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【講演】保険会社と金融システム:中央銀行の視点

保険監督者国際機構(IAIS)第18回年次総会(ソウル)における講演の邦訳

日本銀行総裁 白川 方明
2011年9月30日

目次

1. はじめに

日本銀行の白川でございます。本日はこの席でお話しする機会を頂きましたことを大変光栄に存じます。話を始める前に、保険監督者国際機構(IAIS)が1994年の発足以来、保険会社の監督の面で果たしてこられた多大な貢献に対し、心より敬意を表します。

私の属する日本銀行は保険会社の監督当局ではありませんが、保険会社の動向には一貫して大きな関心を有しています。ご存知のように、日本は1990年代後半から2000年代初頭にかけて金融危機を経験しましたが、その過程では少なからぬ中小の保険会社が破綻しました。保険会社のプレゼンスの大きい日本では、保険会社の経営破綻はマクロ経済に影響を与えたひとつの大きな要因でした。逆に、マクロ経済の動向が保険会社を含め金融システムの状況に大きな影響を与えるという因果関係も存在します。実際、1990年代後半以降の日本の保険会社のビジネスは、低金利が続く下での「逆鞘問題」や人口の減少という要因抜きには語れません。このように考えると、日本銀行が保険会社の経営に大きな関心を有する理由をご理解頂けると思います。

そこで本日は、「保険会社と金融システム:中央銀行の視点」と題して、お話を致します。最初に、保険会社と中央銀行に共通する仕事、すなわち安定、安全の提供の意味についてお話しします。次に、保険会社の経営への影響という観点も意識しながら、世界経済の現状について説明します。最後に、保険会社に対する規制・監督のあり方について、自分の考えを述べることにします。

2. 「安定」、「安全」の提供

中央銀行と保険会社の関係をみると、両者は「安定」と「安全」を提供しているという点で共通点があります。人類が組織的な経済活動を始めた当初から、ひとりの経済主体では負い切れないリスクを他の経済主体に移転して分散保有する必要性が意識されていました。ハンムラビ法典には、貿易船の船主が積み荷の調達のために借金をした場合、予め特約料を払えば積み荷の滅失の際に借金が免除されるという契約に関する記述があるそうですが、これは、経済が発展を遂げていく上で、各経済主体のリスク負担の能力や意欲を越えたリスクの移転、配分がいかに重要であるかを物語っています。

こうした保険の歴史と比較して、中央銀行はより新しい発明です。最も古い中央銀行は400年近い歴史を有していますが、現代的な意味での中央銀行が出現したのは19世紀半ばではないかと思います。経済社会が複雑化し、経済活動に対する信用供与が、銀行のネットワークによって組織的に行われるようになると、そうしたネットワーク、いわゆる金融システムの安定を担う機能が必要になってきました。金融システムは、システムに参加する金融機関の相互の信頼関係の上に築かれており、ひとたび信頼関係が崩れ疑心暗鬼の状態になると、システム内に自己実現的な破壊力が生じてしまいます。そこで、金融システムの安定と安全を確保するため、破局に向かう悪循環を断ち切る手段として、いわゆる「最後の貸し手」の機能を中央銀行が提供するようになりました。

中央銀行が提供する安定と安全はこれだけではありません。1930年代まで採用されていた金本位制では、一国の金の保有量が少なくとも理屈の上では通貨、ひいては経済活動を安定させる基盤となっていました。ところが、金本位制が放棄されると、経済変動を安定化させるために積極的な政策介入が必要となり、中央銀行はその担い手のひとつとなりました。中央銀行は、金融政策を通じ、各経済主体が、物価や経済の大きな変動といったマクロ的な不確実性に悩まされることのない環境を提供することも目指すようになりました。

このように、保険会社も中央銀行も、それぞれの業務を通じ、経済主体に安定と安全を提供することにより、経済主体がリスク・テイクしやすい環境を整備し、結果的に経済の成長に貢献しています。

ところで、中央銀行と保険会社とは、共に安定と安全の提供を目的とするという点で大きな共通点があるが故に、同じ悩みも抱えています。経済主体が負担できないほどの大きなリスクから解放されることは、経済の活性化に貢献する反面、リスク・テイクの行き過ぎを助長する可能性もあります。たとえば、自動車保険で事故の賠償責任から解放された運転手がスピードを出し過ぎて事故を起こしてしまう可能性です。いわゆるモラル・ハザードの問題です。

中央銀行もモラル・ハザードの問題に直面しています。金融システムの安定という面では、中央銀行の最後の貸し手としての機能が、かえってシステムの安定を害するような銀行のリスク・テイクを助長するのではないかという問題意識です。また、マクロ経済の安定についても、1990年代から2000年代半ばにかけて観察されたグローバル経済の好パフォーマンス—低インフレと高成長—いわゆる「大いなる安定」(great moderation)や、さらに、この実現に大きく貢献したと考えられた中央銀行の政策運営に対する過度の信頼が最近の国際金融経済危機の背景にあるという指摘も聞かれます。この問題は、金融政策運営や金融システムの安定、規制・監督の問題を扱う際の最も重要な論点のひとつですので、講演の最後で、再度取り上げることにします。

3. 世界経済と金融市場の現状

次に、保険会社の経営への影響という視点も意識しながら、世界経済の現状についてお話します。

リーマン破綻後の世界経済の動向

今月は2008年9月に発生したリーマン・ショックから数えてちょうど3年となりますが、この間の世界経済の動向を整理すると、以下の3点に集約されるように思います。

第1は、世界経済は1930年代のような大恐慌を回避し得たという事実です。これはリーマン破綻後に採られた金融システム安定化の措置や積極的な金融・財政政策の大きな成果です。

第2は、これまでの世界経済の回復は二極化(bifurcated)したものであったという事実です。新興国は比較的早く回復に転じた後、高い成長を続ける一方、先進国はリーマン・ショック後の経済の大幅な落ち込みを考えると、その後の回復の速度は緩慢です。

第3は、このような先進国の景気回復の鈍さの根源的な要因として、バランスシート調整による経済への下押し圧力が存在しているという事実です。2000年代半ばの世界的な信用バブルは非常に大規模なものでした。このようなバブルが崩壊した後は、バランスシートの修復、すなわち、過剰なストックとその背後にある債務の調整というプロセスは避けられず、その過程では、経済活動は抑制されます。バランスシートの修復を要する部門は国により異なりますが、米国は、主として家計と政府であり、欧州は、金融機関と政府です。このうち、財政悪化の背景としては、まず、金融危機発生後の景気低迷による税収の減少や積極的な政府の施策が指摘できます。もうひとつの要因としては、ユーロ圏の幾つかの国に当てはまるものですが、単一通貨導入によって可能となった有利な国債発行環境の下で財政規律が弱まっていたことも挙げられます。いずれにせよ、危機に先立つバブルや金融的不均衡が大きいほど、危機後のバランスシート修復に要する時間は長くなります。

要約すれば、大恐慌の再来は避けられたものの、先進国を中心とするバランスシートの修復が長引いているため、新興国の成長モメンタムは持続していても、世界経済全体ではぱっとしない状況が続いているということです。とくに、先進国においては、財政バランスの悪化が、歴史的な低金利とあいまって、追加的な政策発動を制約していると認識され、脆弱な回復プロセスを一段と不安定にしている面があります。

グローバル金融市場の現状

このような世界経済の動向を背景に、グローバル金融市場でも様々な変化が観察されます。

第1は、先進国の長期金利は歴史的な低水準となり、イールドカーブも総じてフラット化しつつあることです。その背景としては、先行きの経済に対する見方が慎重化する下で、先進国の主要中央銀行が緩和的な金融政策運営を続けるとの予想が強まっていることが挙げられます。

第2は、投資家がリスク回避姿勢を強めていることです。特に、本年夏以降、市場でしばしば「リスク・オフ」と呼ばれるような投資家のリスク回避姿勢の強まりを背景に、株価は下落し社債の信用スプレッドは拡大しました。国債市場では米国やドイツの金利は安全資産選好による買いもあって下落する一方、欧州周縁国の金利は大幅に上昇しました。外国為替市場では、スイス・フランや日本円が相対的な安全通貨とみられて上昇しました。

第3は、ソブリン・リスクに対する警戒感が高まっていることです。前述のように、リーマン破綻後、多くの先進国では財政バランスが悪化しました。とりわけ欧州では、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルが、次々と金融支援を受ける事態となりました。その後も、ソブリン・リスクに対する市場の警戒感の強まりを背景に、欧州周縁国のソブリン・スプレッドは拡大した状況が続いています。

保険会社経営にとってのインプリケーション

こうした状況は、言うまでもないことですが、保険会社の経営に対しても大きなインプリケーションを有するものです。

まず、先進国では、財政政策面からの対応に期待できない中で、いわゆる非伝統的な金融政策が強化されています。非伝統的な金融政策には様々な選択肢があり、日本銀行を含め先進各国の中央銀行は試行錯誤を続けていますが、その過程で、イールドカーブがフラット化している点では共通しています。仮に先進国におけるバランスシート調整が長期にわたって持続するものだとすれば、こうした状況がかなり長期間持続する可能性もあります。長期にわたる一部の保険商品では、ごくわずかな割引率の違いが資産価値の大きな振れをもたらすことを考えると、現在の低金利をごく例外的な事例と位置づけてよいものなのかどうか、保険会社の経営者も、規制・監督当局もよく考えなければなりません。

次に、ソブリン・リスクですが、このリスクの高まりは、近年、保険会社が推進してきたリスク管理の高度化手法の見直しを迫ることになるかもしれません。保険会社は、保険金の支払債務と保険料の運用資産のデュレーション(期間)をできるかぎりマッチさせるべく取り組んできており、生命保険など長期にわたる契約については、超長期国債を購入することでミスマッチのリスクを削減しようとしてきました。仮に、これに伴う信用リスクが無視できないとなると、こうしたリスク管理手法の有効性は低下します。

最後に、投資家のリスク回避姿勢についてみると、長期的な視点から投資ができる保険会社にとって、そうした市場のゆがみをとらえて投資に踏み切ることが期待されます。仮に、保険会社が現在そうした行動をとりにくくなっているとしたら、その原因は何なのか、また当局はどのように対応すべきなのか、よく考えてみなければなりません。

現在の局面では日本銀行を含め、先進国の中央銀行は、強力な金融緩和を展開することによって、世界経済の回復をより確実なものにしようとしています。ただ、非伝統的政策という未知の領域に入っていることから、期待通りの効果が得られているか、市場に予期せぬ歪みをもたらしていないか、同じ効果を有するより効果的な方法はないかといったことは重要な論点です。

4. 保険会社に対する規制・監督

金融システムの安定

以上、世界経済の現状について述べてきましたが、本日の私の話の最後のテーマである保険会社に対する規制・監督を巡る議論に移りたいと思います。保険会社を含め金融機関に対する規制・監督の理由としては、消費者保護の観点とシステミック・リスク防止の観点のふたつがありますが、後者のシステミック・リスクという観点からみた場合、保険会社の破綻はシステミック・リスクをもたらすかどうかがしばしば議論されてきました。この点に関するひとつの議論は、保険会社の負債は保険契約に基づく長期債務が中心であるため、保険会社自身が流動性危機やシステミック・リスクの震源となる可能性は、銀行に比べ小さいというものでした。比較論で言うと、そのような見方は正しいでしょう。しかし、今回のグローバル金融危機は保険会社の破綻はシステミック・リスクと決して無縁ではないことを示しました。金融市場が相互に連関する中、保険会社の経営不安や破綻は、貯蓄性保険商品の解約や市場の心理的動揺などを通じて、金融システム全体の不安定化につながる可能性は否定できません。また、AIGのケースが示すように、保険会社が子会社を通じて広範な業務を提供している場合、これらの業務がシステミック・リスクの発生源となることも考えられます。実際、そのような可能性が高いと判断し、米国のFRBはAIGに対し多額の資金供給を行いました。日本銀行も中小の生命会社が破綻した際、実際の発動はありませんでしたが、金融危機の渦中に設立された「保険契約者保護機構」に対し、時限措置として融資枠を設定しました。

規制・監督の設計:必要なバランス

現在、金融危機の再発防止に向けて、保険会社を含め金融機関の規制・監督の見直し作業が、国際的に進められています。銀行規制の面では、2010年に「バーゼルIII」の導入が国際的に合意されました。また、本年夏には、「グローバルにシステム上重要な金融機関」(G-SIFIs)に自己資本の積み増しを求めるとともに、これを円滑に破綻処理できる体制を整えていくとの方針が打ち出されました。こうした動きと並行して、保険会社の規制の面でも、欧州の「ソルベンシーII」など、規制の見直しに向けた議論が積極的に進められています。

金融取引が複雑化しグローバル化が進展する下で、金融規制・監督の見直しは極めて難しい仕事であり、どのような改革案に対しても欠点を指摘することは容易です。しかし、だからと言って現在の規制・監督の枠組みが最善である訳ではありません。金融危機の防止に向けて、規制・監督当局、中央銀行、金融機関が最大限の努力をする必要があります。時間の関係から、改革の具体論に立ち入ることは出来ませんが、見直しに当たっての重要な理念はバランスをとる、すなわち、特定の方法論に過度に依存するのではなく、様々な次元でのバランスをとることであると思っています。と言うのも、バブルの生成、崩壊、金融危機の進行という一連のプロセスを振り返るにつけ、金融システムという複雑で常にダイナミックに変化していくシステムの作動の仕方に関する我々の知識はいかにも限られているからです。

求められるバランスは、第1に、規制・監督とマクロ経済間のバランスです。規制・監督の重要性は言うまでもありませんが、マクロの経済環境も重要です。金融危機の経験を経て、物価安定という一見良好なマクロ経済環境の中でもさまざまなリスクが蓄積し得ること、そして、そうしたリスクが金融危機として顕在化すれば大きな経済的損失を伴うことが明らかになりました。リスクが低下したと感じると、過度のリスク・テイキングが行われるという先程のモラル・ハザードの問題の一種と言えます。その意味で、金融政策の運営に当たっても、物価動向だけでなく、資産価格の上昇やレバレッジの拡大、期間ミスマッチの拡大といった金融的不均衡の蓄積にも注意を払う必要があります。

第2に、規制と監督の間のバランスです。金融機関のビジネス・モデルは国によっても、また個々の金融機関毎にも大きく異なります。また、金融のグローバル化や情報通信技術発達の下で、各金融機関は、変化する経営環境に弾力的に対応していくことが求められています。このような状況下、多様な金融機関に一律の規制で対応しようとすると、潜在的な副作用も大きくなります。こうした副作用を回避するためには、「監督」の役割が相対的に重要になると考えられ、規制と監督の両者を適切に組み合わせて包括的な枠組みを設計していく必要があります。

第3に、金融機関の機能の類似性と相違点への配慮というバランスです。保険会社は、銀行や他のセクターに対する長期資金の重要な供給主体となっています。この背景としては、長期調達のウェイトの高い保険会社は、銀行に比べ金利リスクや流動性リスクに晒されにくいことが指摘できます。他方、保険会社は負債側に固有の保険リスクを抱えています。このように、保険会社と銀行など他の金融機関との間には、機能やリスク・プロファイルなどの面でさまざまな違いがあり、それぞれが相互に補完し合いながら経済全体への資金仲介の役割を果たしています。一方で、類似点もあります。今日の国際金融市場では、社会的に有用な金融機能を異なる業態の市場参加者がそれぞれの手法で実現しています。例えば、デリバティブのひとつであるオプションは、保険と極めて似ています。もちろん、同じ経済効果を異なった商品で実現する業態間のオーバーラップ自体は否定すべきことではありません。競争を通じ、より低コストで金融サービスが提供されるようになれば、社会全体の厚生が高まる可能性もあります。しかし、オーバーラップする部分におけるインセンティブ構造如何では、大きなリスクを生む可能性があります。その意味で、保険会社と他の金融機関の機能の間の類似性と相違点の双方への配慮が必要です。

以上は「言うは易し、行うは難き」の典型ですが、大事なポイントであり、これらのことを意識して、規制・監督の議論を進めていく必要があります。

5. 最後に

そろそろ時間がなくなってきたので、私の話を締め括りたいと思います。フランスやオランダ、ベルギーなどでの例外はありますが、多くの先進国では、中央銀行は保険会社の直接の規制・監督当局ではありません。それにもかかわらず、保険会社は金融システムにおける重要なプレーヤーであることから、中央銀行としても保険会社の動向には重要な関心を有しています。従って、中央銀行としては国際的なフォーラムを通じて保険会社の規制・監督に関する議論に積極的に参画していくことは当然ですが、中央銀行の行い得るもうひとつの潜在的に大きな貢献は、保険会社を含めた金融システム全体に潜むリスクの分析を行い、これを明らかにすることであると考えています。我々はこれをマクロ・プルーデンス分析という言葉で呼んでいますが、近年、このことの重要性が強く意識されるようになっています。日本の金融危機の際、保険会社の経営を大きく圧迫したのは、「逆鞘問題」や保有株式の減価でした。保険会社の場合、短期的な経済金融情勢の変化が直ちに経営を圧迫することはありませんが、逆に長期資金を扱うというビジネスの特性を考えると、実体経済と金融システムの相互作用を意識した長期的な観点からのリスクの点検が特に重要であることも意味しています。この先の世界経済とその下での保険会社の経営を考えると、低金利継続、ソブリン・リスク、人口動態の変化の問題をはじめ、マクロ・プルーデンスの視点の重要性を示唆する要因は事欠きません。それだけに、今後とも、保険会社と規制・監督当局、中央銀行の間の協力や意見交換を大事にしていきたいと考えています。

ご清聴ありがとうございました。