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【講演】内外の金融経済情勢と日本経済再生の課題

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JCIF国際金融セミナーにおける講演

日本銀行副総裁 山口 廣秀
2011年11月22日

目次

1. はじめに

日本銀行の山口でございます。「国際金融セミナー」にお招きいただき、誠にありがとうございます。本日は、内外の金融経済情勢について述べたあと、中長期的な観点から、日本経済の成長力が趨勢的に低下してきた背景と、将来に向けての課題について、私の考えをお話しします。また、日本銀行の政策運営についても、お話ししたいと思います。

2. 世界経済の動向

世界経済の現状と先行き

初めに世界経済の動向からお話しします。リーマンショック以降の世界経済の動きを振り返りますと、ショックからの立ち直りの過程では、新興国・資源国に牽引される形で高い成長を続けてきました。しかし、本年春以降は、先進国を中心に成長ペースが鈍化しています。

まず、リーマンショックの震源地となった米国では、依然として家計部門を中心にバランスシート調整が経済の重石となっており、景気回復のペースはごく緩やかなものにとどまっています。欧州をみますと、リーマンショックのあと緩やかに回復してきましたが、ギリシャなどの周縁国に始まったソブリン問題が深刻の度合いを強める中で、このところ成長率は明確に減速しています。

一方、これまで高い成長を実現してきた新興国や資源国の経済も、成長のペースが幾分鈍化しています。エネルギーや食料品価格の上昇によって、実質購買力が低下したことや、景気の過熱を抑制するために実施された金融引き締めの効果が現れているためです。これらに加えて、先進国経済の減速の影響も出ています。やや過熱気味であった新興国・資源国経済の成長スピードが低下すること自体は、物価安定のもとでの持続的成長を実現していく上で望ましい面もありますが、今のところインフレ圧力は十分に沈静化していません。

先行きの世界経済についてみますと、当面は、欧州ソブリン問題に起因した国際金融資本市場の緊張が残る中で、先進国を中心に減速した状態が続くとみられます。しかし、その後は、成長のポテンシャルの高い新興国や資源国に牽引されるかたちで、世界経済の成長率は再び高まっていくと考えられます。ただ、こうした見通しには、大きな不確実性があります。特に、欧州ソブリン問題については、未だその帰趨が見えていません。

そこで、次に、欧州ソブリン問題について、お話ししたいと思います。

欧州ソブリン問題と金融経済の不均衡の蓄積

欧州ソブリン問題の発端は、2009年末にかけて明らかとなったギリシャの巨額の財政赤字です。翌年の春には、ギリシャは市場での資金調達が困難化し、ギリシャ危機と言われるほどの事態に追い込まれました。その結果、ユーロ圏諸国や国際通貨基金(IMF)による資金繰り支援を受けることになりました。その後、ギリシャ政府は、公務員給与の引き下げや税制の手直しなど数々の財政構造改革策を打ち出しました。しかしながら、経済がマイナス成長となる中で、当初想定したペースでの財政赤字の削減は実現せず、この夏にかけて第2次のギリシャ危機に立ち至ったわけです。

この間、ギリシャに始まった財政の持続性に対する市場の信認の低下は、財政状況の厳しいアイルランド、ポルトガルといった欧州周縁国、さらにはスペイン、イタリアという経済規模の大きな国にも波及しています。

これらの国々の国債の金利は大幅に上昇し、市場価格は大きく下落しています。欧州の金融機関は、そうした国債を多額に保有する先を中心に、バランスシートの悪化や資金調達の困難化に直面し、融資姿勢を厳格化させるなど、バランスシートの圧縮に努め始めています。このため、企業や家計のマインドは悪化し、実体経済は減速しています。

現在、欧州において、リーマンショックのような急激な負の相乗作用が生じているわけではありませんが、財政、金融、実体経済の三者の間で、負の相乗作用が働き始めているとみています。

欧州ソブリン問題の背後には、リーマンショックと本質的に共通した要因が存在しています。それは、2000年代半ばにおける緩和的な金融環境、資産価格の上昇、楽観的な成長期待などを背景に、金融や実体経済の不均衡が蓄積したことです。

米国では、証券化商品の拡大という「金融技術革新」を背景に、サブプライム・ローン等に関する金融機関や投資家のリスク認識がかなり甘くなりました。そのことが、金融緩和と住宅価格の上昇と相俟って、住宅ローンの大幅な拡大、家計部門を中心とする不均衡の蓄積につながり、結局、リーマンショックを惹き起すことになったというわけです。

一方、欧州周縁国等の場合は、「単一通貨ユーロ」の信認を背景に財政資金の調達が容易になったことに加え、将来の経済成長力や税収増に対する過度な期待もあって、財政規律が緩みがちとなりました。もちろん、この場合の不均衡拡大の主役は政府部門ですが、民間部門でも、緩和的な金融環境に支えられるかたちで、非効率な投資や過剰な雇用が行われ、生産性や対外競争力が低下しました。

ユーロに加盟しているというだけで、政府も民間も、実力以上に低い金利で資金調達を行ない、支出を拡大し続けることは、もともと持続可能ではありません。いったん財政に対する信認が低下し、国債金利が高騰し、政府や民間の資金調達環境が厳しくなると、実体経済が落ち込み、これまでとは逆の回転が始まります。

問題解決に向けて

問題を解決するための即効薬は、残念ながらありません。不均衡の蓄積は、いわば長年の不摂生が招いた慢性病です。その治療には、時間をかけて体質改善していくことが必要となります。すなわち、財政規律を取り戻すとともに、経済成長力を高めていくことによって、借金を着実に返済し、将来再び借金をため込まないようにしていくことが、正常化への道です。資金繰り支援や債務のリストラクチャリングなどの対応も重要ではありますが、いわば「時間を買う」政策であり、市場の信認を得るためには、将来に亘って債務を返済する能力があることを示す必要があります。

欧州ソブリン問題の解決の道筋をこのように踏まえると、欧州の実体経済や金融システムは、この先も暫く不安定な状態を続ける可能性が高いように思います。

また、本日は詳しく触れませんが、米国についても、金融や経済の不均衡の後遺症を抱えているという点では、同様の性格を有していることに注意が必要です。

3. 日本経済の動向

大震災後の日本経済

次に、日本経済についてお話ししたいと思います。本年3月11日に発生した東日本大震災によって、経済活動は大幅に落ち込みました。生産設備の毀損や深刻な電力不足によって、内外に張り巡らされたサプライチェーンは寸断され、生産や輸出は大きく減少しました。また、家計や企業のマインドが冷え込み、支出活動も萎縮しました。しかし、その後の展開をみますと、供給面の制約は予想を上回るペースで解消し、夏頃には、経済活動が震災前の水準をほぼ回復するに至りました。

多くの企業で、被災設備の復旧とともに、国内外における代替施設での生産や代替調達先からの部品確保など、様々な努力と工夫が行われました。また、夏場の電力不足についても、節電や電力使用の平準化などによって、経済活動への大きな制約は回避されました。このように、今回の震災では、日本経済のいわゆる「現場力」が遺憾なく発揮されたと言えます。

日本経済の先行きの見通しとリスク要因

日本経済は、供給制約がほぼ解消し、需要動向に規定される状況に概ね移ったと言えます。そうしたもとで、当面は、海外経済の減速や円高の影響に加え、タイの洪水被害の影響も受けるとみられます。しかし、その後は、新興国・資源国に牽引されて海外経済の成長率が再び高まることや、震災復興関連の需要が徐々に顕在化していくことなどから、緩やかな回復経路に復していくと考えています。

日本銀行が先般公表した展望レポートでは、実質GDP成長率について、2011年度は、震災の影響から低めの成長にとどまりますが、2012年度は復興需要の増加などもあって伸びを高め、2013年度も高めの成長を続けると予想しています。消費者物価については、当面、ゼロ%近傍で推移するとみられますが、需給バランスの改善を背景に、2013年度にかけてゼロ%台半ばになっていくとみています。

こうした見通しには、大きな不確実性が存在します。第1に、最大の不確実性の源泉は、先ほど申し上げた欧州ソブリン問題の帰趨です。幸い、日本の企業は、バブル崩壊後、筋肉質の経営に舵を切ってきたことから、現在は十分な経営体力があります。また、日本の金融機関も、資産の健全化を進めるとともに、自己資本の充実にも努めてきています。金融システムの頑健性も維持されています。このため、欧州の金融資本市場で緊張が続く中にあっても、日本の金融環境は緩和的な状態が続いており、実体経済を金融面から下支えしています。

もっとも、米国経済が、リーマンショック後の後遺症を抱え万全な状態ではないだけに、欧州発のショックが、グローバル投資家のリスク回避姿勢の強まりや、世界経済全体の下振れにつながる可能性には十分な注意が必要です。その場合には、為替円高や株価下落といった金融面のルート、輸出減少など実体面のルート、さらには企業など経済主体のマインド面のルートを通じた影響も加わって、日本経済にも下押し圧力がかかると考えられます。

第2に、震災からの復興需要に関する不確実性です。被災地では、既に、被災設備の復旧をはじめとして復興に向けた様々な活動が進められてきています。最も被害が大きかった東北沿岸部などにおける復興需要については、今後、街づくりの全体像も含めた復興計画が具体化する中で、徐々に本格化していくと考えられます。ただし、こうした民間投資を含めた本格的な復興需要については、その規模や実行されていくスピードに関し、幅をもってみておく必要があると思います。

第3に、企業や家計の成長期待に関する不確実性です。日本経済は、震災後、電力供給を巡る問題など新たな困難に直面していますが、もともと震災前から、急速な少子高齢化の進展などを背景に、経済成長率が趨勢的に低下するという問題を抱えていました。こうした課題への対応如何では、企業などの成長期待も変化し、この先の景気動向にも不測の影響が及ぶ可能性があります。以下では、本セミナーの主題である「日本経済再生の戦略」に関わるこの課題について、やや詳しくお話ししたいと思います。

4. 日本経済の中長期的な課題とその克服に向けて

成長率の趨勢的な低下

バブル崩壊後、日本経済については「失われた10年」とか「失われた20年」ということがしばしば言われるようになりました。最近では、景気停滞の長期化が懸念され始めた欧米において、「日本化」(Japanization)ということも言われるようになっています。わが国の実質GDP成長率をみますと、1980年代は年平均4%台と高めの成長を実現していましたが、1990年代には1%台半ばにまで大きく低下し、2000年代入り後は1%にも満たない水準となっています。このように経済成長率が趨勢的に低下してきていることを踏まえると、日本経済の成長力が、近年、構造的に弱まってきている可能性が高いと考えられます。

日本経済の成長力が弱まった理由は、複雑だと思います。ただ、大きく捉えれば、それまでの高めの成長期に形成された制度や慣行、そして企業の行動原理が、90年代以降に進んだ2つの大きな環境変化に対して、十分に即応しきれなかったことにあると考えられます。その2つの大きな環境変化とは、グローバル競争の激化と国内の少子高齢化です。

第1のグローバル競争は、90年代に加速しました。グローバル化は、先進国の資本や技術と新興国の労働力とを多様かつ迅速に組み合わせることを可能にし、新興国に高度成長への扉を開きました。潜在的なビジネスチャンスが国境を越えて拡大し、その面では、日本企業ひいては日本経済にとっても、新たな成長の機会をもたらす変化であったと言えます。同時に、グローバル化は、「大競争」時代の幕開けを告げるものでもありました。日本企業には、数多くの海外勢との差別化を進めて、一歩でも早く新たな潜在ニーズを掘り起こす力が、強く求められるようになりました。その方向へ、日本企業が変革を続けてきたことは事実ですが、そのスピードは、環境変化の速さに比べれば必ずしも十分ではなかったように思います。

第2の少子高齢化も、やはり90年代以降、顕著に進行しました。働き手の人口、すなわち15歳から64歳として定義される生産年齢人口は、90年代半ばから減少に転じており、その減少ペースは加速しています。

こうした人口構成の変化は、労働力の不足を招き、経済の供給面から成長力を低下させる要因となり得ます。同時に、需要面でも、ライフステージによって必要な財やサービスが異なるため、需要の中身に構造的な変化を引き起こします。住宅や耐久消費財などの大量消費市場が縮小する一方、医療や介護といった生活の質を高める多様な財やサービスへの需要が、少なくとも潜在的には、拡大しています。このような需要構造の大きな変化に、供給サイドの変化が追い付かない場合、潜在ニーズが現実の支出につながらずに取り残される一方、既存の財やサービスの市場では供給超過が常態化し、景気下押し圧力が顕在化します。90年代以降の日本経済においては、需給のミスマッチが慢性的に残存して、それが低成長をもたらす一因として作用し続けた可能性が高いとみています。

環境変化への適応が遅れた背景

グローバル化および少子高齢化という環境変化に対して、日本経済が適応しきれなかったのは、なぜでしょうか。ここでは、次の3点を指摘したいと思います。第1に対外的な閉鎖性、第2に資源配分の硬直性、第3に新たなビジネスへの挑戦を支える金融機能の不足です。以下では、もう少し具体的にお話しします。

第1に、対外的な閉鎖性についてです。日本経済は、90年代以降も基本的には高い輸出競争力を維持しています。しかし、名目GDPに占める輸出、あるいは輸出入を合わせた貿易の規模は、決して大きいとは言えません。また、日本企業は海外進出を積極的に進めてきていますが、対外直接投資の名目GDPに対する比率を主要国と比較すると、日本はかなり低い水準にあります。さらに顕著なのは、外国企業の日本への進出、すなわち対内直接投資の少なさです。人の面でも、外国人労働者の受け容れが圧倒的に少ないほか、日本を訪れる旅行者数も低水準です。

このように、ヒト、モノ、カネの国際化の度合いを総合的にみると、日本は必ずしも外に開かれた国ではありません。90年代以降、国境をまたがるビジネスチャンスが大きく広がったにもかかわらず、日本経済はその可能性を活かす開放性に欠けていたということです。

第2に、資源配分の硬直性です。80年代以前に確立されたわが国の経済システムのもとでは、企業と労働者、企業と企業、企業と金融機関などの関係において、長期的な安定性が重んじられてきました。かつては有益であったこうしたシステムも、グローバル化や少子高齢化が進み、新陳代謝やビジネスモデルの転換のスピードが求められる近年の環境においては、経済成長を阻害する要因にもなってきています。この点では、従来型のセーフティネットも、経済全体でみた資源配分の効率性を制約する側面があるように思います。

第3に、新たなビジネスへの挑戦を支える金融機能の不足です。生産効率の改善やコストの削減による競争力の強化は、高度成長時代から日本企業の得意技であり、その力は今もなお健在であると思います。しかし、90年代以降、生産コストの安い新興国が台頭する中で、わが国の企業が生産効率の改善だけで十分な収益を稼ぎ出すことは、もはや難しくなってきています。人々に新しい価値を気づかせ、それまで存在していなかった市場を創り出す企業の戦略が、強化されていかなければなりません。問題は、そうした取り組みが、いつも成功するとは限らないということです。そうであればこそ、それを支えるリスクマネーの供給が大事だということになります。この点で、従来のメインバンク制や不動産担保融資に替わる金融機能の再構築は、未だ道半ばと言わざるを得ないように思います。

成長力強化の方向性

中長期的に日本経済を展望しますと、生産年齢人口の減少ペースはさらに加速すると予測されています。

経済成長率は、就業者数の増加率と、就業者一人あたりの生産性上昇率に分解できます。この先、生産年齢人口の減少が加速するということは、就業者数にもこれまで以上の減少圧力がかかることを意味します。そうしたもとで、成長率の趨勢的な低下を回避するためには、まずは、就業者数の減少に歯止めをかける必要があります。人口や移民の増加が、短期的には困難であることを踏まえると、現実的には、潜在的な労働力の就業を促していく努力が必要ということになります。特に、女性の労働参加率が結婚や出産を契機に低下する、いわゆる「M字カーブ」の問題を解決し、女性の労働参加率を引き上げていくことが重要です。また、元気な高齢者の働く機会を増やしていくことも必要です。

ただ、それだけでは限界があります。生産性の上昇率も高めないと、成長率の低下を食い止めることはできません。一方で、女性や高齢者の労働参加率を高めるには、短時間労働の拡大や男性の育児休暇取得など、就業者一人あたりの生産性をむしろ低下させるような方策も必要となります。それを跳ね返して生産性上昇率をはっきりと高めていくことは、並大抵のことではありません。

そもそも、数十年にわたり人口が継続的に減少し、高齢化が進行するという他国にも例をみない逆風に向かっていくからには、価値観の転換と経済社会の再構築に向けて、強い覚悟で臨む必要があります。これは大変な作業ですが、その具体的な方向性は、既に述べたことから、ある程度はっきりしているのではないかと思います。改めて整理してみます。

第1に、グローバル化のプラス面を享受できるよう、できるだけ国を開いていくことです。貿易はもとより、内外双方向の資本や人の行き来を増やす必要があります。観光や医療ツーリズムに加えて、教育、文化、芸術、研究開発など、様々な面で開放度を高めることが重要です。海外から人々を呼び込むことは、需要とイノベーションの両面から経済活動への刺激につながると考えられます。

第2に、規制改革や労働市場の柔軟性向上を通じて、経済全体としての自由度と柔軟性を高めることです。高齢化社会においても、医療や介護のように、かえって潜在需要が増大する分野があります。もちろん、国民が広く公平に享受すべき医療・介護サービスについては、公的な支援が不可欠です。しかし、規制緩和などによって市場ベースでの成長を促す余地も小さくないとみられます。また、雇用システムについても、転職や新しい技能の修得、多様な働き方などをより自由に選択できるよう、一層柔軟なシステムに再構築していく必要があります。

第3に、企業家精神を育むリスクマネーの供給です。企業が新たな市場開拓に挑み、利益や雇用を生み出していくためには、そのリスクを引き受ける金融の役割が不可欠です。この点、金融機関自身が知見を磨き、企業のビジネスチャンスを探り当てて、資金需要をみずから創り出していくことが求められます。また、不動産担保や借入人の保証能力に頼らず、企業がキャッシュフローを生み出すプロセスに強く関わることを通じて、動産担保の活用など融資形態の多様化を図ることも効果的だと思います。さらに、ファンド等を通じたエクイティ性資金の活性化は、ベンチャー企業の発展やスピーディーな企業戦略を支えるうえで、不可欠な要素です。

5. 財政再建の必要性

以上、日本経済の成長力強化の方向性についてお話ししてきましたが、これとも関連する重要な課題は、財政再建です。日本の政府債務残高は、他の先進国と比べても、非常に高い水準にあります。しかし、これまでのところ、金融資本市場に深刻な影響が及ぶ事態には発展していません。もっとも、欧州ソブリン問題の例をみてもわかるとおり、一国の財政に対する市場の見方は突然に変化します。従来「安全資産」とみなされていた国債が、非連続的に「危険資産」に変わるリスクは常にあると言っても過言でないと思います。それだけに、市場が落ち着いているこの時期にこそ、財政再建に向けて着実に歩を進めていくべきであると考えます。

先ほど申し上げたような取り組みによって日本経済の成長力を高めていくことは、税収の増加などを通じて財政赤字の削減につながります。また、日本の税制や社会保障制度が、少子高齢化に適応した持続可能なものへと改革されていけば、家計の将来不安が低減することなどを通じて、景気の自律回復力がサポートされ、中長期的な成長率の上昇につながる可能性も小さくありません。成長力の強化と財政再建を同時に進め、プラスの相乗作用が働くようにしていくことが大事だと思います。

6. 日本銀行の金融政策運営

最後に、日本銀行の金融政策について、お話しします。日本銀行は、「包括緩和」という枠組みのもとで、強力な金融緩和を推進しています。

第1に、政策金利を、実質ゼロ金利と言える0〜0.1%としています。第2に、こうしたゼロ金利政策を、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで継続することを、対外的に約束しています。第3に、長期・短期の国債だけでなく、CP、社債、さらには、指数連動型上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(J-REIT)といったリスク性の資産を市場から買入れています。こうした資産の買入れ等のための基金は、昨年10月の創設当初は35兆円程度でしたが、累次にわたり大幅な増額を行い、現在では総額55兆円程度まで拡大しています。これらは、長めのリスクフリー金利の低下と各種のリスク・プレミアムの縮小を促すことを狙いとしたものです。

現在、欧米の金融資本市場が不安定な中にあっても、日本の金融環境の安定が維持されているのは、このような強力な金融緩和策も一つの要因になっていると考えています。

また、こうした施策とは別に、昨年6月に、成長基盤強化支援のための資金供給という新しい貸出の枠組みも開始しました。これは、成長機会が見込まれる分野に投融資する民間金融機関に対して、日本銀行が、長期かつ低利の資金を供給する措置です。当初、貸付枠は3兆円に設定しましたが、本年6月には、貸付実行額が上限に近づいたことを踏まえ、資本性を有する投融資や動産担保融資などを対象として、新たに5千億円の貸付枠を設定しました。

本日お話ししましたように、日本経済にとっては中長期的な成長力を強化することがきわめて重要な課題であり、また、それを実現できれば、企業や家計の成長期待や需要の高まりを通じて、デフレの克服にもつなげることができると考えています。この措置は、そうした考え方に基づき、民間金融機関の取り組みを資金面から支援していくことを狙いとしたものです。

日本銀行としては、日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰するよう、今後とも、中央銀行としての貢献を粘り強く続けていく方針です。

7. おわりに

本日は、日本経済にとっての中長期的な課題などについてお話ししてきました。わが国が、近い将来、それらの課題を克服し、再び輝きを取り戻すことを強く期待したいと思います。その時には、「日本化」という言葉も、今とは全く逆の意味で使われることになるのではないかと考えています。

本日は、ご清聴ありがとうございました。