の景気循環の枠内における「普通の」ショックしか想定していない政策の枠組みは、現実にテール・イベントが発生した場合のインパクトに十分に対応することは困難です。とりわけ、今回の金融危機を経て、政策当局者は、自らの政策枠組みを再考し、いかにテール・リスクを把握しテール・イベントに対処すべきか、真摯な検討を迫られています。

しかしながら、現段階では、我々はテール・リスクを把握するための十分に信頼できる指標も、テール・イベントがもたらす病魔への万能薬も持ち合わせている訳ではありません。マクロ・プルーデンス政策は、いかなる政策当局者にとっても知的に刺激的な分野ではありますが、同時に我々は、マクロ・プルーデンス政策が、適切なマクロ政策や有効な金融監督を代替するものではないことを認識する必要があります。日本のバブル経済の経験は良い例であり、日本は、資産価格バブルを、銀行の不動産向け貸出への上限設定といったマクロ・プルーデンス的政策手段だけで防ぐことが難しいことを学びました13

したがって、テール・リスクを把握し、テール・イベントの発生に対処する上では、我々はマクロ・プルーデンス政策の枠組みに対する過信から「安全神話」を作り上げてしまうことを避けなければなりません。仮に、金融面でのリスクの蓄積を特定の指標によって把握できるとか、マクロ・プルーデンス政策は金融システムの安定を確保する上で非常に有効であるといった誤った安心感が広がってしまうと、そのこと自体が新たな不安定化要因となりかねません。

最後に、テール・リスクへの対応の難しさを物語る一助として、北日本の釜石港に建設されていた、世界最大の津波防波堤をご紹介したいと思います(図表11)。この2009年3月に完成した防波堤は、長さ1,960メートル、深さ63メートルにも達し、世界最深の防波堤としてギネスブックにも掲載されていました。しかしながら、完成からちょうど2年後、この防波堤は、250機のジャンボジェットが時速1,000キロで衝突するのと同様の力を持つ、まさに真のテール・イベントであった巨大津波によって、破壊されました。

振り返ってみると、一見不滅の巨大防波堤や、その他の津波を食い止める建造物が、いつのまにか「安全神話」を作り上げてしまい、そのため津波というテール・リスクを過小評価してしまうことになってしまった、ということは否定できないように思います。そのため、日本の津々浦々にある、いわゆる津波石碑(図表12)の警告から結果的に目をそらすことになったのかもしれません。「安全神話」に寄りかかって暮らすことの危険性とコストを今回の出来事によって我々は改めて思い知らされることになったといえるでしょう。

ご清聴ありがとうございました。

  • 13 日本におけるマクロ・プルーデンス政策については、Nishimura(2011c)参照。

参考文献

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