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【挨拶】日本経済:現状、見通し、課題

名古屋での経済界代表者との懇談における挨拶

日本銀行総裁 白川 方明
2011年11月28日

目次

1.はじめに

日本銀行の白川でございます。本日は、中部経済界を代表する方々とお話しする機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より、日本銀行の名古屋支店が大変お世話になっており、厚くお礼申し上げます。

当地は自動車関連産業のウェイトが高く、その分、東日本大震災の発生に伴うサプライチェーンの毀損や夏場以降の円高進行、さらに、先月からはタイの洪水という新たな下押し要因も加わり、大変厳しい経済状況にあります。そうした経済の実態については、私共としても名古屋支店からの報告を含め、様々なルートを通じて十分認識しているつもりですが、本日は、皆様方が日々感じられているご懸念を直接お聞きしたいという思いで、当地に参りました。意見交換に先立ち、私からはまず日本経済の見通しやリスク要因、日本銀行の金融政策運営についてお話し、さらに、中長期的な成長力の強化という、わが国にとって喫緊の課題についても、考えを申し述べたいと思います。

2.日本経済の見通しとリスク

まず日本経済の見通しからお話します。日本経済は、本年3月以降、東日本大震災の発生に伴うサプライチェーンの毀損や電力不足といった大変厳しい供給制約に直面してきましたが、企業と国民の比類なき対応力により、経済活動は予想以上の急速なスピードで回復しました。そうした局面が過ぎると、回復のスピードが徐々に鈍化していくことは自然ですが、夏場以降、今度は新たな懸念材料が出てきました。言うまでもなく、欧州情勢の緊張を背景とした海外経済の減速と急速な円高の進展です。その結果、わが国の景気の持ち直しテンポは緩やかなものになっています。さらに、タイの洪水という新たな事態も加わり、当面、わが国の景気は、そうしたマイナス材料の影響を受けるとみられます。もっとも、世界経済の牽引役を務めてきた新興国の高い成長ポテンシャルを踏まえると、適切な政策対応によりソフトランディングが図られるという条件付きではありますが、海外経済の成長率も新興国に支えられる形でいずれ再び高まっていくと考えられます。また、国内では震災復興関連の需要も徐々に顕在化していくと考えられます。このため、わが国経済は当面減速した後、緩やかな回復経路に復していくというのが現在の私共の中心的な見通しです。日本銀行が先月末に公表した見通しの数字に即して申し上げると(図表1)、実質GDP成長率は、2011年度は+0.3%と低めの成長にとどまるものの、2012年度は+2.2%、2013年度も+1.5%と、プラス成長を続けていくとの見通しを示しています。この間、消費者物価の前年比をみると、2009年夏に下落幅のピークを付けた後、徐々にマイナス幅が縮小し、現在はゼロ%近傍で推移しています。先行きについては、マクロ的な需給バランスの改善傾向を反映して、2013年度にかけてゼロ%台半ばになっていくとみています。

このように日本経済はやや長い目でみて物価安定のもとでの持続的成長経路に復していくと考えていますが、こうした中心的な見通しには様々な不確実性があることは十分認識しています。最大のリスク要因は、欧州ソブリン問題、欧州の当局者が公式文書で使っている表現を借りると「ソブリン債務危機」ですが、その今後の展開とそれが国際金融資本市場や世界経済に与える影響です。欧州では、ギリシャを始めとして、財政不安の強い国の国債金利が大幅に上昇しており、最近ではユーロ圏の中で3番目に経済規模の大きいイタリア国債の金利も上昇しています(図表2)。このため、ユーロ圏諸国の国債を多く保有する欧州の金融機関は、信用力の低下から市場での資金調達が難しくなっており、資金確保のために貸出を抑制せざるを得なくなっています。このように、欧州では、財政に対する信認の低下が金融システムの安定性に対する懸念を高め、それがさらに実体経済に影響を与えるという形で、財政、金融システム、実体経済の負の相乗作用が働き始めています。そして、このような欧州の経済・金融情勢は世界の他の地域の景気にも影響を与えています。

欧州のソブリン問題は夏場以降の円高の原因ともなっています。世界経済の不確実性が増大する中、グローバルな投資家はリスク回避姿勢を強めています。グローバルな金融危機はいつも外貨危機という形で顕在化します。この点、日本は後から申し上げるように中長期的にみて様々な難しい課題に直面しているとはいえ、経常収支が黒字であることや、そのことを反映して対外資産・負債のバランスが大幅な資産超過であることもあって、円は相対的に安全な資産と認識され、買われやすい地合いとなっています。

3.日本銀行の金融政策運営

金融政策運営における3つの措置

日本銀行では、こうした海外経済の減速や円高進行の下、先行きのわが国の景気減速やそのリスクに対する警戒を強め、8月と10月の2度にわたって金融緩和の強化措置を講じました(図表3)。日本銀行の金融政策については様々なご意見を頂くことが多いので、以下では現在の金融政策の枠組みに立ち返って少し詳しくお話をします。ご承知の方も多いと思いますが、日本銀行は昨年10月に採用した「包括的な金融緩和政策」という枠組みに基づく強力な金融緩和の推進、金融市場の安定確保、成長基盤強化の支援という3つの措置を通じて、日本経済がデフレから脱却し、できるだけ早く物価安定の下での持続的成長経路に復帰するために、中央銀行としての貢献を粘り強く続けています。

只今申し上げた3つの措置のうち、第1の「包括的な金融緩和政策」に基づく強力な金融緩和ですが、日本銀行は、政策金利の誘導目標を実質ゼロ金利と言える0〜0.1%とした上で、これを物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで継続すると約束しています。さらに、日本銀行のバランスシート上に資産買入等の基金を設け、そのもとで長期・短期の国債に加え、中央銀行としては極めて異例ですが、CP、社債、さらには指数連動型上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(J-REIT)といったリスク性の資産を買入れています。その狙いは、長めの金利やリスクプレミアムに働きかけることにあります。この資産買入等の基金の枠は、累次にわたる増額を経て現在は総額55兆円程度まで拡大しており、来年末に向けて15兆円程度の各種金融資産の買入れなどを進めているところです。

2番目の措置は金融市場の安定確保です。これは、欧州のソブリン問題からグローバル金融市場が緊張を高めている現在、特に重要です。この点では、日本銀行は円資金の潤沢な供給を続けているほか、米欧の中央銀行との協力のもと、ドル資金を供給する体制も整備しています(図表4)。今後とも主要国中央銀行と緊密な連絡をとりながら、金融市場の安定に万全を期していく方針です。

3番目の措置は、これも中央銀行としては異例の措置ですが、成長基盤強化の支援です(図表5)。これは、金融機関に対する長期かつ低利の資金供給を通じて、日本経済の成長力強化に向けた企業や金融機関の取り組みを支援する枠組みです。

緩和的な金融環境

それでは、このような強力な金融緩和政策はどのようなルートで経済に影響を及ぼすのでしょうか。

この点を議論する際には、金融政策の波及経路を2段階に分けて考えることが必要です(図表6)。第1段階は、金融政策から金融環境への波及です。すなわち、企業や家計が借入を行う際の金利水準や資金の調達可能性が、どの程度緩和方向に変化しているかということです。第2段階は、金融環境から実体経済への波及経路です。すなわち、企業や家計が緩和した金融環境を活用して、投資や支出をどの程度増やしているかということです。

まず第1段階をみますと、欧州ソブリン問題を背景にグローバル金融市場が緊張を強める中にあっても、わが国の金融環境は緩和の動きが着実に続いています(図表7)。すなわち、金融市場の金利は長めの金利も含めて極めて低い水準で推移しており、国債金利に対する社債やCPの金利上乗せ幅、すなわち、信用スプレッドも低水準で落ち着いています。また、銀行の貸出金利も緩やかに低下しています。各種のアンケート調査によれば、企業からみた金融機関の貸出態度および企業の資金繰りについても、改善の動きがはっきりしています。この点、欧米では、欧州ソブリン問題に伴う市場の緊張を背景に、夏場以降、金融の引き締まり現象がみられているのとは対照的です。こうしたわが国の金融環境の改善には、先ほどご説明した日本銀行の極めて積極的な金融政策も貢献していると判断しています。

他方、先ほど申し上げた金融政策の効果波及の第2段階をみますと、残念ながら、極めて緩和的な金融環境にもかかわらず、民間の経済主体が投資や支出を積極的に増やしていくという動きには繋がっていません。日本銀行の、そして日本経済にとっての悩みは、正にこの点にあります。

このような状況への対応の仕方として、日本銀行がもっと積極的に行動すれば、やがては経済活動が刺激される筈であるという考え方があり得ます。しかし、各種の金利、特に民間経済主体にとっての実際の資金調達金利をみると、わが国は先進国では最も低い水準となっていますし、足もとも緩和方向の動きが続いています。量的な指標という点で、中央銀行の供給する通貨であるマネタリーベースや、家計や企業が保有する通貨であるマネーストックの対名目GDP比率をみても、日本は米国やユーロ圏を大きく上回り、先進国で最大となっています(図表8)。米国はリーマン・ショック後に資金供給量を大幅に増やしましたが、日本は金融危機をより早く経験したこともあって、そうした積極的な資金供給をいち早く行っています。そのため、日本銀行の積極姿勢が目立ちにくくなっているのかもしれませんが、マネタリーベースの対名目GDP比は、米国が現在到達している水準には既に2002年に到達し、ここ数年さらにこの水準が上がっているというのが客観的な事実です。

日本銀行は現在も金融緩和を強化していますが、以上のような緩和的な金融環境を前提としますと、そうした環境を活かすための努力がより重要な課題として浮かび上がってきます。すなわち、成長力強化に向けた取り組みです。この点については、後ほど詳しく申し上げますが、その前に、この問題とも密接な関係があり、また、当地にとって特に大きな関心事項と思われる円高の影響やこれへの対応について申し上げます。

4.円高への対応

為替相場の変動は円高であれ円安であれ、企業経営にも、また企業の集積する地方経済にとっても、さらに一国経済にとっても非常に大きな影響を与えます。振り返ってみますと、為替相場は2000年代半ばにかけては大きく円安方向に振れ、その後は逆に大きく円高に振れています。現在問題となっている円高にはメリットもあればデメリットもあり、かつ両者の現れ方は局面によっても時間の経過によっても異なります。結論から申し上げますと、日本銀行は、海外経済の先行きを巡る不確実性が大きい現局面においては、円高が輸出や企業収益の減少、企業マインドの悪化などを通じ、景気の下振れ要因となる可能性には十分な注意が必要だと考えています。日本銀行が夏以降、2回にわたって金融緩和に踏み切ったのも、正にそうした判断に基づくものです。

円高に関連して、現在、特に問題となっているのは、これにより企業の海外生産シフトが加速し、国内産業が空洞化する可能性です。日本企業による海外生産の増加という流れ自体は、基本的には、世界の成長センターが新興国に移っているという大きな構造変化のもとで、企業の成長戦略の一環として、需要の拡大している市場の近くに生産拠点を設ける動きであると理解しています。ただ、そのペースはその時々の為替相場の動向にも左右されます。皆さまもご記憶のように、2000年代半ば過ぎにかけて大きく円安に振れ、国内生産の採算が一時的に大幅に好転した局面では、海外シフトの動きが一服して生産の国内回帰がみられました。しかし、リーマン・ショックの余波や欧州ソブリン問題が長引く中で、それらが表面化する前に比べて円高な水準が定着するにつれ、もともとグローバル市場の拡大に合わせて進められてきていた海外生産シフトへと、企業の戦略が再び戻りつつあります。従って、この戦略過渡期においては、海外生産シフトは傾向として過去の平均的なペースに比べて速まることになります。その際、海外生産シフトがあまりに急速に進展すれば、国内で新たな雇用吸収の場を生み出すペースが追いつかなくなる可能性がありますし、長い目でみて競争力がある中核的な企業や工場までもが海外シフトしてしまった場合、あとで円高が是正されてもその国内復帰は難しくなります。これらのリスクを含めて、最近の円高が日本経済に与える影響については十分注意する必要があると考えています。

一方で、円高には、原燃料の輸入コストの抑制などを通じて企業や家計の対外購買力を高めるなどのメリットもあります。震災発生以降、原発の稼働停止に伴う火力発電の増加から、原油やLNGの輸入金額が拡大し貿易収支も赤字に転じていますが、円高はそうした海外への所得流出というデメリットを相殺する側面も有しています。もちろん、そうしたメリットはすべての企業や業種に一様に及ぶわけではありませんが、日本経済全体として考えた場合、そうしたメリットを活用し、新たな事業展開や産業構造の変革へとつなげていく発想も必要だと思います。残念ながら現在はそうした前向きな動きがなかなか起きてきていません。

5.中長期的な成長力強化の必要性

そこで、先ほど少し触れました日本経済の成長力強化というテーマに話題を移したいと思います。私は日本経済が現在、直面している最大の課題は、中長期的な成長力強化であると思います。

成長率の動きは就業者の伸びと就業者一人当たりのGDPの成長率、すなわち、生産性の上昇率に分解できます。日本経済の成長率は趨勢的に低下していますが、これはふたつの要素、すなわち、急速な高齢化による就業者の減少と生産性の伸び悩みによって生じています(図表9)。それでは、将来の成長率はどうなるでしょうか。人口動態については長期的な予測がありますので、そのもとで高齢層や女性の労働参加率が今のままで変わらないと仮定した場合、将来の就業者数の減少率は、2010年代は0.6%、2030年代は1.3%と、ますます大きくなっていきます(図表10)。これと生産性上昇率を足し合わせれば経済成長率になるわけですが、生産性上昇率が過去20年間の平均程度である1%程度だとしますと、結局、2010年代以降の経済成長は年平均で0%台の前半にとどまり、2030年代にはマイナス成長が定着する、ということになってしまいます。

そうした事態が確実に見通せる以上、我々は少しでも事態を改善するように全力で取り組む必要があります。停滞シナリオに陥らないよう中長期的な成長力を強化するには、高齢者や女性が働きやすい環境を整備するとともに、生産性上昇率を高める努力の両方が必要ということになります。生産性とは、一人当たりで多くの付加価値を生み出す力、いわば稼ぐ力のことです。個人や企業のレベルで考えてもそうですが、一時的な運を除けば、稼ぐ力はそれを可能にする実体的な努力なしには実現しません。変化する環境への積極的な対応が不可欠です。先ほどの海外生産シフトを例にとると、海外で可能な生産・営業活動は海外拠点の一層の拡充で対応する一方、国内では技術水準やブランド価値の高い財・サービスを中心に開発・生産体制を再構築していくことや、多様化するニーズに目を向けて国内市場も掘り起こしていくことが、収益と雇用の拡大均衡へつながる道だと思います。そうした展開は、何よりもチャレンジ精神に溢れた企業自身の取り組みによって可能となるものです。それと同時に、政府が規制や税制を柔軟に見直すことなどを通じて、企業が前進する力を支援していくことも必要です。日本銀行も安定的な金融環境を作ることを通じて、企業の取り組みを支援しています。さらに、変化への適応が成長の鍵を握りますので、活発な新陳代謝を前向きに捉える価値観を社会全体として共有していくことも重要です。

低成長が長く続くと、日本経済の直面する厳しい面にのみ目が向きがちですが、客観的にわが国を見つめると、アジアの一角を占める地理的な有利性、震災後の供給制約が解消される過程で発揮された現場力、品質へのこだわりやきめ細かなサービス精神、金融システムの安定など、日本の独自性や強みも数多く挙げることができます。こうした強みも活かしながら、企業がグローバル展開と内需開拓の両面作戦を進めていき、その結果、日本経済全体が外需と内需を上手に取り込む方向に向かっていることが徐々に感じられるようになると、前向きの循環が始まり、日本経済の成長力強化が実現されるのではないかと考えています。そのような方向に回転するかどうかは、我々自身が現状の厳しさの真の原因を正確に認識し、必要な取り組みを行うかどうかにかかっています。

6.おわりに

そろそろ時間がなくなってきましたので、本日の話を締め括ろうと思います。冒頭でも申し上げたとおり、当面、日本経済は輸出面を中心に厳しい局面が予想されます。日本銀行は、そうした認識をしっかり持って、強力な金融緩和を引き続き推進し、日本経済が持続的な成長経路に復する過程を支えてまいります。そのうえで、日本経済が中長期的に活力を取り戻し、デフレ傾向から明確に脱却していくためには、デフレ傾向を生みだしている根源的な原因である成長力の低下に歯止めをかける取り組みが不可欠です。日本銀行としては、現在のきわめて緩和的な金融環境を存分に活かしきる様々なチャレンジがなされることを期待しています。

この点、当地は昔から企業家魂の根付いている地域として知られています。変化が大きい時代には変化を前向きに受け止め、不確実性をチャンスと捉えることこそ、飛躍への扉を開く第一歩です。当地のイノベーションや新しいビジネスモデルが、日本経済全体への刺激にもなるよう、日本銀行としても引き続き皆様の取り組みを応援してまいりたいと思います。

本日は、ご清聴ありがとうございました。