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【講演】最近の金融経済情勢と金融政策運営 —デフレからの脱却に向けて—

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内外情勢調査会における講演

日本銀行総裁 黒田 東彦
2013年7月29日

目次

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、内外情勢調査会でお話しする機会を賜り、誠に光栄に存じます。

日本銀行は、この4月に、消費者物価上昇率で2%の「物価安定の目標」を、2年間程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するため、「量的・質的金融緩和」というこれまでとは次元の違う金融緩和政策を導入しました。それから3か月余りが経ちましたが、この間、金融市場や実体経済には前向きな動きが拡がっており、人々の経済・物価に関する期待も好転しています。同時に、「量的・質的金融緩和」の政策効果について、様々な疑問も頂いています。そこで本日は、この3か月間のわが国経済や金融市場の変化をまとめた上で、経済・物価の見通しについてご説明し、最後に、「量的・質的金融緩和」を巡るいくつかの疑問に対しお答えすることとします。

2.「量的・質的金融緩和」の進捗と3つの好転

(1)「量的・質的金融緩和」 の進捗

4月に導入した「量的・質的金融緩和」では、まず、中央銀行が直接供給するお金の総量、いわゆるマネタリーベースを年間約60〜70兆円に相当するペースで増加させます。これによって、マネタリーベースは、昨年末の138兆円から、本年末には200兆円、来年末には270兆円へと2年で2倍になります(図表1)。また、マネタリーベースを増加させる手段として、日本銀行は、その保有残高が年間約50兆円に相当するペースで増加するように長期国債を買い入れていきます。これは、グロスの買入れ額で言うと、1か月当たり7兆円強という巨額の国債買入れです。その結果、日本銀行の長期国債の保有残高は、昨年末の89兆円から、本年末には140兆円、来年末には190兆円と2年間で2倍以上になります。また、買い入れる長期国債の平均残存期間も、従来の3年弱から7年程度に2倍以上伸ばすことを決定しました。このように、マネタリーベースや長期国債の保有残高を増やすといった「量」の面、また、買い入れる長期国債の平均残存期間を伸ばすといった「質」の面、この両面での金融緩和政策であることから、今回の政策を「量的・質的金融緩和」と呼んでいます。

この3か月、日本銀行は、この政策を当初の予定通りに進めてきました(図表2)。まず、マネタリーベースは、3月末の146兆円から6月末には173兆円まで拡大しており、本年末の200兆円に向けて、幾分早目のペースで積み上げています。また、長期国債の保有残高についても、3月末の91兆円から最近では110兆円強まで増加しており、本年末の140兆円に向けて、こちらも順調に積み上げが進んでいます。買入れ国債の平均残存期間も7年程度に伸びています。

そこで以下では、「量的・質的金融緩和」が進捗するもとで、金融市場や経済がどのように変化してきているのか確認します。結論から申しますと、「金融の好転」「期待の好転」「経済・物価の好転」という3つの好転が起こっています(図表3)。これらの中には、「量的・質的金融緩和」導入前から金融緩和期待を背景に起きていたものもありますし、また、いわゆる「3本の矢」の政策全般への期待や世界経済の動向なども反映しているものもありますので、すべてを「量的・質的金融緩和」に帰するものではありませんが、この政策が重要な要因として貢献していることは間違いありません。

(2)金融の好転

そこで、この3つの好転を順番にご説明しますと、第1は、金融の好転、すなわち金融市場や企業金融が改善していることです。

まずは、株価が上昇しています(図表4)。具体的には、景気改善への期待の高まりや円高修正の動きなどを背景に、昨年秋の9,000円前後から5月中旬には15,000円台に達しました。その後は、急速な上昇の調整もあって下落する局面もありましたが、再び14,000円程度まで上昇するなど、堅調に推移しています。年初来の上昇率は35%程度にのぼり、米国の20%弱、欧州の6%強を大きく超えています。株価が一時下落した局面を含めて一貫して申してきたことですが、わが国経済は順調に改善してきており、株価などの金融市場は、基本的にはそうした実体経済の動きを反映していくと考えています。

次に、長期金利をみると(図表5)、新しい金融政策が量・質ともに事前の市場予想を大きく上回るものであったことから、国債市場ではその内容と影響について消化するまでに時間がかかり、不確実性が高まりました。こうした動きは4月末にかけて一段落しましたが、5月上旬頃からは、米国FRBの資産買入れ縮小観測の強まりから、米国の長期金利が急上昇し、その影響が日本にも及び始めました。これに対し、日本銀行は、巨額の国債買入れを続けながら、市場参加者と密接な意見交換を行い、1回当たりの買入れ額を小口化する一方でオペの回数を増やすなど、オペ運営面の工夫も行いました。こうした巨額の国債買入れと弾力的なオペ運営が効果を発揮していることもあって、わが国の長期金利は、海外金利が大きく上昇した中にあっても、このところ0.8%前後でほぼ横ばいで推移しています。

この間、為替相場をみると、ドル円レートは、昨年秋頃の80円前後から円高修正の動きが進み、最近は100円近辺での動きになっています(図表6)。もとより金融緩和はデフレ脱却を狙いとしたものであり、為替相場の誘導を目的としたものではありませんが、他の条件が同じであれば、金融緩和は円安方向に作用するものと考えられます。

最後に、企業や家計の金融環境は緩和した状態にあります。すなわち、資金調達環境については、短観の企業からみた金融機関の貸出態度判断DIは改善傾向にありますし、CP・社債市場の発行環境も、総じてみると良好な状態が続いています。銀行貸出は、昨年秋頃までは前年比1%程度の増加率でしたが、その後徐々に伸び率が高まっており、このところは2%台となっています(図表7)。また、社債発行額は、4〜6月にはリーマンショック以降のピークを記録しました。資金調達コスト面では、貸出金利は、企業向け・家計向けなどすべての貸出を対象とした統計である「貸出約定平均金利」でみると、引き続き低下し、史上最低水準にあります。

(3)期待の好転

第2の好転は、人々のマインドや期待が改善してきていることです。

まず、消費者マインドが大幅に改善しています(図表8)。消費者意識を尋ねたアンケート調査である内閣府の「消費者態度指数」で確認すると、調査方法の変更により不連続が生じていますが、このところリーマンショック前の水準まで改善しています。年齢階層別にみると、株式を多く保有し株高の恩恵を受けやすいシニア層だけでなく、若年層のマインドも改善しています。幅広い層で、先行きの経済や所得が改善するという期待が出てきているように窺われます。

企業の業況感も改善しています(図表9)。6月短観の業況判断DIをみると、全規模全産業では3月調査から6%ポイント改善して−2となりました。これは2007年12月調査以来の水準です。また、改善している業種の裾野も拡がっており、全31業種中、26業種で改善しています。

最後に、人々の予想物価上昇率が上昇してきています。企業に関する指標をみると、6月短観の販売価格判断DIは、企業規模や製造・非製造業にかかわらず改善しています(図表10)。大企業では、先行き予測がほぼゼロになりました。これは過去30年でみても、バブルの末期とリーマンショック直前の国際商品価格高騰期の2度しかみられなかったことです。家計に関する指標では、例えば生活意識に関するアンケート調査において、1年後に物価が上がるとの回答割合が8割を超えています(図表11)。エコノミストに対する各種調査でも、予想物価上昇率は上がってきています。また、マーケットの指標を、BEI(ブレーク・イーブン・インフレ率)、これは普通国債利回りから物価連動国債利回りを差し引いたもので、市場の予想物価上昇率を示すものですが、この推移をみると、5月中旬にかけて急上昇した後、その反動で下落しているものの、年初と比較すれば明確に高まっています(図表12)。こうした各種指標の動向を踏まえると、全体として予想物価上昇率は上昇していると評価して良いと思います。

(4)経済・物価の好転

第3の好転は、金融市場や人々のマインド改善を受けて、実体経済や物価が好転してきていることです。

まず、個人消費をみると、消費者マインドの大幅な改善や株価上昇による資産効果もあって、底堅く推移しています(図表13)。先ほども申し上げた通り、経済の先行きへの期待が拡がっていることに加えて、株式を多く保有しているシニア世代は、他の世代に比べて消費性向が高い、つまり、お金をより多く使う傾向があることから、株価上昇による資産効果がより強く働いている可能性があります。

また、設備投資は、企業の業況感や企業収益が改善する中で下げ止まっており、持ち直しに向かう動きがみられています(図表14)。実際、6月短観をみると、2013年度の計画は、売上や収益が改善し、そのもとで設備投資をしっかりと増加させていく計画となっています。

物価については、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、これまでマイナスで推移してきましたが、景気の改善や為替の円高修正などを背景に、5月にはゼロ%となり、6月は0.4%とプラスに転じています(図表15)。

以上、「金融の好転」「期待の好転」「経済・物価の好転」と見てきました。わが国経済を15年近く続いたデフレから脱却させるという「量的・質的金融緩和」の狙いは、これまでのところうまく進んでいます。

3.経済・物価の先行き(「展望レポート」の中間評価)

次に、わが国経済の先行きについて話を進めることとします。中心的なシナリオとしては、国内需要の底堅さと海外経済の持ち直しを背景に、わが国経済はこの先も緩やかに回復していくとみています。来年以降は、2回の消費税率引き上げに伴う駆け込み需要とその反動の影響は見込まれますが、生産・所得・支出の好循環が働き、基調的には0%台半ばとみられる潜在成長率を上回る成長を続けると考えています。具体的な成長率を日本銀行政策委員の見通しの中央値でお示しすると、2013年度は2.8%、2014年度は1.3%、2015年度は1.5%と、平均すると2%近い成長を予想しています(図表16)。物価動向をみると、消費税率引き上げの直接的な影響を除いた消費者物価の前年比は、マクロ的な需給バランスの改善や予想物価上昇率の高まりなどを反映して、上昇傾向をたどるとみています。政策委員見通しの中央値では、2013年度は0.6%、2014年度は1.3%、2015年度は1.9%です。すなわち、2015年度までの見通し期間の後半にかけて、「物価安定の目標」である2%程度に達する可能性が高いということです。

見通し実現の3つのポイント

こうした見通しの実現にあたっては、以下の3点がポイントとなります(図表17)。

1点目のポイントは、堅調な内需の持続性です。先ほど触れた現在の企業や家計のマインド面の改善が、所得の増加を伴った形で、持続的な支出行動につながっていくことが重要です。

まず、企業部門では、所得から支出へという前向きの循環メカニズムが次第に働き始めているとみられます。「所得」面の企業収益は改善しており、「支出」面の設備投資も6月短観の計画はしっかりしたものでした。企業は、リーマンショック以降、長らく設備投資を抑制してきており、設備の維持・補修や更新などを中心に潜在的需要は大きいと考えられます。先行き、設備投資は緩やかな増加基調をたどる可能性が高いとみていますが、こうした点について、今後実際のデータで確かめていく方針です。

また、家計部門に目を向けると、個人消費は、雇用者所得の目立った増加がみられていないにもかかわらず、先行して改善した消費者マインドや株高による資産効果などから、堅調に推移しています。今後は、雇用や賃金の改善というしっかりとした「所得」面の裏付けを伴う形で、個人消費や住宅投資の増加が持続していくことが重要です。この点、労働需給面をみると、有効求人倍率が0.90倍と2008年6月以来の水準まで上昇しているほか、失業率も低下に向かうなど、緩やかに改善してきています。また、賃金面をみると、1人当たりの名目賃金は、最近では、時間外給与や賞与などの改善から、前年比−0.1%までマイナス幅が縮小しています。先行き、こうした雇用・賃金面の改善が続き、個人消費の増加を支えていくことを確認する必要があると考えています。

2点目のポイントとして、物価を決める要因のうち、特に予想物価上昇率の動向を挙げたいと思います。物価上昇率を決める主な要因は2つあります。経済全体としてのマクロ的な需給バランス、いわゆる需給ギャップと、中長期的な予想物価上昇率です。2%の「物価安定の目標」実現のためには、この両者がともに物価を押し上げる方向で働く必要があります。

まず第1の需給ギャップというのは、直感的に言えば、景気が良くなり、需給が引き締まれば、物価は上がるということです。すなわち、経済活動の水準が高まっていくと、設備の稼働率が上がったり、雇用者数が増えて失業率が低下していきます。そうすると、労働市場や製品・サービスの需給が引き締まった状態になりますので、賃金は上がっていきますし、製品やサービスの価格も上がっていくことになります。先ほど述べたように、中心的なシナリオでは、先行き、わが国経済は潜在成長率を上回る成長を続けますので、需給ギャップはマイナスからプラスに転じ、次第にプラス幅を拡大していきます。この面からの物価押し上げ圧力が働くということです。

そこで、より注目したいのは、物価を規定する第2の要因である中長期的な予想物価上昇率です。企業や家計は、投資や消費などの意思決定をする場合に、将来物価がどのくらい上がるかを予想して行動します。例えば、先行き「物価が上がる」という見方が人々の間に広がれば、企業はそれに合わせて製品・サービス価格を引き上げるでしょうし、賃金も引き上げられます。その結果、消費者物価も押し上げられることになります。この点、先ほど触れたとおり、予想物価上昇率は既に上昇してきていますし、先行きは、日本銀行による2%の「物価安定の目標」実現への強いコミットメントと強力な金融緩和の効果から、グローバルスタンダードである2%に向けて次第に収斂していくことを期待しています。

3つ目のポイントは、海外経済の動向です。以上述べてきたような経済・物価見通しに対する最大のリスク要因は、海外経済の下振れと考えています。中心的なシナリオとしては、米国経済が底堅く推移し、欧州経済も底入れしてくることなどを背景に、海外経済は持ち直していく姿を想定しています。しかし、欧州、新興国・資源国、米国それぞれに注意すべきリスクがあることも事実です。まず、欧州については、政策当局によるこれまでの取り組みによって、金融為替市場が大きく混乱して世界的な影響を及ぼすといったテイルリスクこそ後退していますが、欧州債務問題の根本的な解決にはなお至っていません。長引く財政緊縮策や景気後退の中で、政治情勢が混乱したり、金融資本市場が不安定化することがないか、注視しています。次に、中国経済の動向です。中国では、政策当局が成長の「スピード」よりも「質」を重視するスタンスを強める中で、従前ほどの高い成長率には戻らないとの見方が拡がっています。また、素材業種など製造業を中心とする過剰設備問題が、当面の成長を抑制する可能性もあります。中国経済の動向は、わが国は勿論、資源国や他の新興国への影響が大きいこともありますので、中国が様々な問題を解決しながら、巡航速度での成長にソフトランディングしていけるかどうか、注意が怠れません。第3に、米国FRBの資産買入れ縮小を巡る影響です。資産買入れ縮小の議論は、米国経済が緩やかながら着実に回復していることを背景にしたものであり、そのこと自体は、新興国も含めた世界経済全体にとってプラスに働きます。ただ、新興国の資金への影響も含め、国際金融市場の動向は、引き続き注意深くみていく必要があります。

4.「量的・質的金融緩和」の政策効果を巡る論点

以上、「量的・質的金融緩和」とわが国経済の現状及び先行き見通しについて、ご説明しました。次に、「量的・質的金融緩和」の政策効果を巡る、幾つかの疑問にお答えします。

(1)長期金利押し下げの効果

名目金利の抑制効果

まず、長期金利との関係です。「量的・質的金融緩和」導入後は、導入直前に比べて長期金利が上昇したことから、長期金利に強力な押し下げ圧力をかけるという政策効果がうまく働いていないのではないか、との疑問を頂くことがあります。

この点を検証する前に、まず長期金利の上昇・低下要因を整理しておきます。長期金利は、先行きの短期金利の予想とリスクプレミアムによって形成されます(図表18)。例えば、10年国債の金利であれば、今後10年間の短期金利のパスに、国債を保有することに伴う様々なリスクプレミアムを加えたものになります。このうち予想短期金利は、先行きの経済・物価見通しによって決まってきますので、景気が改善して物価が上昇していくとの予想が拡がれば、長期金利には上昇圧力がかかります。また、リスクプレミアムは、金利変動リスクの高まりや海外での金利上昇といった要因で上昇し、長期金利に上昇圧力をかけることになります。これに対し、「量的・質的金融緩和」のもとでの日本銀行による巨額の国債の買入れは、このうちのリスクプレミアムを強力に圧縮し、長期金利に押し下げ圧力をかける効果があります。

そこで、こうした効果が実際に働いているのか、2つの事実から確認します。まず、第1は、長期金利が現在とほぼ同じ水準であった昨年の秋との比較です。金融市場の状況や先行きの経済・物価見通しを比べてみると、株価は昨秋の9,000円程度から約60%上昇しており、為替相場では70円台後半から25%程度の円高修正が進みました。また、先行きの経済・物価見通しをエコノミストによる予測を集計したESPフォーキャスト調査でみると、2013年度の実質GDP成長率見通しは、昨年10月時点の1.54%から今年7月には2.75%へと大幅に高まっているほか、消費者物価の見通しも0.11%から0.36%へと高まっています。より長い期間の経済・物価見通しも同様に上方修正されています。こうした金融市場や経済・物価見通しの好転は、長期金利の上昇圧力として働いているはずですが、それにもかかわらず、実際の長期金利はほぼ昨年の秋と同じ水準に抑えられています。

第2は、海外の長期金利動向との比較です。先に述べたように、5月以降、米国FRBによる資産買入れ縮小観測の強まりなどから、海外金利が上昇しています。例えば、5月中旬からの変化をみると、米国では2.0%から2.5%へと0.5%ポイントも上昇しています。これに対し、わが国の長期金利は概ね横ばい圏内で推移しています。

これらの事実は、日本銀行による巨額の国債買入れが、効果的にリスクプレミアムを圧縮し、金利の上昇圧力を強力に抑制していることを示しています。今後、経済・物価見通しの改善に応じて長期金利には上昇圧力がかかってくるとみられますが、一方で、日本銀行による国債の買入れが進むにしたがって、この面からの金利押し下げ圧力はさらに強まっていくと考えられます。

実質金利の引き下げ効果

さて、ここまでは、名目金利への押し下げ圧力という観点から説明してきましたが、景気に対する刺激効果という点では、設備投資や住宅投資などの支出の意思決定に影響する「実質金利」が重要です。実質金利とは、物価の上昇・下落に伴う効果を調整した実質的な金利であり、名目金利から予想物価上昇率を差し引くことによって求められます。実質金利は、直接観察できませんので、企業が実質金利によって意思決定するというのは少し違和感があるかもしれません。ただ、例えば、設備投資の意思決定をする場合を想像していただくと、将来物価が上がり、自社の製品価格も上がると考えるのであれば、その分、名目の借入金利が高くても投資は採算に乗るはずです。物価の変動を調整した実質金利が重要だというのは、こういう意味です。

「量的・質的金融緩和」は、名目金利に低下圧力を加えることと、予想物価上昇率を高めることの両面で、実質金利を引き下げることを狙っています。先ほどご説明したとおり、様々な指標から判断すると、予想物価上昇率は全体として上昇しているとみられます。一方、名目金利は横這い圏内で推移していますので、実質金利は低下方向にあると考えられます。この点でも、「量的・質的金融緩和」は、所期の効果を発揮しています。

(2)銀行貸出の増加

次に、日本銀行がいくらお金を金融市場に供給しても、企業や家計まで届かないのではないか、との疑問を頂くことがあります。これに関連して注目したいのは、銀行貸出の動きです。先程も述べたとおり、昨秋以降、銀行貸出の伸び率は緩やかに高まっており、このところ2%台となっています。この背景には、「量的・質的金融緩和」をはじめとする日本銀行の様々な政策のもとで、企業や家計そして金融機関の行動が前向きになってきている可能性があるとみています。

「量的・質的金融緩和」には、長期金利に強力な低下圧力を加えることに加え、日本銀行が巨額の長期国債を買い入れる結果として、これまで長期国債で資金を運用していた投資家や金融機関が貸出など他の資産に運用をシフトさせる効果があります。いわゆるポートフォリオ・リバランス効果です。また、「量的・質的金融緩和」には、家計や企業の「デフレマインド」、つまり物価は上がらないのが当然という考え方を転換することにより、設備投資や住宅投資といった前向きな資金需要を生み出す効果もあります。

加えて、日本銀行では、金融機関の貸出増加に向けた取り組みを支援するため、「成長基盤強化支援資金供給」や「貸出増加を支援するための資金供給」といった仕組みを設けています。その利用額は約7兆円に上っており、金融機関による企業の前向きな資金需要の掘り起こしを後押ししています。

これまでデフレが続いてきたこともあって、現在多くの企業が大量の現預金を抱えています。まずはそれを使って設備投資等を行うことが可能な状況にありますので、どの程度が借入需要につながるかは不透明な部分があります。その意味で、貸出の伸び率だけに注目するのは適当ではありませんが、自己資金であれ、借入であれ、企業が前向きの行動を起こしていくような環境を整えることが重要です。

(3)賃金と物価の関係

最後になりましたが、2%の「物価安定の目標」を実現する過程において、物価だけが上がり、賃金が上がらなければ、国民の暮らしは却って苦しくなるのではないか、との疑問を頂くことが少なくありません。この点、日本銀行は、単に物価が上がればそれで良いと考えているわけではありません。目指しているのは、わが国経済が生産・所得・支出の好循環のもとでバランスよく成長することで、雇用・賃金の増加を伴いながら、物価上昇率が次第に高まっていくという状態を作り出すことです。こうした経済の前向きな動きの中で賃金が上がるためには、企業がこの先成長率が高まると予想し、雇用を増やしても大丈夫との自信を持つ必要があります。これに加え、先ほども触れたとおり、日本銀行の金融政策によって人々の「デフレマインド」が転換すれば、賃金の決定も物価の上昇を前提としたものに変わっていくはずです。過去の時間当たりの賃金上昇率と消費者物価上昇率の動きをみると、実際に物価が上がる時には賃金もほぼ同時に上がっていることが確認できます(図表19)。今回も、今申し上げた賃金を上げられる環境が整い、賃金の上昇を伴った形で物価上昇率が高まっていくような姿を実現することが重要です。

5.おわりに

以上、日本銀行の「量的・質的金融緩和」の政策効果について、この3か月間の金融市場や経済・物価の状況を踏まえて、説明してきました。「量的・質的金融緩和」は、それ自体、非常に強力なものですが、政府による様々な取り組みと相俟ってこそ、最大限の効果を発揮します。ここでは、特に2つの点を申し上げます。

第1は、成長戦略です。本日は、予想物価上昇率や実質金利といった概念を中心に、主として企業などの資金調達コストの面から、金融緩和の波及経路を説明してきました。もっとも、より正確に言えば、金融緩和の度合いは、企業などにおける資産収益率と資金調達コストの差によって決まります。すなわち、成長戦略によって企業の収益率の見通しが高まれば、金融緩和の効果は一段と強まっていくことになります。また、先に触れたとおり、企業の成長率見通しの高まりは、賃金が上昇していくための前提となります。政府は、既に「日本再興戦略」など具体的な政策を打ち出されていますが、今後はこれが着実に実行されていくことを期待しています。

第2は、財政の信認確保です。日本銀行による国債買い入れなどの政策は、あくまでも「物価安定の目標」の実現のために行っているものですが、万が一これが財政ファイナンスであると受け取られた場合、リスクプレミアムの拡大から長期金利が上昇し、「量的・質的金融緩和」の効果が失われる可能性があります。1月の政府と日本銀行の「共同声明」では、政府は、財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取組みを着実に推進するとされており、その実行は、日本経済がデフレを脱却し持続的な成長を達成する上で必須です。

日本銀行としては、今後とも「量的・質的金融緩和」を着実に進めることによって、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現し、日本経済の最大の課題であるデフレからの脱却を果たすということをお約束して、本日の講演を終えることとします。

ご清聴有難うございました。