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【講演】

世界経済へのアジアの貢献 ―内需主導成長への移行に向けた展望と課題―

第4回タイ中央銀行ポリシー・フォーラムにおける講演の邦訳

日本銀行総裁 黒田 東彦
2014年7月24日

目次

はじめに

第4回タイ中央銀行ポリシー・フォーラムにお招き頂きありがとうございます。タイ経済をリードされる各界の皆様が集われた場でお話しする機会を頂戴し、大変光栄に存じます。プラサーン総裁におかれましては、このような貴重な機会を設けて頂き、心から感謝申し上げます。

タイは、東南アジアの中で最も早く日本と国交を結んだ国であり、2017年には国交130周年という節目を迎えます。アユタヤ王朝以来の文化面での活発な交流に加え、近年では、重要な経済的パートナーとして緊密な関係を構築するとともに、試練に直面した際には、互いに支えあい、乗り越えてきました。特に、2011年の東日本大震災の際には、被災者の方々の支援に向けてタイ中央銀行の皆様より義援金を頂戴いたしました。このご厚情に対する感謝の気持ちは、日本銀行員ひとりひとりの胸に深く刻まれています。私も、総裁就任後にその事実を知り、タイの友人たちへの深い敬意と強い感謝の念を抱きました。改めまして、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

わが国企業にとって、タイは東南アジア地域における重要な経済活動拠点であり、バンコク日本人商工会議所の加盟企業は1,500社を超えています。また、昨年のタイの輸入において、わが国は最大の貿易相手国となっており、タイからの輸出においても三番目に大きい相手国となっています。わが国外務省によるアンケートでも、タイの97%の方々に日本を友好国と認識して頂いており、両国は大変強い絆で結ばれているといえます。

本日は、日本銀行総裁としての16か月と、それ以前のアジア開発銀行総裁としての8年間の経験を踏まえ、世界経済へのアジアの貢献について、私なりの整理を共有させて頂きたいと思います。

1.アジアの成長モデルの変化

グローバル金融危機後に主要国の成長が大きく減速しましたが、そうした中においてもアジア経済は底堅い成長を続け、世界経済の回復や、その後の成長に大きく貢献してきました。最近の経済成長率をみると、世界経済の成長率の約2/3がアジア経済によって支えられています(図表1)。

アジアは、グローバルなサプライチェーンの高度化や貿易の自由化の波をうまく捉え、輸出が主導するかたちで高い経済成長を実現してきました。勤勉で教育水準の高い豊富な労働力と海外の資本が組み合わさって、アジアの産業基盤が形成され、こうした産業基盤がアジアの輸出主導の成長を促進させてきました。もっとも、近年は、消費を中心とする内需の貢献も徐々に高まっています。世界最大級の人口を抱える中国やインド、インドネシアといった国のみならず、他のアジアの国々においても、広く内需の高まりがみられています。所得水準が上昇して中間層が形成され、消費者として世界中から財やサービスを活発に購入するということも生じてきました。生産・所得・支出の好循環がアジアの内需を拡大させており、これが世界経済の成長に貢献するようになってきました。こうした動きは、アジアにおいて、先進国の需要への依存度が高い輸出主導型の従来の成長モデルから、よりバランスのとれた成長モデルへの転換が始まっていることを示唆しています(図表2)。

2.内需拡大の基本的な背景

アジアで内需の拡大がみられるようになった基本的な背景は、生産年齢人口比率が高まる人口ボーナス期において、国内所得水準が向上し、豊かな中間層が形成されてきたことにあると考えられます。

まず、先行して発展した都市部に向けて農村から多くの人々が移動し、豊富な労働力の供給が、国全体の生産力の増加と輸出競争力の向上をもたらしました。これらの都市住民を中心とした家計所得の向上が消費の増大に繋がり、総需要も拡大しました。

次に、中間層が拡大していったことが、より付加価値の高い財やサービスへの需要を増加させました。こうした需要の増加に応えるため、供給側にも変化が生じました。例えば、国内産業が海外の技術を生産設備に導入し、これを通じて、生産性の向上も進展しました。

もっとも、内外需のバランスのとれた経済成長への移行を着実に進めるためには、中長期的に取り組むべき課題がいくつかあります。以下では、人口動態の変化への対応と、高い経済成長のもとで発生する過度な信用拡大や金融システムの不安定化というリスクへの対応について、わが国の経験も踏まえて考えてみたいと思います。

3.人口動態と内需:わが国の経験

わが国は、高齢化が進展し、人口全体も減少に転じるという人口動態上の問題と格闘している最中にあります。他のアジア諸国でも、中国や韓国は、今後、人口ボーナス期から人口オーナス期にシフトしていきますし、タイもやがて人口オーナス期に直面していきます。以下では、日本の経験をお話ししたいと思います。

人口オーナス期には、潜在成長率の低下や、財政収支の悪化、世代間の所得移転などの問題が発生します。こうした問題は、内需の成長に下押し圧力として働くと考えられます。

わが国では、労働投入量の減少、具体的には、人口動態の変化に伴う就業者数の減少や、経済の成熟化にともなう労働時間の減少が、潜在成長率の押し下げ要因となっています。また、人口動態の変化に対する企業側の対応という面では、変わりゆく経済環境に適応した財やサービスを提供していくための取り組みの遅れが、国全体の供給力の伸び悩みに繋がりました。このほか、年金や医療保険制度では、人口オーナスが財政状況を悪化させる方向に働いています。これらの制度改革の遅れは、将来世代の負担増というかたちで世代間の所得移転問題を引き起こしています。

近年では、人口動態の変化がもたらすマイナスの影響を和らげるために、より積極的な対応が必要であるという認識が高まってきました。こうした対応は、日本経済に新たな成長モメンタムを与えると期待されています。例えば、就業者数の減少に関しては、女性や高齢者の労働参加率を引き上げる取り組みが行われています。また、高度なスキルを有する外国の人材を日本に招く取り組みも試みられています。高齢者や子育て世代に向けた財やサービスの供給については、小売・旅行・医療・育児サービスなどの分野で、企業側の対応が徐々に進みつつあります。

人口動態の変化はかなり正確に予測することが可能である一方、その流れ自体を転換させることは非常に困難です。もっとも、こうした深刻で困難な問題に対する取り組みは、往々にして着手が遅れがちになります。わが国でも、生産年齢人口は1990年代半ばに減少し始めましたが、具体的な取り組みがスタートしたのは総人口が減少し始めた2000年代後半になってからでした。こうした日本の経験は、人口オーナスがもたらす問題についてしっかりと議論を進めるだけでなく、早い段階から必要な行動を取ることが有益であることを示唆しています。アジアが内需中心の成長モメンタムを維持していくためには、迅速な取り組みが求められています。

4.グローバルな金融緩和と国内信用の拡大

高い経済成長は国内信用の増加を伴うケースが多いといえます。現在のアジアの内需拡大も、中間層の増加のような国内の構造的な要因を大きな背景としつつ、グローバルな金融緩和とこれに伴う国内信用の拡大で支えられてきた側面があります。

もっとも、歴史的にみれば、高成長の持続と内需の拡大という成功体験が人々の期待を強気化させるなかで、多くのバブルが発生してきました。内需が過剰かつバランスを欠くかたちで拡大していった事例は、我々のよく知るところです。日本のバブル経済や米国の住宅バブル、欧州周縁国でみられた不動産市場の過熱などであり、これらの国は最終的に金融危機に陥ってしまいました。いずれの場合も、信用の急激な増加や、自国経済が新たなフェーズに入ったというユーフォリアが発生していたことが、共通した特徴点でした。

また、国内金融市場の発達が十分でないため、海外からの短期資金流入に依存するかたちでサステナブルでない国内信用の拡大が生じる危険性もあります。現在、世界的な金融緩和環境が続くもとで、アジア諸国へのグローバルな資金流入が健全でないかたちで生じている可能性があります。こうした資金流入は、アジア諸国の金融システムに歪みとリスクを蓄積させかねません。例えば、複数の国で、海外からの資金流入等を背景とした不動産価格の大幅な上昇がみられています。仮に、不動産市場で大幅な調整が発生した場合、金融セクターに不良債権が積み上がりかねないことは言うまでもありません。そのマグニチュードによっては、経済成長が大きくかつ長期的に阻害されうるでしょう。

こうした歪みやリスクを金融経済システムに蓄積させないためには、銀行や金融監督当局が信用リスク管理能力を高めていく必要があります。また、環境変化に対して能動的に与信管理を行う“クレジットカルチャー”の定着を図ることが求められます。これらは、アジア諸国に共通して有効な対策だと考えられます。

このほか、マクロプルーデンス政策による対応も一つの方向性と考えられます。マクロプルーデンス政策については、欧米を中心に様々な議論が行われてきていますが、アジアでは先んじて導入が進められてきました。例えば、タイ中央銀行では、住宅ローンに関するLTV比率規制がマクロプルーデンス政策手段の一環として採用されています。

加えて、会計制度や企業ガバナンス、司法制度などの社会インフラ整備をさらに進めることも重要です。さらには、国内金融市場を発展させ、金融仲介機関が国内貯蓄を効率的に活用できるようにする取り組みも必要です。

実際に、どのような政策の組み合わせで臨むかは、各国の政策目標や金融制度に応じて異なると考えられます。いずれにせよ、各国が健全なマクロ経済運営を行うとともに、国内金融システムの頑健性向上に取り組むことが益々重要となっています。

適切なプルーデンス政策のもとで、過度な信用増加が生じないような取り組みを行うこと、様々な経済ショックに対しても動じないような強い頑健性を金融システムが有しておくこと、そうしたショックによって生じたダメージから回復する力を金融システムが保持しておくことは、アジアが内需を中心とした経済成長を続けていくうえでの大きな鍵になると考えられます。

5.域内セーフティネット整備への取り組み

国内金融システムの頑健性を高めておくことは、海外発のショックへの備えとしても有益です。この点に関しては、先進国の金融政策運営のあり方が国際的な資本フローに及ぼす影響を懸念する議論が聞かれているところです。昨年の5月以降、米国の金融緩和措置の縮小を巡る思惑の高まりを契機として、金融市場で不安定な動きがみられました。その際、経常赤字や財政赤字など経済構造の脆弱性が不安材料視された国々において大きな資金流出がみられたことは、中長期的な視野に立って経済構造の改善を進めていくことの重要性を示唆したものといえます。

外部からのショックに備える域内セーフティネットの構築も重要です。こうしたセーフティネットの存在は、金融経済システムに対する信頼を高め、危機発生の恐れを抑制する効果も有しています。例えば、アジア地域での対応策としては、ある国が短期流動性不足に陥った場合のバックストップとして、ASEANおよび日本・中国・韓国との間でチェンマイ・イニシアティブの拡充が図られてきました。

アジアで活動する企業や金融機関の行動変化は、セーフティネットに求められる役割にも影響を及ぼします。アジアが輸出のための生産基地としてのみならず、一大消費地としての役割も果たすようになるなかで、グローバルに事業を展開する企業がアジアへ進出し、そのビジネスを現地化させる動きが一段と進展しています。例えば、日本企業も、拡大しつつあるアジアの内需を深耕するために、製造業が現地生産を拡大させています。また、小売業や他のサービス業など幅広い業種において、現地消費者をターゲットとした進出が進んでいます。こうした動きを受けて、邦銀のアジアビジネスにおいても、一段の現地化を進めることが課題とされています。

アジアへ展開している企業では、各国における現地通貨の安定的な確保も課題となっています。そのためには、銀行からの資金供給体制がしっかりと整えられることが重要です。国内金融市場の発展を通じて、銀行は資金流動性へのアクセスを確保することができ、銀行の企業に対する資金供給を強化することにも繋がっていきます。こうした動きは、国内金融システムの安定化に寄与するだけでなく、グローバル企業のさらなる進出、ビジネスの現地化を促すという好循環を生み出してゆくと考えられます。

各国の中央銀行にとっては、資金調達体制がしっかりと整えられ、厚みのあるインターバンク市場が発展した、健全な銀行システムを育成することが課題となります。しかし、現地通貨の流動性に関しては、資金取引市場や有担保の資金調達手段の発展状況に応じて、国ごとに状況が異なっているのが現状です。成長過程にあるアジアの金融市場でのバックストップの一つとして、日本銀行は、アジア各国の中央銀行との間でクロスボーダー担保取極を結んでいます(図表3)。すでにタイ中央銀行との間でも、日本国債や円現金を担保として金融機関がタイ・バーツの供給を受けられる枠組みを構築済みです。

域内セーフティネットの運営に当たっては、地域の金融経済情勢をきめ細かく把握し、各国間でタイムリーに情報を共有することが重要となります。各国におけるマクロ経済政策運営や直面する課題を日頃から共有しておくだけでなく、国際金融市場に急激な変化が生じる場合には、速やかな情報共有と迅速なアクションをとる体制を整えておくことも必要です。日本銀行は、こうした協力体制の強化を図るため、タイ中央銀行をはじめアジア各国の中央銀行と協力して、EMEAP(東アジア・オセアニア中央銀行役員会議)の運営等にも積極的に貢献しています。

おわりに

アジアは、欧州などと比較して、経済社会構造などの面で多様性が高く、各国が直面している経済運営上の課題が様々であることはいうまでもありません。一方で、アジアが抱えている課題には、先進国を含む世界各国と共通したものもあります。それゆえ、アジア各国における経験や知見を共有するための域内での活発な議論は、より広い地域にとっても有益なものとなりえます。内外需のバランスの取れた持続的な経済成長による世界経済への貢献に加え、こうしたグローバルな課題を巡る議論への貢献という意味でも、アジアに期待されるところは大きいと考えています。

ご清聴ありがとうございました。

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