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【講演】先物取引市場と業界の課題

Futures Industry Association主催コンファランスにおける講演の邦訳

日本銀行総裁 白川 方明
2012年7月26日

目次

1.はじめに

経済にはさまざまな金融の仕組みがあるが、先物市場は、その中でも重要な仕組みの1つであり、それが効率的で健全であることは、社会全体の経済厚生の向上につながる。FIA Japanが、この重要な市場の発展に大きな貢献をしてきたことについて、日本銀行としては感謝しており、私としては、本日、この大会の基調講演を行えることを嬉しく思っている。

そうは言っても、東京で通りがかりの人に先物市場について何を知っているかを聞いたとしたら、何も答えられない可能性が高い。これは、先物取引所と呼べる組織が、世界でおそらく最も早く日本で設立されたことを考えると残念なことである。18世紀初頭、大阪の堂島では、証拠金や差金決済といった仕組みを有する、米の先物取引が始まった。ご存じの通り米は日本の主食であるが、その価格は、堂島の米会所と呼ばれた取引所における日々の取引を通じて形成された。取引所周辺に店を構えていた取引参加業者は、米を主要な収入源としていた武士階級に必要不可欠な金融サービスを提供していた。この取引所は、封建末期の日本において2世紀近くにわたり経済生活にしっかりと組み込まれていた。

このように洗練された市場が自律的に発展したという事実は、条件さえ整えば、日本において先物取引が繁栄し得るのではないかとの期待が全くの的外れではないことを示唆している。実際、今日の日本においては、先物取引と仕組みがよく似た外国為替証拠金取引が、リテール分野においてさえ多くの参加者を得ている。

本日、私は、金融イノベーションを活用し、先物市場を育成していくことによって、どのようにして社会の厚生を高めるような環境を醸成できるかについて考察してみるが、このためには、最近の金融危機の経験を振り返らなければならない。金融危機のきっかけとなった米国の住宅ローン債券市場における問題が表面化してからすでに5年が過ぎようとしている中、世界の金融システムは、新たな展開に自信をもって乗り出せるほどには回復していない。とくに、欧州大陸においては、いくつかのユーロ圏諸国で財政再建に向けた政策が打ち出されたものの、そうした政策が成功するかどうかについて十分な信認が得られていない状況にある。私たちは、依然として危機の過程で明らかになった問題を処理する渦中にあり、その意味で、本日お話しする内容は、繰り返しにならざるを得ない。

本席では、2つの大きなテーマを採り上げることとしたい。1つは、危機への対応に追われる中で明らかになった未解決の問題を考えることである。金融市場のインフラは、危機を概して波乱なく乗り切ってきたものの、弱点も多いことが明らかになった。後で述べるように、私は、日本はこの点について比較的うまく対処できていると思う。もう1つのテーマは、より哲学的なものである。金融インフラの構造を強化することは重要だが、金融は社会の信認がなければ機能することはできない。金融危機は、社会全体の中での金融の役割について問いを投げかけている。社会における金融、ひいては投機に対する反発に鑑みれば、先物取引業界は、その拠って立つところをより丁寧に説明しなければ繁栄を確保することはできない。日本の現在の状況をみると、銀行や銀行家に対する批判は10年前の状況、あるいは、今日の欧米の状況と比べても強いとは言えない。だからといって、本日、このコンファランスに参加している我々は、金融や先物取引の社会的な意義という重要な問題から目をそむけてはならない。

2.金融市場のインフラを強化するために

金融危機の頂点、とくに2008年の後半においては、欧米を中心に金融市場はほとんど機能を停止した。金融市場の参加者は、レポ市場のような担保付取引の市場においてさえ、お金の貸し借りを避けるようになっていた。銀行が資金を抱え込もうとして貸出を止め、債券の新規発行ができなくなったために、家計や企業も資金を調達することができなくなった。株式市場は機能していたとはいえ、株価の急落は不安感を醸成した。世界の金融システム、ひいては世界経済が完全に崩壊する寸前だったというのは誇張ではないだろう。米国のサブプライム住宅ローンから派生した問題が、リスクの移転に透明性が欠けていたことによって何倍にも拡大した。また、取引処理の遅れが深刻化したことも、不確実性が増幅した重要な要因の1つであった。何十億ドルあるいは何十億ユーロにも上る取引が行われていたが、そうした取引に対し誰が最終的な責任を負っていたかが判らなかった。市場で価格が乱高下したことにより、巨額の損失が発生しかねないとみられた中にあって、今にも取引の相手方が破綻するかもしれないという懸念が広まり、取引を行おうとする参加者はいなくなってしまった。こうした問題は、巨額の取引量と複雑な取引処理の仕組み故に専門家でさえ実態を把握しにくかった、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)取引を含む店頭(OTC)デリバティブ市場において最も先鋭化していた。

現実に以上のような状況に直面したことを考えると、G20諸国の首脳が2009年9月にピッツバーグで一堂に会した時、この問題を何とかしなければならないと判断したことは当然の成り行きであった1。店頭デリバティブ市場については、比較的問題が少なかった先物市場の経験が広く参照された。より標準化された商品を電子化されたシステムで取引し、これを集中清算にかけることを奨励することにより、店頭デリバティブ市場の透明性と頑健性を高めていくことについて、合意がみられた。これらの改革が、予定通り本年末までに実施されることになれば、店頭デリバティブ市場は、先物市場に一層近づくことになる。標準化になじまない商品についても、証拠金の受払いや取引の報告という、先物市場で有効性が確認されている義務が課されることになっている。

もちろん、こうした対応によってすべての問題が解決するのであれば、本日、この問題を採り上げることはなかった。先物市場は、取引所とそれに関連した清算を行う仕組みという、すぐに活用できるモデルを示しているが、そのモデル自体に改良の余地が残されている。たとえば、集中清算により、取引の相手方の破綻から身を守ることが出来るとはいえ、そうした仕組みの実効性は、仕組みの設計に依存する。清算機関は、その利用者が破綻した時でも健全性を維持しなければならないが、これを実現するのは容易ではない。たとえば、当初証拠金の水準はどのように決定すべきか、変動証拠金はどれくらいの頻度でどのような形で徴収すべきか、仮に証拠金が足りなくなるリスクに対しどれくらいの対応力を備えるべきかといった論点がある。すべての清算機関に一律に適用可能な解が存在する訳ではないが、原則を集めて大きな方向性を示すことはできる。

中央銀行と規制当局が、本年4月に、国際決済銀行(BIS)の支払決済システム委員会(CPSS)と証券監督者国際機構(IOSCO)の専門委員会によって公表された、「金融市場インフラのための原則」の検討を進めてきたのは、正にこのような事情を背景としたものである。この新しい原則は、ガバナンス、日常的な運用方法、リスク管理、危機対応など、金融市場インフラのすべての側面をカバーする、24の要素で構成されている2。この原則は、世界の金融市場を支えているインフラが、頑健性を有し、金融面のショックによく対応できるという観点から作られている。また、既存の勧告を強化するとともに、これまで扱われてこなかった点もカバーしている。たとえば、複数国においてシステミックに重要な清算機関、および、複雑な特性を持つ商品の清算機関については、従来は最も大きな参加者の破綻に備えることとされていたのに対し、少なくとも最も大きな2参加者の破綻に備えなければならないことになった。この原則は、金融市場において協働して取引を清算・決済・記録する、すべてのシステミックに重要な資金決済システム、証券集中振替機関、証券決済システム、清算機関および取引情報蓄積機関に適用される。日本銀行は、金融庁と密接に協力して上記原則が決定される国際的な議論に参加しており、こうした原則ができる限り早く適用されることを目指している。

ここまで説明したような、より強固で頑健な市場インフラを目指した国際的な取組みと並行して、日本市場固有の経験に即した検討も行われている。リーマン・ブラザーズの破綻によっても日本では大きな混乱は発生せず、その結果国境を越えた影響は最小限に止まったが、日本国債清算機関(JGBCC)における危機管理の手順に改善の余地があることも明らかになった。リーマン・ブラザーズの法的な倒産手続が始まり、同社が日本国債清算機関に対し国債と資金を引き渡すことができないと判明したところから、必要な国債と資金を手当てできるまでの間、日本国債清算機関は多大な労力を費やした。それは綱渡りであった。リスクを軽減し、極度に緊張が高まった状況の下でも清算を継続できるようにするため、とくにフェイル対応や緊急流動性供給の面において、すでにさまざまな手当が行われている。

冒頭で述べたように、日本の市場インフラの強化を目指したこうした動きは適切なペースで進んでいる。たとえば、本年末までに店頭デリバティブ取引を集中清算にかけるというG20合意についてみると、日本における法制面の手当ては、おそらく世界に先駆けて完了している。そうした手当てを受け、クレジット・デフォルト・スワップの清算が2011年7月に始まっているほか、円金利スワップの清算も本年10月には始まる予定となっている。もう1つ重要なリスク軽減のための動きを紹介すると、日本国債の決済期間の短縮が推進されている。本年4月以降、日本国債の取引は、それまでのT+3決済からT+2決済に短縮され、未決済残高が削減されている。さらに決済期間をT+1決済まで短縮するための検討も開始されることになっている。日本の政策当局と業界は、ともに日本の市場インフラを強固かつ頑健にすることを目指しており、これは国際金融センター化に向けた他の金融センターとの競争において東京の立場を後押しするものである。

金融や先物取引の社会的な意義という次のテーマに移る前にいくつか付言すると、まず、集中清算の利用が活発になることに伴って生じるトレード・オフに留意しなければならない。集中清算には、たとえば、カウンターパーティ・リスクの削減、担保管理の強化、透明性の向上、標準化を背景とした市場流動性の向上といったメリットがある。これは市場インフラの強固さや頑健さを向上させることにつながるものであり、G20が金融危機の教訓として広く採用することを求めている理由でもある。反面、集中清算には固有の問題もある。たとえば、制度設計が適切でないと、カウンターパーティ・リスクに対する懸念が軽減されることを背景に、利用者の間でモラル・ハザードが増大する可能性がある。また、清算機関自身にリスクを集中させる結果、「大き過ぎてつぶせない」状況が生じるかもしれない。日本銀行は、かねてよりこうしたトレード・オフの存在を認識しており、それを賢明に管理することの重要性を繰り返し強調してきた。

第2の点は、集中清算の負の側面を有効に管理するためには、中央銀行と規制当局が清算機関のオーバーサイトと監督を強化しなければならないということである。これは、バーゼルIIIが策定された際の議論と同じように、清算機関における安全バッファー、たとえば担保・証拠金ルール、損失負担基金、自己資本などを拡大する方向に向かわざるを得ない。清算機関の利用によってリスクが低下する利用者自身には、資金負担を受け入れて清算の利用コストを増大させるインセンティブはないことを考えると、こうしたバッファーの拡大は当局によって義務付けられることになる。取引コストを上昇させることになるとはいえ、金融危機の経験に照らせばやむを得ないことである。

最後に、清算機関による中央銀行サービスの利用については、集中清算の一段と賢明な管理という文脈の中で検討を深める必要がある。資金の決済に中央銀行の口座を活用することの利点は明らかである。日本において、日本銀行は、証券取引所や東京金融取引所を含むさまざまな金融市場インフラ運営者との間で、長きにわたり建設的な関係を構築してきた。同時に、中央銀行に口座を保有しているからといって、緊急時に中央銀行から自動的に資金供給を受けられるとは限らない点も強調したい。日本銀行としては、金融市場インフラの運営者と利用者がともに流動性管理を一段と強化していくことを望んでいる。

3.社会において先物取引業界が果たす役割

先物取引業界は、社会厚生の向上に貢献してきたからこそ、今日の姿がある。しかし、順風満帆な時代においても、先物取引は一般市民からは何となく懐疑的にみられてきた。先物取引は、純粋なリスクの移転である。取引の参加者は、価格の動向にかかるそれぞれの予測に基づいて取引する。一部の参加者は、価格の変動から身を守ろうとして取引を行う。言い換えればヘッジしようとする。他の参加者は、価格の動きに賭けて儲けようとする。金銭の動きのみに着目すれば、ある参加者の利益は他の参加者の損失である。もちろん、リスクの削減によってヘッジを行っている参加者の効用は増大しており、効用ベースではゼロ・サムではない。しかし、このような取引の金銭ベースでのゼロ・サム的な性格は、とくに先物取引によって価格が乱高下するようにみえるときには、業界外の一部の人から否定的な評価を受けることになる。

一部の国においては、投機に対する反発は、一部の商品に対する先物取引の禁止となって現れる。たとえば、米国の商品取引所法における取引対象商品の定義をみると、トウモロコシ、小麦、冷凍濃縮オレンジ・ジュースといったありとあらゆる食品が含まれているのに対し、玉ねぎは明示的に例外扱いされている。この特異な決まりは、1955年に米国で発生した玉ねぎ買占め事件を背景に、1956年に成立した玉ねぎ先物取引法にその淵源があるといわれている。ジャガイモの除外は1964年に失敗したものの、映画入場料の除外については近年のドッド・フランク法において議会が受け入れた。ここ日本においても、冒頭で紹介したように米の先物取引が歴史的に重要だったとはいえ、その再開には長い時間がかかっている。

もっとも、金融危機の前においては、先物取引業界の主張に対し好意的に耳を傾ける向きは少なくなかった。金融市場において個々の参加者が自己の利益を追求することにより、さまざまなリスクが、それぞれのリスクをとりたいと考えている経済主体に再分配される、という見方は、ある意味で、多くの人々の信念となっていた。それぞれの経済主体のリスク選好が異なることに鑑みれば、それぞれのリスクを最も効果的に管理できる主体に再分配することは、経済全体の効率性を向上させるものと信じられていた。見えない手が必然的によい結果をもたらすと考えられていたのである。先物市場は、ときとして完全な市場に最も近い市場と考えられており、経済においてさまざまなリスクの移転が行われる中、その一翼を担う市場としてますます重要な役割を果たしているとみられるようになっていた。先物取引業界による投機的な取引が、取引の直接的な参加者の利益になるだけでなく、社会全体の中で最適なリスク配分を実現する制度の欠くべからざる柱であり、そうした観点からはできる限り制約を課さずに奨励されるべきであるという主張が受け入れられる素地があった。

そうした考え方は、金融危機によって大きく揺らいだ。少なからぬ人々は、金融業界は社会全体の利益を無視して自己の利益を貪っており、その延長線上で納税者の多大な負担による業界の救済が行われたと考えるようになっている。結果的に、特定の商品の取引禁止といった極端な措置は依然として例外であるとしても、過剰な投機を防ぐための規制—たとえば、空売りの規制あるいは禁止—が、金融危機の最中からその後にかけて強化されてきた。社会は、金融業界のためによいことは社会のためによいことであるという主張を懐疑的に見るようになっている。

今日では、先物取引業界が、投機はそれ自体よいものだと主張するだけでは足りなくなっている。業界は、投機が実際によい結果をもたらすことを説得的に説明しなければならない。言い換えれば、業界は、なぜ先物取引が経済にとって欠くべからざる仕組みであるかをしっかりと説明しなければならなくなっている。

したがって、先物取引業界は、その本源的な役割に立ち帰らなければならない。先物取引は、経済主体が将来の価格の変動から身を守るために成立した。たとえば、3か月後にオクラホマ州クッシングで受け渡されるウェスト・テキサス・インターミディエート(WTI)原油の価格は多くの要因に左右される。もし米国経済が活況を呈し、米国民が巨大なピックアップ・トラックの運転を再開するようなことがあれば、需要は急増し、価格も急上昇する。逆に、オイル・サンドやオイル・シェールといった新たな原油の供給源が大量に供給されるようになれば供給過剰を背景に原油の価格が急落するかもしれない。もし、将来起き得るすべての事象の確率分布が分かっていれば、単一の公正な価格を計算することはできるが、それは夢物語である。将来をいくら正確に予測しようとしても不確実性は残る。価格変動から身を守ることができるのは、投機的な動機に基づいて取引の相手になろうとする経済主体がいるからである。

これは、すべての先物取引が価格変動から身を守る動機に基づかなければならないことを意味している訳ではない。仮に2人の投機的な取引参加者同士が取引したとしても、そうした取引—数多く繰り返される試行錯誤の過程—の累積的な効果によって、取引価格は最も多くの情報を盛り込んだ予想となる。それぞれの取引に金銭的な裏付けがあることにより、非現実的な価格を提示するインセンティブはほとんどなくなる。多くの投機的な取引が繰り返される状況の下では、取引に参加したり退出したりすることによる価格への影響が最小化される。言い換えれば、市場流動性が増大する。さらに、そうした価格は最大限の透明性の下で形成される。投機を許容することにより、社会は好ましくない価格変動から身を守る手段を確保すると同時に、そうしたサービスの対価が十分に公正であると信頼できることになる。

このように考えると、経済において投機が果たすべき役割があることが分かる。反面、投機には限界があるかもしれない。

先にみたように、2人の投機家、言い換えれば守るべきものがない経済主体の間での先物取引はゼロ・サム・ゲームである。そうした取引はそれ自体新しい価値を生むものではない。1ベーシス・ポイントの利益を生む取引を1億回繰り返せば百万ドルの利益が得られるかもしれないが、その利益は他の取引参加者が支払うことになる。そうした取引に多大な資源を投入することは合理的とはいえない。

ここに1つのパラドックスがある。適切に行われれば、投機は社会にとって望ましい結果をもたらす。他方、投機しか存在しなければ、投機は経済的に維持できない。なぜなら、そうした取引の期待収益はゼロであり、コストを考えればマイナスになるからである。投機的な取引が続けられる唯一の理由は、身を守るための取引を行う市場参加者が実質的にコストを負担しているからである。このような構造は、先物市場における投機的な取引高には内在的な限度があることを示唆している。成長のための成長は受け入れられないということである。果たして市場の力によってこれがうまく解決されるのか。これは、先物取引業界が真剣に取り上げなければならない問題である。

この点について、日本では、多くの商品先物取引が活発でない事実から、一定の実需筋を惹き付けることができない市場は低迷する、という結論を得ることができるかもしれない。市場の力によって、投機的な取引と実需の裏付けのある取引のバランスがとれるのかもしれない。金融先物取引についてみれば、銀行には正当なヘッジ需要があり、そうした需要は一定の投機的な取引を可能とするかもしれない。この間、短期的な金融商品にかかる先物取引の取引高が超低金利環境を背景に低迷していることは、市場の自己調整力と整合的であるのかもしれない。

4.おわりに

本日の講演では、先物取引業界—とくに日本の業界—が、金融危機によって明らかになった課題の解決に向けてどの程度前進しているかを振り返った。また、業界が、危機後の世界においてその役割を再定義する必要性についても指摘した。最後に、先物取引業界にとっての2つのチャンスについて簡単に述べ、明るいトーンで本日の講演を締めくくることとしたい。

1つは、数多くのリスクについては、リスクの取引市場を創設することによって経済的なメリットが生じる可能性があるということである。一例を挙げれば長寿リスクがある。以前から度々強調してきたとおり、日本は重大な人口動態上の課題を抱えており、これが潜在成長力の低下につながっている。長寿リスクを取引できる商品をうまく設計することができれば、日本が直面する課題への対応に貢献できよう。

もう1つのチャンスは、先物取引の構造が有する利点を最大限に発揮することである。1つ思い付くのは、価格の透明性である。先物取引によって決定された価格が関連する経済活動の指標となり得る分野が数多くあるように窺われる。最近のロンドン銀行間金利(LIBOR)を巡る動きはそうした見方を肯定しているようにもみえる。

こうした貢献を行うことができれば、社会において先物取引業界が、有益かつ不可欠の役割を果たし続けていくことを確認できよう。

私たちは、現在、大変動の時代の只中にある。昨晩、松下金融担当大臣のお話で紹介されたように、日本では、日本の金融市場の競争力を強化し、信頼性を高めることに資するような多くの改革がすでに実施され、また実施されようとしている。変化の時代がチャンスをもたらすことに鑑みれば、業界は、日本経済が抱える満たされない需要に対応していくことによって、その発展を加速することができるに違いない。

より広い視点に立てば、日本の最近20年間の成長率の数字は低く、しばしば「失われた10年あるいは20年」といわれてきた。しかし、1990年代のバブル崩壊の影響は、最近のグローバル金融危機の後に起きたことほど大きなものではなかった。少なくともバブルが崩壊して10年を過ぎたあたりからは、低い成長率は、ある程度は人口動態の変化、より正確にはそうした点への対応ができていないことによって説明できる。私が繰り返し述べているように、日本の国民1人あたりの経済成長率はG7諸国並みであり、生産年齢人口1人当たりの経済成長率はG7諸国で最高である3。多くの先進国と比べ、日本の失業率の上昇は小幅だった。日本の場合、急速に発展するエマージング諸国の場合と異なり、簡単に達成できる目標ではないかもしれないが、最も豊かな国の1つとしてさまざまなチャンスがある。金融をみても、ほとんどの日本の金融機関の競争力は強化されている。日本の金融機関のスプレッドは、世界の競争相手と比べ相対的に安定しており、ゆっくりと慎重にではあるが、欧州勢が撤退した穴を埋めるようになっている。本席には、海外からの出席者が多いことに鑑み一言強調したいのは、もし私が述べたような大きなチャンスと安定した金融システムを組み合わせることができるのであれば、日本は世界の中で最も有望な市場の1つになるかもしれない。

日本銀行としては、こうした動きを後押しするために、業界と対話を重ねていきたい。

本日はご清聴に感謝する。